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「流浪の月」(李相日監督映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
流浪の月.jpg
凪良ゆうさんによるベストセラー小説で、
本屋大賞受賞作でもある「流浪の月」が、
「悪人」などの李相日監督により映画化され今公開中です。

世間からは、
ロリコン男と監禁された被害者の少女、
というレッテルを張られた2人が、
絶望的に強く惹かれ合うという物語で、
原作は愛や恋や血縁という結びつきではない、
それでいて強く惹かれ合う2人の、
新しい関係性を描いた作品ですが、
映画版は矢張り2人の結びつきは「愛」である、
というニュアンスの強いものになっています。

これはまあ、結構好みの分かれる映画だと思います。

昔の東欧やロシアの映画に近いようなタッチなんですね。
僕が一番似ているなと思ったのはタルコフスキーで、
執拗に登場する流れる水の表現とか、
草や光の感じ、
ラス前で母親と息子が対峙するところなど、
「鏡」を強く想起させるような感じがありました。

ただ、タルコフスキーの神秘主義はないんですね。
あるのは徹底した象徴主義。
李さんの映画を全て観ている訳ではないのですが、
「悪人」と比べると「怒り」という映画は、
かなり象徴性が強くなっている表現ですよね。
今回の映画はそれが更に強くなっているという印象で、
台詞や説明は最小限度に切り詰められ、
2人の主人公の間にあるものとその心理の揺れを、
徹底して映像化することに力が注がれている作品です。

僕はタルコフスキーは大好きなので、
この映画もとても好きです。

原作を読んでから映画を観たのですが、
この作品は意図的に省略が多いので、
原作を先に読むことをお勧めします。
そうでないと、意味が分からないところが多いと思います。

たとえば、半ばくらいのところで、
急に広瀬すずさん演じる主人公が、
松坂桃李さん演じる青年の隣に住んでいるんですね。
これは原作では恋人から暴力を受けて、
職場の友人に相談して、
夜逃げ屋を頼んで密かに引っ越しをするんですね。
それでなるべく見つからない場所をと思って引っ越し先を探すのですが、
松坂さんのマンションの隣の部屋が空いているのを、
不動産屋さんで見つけてしまうと、
もうどうにも止められなくなって、
これじゃDV男にバレると理性では分かっていながら、
衝動的に部屋を借りてしまうんですね。
それで最初は松坂さんに隠れるようにして暮らしているのですが、
これも衝動的に様子を窺いたくなって、
それであの映画のベランダのシーンになるのです。

その説明を全て、
映画はバッサリ切っているんですね。
多分撮影はしていた可能性はあるのですが、
編集段階では全て切ってしまっているのです。

それから柄本明さんが、
アンティークショップの主人として出て来るのですが、
1シーンだけの出演で、
何故出演しているのか意味不明なんですね。
これは原作では松坂さんが店を閉めて、
ビルも予定通りで取り壊しになり、
主人公2人もその地を離れるというところで、
3人で話をするところがあるんですね。
その場面のために柄本明さんの役はある、
と言ってもいいくらいなのですが、
その場面をまたバッサリ切っているんですね。
多分これは撮影されたのだと思うのですね。
そうでないと柄本さんをキャスティングはしない、
というように思うからです。
でも、監督は後半を主人公2人だけの場面で、
構成したくなったのだと思うんですね。
それでその場面をカットしたのだと思うのですが、
柄本さんの場面を残さない訳にはいかないので、
前半のみを残して、
それが結果として不自然な登場となってしまったのだと思います。

そんな訳でこの映画は、
2人の主人公の10年以上の間隔を置いた2回の逃避行を、
徹底して象徴的に描くことのために、
ストーリーの流れや辻褄など多くの部分を犠牲にして成り立っている、
かなり特異な作品で、
その分観客を選ぶようなところがあるのですが、
それをしっかり吞み込んだ上でスクリーンに対峙すれば、
その象徴的な表現の純度は非常に高く、
特に中段暴行を受けた広瀬さんが松本の街を彷徨い、
子供返りして松坂さんの元を訪れると、
それが子供の時の最初の出逢いと、
同じ構図になって現れるところや、
ラストの生死の狭間を潜り抜けるような、
道行にも似た旅立ちの場面の流麗さは、
タルコフスキー作品にも引けを取らない映画表現に、
昇華していたように思います。

