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藤井道人監督「ヴィレッジ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ヴィレッジ.jpg
藤井道人監督の新作が今ロードショー公開されています。
この監督の映画は映像に哲学があって、
毎回拘りがあるので大好きです。

それで今回もとても期待をして鑑賞しました。

今回も非常に良かったですよ。

巨大なゴミ処理場を誘致した架空の寒村が舞台で、
古田新太さん演じる村長に牛耳られているのですが、
主人公の横浜流星さん演じる青年の父親は、
10年前にゴミ処理場の誘致に反対して、
殺人を犯した上家に火を点けて焼死していて、
そのために村で「犯罪者の息子」として、
迫害される日々が続いています。
西田尚美さん演じる母親はアル中のギャンブル中毒で、
闇金に借金までしているので、
その負担も全て息子の流星さんに掛かっています。

古田村長の長男は一ノ瀬ワタルさん演じる強面の問題児で、
杉本哲太さん演じる裏社会の人間と結託し、
不法に感染廃棄物を持ち込んで放置しています。
村長の次男は中村獅童さん演じる警察官で、
村の状態に嫌気がさして村を出ています。

そこに東京で仕事をしていた、
主人公の幼馴染の黒木華さんが村に帰って来るところから、
主人公の心にそれまでなかった希望の光が灯るのですが、
そこに矢張り黒木さんに思いを寄せていた一ノ瀬さんが絡み、
物語は急速に展開を始めます。

舞台となっている村が「古い日本社会の縮図」のように言われ、
確かにそうした部分はあるのですが、
それが特に強調されているという作劇ではなく、
能の「邯鄲」に絡めて、
何重もの因果の網の中で絶望していた若者の、
一瞬見た希望とその後の絶望とを描いた、
極限の青春ドラマとして理解しました。

たとえば、大島渚監督の「青春残酷物語」や、
長谷川和彦監督の「青春の殺人者」のような世界です。
抽象的な部分のある架空世界を作り込むのは、
今村昌平監督作品に似通ったイメージもあります。

藤井監督は生粋のシネフィルですから、
その辺りの過去作は当然分析した上で、
それを監督自身の希望と切望の物語に咀嚼して、
今回の作品が出来上がったのではないでしょうか?

ラスト旧家が燃え上がるのは、
明らかに野村芳太郎監督の「八つ墓村」ですよね。
横溝正史さんの映像化が繰り返されるのは、
ミステリーとしての側面はもうあまり重みがなく、
仮面を付けた人物や旧家の広間に居並ぶ人々、
燃え上がる屋敷や様式的な殺し場などの、
イメージの魅力と思われるので、
そうしたイメージの幾つかはこの作品においても、
重要なモチーフの1つとして活用されています。

この映画で出色であったのは、
黒木華さんに好意を寄せられることにより、
内に秘めていた主人公の希望の明かりが燃え上がり、
そこから静謐な濡れ場に至るまでの、
狂おしいほどに繊細で切ない描写で、
流星さんと黒木さんの演技も素晴らしかったですし、
これは今では藤井監督にしか、
描きえない描写であったように思いました。

ただ、かつては「青春残酷物語」や「青春の殺人者」の主人公の心情は、
当時の若者の心を捉えるものであったのですが、
おそらく今回描かれた流星さんの心情は、
あまり今の若者の心には響かないような気もします。

僕にはその方がフィットはするのですが、
おそらく一時代前の心情であり感傷であった、
というような思いもあります。

役者は今回も物凄く良くて、
杉本哲太さんなど、最近はくだけた役柄が多くて、
悪役でもあまり凄味を感じなかったのですが、
今回の作品の悪党ぶりは、
その目つきに背筋が凍る感じがありました。
古田新太さんも、
面白いながら、役柄の一貫性がない感じも多いのですが、
今回の村長の下品で軽い悪党ぶりは、
最近では出色の芝居でした。
西田尚美さんも良かったですし、
こうしたバイプレーヤーにしっかりと仕事をさせる、
というところは、
矢張り藤井監督の腕なのではないかしら、
と思いました。

