SSブログ

少量の飲酒習慣による健康効果のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アルコールによる心血管疾患リスク低下のメカニズム.jpg
Journal of the American College of Cardiology誌に、
2023年6月付で掲載された、
少量の飲酒習慣の健康効果のメカニズムについての論文です。

少量の飲酒は、
狭心症や心筋梗塞、脳卒中などの心血管疾患のリスクを、
低下させると考えられています。

その代表的な知見はNew England…誌のこちらの論文です。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejm199712113372401

一時は1日日本酒1合程度の飲酒習慣は、
トータルに健康に良い、とする見解もありましたが、
その後の多くの疫学データがの解析からは、
少量の飲酒でも一部の癌の増加などのリスクはあり、
飲酒は健康面からは推奨されない、
というのが一般的な見解となっています。

ただ、それでも心血管疾患のリスクのみについて見ると、
少量の飲酒習慣にその予防的効果のあること自体は、
否定はされていません。

何故少量飲酒にそのような健康効果があるのでしょうか?

今回の研究はアメリカ、マサチューセッツ州の、
13の病院を擁する大規模医療システムである、
Mass General Bringhamの利用者の医療データを活用して、
飲酒習慣と心血管疾患リスクとの関連を検証、
一部の利用者では脳のPET検査が施行されていて、
その結果との関連も検証されています。

年齢の中間値が60歳で、60%が女性の、
トータル53064名の健康データを解析したところ、
飲酒習慣のない利用者と比較して、
平均で毎日日本酒1合(アルコール量20グラム)以内の飲酒習慣のある利用者は、
狭心症や心筋梗塞、脳梗塞や心不全などの虚血性心疾患のリスクが、
約22%(HR:0.786: 95%CI;0.717から0.862)有意に低下していました。

ここで脳のPET解析の結果と比較すると、
脳内のストレス関連神経ネットワークの活性が、
少量飲酒習慣のある利用者で有意に低下していました。
多変量解析の結果として、
そのストレス関連の反応の低下と、
心血管疾患リスクの低下との間に、
一定の関連のある可能性が示唆されました。

つまり、少量の飲酒習慣のある人では、
脳がストレスを感じにくい傾向があり、
それが心血管疾患のリスク低下に繋がっている可能性ある、
という結果です。

今回のデータのみからそうした結論を引き出すのは、
やや強引な感じはしますが、
アルコールそのものが心血管疾患に予防的とは考えにくく、
以前ご紹介したような、
一部のアルコール飲料に含まれるポリフェノールの効果や、
今回指摘された飲酒のリラックス効果などが、
少量飲酒の健康効果の、
メカニズムの候補として挙げられていることは、
確認しておく必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

「キングダム 運命の炎」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
キングダム 運命の炎.jpg
漫画の「キングダム」を実写映画化した、
シリーズの第3弾が、
今ロードショー公開されています。

これは多分今漫画の実写映画を監督したら、
当代随一と言って良い、
佐藤信介監督のもと豪華キャストが集結した、
日本映画としては破格の娯楽連続活劇映画で、
勿論海外の同種の作品や娯楽大作と比較すれば、
予算は多分10分の1かそれ以下くらいでしょうから、
画格として見劣りがするのは仕方がないのですが、
「安っぽさ上等」と割り切って、
その中で最善の娯楽を観客に提供しよう、
という姿勢が素直に好感が持てます。

その分を弁えた演出が、
おそらく佐藤監督の最も優れた資質のように、
個人的には思います。

1作目は続編があるかどうかは不明ですから、
その中で完結する、という姿勢で作られていましたが、
2作目からは完全に連続活劇というパターンで、
マーベルのシリーズ辺りをお手本として、
ラストには続編に繋がるカットを入れています。