役者は広瀬さんの体当たり的な演技も、
最早円熟の芸に達したような松坂さんの受けのみの芝居も素晴らしく、
趣里さんも良い仕事をしていたと思います。
横浜流星さんは正直損な役回りで、
キャスティングする側の悪意のようなものを少し感じました。
この役は他の役者さんでも良かったのではないかしら、
正直そんな風に感じました。

数日で一生を駆け抜けるような、
絶望的で燃え尽きるような愛、
2人以外の全ては敵で、
ひたすら愛し合うしか術はない、
みたいな映画が僕はとても好きで、
「ドクトル・ジバゴ」がそうでしょ。
「リービング・ラスベガス」もそんな映画だったですよね。
この作品は原作はハッピーエンドで、
映画版もそれを匂わせてはいるんですが、
基本的にはこうした「燃え尽き系」の作品ですよね。

それもね、最も官能的な瞬間が、
唇に付いたケチャップを拭うだけの行為なんですよね。
それがね、何か物凄く切ないですよね。
原作にも同じ表現はあるのですが、
ハッピーエンドですし、
そんなにそのこと自体が切なくはないのですね。
でも映画は切ないよね。
この青年の心の中の最大の高揚と官能が、
その些細な瞬間にしかないというところがね、
とても悲しくて切なくて、
それでいてとても愛おしく感じるのです。

そんな訳で、
一生心に残るような映画と思う人がいる一方、
何だこりゃ、ダラダラした描写が続くだけで、
訳も分からんし眠くなったぞ、
という人も沢山いるだろう映画なので、
これは合うな、と思う方のみ映画館に足をお運びください。
多分原作は先に読まないとストーリーは良く分かりません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「シン・ウルトラマン」(ネタばれ注意) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
シンウルトラマン.jpg
「シン・ゴジラ」に続くシリーズ(?)、
と言って良いのかどうか分かりませんが、
庵野秀明さんによる過去の偉大な特撮アイコンの、
リニューアル映画第二弾として、
「シン・ウルトラマン」が今公開されています。

これは期待半分、不安半分で観に行ったのですが、
正直微妙な感じでした。

前半20分くらいは抜群なんですよね。
ただ、そこで期待が膨らみすぎるので、
途中から停滞気味になりオヤオヤという感じで、
後半になるとCGが科学の解説動画レベルでしょ、
それで嗚呼…と脱力するような感じになって、
何かモヤモヤしたまま終わってしまいました。

以下、若干のネタばれを含みますので、
鑑賞予定の方はご注意下さい。

これ、前半は抜群ですし、ビックリもするので、
後半はガックリとしますが、
予備知識なく鑑賞することをお勧めします。

よろしいでしょうか?

それでは先に進みます。

前半のダイジェストは凄いですし、
ウルトラマン登場までの段取りも凄いですよね。
ただ、ザラブ星人の辺りから、
特殊効果もかなりチープになりますし、
物語的にも青臭い議論調になって、
勿論それがかつての円谷特撮ドラマであった訳ですが、
ちょっとそれをそのままやられてもな、
というようなつらさがあるのですね。
ラストはゼットンが宇宙空間に最終兵器として出現するのですが、
もうモロに解説動画のレベルなのですね。
あれは、映画として公開出来るレベルじゃないのではないかしら。
後半は正直「もう止めて」という感じで、
薄目で見ているしかありませんでした。

総じてちょっと無理があったんですね。

「シン・ゴジラ」の良さは、
ほぼ全てを役所の会議だけで構成して、
CGカットも徹底して切り詰めたのが良かったんですね。
内容も一種の災害シュミレーションなので、
そうした構成で無理がなかったんですね。

それがウルトラマンになると、
どうしてもドラマがないといけないし、
ヒーロー物なので、
ヒーローの葛藤がないといけなくなるでしょ。
そうなると「シン・ゴジラ」の手口は使えなくなるんですね。

