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「顔のない眼」(1960年フランス映画) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
顔のない眼.jpg
怪奇映画の名作を振り返る3連発の第3弾は、
フランス怪奇映画の大傑作「顔のない眼」です。

1960年のこれはモノクロ映画で、
当時はモノクロとカラーの映画が半々くらいですかね。
内容によりモノクロの方が気分が出るものはモノクロで、
というのが当時のスタイルだったと思います。

これは物凄く即物的な映画で、
怪奇映画なのですが、
超自然的な怪物や現象などは皆無です。
では何が怖いのかと言うと、
それは勿論「人間」なのですね。

天才外科医の美しい娘が、
事故に遭って二目と見られぬ顔に、
なってしまうんですね。
それで娘は仮面を付けて、
古城のような家の中に引き籠っているのですが、
その娘の顔を元に戻そうと、
天才外科医は昔自分が手術した部下の女性に命じて、
娘と同じ年代の少女をさらって来て、
殺してその顔の皮を剥がし、
それを自分の娘に移植しようとする、
という話です。

酷いでしょ。

その手術がなかなか上手くいかなくて、
最初は良くても移植した皮膚が、
どんどん壊死してしまうんですね。
それでまた別の娘をいけにえに…
ということを繰り返しているのですが、
外科医の娘も精神に異常を来して、
獰猛な犬に父親を食い殺させると、
仮面を付けて森の中に消えてゆくのです。

思わず呆然として、
自分も死にたくなってしまうようなラストです。

ともかく救いの欠片もないような非情な話で、
非人間的過ぎて却って清々しい感じすらします。
こうしたムードはフランス映画以外ではまずないですね。

これ、当時としては非常に生々しい手術場面があって、
モノクロである分凄みがあるのと、
下品になり過ぎないんですね。
日本公開当時にはそれが残酷過ぎるとして問題になり、
手術場面をカットした短縮版が作られたようです。

この映画はテレビなどでは殆ど見る機会がなくて、
僕は初見はフィルムセンターの「フランス映画特集」だったのですが、
フィルムセンンターであるにも関わらず、
上映されたのは手術シーンのない短縮版でした。

高校生の時でしたが、
とてもとてもがっかりしました。

その後ビデオテープでソフト化されて、
こちらは完全版だったので、
その時に初めて全うな形で鑑賞した、
ということになります。
大学生の時でした。

この映画はバランスがいいんですね。
即物的な狂気の世界を描いているのですが、
それでいて高い幻想性があるんですね。
舞台を古城に設定していて、
ゴシックホラーの現代版を狙っているんです。
少女が白いマスクで顔を隠して、
古城を彷徨う場面とか、
ラスト森の中に消えてゆくところとか、
ゴシックホラーそのものなのですが、
それでいて「怪物」ではなく、
事故に遭った悲しい少女であるに過ぎない、
というところがとても複雑な味わいを出しています。

このマスクもとても印象的で、
後に「犬神家の一族」の助清のマスクは、
これが元ネタなんですね。

マッドサイエンティストものの変形ですが、
まあ実に上手く考えましたよね。
公開当時も多くの亜流を生んで、
二番煎じの「顔のない眼」みたいな映画が世界中で量産されました。
今でも似たような映画はあるでしょ。
全てオリジナルはこの映画で、
それも今に至るまでこの映画を超えた作品は、
1本もないと断言出来ます。

古典であり、カルトである、
という凄い映画です。

フランジュ監督の映画は、
他にも怪奇映画めいたものもあり、
それから屠殺場のドキュメンタリーとか、
変なものもあるのですが、
幾つか見ましたがそれほど冴えたところはないのですね。
この映画のみ突然変異的に良く出来ている、
というのが実際であるようです。

この映画に関してはそれほど多くのヴァージョンはなく、
手術場面のない短縮版がある、
というだけであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「血とバラ」(1961年ロジェ・ヴァディム監督作品) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は連休でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
血とバラ.jpg
昨日に続き、
怪奇映画の名作を振り返ります。

