中性脂肪低下療法の心血管疾患予防効果(ぺマフィブラートの臨床データ) [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月24日掲載された、
中性脂肪低下療養の有効性についての論文です。
血液中の脂質であるコレステロール、
特にLDLコレステロール濃度が高値であることが、
心筋梗塞などの心血管疾患のリスクとなり、
主にスタチンと呼ばれるコレステロール降下剤の使用により、
心血管疾患の予防効果(明確なのは特に再発予防効果)が認められることは、
多くの精度の高い臨床データによって確認されている事実です。
ただ、コレステロールを充分低下させても、
たとえば2型糖尿病の患者さんでは心血管疾患のリスクはまだ高く、
その原因の1つと想定されているのが、
中性脂肪の高値とそれに伴うHDLコレステロールの低値です。
血液中の中性脂肪の高値が、
心血管疾患のリスクを高める因子であることは、
多くの疫学データで確認されている事実です。
しかし、中性脂肪を薬剤で低下させるような臨床試験では、
偽薬との比較で明確な心血管疾患リスクの低下は、
これまでにあまり確認されていません。
ただ、サブ解析において、
中性脂肪が高くHDLコレステロールの低い糖尿病の患者さんでは、
一定の有効性が示唆されるデータもあります。
中性脂肪の低下療法は効果がないのでしょうか?
それとも、たとえば対象を糖尿病の患者さんに絞り込めば、
一定の有効性が確認されるのでしょうか?
この問題についてはまだ結論が出ていないのです。
そこで今回の研究では、
最近日本でも使用頻度の高い中性脂肪硬化剤である、
ペマフィブラート(商品名パルモディアなど)を使用して、
その有効性を検証しています。
対象となっているのは、
世界24か国で登録された2型糖尿病の患者さんで、
空腹時の中性脂肪が200から499mg/dLと軽度から中等度の高値、
HDLコレステロールが40mg/dL以下の、
トータル10497名で、
くじ引きで2つの群に分けると、
患者さんにも主治医にも分からないように、
一方はペマフィブラートを1日0.4㎎で使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
中間値で3.4年の経過観察を施行しています。
対象者の3分の2は心筋梗塞などの心血管疾患の既往があり、
両群ともほぼ7割の患者さんでは、
コレステロール降下剤のスタチンが使用されていました。
その結果、
ペマフィブラートの4か月の投与により、
偽薬と比較して中性脂肪は平均で26.2%低下し、
VLDLコレステロールも25.8%低下、
レムナントコレステロールも25.6%低下していました。
しかし、急性心筋梗塞と脳卒中、
心臓のカテーテル治療と心血管疾患による死亡を併せたリスクには、
両群で有意な差は認められませんでした。
つまり、2型糖尿病で薬により中性脂肪を低下させても、
明確なそれによる心血管疾患の予防効果は、
確認されなかったという結果です。
スタチンに上乗せして中性脂肪の降下療法を施行しても、
現時点でそれにより心血管疾患のリスクが低下する、
という根拠は現時点では明確なものはないと、
そう考えておいた方が良いようです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月24日掲載された、
中性脂肪低下療養の有効性についての論文です。
血液中の脂質であるコレステロール、
特にLDLコレステロール濃度が高値であることが、
心筋梗塞などの心血管疾患のリスクとなり、
主にスタチンと呼ばれるコレステロール降下剤の使用により、
心血管疾患の予防効果(明確なのは特に再発予防効果)が認められることは、
多くの精度の高い臨床データによって確認されている事実です。
ただ、コレステロールを充分低下させても、
たとえば2型糖尿病の患者さんでは心血管疾患のリスクはまだ高く、
その原因の1つと想定されているのが、
中性脂肪の高値とそれに伴うHDLコレステロールの低値です。
血液中の中性脂肪の高値が、
心血管疾患のリスクを高める因子であることは、
多くの疫学データで確認されている事実です。
しかし、中性脂肪を薬剤で低下させるような臨床試験では、
偽薬との比較で明確な心血管疾患リスクの低下は、
これまでにあまり確認されていません。
ただ、サブ解析において、
中性脂肪が高くHDLコレステロールの低い糖尿病の患者さんでは、
一定の有効性が示唆されるデータもあります。
中性脂肪の低下療法は効果がないのでしょうか?
それとも、たとえば対象を糖尿病の患者さんに絞り込めば、
一定の有効性が確認されるのでしょうか?
この問題についてはまだ結論が出ていないのです。
そこで今回の研究では、
最近日本でも使用頻度の高い中性脂肪硬化剤である、
ペマフィブラート(商品名パルモディアなど)を使用して、
その有効性を検証しています。
対象となっているのは、
世界24か国で登録された2型糖尿病の患者さんで、
空腹時の中性脂肪が200から499mg/dLと軽度から中等度の高値、
HDLコレステロールが40mg/dL以下の、
トータル10497名で、
くじ引きで2つの群に分けると、
患者さんにも主治医にも分からないように、
一方はペマフィブラートを1日0.4㎎で使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
中間値で3.4年の経過観察を施行しています。
対象者の3分の2は心筋梗塞などの心血管疾患の既往があり、
両群ともほぼ7割の患者さんでは、
コレステロール降下剤のスタチンが使用されていました。
その結果、
ペマフィブラートの4か月の投与により、
偽薬と比較して中性脂肪は平均で26.2%低下し、
VLDLコレステロールも25.8%低下、
レムナントコレステロールも25.6%低下していました。
しかし、急性心筋梗塞と脳卒中、
心臓のカテーテル治療と心血管疾患による死亡を併せたリスクには、
両群で有意な差は認められませんでした。
つまり、2型糖尿病で薬により中性脂肪を低下させても、
明確なそれによる心血管疾患の予防効果は、
確認されなかったという結果です。
スタチンに上乗せして中性脂肪の降下療法を施行しても、
現時点でそれにより心血管疾患のリスクが低下する、
という根拠は現時点では明確なものはないと、
そう考えておいた方が良いようです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
城山羊の会「温暖化の秋」 [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
区民健診の委託日なので健診を朝からやる予定です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
山内ケンジさんの作・演出による城山羊の会は、
別役実に似た不条理演劇のテイストを持ちながら、
シュールでエロチックでブラックユーモアに満ちた、
独特の台詞のやり取りが一番の魅力で、
以前からの常連の岡部たかしさんや岩谷健司さんは、
今ではドラマやCMに頻繁に登場する人気者になっています。
今回の舞台はいつものメンバーに、
趣里さんとシソンヌのじろうさんなど、
豪華なメンバーが加わります。
舞台はKAATの大スタジオで、
センターステージに近いような感じで、
スタイリッシュな舞台が組まれています。
小空間で囁き声というスタイルが特徴の城山羊の会ですが、
今回は結構声を張って話す場面も多く、
役者さんはマイクを付けて、
「ほんのり」と拡声しているという感じの演出でした。
新型コロナ以降の舞台では、
コロナ禍の心の動きを内容に取り入れているところが特徴で、
今回の作品では屋外を舞台にして、
主人公の趣里さん以外はマスクを付けて登場し、
徐々にマスクを外していって、
前半が終わると全員がマスクをしていない、
という構成になっています。
趣里さんは飲食店でマスクを忘れた、
という設定なのですね。
要するに「何かを隠す」ということをマスクに象徴させて、
そこにやや淫靡なものを纏わせ、
それを取るという行為が連鎖するところに、
抑圧からの解放を見て、
そこから舞台が動いて行くという趣向です。
なるほど、さすが、考えたな、
という感じです。
ただ、難しいのですが、
今回その趣向が成功していたのかと言うと、
ちょっと微妙な感じはあるのですね。
マスクをしている、というビジュアルは、
どうも演劇に馴染まないんですね。
不自由な感じや鬱陶しい感じはするのですが、
それでいて抑圧やエロスのようなものは感じないのです。
どちらかと言えば、
やや不潔な感じがする、というくらいですね。
これは僕のただの推測ですが、
作者はもっとマスク推しで行きたかったと思うのですね。
最初は全員がマスクを付けていて、
なんだかんだで1人ずつマスクを外していって、
それで気分に変化が生じてきて、
でも頑なにマスクをし続ける人もいて、
というようなお話ですね。
イメージしているだけなら、
なかなか面白そうですよね。
リアルにも行けるし、
ちょっと不条理劇にも出来そうでしょ。
でも、実際にやってみると、
観客としてはあまり面白くないんですね。
実際最初に役者さんがマスク姿で登場した時、
「えっ、まさかこのままマスクで芝居するの?」
と客席でマスクをしているこちらは、
ちょっとうんざりするような気分になったんですね。
マスクをしたままで普通の芝居をするのは、
とても詰まらなくて観ていられないんですね。
それが分かってしまったので、
今回のお芝居でもその設定は前半にあるだけで、
その後は全員マスクは外してのお芝居になっているのです。
でも、それなら、
何で最初にやったの、という感じが、
どうしても残ってしまいます。
今回はトータルにはかなり別役実演劇に、
寄せているという感じがあります。
中空に浮かぶリンゴというシュールなイメージと、