最後は「人類は滅ぼすべき存在なのか?」
と言う議論になるんですね。
勿論昔からそうで、
「いや違う、人間には生きる値打ちがあるのだ」
ということになるのですが、
僕は小さい頃に見ていた時も、
その時からあまり賛同出来なかったんですね。
だって、神様や地球外生物や高次元の世界から見れば、
人間みたいな生き物は酷いことばかりするし、
絶滅させた方が良いと思うのが当然でしょ。
それが嫌だと思うのは、
自分もその愚劣な人間の1人なので、
自分や自分の周りの世界が、
絶滅するのが嫌だ、怖い、というだけのことでしょ。

映画では「光の国」が地球を無くしてしまおうとして、
最終兵器のゼットンを宇宙空間に解き放つのですね。
それをウルトラマンは、
「いや、人間は生かすべき存在だと私は信じる」とかと言って、
それに抗うのですが、
この映画はシュミレーションと議論だけでドラマがないので、
そこに説得力が全くないのですね。

マーベルの「エターナルズ」という映画が昨年あって、
高次の存在の異星人みたいなものが、
最終兵器を覚醒させて人間を滅ぼそうとするのですね。
それを元々異星人の仲間のヒーローが、
阻止しようとするグループと、
上司に従って滅ぼそうとするグループに分かれて戦うので、
モロ今回の「シン・ウルトラマン」と構造は同じなのですが、
そこでの「人間を救おう」というロジックは、
人間を愛するようになったので、その人を救うために戦う、
というような非常に個人主義的なものなんですね。
でも、それが割と説得力を持って感じられるのは、
そこにドラマがあるからなんですね。
勿論CGのレベルも全然違うのですが、
何よりドラマの熱量が違うんですね。

結局こうしたお話は、
こうでないと成立しないんですね。

論理で言うと、
「人間は滅ぼされて当然」ということに、
どう考えてもなってしまうので、
それを乗り越えるには、
ドラマのパッションと熱量しかないんですね。

でも、「シン・ウルトラマン」は技巧的に、
ドラマを封印している作品なので、
余程斬新なロジックがないと、
とても成立しないと思うのですが、
それがないままに禁じ手のドラマに突っ込んで、
見事に玉砕してしまった、
というのが今回の作品であったように思います。

そんな訳で個人的にはかなりガッカリの作品だったのですが、
もう少し時間を掛けて、
出来れば後半のCGカットは作り直し、
ロジックも一捻りした、
完全版を作って欲しいと無理は承知で願っています。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「コーダ あいのうた」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
コーダあいのうた.jpg
米国アカデミー作品賞を受賞した、
2021年米仏加合作映画ですが、
もともとはフランス映画のリメイクです。

個性的な聴覚障碍者の一家に、
1人だけ聴覚障害を持たずに生まれた少女の、
家族との葛藤と愛情、そして旅立ちの物語です。

これは割と地味に公開されて、
すぐに上映も終わってしまった印象があります。
それがアカデミー賞受賞後にリバイバル公開されて、
もう来週には終わる感じのようですが、
映画館はなかなかの盛況でした。

これは素晴らしかったですよ。

たとえば「ひまわり」みたいな、
これぞと言うような泣かせの場面がある訳ではないのですが、
じわじわと長く余韻を持って泣ける映画です。

主人公は通訳として、
聴覚障碍者の家族と社会との繋がりを1人で担っているのですが、
歌が好きで学校の音楽教師に指導され、
音楽大学への受験を目指すようになるんですね。
しかし、家族は少女に頼り切っているので、
そこに葛藤が生まれるのです。
一方的なものではなく、
家族と少女の双方が、
自分達中心の考え方から、
次第に相手の気持ちを考えるように変わって行くんですね。
ジョニ・ミッチェルの名曲が、
クライマックスでそれを象徴するように歌われる辺り、
上手いなあ、と思いますね。

内容的には至極まっとうで、
古典的で手垢の付いた素材なのですが、
それが完成度の高い台本と、
精度の高い格調のある演出、
センスの良い音楽劇としての趣向、
そして何よりキャストの絶妙な演技によって、
極めて純度の高い生気のみなぎる傑作に仕上がっているんですね。

これね、僕は観ている間、
ずっと主人公の少女のことだけを、
考えていることが出来ました。
ラストは素直に良かったなと思って胸が熱くなりました。
こうしたことは実際にはあまりないんですね。
心配事も多いでしょ。
映画を観ていても、
時々別のことや昨日あった嫌なことなどを、
考えてしまうことが多いんですね。
それがないということは、
かなり凄いと思います。