勿論特筆するべきは矢張り横浜流星さんで、
「流浪の月」の悪役は、
ちょっと作り過ぎの感もあったのですが、
今回は堂々たる主役を、
一時代前の青春残酷映画の感傷と絶望たっぷりに、
堂々と演じていて見事な芝居でした。
前半はオーラを消した鬱々とした姿で、
それが後半状況の変化で好青年のオーラを纏う辺りの計算も
あざといくらいに完成度の高いものでした。

そして対する黒木華さんの受けの芝居は安定感抜群、
最近絶好調の一ノ瀬ワタルさんが、
おそらく格闘技出身の俳優さんでは歴代最高と思える、
内に弱さを秘めた強烈な悪党ぶりを演じて最高でした。

そんな訳で役者よし、演出よしの充実した作品で、
その内容の好き嫌いと、
藤井監督の作品に何を求めるのかによって、
評価は分かれるところはあるのだと思いますが、
個人的には藤井節を堪能し、
映画の魅力に浸った2時間でした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ロストケア」(葉真中顕原作 映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ロストケア.jpg
葉真中顕さんによるミステリー小説が、
前田哲監督のメガホンの元、
長澤まさみさんと松山ケンイチさんの主演で映画化されました。

これは原作を先に読んでいたのですが、
大幅にリライトされていて、
原作の一部の要素のみを、
フィーチャーする形で映像化した、
ほぼ別物と言って良い作品になっていました。

勿論こうした形の映像化も当然ありだとは思います。
ただ、原作はミステリーで、
犯人捜しの要素もあるのにも拘らず、
映画はその予告の時点から、
明確に犯人の正体を明かしているので、
その点はちょっと問題に感じました。

これ、せめて犯人の名前は変えて欲しいですよね。
主人公の検事は性別も女性に変えて、
当然名前も変えているのですから、
犯人のみ原作と同じ名前で丸分かりというのは、
原作を後から読もうと思う人にとっては致命的で、
これはどうにかして欲しかったと思いました。

その代わり映画版は、
高齢家族の介護に関わる問題に、
真剣に取り組んだ、と言って良い骨太の内容になっていて、
その点は評価に値すると思います。

ただ、個人的にはかなり苦手な映画で、
特に監督の演出手法や編集のセンスは合いませんでした。

かなりまったりしていて抽象的なんですね。
1時間で済みそうな内容を無理矢理2時間に引き延ばしている、
という感じで、
1つ1つの場面のお尻が異常に長いんですね。
松山ケンイチさんが父親を殺す場面など、
殺した後で、その苦悩の表情を、
延々と描写しているんですね。
一事が万事そうした感じで、
その場面で起こるべき出来事は全てもう済んでいるのに、
主人公をアップにして、
その表情を延々と映し続けるのです。

これが良いと思う方もおそらくいるのだと思いますが、
個人的には「ダラダラやるなよ」という感想しか持ちませんでした。

原作はミステリーとして、
もっと色々な要素が入っているんですね。
それをスパッと切った訳ですが、
それならばもっと残された部分を、
膨らませないといけないと思うのですね。
高齢者の介護にまつわる人間ドラマが、
もっと多層的にあるべきではなかったのかしら。
そうした膨らみを用意することが出来なかったので、
結果として長澤さんと松山さんのアップを、
延々と見ているだけ、という映画に、
なってしまったように思います。

そんな訳であまり乗り切れなかった作品でしたが、
配信で見ると、
また違う印象になるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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大腸癌検診二次検査の受診率は? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
便潜血の二次検査比率.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年1月18日付で掲載された、
大腸癌検二次検査の受診率についての論文です。

大腸癌の検診としては、
その簡便性やコストの安さから、
市町村の検診でも、
もっぱら便潜血検査が行われています。
これは便を通常2回以上別の日に採取して、
人間の血液由来のヘモグロビンが検出されるかを見るもので、
検出された場合には、
微量な出血が大腸の粘膜から生じていると判断して、
大腸の内視鏡検査(もしくは直腸鏡や3次元CTなど代替検査)に、
進むことが通常です。

便を採るだけの古い検査で、
こんなもので何が分かるのかと、
馬鹿にされる方もあるかも知れませんが、
30年に渡る長期間において、
大腸癌のよる死亡のリスクを、
最大で3割程度減少させる効果が確認されています。