完全にマニアックな趣味の世界なので、
ご興味のない方はスルーして下さい。

1957年から1963年くらいの間が、
怪奇映画の最大の黄金時代です。

旗振り役は昨日ご紹介したハマーフィルムで、
「フランケンシュタインの逆襲」と「吸血鬼ドラキュラ」が、
世界的に大ヒットしたので、
それを真似た怪奇映画があちこちで作られたのです。
本国イギリスでも多くの映画が作られましたし、
アメリカは表現規制の問題があって、
まだSFの時代が続くのですが、
ロジャー・コーマンがポーの作品を、
自由自在に脚色して色彩映画として成功。
同時期にイタリアで巨匠マリオ・ヴァ―ヴァが、
英国製とはまた変わった世界を確立しましたし、
フランスではまた独自の感性を持った怪奇映画が作られました。
その代表的な傑作が、
このロジェ・ヴァディムの「血とバラ」と、
明日ご紹介するフランジェの「顔のない眼」です。

昨日の「吸血鬼ドラキュラ」は、
長くテレビでも見ることが出来なかった作品ですが、
この「血とバラ」は、
東京では当時の東京12チャンネルで昼や夜に繰り返し放映され、
何度も見る機会がありました。

フランスの古城を舞台に、
現代に過去の女吸血鬼が、
孤独なミラルカという若い女性の姿を借りて蘇る、
という話で、
直接的な吸血鬼の描写などは皆無で、
心理的なほのめかしのみに終始して、
唯一の吸血シーンも、
象徴的な夢の場面に変換されて表現される、
というかなり異色の映画でした。

ただ、全体が妙に艶めかしく、
むせかえるような官能の表現に満ちていて、
「そうか、吸血鬼になると、
人間である時には抑えられていた何かが解放されるのね」
と初見は小学生4年生くらいの時だったと思いますが、
そう感じたことを覚えています。

映画全体の謎めいた感じ、
1時間半もないという短さ、
バラの棘に刺されて指先から垂れた、
1滴の血を唇から舐めとるなどの、
ヴァディム監督独特の官能的な描写、
ひたすら美しく撮られた女性達、
当時流行の精神分析的解釈と、
モノクロの幻想シーンに真紅の血が溢れたり、
ラスト赤いバラが見る見る萎れるような、
遊び心のある象徴的な映像などが、
絶妙にブレンドされて唯一無二の傑作に昇華されたのです。

大林宜彦監督はこの映画を愛して、
何度も自分の映画に引用していますし、
映画評論家の石上三登志さんは、
その幻想シーンの解釈などについての、
如何にもインテリ好みの解説を発表しています。

しかし…

実はこの映画は、
どうやらヴァディム監督のオリジナルそのものでは、
ないようなのですね。

ドイツ版というDVDが販売されていて、
それを見ると画格もシネスコサイズで、
今まで見慣れていたスタンダードではありませんし、
何より映画を代表する筈の、
吸血の幻想シーンがありません。
その代わり血まみれの乳房が露わになるような、
当時は成人映画でないと許されないような描写もあり、
全体に重く沈んだ映像は、
当時のヨーロッパ官能映画そのものでした。

おそらくこちらの方がオリジナルの「血とバラ」で、
僕が見慣れていた、
そして石上三登志さんや大林宜彦さんが絶賛したあの「血とバラ」は、
アメリカや日本などの海外用に、
短縮版として再編集された別物だったのです。

娯楽映画は当時はあまり独立した創作と、
見做されていないような部分があり、
プロデューサーや興行主が、
適当に再編集して別の映画にしてしまう、
ということが通常としてあったのですね。

この映画にもそんな訳で多くのヴァージョンがあり、
何かインテリぶった深淵で、
ほのめかしの藝術のように見えた世界は、
誰かがお金儲けのために、
適当にフィルムを切り張りして作った、
二次創作に過ぎないものであったのかも知れません。
名だたるインテリが感動した幻想シーンも、
実はヴァディム監督自身は、
全く関与していない可能性もある訳です。

それを知った時にはちょっと愕然としましたが、
映画というのは所詮はそうしたもので、
僕達はその出会いを、
そのままに感じ味わうのが正解であるのかも知れません。

この映画は未だに日本でソフト化されておらず、
海外版もオリジナルはあるのですが、
僕達が感動した再編集短縮版は、
どれだけのヴァージョンがあるのかも分からず、
まっとうな形で観るのは難しいのが実際です。
(最近確認した訳ではないので、
実は発売されているのかも知れませんが…)

でも、僕の魂の一部は、
今もあのフランスの古城の中を、
何かを探して彷徨っているような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「吸血鬼ドラキュラ」(1958年ハマーフィルム) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
吸血鬼ドラキュラ.jpg
かつてのイギリス、ハマーフィルムの最高傑作にして、
映画史上最高の怪奇映画の1つ、
「吸血鬼ドラキュラ」の日本公開時のポスターです。