途中でややあざとい演出があって、
少女が歌を歌うところで一時無音になるんですね。
10秒か20秒くらいですかね。
そうするとね、映画館の中が完全な静寂になるんですね。
少なくとも僕が観た時はそうでした。
「困るじゃん。鼻をすすったら泣いてるとばれて恥ずかしいし」
などと思ったのですが、
これはね、映画館でないと感じられない静寂を、
味わって欲しいということなんですね。
配信では成立しないぞ、ということなんですね。
それが多分、この映画がアカデミー賞を取った大きな理由です。

多分近いうちにほぼほぼ作品賞は配信作品になると思いますし、
映画自体オワコンなのだと思いますが、
映画の最後の悪あがきみたいなものを感じますよね。

でも僕は映画も本も好きで育っているので、
まあそれが無くなる世の中には、
もう未練はないかな、という気分もあります。

この静寂で僕が感じたのは、
能の「道成寺」ですね。
鐘の供養が始まる前に、
狂言方が舞台を清めるようなところがあるんですね。
そこで良い舞台だと完全な静寂になるのです。
そのあとが例の乱拍子になります。
この静寂が凄いんですね。
聴衆が数百人集まった空間が、
完全な無音になるというのが凄まじいのです。

それに近いものを今回の静寂には感じました。

観客にもブラボーなんですが、
それを成立させた映画の吸引力が素晴らしいですよね。

昔並木座で黒澤明の「生きる」を観たのですが、
あそこの劇場はやることのないご老人が、
寝るために来るような場所なんですね。
いびきの聞こえないことはないような映画館なんですね。
それが「生きる」の時は違ったんですね。
志村喬が息子に邪慳にされるでしょ。
あんなに愛情を注いだ息子なのに…
というところがあるでしょ。
場内が完全な静寂になったんですね。
横をみたらね、いつも寝ているおじいさんが、
食い入るようにスクリーンを凝視していたんですね。
ああ、これが映画の力だ、と思いました。

今回の静寂は、多分それ以来のものでした。

この映画は音楽がいいですよね。

まあ、僕好みなんですね。
特にクライマックスのジョニ・ミッチェルは最高ですね。

高校の時にね、
一時は登校拒否みたいになっていましたし、
それから復帰して通っていた時はつらかったんですね。
人生において3番目くらいに辛かったですね。
鎌倉の七里ガ浜から1時間半掛けて通ったのですが、
朝行く前にね、
LPレコードで何か1曲聴くんですね。
それから気合を振り絞って、どうにか行くぞ、
というように思うんですね。

色々な曲がその時の助けになりましたが、
ジョニ・ミッチェルは一時その定番だったんですね。
文字通りその時の僕を救ってくれたのです。
これも音楽の力ですね。

そんな訳でこの映画の話をすると止まらないのですが、
素晴らしい傑作なので是非是非ご覧下さい。
2本立てにするなら、
史上最も暗い気分になる映画、
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とのカップリングはどうでしょう。
先に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観て、
それから「コーダあいのうた」を観れば、
その高揚する感動もひとしおではないでしょうか?
くれぐれも順序を入れ替えては駄目ですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ナイトメア・アリー」(2022年公開版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ナイトメアアリー.jpg
ウィリアム・リンゼイ・グリシャムが1946年に執筆した暗黒小説が、
刊行から間もない1947年に、
「悪魔の往く町」(原題はナイトメア・アリー)として映画化され、
今回ギレルモ・デル・トロ監督により再映画化されました。

これは原作を先に読んだのですが、
とても面白いのですね。

メンタルマジックがまだ「読心術」とされていて、
心霊術とゴーストショーとの境界が、
まだ明らかではなかった時代の話で、
当時のショービジネスや巡回ショーの雰囲気、
使用されていたトリックやテクニックの実際なども、
非常に生々しく描かれているのが、
マジック好きとしてはとても嬉しかったですし、
お話もとても良く出来ています。

これ松本清張さんの作品に、
かなり近いタッチの小説なんですね。
心に弱い部分を持つ魅力的な小悪党が、
他人を騙して必死にのし上がろうとするピカレスクで、
「わるいやつら」や「けものみち」などに、
非常に似通ったスタイルです。