それが後半になってもう一度登場して、
趣里さんの死と再生の道具になるという趣向が面白く、
役者は皆手練れが揃っていますから、
安心してそのシュールで不穏な世界に、
ゆったりと身を浸すことが出来ます。
顔芸というのか、
台詞とは違う感情を、
顔に漂わせてそれを観客に明確に感じさせる、
という技術が皆さん素晴らしく、
それを鑑賞するだけで充分元は取った、
という気分にさせられます。
ただ、今回は最初のマスク談義が影響したのか、
全体にやや散漫な印象があって、
ここぞというところの押しも弱い、
という感じがありました。
顔芸を堪能するには、
劇場が大き過ぎるというきらいがありました。
あと、大好きな岡部たかしさんが、
最近の作品では実年齢より老けた役に振られていて、
その点も物足りなく感じました。
ファンとしてはもっと大暴れをして欲しいのです。
そんな訳で今回は今一つという感じのあった城山羊の会ですが、
大好きな劇団(企画集団という方が適切でしょうか)であることは間違いがなく、
次回はまた来年の冬の公演、
ということのようですから、
今から楽しみにしながら、
この1年を乗り切りたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
区民健診の委託日なので健診を朝からやる予定です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
山内ケンジさんの作・演出による城山羊の会は、
別役実に似た不条理演劇のテイストを持ちながら、
シュールでエロチックでブラックユーモアに満ちた、
独特の台詞のやり取りが一番の魅力で、
以前からの常連の岡部たかしさんや岩谷健司さんは、
今ではドラマやCMに頻繁に登場する人気者になっています。
今回の舞台はいつものメンバーに、
趣里さんとシソンヌのじろうさんなど、
豪華なメンバーが加わります。
舞台はKAATの大スタジオで、
センターステージに近いような感じで、
スタイリッシュな舞台が組まれています。
小空間で囁き声というスタイルが特徴の城山羊の会ですが、
今回は結構声を張って話す場面も多く、
役者さんはマイクを付けて、
「ほんのり」と拡声しているという感じの演出でした。
新型コロナ以降の舞台では、
コロナ禍の心の動きを内容に取り入れているところが特徴で、
今回の作品では屋外を舞台にして、
主人公の趣里さん以外はマスクを付けて登場し、
徐々にマスクを外していって、
前半が終わると全員がマスクをしていない、
という構成になっています。
趣里さんは飲食店でマスクを忘れた、
という設定なのですね。
要するに「何かを隠す」ということをマスクに象徴させて、
そこにやや淫靡なものを纏わせ、
それを取るという行為が連鎖するところに、
抑圧からの解放を見て、
そこから舞台が動いて行くという趣向です。
なるほど、さすが、考えたな、
という感じです。
ただ、難しいのですが、
今回その趣向が成功していたのかと言うと、
ちょっと微妙な感じはあるのですね。
マスクをしている、というビジュアルは、
どうも演劇に馴染まないんですね。
不自由な感じや鬱陶しい感じはするのですが、
それでいて抑圧やエロスのようなものは感じないのです。
どちらかと言えば、
やや不潔な感じがする、というくらいですね。
これは僕のただの推測ですが、
作者はもっとマスク推しで行きたかったと思うのですね。
最初は全員がマスクを付けていて、
なんだかんだで1人ずつマスクを外していって、
それで気分に変化が生じてきて、
でも頑なにマスクをし続ける人もいて、
というようなお話ですね。
イメージしているだけなら、
なかなか面白そうですよね。
リアルにも行けるし、
ちょっと不条理劇にも出来そうでしょ。
でも、実際にやってみると、
観客としてはあまり面白くないんですね。
実際最初に役者さんがマスク姿で登場した時、
「えっ、まさかこのままマスクで芝居するの?」
と客席でマスクをしているこちらは、
ちょっとうんざりするような気分になったんですね。
マスクをしたままで普通の芝居をするのは、
とても詰まらなくて観ていられないんですね。
それが分かってしまったので、
今回のお芝居でもその設定は前半にあるだけで、
その後は全員マスクは外してのお芝居になっているのです。
でも、それなら、
何で最初にやったの、という感じが、
どうしても残ってしまいます。
今回はトータルにはかなり別役実演劇に、
寄せているという感じがあります。
中空に浮かぶリンゴというシュールなイメージと、
それが後半になってもう一度登場して、
趣里さんの死と再生の道具になるという趣向が面白く、
役者は皆手練れが揃っていますから、
安心してそのシュールで不穏な世界に、
ゆったりと身を浸すことが出来ます。
顔芸というのか、
台詞とは違う感情を、
顔に漂わせてそれを観客に明確に感じさせる、
という技術が皆さん素晴らしく、
それを鑑賞するだけで充分元は取った、
という気分にさせられます。
ただ、今回は最初のマスク談義が影響したのか、
全体にやや散漫な印象があって、
ここぞというところの押しも弱い、
という感じがありました。
顔芸を堪能するには、
劇場が大き過ぎるというきらいがありました。
あと、大好きな岡部たかしさんが、
最近の作品では実年齢より老けた役に振られていて、
その点も物足りなく感じました。
ファンとしてはもっと大暴れをして欲しいのです。
そんな訳で今回は今一つという感じのあった城山羊の会ですが、
大好きな劇団(企画集団という方が適切でしょうか)であることは間違いがなく、
次回はまた来年の冬の公演、
ということのようですから、
今から楽しみにしながら、
この1年を乗り切りたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
アラバール「建築家とアッシリア皇帝」(2022年生田みゆき演出版) [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アラバールが1967年に初演した、
2人芝居の名作「建築家とアッシリア皇帝」が、
文学座の生田みゆきさんの演出、
岡本健一さんと成河さんという実力派のキャストで、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。
この戯曲には個人的にとても思い入れがあります。
最初に大学に入学した年に、
演劇好きの友人の影響もあって、
演劇の魅力に取り憑かれ、
最初に買った戯曲がこれでした。
何度も何度も口に出して台詞を読んで、
ははあ、これが不条理演劇というものなのね、
と分かったような分からないような気持ちになり、
抜粋を大学の行動前の広場で、
即席で演じたりもしました。
これは多分「星の王子さま」のパロディなんですね。
孤島に飛行機が墜落して、
アッシリアの皇帝と称する男が降りて来ると、
孤島で暮らしていた、たった1人の建築家という謎の男に会うんですね。
2人は多くの役柄を演じながら、
演劇という名の遊びとしての生を活きるのですが、
アッシリアの皇帝は自分の母親を、
愛するが故に殺して犬に食わせてしまっていて、
ゲームを繰り返しながら、
次第に建築家はそのアッシリア皇帝の秘密に近づいてゆきます。
最終的には建築家が検事となって、
裁判でアッシリア皇帝を追い詰めるという展開になり、
皇帝や母親殺しを自白することにより、
建築家により裁かれて死刑になり、
建築家は皇帝に請われて、皇帝を殺してしまいます。
建築家はアッシリア皇帝の死体を食べて2人は一体化し、
最後はまた別のアッシリア皇帝が現れます。
登場人物は2人だけですし、
非常に色々な捉え方の出来るドラマです。
2人の妄想性障害の患者が、
病室で対話しているだけの物語のようにも取れますし、
マザコンの息子が母親を殺して狂気に陥り、
自分を裁く建築家という架空の人物を、
作り出して1人芝居をしているだけ、
というようにも思えます。
建築家というのは造物主のことで、
人間が何人も何人もの皇帝を殺して食べて一体化し、
それを繰り返して人間ならざる存在となった、
というようにも思えます。
複雑な解釈の余地を残す物語で、
結局最初の設定以上に、
ラストに至っても明らかになる点は殆どないのですが、
近親相姦と親殺しとカニバリズムという、
タブーの合わせ技のような強烈さと、
演じるということ自体をテーマにした(当時のとしての)斬新さ、
そして円環構造にした構成の巧みさが、
不条理劇の典型にして古典の風格を醸しています。
この戯曲は日本の小劇場の劇作家に、
大きな影響を与えていて、
特に「孤島のカニバリズム」という部分は、
野田秀樹さんの劇作の幾つかの、
母体となっているという気がします。
今回の上演は、
設定自体はオーソドックスに残しながら、
台詞には現代的な要素も取り入れた台本にセンスを感じました。
演出は非常に緻密に考え抜かれていて、
途中で巨大な目が空から見つめているという場面があり、
その目自体は登場しないので、
「これは登場させないといけないのではないかしら」
と思っていると、
カーテンコールで書割の太陽の中心に目が描かれていて、
「なるほど」と感心しました。
段ボールを活用したセットなど、
ちょっと野田秀樹さんの演出を彷彿とさせるところがありました。
ただ、野田さんの演出では、
最初はただの段ボールに見えたものが、
別の「何か」に鮮やかに変貌したりするのですが、
今回の演出にはそうした部分はないのが、
少し物足りなくは感じました。
トータルに優等生的な演出で、
この芝居の持つもっと狂騒的な感じや、
ショッキングな感じを、
生々しく伝えるような場面や演出が、
あって欲しかったなあ、というようには感じました。
今回の上演はキャストの熱演も含めて、
この古典的な戯曲の現在の上演としては、
かなりレベルの高いものになっていたと思います。
色々な意味でもう一押し過激に振って欲しかったな、
という思いはあるのですが、