この頃のポスターは素敵ですね。
これ、昔の見世物小屋や芝居小屋の、
「絵看板」の技術を応用しているんですね。
本国やアメリカのポスターとは全く別物なんですよね。
これは現物は物凄い高価に取引をされていると思いますが、
とてもとても魅力的です。

実は昔「怪奇映画」に嵌っていて、
今はもうそれほどの執着はないのですが、
一時は輸入のレーザーディスク(懐かしいですね)を買い漁ったりして、
相当入れ込んでいました。

今の人はもう、
物に対する執着というのはあまりないでしょ。

映画も別にDVDやブルーレイなどで、
コレクションとして形で残さなくても、
ストリーミングでその時だけ見られれば、
それで満足なんですよね。

そのこと自体が一時は信じられない気持ちがしましたが、
今では大分物への執着が抜けて来て、
「残さなくてもいいかな」と思う気持ちが強くなって来ています。

物への執着というのは、
多分次第に人間の心の中から、
なくなってゆく概念である、
という気がします。

さて、怪奇映画というのは映画の始まりの頃からあって、
サイレントの時代には藝術の1ジャンルでもあったのですね。
フランス映画の「アッシャー家の末裔」とか、
ドイツ表現主義の「カリガリ博士」とか、
ドライヤーの「吸血鬼」とか、
音のない世界ならではの純粋さがあって、
トーキー以降より明らかに藝術性の高い作品なんですね。
端的に言えば、
トーキー以降映画は藝術から娯楽になったのです。
ただ、その一方でロン・チャニイの「オペラ座の怪人」など、
サイレントでも娯楽映画に振れた作品もあって、
それがトーキーになってアメリカで、
ユニヴァーサルのモンスター映画として、
一大ブームを巻き起こします。
吸血鬼ドラキュラ、狼男、ミイラ男、フランケンシュタイン(の怪物)は、
4大モンスターと呼ばれて次々と続編が製作されました。
これが1930年代のことで、
その後1940年代からはSFブームになり、
ユニヴァーサルの怪奇映画は、
モンスター映画としてマンネリ化して下火になったのです。
そこで第二次世界大戦が挟まり、
戦後になってユニヴァーサル映画のかつてのモンスターを、
色彩映画(ユニヴァーサル映画はほぼ全てモノクロでした)として復活させたのが、
イギリスの弱小プロダクションのハマーフィルムだったのです。

ハマーフィルムの黄金時代は、
1957年から1965年くらいまで。
1960年代後半になると、
もうだいぶ活力は落ちた感じになって、
1960年代後半にロメロのゾンビ映画第一作、
「ナイト・オブ・リビング・デッド」が公開されると、
怪奇映画は今のホラー映画に徐々に姿を変えることになるのです。

これがざっくりとした歴史の流れですね。

さて、ハマーフィルムの本格的色彩怪奇映画の第1作が、
「フランケンシュタインの逆襲」で、
第2作がこの「吸血鬼ドラキュラ」です。

ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」はかなり長い小説で、
原作に近い映画化もない訳ではないのですが、
通常はこれを原作にした舞台劇があって、
それを元にして映画化されることが常道です。

ただ、この「吸血鬼ドラキュラ」は、
舞台劇より原作を元にして、
それを大きくリライトした脚本になっています。

監督のテレンス・フィッシャーはハマーを代表する名匠で、
ドラキュラ役はクリストファー・リー、
対決するヴァン・ヘルシングはピーター・カッシングで、
当時のゴールデンコンビです。

この映画は色彩が美しく、
一世一代の当たり役であったリーのドラキュラ以外にも、
吸血鬼に変貌する女優さんの演技が、
非常に素晴らしいんですね。
CGも何もない時代ですから、
本当に表情の演技勝負なのですが、
十字架をヘルシングに突きつけられて醜悪な怒りを見せるところなど、
こちらも一世一代の怪物演技が素敵です。

この映画には1つの逸話があって、
ラストのドラキュラの最後に幾つかの違ったヴァージョンがあり、
そのうち最も長尺のものが日本公開版だったのですね。
ただ、その後テレビで放送された時も、
海外公開の短縮版が放送され、
その後ビデオやDVDになっても、
その元になっていたのは短縮版でした。

この日本(極東)ヴァージョンは、
京橋のフィルムセンターに保存されていて、
極稀に「怪奇幻想映画特集」のような上映会があった時のみ、
フィルムセンター内の映画館で公開されていました。