それで原作はとても面白いですし、
監督のことも勿論大好きなので、
とてもとても楽しみにして出掛けました。

うーん…、
観終わった印象としては微妙ですね。

2時間半という尺でしょ。
原作にかなり近い感じの映画を期待したのですが、
実際には1947年の映画版のリメイク、
という感じの方が強くて、
原作の良さはあまり活かされていないのですね。

心霊ショーのトリックとか、
途中で大富豪を騙すために、
精密な天秤を手を触れずに動かす、
というトリックを演じるところがあるんですね。
こういうのを実際に映像化して欲しかったなあ、
と思っていたのですが、
実際には全く出てこないんですね。

これにはとてもガッカリしました。

それから本質的な肝の部分で、
原作の主人公は父親に対する屈折な思いを抱いていて、
父親を殺したいという思いを抑圧しているので、
それが行動に現れるという設定になっているのですね。
勿論実際には父親は生きていて、
老いた父親に再会する場面も原作には描かれています。
しかし、映画版ではオープニングで、
その父親を殺してしまうところから始まるんですね。
本当に殺してしまったら、
その後の展開が成立しないでしょ。
何故こんな風にしてしまったのか、
とても理解に苦しみます。

こうした物語の定番で、
一番上り詰めたところで主人公は失敗するのですが、
原作はその辺りも、
とても説得力のある段取りになっているんですね。
ところが、映画では主人公の計画も物凄く雑ですし、
何で急にこんなめちゃくちゃにしてしまったのか、
訳が分からないですよね。

この辺りの原作の改悪も、
本当に意味不明です。

そんな訳で確かにビジュアルには見るべきものがありますし、
演技の魅力もなかなかの映画なのですが、
原作の愛読者からすると、
とてもその魅力を活かしたとは言えない作品で、
個人的には失望を強く感じて劇場を後にすることになりました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「余命10年」(藤井道人監督映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
余命10年.jpg
藤井道人監督の新作映画が今ロードショー公開されています。

実話に基づくフィクションが原作で、
難病もので純愛ものというかなり手垢の付いた素材です。

どんなものかなあ、と思って観に行ったのですが、
さすがのクオリティなんですよね。
感心しました。

藤井監督は生粋の映画マニア(シネフィル)なんだと思うのですね。

恋愛映画も社会派映画もヤクザ映画も、
みんな好きなんですね。
それで、そのジャンルの映画の依頼が来れば、
そのジャンルの過去の名作を下敷きにしながら、
そのジャンルにおける一番を作ろうとして、
自分なりの完璧を目指すのだと思います。

今回は最高に美しい純愛物を作ろう、
最高の泣かせの場面を作ろう、
最高の縁切り場面を作ろう、
桜の花を一番綺麗に撮ってやろう、
という感じだと思うのですね。
それに加えてメインの小松菜奈さんと坂口健太郎さんの、
代表作を作ってやろう、
という意気込みも感じられます。
そしてその大それた目標に、
ほぼ達していると思えるのが監督の凄さだと思います。

掴みが上手いよね。
最初の数分で所謂難病もののクライマックスを、
あらすじみたいにやってしまうんですね。
それから徐に導入に入るでしょ。
桜の美しさは絶品ですよね。
主人公の撮るムービーの画像が、
主観ショットを不自然でないものにして、
ナレーションと融合させているのも技巧的ですよね。
内容が共感を呼ぶかどうかはともかくとして、
映像のクオリティは充分世界水準だと思います。

これ2011年から2017年という時間を明記していて、
その辺りは「花束みたいな恋をした」と一緒なんですね。
日本がおそらく最大の混迷と絶望の中にある、
破滅の岸にあるようなこの時間を、
どうフィクションとして描こうかと思った時に、
「それはもう無理だよ、今やるとすれば、
そんな時間の中で必死にいつも通りに生きている、
ささやかな生きざまを切り取るしかない」
ということなのだと思います。

物語の裏に覚悟があるんですね。
それがこの映画を、
1段格調高く見せている理由だと思います。

小松菜奈さんと坂口健太郎さんは抜群ですね。
絵空事なのに血が通っていて、
リアルな質感がありますもんね。

唯一音楽はちょっと違うかな、という気はしました。
アニメなら全然これでいいと思うんですけどね。
映像をやや殺しているような気がしました。
ただ、これはもう好みの問題で、
これを良いと感じる人も勿論いるのだと思います。