作品の流れで見る限り、
おそらく次作の4作目で一区切り、
ということになりそうです。

今回はほぼほぼ2部作の前半、という感じの作りになっていて、
それを知らないで観ると、
「えっ、これで終わりなの…」という感じにはなると思います。
本来は○○編パート1のようにするべきだったと思いますが、
集客を気にしてそこに触れていないのが、
やや姑息な感じはします。

ただ、それを別にすれば、
前半と後半を分けた構成にしても、
10万単位の兵が激突する戦場を描くという大風呂敷を、
曲りなりにも絵として成立させた力業にしても、
これまでのシリーズで培われた経験が、
良く活きているという気がします。

かなりカリカチュアされたキャラクターが登場する原作で、
それを活かしてリアルにし過ぎない、
という実写化の工夫がいいですよね。
これ、リアルにしたら、
とてもハリウッド製や中国製にはかなわない素材でしょ。
そこに少し遊びを入れることで、
チープさを受け入れやすくして、
バランスを取っているんですね。
これはかなり高度な綱渡り的な演出で、
佐藤監督のこれぞ真骨頂という感じがしました。

いずれにしても、いつになるのか分かりませんが、
次作の公開も心待ちにしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

井上ひさし「闇に咲く花」(こまつ座第147回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
闇に咲く花.jpg
井上ひさしさんの傑作「闇に咲く花」が
キャストも新たに今再演されています。

この作品は1987年の初演で、
個人的には井上ひさしさんの作品の中で、
「藪原検校」、「雨」、「頭痛肩こり樋口一葉」と共に、
最も好きな演劇作品です。

僕はこの作品は初演の録画がNHKで放映された時に、
それを見たのが初見です。
その時点から非常に強く印象に残っていて、
実際に観劇した舞台以上に心に残りました。
次に接したのが確か演劇集団円の養成所の卒業公演で、
これは大学の演劇部の後輩が出ていたので観に行ったのです。
新人の公演ですから、
演技は稚拙なもので舞台も簡素であったのですが、
それでも戯曲の言葉に強烈な印象を受けました。
戯曲の言葉が発せられるだけで、
その凄味に魅了されるという、
これは稀有の芝居の1つです。
その後10年くらい前にこまつ座の公演を何度目かの再演で観ました。
良かったのですが、
不思議なもので養成所の卒業公演の方が、
インパクトは強烈でした。

今回は主役の記憶喪失になる青年を、
「母と暮らせば」の熱演も心に残る、
松下洸平さんが演じ、
バッテリーを組む友人に浅利陽介さんという、
座組に期待があって足を運びました。

感想としては、
今回もとても良かったのですが、
後半はやや集束感に欠ける感じはありました。

これは明らかに、
大島渚監督の大傑作「儀式」を、
下敷きにしているんですね。
そこに「私は貝になりたい」を融合させて、
成立している芝居という気がします。

「儀式」は非常に観念的な映画ですが、
戦争と野球とが大きなモチーフになっていて、
地中から生まれなかった赤子の泣き声が聞こえる、
という描写があるんですね。
ね、似ているでしょ。
何より主役が河原崎健三さんで、
「闇に咲く花」の初演の主役も、
河原崎さんが演じているんですね。

で、実際河原崎さんが良かったんですよね。
初演の時点で設定よりかなり年齢は上であったのですが、
戦地から忘れていた亡霊が戻って来た、
というような感じがあったんですよ。
その後のキャストには、
そうした雰囲気は矢張り出せていないんですね。
ただ、それは勿論、仕方のないことなのだと思います。

今回の松下さんも良かったし、
とても頑張っていたと思います。
ただ、後半は少し単調になったかな、という感じがあって、
記憶喪失の時の台詞には、
もう一工夫が欲しかったという気がしました。
でも、今回が初めてですから、
是非芝居を練って、
また再演して欲しいなと思いました。
松下さんの健太郎をまた観たい、
というのが、
今回の上演で一番感じた思いです。
バッテリーを組む浅利さんも良かったですね。