それが、フィルムセンターの保管庫が火事になり、
ドラキュラのフィルムも焼けてしまったんですね。
これでもう万事休すかと思われたのですが、
実は後半の何巻かのフィルムリールは無傷で残されていて、
イギリスからの依頼により、
本国で日本版のフィルムがブルーレイ化されることになったのです。
これが2013年のことで、
多くの怪奇映画ファンにとって、
何と50年以上夢でしかなかったことが、
本当に最近になって現実になったのです。

その伝説の映像がこちら。
(厳密にはオリジナルの極東版ではない画像です)
https://www.youtube.com/watch?v=ssvgMHCa45s

ただ、日本での極東版のソフト化は、
今のところまだないようです。

僕はこの映画は、
キネマ旬報の怪奇幻想映画特集に、
シナリオ採録があって、
それを何度も読み込んで、
「見たいなあ」と思いながら果たせず、
実際に見ることが出来たのは、
大学時代にNHKBSで放映された時が最初でした。
勿論短縮版です。
今はyoutubeで簡単に見ることが出来るのですが、
それが本当の意味で「見る」と言っていいのか、
疑問に思う部分もあります。
でもそれはもう世の流れなので仕方がなく、
多くの「伝説の名作」も、
こうして動画サイトでさらされて、
ドラキュラの土くれになる最後のように、
消費され摩耗して滅んでゆくのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「るろうに剣心 最終章 The Final」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
るろうに剣心.jpg
るろうに剣心の実写映画化のシリーズ完結編が、
2部作として製作され、
その前編「最終章 The Final」が今公開中です。

4月23日公開なのに、
25日から非常事態宣言で上映中止です。
昨年から公開をずらしてこれですから、
本当に無念だろうなあ、とは思います。

これは予告では前編と後編で完結する、
という感じに思えますが、
「京都大火編」のような感じではなくて、
今回の作品はそれはそれで完結していて、
後編は「The Beginning」と題されて、
今回の物語の源流にある過去の物語になる、
という趣向であるようです。

これは19世紀後半のヨーロッパ娯楽小説のパターンで、
当時のミステリー小説は、
2部に分かれていて、
1部は現代の事件とその解決を描き、
2部はその原因となった過去の事件を描く、
というのが定番だったのですね。
名探偵ホームズの長編も、
多くはこのパターンで書かれています。

今回の映画の2部作というのは、
それをそのままやっているんですね。
前半が結果として失敗に終わる復讐劇の顛末で、
これから公開される後半は、
その復讐劇の原因となった事件を描く、
という、もうもろに典型的な構成です。

今回の前半はなかなか楽しく鑑賞しました。

アクションがいいですね。
物凄く目まぐるしいのですが、
静と動のコントラストが巧みに構成されているので、
動体視力の落ちた僕のような年寄りにも、
それほどストレスなく観ることが出来ます。

ただ、お話はかなり薄っぺらで安っぽく、
特に意外な展開などはないので、
全ては予定調和的に展開して心が沸き立つことがありません。

まあでも、これは僕のような観客向きに、
作られた映画ではないので、
文句を言うのが野暮であるのかも知れません。

また、予算的な問題だと思いますが、
セットは殆どが「映画村」という感じで、
もっと映画を象徴するような風景というか、
俯瞰の堂々たる絵が、
もう少し欲しかったな、という気がしました。
ドラマの部分は基本的に「テレビサイズ」という感じでした。

いずれにしても、
日本での漫画の実写化を代表するシリーズであることは確かで、
後編の公開も楽しみに待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「パーム・スプリングス」(ネタバレ注意) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
パーム・スプリングス.jpg
これは2020年HULU製作の映画で、
アメリカと香港の合作です。
おそらく配信が主体の作品だと思いますが、
日本ではロードショー公開されています。

砂漠のリゾートを舞台にしたタイムループもので、
同じ1日を永遠に繰り返す、という設定のお話です。

その昔の古典SFに良くあったネタで、
どれがオリジナルかと言うのは、
ちょっと思いつきません。
これは一種の時間テーマなのですが、
それとは別個に、
「死の1日前を何度も繰り返す」という設定も、
怪奇小説のジャンルでは昔からあって、
実際には死んでいて、成仏出来ずにループに入る、
というようなオチが定番でした。

「世にも奇妙な物語」などでも、
何度も取り上げられたネタですね。
単独でその設定だけでは、
長編映画1本は支えられない、という感じですが、
それをホラーと組み合わせて、
殺人鬼に殺されると前日に戻る、
という設定や、
恋愛ドラマと組み合わせる、
というような設定を付加して、
長編劇映画として1つのジャンルになった、
という感じもあります。

