バセドウ病を無機ヨードで治療する [殆ど日本だけの治療]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はバセドウ病の、
ほぼ日本だけで行われている治療の話です。
バセドウ病は甲状腺を刺激する自己抗体により、
甲状腺ホルモンが過剰に産生されて甲状腺が腫れる、
甲状腺機能亢進症を呈する病気の代表です。
バセドウ病の治療には、
大きく3種類の方法があります。
抗甲状腺剤を主体とした薬物療法、
放射性ヨード治療、
そして甲状腺を一部を除いて切除する手術療法です。
以前も何度かご紹介していますが、
海外では放射性ヨードや手術が主流の治療法で、
抗甲状腺剤の治療は、
それ以外の治療を希望しなかった場合の選択肢で、
かつ1.5年から2年くらいで薬が終了出来ない場合には、
他の治療に移ることが原則です。
しかし、日本においては抗甲状腺剤による薬物治療が第一選択で、
2年程度で治療を終了することを目標とはしているものの、
実際には10年以上処方が継続されるケースも、
稀ではありません。
抗甲状腺剤として通常使用されるのは、
チアマゾール(MMI;メルカゾール)です。
もう1つプロピルチオウラシル(PTU;チウラジール)がありますが、
妊娠初期を除いては、
その効果の強さと持続の長さから、
もっぱらチアマゾールが選択されます。
妊娠初期は先天異常のリスクがチアマゾールで高い、
という最近の知見により、
原則プロピルチオウラシルが使用されます。
ただ、このチアマゾールを用いる治療の問題点は、
薬疹や無顆粒球症などの副作用や有害事象が存在していることと、
治療が長期間に及ぶことが多く、
薬剤の終了の基準も明確ではないことです。
それで、殆ど日本のみの薬物治療として、
最近試みられているのが、
無機ヨード(ヨウ素)を単独もしくはチアマゾールと併用で、
バセドウ病の治療に利用する、
という方法です。
無機ヨウドというのは、
原発事故の時にその内服が行われた、
ヨウ素剤と同じものです。
ヨードは甲状腺ホルモンの材料の1つで、
大量の無機ヨードを服用すると、
甲状腺内にはヨードが一時的に入らない状態となります。
また大量のヨードの服用により、
甲状腺内でのホルモン産生の経路も抑制されるので、
甲状腺機能は低下します。
ただ、この効果はずっと続くものではなく、
エスケイプと言ってその有効性が低下すると、
却ってその後甲状腺機能亢進症が悪化する、
というケースもあると報告されています。
抗甲状腺剤が使用される前には、
無機ヨードはバセドウ病の治療薬として使用されていたのですが、
その効果の不安定さから、
次第に使用されなくなり、
抗甲状腺剤が使用困難なケースでの、
一時的な甲状腺ホルモンの抑制に、
使用は限定されるようになりました。
たとえば、
かなり症状が強く、ホルモン値も高値で、
一刻も早くホルモンを正常化させたい、
というような時には、
チアマゾールは効いて来るのに少し時間が掛かるので、
治療開始時に無機ヨードとチアマゾールを併用する、
という手法はよく行われて来ました。
それが最近になって、
チアマゾールと無機ヨードを併用することにより、
チアマゾールの初期量を減らせるので、
抗甲状腺剤の副作用を減らせるのではないか、
という発想から、
積極的にチアマゾールと無機ヨードを併用する、
という方法を推奨する機運が日本で高まりました。
その先陣を切った感じの英語文献がこちらです。
2010年のClinical Endocrinology誌の論文で、
神戸の甲状腺専門病院、隈病院からの報告です。
これは134名の未治療のバセドウ病の患者さんを、
くじ引きで4つの群に分け、
それぞれ初期治療を、
チアマゾール30mgで開始、
チアマゾール30mgと無機ヨード38.2mg、
チアマゾール15mg、
チアマゾール15mgと無機ヨード38.2mg
という4種類の処方で治療を開始します。
甲状腺ホルモンの遊離T4濃度と指標として、
それが正常化したら、
無機ヨードは終了としてチアマゾールのみで治療を継続します。
この結果としては、
