SSブログ

吐き気の治療についての一考察 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日は「吐き気」のメカニズムの総論的な話でした。

皆さんは昨日の話の中で、
何かしっくり来ない部分はなかったでしょうか?

昨日の文章をまとめるに当たって、
ざっと文献に目を通してみて、
僕が一番疑問に感じたのは、
「悪心・嘔吐」のような表現を使い、
吐き気(悪心とは吐き気のことです)と嘔吐とを、
あたかも同じ一連のもののように、
扱っている文献が殆どだということです。
吐き気も嘔吐も、共に「嘔吐中枢」が刺激されると、
同じように生じることとされています。

しかし、本当にそうでしょうか。

「嘔吐中枢」が刺激されれば、
嘔吐反射が起こる筈です。
反射が起これば、嘔吐するか、
少なくともそれに近い反応が起こる筈です。
しかし、実際には、
気分は悪く「吐き気」としか表現のしようはないけれど、
嘔吐反射が起こるような状況とはちょっと違う、
ということが往々にしてある筈です。
うつ病の症状として起こる吐き気には、
しばしばそうしたことがあるように、
僕は思います。

また、吐き気を伴わない「嘔吐反射」も存在します。
脳腫瘍などで脳の圧力が高まって起こる嘔吐は、
「嘔吐反射」は起こりますが、
吐き気は通常伴いません。

つまり、吐き気と嘔吐は連続して起こることもありますが、
それが全てという訳ではなく、
時には両者の分離は可能なのです。

それでは、同じ嘔吐中枢の刺激されて起こる症状なのに、
どのようにして吐き気と嘔吐は分離されるのでしょうか。

僕の推測はこうです。

嘔吐中枢が刺激されると、嘔吐反射が誘発されますが、
それと同時に嘔吐中枢への刺激は、
他の脳の部分を刺激します。
その場所が吐き気をもたらすのです。
強い嘔吐中枢への刺激は嘔吐をもたらしますが、
その刺激が弱いと、むしろ吐き気のみが症状として現われます。
また、ある種の物理的な嘔吐中枢への刺激は、
吐き気への信号を伝えず、嘔吐反射のみが単独で起こるのです。

この推論を補強するものとして、
ドーパミンのD2と言われる受容体を阻害する薬には、
吐き気を抑える作用はあるけれど、
嘔吐反射を抑える作用はあまりない、
という事実があります。

このことは、吐き気を誘発する信号が、
ドーパミンで伝達されている、という可能性を示しているように、
僕には思えるのです。

ただ、勿論現時点ではこれは僕の仮説で、
立証されたものではありません。

何故、嘔吐についてはメカニズムはクリアなのに、
吐き気についてはそうでないのでしょうか。

この質問の答えは簡単で、
こうしたメカニズムの解明は、
主に動物実験で得られたデータが、
元になっているからです。

嘔吐という現象自体、高等動物に特有のものです。
従って、ネズミを使うような実験では、
あまりはっきりとした結果を出すことが出来ず、
近年イタチを用いた動物実験で、
「嘔吐中枢」のメカニズムが明らかになったのです。
しかし、嘔吐は行動ですから、
動物で検証することが可能ですが、
吐き気はあくまで主観的な症状なので、
動物実験で検証することは基本的には出来ません。
イタチに「吐き気がありますか?」
と聞いたところで、答えが返って来ることはないからです。

そのために「吐き気」単独のメカニズムは、
現時点でも殆ど分かっていないのです。

それでは、吐き気の治療はどうすればいいのでしょうか?

吐き気止めとして以前から使われ、
皆さんも多分よくご存知の薬に、
「トラベルミン」があります。
これは抗ヒスタミン剤で、アレルギーの薬や鼻水止めの成分と、
基本的には同じものです。
何故抗ヒスタミン剤が吐き気に効くのかと言えば、
脳の化学受容器引き金帯に、ヒスタミンの受容体があるため、
と一応考えられています。
ただ、これは前述しましたように、
吐き気と嘔吐とを一体のものと考えた上での仮説なので、
必ずしも実証性の高いものではありません。
眩暈を伴う吐き気に有効性の高いことから考えて、
前庭神経核からの信号を、
阻害する作用が主体なのではないか、
と僕は考えています。
それ以外の吐き気には、おそらく効果は限定的です。