いずれにしても、
物凄くベタな純愛映画で難病ものなのですが、
それでいて間違いなく藤井監督の映画にもなっている力作で、
映像の美しさだけでも一見の価値は充分にあると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「THE BATMAN ザ・バットマン」(2022年公開版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
夜はいつものようにRT-PCR検査の結果説明と、
保健所への届け出の予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ザバットマン.jpg
バットマンの新作が今公開されています。
アイ・マックスの上映に足を運びました。
ただ、画格は常時シネスコサイズで、
アイ・マックス専用の映像ではないようです。

バットマンは小さい頃にテレビシリーズが放送されていて、
そのポップな色調と軽いタッチが、
如何にも「アメコミ」という感じで印象に残っています。
あの能天気な楽しさは、
今はもう存在しない世界ですね。

その後ティム・バートンのリターンズは、
彼の真骨頂で楽しかったですし、
ノーランの暴力の黙示録的世界も、
1つの時代を画したという感はありました。
その後DCコミックスはアベンジャーズの向こうを張って、
スーパーマンとバットマンが一緒に敵と戦ったりもしましたが、
「ジョーカー」では、
アメリカンニューシネマの読み直しから、
コミックスの悪党を、
現実のサイコパスやテロリストに読み替えする、
という試みに切り替わり、
それが今回のバットマン新シリーズに繋がっているようです。

この作品の主な悪役はリドラーですが、
ペンギンとキャットウーマンも登場し、
ラストにはジョーカーも…
という感じになって、
過去のバットマンの主な悪役達が、
サイコパスやテロリストに読み替えられて集結、
という感じの枠組みになっています。
当然次作はジョーカーも本格的に参集、
という流れになるのだと思います。

作品のタッチはもう、
殆ど刑事アクションなんですね。
ほぼ「ダーティーハリー」という感じです。
オープニングが「ダーーティーハリー」の1作目と、
同じアングルで始まるのは、
多分意図的なのだと思います。

「ジョーカー」は「タクシードライバー」の読み替えで、
この「ザ・バットマン」は「ダーティーハリー」の読み替え、
ということでそう間違ってはいない感じです。

僕は70年代くらいのアメリカ映画は大好きなので、
今回の作品もとても楽しめました。
本来はバットマンというキャラのみが、
作品世界から浮いている筈なのですが、
観ていてそう違和感はありません。
これはサイコパスとコスプレお兄さんが対決して、
そうおかしくない世界に、
今はなっているからかも知れません。

ダークな彩の刑事アクションとして観ると、
テンポも良いですし、
クライマックスも水害を絡めたりして、
スケール感の出し方もなかなか良いと思います。
キャストも皆好演で、
特にキャットウーマンのゾーイ・クラビッツが良いですね。
今回のキャットウーマンは、
完全なヒロインで、
バットマンの相棒的存在に描かれています。

バットマンをどう扱うかについては、
これまで試行錯誤があったのだと思うのですが、
もうダーティーハリーにしてしまおうと開き直って、
もう1つの架空のニューヨークでの活劇が、
今回は結構上手く着地していたように思います。

次回作もとても楽しみです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「コンフィデンスマンJP 英雄編」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
JPコンフィデンスマン.jpg
古沢良太さんの凝りに凝った台本が魅力のドラマの映画版、
その3作目となる最新作に足を運びました。
観たのは実際には結構前です。

東出昌大さんがレギュラーですし、
1作目の映画のメインは竹内結子さんと三浦春馬さん、
今回は城田優さんが活躍しますし、
つくづく不思議な巡り合わせのシリーズだな、
という気がします。

今回は最高傑作という評価の方も多かったので、
結構期待を高めて映画館に足を運びました。

結果は…

うーん。
個人的には映画は1作目が一番良かったですかね。
確かにツイストは多いのですが、
オープニングを見ただけで、
多分そういうことなのね、と思っていると、
その通りになってしまった、という感じなので、
少し物足りなく感じました。
尺も少し長すぎると感じました。