これだけ明確に癌による死亡のリスクを低下させるような癌検診は、
他には殆どなく、
あってもどの検査をどのような対象者に行うべきかについては、
多くの議論がありますから、
便潜血検査による大腸癌検診のように、
その有効性が科学的に確認され実証されている検診は、
他にはないと言って良いと思います。

しかし、
この検査の大きな問題は、
便潜血検査単独では診断的な意味はなく、
陽性であった対象者が、
大腸内視鏡などの二次検査をして初めて、
大腸癌かどうかが診断される、
と言う点にあります。

そのために陽性であってもその結果を軽視して、
二次検査を受けずにスルーしてしまったり、
受けても何か月も経ってから、
というようなことも稀ではありません。

僕がとても印象に残っているケースでは、
集団検診である年に便潜血が陽性になったのですが、
その年度は二次検査は受けずに放置していて、
その翌年の検診で再度陽性となったので、
初めて大腸内視鏡検査を受けたところ、
もう進行癌の状態で手術はしたものの、
その半年後に亡くなった、という実例がありました。

そのために検診の説明会などでは、
早期発見のために、
必ず陽性の結果が出たらすぐに二次検査を受けるように、
という説明をしています。

以前ご紹介したことのある2017年のJAMA誌の論文
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2620087
では、
便潜血の陽性から二次検査の大腸内視鏡検査までの期間が、
9か月以内であれば、すぐに施行した場合と明確な差はなかったものの、
10か月以降で施行された場合には、
大腸癌発見のリスクが48%、進行癌で発見されるリスクが97%、
有意に増加するという結果が得られています。

つまり、遅くとも9か月以内には、
二次検査を施行する必要がある訳です。

しかし、実際に便潜血が陽性の事例での二次検査は、
どのくらいの頻度で実施されているのでしょうか?

今回の研究はアメリカにおいて、
2017年1月から2020年6月までの間に、
便潜血検査を受けて陽性であった50から75歳の32769名のうち、
1年以内に大腸内視鏡検査による二次検査を受けた比率を分析したものです。
それによると、便潜血陽性の結果が出てから、
90日以内に内視鏡検査を受けたのは全体の43.3%で、
180日以内では51.4%、
1年以内に検査を受けたのは56.1%でした。

二次検査率の低さは、
人種や健康保険の種類、経済状況などと関連があり、
また新型コロナの流行時期においては、
その影響と思われる検査率の低下が認められました。

このように、
便潜血検査が陽性と判定されても、
その後の二次検査の施行率は、
決して高いものではなく、
今後どのような介入を行って、
二次検査を適切に受診してもらうべきか、
検証が必要であると思われます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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飲み物の選択と糖尿病の予後との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
飲み物と糖尿病の予後.jpg
British Medical Journal誌に、
2023年4月19日付で掲載された、
2型糖尿病の患者さんが普段飲んでいる飲み物が、
患者さんの予後に与える影響についての論文です。

砂糖などの糖質を含むジュースなどの甘い飲み物が、
血糖値を上昇させて肥満の原因となり、
糖尿病や心血管疾患のリスクとなって、
生命予後にも悪い影響を与えることは、
これまでにも複数の疫学データで指摘をされていて、
そうした健康リスクを背景に、
イギリスでは砂糖税が導入されていることは、
これまでにも話題にしたことがあります。

ただ、こうしたデータは主に、
持病のない一般住民のデータを元にしているものです。

2型糖尿病の患者さんでは、
砂糖を多く含むような飲み物を飲むことで、
血糖コントロールが悪化することが想定されるため、
各種ガイドラインではジュースなどを控え、
飲み物はノンカロリーや低カロリーのものにすることが推奨されています。

しかし、実際には2型糖尿病の患者さんを対象とした、
砂糖を含む清涼飲料水などのリスクを、
検証したデータは実際にはあまり存在していません。

そこで今回の研究では、
アメリカの医療従事者を対象とした、
大規模な疫学研究のデータを活用して、
2型糖尿病と診断された患者さん、
トータル15486名を中間値で18.5年観察しています。

その結果、
砂糖を含む清涼飲料水を殆ど飲まない場合と比較して、
毎日1杯以上飲む糖尿病患者は、
総死亡のリスクが20%(95%CI:1.04から1.37)有意に増加していました。
高脂肪の牛乳を常用する人も、
総死亡のリスクは増加する傾向を示しましたが有意ではなく、
人工甘味料を含むゼロカロリーの清涼飲料水やフルーツジュースの常用は、
総死亡に明確な影響を与えていませんでした。