この不条理演劇の名作の素晴らしさに、
しばし酔うことが出来ました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。
土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アラバールが1967年に初演した、
2人芝居の名作「建築家とアッシリア皇帝」が、
文学座の生田みゆきさんの演出、
岡本健一さんと成河さんという実力派のキャストで、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。
この戯曲には個人的にとても思い入れがあります。
最初に大学に入学した年に、
演劇好きの友人の影響もあって、
演劇の魅力に取り憑かれ、
最初に買った戯曲がこれでした。
何度も何度も口に出して台詞を読んで、
ははあ、これが不条理演劇というものなのね、
と分かったような分からないような気持ちになり、
抜粋を大学の行動前の広場で、
即席で演じたりもしました。
これは多分「星の王子さま」のパロディなんですね。
孤島に飛行機が墜落して、
アッシリアの皇帝と称する男が降りて来ると、
孤島で暮らしていた、たった1人の建築家という謎の男に会うんですね。
2人は多くの役柄を演じながら、
演劇という名の遊びとしての生を活きるのですが、
アッシリアの皇帝は自分の母親を、
愛するが故に殺して犬に食わせてしまっていて、
ゲームを繰り返しながら、
次第に建築家はそのアッシリア皇帝の秘密に近づいてゆきます。
最終的には建築家が検事となって、
裁判でアッシリア皇帝を追い詰めるという展開になり、
皇帝や母親殺しを自白することにより、
建築家により裁かれて死刑になり、
建築家は皇帝に請われて、皇帝を殺してしまいます。
建築家はアッシリア皇帝の死体を食べて2人は一体化し、
最後はまた別のアッシリア皇帝が現れます。
登場人物は2人だけですし、
非常に色々な捉え方の出来るドラマです。
2人の妄想性障害の患者が、
病室で対話しているだけの物語のようにも取れますし、
マザコンの息子が母親を殺して狂気に陥り、
自分を裁く建築家という架空の人物を、
作り出して1人芝居をしているだけ、
というようにも思えます。
建築家というのは造物主のことで、
人間が何人も何人もの皇帝を殺して食べて一体化し、
それを繰り返して人間ならざる存在となった、
というようにも思えます。
複雑な解釈の余地を残す物語で、
結局最初の設定以上に、
ラストに至っても明らかになる点は殆どないのですが、
近親相姦と親殺しとカニバリズムという、
タブーの合わせ技のような強烈さと、
演じるということ自体をテーマにした(当時のとしての)斬新さ、
そして円環構造にした構成の巧みさが、
不条理劇の典型にして古典の風格を醸しています。
この戯曲は日本の小劇場の劇作家に、
大きな影響を与えていて、
特に「孤島のカニバリズム」という部分は、
野田秀樹さんの劇作の幾つかの、
母体となっているという気がします。
今回の上演は、
設定自体はオーソドックスに残しながら、
台詞には現代的な要素も取り入れた台本にセンスを感じました。
演出は非常に緻密に考え抜かれていて、
途中で巨大な目が空から見つめているという場面があり、
その目自体は登場しないので、
「これは登場させないといけないのではないかしら」
と思っていると、
カーテンコールで書割の太陽の中心に目が描かれていて、
「なるほど」と感心しました。
段ボールを活用したセットなど、
ちょっと野田秀樹さんの演出を彷彿とさせるところがありました。
ただ、野田さんの演出では、
最初はただの段ボールに見えたものが、
別の「何か」に鮮やかに変貌したりするのですが、
今回の演出にはそうした部分はないのが、
少し物足りなくは感じました。
トータルに優等生的な演出で、
この芝居の持つもっと狂騒的な感じや、
ショッキングな感じを、
生々しく伝えるような場面や演出が、
あって欲しかったなあ、というようには感じました。
今回の上演はキャストの熱演も含めて、
この古典的な戯曲の現在の上演としては、
かなりレベルの高いものになっていたと思います。
色々な意味でもう一押し過激に振って欲しかったな、
という思いはあるのですが、
この不条理演劇の名作の素晴らしさに、
しばし酔うことが出来ました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
ビタミンD欠乏と生命予後 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療やワクチン接種で都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
Annals of Internal Medicine誌に2022年10月26日掲載された、
ビタミンDの欠乏と生命予後との関連についての論文です。
ビタミンDはビタミンという名前は付いていますが、
体内でも合成されるステロイドホルモンの一種で、
骨の健康な成長と維持に必須であると共に、
細胞の成長や分化を調節して、
細胞の健康についても必要な成分であると考えられています。
実際にビタミンD濃度が低値であると、
心血管疾患のリスクや癌のリスク、
総死亡のリスクが増加するとする報告があります。
その一方でビタミンDをサプリメントとして使用したような、
介入試験と呼ばれる臨床試験の多くでは、
ビタミンDによる病気のリスク低下や、
生命予後の改善効果は確認されていません。
この事実は、
ビタミンDの低値と病気のリスクとの関連のデータは、
ビタミンDの欠乏自体が原因ではないことを、
示唆するもののようにも考えられます。
実際はどうなのでしょうか?
今回のデータはUKバイオバンクという、
最近使用されることの多い、
イギリスの大規模な遺伝子情報を含む臨床データを活用したもので、
イギリスなどに住む約30万人の遺伝情報から、
血液のビタミンD濃度に関わる変異を解析し、
そこから推計される血液中のビタミンD(25(OH)D)濃度と、
14年という長期の観察期間における、
病気のリスクや生命予後との関連を検証しているものです。
これはビタミンDを補充するような試験とは違いますが、
遺伝子変異の有無は偶然に決まる性質のものなので、
このデータにおいてビタミンDの低下が、
特定の病気のリスク増加と結びついていれば、
そのリスク増加はビタミンDの低下が原因の可能性が高い、
という言い方が出来ると言う点で、
これまでの同様の検証より信頼性の高いものなのです。
その結果、
遺伝情報から推計されるビタミンD濃度が低いほど、
総死亡のリスクは増加していました。
現行の基準でビタミンD欠乏のボーダーラインと判断される、
25(OH)ビタミンD濃度50nmol/L(20ng/mLに相当)と比較して、
軽度の欠乏と判断される25nmol/L(10ng/mLに相当)では、
総死亡のリスクは25%(95%CI:1.16から1.35)有意に増加していて、
高度の欠乏である10nmol/Lでは、
総死亡のリスクは6.0倍(95%CI:3.22から11.17)に達していました。
個々の病気による死亡リスクで見ると、
同じく25(OH)ビタミンD濃度50nmol/L(20ng/mLに相当)と比較して、
軽度の欠乏と判断される25nmol/L(10ng/mLに相当)では、
心血管疾患による死亡のリスクが1.25倍(95%CI:1.07から1.46)、
癌による死亡のリスクが1.16倍(95%CI:1.04から1.30)、
呼吸器疾患による死亡のリスクが1.96倍(95%CI:1.88から4.67)有意に増加していて、
高度の欠乏である10nmol/Lでは、
心血管疾患による死亡のリスクが5.98倍(95%CI:1.73から20.59)、
癌による死亡のリスクが3.37倍(95%CI:1.37から8.28)、
呼吸器疾患による死亡のリスクは12.44倍(95%CI:4.32から35.85)と、
より高いリスク増加を示していました。
このように、
今回の大規模な検証において、
ビタミンDの欠乏が身体に非常に大きな影響を与え、
個別の臓器の疾患のリスクを高め、
総死亡のリスクにも影響を与えることが、
ほぼ明らかになりました。
今回のデータで指標とされている、
血液中の25(OH)D濃度は、
健康保険でも施行可能な検査ですが、
保険適応や骨粗鬆症や骨軟化症での測定に限られています。
その基準値は日本と海外とで異なっている部分もあり、
今後欠乏の基準値の検討を含めて、
その血液濃度の意味合いが整理され、
一般臨床においても、
より広く測定可能となることを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療やワクチン接種で都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
Annals of Internal Medicine誌に2022年10月26日掲載された、
ビタミンDの欠乏と生命予後との関連についての論文です。
ビタミンDはビタミンという名前は付いていますが、
体内でも合成されるステロイドホルモンの一種で、
骨の健康な成長と維持に必須であると共に、
細胞の成長や分化を調節して、
細胞の健康についても必要な成分であると考えられています。
実際にビタミンD濃度が低値であると、
心血管疾患のリスクや癌のリスク、
総死亡のリスクが増加するとする報告があります。
その一方でビタミンDをサプリメントとして使用したような、
介入試験と呼ばれる臨床試験の多くでは、
ビタミンDによる病気のリスク低下や、
生命予後の改善効果は確認されていません。
この事実は、
ビタミンDの低値と病気のリスクとの関連のデータは、
ビタミンDの欠乏自体が原因ではないことを、
示唆するもののようにも考えられます。
実際はどうなのでしょうか?
