SSブログ

「muro式.がくげいかい」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ムロ式.jpg
ムロツヨシさんがライフワーク的に行っている、
ムロ式の新作の舞台に足を運びました。

これはよみうりランドの園内を使用した野外劇で、
結構スケールが大きいんですよね。

大規模な噴水があって、水がバンバン吹き上がりますし、
水滴のカーテンに映像を映したりもするのですね。
大型トラックが何台も登場して、
その荷台が舞台になり、
トラックが移動して場面転換が行われます。

途中ではフィールドアスレチック的なセットまで登場し、
「風雲たけし城」か「SASUKE」か、
というような場面もあります。

客席も維新派かと思うくらいに組み上げてありましたし、
こういうスケール感は久しぶりだな、
とムロさんの企画力というか実行力のようなものに、
改めて感心しました。

会場はよみうりランドですから遠いのですが、
丘陵地帯で遊園地の閉園後に行うのでともかく静かでしょ。
舞台効果としては抜群で、
2回行けと言われるときつい面はありますが、
都心ではこうした雰囲気には絶対ならないので、
それなりの意味はあったと思います。

ただ、このスケール感で4人芝居なんですよね。

ストーリーが4人芝居として成立しているものなら、
良かったと思うのですが、
今のテイストを入れた「桃太郎」なんですよね。
桃太郎を取り上げているのは、
鬼退治ということで、
明らかに「鬼滅の刃」を入れ込んでいるのですが、
それを4人でやるというのは、
如何にも無理がありますよね。
言ってみれば、小劇場でやるような企画を、
無理矢理スペクタクル野外劇にした、
という感じで、
正直成立はしていなかった、
という印象でした。

そんな訳でロケーションは抜群、
野外劇で規模は雄大なのに、
何故か4人のミニマル芝居で、
お話は確かに「がくげいかい」という、
ちょっと不思議な企画で、
「どうしてそうなったの?」と、
問いただしたいと気分はあるのですが、
野外劇ならではの趣向が楽しくて、
個人的にはそこにかつてのアングラ芝居を夢想しながら、
楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「キス」(飴屋法水×山川冬樹) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
キス.jpg
2021年の4月17日から20日に、
北千住の元風呂屋というイベントスペース「BUoY」で、
演劇の孤高の天才、飴屋法水さんと、
パフォーマーの山川冬樹さんによるコラボ公演が行われました。

ツィッターで告知を見て、
これは絶対行かないと後悔するやつじゃん、
と思い無理して出掛けました。

北千住は僕の守備範囲からはかなり遠いんですよね。

ここは来るのは3回目で、
一度目はゴキブリコンビナートの本公演で使用され、
二度目は2階の方で庭劇団ペニノのVR公演が行われました。

凄いメンツでしょ。

確かに魅力のある場所なんですね。
地下のイベントスペースは元風呂屋を、
そのまま打ちっ放しの地下空間にしたもので、
中央に太い柱があるので、
普通の劇場的に使用するのは難しいのですが、
昔のジャンジャンや文芸座ルピリエを大きくしたような雰囲気で、
アングラなイベントには絶好のダークな感じです。
また、以前のマンホールがそのまま残っていて、
それをそのまま使用することが出来るんですね。
これは最高です。

飴屋法水さんは小劇場演劇の孤高の天才で、
その雰囲気も含めて、
今ではもう生ける伝説のような人ですよね。

最近は他のアーチストとのコラボ的なイベントが活動の主体で、
通常の演劇公演のようなものは、
殆どされていないのが残念ではあるのですが、
こうしたイベントも充分刺激的で、
唯一無二の体験が待っています。

もう結構お年なのに、
相当乱暴者でもあるんですね。
数年前のおアゴラ劇場の公演では、
フェンシングのマスクを被って登場して、
その中に沢山の爆竹を放り込んで爆発させたんですよね。
電撃ネットワークも顔負けでしょ。
呆然としました。

今回は新型コロナがテーマで、
人工臓器を載せた自走式のロボットが、
舞台を動き回っていて、
飴屋さんの子供のくるみさんが、
沢山のマスクを盥の水に濡らして、
それから斜めに張られたヒモに1つずつ吊して行きます。
壁には1990年代に、
シャーレに皆で咳をして、
飛沫を培養して喜ぶような、
今では背筋が凍り付くようなイベントをしている画像が、
エンドレスで流れています。

これだけでもう本当にワクワクしますよね。

こうした組み合わせのバランスと異様さ、
そして不穏な空気感の醸成の仕方が、
まさしくアングラの血脈なのです。

それからマスクを吊していたロープが落ちると、
くるみさんが新型コロナの昨年からの経緯を、
年代記的に読み上げ、
それに連れてマンホールの闇の底から、
ガスマスクやダイヤモンドプリンセス号の模型など、
色々な物が水を滴らせながら引き上げられ、
山川冬樹さんは逆さ吊りになり、
足を縛ったロープで、
下水の底から引き揚げられます。
これはもう最高ですよね。アングラ万歳の奇観です。
それから飴屋さんは目立たないように、
マンホールの底から這い上がって来ます。