2週間後のホルモン値の正常化は、
無機ヨードの併用により有意に高率に認められました。
ただ、長期的に薬が終了出来た患者さんの比率については、
4つの治療法により有意な差は認められませんでした。
この論文では各治療群は30例程度ですから、
明確にその優越を云々出来るようなものではありません。
ただ、チアマゾールを30mg使用する代わりに、
その半分の15mgに無機ヨードを追加して、
同等の効果があるのだとすれば、
重篤な有害事象もそれだけ回避出来るのではないか、
という推測は可能です。
その点をもう少し明確化した論文が、
2015年のThyroid誌に掲載されています。
それがこちらです。
これは伊藤病院のデータです。
隈病院の論文の4群のうち、
チアマゾール30mgと、
チアマゾール15mgに無機ヨード38.2mgの併用による初期治療のみを、
比較しています。
各群150例程度で比較されているので、
隈病院のものより例数はずっと多く、
比較にはこれでも十分とは言えませんが、
これまでで最も大規模なデータで、
本年発表されたアメリカ甲状腺学会の最新のガイドラインでも、
この文献のみが引用されています。
この論文では治療開始前のホルモン値が、
遊離T4濃度で5ng/dL以上である場合に限定して、
登録を行なっています。
これはこの濃度を超えるとチアマゾール15mg単独での治療が、
困難になるという知見があるからです。
この論文でも無機ヨードの併用は、
甲状腺ホルモン濃度が正常化した時点で中止されています。
結果としては、
治療開始後30日と60日の時点での甲状腺機能の正常化率は、
15mgと無機ヨード併用群の方が高くなっていて、
最終的な寛解率には有意な差はありませんでした。
抗甲状腺剤の副作用として最も深刻な無顆粒球症は、
無機ヨード併用群では発生はなく、
チアマゾール30mg群では2例が発症していました。
ただ、これはトータルな例数から言えば、
評価は難しいと思います。
以上の2つの知見より、
チアマゾール15mgでコントロールが困難と思われるケースでの、
無機ヨードの一時的な併用は、
1つの代案としては検討に値するようには思います。
ただ、無機ヨードの併用の方が、
チアマゾールを一時的に30mgで使用するより、
本当に安全であるのか、
という点については、
推測の域を出ないもののように思います。
また、甲状腺関連の臨床データは、
概ね国内外を問わずこのレベルのものなのですが、
偽薬を使用するような試験ではなく、
治療法は患者さんにも明らかにされていますし、
単独施設での検証にとどまっています。
無機ヨードの38.2mgという半端な量は、
ヨウ化カリウムの50mgの錠剤があり、
その1錠に含まれているヨードの量です。
つまり、かなり恣意的に決められているのです。
これ以外に、
まさか、と思うような、ビックリするようなデータが、
2014年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載されています。
それがこちらです。
これは九州大学の報告ですが、
まず初期治療としてチアマゾールを使用して、
副作用や有害事象で継続が困難であった場合に、
無機ヨードの単独で治療を行った、
という長期データです。
例数は44名で、
無機ヨードの使用量は、
最初は13mg程度から開始されて、
その後100mgまで増量されるようになっています。
200から500mgという高用量が使用されている事例もあります。
このデータはカルテを後からまとめた性質のものなので、
様々な事例が含まれているのです。
寛解率は必ずしも高いものではなく、
20年以上に渡り無機ヨードが使用されているようなケースもあります。
人間の身体に必要なヨードは、
概ね1日0.2mg程度です。
5mgのヨードで通常は甲状腺に入るヨードはブロックされます。
それを併用療法でも1日38.2mg、
九州大学のデータにおいては、
100mgを超えるような超高用量が、
場合によっては20年に渡り継続されています。
本当にこのような大量のヨードを、
使い続けて問題はないのでしょうか?