今回のデータはUKバイオバンクという、
最近使用されることの多い、
イギリスの大規模な遺伝子情報を含む臨床データを活用したもので、
イギリスなどに住む約30万人の遺伝情報から、
血液のビタミンD濃度に関わる変異を解析し、
そこから推計される血液中のビタミンD(25(OH)D)濃度と、
14年という長期の観察期間における、
病気のリスクや生命予後との関連を検証しているものです。
これはビタミンDを補充するような試験とは違いますが、
遺伝子変異の有無は偶然に決まる性質のものなので、
このデータにおいてビタミンDの低下が、
特定の病気のリスク増加と結びついていれば、
そのリスク増加はビタミンDの低下が原因の可能性が高い、
という言い方が出来ると言う点で、
これまでの同様の検証より信頼性の高いものなのです。
その結果、
遺伝情報から推計されるビタミンD濃度が低いほど、
総死亡のリスクは増加していました。
現行の基準でビタミンD欠乏のボーダーラインと判断される、
25(OH)ビタミンD濃度50nmol/L(20ng/mLに相当)と比較して、
軽度の欠乏と判断される25nmol/L(10ng/mLに相当)では、
総死亡のリスクは25%(95%CI:1.16から1.35)有意に増加していて、
高度の欠乏である10nmol/Lでは、
総死亡のリスクは6.0倍(95%CI:3.22から11.17)に達していました。
個々の病気による死亡リスクで見ると、
同じく25(OH)ビタミンD濃度50nmol/L(20ng/mLに相当)と比較して、
軽度の欠乏と判断される25nmol/L(10ng/mLに相当)では、
心血管疾患による死亡のリスクが1.25倍(95%CI:1.07から1.46)、
癌による死亡のリスクが1.16倍(95%CI:1.04から1.30)、
呼吸器疾患による死亡のリスクが1.96倍(95%CI:1.88から4.67)有意に増加していて、
高度の欠乏である10nmol/Lでは、
心血管疾患による死亡のリスクが5.98倍(95%CI:1.73から20.59)、
癌による死亡のリスクが3.37倍(95%CI:1.37から8.28)、
呼吸器疾患による死亡のリスクは12.44倍(95%CI:4.32から35.85)と、
より高いリスク増加を示していました。
このように、
今回の大規模な検証において、
ビタミンDの欠乏が身体に非常に大きな影響を与え、
個別の臓器の疾患のリスクを高め、
総死亡のリスクにも影響を与えることが、
ほぼ明らかになりました。
今回のデータで指標とされている、
血液中の25(OH)D濃度は、
健康保険でも施行可能な検査ですが、
保険適応や骨粗鬆症や骨軟化症での測定に限られています。
その基準値は日本と海外とで異なっている部分もあり、
今後欠乏の基準値の検討を含めて、
その血液濃度の意味合いが整理され、
一般臨床においても、
より広く測定可能となることを期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
重症の腎機能低下における降圧剤中止の影響について [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月3日掲載された、
高度の腎機能低下時における、
リスクの想定される降圧剤の中止の可否についての論文です。
慢性の腎臓病が、
CKDという国際的な名称の元に、
以前よりその管理が重要視されるようになっているのは、
皆さんご存知の通りです。
慢性腎臓病の管理において問題となることは、
何よりも透析が必要なような、
末期腎不全の患者さんを減らすために、
より軽度の腎機能低下の患者さんに、
適切な指導や治療を行なうことです。
その段階において、
レニン、アンジオテンシン、アルドステロンという、
一連のホルモンの連鎖を抑制する、
RA系阻害剤と呼ばれる薬剤の効果が、
多くの臨床データによって確認されています。
アンジオテンシンは血管を収縮させる作用があり、
アルドステロンは塩分や水分を身体に貯め込むような働きがあります。
これはいずれも身体のバランスを保つために、
必要不可欠な働きなのですが、
腎機能の低下した状態では、
腎臓を通過する血液の量が少なくなるので、
身体はそれを水や塩分が少ない状態だと誤解して、
アルドステロンやアンジオテンシンが上昇し、
血圧が上昇すると、
それが今度は更に腎臓に負担となる、
という悪循環が生じるのです。
このためにアンジオテンシンやアルドステロンの働きを低下させる、
ACE阻害剤と呼ばれる薬や、
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)と呼ばれる薬が、
軽度から中等度の腎機能低下に対して使用され、
その後の腎機能の低下を抑制して、
透析に至るまでの期間を延長するような効果が、
確認されています。
より厳密にはそのうちの多くのデータは、
ACE阻害剤の使用によるもので、
ARB単独の効果については、
やや見劣りがしています。
さて、ここで1つの問題は、
ACE阻害剤やARBというRA系阻害剤には、
カリウムを上昇させるような副作用がある、ということです。
腎機能の低下が高度になると、
カリウムの排泄が低下して、
血液中のカリウムは増加します。
この上昇が著明になると、
不整脈の原因となり心臓死のリスクを高めます。
更には高度に腎機能の低下した患者さんに、
RA系阻害剤を使用すると、
その血液濃度が上昇することにより、
急激な血圧の低下や、
それによる腎機能の更なる低下を招くことがあります。
つまり、高度の腎機能の低下した患者さんへのRA系阻害剤の使用は、
却って患者さんの予後を悪化させる可能性があるのです。
しかし、それではどの段階までの腎機能低下に対して、
RA系阻害剤を使用することが適切なのでしょうか?
また、継続的に使用していた患者さんの腎機能が更に低下した時、
その薬を中止するべきなのでしょうか、
それとも継続するべきなのでしょうか?
仮に中止するとすれば、
何を指標にするべきでしょうか?
腎機能の悪化でしょうか、
それとも血液のカリウムの値でしょうか?
こうした点については、
現時点で必ずしもクリアな方針が示されていません。
CKDはeGFRという指標で、
その重症度が分類されています。
この指標がeGFRが60mL/min/1.73㎡未満であるのがCKDで、
30mL/min/1.73㎡未満が高度低下(G4)とされ、
最も重症の15mL/min/1.73㎡未満が末期腎不全(G5)とされています。
現行の多くのガイドラインにおいては、
このG4もしくはG5の状態では、
ACE阻害剤やARBの使用は、
その有害事象に注意しつつ慎重に行い、
カリウム値の上昇や腎機能の低下があれば、
その減量や中止も検討する、
というように記載をされています。
これは高度の腎機能低下におけるRA系薬剤の中止により、
腎機能が改善した、というようなデータが報告されているからですが、
それに反するようなデータもあり、
現状はまだ明確な方針が確定していないのが実際なのです。
今回の研究ではイギリスの複数施設において、
ACE阻害剤やARBの投与を半年以上継続していて、
eGFRが30mL/min/1.73㎡未満と高度腎機能低下の事例、
トータル411例をくじ引きで2つの群に分けると、
一方はそのままRA系薬剤を継続し、
もう一方はそれを中止して、
その後3年の経過観察を施行しています。
その結果、3年の観察期間において、
両群の腎機能低下の速度には有意な差はなく、
透析導入のリスクについても有意な差は認められませんでした。
つまり、今回の検証においては、
腎機能が高度低下した状態でRAS系薬剤を中止しても、
そのまま継続していても、
患者さんの予後に明確な差は認められなかったのです。
この結果は高度腎機能低下においても、
こうした薬剤を継続して問題はない、とも取れますが、
一方で予後に差がないのであれば、
中止しても問題はないようにも取れます。
この問題は、まだまだ検証の余地を残しているようです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月3日掲載された、
高度の腎機能低下時における、
リスクの想定される降圧剤の中止の可否についての論文です。
慢性の腎臓病が、
CKDという国際的な名称の元に、
以前よりその管理が重要視されるようになっているのは、
皆さんご存知の通りです。
慢性腎臓病の管理において問題となることは、
何よりも透析が必要なような、
末期腎不全の患者さんを減らすために、
より軽度の腎機能低下の患者さんに、
適切な指導や治療を行なうことです。
その段階において、
レニン、アンジオテンシン、アルドステロンという、
一連のホルモンの連鎖を抑制する、
RA系阻害剤と呼ばれる薬剤の効果が、
多くの臨床データによって確認されています。
アンジオテンシンは血管を収縮させる作用があり、
アルドステロンは塩分や水分を身体に貯め込むような働きがあります。
これはいずれも身体のバランスを保つために、
必要不可欠な働きなのですが、
腎機能の低下した状態では、
腎臓を通過する血液の量が少なくなるので、
身体はそれを水や塩分が少ない状態だと誤解して、
アルドステロンやアンジオテンシンが上昇し、
血圧が上昇すると、
それが今度は更に腎臓に負担となる、
という悪循環が生じるのです。
このためにアンジオテンシンやアルドステロンの働きを低下させる、
ACE阻害剤と呼ばれる薬や、
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)と呼ばれる薬が、
軽度から中等度の腎機能低下に対して使用され、
その後の腎機能の低下を抑制して、
透析に至るまでの期間を延長するような効果が、
確認されています。
より厳密にはそのうちの多くのデータは、
ACE阻害剤の使用によるもので、
ARB単独の効果については、
やや見劣りがしています。
さて、ここで1つの問題は、
ACE阻害剤やARBというRA系阻害剤には、
カリウムを上昇させるような副作用がある、ということです。
腎機能の低下が高度になると、
カリウムの排泄が低下して、
血液中のカリウムは増加します。
この上昇が著明になると、
不整脈の原因となり心臓死のリスクを高めます。
更には高度に腎機能の低下した患者さんに、
RA系阻害剤を使用すると、
その血液濃度が上昇することにより、
急激な血圧の低下や、
それによる腎機能の更なる低下を招くことがあります。
つまり、高度の腎機能の低下した患者さんへのRA系阻害剤の使用は、
却って患者さんの予後を悪化させる可能性があるのです。
しかし、それではどの段階までの腎機能低下に対して、
RA系阻害剤を使用することが適切なのでしょうか?