コンゲームなので、
もっと大仕掛けの欺しというか、
そこまで全部嘘だったの、
というような大風呂敷が欲しいところなのですが、
今回はメインキャスト3人の競い合いという感じがあるので、
そうしたスケールには乏しいのですね。
それがちょっと物足りなく感じる部分ではありました。

ただ、好きなシリーズではありますし、
とても楽しい作品なので、
今後も是非マンネリ上等で、
続けて欲しいとは思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ハウス・オブ・グッチ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で祝日のため休診です。
夜はまたクリニックでRT-PCR検査の結果説明の予定です。

色々ときついことが多くて、
何か虚しくもなりますし心が折れそうにもなりますが、
昨日は1つだけ良いこともあったので、
何とか気を引き締めて、
1人1人の患者さんに誠実に対応することに、
今は専念したいと思っています。

でも、怒られてばかりなんですよね。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ハウスオブグッチ.jpg
「グッチ」の創業者一族を巡るスキャンダルを、
「ゴッドファーザー」のような外連味たっぷりの描写で描いた、
リドリー・スコットの大作です。

リドリー・スコットとしては、
久しぶりに本領発揮の作品と感じました。

レディー・ガガにアダム・ドライバー、
ジャレット・レト、アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズと、
曲者揃いのキャストが、
それぞれにこちらも本領発揮の熱演を繰り広げています。

アダム・ドライバーは、
「最後の決闘裁判」に続いてのスコット作品登板ですが、
どちらも企みを巡らして最後は酷い目に遭うという、
同じようなゲス男を演じていて、
ちょっと可哀想な気がします。

イタリアの話なのに、
台詞はイタリア語を混ぜ込んだ英語で、
今時これじゃなあ、と思うところですが、
それも含めて「昔風」の映画なのだと思います。

面白いことは面白いのですが、
ファッションの世界の話の割には、
ファッションの面が殆ど作品には登場しません。
権力争いの部分のみが前面に出るのは、
無理矢理「ゴッドファーザー」にしようとしているようで、
やや違和感がありました。
向こうはマフィアの抗争ですからバタバタ人は死にますが、
こちらは殺人事件はあるにしても、
そんなにドンパチがある訳ではなく、
大仰な割に盛り上がらない、という感じがありました。

そんな訳で今ひとつの部分もあるのですが、
名優達の演技合戦は間違いなく楽しく、
昔のハリウッド映画の好きな方なら、
まずまず楽しめる1本ではあったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ノイズ」(2022年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
夜はいつものようにRT-PCR検査の結果説明と届け出に、
クリニックに行く予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
ノイズ.jpg
筒井哲也さんの漫画が、
藤原竜也さん、松山ケンイチさん、神木隆之介さんという、
豪華なキャストで映画化され今公開されています。

鳴り物入りで公開されましたが、
もうロードショーは縮小していて、
来週で終了のところが多いようです。

これは大失敗ですね。

原作は単行本では3冊で完結のコミックで、
その意味では長編劇映画として過不足のない分量です。

ただ、画力で読ませるというタイプの作品なんですね。
物語の構成はかなり弱い部分があります。
また、悪党が生まれながらの凶悪犯という設定で、
人間性の欠片もないのですが、
それはコミックとしては成立しても、
実際に役者さんがそれを演じるということになると、
倫理的な面も含めて、かなりハードルが高くなるんですね。
猟奇的な場面もあるのですが、
今回の作品はおそらくレイティングなしの公開が決まっていたのだと思うので、
そこにかなり無理があったように思います。

要するに相当思い切って原作を改変しているのですが、
それが上手くはいっておらず、
原作の毒を削いでその魅力をなくし、
詰まらない設定変更や入れ事をして、
全てを台無しにしてしまった、という感じです。

まず原作の山間の田舎町を孤島にしていますよね。
でも、ただの思いつきなので、
孤島であることの意味がまるでありません。
藤原竜也さんの役柄は原作では離婚調停中なのですが、
映画は夫婦仲が良いという設定になり、
原作では主人公とは無関係の青年警官が、
映画では主人公達の幼なじみとなっています。
夫婦関係が良いのでは主人公2人の間の緊張感が出ませんし、
警官が幼なじみでは、
こちらも緊張感がないし、打ち合わせをしているのが見え見えですよね。
これは無関係だからこそ良いのですね。
駄目だなあ、という感じです。