今回の映画は設定をちょっとひねっていて、
タイムループを繰り返している男がいて、
その人と一緒にある行動をすると、
他の人も巻き込まれてループに入る、
という趣向になっています。

以下ネタバレがありますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読み下さい。

まずある男性が目覚めるところから始まって、
友人の結婚式の日を過ごし、
新婦の妹の女性と良い雰囲気になるのですが、
その夜にいきなり男は謎の老人に襲われ、
それを追って洞窟に入ると、
その女性は同じ1日を繰り返すようになります。

男の方がタイムループの先輩で、
何千回もその同じ1日を繰り返しているのですが、
一緒に時空のねじれが生じている洞窟に入ると、
入った人も巻き込まれて同じ日を送るようになるのです。

男を襲った謎の老人も、
かつて男のタイムループに巻き込まれた1人で、
それを恨んで毎回襲撃を繰り返している、ということなのです。

タイムループを続けるカップルは、
次第にその環境に慣れ、
男の方はこの「永遠の繰り返し」を愛するようになるのですが、
女性の方は、元の世界に戻りたい、
という希望を捨てることが出来ません。

最後は特定の時間に洞窟の中の爆破に巻き込まれることで、
2人はループを脱出して、
元の世界に戻ります。

まあ、タイムループに見せかけた、
これは恋愛物なのですが、
人生を前向きに生きることをあきらめ、
愛する女性との現状維持の生活に、
充足と安らぎを見出している男と、
その男を愛してはいながら、
自分はその現状維持に生活には耐えられない、
と思う女性との恋の顛末についてのお話です。

タイムループの設定と、
この恋愛ドラマの設定が、
一致していると言う点がこの脚本の巧みさで、
オープニングは男が主人公と思わせて、
すぐに主客を逆転させたり、
殺人鬼に襲われる繰り返しと見せかけて、
謎の老人が実は男の犠牲者だという逆転など、
観客の予想を裏切る展開がなかなかで、
お金の取れる台本として、
映画祭で評価されたのも納得です。

ただ、殺人鬼も結局は出てこないので、
スリルの要素は希薄になりますし、
こうした作品の常で、
途中でループを繰り返すのが単調で眠気を誘います。

そんな訳で配信で充分かな、
という感じもあるのですが、
かなり頭を使って作り上げたB級映画の快作で、
こうした映画のお好きな方にはお勧めの1本です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「騙し絵の牙」(2021年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
騙し絵の牙.jpg
三島由紀夫の怪作「美しい星」や、
カルト漫画の「羊の木」を映画化するなど、
スタイルは80年代のテレビドラマのような雰囲気ながら、
一癖も二癖もあるいびつで奇妙な映画を作る吉田大八監督が、
塩田武士さんの「騙し絵の牙」を映画化し、
今ロードショー公開されています。

これね、大泉洋さんをイメージモデルにした原作は、
刊行時に読んだのですが、
申し訳ないのですが物凄く詰まらない小説でした。
出版界の内幕ものなのですが、
目新しいところは全くないし、
ラストのどんでん返しと称するものは、
こちらも何の驚きもないものでした。

なのでこの作品を吉田大八監督が映画化すると聞いて、
これは大泉洋さんが映画にスライドするという話題優先の企画で、
この原作ではとても面白くなる筈がない、
と思い、あまり期待はせずに映画館に足を運びました。

ところがどうして、
これがなかなかの力作でした。

これね、全く原作とは別物なんですね。
大泉洋さんの役柄と雑誌の名前が一緒であるだけで、
後は全く別のオリジナルなストーリーが展開されます。

ここまで変えてしまって、
果たして原作者の塩田さんは、
納得されているのかしら、と、
その点は少し不安になりますが、
結果としては大正解で、
吉田監督の世界が自由自在に展開されています。

これは活字好きの人、
本好きの人のための映画なんですね。

「花束のような恋をした」は、
サブカル愛に満ちたその葬列のような映画でしたが、
この「騙し絵の牙」は、
本と創作への愛に満ちた、
矢張りその葬列のような映画です。