また、継続的に使用していた患者さんの腎機能が更に低下した時、
その薬を中止するべきなのでしょうか、
それとも継続するべきなのでしょうか?
仮に中止するとすれば、
何を指標にするべきでしょうか?
腎機能の悪化でしょうか、
それとも血液のカリウムの値でしょうか?
こうした点については、
現時点で必ずしもクリアな方針が示されていません。
CKDはeGFRという指標で、
その重症度が分類されています。
この指標がeGFRが60mL/min/1.73㎡未満であるのがCKDで、
30mL/min/1.73㎡未満が高度低下(G4)とされ、
最も重症の15mL/min/1.73㎡未満が末期腎不全(G5)とされています。
現行の多くのガイドラインにおいては、
このG4もしくはG5の状態では、
ACE阻害剤やARBの使用は、
その有害事象に注意しつつ慎重に行い、
カリウム値の上昇や腎機能の低下があれば、
その減量や中止も検討する、
というように記載をされています。
これは高度の腎機能低下におけるRA系薬剤の中止により、
腎機能が改善した、というようなデータが報告されているからですが、
それに反するようなデータもあり、
現状はまだ明確な方針が確定していないのが実際なのです。
今回の研究ではイギリスの複数施設において、
ACE阻害剤やARBの投与を半年以上継続していて、
eGFRが30mL/min/1.73㎡未満と高度腎機能低下の事例、
トータル411例をくじ引きで2つの群に分けると、
一方はそのままRA系薬剤を継続し、
もう一方はそれを中止して、
その後3年の経過観察を施行しています。
その結果、3年の観察期間において、
両群の腎機能低下の速度には有意な差はなく、
透析導入のリスクについても有意な差は認められませんでした。
つまり、今回の検証においては、
腎機能が高度低下した状態でRAS系薬剤を中止しても、
そのまま継続していても、
患者さんの予後に明確な差は認められなかったのです。
この結果は高度腎機能低下においても、
こうした薬剤を継続して問題はない、とも取れますが、
一方で予後に差がないのであれば、
中止しても問題はないようにも取れます。
この問題は、まだまだ検証の余地を残しているようです。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」 [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は祝日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
マーベルの作品中でも評価の高い「ブラックパンサー」の続編が、
今ロードショー公開されています。
アイマックス3Dでの上映に足を運びました。
これは有色人種の独立国家が、
そっくりそのままスーパーヒーローという設定で、
今回は海の帝国との対決と和解とが描かれ、
そこにアメリカやフランスという実在の国家が、
「油断のならない性質の悪い悪党」の脇役として描かれています。
前作の主人公のブラックパンサー役の俳優さんが急逝したので、
映画でも前作の主人公が病死したことにして、
その役柄が妹に引き継がれるまでの物語にもなっています。
色々含みがあって、
ちょっとモヤモヤする設定ではあります。
マーベルとディズニーですから、
上手い具合に帳尻が合うように作られてはいるのですが、
今の世界状況を考えるとどうなのかしら。
第三世界にエールを送るという意味なのでしょうが、
核を持った「ならず者国家」が、
結局は一番、という感じに捉えられなくもありません。
ワカンダのキャラが非常に立っていて、
そのやり取りが一番の魅力です。
海の帝国は「海底軍艦」のムー帝国のようで、
もっと壮大な感じを期待したのですが、
何となくレトロでチマチマした感じなのが、
ちょっと物足りなく感じました。
総じて、結局は小国同士の小競り合いという感じのお話なので、
スケール感はマーベルとしてはイマイチでした。
3Dは久しぶりでしたが、
今回はあまり3Dならではという場面は少なく、
正直目が疲れてしんどくなりました。
マーベルのファン以外の方には、
ちょっとしんどい映画かも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は祝日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
マーベルの作品中でも評価の高い「ブラックパンサー」の続編が、
今ロードショー公開されています。
アイマックス3Dでの上映に足を運びました。
これは有色人種の独立国家が、
そっくりそのままスーパーヒーローという設定で、
今回は海の帝国との対決と和解とが描かれ、
そこにアメリカやフランスという実在の国家が、
「油断のならない性質の悪い悪党」の脇役として描かれています。
前作の主人公のブラックパンサー役の俳優さんが急逝したので、
映画でも前作の主人公が病死したことにして、
その役柄が妹に引き継がれるまでの物語にもなっています。
色々含みがあって、
ちょっとモヤモヤする設定ではあります。
マーベルとディズニーですから、
上手い具合に帳尻が合うように作られてはいるのですが、
今の世界状況を考えるとどうなのかしら。
第三世界にエールを送るという意味なのでしょうが、
核を持った「ならず者国家」が、
結局は一番、という感じに捉えられなくもありません。
ワカンダのキャラが非常に立っていて、
そのやり取りが一番の魅力です。
海の帝国は「海底軍艦」のムー帝国のようで、
もっと壮大な感じを期待したのですが、
何となくレトロでチマチマした感じなのが、
ちょっと物足りなく感じました。
総じて、結局は小国同士の小競り合いという感じのお話なので、
スケール感はマーベルとしてはイマイチでした。
3Dは久しぶりでしたが、
今回はあまり3Dならではという場面は少なく、
正直目が疲れてしんどくなりました。
マーベルのファン以外の方には、
ちょっとしんどい映画かも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
低分子干渉RNAによるリポ蛋白(a)低下療法の有効性 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月6日掲載された、
遺伝子を活用した脂質異常症の新薬の有効性についての論文です。
リポ蛋白(a)というのは、
比較的簡単に測定可能な血液中の脂質の1つで、
動脈硬化性疾患に関連する指標として、
健康保険でも測定が可能です。
ただ、その数値の意味と、
高コレステロール血症の治療における意義については、
まだあまり一定の評価がありません。
そもそもリポ蛋白(a)というのは一体何でしょうか?
血液の中をコレステロールや中性脂肪などの脂質を移動させるため、
脂質はアポ蛋白という蛋白質と結合して、
リポ蛋白という形態を取っています。
要するに、荷台にコレステロールなどの荷物を載せた、
トラックのようなものがリポ蛋白です。
このリポ蛋白にも種類があって、
俗に悪玉コレステロールと言われているLDLコレステロールは、
LDLというリポ蛋白の荷台に載っているコレステロールの量のことです。
このLDLは主にアポB100というアポ蛋白が脂質と結合したものですが、
アポB100以外にアポリポ蛋白(a)という別の蛋白が、
一緒に結合したLDLの一種が存在していて、
これをリポ蛋白(a)と呼んでいるのです。
このアポリポ蛋白(a)というのは、
プラスミノーゲンという血栓などを溶解する仕組みに、
関連する物質と非常に良く似た構造を持っています。
通常血液中のリポ蛋白(a)濃度は、
20mg/dL以下に保たれていますが、
その血液濃度が高い体質があり、
そうした人では狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患が、
多く発症するということが確認されています。
非常に興味深い点は、
この血液中のリポ蛋白(a)濃度は、
食事などの影響はあまり受けず、
基本的にその高低は、
アポリポ蛋白(a)をコードしている遺伝子のタイプで決まっている、
ということです。
高リポ蛋白(a)血症は、
ほぼ全て遺伝で決まっているのです。
最近このリポ蛋白(a)濃度とは別個にそのサイズ(粒子径)も、
遺伝子レベルで決定されていて、
より小さな粒子径のリポ蛋白(a)が、
より心血管疾患のリスクが高い、
という知見も発表されています。
このようにリポ蛋白(a)は、
LDLコレステロール濃度などとは独立した、
心血管疾患のリスク因子であると想定されるのですが、
これまでリポ蛋白(a)を有効に低下させるような治療は、
開発されていませんでした。
それが最近新しいメカニズムによる新薬が幾つか開発され、
今臨床試験が施行されています。
その1つが今回の論文で臨床試験結果が報告されている、
オルパシランです。
この薬は低分子干渉RNAと言われる薬剤の1つです。
低分子の相補的なRNAを使用することにより、
目標とする遺伝子の発現を抑制するのです。
この場合リポ蛋白(a)の合成に関わる遺伝子の発現を、
強力に抑制する効果が期待されます。
今回の臨床試験においては、
心血管疾患の既往のあるリポ蛋白(a)高値の患者に対して、
複数の用量のオルパシランを、
12週もしくは24週毎に皮下注射で使用し、
その有効性と安全性を検証しています。
その結果、通常用量で90%を超えるリポ蛋白(a)濃度の低下が、
持続することが確認されました。
36週の時点までの検証では、
主な有害事象は注射施行部位の疼痛などでした。
これはまだ用量を決定するための臨床試験の段階なので、
まだその長期の安全性などについては判断は出来ませんが、
これまでにない画期的な新薬の1つであることは間違いがなく、
今後のデータの積み重ねを注視したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年11月6日掲載された、
遺伝子を活用した脂質異常症の新薬の有効性についての論文です。
リポ蛋白(a)というのは、
比較的簡単に測定可能な血液中の脂質の1つで、
動脈硬化性疾患に関連する指標として、
健康保険でも測定が可能です。
ただ、その数値の意味と、
高コレステロール血症の治療における意義については、
まだあまり一定の評価がありません。
そもそもリポ蛋白(a)というのは一体何でしょうか?