海外データにおいては、
ヨード摂取量が多い地域では、
癌を含む甲状腺疾患の発症リスクが高まる、
という報告もあり、
甲状腺機能の急激な悪化などの事例も報告されています。
日本の大規模疫学データの解析でも、
一部では甲状腺癌のリスクが高いという報告もあり、
最近のものは無関係とするデータが多いことは事実ですが、
まだ確定的な知見はなく、
一定のリスクはあると考えるのが妥当だと思います。
少数例の検討で特に大きな有害事象がなかったからと言って、
体内で活用されている微量元素を、
その常用量の時に1000倍以上を処方し、
年単位で使用し続けて、
それが安全であると言い切ることは、
問題があるように個人的には思います。
無機ヨードの治療を推奨される先生の見解としては、
日本のようにヨード摂取量の多い地域と、
ヨーロッパの内陸部のような、
ヨード欠乏地域とでは、
ヨードに対する甲状腺の反応の仕方が異なり、
かつバセドウ病で自己抗体が存在することで、
エスケープが起こらないのではないか、
というような仮説を展開されていますが、
別に実証されたものではなく、
使ってみたらたまたま上手くいったので、
症例を増やしてみた、
というようなレベルの話です。
こうした脆弱な根拠をもって、
海外では殆ど行われていないような治療を、
積極的に行うことが、
本当に患者さんに資する行為であるのでしょうか?
僕は懐疑的に思わざるを得ません。
個人的な考えとしては、
バセドウ病を無機ヨード単独で長期間治療するのは、
矢張りあるべきではないと考えます。
抗甲状腺剤でコントロールが困難な状態であれば、
放射性ヨードか手術という選択肢があるのですから、
その方向にシフトするべきではないでしょうか?
チアマゾールと無機ヨードの併用については、
考慮に値する選択肢ではあると思いますが、
重篤なチアマゾールの有害事象が減るのではないか、
という以外の明確なメリットと思えるものはなく、
少なくとも偽薬を使用するような介入試験で、
検証をする必要があると思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はバセドウ病の、
ほぼ日本だけで行われている治療の話です。
バセドウ病は甲状腺を刺激する自己抗体により、
甲状腺ホルモンが過剰に産生されて甲状腺が腫れる、
甲状腺機能亢進症を呈する病気の代表です。
バセドウ病の治療には、
大きく3種類の方法があります。
抗甲状腺剤を主体とした薬物療法、
放射性ヨード治療、
そして甲状腺を一部を除いて切除する手術療法です。
以前も何度かご紹介していますが、
海外では放射性ヨードや手術が主流の治療法で、
抗甲状腺剤の治療は、
それ以外の治療を希望しなかった場合の選択肢で、
かつ1.5年から2年くらいで薬が終了出来ない場合には、
他の治療に移ることが原則です。
しかし、日本においては抗甲状腺剤による薬物治療が第一選択で、
2年程度で治療を終了することを目標とはしているものの、
実際には10年以上処方が継続されるケースも、
稀ではありません。
抗甲状腺剤として通常使用されるのは、
チアマゾール(MMI;メルカゾール)です。
もう1つプロピルチオウラシル(PTU;チウラジール)がありますが、
妊娠初期を除いては、
その効果の強さと持続の長さから、
もっぱらチアマゾールが選択されます。
妊娠初期は先天異常のリスクがチアマゾールで高い、
という最近の知見により、
原則プロピルチオウラシルが使用されます。
ただ、このチアマゾールを用いる治療の問題点は、
薬疹や無顆粒球症などの副作用や有害事象が存在していることと、
治療が長期間に及ぶことが多く、
薬剤の終了の基準も明確ではないことです。
それで、殆ど日本のみの薬物治療として、
最近試みられているのが、
無機ヨード(ヨウ素)を単独もしくはチアマゾールと併用で、
バセドウ病の治療に利用する、
という方法です。
無機ヨウドというのは、
原発事故の時にその内服が行われた、