こうした文化はね、
もう瀕死の状態にあるという認識なんですね。
それを美しく飾って、
送り出してあげよう、というような映画なんです。

舞台は傾き掛けた老舗の出版社で、
廃刊の危機にあるエンタメ情報誌の編集長の大泉洋さんが、
本好きの若手編集者、松岡茉優さんと組んで、
埋もれていたサブカルや文学のアングラな才能達を、
闇の中から次々と掘り起こしてゆきます。
ベテランのたかり作家をたらし込むのは序の口で、
1作のみで姿を消した天才作家を、
奇想天外な方法で捜索したり、
アイドルが実はガンマニアで変態小説の名手だったりと、
発想も素敵ですし、
1つ1つのエピソードが実に手が込んでいます。
何度か思わず手を叩きたくなるような場面がありますし、
その裏に本や小説への愛が、
息づいているのがいいんですよね。

勿論得体の知れない大泉さんも良いのですが、
若手編集者役の松岡茉優さんが、
いつものことながらとても素晴らしくて、
時々散漫にもなりがちなストーリーに、
1つの大きな核を作っています。

ラストは甘い展開になるのが減点ポイントですが、
多分僕の観た吉田作品では最も心に残る力作で、
特に本好きの方には絶対の贈り物と言って良い映画です。

お時間があれば是非。
これは見逃したら勿体ないですよ。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ノマドランド」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当します。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ノマドランド.jpg
中国系のクロエ・ジャオ監督がメガホンを撮り、
フランシス・マクドーマンドが主役を演じて製作にも名を連ねた、
詩情溢れる2020年製作のアメリカ映画を観て来ました。

これはとても良かったですよ。

静かで淡々とした映画なので、
体調によっては寝てしまうリスクはあるのですが、
僕に関して言えば全然眠くはならなかったですよ。
画面が美しいし力があるんですね。
言葉もシンプルで深いので、
「ああ、いいなあ」と思いながら名残惜しく観終わった、
という感じでした。
暗い話ではあるのですが、
不思議と鑑賞後の気分は清々しく穏やかです。

こういう映画は今、
意外に少ないですね。

ここで言う「ノマド」というのは、
アメリカの車上生活者のことなんですね。

それも主に経済的理由で家を失ったり、
家族を失うなどとてもつらい出来事があって、
そこから立ち直ることが出来なかったりした高齢者が、
「もう死ぬまで定住はしない」と決めて、
そうして旅をしている、という話です。

1984年に鈴木清順さんと加藤治子さんが夫婦を演じた、
「みちしるべ」というNHKのドラマがあって、
あれは病気の妻と一緒に、
2人でバンで旅をする話でしたが、
感覚的にはあれにとても近い感じですね。
あのドラマを観て、
大分の熊野摩崖仏に行きたくなって、
数年後に行きましたが、
多分そうした人も多かったですよね。
あれもとても心に残るドラマでした。

車上生活なんですが、
ロジックがあるんですね。
主人公が「お前はホームレスか?」と言われるところがあるんですが、
「ホームレスじゃない、ハウスレスなだけだ」と言い返すんです。
全身に好きな歌詞の入れ墨を彫っているノマドがいるのですが、
「故郷(ホーム)は心の中にしかない」と言うんですね。
ノマドの長老みたいな人は、
「自分達はもうさよならと言うのが嫌だから、
それをしないために旅をしているんだ。
旅には終わりはないから」みたいなことを、
うろ覚えなので正確ではないと思いますが、
言うんですね。

シンプルで分かりやすく、
そして深いですよね。

アメリカでは日本より、
「家」というものの重みが大きいのだと思いますし、
かつては日本の家を「ウサギ小屋」と馬鹿にしたでしょ。
そのアメリカ人すら、
「家」に幻滅して、それを捨てている、
ということなんですね。
家族の絆も否定し、伝統も否定し、過去を否定し、
権威も否定し、
遂には家まで否定して、
これが進歩と言えるのかしら。
ただ単に滅んでいるだけなのではないかしら。

そう考えると怖くなりますが、
どうやら人間はゆきつくところまで行ってしまって、
もう滅ぶしか道はないのかも知れません。

主人公は60代の女性で、
夫を病気で失うのですが、
同時に暮らしていた町が、
経済の落ち込みによって消滅してしまうんですね。
昔炭鉱町が消えてしまったように、
自分の拠り所である故郷そのものが消えてしまうんですね。

それで、おそらくは夫の匂いの浸みついたバンで、
ノマドとして旅を始めるのです。

面白いのは主人公はノマドの初心者で、
あまりアウトドアに詳しいという訳でもないんですね。
途中車がパンクすると、
何も出来ずにお手上げ、というレベルなんですね。
そこが個人的には親近感が湧きました。