血液の中をコレステロールや中性脂肪などの脂質を移動させるため、
脂質はアポ蛋白という蛋白質と結合して、
リポ蛋白という形態を取っています。
要するに、荷台にコレステロールなどの荷物を載せた、
トラックのようなものがリポ蛋白です。
このリポ蛋白にも種類があって、
俗に悪玉コレステロールと言われているLDLコレステロールは、
LDLというリポ蛋白の荷台に載っているコレステロールの量のことです。
このLDLは主にアポB100というアポ蛋白が脂質と結合したものですが、
アポB100以外にアポリポ蛋白(a)という別の蛋白が、
一緒に結合したLDLの一種が存在していて、
これをリポ蛋白(a)と呼んでいるのです。
このアポリポ蛋白(a)というのは、
プラスミノーゲンという血栓などを溶解する仕組みに、
関連する物質と非常に良く似た構造を持っています。
通常血液中のリポ蛋白(a)濃度は、
20mg/dL以下に保たれていますが、
その血液濃度が高い体質があり、
そうした人では狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患が、
多く発症するということが確認されています。
非常に興味深い点は、
この血液中のリポ蛋白(a)濃度は、
食事などの影響はあまり受けず、
基本的にその高低は、
アポリポ蛋白(a)をコードしている遺伝子のタイプで決まっている、
ということです。
高リポ蛋白(a)血症は、
ほぼ全て遺伝で決まっているのです。
最近このリポ蛋白(a)濃度とは別個にそのサイズ(粒子径)も、
遺伝子レベルで決定されていて、
より小さな粒子径のリポ蛋白(a)が、
より心血管疾患のリスクが高い、
という知見も発表されています。
このようにリポ蛋白(a)は、
LDLコレステロール濃度などとは独立した、
心血管疾患のリスク因子であると想定されるのですが、
これまでリポ蛋白(a)を有効に低下させるような治療は、
開発されていませんでした。
それが最近新しいメカニズムによる新薬が幾つか開発され、
今臨床試験が施行されています。
その1つが今回の論文で臨床試験結果が報告されている、
オルパシランです。
この薬は低分子干渉RNAと言われる薬剤の1つです。
低分子の相補的なRNAを使用することにより、
目標とする遺伝子の発現を抑制するのです。
この場合リポ蛋白(a)の合成に関わる遺伝子の発現を、
強力に抑制する効果が期待されます。
今回の臨床試験においては、
心血管疾患の既往のあるリポ蛋白(a)高値の患者に対して、
複数の用量のオルパシランを、
12週もしくは24週毎に皮下注射で使用し、
その有効性と安全性を検証しています。
その結果、通常用量で90%を超えるリポ蛋白(a)濃度の低下が、
持続することが確認されました。
36週の時点までの検証では、
主な有害事象は注射施行部位の疼痛などでした。
これはまだ用量を決定するための臨床試験の段階なので、
まだその長期の安全性などについては判断は出来ませんが、
これまでにない画期的な新薬の1つであることは間違いがなく、
今後のデータの積み重ねを注視したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
大麻吸引の肺への影響 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
Radiology誌に2022年11月5日ウェブ掲載された、
大麻吸引の呼吸器への影響についての論文です。
大麻は知覚変容作用や鎮静作用のある麻薬の一種で、
通常タバコのように、
その葉に火を点けて吸引することにより使用されます。
ただ、身体依存はほぼなく、
その有害性は他の麻薬と比較して低いことから、
国や地域によっては個人使用が認められています。
日本では現状その所持は禁止されていますが、
医療用大麻の合法化などに向けて、
議論が進められているところです。
大麻の有害性については、
その成分の身体への影響が主に議論されていますが、
もう1つの問題は大麻が主にタバコと同じように、
煙を肺に吸引するという方法で摂取されているところにあります。
要するに草に火を点けてその煙を吸引するとすれば、
それは草の種類が違うだけでタバコと違いはありません。
それでは、
タバコのような健康への悪影響が、
大麻の吸引によっても起こるのではないでしょうか?
今回の研究は、
個人使用の大麻が合法化されているカナダにおいて、
大麻の使用習慣のある56名を、
タバコも大麻も使用経験のない57名と、
大麻は吸わないけれど喫煙はしている33名とマッチングさせて、
その胸部CTによる肺の変化を比較検証しています。
その結果、
タバコも大麻も使用していない人では、
肺気腫の所見は5%に認められたのに対して、
大麻の使用者は75%に肺気腫の所見が認められました。
喫煙者では67%に肺気腫の所見が認められました。
つまり、喫煙に肺気腫のリスクのあることは勿論ですが、
むしろそれを上回るようなリスクが、
大麻の吸引にもあるという知見です。
慢性気管支炎や気道の炎症の指標である、
気管支壁肥厚や気管支拡張症、粘液栓の貯留などの所見についても、
同様に非使用者と比較して、
大麻の使用者ではその頻度が高くなっていました。
今回のデータは少数例の検討に過ぎませんが、
大麻の吸引に喫煙と同等の健康リスクがある、
という知見は非常に興味深く、
今後大麻の合法化が議論される際には、
こうした点の検証も重要であると思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
Radiology誌に2022年11月5日ウェブ掲載された、
大麻吸引の呼吸器への影響についての論文です。
大麻は知覚変容作用や鎮静作用のある麻薬の一種で、
通常タバコのように、
その葉に火を点けて吸引することにより使用されます。
ただ、身体依存はほぼなく、
その有害性は他の麻薬と比較して低いことから、
国や地域によっては個人使用が認められています。
日本では現状その所持は禁止されていますが、
医療用大麻の合法化などに向けて、
議論が進められているところです。
大麻の有害性については、
その成分の身体への影響が主に議論されていますが、
もう1つの問題は大麻が主にタバコと同じように、
煙を肺に吸引するという方法で摂取されているところにあります。
要するに草に火を点けてその煙を吸引するとすれば、
それは草の種類が違うだけでタバコと違いはありません。
それでは、
タバコのような健康への悪影響が、
大麻の吸引によっても起こるのではないでしょうか?
今回の研究は、
個人使用の大麻が合法化されているカナダにおいて、
大麻の使用習慣のある56名を、
タバコも大麻も使用経験のない57名と、
大麻は吸わないけれど喫煙はしている33名とマッチングさせて、
その胸部CTによる肺の変化を比較検証しています。
その結果、
タバコも大麻も使用していない人では、
肺気腫の所見は5%に認められたのに対して、
大麻の使用者は75%に肺気腫の所見が認められました。
喫煙者では67%に肺気腫の所見が認められました。
つまり、喫煙に肺気腫のリスクのあることは勿論ですが、
むしろそれを上回るようなリスクが、
大麻の吸引にもあるという知見です。
慢性気管支炎や気道の炎症の指標である、
気管支壁肥厚や気管支拡張症、粘液栓の貯留などの所見についても、
同様に非使用者と比較して、
大麻の使用者ではその頻度が高くなっていました。
今回のデータは少数例の検討に過ぎませんが、
大麻の吸引に喫煙と同等の健康リスクがある、
という知見は非常に興味深く、
今後大麻の合法化が議論される際には、
こうした点の検証も重要であると思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
「ある男」(石川慶監督映画版) [映画]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
平野啓一郎さんの長編小説が、
気鋭の映像作家石川慶監督により映画化されました。
石川監督の作品は、
ミステリーを超えたスタイリッシュで異様な世界が印象的だった、
「愚行録」で興味を持ち、
次の「蜂蜜と遠雷」は安っぽい感動ドラマ的企画を、
非常に高度な技巧と繊細な演出によって、
一段高いレベルの作品に仕上げた力量に感心しました。
ただ、「アーク」はインチキSF映画のような凡庸さで、
同様の企画とも言える「PLAN75」の、
足元にも及ばない出来栄えでガッカリさせられました。
今回の作品は「アーク」よりかなり持ち直した感じ。
ただ、映像や構図への完璧な拘りのようなものは、
今回はあまり感じませんでした。
今回はまあ原作の文章による心理描写を、
映像で表現するというところに妙味があり、
演技陣の頑張りもあって、
その試みはかなり成功していたように思います。
ただ、映像的なカタルシスには乏しいいので、
鑑賞後の気分としては、
今一つ、という感じが残りました。
以下、原作と映画のネタバレを含む感想です。
原作の小説は非常に面白く、
映画も予備知識なく観るか、
原作を読んだ後で観た方がより楽しめるので、
その点はご注意の上お読みください。
これは原作を先に読みました。
これね、明治の文豪みたいな小説なんですね。
最初が「この物語の主人公は、私がここしばらく、親しみを込めて「城戸さん」と呼んできた人物である。」という始まりなんですね。
これはモロに漱石の「こころ」でしょ。
そうした細部だけではなくて全体がそうで、
主人公は弁護士ですが、
描き方は「高級遊民」という感じなんですね。
その主人公が「自分とは何か」ということで苦悩するんですね。
それを描いてゆくタッチも、
明治の文豪風の手さばきなのです。
言ってみれば、これは平野さんが、
「もし明治の文豪が今生きていたら、どんな小説を書くだろう」
という想定のもとに、
書き上げた小説のように感じました。
従って、多くの部分は主人公の弁護士の、
心理の流れの描写に割かれているんですね。
その合間に誰とも知らない男と再婚して死別した、
里枝という女性の心理描写が差し挟まれるという構成です。
石川慶監督は「愚行録」でも主人公に妻夫木聡さんを起用していて、
何を考えているのか分からない、
不気味な感じを出しているんですね。
この時は原作をかなり改変していて、
主人公が唐突に行動を起こして、
観客はショックを受けたのですが、
今回は全く同じように妻夫木さんが登場しながら、
今度はその佇まいと微妙な表情や姿勢の変化だけで、
原作の心理描写を再現しようとしているんですね。
そんなことが出来るのかしら?