井上さんのお芝居は、
初期はかなり複雑で奇怪な大作が多く、
構成もひねったものが多いのですが、
1980年代くらいからはとてもシンプルになってゆくんですね。
この「闇に咲く花」はそうした時期の作品で、
初期と比べるとかなりシンプル、
でも、初期の形而上的な部分も少し残っているんですね。
そのバランスがこの作品の一番の魅力です。
ただ、元になった「儀式」は観念の塊みたいな作品ですが、
「闇に咲く花」はそこまでではなくて、
一例を挙げると、
「儀式」の生まれなかった幻聴としての赤ん坊の声が、
1幕のラストで同じように聞こえて戦慄を誘うのですが、
実際に神社に捨てられた赤ん坊であることが分かる、
という展開になっていて、
これは井上戯曲でも初期であれば幻想であったと思うのですね。
それが即物的に出て来る、
というのが後期のシンプルになった、
メッセージ性の強い井上戯曲なのです。

神社と庶民の戦争責任というテーマがあるでしょ。
これも後期の作品であれば、
それだけで1本の作品にする、
という感じになるんですね。
それが「闇に咲く花」では、
野球と戦争との関係やC級戦犯の悲劇を入れて、
更に「ハムレット」的な記憶喪失の趣向まで加えて、
重層的で複雑な世界になっているんですね。
そこにちょっと大島渚的観念が散りばめられ、
神社に不意に異界が開くようなムードが、
作品世界をより深いものにしています。

初演から栗山民也演出で、
栗山さんとしてはリアルで細部にも拘ったセットが組まれています。
それがいいですよね。
ラストにはちょっと勿体ぶった演出を加えていて、
勿論今に上演するという意味合いを、
そこで出そうというのは分かるのですが、
個人的にはもっとシンプルに終わった方が良かったと感じました。

何より言葉の魅力に満ちた、
これぞ井上ひさし、
という凄味のある作品であることは確かで、
井上作品に馴染みのない方にも是非お勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(0)  コメント(1) 

高齢者の新型コロナ入院後の長期予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19退院後の高齢者の予後.jpg
British Medical Journal誌に2023年8月9日掲載された、
新型コロナ罹患後の長期予後についての論文です。

新型コロナウイルス感染症に罹患し、
特に肺炎などで入院した高齢者については、
退院後の心血管疾患などのリスクが上昇し、
生命予後にも悪影響があることが知られています。

ただ、データは概ね退院後30日程度のものが多く、
それを超える長期のリスクについては、
信頼のおける知見は限られています。

今回の研究では、
アメリカの公的医療保険のデータを活用して、
年齢が65歳以上で2020年から2022年に新型コロナに感染し、
入院治療を受けて無事退院した、
トータル883394名の退院後180日までの長期の生命予後を、
2018年から2019年に季節性インフルエンザに罹患した、
56409名のコントロール群と比較検証しています。

その結果、
退院後30日、90日、180日までの総死亡のリスクは、
いずれもインフルエンザ罹患のコントロール群と比較して、
新型コロナ罹患群で有意に増加していました。
具体的には30日時点での、
インフルエンザ罹患時の死亡率が3.9%に対して、
新型コロナ罹患群の死亡率が10.9%、
90日時点では7.1%に対して15.5%、
180日時点では10.5%に対して19.1%、
となっていました。

このように今回の検証においても、
新型コロナ罹患後には、
退院後180日に至るまで生命予後に低下が認められ、
インフルエンザと比較しても、
その予後には差のあることが確認されました。

新型コロナに罹患後の高齢者については、
長期の慎重な経過観察が必要であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

C型肝炎治療成功後の生命予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
C型肝炎の予後.jpg
British Medical Journal誌に、
2023年8月2日ウェブ掲載された、
C型肝炎の抗ウイルス治療後の生命予後を検証した論文です。