その一方で、
日4杯以上のコーヒーは26%(95%CI:0.63から0.86)、
1日2杯以上の紅茶は21%(95%CI:0.71から0.89)、
1日5杯以上の水は23%(95%CI:0.70から0.85)、
1日2杯以上の低脂肪乳は12%(95%CI:0.80から0.96)、
それぞれ総死亡のリスクを有意に低下させていました。

同様の傾向は心血管疾患のリスクと、
心血管疾患による死亡のリスクについても認められました。

このように、
2型糖尿病の患者さんにおいても、
一般の住民データと同じように、
砂糖を含む清涼飲料水や高脂肪の牛乳の常用は、
総死亡のリスクや心血管疾患のリスク増加に結び付いている一方、
それを水やコーヒー、紅茶などに置き換えることにより、
そのリスク低下に寄与するという可能性が示されました。

砂糖などを含む清涼飲料水が、
健康に最も悪影響を与えるという知見は、
一般住民と糖尿病患者の双方において、
明確な事実と考えて間違いはないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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4種類の降圧剤の有効性の個人差について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
降圧剤の種類と有効性比較.jpg
JAMA誌に22023年4月11日付で掲載された、
複数の降圧剤の有効性の個人差を検証した論文です。

本態性高血圧症の薬物治療は、
通常第一選択薬として、
サイアザイド系利尿薬、カルシウム拮抗薬、
ACE阻害剤、ARB(アンジオテンシン2受容体拮抗薬)、
のいずれかが使用されます。

この4種類の薬は、
ガイドライン上ではほぼ同一に扱って問題ないことになっていますが、
そのメカニズムには違いがあるため、
その有効性には個人差があることが想定されます。

たとえば利尿薬は尿にナトリウムを排泄することが主な作用で、
減塩をすることに近い効果が想定されますが、
減塩の血圧に与える効果自体は、
かなり体質的な差が大きいことが知られています。

そうなると、
減塩に強く反応するような人では、
利尿薬の降圧効果は高い一方で、
塩分の貯留が高血圧の原因ではないような人では、
有効性が低いということが考えられます。

それでは、実際に同じ降圧剤を使用した時に、
その降圧作用は体質によって、
どの程度の違いがあるのでしょうか?

今回の臨床研究はスウェーデンにおいて、
年齢が40から75歳で軽度の高血圧を持ち、
心血管疾患のリスクは低い280名の患者に、
くじ引きで選択された2種類の降圧剤による治療を、
7から9週間ずつ継続し、
その有効性を比較検証しているものです。

使用された降圧剤は、
ACE阻害剤のリシノプリル1日20㎎、
ARBのカンデサルタン1日16㎎、
カルシウム拮抗薬のアムロジピン1日10㎎、
利尿剤のヒドロクロロチアジド1日25㎎のいずれかで、
それぞれ2分の1量への減量も可となっています。

その結果、
治療期間終了時の収縮期血圧は、
リシノプリルが最も低く、
アムロジピンとカンデサルタンはほぼ同等で、
ヒドロクロロチアジドは最も高くなっていました。

個々の治療による血圧低下作用には差があり
リシノプリルとカンデサルタン、
ヒドロクロロチアジドとアムロジピンの間には、
有意な差はなかった一方で、
他に薬の組み合わせでは、
個人による反応の違いが有意に認められました。

ここから、
個人差を考えずに降圧剤を選択した場合と比較して、
個々の反応性によって最適な降圧剤を選択すると、
収縮期血圧を平均で4.4mmHg低下させる効果が、
期待されると推計されました。

この差を大きいと考えるかは微妙なところですが、
平均的には同等の効果の薬であっても、
メカニズムが異なる場合には、
その個人によって効果がかなり異なる、
という知見は医療全般に成立つ重要なもので、
今後そうしたデータを元にして、
真の意味でもオーダーメイドな治療が、
実現することを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナ感染症に伴う糖尿病発症リスク増加について(2023年カナダの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19と糖尿病リスク.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年4月18日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症後の、
糖尿病リスクについての論文です。