結論的にはかなりの部分まで出来ていて、
それがこの映画の最も見事なところだと思います。
原作を読んでから映画を観ると、
主人公の妻夫木さんのパートと、
安藤サクラさん演じる里枝のパートは、
ほぼ忠実に原作を再現しているんですね。
安藤さんはまだ子供とも対話があるので、
1人心理描写はそれほど多くないのですが、
妻夫木さんは殆どが1人心理描写なので、
非常に難易度が高いのですが、
妻夫木さんの身体に過る光と影の効果と、
その微妙な佇まいと表情の僅かな変化が、
その心理の綾と、心の中の葛藤を、
鮮やかに映像化している点には感心させられます。
映像的に優れているのは、
素性不明の男を演じた窪田正孝さんで、
原作ではこの人物の心理は説明はされないので、
このパートに関しては、
窪田さんの鬼気迫る熱演も含めて、
その存在の凄みは原作を遥かに超えていたと思います。
妻夫木さんと窪田さんの対象的な2つの名演を味わうだけで、
充分元は取った、という気分になる映画です。
一方で映画では仲野太賀さんと清野菜名さんが演じている、
旅館の次男坊を巡る人間関係については、
原作では充分な分量が割かれていて、
特に清野さんの役柄は、
原作全体のマドンナと言っても良いのですが、
そのニュアンスも変えられて、
出番も少ないものになっています。
太賀さんと妻夫木さんの役柄が、
原作ではラスト近くで長く対峙するのですが、
そのパートは完全に映画では削除され、
昔の恋人が再開するのを妻夫木さんが見守るという、
原作とは真逆の場面に変更されています。
これは仕方のなかったことかも知れませんし、
ひょっとしたら、
サブストーリーとして別に公開するつもりなのかしら、
というように思わなくもありませんが、
結果として何故太賀さんの役柄が自分を捨てるまでに追い込まれたのか、
兄弟の仲が悪いのは何故なのか、
という物語の下支えになる部分が、
不明瞭に終わってしまったという弊害があったように思います。
これは原作ではきっちり書き込まれている部分なのです。
原作は一歩間違うと漱石の「それから」に、
なりそうな感じがあるんですね。
でもそうはならないで終わるのですね。
今回石川監督は、
敢くまで原作に忠実な作品を作る、
という前提であったと思うので、
原作にも登場するマグリットの絵を効果的に使用し、
原作の導入の部分をラストに再現することで、
主人公が他人と入れ替わりたいと願うひと時の心の揺らぎを、
暗転で時間を断ち切るという、
是枝監督的手法で、
原作を変えずに映画的ラストを成立させるという、
これも結構な離れ業に成功しています。
その意味でラストは凝りに凝っているのですが、
多分原作を未読で映画を観ると、
そのニュアンスは観客には届き難かったのではないかと感じました。
そんな訳で石川監督の技巧と、
俳優陣の見事な演技が楽しめる力作で、
非常に面白い映画でしたが、
石川監督作品のファンとしては、
もっと原作から自由であっても良かったのではないかしらと、
ちょっとモヤモヤする部分を感じる映画でもありました。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんは良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
平野啓一郎さんの長編小説が、
気鋭の映像作家石川慶監督により映画化されました。
石川監督の作品は、
ミステリーを超えたスタイリッシュで異様な世界が印象的だった、
「愚行録」で興味を持ち、
次の「蜂蜜と遠雷」は安っぽい感動ドラマ的企画を、
非常に高度な技巧と繊細な演出によって、
一段高いレベルの作品に仕上げた力量に感心しました。
ただ、「アーク」はインチキSF映画のような凡庸さで、
同様の企画とも言える「PLAN75」の、
足元にも及ばない出来栄えでガッカリさせられました。
今回の作品は「アーク」よりかなり持ち直した感じ。
ただ、映像や構図への完璧な拘りのようなものは、
今回はあまり感じませんでした。
今回はまあ原作の文章による心理描写を、
映像で表現するというところに妙味があり、
演技陣の頑張りもあって、
その試みはかなり成功していたように思います。
ただ、映像的なカタルシスには乏しいいので、
鑑賞後の気分としては、
今一つ、という感じが残りました。
以下、原作と映画のネタバレを含む感想です。
原作の小説は非常に面白く、
映画も予備知識なく観るか、
原作を読んだ後で観た方がより楽しめるので、
その点はご注意の上お読みください。
これは原作を先に読みました。
これね、明治の文豪みたいな小説なんですね。
最初が「この物語の主人公は、私がここしばらく、親しみを込めて「城戸さん」と呼んできた人物である。」という始まりなんですね。
これはモロに漱石の「こころ」でしょ。
そうした細部だけではなくて全体がそうで、
主人公は弁護士ですが、
描き方は「高級遊民」という感じなんですね。
その主人公が「自分とは何か」ということで苦悩するんですね。
それを描いてゆくタッチも、
明治の文豪風の手さばきなのです。
言ってみれば、これは平野さんが、
「もし明治の文豪が今生きていたら、どんな小説を書くだろう」
という想定のもとに、
書き上げた小説のように感じました。
従って、多くの部分は主人公の弁護士の、
心理の流れの描写に割かれているんですね。
その合間に誰とも知らない男と再婚して死別した、
里枝という女性の心理描写が差し挟まれるという構成です。
石川慶監督は「愚行録」でも主人公に妻夫木聡さんを起用していて、
何を考えているのか分からない、
不気味な感じを出しているんですね。
この時は原作をかなり改変していて、
主人公が唐突に行動を起こして、
観客はショックを受けたのですが、
今回は全く同じように妻夫木さんが登場しながら、
今度はその佇まいと微妙な表情や姿勢の変化だけで、
原作の心理描写を再現しようとしているんですね。
そんなことが出来るのかしら?