慢性C型肝炎は長く難治性の病気でしたが、
2014年以降インターフェロンを使用しない、
内服の抗ウイルス剤による治療が導入され、
95%を超える高いウイルス除去率が達成されました。

慢性C型感染の治療は劇的に変わったのです。

従来は治療困難であった、
診断の時点で肝機能が低下していて、
肝硬変の状態であっても、
ウイルス除去治療は可能となりました。

しかし、肝機能が一定レベル低下した状態で、
ウイルスが除去されても、
その後完全に肝機能が正常化するという訳ではありません。

それでは、
慢性C型肝炎で抗ウイルス剤治療により、
ウイルスが徐去された患者さんの予後は、
実際にはどのようなものなのでしょうか?

今回の研究はアメリカのブリティッシュコロンビア州と、
スコットランド、イギリスにおいて、
2014年から2019年の間に、
インターフェロンを用いない抗ウイルス剤治療を施行し、
ウイルスが除去されたことを確認した、
C型肝炎患者トータル21790名のその後の生命予後を、
肝機能で分類して検証しているものです。
平均の観察期間はブリティッシュコロンビア州で2.2年、
スコットランドで2.5年、イギリスで3.9年です。

その結果、
観察期間中に患者さんの7%に当たる、
1572名が死亡されていて、
死因は薬物由来によるものが24%、肝不全によるものが18%、
肝臓癌によるものが16%となっていました。
薬物由来というのは、
対象となっている患者さんに、
違法薬物などの依存者やアルコール依存症の患者さんが多い、
という特殊事情があるようです。
従って、これは日本でそのまま当て嵌まるようなデータではない、
という点には注意が必要です。

総死亡のリスクは、
慢性C型肝炎のない年齢などをマッチングさせたコントロール群では、
ブリティッシュコロンビア州で人口1000人当たり年間31.4人、
スコットランドで22.7人、イギリスで39.6人でしたが、
慢性C型肝炎治療成功後の患者さんでは総じて高く、
肝硬変のないブリティッシュコロンビア州の患者では、
コントロール群の2.96倍(95%CI:2.71から3.23)、
肝硬変のあるブリティッシュコロンビア州の患者では、
13.61倍(95%CI:11.94から15.49)となっていました。

このように、
慢性C型肝炎の患者さんの予後は、
ウイルス除去治療に成功後も、
決して良いものではなく、
特に肝機能の低下した患者さんにおいては、
継続な検査や治療、
生活改善の指導などの継続が、
重要であると考えられます。

最後に再度確認となりますが、
これは敢くまで海外データであり、
日本の状況と一致するものではないことに、
ご注意の上お読み下さい。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

高齢者の脳卒中予防における低用量アスピリンの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アスピリンの脳卒中予防効果.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年7月26日付で掲載された、
アスピリンの脳卒中予防としての有効性についての論文です。

1日80から100mg程度のアスピリンを継続的に飲むことに、
心血管疾患や腺癌というタイプの癌の、
予防効果のあることは、
多くの疫学データや精度の高い臨床試験においても、
実証されている事実です。

ただ、その一方でアスピリンには出血系の合併症があり、
使用を継続することで、
消化管出血や脳出血などのリスクは増加します。

従って、アスピリンを服用することが、
その人にとって有益であるかどうかは、
その作用と有害事象とのバランスに掛かっています。

その有効性は一度そうした病気になった人の、
再発予防効果としては確立されていますが、
まだ病気にはなっていない場合の、
一次予防効果については、
どのような対象者を選ぶかによっても、
その結果は様々で統一した見解とはなっていません。

心血管疾患の中でも虚血性心疾患については、
比較的アスピリンの予防効果が実証されていますが、
脳卒中についてはそれほど明確なことが分かっていません。
特に脳卒中のリスクの高い70歳以上の高齢者については、
臨床試験の対象からは外されていることが多く、
信頼のおけるデータは限られています。