ヨウ素剤と同じものです。
ヨードは甲状腺ホルモンの材料の1つで、
大量の無機ヨードを服用すると、
甲状腺内にはヨードが一時的に入らない状態となります。
また大量のヨードの服用により、
甲状腺内でのホルモン産生の経路も抑制されるので、
甲状腺機能は低下します。
ただ、この効果はずっと続くものではなく、
エスケイプと言ってその有効性が低下すると、
却ってその後甲状腺機能亢進症が悪化する、
というケースもあると報告されています。
抗甲状腺剤が使用される前には、
無機ヨードはバセドウ病の治療薬として使用されていたのですが、
その効果の不安定さから、
次第に使用されなくなり、
抗甲状腺剤が使用困難なケースでの、
一時的な甲状腺ホルモンの抑制に、
使用は限定されるようになりました。
たとえば、
かなり症状が強く、ホルモン値も高値で、
一刻も早くホルモンを正常化させたい、
というような時には、
チアマゾールは効いて来るのに少し時間が掛かるので、
治療開始時に無機ヨードとチアマゾールを併用する、
という手法はよく行われて来ました。
それが最近になって、
チアマゾールと無機ヨードを併用することにより、
チアマゾールの初期量を減らせるので、
抗甲状腺剤の副作用を減らせるのではないか、
という発想から、
積極的にチアマゾールと無機ヨードを併用する、
という方法を推奨する機運が日本で高まりました。
その先陣を切った感じの英語文献がこちらです。
2010年のClinical Endocrinology誌の論文で、
神戸の甲状腺専門病院、隈病院からの報告です。
これは134名の未治療のバセドウ病の患者さんを、
くじ引きで4つの群に分け、
それぞれ初期治療を、
チアマゾール30mgで開始、
チアマゾール30mgと無機ヨード38.2mg、
チアマゾール15mg、
チアマゾール15mgと無機ヨード38.2mg
という4種類の処方で治療を開始します。
甲状腺ホルモンの遊離T4濃度と指標として、
それが正常化したら、
無機ヨードは終了としてチアマゾールのみで治療を継続します。
この結果としては、
2週間後のホルモン値の正常化は、
無機ヨードの併用により有意に高率に認められました。
ただ、長期的に薬が終了出来た患者さんの比率については、
4つの治療法により有意な差は認められませんでした。
この論文では各治療群は30例程度ですから、
明確にその優越を云々出来るようなものではありません。
ただ、チアマゾールを30mg使用する代わりに、
その半分の15mgに無機ヨードを追加して、
同等の効果があるのだとすれば、
重篤な有害事象もそれだけ回避出来るのではないか、
という推測は可能です。
その点をもう少し明確化した論文が、
2015年のThyroid誌に掲載されています。
それがこちらです。
これは伊藤病院のデータです。
隈病院の論文の4群のうち、
チアマゾール30mgと、
チアマゾール15mgに無機ヨード38.2mgの併用による初期治療のみを、
比較しています。
各群150例程度で比較されているので、
隈病院のものより例数はずっと多く、
比較にはこれでも十分とは言えませんが、
これまでで最も大規模なデータで、
本年発表されたアメリカ甲状腺学会の最新のガイドラインでも、
この文献のみが引用されています。
この論文では治療開始前のホルモン値が、
遊離T4濃度で5ng/dL以上である場合に限定して、
登録を行なっています。
これはこの濃度を超えるとチアマゾール15mg単独での治療が、
困難になるという知見があるからです。
この論文でも無機ヨードの併用は、
甲状腺ホルモン濃度が正常化した時点で中止されています。
結果としては、
治療開始後30日と60日の時点での甲状腺機能の正常化率は、
15mgと無機ヨード併用群の方が高くなっていて、
最終的な寛解率には有意な差はありませんでした。
抗甲状腺剤の副作用として最も深刻な無顆粒球症は、
無機ヨード併用群では発生はなく、
チアマゾール30mg群では2例が発症していました。