演出はなかなか面白いんですね。
主人公と男女関係になりかけるノマドの男性だけは、
プロの俳優さんなのですが、
他のノマド役を演じているのは、
その本人なんですね。
だからその撮り方もね、
ちょっと斜め目線のアップで、
これまでの人生について語るという長回しの場面が、
非常に多く使われています。
主人公は結局インタビューアー役を兼ねているのですが、
そう感じさせないように、
巧妙に演出されているんですね。

後から考えると、
「なるほど、これはドキュメンタリーの作りなのだ」
と気づくのですが、
観ている間は結構没入して、
「物語」として観ることが出来るんですね。
さりげなく見えて、
その辺りはかなり技巧的で斬新だな、
というように感じました。

河瀬直美監督の映画に近いかも知れません。
あちらもドキュメンタリーの方法論を持ち込んだ劇映画ですよね、
ただ、あちらはかなり前衛的な構図や演出ですが、
この映画はとてもオーソドックスな劇映画の手法をとっているので、
構図も安定感がありますし、
観やすいのが特徴です。
すんなり観れてしまうのですが、
実際にはかなり技巧的なことをしているのです。

それからこの映画の成功は、
何と言っても主役がフランシス・マクドーマンドさんだ、
ということですよね。
普通実際のノマドがぞろぞろ登場するので、
絵的に負けてしまうでしょ。
負けないですし、
同じようにリアルな存在感がありますよね。
彼女だからこそ成功した企画で、
何処かの昔アイドル、
今ちょっと演技派、みたいな女優さんがやれば、
大失敗になったことは想像が付きます。

そんな訳で奥行のある詩的で美しい堂々たる傑作で、
皆さんに是非にとお勧めしたいと思います。

今1本だけいい映画を観たいという人がいれば、
間違いなくこれをお勧めします。

敢えて不満を言えばラストですかね。
物語的には終わっていないのに、
強引に「終わり的な絵」を連ねて終わりにした、
という感じがありました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「JUNK HEAD」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
レセプト作業などする予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
JUNK HEAD.jpg
その原型をほぼ1人で作り上げたという、
ストップモーションアニメの怪作「JUNK HEAD」が、
今ロードショー公開されています。

大分出身の堀貴秀さんが、
独学でコマ撮りアニメをたった1人で作り、
4年を掛けて30分の短編版「JUNK HEAD」を制作。
2014年に無料でウェブ公開したところ、
ハリウッドで映画監督をしないかというオファーが来たそうです。
それを断って出資を募り、
2015年から長編版の制作を開始。
2017年に完成して海外の映画祭で多くの賞を獲得。
今回日本では初めて、
商業映画としてのロードショー公開が実現しました。

作品自体を観る前に、
その話を聞くだけで感動しますし、
ロマンを感じますね。

内容は人間が創造した知的生命体マリガンが、
地下を支配して人間は地上に残るという、
架空世界の話で、
地上のヴァーチャルダンス教師の主人公が、
たった1人で地下の調査に赴くことになります。

この主人公、出発と同時に撃ち落されて、
バラバラになってしまうんですね。
人間は肉体は殆ど重要ではなくなっていて、
ある意味情報のみの存在なので、
身体はどんどん変化してゆくのも面白いところです。
異様な形態のマリガンが次々と登場し、
そのグロテスクで時々エロチックなビジュアルに、
ストップモーションならではの動きが付くと、
昔「シンドバット7回目の航海」を観た時のような、
ワクワクする感じが戻って来ます。
昔の「宇宙船」や「アニメージュ」、
「奇想天外」の映画ネタとして、
特集ページが目に浮かぶような楽しさです。

まあ、物語自体はそれほど斬新、
という訳ではないのですね。
ハリウッドや中国、インドなら、
実写CGで簡単に映画化は出来そうな感じです。
ただ、その構想は非常に緻密で、
1人の人間の脳内をそのまま設計図化したような感じは、
これはもう集団製作の商業映画とは、
全く異なる質感なんですね。
これは続編の構想ももう作者の脳内にはしっかりあるし、
いつでも動かせるという感じです。
1人の人間そのものが設計図化され形になっている、
というこの感じは、
唯一無二の魅力があります。

それからこの作品、
架空世界の話なので言語も架空のもので、
そこに字幕が付くんですね。
今回上演版は日本語の字幕付きなのですが、
それを英語にすれば世界標準になりますし、
中国語にするのもハングルにするのも自由自在というところも、
クレヴァ―だなと感心しました。