今回の研究は高齢者を対象として、
低用量アスピリンの一次予防効果を検証した、
ASPREEという臨床試験の二次解析ですが、
アスピリン使用による個々の脳卒中の予防効果と、
出血系合併症のリスクとを検証したものです。

対象は心血管疾患の既往のない、
70歳以上の19114名で、
観察期間の中央値は4.7年です。

その結果、
虚血性梗塞と脳内出血のいずれのリスクも、
アスピリン使用により有意な低下は示しませんでした。
一方で頭蓋内出血のリスクは、
アスピリン使用群において、
1.38倍(95%CI:1.03から1.84)有意に増加していました。

このように、
今回の70歳以上の年齢層における検証では、
一次予防としての脳卒中予防における、
低用量のアスピリンの継続使用は、
出血リスクを増加させる一方で明確な予防効果を確認出来ませんでした。

虚血性心疾患についての同様の検証も併せて考えると、
少なくとも高齢者における一次予防としての低用量アスピリンの使用は、
トータルにあまり推奨はされない、
という流れになりそうです。

一時は万能薬のようにもてはやされたアスピリンですが、
その評価はかなり変わって来ているようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

村上春樹「街とその不確かな壁」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は夏季の休診期間でクリニックは休診です。
明日15日からは通常通りの診療に戻ります。
ご迷惑をお掛けしますが、ご了承下さい。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
街とその不確かな壁.jpg
村上春樹さんの最新長編を読了しました。

これは最近の村上さんの長編の中では、
一番好きな作品です。

村上さんの長編で最も好きなのは、
何と言っても「羊をめぐる冒険」で、
この作品は村上節が堪能出来る上に、
ミステリー的な構成がガッチリ出来ているでしょ。
他にはこうした作品はないんですよね。
いつも構成には難があって、
ラストはおやおやという感じになります。

次に好きなのは、
「ノルウェイの森」と「国境の南、太陽の西}の、
情念とエロスの恋愛小説。
強烈で濃厚な世界に酔うことが出来ます。

一方で2つの世界を往還するような、
複数視点のファンタジー小説はあまり好きではないんですね。

ただ、小説のどの部分が一番好きかと言われると、
「ダンス・ダンス・ダンス」の、
前半の主人公が必死で羊男を探して、
闇の中で出会うまでの描写なんですね。
あれは良かったよね。
単調な日常を克明に描写して、
そこで遂に幻影との再会が叶うというあの感触、
あれこそ村上小説の神髄だと、
個人的にはそう思っています。

今回の作品は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の派生作で、
同じ架空の街が出て来るという話なので、
個人的には苦手ジャンルなのですが、
それでいて基本的には単一視点の物語で、
長い第二部では、
「ダンス・ダンス・ダンス」に近い、
忍耐の時間が現実を変容させる、
という僕好みの描写があって、
「なかなかいいじゃん」という気分になりました。

第三部は個人的には蛇足に感じたんですね。
おそらく力を入れて描かれたのだろうな、
ということは分かるのですが、
第二部のラストで唐突に川を遡ると若返って最愛の少女に出逢うなんて、
何そのご都合主義、という怒りを覚えましたし、
最後には少女の姿もぼやけてしまうんじゃ意味ないじゃん、
とラストには脱力しました。
まあでも、「世界の終わり…」と同じと言えば同じなんだよね。
怒る方が多分村上さんを理解していない、
ということになるのだと思います。

でも、個人的には第一部のラストは、
「ノルウェイの森」みたいな余韻があって悪くなかったし、
第二部の抑制の効いた日常描写は大好物だったので、
第三部でガッカリはしましたが、
「騎士団長殺し」や「巡礼なんちゃら」辺りよりは、
100倍楽しめる作品でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

鎌田順也さんを偲んで [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
明日月曜日まで夏季の休診期間になります。
ご迷惑をお掛けしますがご了承下さい。