ただ、これはトータルな例数から言えば、
評価は難しいと思います。
以上の2つの知見より、
チアマゾール15mgでコントロールが困難と思われるケースでの、
無機ヨードの一時的な併用は、
1つの代案としては検討に値するようには思います。
ただ、無機ヨードの併用の方が、
チアマゾールを一時的に30mgで使用するより、
本当に安全であるのか、
という点については、
推測の域を出ないもののように思います。
また、甲状腺関連の臨床データは、
概ね国内外を問わずこのレベルのものなのですが、
偽薬を使用するような試験ではなく、
治療法は患者さんにも明らかにされていますし、
単独施設での検証にとどまっています。
無機ヨードの38.2mgという半端な量は、
ヨウ化カリウムの50mgの錠剤があり、
その1錠に含まれているヨードの量です。
つまり、かなり恣意的に決められているのです。
これ以外に、
まさか、と思うような、ビックリするようなデータが、
2014年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載されています。
それがこちらです。
これは九州大学の報告ですが、
まず初期治療としてチアマゾールを使用して、
副作用や有害事象で継続が困難であった場合に、
無機ヨードの単独で治療を行った、
という長期データです。
例数は44名で、
無機ヨードの使用量は、
最初は13mg程度から開始されて、
その後100mgまで増量されるようになっています。
200から500mgという高用量が使用されている事例もあります。
このデータはカルテを後からまとめた性質のものなので、
様々な事例が含まれているのです。
寛解率は必ずしも高いものではなく、
20年以上に渡り無機ヨードが使用されているようなケースもあります。
人間の身体に必要なヨードは、
概ね1日0.2mg程度です。
5mgのヨードで通常は甲状腺に入るヨードはブロックされます。
それを併用療法でも1日38.2mg、
九州大学のデータにおいては、
100mgを超えるような超高用量が、
場合によっては20年に渡り継続されています。
本当にこのような大量のヨードを、
使い続けて問題はないのでしょうか?
海外データにおいては、
ヨード摂取量が多い地域では、
癌を含む甲状腺疾患の発症リスクが高まる、
という報告もあり、
甲状腺機能の急激な悪化などの事例も報告されています。
日本の大規模疫学データの解析でも、
一部では甲状腺癌のリスクが高いという報告もあり、
最近のものは無関係とするデータが多いことは事実ですが、
まだ確定的な知見はなく、
一定のリスクはあると考えるのが妥当だと思います。
少数例の検討で特に大きな有害事象がなかったからと言って、
体内で活用されている微量元素を、
その常用量の時に1000倍以上を処方し、
年単位で使用し続けて、
それが安全であると言い切ることは、
問題があるように個人的には思います。
無機ヨードの治療を推奨される先生の見解としては、
日本のようにヨード摂取量の多い地域と、
ヨーロッパの内陸部のような、
ヨード欠乏地域とでは、
ヨードに対する甲状腺の反応の仕方が異なり、
かつバセドウ病で自己抗体が存在することで、
エスケープが起こらないのではないか、
というような仮説を展開されていますが、
別に実証されたものではなく、
使ってみたらたまたま上手くいったので、
症例を増やしてみた、
というようなレベルの話です。
こうした脆弱な根拠をもって、
海外では殆ど行われていないような治療を、
積極的に行うことが、
本当に患者さんに資する行為であるのでしょうか?
僕は懐疑的に思わざるを得ません。
個人的な考えとしては、
バセドウ病を無機ヨード単独で長期間治療するのは、
矢張りあるべきではないと考えます。
抗甲状腺剤でコントロールが困難な状態であれば、
放射性ヨードか手術という選択肢があるのですから、
その方向にシフトするべきではないでしょうか?