現時点で最もポピュラーに使われている吐き気止めは、
ドーパミンのD2という受容体を阻害するタイプの薬です。
その代表はメトクロプラミド(商品名プリンペランなど)です。
この薬は中枢と末梢の両方で、
ドーパミンの作用をブロックします。
繰り返しになりますが、
吐き気の発生には脳のドーパミン神経の関与が明らかですが、
その詳細なメカニズムは殆ど分かってはいません。
従って、この薬の使用は、あくまで経験的な処方に過ぎないのです。
この薬の副作用は、ドーパミンを抑えることによる、
手の振るえや立ちくらみ、歩行困難などの、
所謂錐体外路症状です。
特にご高齢の方には結構多い副作用です。
そこで、あまり脳に移行せず、
末梢のみに効くように改良された薬が、
ドンペリドン(商品名ナウゼリンなど)です。
この薬は主に末梢性の作用の筈ですが、
実際に吐き気に効くのは、
中枢作用の筈です。
これはおそらくは、第4脳室に面した、
化学受容器引き金帯を介した作用と思われます。
理屈から言えば、この薬の方が錐体外路症状は少ない筈ですが、
実際にはそれほどの差はありません。

ドーパミンをもっと強力に抑える薬と言えば、
抗精神病薬です。
ドーパミンが本当に吐き気の唯一の原因だとすれば、
そうした薬の方がより吐き気に効果的な筈です。
実際、抗精神病薬にも吐き気を抑える効果はあります。
ただ、それはたとえばドンペリドンと比較して、
明らかに強いとは言えないレベルのものですし、
逆にドーパミンが欠乏していることによると思われる、
激しい吐き気というものも存在しています。

ドーパミンが枯渇する病態と言えば、
パーキンソン症候群ですが、
この時、酷い吐き気が起こり、ドーパミンの製剤を飲むことで、
速やかに改善することがあります。
また、禁煙に使用するチャンピックスという薬があり、
これはニコチンの代わりにA10と言われる神経を刺激して、
少量のドーパミンを分泌させ、
ニコチン類似の作用を脳に生じさせよう、
というタイプの薬剤ですが、
この薬で結構強い吐き気が生じることがあります。
この吐き気のメカニズムも、
おそらくは正常のドーパミン神経の作用が、
部分的にブロックされたことにより、
生じるものと考えられるのです。

脳に作用する薬には、
いつもこうした一筋縄ではいかない現象が、
用意されています。
おそらく単純にドーパミンが上がった下がったのレベルで、
解決出来る問題ではなく、
もっと複雑な神経伝達物質の相互作用と、
その局在の問題が解明されないと、
当面はこうしたいたちごっこが続きそうです。

吐き気を抑える薬のもう1つの柱は、
昨日お話したセロトニンの3のタイプの受容体を、
阻害するメカニズムを持った薬剤です。
その代表はグラニセトロン塩酸塩(商品名カイトリル)です。
このタイプの薬には効果はありますが、
その使用は抗癌剤による吐き気に限られています。
従って、通常の吐き気にはうつ病を含めて適応にはならず、
使用することは出来ません。
原理的にはこうした薬の方が、
従来の吐き気止めより副作用は少ない筈なのですから、
本来は使用法を工夫するなどして、
もう少し用途を広げる考えがあってもいいのでは、
という気がします。
それで同じセロトニン系に作用のある、
モサプリドクエン酸塩水和物(商品名ガスモチン)が、
同じような用途に使用されています。
ただ、現状ではそれほど画期的に効果がある、
というタイプの薬ではありません。

ここで昨日のうつの吐き気の話に戻りますが、
SSRIのような抗うつ剤による吐き気に対しては、
理屈から言えばカイトリルのような薬剤が、
最も合理的で効果がある筈です。
セロトニンの3のタイプの受容体が、
刺激されるのがそのメカニズムの筈だからです。
しかし、これは抗癌剤と一緒でないと使用出来ないので、
ドンペリドンやガスモチンが代わりに使用されることになります。
しかし、ドンペリドンにはドーパミンを抑制する作用があり、
ガスモチンはセロトニンを部分的に刺激する薬ですから、
組み合わせから考えれば、
あまり良いチョイスとは言えないのです。
むしろ効果のありそうなのは、
抗ヒスタミン剤や抗コリン剤であり、
それを一緒に使えば、
三環系抗うつ剤を使うのと、
結局は変わりのあまりないことになってしまいます。
矢張りSSRIより三環系抗うつ剤の方が優れた薬なのではないか、
と僕が時々考える所以がここにもあります。