この話題については以前にも取り上げたことがあります。

新型コロナウイルス感染症は、
オミクロン株の流行以降軽症化が指摘されています。
現状新たな変異株も確認されているものの、
その基本的な性質については、
感染力は非常に強いものの重症化は稀である、
という点についてはほぼ一致しています。

その一方で問題となっていることの1つは、
後遺症と呼ばれるような持続する症状が、
少なからずの患者さんで、
数か月以上という長期間持続していることです。

それに加えて動脈硬化性疾患や慢性の代謝疾患、
慢性の炎症性疾患などの、
本来は新型コロナウイルス感染症とは無関係な筈の病気のリスクが、
急性症状が改善した以降に、
増加していることが指摘されています。

そのうちの1つが糖尿病の増加です。

これまでの複数の疫学データにおいて、
新型コロナウイルス感染症の罹患と、
糖尿病の新規発症との間に関連があると指摘されています。

2022年のLancet Diabetes & Endocrinology誌に発表されたデータでは、
アメリカの退役軍人の医療保険データを解析した結果として、
非感染者と比較して新型コロナ感染者では、
感染後の糖尿病リスクが1.4倍有意に増加していた、
という結果になっていました。

今回の疫学データはカナダにおいて、
629935名の新型コロナの感染者を、
年齢などをマッチさせた503948名の非感染者と比較して、
陽性になった検査から30日以降の新規糖尿病発症リスクを、
比較検証したものです。

中間値で257日の観察期間中の糖尿病発症リスクは、
17%(95%CI:1.06から1.28)有意に増加しており、
特に男性においては22%(95%CI:1.06から1.40)と、
より高いリスクの増加が認められました。
また集中治療室の入室した患者に限ると、
糖尿病発症リスクは3.29倍(95%CI:1.98から5.48)、
入院した患者に限ると、
2.42倍(95%CI:1.87から3.15)と、
感染後の糖尿病リスクは顕著に高いものとなっていました。
今回の解析からは、
トータルな解析で糖尿病発症事例の3.41%、
男性のみの解析では4.75%は、
新型コロナ感染が原因となっていると推計されました。

このように、今回の大規模な検証においても、
新型コロナウイルス感染の回復期以降に、
糖尿病のリスクが増加することが確認されました。

それでは、何故こうした現象が起こるのでしょうか?

理論的には膵臓のインスリン分泌細胞に、
新型コロナウイルスが感染する可能性はあります。
ただ、実際にはそうした感染があるとしても、
極小規模に留まるという考え方が一般的です。
新型コロナの感染はその後の免疫異常や慢性感染に結び付きやすい、
という知見はあり、
それが事実であるとすれば、
自己免疫的な機序でインスリン分泌細胞が攻撃される、
また慢性の炎症によりインスリン抵抗性が生じる、
というような可能性も考えられます。
新型コロナの感染により隔離が続き、
運動量が低下したり食生活が乱れて、
そうした生活習慣が糖尿病の誘因となった、
というような可能性も否定は出来ません。

現状はこうした仮説が幾つか提示されているものの、
正確な原因は分かっていないのが実際であるようです。

いずれにしても新型コロナウイルス感染症後に、
糖尿病のリスクが増加すること自体はほぼ事実である可能性が高く、
特に感染が重症であった方は、症状に留意して、
血糖値の定期的なチェックを行った方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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骨粗鬆症治療薬デノスマブの糖尿病予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
デノスマブの糖尿病予防効果.jpg
British Medical Journal誌に、
2023年4月18日ウェブ掲載された、
骨粗鬆症治療薬の糖尿病予防効果についての論文です。

取り上げられているデノスマブ(Denosumab)は、
抗RANKLモノクローナル抗体と呼ばれるタイプの薬です。

RANKLというのは、
NF-κB活性化受容体リガンドの略称で、
これは一種の炎症性のサイトカインで、
その主な働きは骨の破骨細胞の元になる細胞の、
表面にある受容体にくっつき、
骨を壊す細胞である、
破骨細胞の分化を阻害することになります。

そもそも骨を壊す細胞である破骨細胞は、
白血球の一種である単球系の細胞が、
何段階かの刺激により分化して成熟したもので、
それが骨の表面に取り付いて骨を壊します。