チアマゾールと無機ヨードの併用については、
考慮に値する選択肢ではあると思いますが、
重篤なチアマゾールの有害事象が減るのではないか、
という以外の明確なメリットと思えるものはなく、
少なくとも偽薬を使用するような介入試験で、
検証をする必要があると思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍予約受付中です。
よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本
IgA腎症に対する扁桃腺摘出とステロイドパルス併用療法 [殆ど日本だけの治療]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2011年のNephrol Dial Transplantという雑誌に掲載された、
IgA腎症という病気に対する、
扁桃腺の摘出手術とステロイドの治療を、
併用する治療の効果についての、
これまでの報告をまとめた、
メタ解析の論文です。
シリーズと言う訳でもないですが、
「殆ど日本だけの治療」というカテゴリーの、
第1回目の記事です。
日本の医療では、
目を吊り上げて、
「グローバルスタンダードな治療を!」
とか、
「しっかりしたエビデンスのない治療はゴミだ!」
と絶叫調の発言をする先生がいる一方で、
世界中で殆ど日本でのみ評価され、
海外でのエビデンスなど皆無に等しい治療が、
偉い先生のそれなりのお墨付きの元に、
行なわれている、
という特殊性があります。
そうした治療が実は沢山あり、
それが結構メディアでは、
「画期的な治療」として宣伝されています。
場合によっては同じ先生が、
ある分野においては、
「こんな治療はRCTの成績がないのでまともには評価出来ない」
と言う同じ口で、
別の分野の治療については、
「あれは効きますよ」
と自分がやっている、
という理由や、
お友達の先生がしている、
というだけの理由で、
日本でのみ行なわれていて、
RCTの成績など皆無なのに、
結構評価してしまう、
というようなことがあります。
これこそ二枚舌の最たるものだと、
僕などは思いますが、
専門家と非専門家を問わず、
多くの皆さんは、
寛容に受け入れているようです。
むしろ多くの方は、
「あのエビデンスに厳しい先生が認めておられるのだから、
よく分からないが素晴らしい治療に違いない」
と思うのです。
勿論効果があれば、
患者さんにとってはそれで問題はないのです。
個人的には精度の高いデータや、
介入試験のデータが存在しなくても、
海外では評価の対象にならなくても、
その治療により救われている患者さんがいるのであれば、
その治療には一定の意味があると思います。
医療はサイエンスであると共にアートでもあり、
カルチャーでもあるので、
アートやカルチャーとして、
認知される治療があっても良い、
と考えるからです。
ただ、
サイエンスとはそれは明確に分けられるべきで、
そうでなければそれは代替医療と、
同じ次元のものになります。
僕が二枚舌だと言うのは、
一方でサイエンスとしての治療以外を認めない、
と言い、多くの代替医療を攻撃しながら、
その一方で「殆ど日本だけの治療」を、
それだけはサイエンスとして評価する、
というあり方のことです。
サイエンスを標榜するのであれば、
それは矢張り「日本だけの治療」では、
いけないのではないでしょうか?
まあ、そんな感じのシリーズを、
不定期でお届けしたいと思います。
その第1回は、
IgA腎症に対する扁桃腺摘出とステロイドパルスとの併用療法です。
IgA腎症というのは、
免疫グロブリンの一種であるIgAが、
腎臓に多量に沈着することにより、
腎臓の機能が慢性的に障害される病気で、
慢性腎炎の半数を占める、
日本で最も多い腎臓の病気でもあります。
この病気の治療として、
国際的なガイドラインにおいて推奨されているのは、
ACE阻害剤もしくはARBと呼ばれる薬剤の使用です。
おしっこに排泄される蛋白質が1日1グラム未満では、
上の血圧が130mmHg未満を目標とし、
尿蛋白がそれより多い場合には、
125未満が目標とされます。
数か月の治療により、
尿蛋白の改善が見られない場合には、
ステロイド治療が検討されます。
ただ、そうした治療が奏功しないケースが、
実際には少なからず存在し、
別個の治療が検討されることになります。
その中で、
特に殆ど日本でのみその効果が認知され、
積極的に行なわれている治療法が、
扁桃腺の切除と、
それとステロイドのパルス療法を組み合わせた治療法です。
扁桃腺における慢性の炎症があると、
そこから分泌されたIgAが、
IgA腎症の原因の1つとなるという考え方があります。
そのため、
その元を断つという目的のために、
扁桃腺の摘出を行なうのです。
慢性の扁桃腺炎を繰り返しているような方であれば、
扁桃腺の切除は合理的な治療ですが、
この治療の特殊性は、
必ずしもそうした症状が臨床的には存在しなくても、
扁桃腺の切除を行なう、
というところにあります。
この治療の効果は、
文献によっては9割を越える、