映画を観て意味不明なところがありますよね。
子供の作文も良く分からないし、
最初に凶悪犯が何をしていたのか分からないし、
殺してしまう段取りも良く分からないし、
途中で急に死体が増えるのも唐突で不自然だし、
ラストのどんでん返し的な部分も良く分からないですよね。

これは全部原作にはない、
映画の入れ事か改変部分なんですね。
原作の構成もかなり荒いところはあるのですが、
こうした不自然な疑問を感じるような部分はないのです。

どうも「ファーゴ」みたいなものをやりたかった、
という感じは見えるのですね。
でも原作のタッチは決してそうしたものではないのに、
強引に「ファーゴ」にしているのが無理があるんですね。
また、演出がとても凡庸ですよね。
最初に島を俯瞰で見せて「田園」を流すでしょ。
何だろう、これ以上ないくらいの凡庸さですね。
重要な登場人物が途中で自殺するのですが、
死の直前の録画映像をワンカットで流しておいて、
銃を取り出すとカットを割るんですね。
それ、絶対駄目なやつでしょ。
銃を撃つところまでカットを割らないから、
こうした場面は意味があるのです。
本当にただの段取りだけで撮った映画だな、
という感じがします。

キャストもとてももったいないですよね。
脇に黒木華さんとか酒向芳さんとか迫田孝也さんとか、
曲者役者さんが沢山いるのに、
皆さん殆ど活躍しないのです。
詰まらないですよね。

そんな訳で魅力的な素材を、
皆よってたかって詰まらなくしてしまった、
というような感じの凡庸な映画で、
主役の役者さんのファン以外には、
とてもお勧めは出来ないタイプの作品でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
スパイダーマンノーウェイホーム.jpg
マーベルのシリーズの1つである、
スパイダーマンを主人公にした新作が、
今ロードショー公開されています。

スパイダーマンの映画は何度かリニューアルされているのですが、
過去のシリーズを「別の宇宙」の話ということにして、
スパイダーマンの正体を巡る騒動から、
ドクター・ストレンジを媒介にして、
別の時空の扉が開いてしまい、
過去作の主役や悪役が、
今の世界に総動員されてしまうという、
マーベル特有の大風呂敷が展開されています。

前作のラストをそのまま引きずって始まるので、
最初から怒涛の展開になりますし、
スパイダーマンの空中疾走に、
ドクター・ストレンジの空間を折りたたむようなビジュアルが融合して、
2人が対峙する場面などは、
現時点でのSFXの究極を見せてくれます。
感動的なシーンも挟みながら、
ラストは今後の自由度が一番大きなものになるのもクレヴァーで、
おまけには壮大な予告編までついているので、
一度その世界に入り込むと、
エンドレスで映画を見続けるしかありません。

まあ、商業的にも上手い仕掛けだと思います。

世代的な感覚としては、
内容的にはかつてのウルトラマンや仮面ライダーの構成に近いですよね、
苦しくなると次々と前のシリーズのキャラが登場して、
違った筈の設定も強引にくっつけて、
キャラ総動員の総集編的世界になります。
昔はこういうのは子供だましとして、
馬鹿にされるだけで評価などされなかったんですよね。

それが今や、
ある意味世界のスタンダードになっているのですから、
何か不思議な感じがします。

悪人も皆改心してしまうでしょ。
こういうのも昔の子供はガッカリしたんですね。
でも、今はそうじゃないといけない感じですよね。
フィクションにおける「悪」も許さないという、
もう行き着くところまで来た、という感じです。

「別の宇宙のことに手を出すな!」みたいな意見があって、
主人公達で葛藤があったりするのは、
これはもう「アメリカの正義」の苦悩の表現なんですね。

色々な意味で良くも悪くも、
マーベルのシリーズは、
アメリカを代表する映画になった、
ということかも知れません。
これだとショーレースは、
毎年外国映画、
ということになってある意味当然ですね。
かつてのハリウッド印の映画は、
アメリカ文化からは消えつつあるのかも知れません。

そんなこんなでアメリカを代表する映画の1本であることは、
間違いのない怒涛の大作なので、
一見の価値はあるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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