休みの日は趣味の話題です。

今日は先日亡くなった小演劇の鬼才、
ナカゴーの鎌田順也さんを偲びます。

鎌田順也さんは小劇場演劇の歴史に残る怪人で、
その唯一無二のシュールで破天荒な世界は、
強い中毒性を持って多くの観客に衝撃を与えました。

鎌田さんの作品に最初に接したのは2013年で、
野鳩との合同公演でした。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2013-01-20
この時はナカゴーのことは良く知らなかったので、
出演もされた鎌田さんの、
強烈なキャラクターに衝撃を受けました。
何と言うか、演技も風貌もキャラクターも、
尋常ではありませんでした。

作品自体は何かモヤモヤした仕上がりで、
あまり感心しなかったのですが、
鎌田さんの強烈なキャラクターに魅せられて、
それからナカゴーの舞台に足を運ぶようになりました。

翌2014年には3本のナカゴーの作品に足を運びました。
「ノット・アナザー・ティーン・ムービー」
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2014-06-29
「ベネディクトたち」
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2014-09-13
「森」
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2014-10-25
の3本です。

最初の2つの作品は、
誰でも借りられる公共の会議室のような場所で、
照明やセット、小道具なども、
殆どなく上演されたもので、
ナカゴーの作品の多くは、
そうした場所で上演されています。
僕は俳優としての鎌田さんに魅せられたのですが、
「ノット・アナザー・ティーン・ムービー」にチラと出演して以降、
一度も舞台に登場することはありませんでした。

ナカゴーを代表する怪優と言えば篠原正明さんで、
「ベネディクトたち」で彼が演じた、
超人であるのかただの変態であるのか、
判別不明の奇怪なキャラクターは、
その圧倒的な体技と共に強烈に心に刻まれました。

「森」は近藤芳正さんが小劇場4組の芝居をそれぞれ演じる、
という青山円形劇場の企画公演で、
そこで2人のサラリーマンが、
口裂け女の大群に襲われるという短編が演じられました。
ただ単に次々と口裂け女が襲って来て、
それを次々とハンマーで叩いて撃退する、
というだけの話なのですが、
それが無性に面白くて、
少し危険な味わいもあって、
抜群に感銘を受けました。
馬鹿馬鹿しくも凄いお芝居でした。

この時初めて、まともな劇場で、
音効やセット、照明効果も備わった、
鎌田さんの芝居を鑑賞したのですが、
矢張り会議室で蛍光灯の明かりの下で観るのとは、
数段上の感銘がありました。

2015年にはナカゴー以外の新しいユニット旗揚げされました。
それがほりぶんで、
登場するのは基本的に全て女性で、
それもワンピースを着ている、という変な拘りです。
その旗揚げ公演「とらわれた夏」に足を運びました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2015-02-07

2016年には久しぶりのナカゴーの本公演、
「いわば堀船」が上演されました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2016-07-10-3
ピザ屋の店員が見えない壁と戦うという話で、
その破天荒な迫力はさすがナカゴーという感じでしたが、
矢張り会議室での上演が物足りなさを感じさせました。

2017年には、
ほりぶんの第3回公演の「得て」に足を運びました。
これはビデオを活用した「リング」のパロディのようなお芝居で、
小劇場での公演で音響や照明効果もあり、
内容的にはやや保守的な感じがしましたが、
舞台自体の出来はそれまでにない高レベルのものでした。

同年には
ナカゴー特別劇場と題された「地元のノリ」、
と題された作品が上演されました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2017-09-03

これは個人的には僕の観た鎌田さんの作品で、
最も好きな1本でした。
人間の振りをしている河童の話なのですが、
最初は人間として登場した人物達が、
実は河童であったことが次々と明らかになり、
そこに更に別の怪物まで登場して、
演劇版妖怪大戦争のような、
壮絶で爽快で奇怪な物語が、
波乱万丈に展開される傑作です。
もとは演舞ゼミナールの卒業公演だった作品なので、
新人主体の座組でしたが、
ナカゴーの怪人、篠原正明さんが特別出演的に加わり、
大いに気を吐いていました。