というビックリするようなものになっています。
しかし、
今月のthe New England Journal of Medicine誌の総説では、
この治療は国際的なガイドラインでは推奨されておらず、
その理由は専ら日本のみで行なわれていて、
RCTなどの精度の高い臨床試験のデータが、
存在していないためだ、
とはっきり書かれています。
上記の文献はその分野におけるこれまでの臨床試験のデータを、
まとめて解析したものですが、
対象となっている論文は7編のみで、
そのうちの6編は日本のもので、
残りの1編は中国のデータです。
その中に精度の高い介入試験のデータは、
1つもありません。
厚労省の研究班による介入研究が、
現時点で進行中とのことですが、
2011年の中間報告の結果では、
ステロイド治療と比較して、
それに扁桃腺の摘出を併用した治療の効果は、
有意な差が認められていません。
この試験の最終結果がどうなっているのかは、
把握していませんが、
少なくともPubMedなどで検索しても、
現時点でその結果は発表されていませんし、
それ以外の最近のこの分野での報告も、
相変わらず日本人による症例報告のようなものしかありません。
この治療を推奨される先生の意見では、
この治療はまだ1日の蛋白尿が1グラム未満のような、
初期の段階で行なうのが望ましく、
そうすれば完治する可能性が高い、
とされています。
しかし、
蛋白尿が1グラム未満であれば、
IgA腎症の予後自体が良好で、
自然に寛解するケースもあり、
少なくとも国際的なガイドライン上は、
ACE阻害剤等で血圧の管理をしつつ、
経過を見ても問題のないレベルです。
その時期に、
扁桃腺を摘出してステロイドを使用するような、
身体に負担の掛かる治療をして、
それが本当に良いことなのか、
という点については、
良いことなのかも知れませんが、
その「科学的な根拠」には乏しい、
ということもまた事実です。
こうした「殆ど日本だけの治療」を受ける場合には、
その世界的な位置付けについても、
患者さんにしっかり説明される必要があると思いますし、
それが本当に優れた治療であるならば、
それを国際的に認知される治療にすることも、
研究者や治療者の責務だと思いますし、
そのための研究体制については、
より整備がされるべきではないかと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2011年のNephrol Dial Transplantという雑誌に掲載された、
IgA腎症という病気に対する、
扁桃腺の摘出手術とステロイドの治療を、
併用する治療の効果についての、
これまでの報告をまとめた、
メタ解析の論文です。
シリーズと言う訳でもないですが、
「殆ど日本だけの治療」というカテゴリーの、
第1回目の記事です。
日本の医療では、
目を吊り上げて、
「グローバルスタンダードな治療を!」
とか、
「しっかりしたエビデンスのない治療はゴミだ!」
と絶叫調の発言をする先生がいる一方で、
世界中で殆ど日本でのみ評価され、
海外でのエビデンスなど皆無に等しい治療が、
偉い先生のそれなりのお墨付きの元に、
行なわれている、
という特殊性があります。
そうした治療が実は沢山あり、
それが結構メディアでは、
「画期的な治療」として宣伝されています。
場合によっては同じ先生が、
ある分野においては、
「こんな治療はRCTの成績がないのでまともには評価出来ない」
と言う同じ口で、
別の分野の治療については、
「あれは効きますよ」
と自分がやっている、
という理由や、
お友達の先生がしている、
というだけの理由で、
日本でのみ行なわれていて、
RCTの成績など皆無なのに、
結構評価してしまう、
というようなことがあります。
これこそ二枚舌の最たるものだと、
僕などは思いますが、
専門家と非専門家を問わず、
多くの皆さんは、
寛容に受け入れているようです。
むしろ多くの方は、
「あのエビデンスに厳しい先生が認めておられるのだから、
よく分からないが素晴らしい治療に違いない」
と思うのです。
勿論効果があれば、
患者さんにとってはそれで問題はないのです。
個人的には精度の高いデータや、
介入試験のデータが存在しなくても、
海外では評価の対象にならなくても、
その治療により救われている患者さんがいるのであれば、
その治療には一定の意味があると思います。
医療はサイエンスであると共にアートでもあり、
カルチャーでもあるので、
アートやカルチャーとして、
認知される治療があっても良い、
と考えるからです。
ただ、
サイエンスとはそれは明確に分けられるべきで、
そうでなければそれは代替医療と、
同じ次元のものになります。
僕が二枚舌だと言うのは、
一方でサイエンスとしての治療以外を認めない、
と言い、多くの代替医療を攻撃しながら、
その一方で「殆ど日本だけの治療」を、
それだけはサイエンスとして評価する、
というあり方のことです。
サイエンスを標榜するのであれば、
それは矢張り「日本だけの治療」では、
いけないのではないでしょうか?