結論的にはかなりの部分まで出来ていて、
それがこの映画の最も見事なところだと思います。
原作を読んでから映画を観ると、
主人公の妻夫木さんのパートと、
安藤サクラさん演じる里枝のパートは、
ほぼ忠実に原作を再現しているんですね。
安藤さんはまだ子供とも対話があるので、
1人心理描写はそれほど多くないのですが、
妻夫木さんは殆どが1人心理描写なので、
非常に難易度が高いのですが、
妻夫木さんの身体に過る光と影の効果と、
その微妙な佇まいと表情の僅かな変化が、
その心理の綾と、心の中の葛藤を、
鮮やかに映像化している点には感心させられます。
映像的に優れているのは、
素性不明の男を演じた窪田正孝さんで、
原作ではこの人物の心理は説明はされないので、
このパートに関しては、
窪田さんの鬼気迫る熱演も含めて、
その存在の凄みは原作を遥かに超えていたと思います。
妻夫木さんと窪田さんの対象的な2つの名演を味わうだけで、
充分元は取った、という気分になる映画です。
一方で映画では仲野太賀さんと清野菜名さんが演じている、
旅館の次男坊を巡る人間関係については、
原作では充分な分量が割かれていて、
特に清野さんの役柄は、
原作全体のマドンナと言っても良いのですが、
そのニュアンスも変えられて、
出番も少ないものになっています。
太賀さんと妻夫木さんの役柄が、
原作ではラスト近くで長く対峙するのですが、
そのパートは完全に映画では削除され、
昔の恋人が再開するのを妻夫木さんが見守るという、
原作とは真逆の場面に変更されています。
これは仕方のなかったことかも知れませんし、
ひょっとしたら、
サブストーリーとして別に公開するつもりなのかしら、
というように思わなくもありませんが、
結果として何故太賀さんの役柄が自分を捨てるまでに追い込まれたのか、
兄弟の仲が悪いのは何故なのか、
という物語の下支えになる部分が、
不明瞭に終わってしまったという弊害があったように思います。
これは原作ではきっちり書き込まれている部分なのです。
原作は一歩間違うと漱石の「それから」に、
なりそうな感じがあるんですね。
でもそうはならないで終わるのですね。
今回石川監督は、
敢くまで原作に忠実な作品を作る、
という前提であったと思うので、
原作にも登場するマグリットの絵を効果的に使用し、
原作の導入の部分をラストに再現することで、
主人公が他人と入れ替わりたいと願うひと時の心の揺らぎを、
暗転で時間を断ち切るという、
是枝監督的手法で、
原作を変えずに映画的ラストを成立させるという、
これも結構な離れ業に成功しています。
その意味でラストは凝りに凝っているのですが、
多分原作を未読で映画を観ると、
そのニュアンスは観客には届き難かったのではないかと感じました。
そんな訳で石川監督の技巧と、
俳優陣の見事な演技が楽しめる力作で、
非常に面白い映画でしたが、
石川監督作品のファンとしては、
もっと原作から自由であっても良かったのではないかしらと、
ちょっとモヤモヤする部分を感じる映画でもありました。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんは良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
糖尿病と合併したCOPDにおける糖尿病治療薬の有効性 [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
British Medical Journal誌に2022年11月1日掲載された、
COPDの急性増悪の予防に、
糖尿病の治療薬が有効なのではないか、
という興味深い論文です。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、
主に喫煙による慢性気管支炎や肺気腫などの、
肺の変化を総称したもので、
その進行により呼吸困難が生じると、
歩行時の息切れや咳痰などのために、
日常生活は大きく制限されますし、
患者さんの生命予後にも大きな影響を与える、
深刻な病気でもあります。
COPDの進行において、
感染などをきっかけとして、
呼吸機能を含めた病状が急激に悪化することがあり、
これを急性増悪と呼んでいます。
肺炎から呼吸不全となって亡くなることもありますし、
回復しても、
呼吸機能は急性増悪以前より、
悪化してしまうことも多いのです。
従って、急性増悪を予防することが、
COPDの管理においては極めて重要です。
現状その主な予防としては、
誘因となる感染症を予防することに力点が置かれていて、
今でしたら、インフルエンザや新型コロナのワクチン接種を施行。
基本的な手洗いなどの感染対策が主体となります。
COPDは他の慢性疾患とも合併することが多く、
2型糖尿病との合併もしばしば認められています。
最近一部の糖尿病治療薬に、
COPDの急性増悪を予防するような効果があるのでは、
という知見が得られて注目を集めています。
特にデータが多いのは、
GLP-1受容体を刺激して血糖を改善する作用のある、
GLP-1アナログというタイプの糖尿病治療薬です。
COPDのモデル動物のネズミの実験の結果では、
GLP-1受容体を刺激することにより、
気管支の過敏性が改善し、気道の炎症も抑制されて、
その寿命が延長したとするデータが報告されています。
また診療試験の結果でも、
GLP-1アナログの使用により、
肺疾患の患者さんの呼吸機能が改善した、
という結果が報告されています。
GLP-1アナログと同じインクレチン関連薬である、
DPP4阻害剤も、
COPDの患者さんに使用することで、
急性増悪時の気道過敏性が抑制された、
という結果が報告されています。
インクレチン関連薬と共に、
今使用頻度の高い糖尿病治療薬に、
尿にブドウ糖を排泄する作用を持つ、
SGLT2阻害剤があります。
このSGLT2自体は肺組織には発現していませんが、
身体の代謝状態を改善することにより、
肺炎などの予防に繋がることを示唆する知見があります。
今回の研究ではイギリスの臨床試験のデータを活用して、
COPDの既往のある糖尿病の患者さんにおいて、
個々の薬剤とCOPDの予防効果との関連を比較検証しています。
対象となっている薬剤は、
インクレチン関連薬のDPP4阻害剤とGLP-1アナログ、
そしてSGLT2阻害剤で、
それを以前の一般的糖尿病治療薬であった、
SU剤使用者と比較しています。
その結果、
SU剤の使用者と比較して、GLP-1アナログの使用者は、
入院を要するような重症のCOPDの急性増悪のリスクが、
30%(95%CI:0.49から0.99)有意に低下していました。
また入院は要さないものの、
飲み薬のステロイドと抗菌剤が必要となるような、
中等度の急性増悪のリスクも、
37%(95%CI:0.43から0.94)有意に低下していました。
DPP4阻害剤の使用者は、
SU剤使用者と比較して、
急性増悪のリスクが低下する傾向は見られたものの、
有意な低下は見られませんでした。
SGLT2阻害剤の使用者は、
SU剤使用者と比較して、
重症の急性増悪のリスクが38%(95%CI:0.48から0.81)、
有意に低下していました。
しかし、中等度の急性増悪のリスクについては、
有意な低下は確認されませんでした。
このように、
今回の臨床データからは、
GLP-1アナログとSGLT2阻害剤に、
糖尿病に合併したCOPDの、
急性増悪の予防効果が確認されました。
ただ、今回のデータは他の臨床試験データの二次利用によるもので、
急性増悪の有無も入院の病名の記録や処方記録を元にしたもので、
個別に確認されたデータではない点に注意が必要です。
それでも、今回の結果は非常に興味深く、
実際にGLP-1アナログは肥満の治療に、
SGLT2阻害剤は心不全の治療にと、
糖尿病の患者さん以外にも適応が広がっている点を考えると、
今後COPDの急性増悪に対する治療も、
その選択肢の1つとして浮上することになるかも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
British Medical Journal誌に2022年11月1日掲載された、
COPDの急性増悪の予防に、
糖尿病の治療薬が有効なのではないか、
という興味深い論文です。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、
主に喫煙による慢性気管支炎や肺気腫などの、
肺の変化を総称したもので、
その進行により呼吸困難が生じると、
歩行時の息切れや咳痰などのために、
日常生活は大きく制限されますし、
患者さんの生命予後にも大きな影響を与える、
深刻な病気でもあります。
COPDの進行において、
感染などをきっかけとして、
呼吸機能を含めた病状が急激に悪化することがあり、
これを急性増悪と呼んでいます。
肺炎から呼吸不全となって亡くなることもありますし、
回復しても、
呼吸機能は急性増悪以前より、
悪化してしまうことも多いのです。
従って、急性増悪を予防することが、
COPDの管理においては極めて重要です。
現状その主な予防としては、
誘因となる感染症を予防することに力点が置かれていて、
今でしたら、インフルエンザや新型コロナのワクチン接種を施行。
基本的な手洗いなどの感染対策が主体となります。
COPDは他の慢性疾患とも合併することが多く、
2型糖尿病との合併もしばしば認められています。
最近一部の糖尿病治療薬に、
COPDの急性増悪を予防するような効果があるのでは、
という知見が得られて注目を集めています。
特にデータが多いのは、
GLP-1受容体を刺激して血糖を改善する作用のある、
GLP-1アナログというタイプの糖尿病治療薬です。
COPDのモデル動物のネズミの実験の結果では、
GLP-1受容体を刺激することにより、
気管支の過敏性が改善し、気道の炎症も抑制されて、
その寿命が延長したとするデータが報告されています。
また診療試験の結果でも、
GLP-1アナログの使用により、
肺疾患の患者さんの呼吸機能が改善した、
という結果が報告されています。
GLP-1アナログと同じインクレチン関連薬である、
DPP4阻害剤も、
COPDの患者さんに使用することで、
急性増悪時の気道過敏性が抑制された、
という結果が報告されています。
インクレチン関連薬と共に、
今使用頻度の高い糖尿病治療薬に、
尿にブドウ糖を排泄する作用を持つ、
SGLT2阻害剤があります。
このSGLT2自体は肺組織には発現していませんが、
身体の代謝状態を改善することにより、
肺炎などの予防に繋がることを示唆する知見があります。
今回の研究ではイギリスの臨床試験のデータを活用して、
COPDの既往のある糖尿病の患者さんにおいて、
個々の薬剤とCOPDの予防効果との関連を比較検証しています。
対象となっている薬剤は、
インクレチン関連薬のDPP4阻害剤とGLP-1アナログ、
そしてSGLT2阻害剤で、
それを以前の一般的糖尿病治療薬であった、
SU剤使用者と比較しています。
その結果、
SU剤の使用者と比較して、GLP-1アナログの使用者は、
入院を要するような重症のCOPDの急性増悪のリスクが、
30%(95%CI:0.49から0.99)有意に低下していました。
また入院は要さないものの、
飲み薬のステロイドと抗菌剤が必要となるような、
中等度の急性増悪のリスクも、
37%(95%CI:0.43から0.94)有意に低下していました。
DPP4阻害剤の使用者は、
SU剤使用者と比較して、
急性増悪のリスクが低下する傾向は見られたものの、
有意な低下は見られませんでした。
SGLT2阻害剤の使用者は、
SU剤使用者と比較して、
重症の急性増悪のリスクが38%(95%CI:0.48から0.81)、
有意に低下していました。
しかし、中等度の急性増悪のリスクについては、
有意な低下は確認されませんでした。
このように、
今回の臨床データからは、
GLP-1アナログとSGLT2阻害剤に、
糖尿病に合併したCOPDの、
急性増悪の予防効果が確認されました。
ただ、今回のデータは他の臨床試験データの二次利用によるもので、
急性増悪の有無も入院の病名の記録や処方記録を元にしたもので、
個別に確認されたデータではない点に注意が必要です。
それでも、今回の結果は非常に興味深く、
実際にGLP-1アナログは肥満の治療に、
SGLT2阻害剤は心不全の治療にと、
糖尿病の患者さん以外にも適応が広がっている点を考えると、
今後COPDの急性増悪に対する治療も、
その選択肢の1つとして浮上することになるかも知れません。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。