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穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース 「たわごと」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
たわごと.jpg
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース として、
芸術監督の桑原裕子さんの新作が、
豊橋での公演を終え、
今池袋芸術劇場のシアターイーストで上演されています。

桑原さんのお芝居は、
同じ取り組みの中から生まれた「荒れ野」が大傑作で、
記憶に今も鮮明に残っていますが、
今回の「たわごと」もそれに匹敵する傑作で、
初日に鑑賞してとても感銘を受けました。

今年僕の観た日本の劇作家の新作戯曲の上演の中では、
それほど観ていないので大きなことは言えませんが、
間違いなくベスト1の出来栄えで、
桑原裕子さんの素晴らしい戯曲が、
今脂の乗った役者陣の適材適所の見事な演技で肉付けされて、
演劇の醍醐味を心ゆくまで味わえる作品に仕上がっていました。

これ、舞台は辺鄙な崖の上に建てられた洋館で、
有名作家が死に瀕していて、
家族が集められ、その遺言が波紋を呼び、
というお話なんですね。

ちょっと不安になるような設定ですよね。
ベタで古い翻訳劇みたいでしょ。

これで本当に面白くなるんだろうか、と、
最初はそう思うんですね。

ところが、そのちょっと安っぽい感じの導入部から、
渡辺いっけいさん演じる、
小説家の父を持つ生真面目な兄と、
渋川清彦さん演じる風来坊の弟との、
愛憎入り混じる奥深い対立の物語に入ってゆくと、
設定などの枠組みを大きく乗り越えた、
非常に厳しく、リアルでありながら、
神話的な奥行きのある人間ドラマが立ち上がって行きます。

そこに実際には姿を現さない小説家の父親と、
兄弟両方と関係があり、今は兄の妻になっていながら、
心の中に空白を抱えている田中美里さん演じる女性が絡み、
物語はより精緻で複雑さを増してゆくのです。

良いお芝居にはその作品を代表しているような、
決定的な瞬間のようなものが必ず存在しているものですが、
この作品の場合それは、
兄弟が互いに血を吐くような魂のぶつけ合いを繰り広げている後方、
背後の大きな窓を通して見える崖の上から、
女性が身を投げようとする瞬間で、
4人の人間の思いが複雑に交錯し、
身の毛のよだつような衝撃がありました。

この作品は岩松了戯曲に似た構造があり、
その嘘っぽい設定もそうですし、
クライマックスのガラス戸を通して、
舞台を前方と後方とに分け、
そこで人間心理が幾何学的に交錯して、
衝撃的な出来事が唐突に起こる、
という舞台構造も、
岩松さんが得意とするものです。

しかし、岩松作品の難解さと比べると、
桑原作品は極めて明快で分かり易く、
しかも作品には1人の悪人も登場せず、
ラストも1人の人物も不幸になることはなく、
全ては綺麗におさまるべきところに着地します。

勿論登場人物が不幸になる物語より、
幸福になる物語の方があるべきフィクションの姿ですし、
分かり難い物語より、
分かり易い物語の方がこれもあるべき姿ですが、
そうした物語はどうしても平板で面白みのない、
現実味のないものになりがちです。

それが今回の作品は奇跡的に、
絵空事の設定であるのに人物はとてもリアルで切実で、
悪人もおらず、悲劇的な事件も起こらないのに、
物語は観客を惹き付けて離さないのです。

キャストは全員が素晴らしかったのですが、
特に弟を演じた渋川清彦さんは、
これまでの彼のキャリアの中でも、
代表作と言って過言ではない見事な芝居で、
桑原さんが書き込んだ複雑な性格のアウトローを、
極めて魅力的な実在感を持って立体化させていました。
そして、相対する渡辺いっけいさんも、
対象的な生真面目で内に秘めた役柄を、
切実な芝居で演じてこちらも素晴らしかったと思います。
内面吐露的な芝居が多い中で、
岩松芝居的に内面を語らない役柄を演じた田中美里さんも、
品格のある端正な芝居で見事にその困難な役柄をこなしていました。
小説家の愛人を演じたベテランの松金よね子さんは、
声色1つで見事に雰囲気を変える、
熟練の名人芸で舞台を引き締めていました。

アンコールに登場したキャスト陣が、
皆「どうだ、いい芝居だろう」と言わんばかりに、
目を輝かせ胸を張っているのを見ると、
つくづく良い芝居は関わる皆を幸せにするな、
と実感した素晴らしい観劇体験でした。

いずれにしてもこれだけの芝居はざらにはないので、
演劇がお好きの方であれば、
是非足をお運び頂きたいと思います。
見逃すと絶対後悔しますよ。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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コメント 3

passer by

お勧めに従い、新幹線に乗り観に行ってきました。
2時間ずっと舞台に引き込まれ、私も感銘を受けました。

豊橋から目が離せなくなりました
by passer by (2023-12-17 18:09) 

叡

生真面目な兄は学習塾経営という事でしたけど。
by 叡 (2023-12-18 11:48) 

fujiki

叡さんへ
ご指摘ありがとうございます。
「小説家の父を持つ」と書いたつもりが、
「父を持つ」が抜けてしまったので、
おかしな感じになってしまいました。
取り急ぎ直しました。
by fujiki (2023-12-19 19:09) 

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