まあ、そんな感じのシリーズを、
不定期でお届けしたいと思います。
その第1回は、
IgA腎症に対する扁桃腺摘出とステロイドパルスとの併用療法です。
IgA腎症というのは、
免疫グロブリンの一種であるIgAが、
腎臓に多量に沈着することにより、
腎臓の機能が慢性的に障害される病気で、
慢性腎炎の半数を占める、
日本で最も多い腎臓の病気でもあります。
この病気の治療として、
国際的なガイドラインにおいて推奨されているのは、
ACE阻害剤もしくはARBと呼ばれる薬剤の使用です。
おしっこに排泄される蛋白質が1日1グラム未満では、
上の血圧が130mmHg未満を目標とし、
尿蛋白がそれより多い場合には、
125未満が目標とされます。
数か月の治療により、
尿蛋白の改善が見られない場合には、
ステロイド治療が検討されます。
ただ、そうした治療が奏功しないケースが、
実際には少なからず存在し、
別個の治療が検討されることになります。
その中で、
特に殆ど日本でのみその効果が認知され、
積極的に行なわれている治療法が、
扁桃腺の切除と、
それとステロイドのパルス療法を組み合わせた治療法です。
扁桃腺における慢性の炎症があると、
そこから分泌されたIgAが、
IgA腎症の原因の1つとなるという考え方があります。
そのため、
その元を断つという目的のために、
扁桃腺の摘出を行なうのです。
慢性の扁桃腺炎を繰り返しているような方であれば、
扁桃腺の切除は合理的な治療ですが、
この治療の特殊性は、
必ずしもそうした症状が臨床的には存在しなくても、
扁桃腺の切除を行なう、
というところにあります。
この治療の効果は、
文献によっては9割を越える、
というビックリするようなものになっています。
しかし、
今月のthe New England Journal of Medicine誌の総説では、
この治療は国際的なガイドラインでは推奨されておらず、
その理由は専ら日本のみで行なわれていて、
RCTなどの精度の高い臨床試験のデータが、
存在していないためだ、
とはっきり書かれています。
上記の文献はその分野におけるこれまでの臨床試験のデータを、
まとめて解析したものですが、
対象となっている論文は7編のみで、
そのうちの6編は日本のもので、
残りの1編は中国のデータです。
その中に精度の高い介入試験のデータは、
1つもありません。
厚労省の研究班による介入研究が、
現時点で進行中とのことですが、
2011年の中間報告の結果では、
ステロイド治療と比較して、
それに扁桃腺の摘出を併用した治療の効果は、
有意な差が認められていません。
この試験の最終結果がどうなっているのかは、
把握していませんが、
少なくともPubMedなどで検索しても、
現時点でその結果は発表されていませんし、
それ以外の最近のこの分野での報告も、
相変わらず日本人による症例報告のようなものしかありません。
この治療を推奨される先生の意見では、
この治療はまだ1日の蛋白尿が1グラム未満のような、
初期の段階で行なうのが望ましく、
そうすれば完治する可能性が高い、
とされています。
しかし、
蛋白尿が1グラム未満であれば、
IgA腎症の予後自体が良好で、
自然に寛解するケースもあり、
少なくとも国際的なガイドライン上は、
ACE阻害剤等で血圧の管理をしつつ、
経過を見ても問題のないレベルです。
その時期に、
扁桃腺を摘出してステロイドを使用するような、
身体に負担の掛かる治療をして、
それが本当に良いことなのか、
という点については、
良いことなのかも知れませんが、
その「科学的な根拠」には乏しい、
ということもまた事実です。
こうした「殆ど日本だけの治療」を受ける場合には、
その世界的な位置付けについても、
患者さんにしっかり説明される必要があると思いますし、
それが本当に優れた治療であるならば、
それを国際的に認知される治療にすることも、
研究者や治療者の責務だと思いますし、
そのための研究体制については、
より整備がされるべきではないかと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。