そんな訳で大昔の特撮マニアとしては、
何処かなつかしさを感じる、
それでいて色々な意味で新時代の創作で、
その内容には好き嫌いはあると思いますが、
まずは必見の映画体験ではあると思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ミナリ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ミナリ.jpg
2020年製作のアメリカ映画ですが、
韓国の移民の一家が主人公で、
会話の殆どは韓国語です。
こういう企画が成立するというところに、
韓国の今の勢いを感じますね。

1980年代に南部農場経営に乗り出した一家は、
夫婦と子供2人の4人家族で、
夫婦は意見の対立が絶えず、
妻は韓国から自分の母親を呼び寄せて、
5人での暮らしが始まります。

異文化対立の話かと思いの外、
黒澤明監督の「八月の狂詩曲」みたいな話で、
祖母と孫との交流が幻想的な自然の風景の中で描かれ、
祖母を襲う悲劇からその様相は大きく姿を変えます。

韓国系アメリカ人の監督の、
自伝的なドラマなのだと思います。
前半は正直それほど乗れなかったのですが、
後半物語が様子を変えてからはグイグイと惹き付けられ、
ラストの展開は非常に衝撃的で感銘を受けましたし、
心に染みました。

これね、
結果的に悲劇のままで終わるのに、
鑑賞後の気分はとても爽やかなんですね。
題名のミナリ(せりのこと)がとても効いています。
上手いなあと感心しました。

家族の描き方や、
変人で神秘主義者のアメリカ人の描き方など、
何となくモヤモヤするところもあり、
正直好みは分かれる感じの映画ですが、
ラストは文句なく素晴らしいので、
人間の強さと弱さ、家族の絆の素晴らしさを、
しみじみ感じられる良い映画として、
まずはお勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
シン・エヴァンゲリオン.jpg
エヴァンゲリオンの新劇場版の4作目にして完結編が、
今ロードショー公開されています。
155分という長尺ですが、
冒頭のパリ上空の攻防戦から、
ド迫力かつ斬新でシュールな映像美が展開され、
その軟弱至極の幼児性と内向性を容認出来る人には、
まずは納得の展開と映像が待っています。

エヴァンゲリオンには特段の思い入れはないのですが、
昨年の第一回緊急事態宣言の時に、
テレビシリーズとその映画版、
新映画版の3作品を一気見したので、
今回はスムースに内容に入り込むことが出来ました。

以下少しネタばれがあります。
鑑賞予定の方は必ず鑑賞後にお読み下さい。

これね、
妻を失ったマッドサイエンティストが、
妻を甦らせるだけのために、
世界を滅ぼして、
幻想の中で再創造しよう、
という話なんですね。
それを阻止しようとする息子と、
対決するというのが骨子です。

もともとそういう話だったのだと思うのですが、
別の使徒という敵に対して、
父と息子が一緒に戦うという構造で始まったので、
話がややこしくなっています。
それが新劇場版の3作目で父と子が袂を分かち、
そもそもの形に回帰したのではないでしょうか?

今回はラストで人間を捨てた父と息子が、
幻影の世界で一騎打ちで戦うので、
最後に串刺しで終わるというのも定番の趣向ですし、
そこに全てのエヴァンゲリオンと使徒の姿が重なるので、
なるほど、
「さらば、全てのエヴァンゲリオン」というのは、
間違いはないよね、という感じはします。

良くも悪くも非常に精神的に虚弱な世界なので、
あまりその世界観に共感は出来ないのですが、
その映像は圧倒的でかつ前衛的です。
3DCGを駆使していながら、
手描きアニメに、実写、静止画やデッサンと、
目まぐるしくそのタッチは変貌し、
ミニチュアセットの特撮映像を、
そのままアニメ化したような場面まであります。
単純に凝っているというだけではなく、
今のCGアニメーションの枠組みを、
大きく超えて先を目指そう、
というような気概を感じます。

これは大画面でないと、
真価を感じられないと思います。

そんな訳で「祭りの終わり」という悲しさもあるのですが、
スターウォーズのへっぽこ完結編と比べれば、
斬新で先鋭で意欲的な作品で、
凄い映画であることは間違いがありません。

ただ一点、狙いであるのは分かるのですが、
クライマックスで世紀の駄作、
「さよならジュピター」の主題歌が流れたのには、
かなり脱力はしました。
あれはロードショーで見て、
ともかく詰まらなくて恥ずかしかった映画です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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