同年にはほりぶんの第4回公演「牛久沼」も上演されました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2017-10-22
こちらも牛久沼の鰻を巡る怪女優達による大攻防戦で、
壮絶なロマネスク的大風呂敷の世界に魅了されました。

更に同年にナカゴーの本公演として、
「ていで」という作品が上演されたのですが、
これは小津安二郎的家庭劇で、
最初にあらすじを全て説明してしまう、
という不思議な作品でした。

それ以降多くの作品で鎌田さんは最初にあらすじを、
オチを含めて説明してしまう、
という手法を取るようになります。

2018年には、
ナカゴーの本公演として、
「まだ出会っていないだけ」という作品が上演され、
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2018-07-29-4
ほりぶん第6回公演として、
「牛久沼3」も上演されました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2018-09-24
ただ、本公演は「ていで」と同じように、
最初にあらすじを公開してしまう家庭劇のスタイルで、
もっとシュールで破天荒な世界を期待していた、
以前のナカゴーマニアとしては、
やや納得のいかない思いがありました。

それで2019年には、
ナカゴーの作品には足を運ぶことはありませんでした。
それからコロナ禍もあって多くの公演が中止となり、
2022年に紀伊国屋ホールで上演された、
ほりぶん第9回公演「かたとき」が、
僕が最後に観た鎌田さんの作品となりました。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2022-02-27

これはきたろうさんや又吉直樹さんが客演するという、
ほりぶんの公演の豪華特別編というべき作品で、
最初にあらすじを説明する家庭劇、
というスタイルは一貫していました。

これを良いきっかけとして、
これからまた鎌田さんのお芝居に、
続けて足を運ぼうと思っていたのですが、
今回の急な訃報となり、
それが叶わなくなったことは非常に残念です。

心からお悔やみ申し上げます。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(1) 

コーヒーの覚醒効果のメカニズム [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日ですが、
夏季の休診期間のため休診です。
ご迷惑をお掛けしますがご了承下さい。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コーヒーとDMN.jpg
Frontiers in Behavioral Neuroscience誌に、
2023年6月28日付で掲載された、
コーヒーの脳内作用のメカニズムについての論文です。

コーヒーには生命予後の改善や、
心血管疾患リスクの低下、
糖尿病や肝疾患の予防など、
多くの健康効果が、
世界中の大規模な疫学データの蓄積により確認されています。

ただ、そのメカニズムについては、
不明な点が多く、
まだ実証されているとは言えません。

そうした健康効果以外に、
コーヒーを飲むことで、
寝不足で疲れている時などに、
眠気が取れ、集中力が増して、
疲労感も軽減すると、
コーヒーを好む多くの人が感じていて、
その目的のためにコーヒーを飲んでいます。

こうした効果は、
果たして客観的事実としてあるものなのでしょうか?

コーヒーの覚醒作用の一部は、
交感神経を刺激するカフェインの効果として、
説明することが可能です。

ただ、コーヒーには多くの生理活性物質が含まれており、
カフェインのみを飲んだ場合と、
コーヒーを飲んだ場合とで、
どれだけの覚醒作用の違いが生じるのか、
という点については、
あまり明確なことが分かっていません。

今回の研究では、
ポルトガルの単一施設において、
機能性MRIを用いることにより、
47名の被験者の、
1杯のコーヒーを飲んだ場合に脳に起こる変化と、
別の36名の被験者の、
1杯のコーヒーに含まれるのと同量の、
カフェインのみを含有した水を飲んだ時に起こる変化を、
比較検証しています。

