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トラネキサム酸の帝王切開時産科異常出血予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
トラネキサム酸の出血予防効果.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年4月13日付で掲載された、
トラネキサム酸の産科領域の出血予防効果についての論文です。

トラネキサム酸(tranexamic acid )は、
必須アミノ酸のリシンが、
生合成される時の誘導体を元に、
人工合成された化合物です。

1960年代に当時の第一製薬が開発販売し、
現在でも第一三共製薬が、
先発品として商品名「トランサミン」で販売。
先発品自体安価な薬ですが、
ジェネリックも多く発売されています。

開発者は後に神戸大学の医学部長などを勤めた、
岡本先生で故人です。
主にこの業績により、
ノーベル賞の推薦を受けたこともあります。

さて、このトラネキサム酸は、
そもそも止血剤として開発されました。

この合成アミノ酸の一種は、
プラスミノーゲンという蛋白分解酵素にくっつき、
その作用を妨害します。
このプラスミノーゲンは、
線溶と言って、
一旦凝固した血液を、
溶かすメカニズムに大きな働きをしているので、
それが妨害されると、
一度出来た血栓が溶け難くなり、
それだけ止血がし易くなる仕組みです。

血管に傷が出来れば、
血が部分的に固まって、
血栓を作り、その傷を塞ぎます。
しかし、どんどん血が固まり続ければ、
血管は詰まってしまいますから、
凝固と共に、
その血栓を溶かすような働き、
すなわち線溶が、
同時に起こっているのです。

人間の身体はこのように、
常に相反する働きを同時に持っています。

ただ、身体が色々な要因で出血に傾くと、
一時的には凝固を強めて線溶を弱めた方が、
身体の回復には望ましい、という状況が生じます。

それは大怪我をした時や、
外科手術の時、また鼻血や生理の出血が、
止まり難い時などです。

こうした状況では、
一時的にプラスミノーゲンの働きを弱め、
線溶を抑える薬の有効性が高まります。

その時に効果のあるのが、
このトラネキサム酸です。

トラネキサム酸は安価で、
飲み薬でも注射薬としても使えます。
この使用のし易さと効果の高さが、
この薬が50年以上に渡り世界中で使用されている理由です。

この薬は日本においては、
その抗炎症作用を期待して口内炎や咽頭炎に処方されたり、
プラスミンの抑制が肝斑に効果があるとして、
OTCが薬局で販売されたりしています。

ただ、こうした主に内服薬の出血予防以外の使用は、
殆ど日本のみの処方で、
その根拠もほぼ国内のもの以外にはありません。

アメリカのFDAはトラネキサム酸を、
2009年に重い生理出血の治療薬として推奨しました。

2010年の英国の医学誌「Lancet」には、
外傷後で救急の患者さんに、
急性期にトラネキサム酸を使用すると、
死亡のリスクが有意に低下する、
という論文が掲載されました。
2万人以上をトラネキサム酸使用群と、
偽薬に割り付けた、
非常に大規模な研究です。
危惧された血栓症の増加は認められず、
安全性も確認された形です。

この研究の取りまとめに当たった英国人の医師は、
岡本先生の妻に報告に訪れたと、
神戸新聞には記事が載りました。

このようにトラネキサム酸の効果は、
世界的にも確認がされています。

トラネキサム酸は分娩に伴う出血、
所謂産科異常出血の予防にも使用されています。

ただ、帝王切開時の使用については、
これまでの臨床試験において、
出血量を減少させるという効果は確認されていますが、
輸血のリスクを減少させるなどの効果については、
明確な結果が得られていません。

今回の臨床試験は、
アメリカの複数の専門施設において、
帝王切開を施行予定の妊娠女性、
トータル11000名をくじ引きで2つの群に分けると、
一方は分娩時臍帯を結索した時点で、
トラネキサム酸を1グラム静脈内注射し、
もう一方は偽薬を注射して、
分娩後の経過を比較観察しています。

その結果、
母体の死亡と分娩7日以内の輸血を併せたリスクは、
トラネキサム酸使用群の3.6%、偽薬群の4.3%に認められ、
トラネキサム酸により低下する傾向は認められたものの、
有意ではありませんでした。
手術時の1リットルを超える出血は、
トラネキサム酸群の7.3%、偽薬群の8.0%に認められ、
この差も有意ではありませんでした。
治療を要するような出血は、
トラネキサム酸群の16.1%、偽薬群の18.0%に認められ、
トラネキサム酸はこうした合併症のリスクを、
10%(95%CI:0.82から0.97)有意に低下させていました。

このように、トラネキサム酸の帝王切開時の使用は、
産科異常出血の予防に、
一定の有効性を示唆させる結果が得られましたが、
以前の同様のデータと同じように、
輸血のリスクを明確に抑制するような効果は、
認められない結果に終わりました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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