RANKというのはこの白血球にある受容体で、
そこにくっつくのがRANKLというリガンドです。
RANKLとRANKが結合することにより、
破骨細胞は分化するのですが、
デノスマブはRANKLに特異的に結合して、
RANKとRANKLの結合を阻害し、
それにより破骨細胞の分化を抑制するのです。

抗RANKLモノクローナル抗体であるデノスマブは、
皮下注射で使用することにより、
血液中に移行し、
破骨細胞の分化を抑制し、
結果として破骨細胞を減らして、
骨塩量の低下を防ぎます。

白血球が体内で入れ替わるまで、
その効果は持続しますから、
半年に一度の注射で有効性は維持されるのです。

これは完全なヒト型抗体なので、
体内で安定して存在し、
身体の免疫の攻撃を受け難いと考えられます。

この薬はまず、
多発性骨髄腫や癌の骨転移における、
骨病変の治療目的で適応が取得されました。
これはランマーク皮下注と言う名称で発売され、
半年に1回120ミリグラムという用量です。
ところが、この用量では重症の低カルシウム血症の発症が多いので、
骨粗鬆症に対しては、
その半分の60ミリグラムの用量の注射薬が、
今度はプラリア皮下注という名称で、
2013年に発売されたのです。

2009年のNew England…誌に掲載された、
FREEDOMという大規模臨床試験の結果によると、
閉経後の骨粗鬆症の患者さんに対して、
デノスマブを3年間継続使用した結果として、
偽薬と比較して新たな背骨の骨折を68%、
股関節の骨折(大腿骨頸部骨折)を40%、
そして背骨以外の骨折を20%、
それぞれ有意に低下させていました。

半年に1回の皮下注射という使いやすさから、
現行広く使用されているデノスマブですが、
そのメカニズムから、
骨代謝ばかりでなく、
エネルギー代謝との関連が近年注目されています。

血液中のRANKL濃度が高いと、
将来的な2型糖尿病のリスクが高まるという疫学データがあり、
白血球のRANKの活性を阻害することにより、
糖代謝が改善したとするデータも複数発表されています。

それでは、
実際に臨床に使用されているデノスマブに、
どの程度の2型糖尿病予防効果があるのでしょうか?

今回のデータはイギリスにおいて、
骨粗鬆症の治療をしている人のうち、
飲み薬のビスフォスフォネートという、
標準的な治療薬を使用している場合と比較して、
デノスマブを使用している人の、
2型糖尿病発症リスクを比較検証しているものです。

4301例の新規デノスマブ使用患者を、
年齢などをマッチングさせた、
21038名の経口ビスフォスフォネート使用患者と、
平均で2.2年観察して比較検証したところ、
デノスマブの使用により、
新規2型糖尿病の発症リスクは、
32%(95%CI:0.52から0.89)有意に抑制されていました。
サブ解析では特に糖尿病予備群と診断された患者において、
その糖尿病への進行が66%(95%CI:0.35から0.82)と、
より高い予防効果が認められました。

このように、
デノスマブが糖代謝に良い影響を与え、
糖尿病への進行を抑制する作用のあることは、
ほぼ間違いのない知見であるようで、
今後こうした特徴も配慮した上で、
骨粗鬆症の治療薬の選択は、
成される必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ブレイキング・ザ・コード」(2023年稲葉賀恵演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ブレイキング・ザ・コード.jpg
イギリスの劇作家ヒュー・ホワイトモアが執筆し、
1986年に初演された作品が、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。

これはドイツ軍の暗号エニグマを解読し、
コンピューターやAIの先駆的な研究を行った、
アラン・チューリングの生涯を描いた作品です。

初演からほどない頃に劇団四季で日下武史さん主演で上演され、
その後はほぼ国内で上演されていなかったのですが、
今回文学座の稲葉賀恵さんの演出、
亀田佳明さんの主演という文学座コンビで、
新たに上演されました。

これは素晴らしかったですよ。

オープニングの何気ない場面から引き付けられましたし、
戯曲の構成の見事さに酔い、
主役を始めとした優れた役者の演技に酔い、
その現代に通じる高い思想性にも魅せられました。