最近覚醒状態の指標として、
注目されているのが、
デフォルトモードネットワーク(DMN)という概念です。

これはそもそも1990年代に、
脳がある課題を解いている時、
つまり、意識が覚醒して集中している時には、
その活動や連携が低下していて、
脳が集中せずぼんやりしている時に活動性が高くなる、
幾つかの脳領域の連携(ネットワーク)として同定されたものです。

今回の研究において、
コーヒーを飲んでも、
そこに含有されるカフェインのみを飲んでも、
その後デフォルトモードネットワークの活動性は低下し、
脳は覚醒状態になったと判断されました。

一方でコーヒーを飲んだ時には、
視覚や実行機能など、
より集中して課題に取り組む時などに活動する部位が活性化し、
集中力の高まった状態となりましたが、
カフェインのみの飲用では、
そうした脳の変化は確認されませんでした。

このように、
コーヒーの覚醒作用はその一部はカフェインで説明可能ですが、
全てが説明出来るという訳ではなく、
今後カフェイン以外の有効成分でも同様の解析を行うなどして、
検証する必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

新型コロナが無症状で終わる体質 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診ですが、
少し更新出来ない日もあったので医療の話題です。

今日はこちら。
新型コロナにならない体質.jpg
Nature誌に2023年7月19日付で掲載された、
新型コロナの免疫についての論文です。

新型コロナの流行が再拡大しています。

診療している日に関しては、
毎日発熱外来を施行していますが、
熱や咽頭痛のある患者さんで大人の場合、
ほぼほぼ全員が新型コロナと言っても間違いではない、
というような状態です。

そこで時々聞かれる質問が、
「家族で全員が感染しているのに、
私だけ全く症状が出ないのはどうしてでしょうか?」
というものです。

お聞きするとこれまでに数回、
家族が新型コロナに罹っていて、
その度に検査をすると陽性の結果になるのですが、
家族で1人だけ、
その人だけいつも無症状だ、と言うのです。

たまたま免疫があったから、
という説明は出来ます。

しかし、それだと家族の他の人には、
何故同じ現象が起こらないのか、
という点が説明出来ません。

それは「たまたまですね」と言うしかないのです。

もう1つの説明は、
「新型コロナに罹っても、症状が出ない体質、
というものがあるのではないか」
というものです。

こうした質問をごく最近にも受けていて、
「それは確かにそうしたものがあるのかも知れません。
ただ、それがどういうものかは分かっていないと思います」
というお答えをしました。

その時には上記の論文はまだ読んでいなかったので、
「ああ先に読んでいたら、
もう少し説得力のある説明が出来たのに…」
と後悔しました。

上記文献の記載によれば、
新型コロナ感染者の20%は無症状であるようです。

その原因を明らかにする目的で、
今回の研究では、
ワクチン接種歴がなく新型コロナに感染した、
トータル1428名の血液データを解析して、
免疫の個人差の指標として使用されることの多い、
HLA(ヒト白血球抗原)のタイプと、
新型コロナの症状の有無との関連を検証しています。

その結果、
HLA-B*15:01というHLAのタイプと、
新型コロナの無症状感染との間に最も強い関連が認められ、
このタイプの保有率は、
有症状感染者と比較して無症状感染者では2.38倍、
有意に増加していました。
このタイプを持つ患者の免疫反応を解析したところ、
新型コロナ以外の以前から存在しているコロナウイルスに対する免疫が、
交差免疫として新型コロナの予防にも、
有効に働いている可能性が示唆されました。

つまり、
HLA-B*15:01というHLAのタイプを有していると、
それまでのコロナウイルスに対する免疫が、
新型コロナに対しても有効に作用して、
感染しても無症状に終わる可能性が高い、
という結果です。

この結果は新型コロナが、
無症状に終わるという体質について、
一定の説明を提示したという点で意義のあるものですが、
そうした傾向もあるというレベルのもので、
その全てが説明された、というものではありません。
こうした現象は他の感染症にも通じる性質のものなので、
今後の更なる知見の積み重ねに、
期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(0)