うつ病の症状としての吐き気に対しては、
現時点で画期的な名案はありません。
ただ、そのメカニズムにドーパミンとステロイドが、
関わっていることは間違いがないと考えられ、
ドンペリドンのような薬とステロイド剤の併用が、
有効なのではないか、というのが僕の仮説です。
この場合、CRHを抑えることが眼目なので、
デカドロンのようなステロイドを、
短期間飲んで頂くのが、
おそらくは有効性が高いと考えられます。
CRHの上昇がうつ病と絡んでいるのでは、
という話については以前にも何度か取り上げましたが、
CRHを抑制するようなステロイド剤でない薬が、
今後実用に供されれば、
かなり状況は変わってくるのではないか、
と思います。

やや雑駁な内容になりましたが、
吐き気の治療について、
僕の意見を含めた、総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(0)  コメント(10)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 10

メロン

始めまして。28歳の主婦です。吐き気の治療興味深く拝見致しました。軽いうつと診断されSSRIを飲む予定ですが、友人から服用初期の吐き気がつらいと聞いて不安になっています。SSRIの吐き気に対処できる薬はあるのでしょうか?
by メロン (2013-07-28 21:48) 

fujiki

メロンさんへ
僕は概ねガスモチンを使用しています。
ただ、我慢できないような酷い吐き気であれば、
個人的には無理はせず、
薬の変更を考慮された方が良いように思います。
多くの場合は軽い症状で済むので、
その場合は継続して頂いた方が良いのですが、
稀に拒絶反応のような強い症状を示すことがあり、
それはお薬が合わないサインと考えて頂いた方が、
良いように思うからです。
by fujiki (2013-07-29 08:16) 

メロン

お返事ありがとうございます。お礼が遅くなり申し訳ありません。
先生の経験上、ガスモチンというお薬でどの程度吐き気を抑制
できている印象でしょうか?
by メロン (2013-08-08 22:22) 

fujiki

メロンさんへ
正直それほど強い作用ではありません。
ただ、軽度の吐き気は治まると思います。
by fujiki (2013-08-09 08:42) 

桐谷

吐き気のない嘔吐反射を抑える薬などはあるのでしょうか?
心因性と思われる嘔吐反射に悩まされています。
嘔吐反射が出るのではないかと考えると、喉に意識が集中し
その結果嘔吐反射が出るという悪循環に悩んでいます。
よろしくお願い申し上げます。
by 桐谷 (2015-06-10 22:08) 

fujiki

桐谷さんへ
矢張り少量の抗精神病薬を使用したり、
というような対応になると思うのですが、
効果は限定的かも知れません。
五苓散などの漢方薬が、
効果のある方もあるようです。
by fujiki (2015-06-11 08:31) 

桐谷

ありがとうございます。
抗精神病薬とはどのような薬でしょうか?
抗鬱薬や抗不安薬になるのでしょうか?
by 桐谷 (2015-06-11 09:24) 

fujiki

桐谷さんへ
安定剤のもう少し強いもの、
とお考えになるのが良いかも知れません。
by fujiki (2015-06-12 06:31) 

悩める母

石原先生初めまして
吐き気について調べていたこちらの記事にたどり着き、興味深く
拝見しました。
14歳の息子が度々吐き気の襲われて困っています。
サッカーの試合中に(大事な試合)吐き気が起こって以来、
度々起こるようになりました。
その際は一時間で軽快して、気にも止める様子無く、翌日
登校しましたが、授業中に又吐き気が起こり早退。
その後、吐き気止め(ドンペリドン)を処方されて、一旦は治まるも
また、サッカーの試合中に同じ状態となり、
心療内科にて、りーゼ錠も処方され、この時も一旦は軽快するも
また、主に緊張する場面で起こってしまい、
3ヶ月間、良くなってはまた起こるを繰り返しております。

今までにも吐き気が起きやすく(喉への刺激に過敏)
実際には嘔吐は一度もしておりません。
少し神経質なのですが、ここまで続く事は初めてでして、
暑さも関係しているのかもしれませんが、毎試合のたび
でもないです。

夏休みが明けて学校に行けるのか?好きなサッカーを続けられるのか?と不安がつきないのですが、
まだ14歳と年齢も幼く、これ以上薬にばかり頼るのも良くないのでは
とも考えてどうしたものか・・・と思い悩んでおります。
漢方薬は試しておりませんが、過去に風邪薬の漢方は苦くて一切
飲めませんでした。
長文となり申し訳ありませんが、先生のご意見を聞かせて頂ければ幸いです。
by 悩める母 (2016-08-21 11:58) 

くさかべ

いつも拝見しています。ドーパミン作動薬の吐き気はどのように抑えればいいでしょうか?吐き気止めは薬理効果的にドーパミン作動薬の効果を打ち消してしまうのではないでしょうか?
by くさかべ (2023-12-24 09:06) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0