多分今年観た芝居の中では一番集中して観ることが出来ましたし、
今でも全ての場面をクリアに思い出すことが出来ます。

正直地味な公演だと思いましたし、
観るかどうかも迷っていたのですが、
観ることが出来て本当に良かったと思いました。
素晴らしい戯曲、素晴らしいキャスト、素晴らしい演出、
この3拍子揃った舞台は稀にしかありませんし、
今後もあまり出逢うことはないと思います。

これね、最近の映画「Winny」に似たテーマで、
社会性のない世の中を変えた天才が、
凡人の社会に適合出来ずに排斥される、
という話なんですね。

哀しいし普遍的なテーマですよね。
でも、この作品はそれだけではなくて、
アラン・チューリングという稀有の変わり者の天才を、
母親や友人、恋人や愛人などの目から、
多面的に描いていて、
トータルに見て、
人間の不思議さのようなものを、
強く感じる作品になっているんですね。

オープニング、
チューリングが些細な泥棒の被害を、
警察官に申し出るところから始まるんですね。
何でこんなところから始まるんだろう、
というように思うのですが、
そこで展開される微妙にすれ違った会話だけで、
主人公の性格の特異性と複雑さが、
巧みに立ち上がって来るんですね。
上手い作劇だなあ、と思うのですが、
この場面が成功しているのは、
役者の演技が見事だからなのですね。
主人公の亀田さん、上手いよね。
それから警察官役の堀部圭亮さんが、
この人最近本当に良い役者さんになりましたよね、
絶妙なんですね。

やり過ぎない、主張しすぎない演出が、
またとてもいい感じなんですね。
多くの暗転があって、時制が頻繁に変わるのですが、
場面の終わりに必ず余韻があって、
それを引きずって暗転するので、
観客が何かを考える時間になっているんですね。
無駄な暗転になっていないんですよ。
「あっ、どうしたんだろう」と思ってちょっと考える、
そこに暗転が差し挟まれて、
観客の心が整理されたくらいのタイミングで、
次の場面に移るんですね。
だから、この暗転は邪魔になっていないのです。
凄いと思いました。

テーマの1つは「機械は考えることが出来るのか?」
という昔ながらの命題なんですね。
でも、今はAIの時代なので、
それを初演当時より身近に、
切実に感じることが出来るのです。
作中でチューリングは、
「2000年頃には考える機械が登場する」と言っていて、
まあほぼその通りになっているんですね。
でも、その一方で、
機械に変換不能な人間の心の闇のようなものは、
むしろ大きくなって来ているようにも思います。
その闇を同時に描いているところが、
この作品の多面的で優れているところだと思います。

それから個人と戦争と国家との向き合い方のようなもの、
戦争と国家というのは、
ほぼほぼ同じものなんですね。
そのことが、
今ほど切実に感じられる時代はないような気がします。
この作品のチューリングは、
戦争も国家も自分の人生の道具として利用したのですが、
その重荷に結局は潰されることになる訳です。

そんな訳で今回の上演は非常に意義のあるもので、
30年の時を経て、
この作品の理解はより深まり、
その煌きはより増しているんですね。
無意味な過去作の上演も多い中で、
今回の上演はととても時機に適ったものだと思います。

今回の上演で特筆するべきは矢張りキャストで、
主役の亀田さんの芝居は、
その特異なキャラを見事に立ち上がらせたのみならず、
取り憑かれたような1人語りで、
エニグマの解読やコンピューターの未来を語る技藝が素晴らしく、
圧倒的な存在感を見せていました。
主人公の母親に保坂知寿さん、
父親的な研究者に加藤敬二さんと、
かつての四季コンビを配して、
この芝居の情緒の部分に膨らみを持たせているのも見事でした。

そんな訳で総合藝術として、
高いレベルで完成されたお芝居で、
今年一番と言って良い、充実感のある舞台でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「逆転のトライアングル」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
逆転のトライアングル.jpg
スウェーデンの鬼才リューベン・オストルンド監督の新作で、
2022年のカンヌ国際映画祭のパルムドールに輝いた作品ですが、
かなり悪趣味な部分もある怪作で、
個人的には嫌いではありませんが、
大絶賛とも言い難く、
観る人をかなり選ぶ感じの作品になっています。

まあでも最近のカンヌのパルムドールというのは、
大抵そんな感じですよね。
並べて続けて最近の受賞作を観たら、
頭がおかしくなって、
映画が嫌いになってしまいそうです。

昔のブニュエルをもう少し今風にドギツクしたような作風で、
グロテスクで下品であるにも関わらず、
マルクス主義と共産主義のディスカッションがあるなど、
ヨーロッパ的な理屈っぽさも全開です。
オープニングからレストランの支払いを、
男と女どちらが払うかという議論になり、
そこから既に資本論的色彩が濃厚に漂います。

ベースにあるのはヨーロッパの白人種が強く持つ、
「有色人種(特にアジア人種)に支配されてしまうのではないか」という不安で、
実際に世界はそうした方向に進みつつあり、
半分くらいはそうなっている訳ですが、
この映画の3部構成は、
1部がルッキズムに支配された白人社会の豊饒と腐敗を、
2部の豪華クルーズ船で白人社会の崩壊を描き、
3部の漂流した無人島(?)で有色人種に支配された、
「悪夢」の世界を描くという構成になっています。

構成は緻密で知的で複雑ですが、
その表現はかなり露悪的でグロテスクなもので、
典型的なのは嵐で揺れ動く船内で、
豪華ディナーを食べ、次々と盛大に嘔吐する富裕層の描写です。
お世辞にも品のある描写ではありませんが、
先日の「バビロン」にも同様の場面があったことを考えると、
インテリ映画人の1つの流行であるのかも知れません。

昔のヨーロッパ映画を観ているような気分で、
まずまず楽しく鑑賞出来ました。
ただ、この映画は特定の観客と共有する性質のもので、
僕が日本でこの作品を観ても、
そこに共有する部分はほぼないので、
「まずまず面白い」という以上の感想を、
持つことは出来ませんでした。
でも、それで良いような気がします。

最後にこの映画の宣伝についてですが、
題名は意図的な誤訳で、
「豪華客船が無人島に漂着。そこで頂点に君臨したのは、サバイバル能力抜群な、船のトイレ清掃婦だった」
という宣伝文句も、
明らかな嘘がある上に、
漂着するのは物語の後半であるのに、
その展開をネタバレしている点など、
かなり疑問に感じました。
昔はこうした出鱈目な宣伝は映画のお約束でしたが、
最近はあまりなかったように思うので、
一体誰がやったのかしらと、
少し興味をそそられました。
こういうのは、あまり良くないですよね。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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歩きながら考えることと認知機能との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日なので、
クリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
話しながらの歩行と認知機能.jpg
the Lancet Healthy Longevity誌に、
2023年3月付で掲載された、
物を考えながら歩くことと、
認知機能低下との関連についての論文です。

デュアルタスク(二重課題)というのは、
同時に2つの課題を実施することで、
典型的なものは、
「歩きながら話をする」というような、
ながら歩きです。

これは歩くという行動を実施しながら、
脳の別の部分を動かして会話をしている訳で、
ただ歩くだけよりも、
脳はより高度の作業をしているのです。

認知機能は加齢に伴い誰でも低下しますが、
こうしたデュアルタスクの機能は、
より早期から低下すると考えられています。

この機能が低下すると、
歩くだけなら普通の速度で安定して歩けるのに、
話しながら歩こうとすると、
歩く速度が不安定で遅くなったり、
停まってしまったりします。

これまでの研究で、
話しながら歩けない人は、
その後転倒するリスクが高かったり、
認知機能が低下するリスクが高い、
ということが分かっています。

ただ、そうしたデータは主に65歳以上を対象としたもので、
それより若い年齢でもそうしたことが言えるのかについては、
あまり明確なことが分かっていませんでした。

今回の研究はスペインにおいて、
脳の健康について調査した疫学データを二次解析したものですが、
40から64歳の年齢において、
歩きながら簡単な引き算をしてもらうデュアルタスクを施行して、
通常の歩行との比較を行っています。

その結果54歳を超えると、
徐々にデュアルタスクによる歩行の不安定さが増加し、
それが認知機能低下とも相関していることが確認されました。

このように、
一般に54歳を超えるとデュアルタスクの機能は低下し、
それが認知機能低下の極初期の兆候として、
有用な可能性が示唆されました。

くれぐれも危険のない場所で行う必要がありますが、
歩きながら別の作業が出来るかどうかを、
定期的にチェックすることは、
認知機能の低下の初期のスクリーニングとして、
重要であることは間違いがなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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