山川さんは音楽を演奏し、叫び、
飴屋さんとチューブで繋がれたガスマスク姿で格闘し、
最後は一緒にマンホールから地の底へと消えて行きます。

最後に少女2人がキスをしている絵の話を飴屋さんがするのですが、
パフォーマンスが終わって外に出ると、
出口のところにちゃんとその絵が飾ってあります。
この辺のセンスも素晴らしいなと感心しました。

内容はね、コロナの話なので、
言わんとすることはいつもより分かるのですね。
飴屋さんと山川さんでディスカッションみたいなこともしますし。

ただ、僕も医療従事者の立場で考えるので、
正直あまり相容れない感じのお話ではありました。

前半でしたか、
山川さんが2020年の緊急事態宣言の時に、
早朝1人で公園に行って運動して、
それが楽しかったとツィートしたらディスられた、
というような話をしていて、
単純に生活の息苦しさを誰かのせいにしているような言説に、
モヤモヤするものを感じてしまいました。

飴屋さんの語りはコロナのことを、
もっと大きな生と死の話、
愛は奪うものでもある、というような話に、
変換してゆくようなレトリックなのですが、
それもちょっとすり替えのようで、
ずるいようにも感じました。

まあこの辺は、立場が違うと感じ方も違うので、
それはもう仕方がないですよね。

パフォーマンスも演劇も大好きなのですが、
そうしたお仕事に関わる方が、
このコロナ禍の時に考えていることには、
正直とても違和感はあるし賛同も出来ないんですね。

困ったなあ、そんな風に考えるなんて。
もう少し他の人の立場にも立って考えればいいのに、
というようには思うのですが、
僕も僕の立場で考えているだけですし、
それはもう所詮人間というのはそうした立場に縛られる生き物なので、
愚痴っても仕方もないことなのかも知れません。

そんな訳でテーマにはモヤモヤしたのですが、
飴屋さんの天才が健在であることを、
再確認させられた素敵なイベントで、
行けて良かったと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「シブヤデアイマショウ」(松尾スズキ演出 大人の歌謡祭) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
シブヤデアイマショウ.jpg
松尾スズキさんが総合演出を務め、
ミュージカルナンバーの替え歌主体の歌謡ショーに、
お芝居やギャグパートを絡めた、
松尾流エンターティンメント歌謡ショーが、
今渋谷のシアターコクーンで上演されています。

何かの穴埋めの企画であるのは明らかですが、
これは文句なく楽しかったですね。
席も良かったので、
とても贅沢な気分になることが出来ました。

これね、お芝居としては、
実際と同じコクーンの芸術監督で登場する松尾さんが、
「悪の松尾」に堕落してしまうのですが、
最後は盟友の秋山菜津子さんに殺されて、
復活することによりお芝居への純な心を取り戻す、
というお話と、
能年玲奈さん(現のんさん)演じる、
お手伝いさんを孕ませた地方のおぼっちゃんの少年が、
渋谷で演劇関係の仕事をすることで、
過去の自分を精算する、
というお話が軸としてあり、
そこにミュージカルの楽曲やゲストコーナー、
演芸、歌舞伎パロディなどが、
歌謡ショーとして配置される、
という構成です。

これは松尾さんと天久聖一さんのコンビが、
良いバランスで機能したな、という感じがします。
ダークサイドに堕ちた藝術家が、
死んで復活することにより再生するという趣向も、
少年が過去の性癖に由来する悪事に苦しむというのも、
これまでの松尾さんの劇作ではお馴染みのものです。
ただ、過去作ではそれをかなり扇情的かつ露悪的に、
ある種悪趣味上等というような感じで描いていたのですが、
今はそうした表現があまり容認されない世の中なので、
今回は至って穏当な表現に終始しています。

でもそれであまり物足りない感じはなかったんですね。
松尾さんの変な動きも見られたし、
アングラ担当の宮崎吐夢さんも、
いい感じの彩を添えていました。

後は何と言っても能年玲奈(のん)さんですね。
素晴らしかったですね。
何と言うのかな、
「佇まい」がいいんですね。
他の人の歌を聴いている時の表情とか、
リズムに合わせて軽く身体を動かす感じとか、
物凄く純度の高い宝石を見ているような感じ、
巫女のようでもあって、
彼女がいるだけ舞台が浄化されるような気がします。

ラス前に松尾さん作の長台詞を言うのですが、
これがまたいいんですよね。
説得力があって感情が豊かで、
それでいて実体が定かでないような、
何か人間離れした透明感があるんですね。
こういう舞台女優はざらにはいませんね。

途中で披露された「タイムマシンにお願い」も素晴らしくて、
グイと胸を掴まれました。

能年さんは個人的には映像より舞台が良いと思います。
松岡茉優さんは映画は抜群ですが舞台は保守的な演技で今一つ。
逆に能年さんは映画は松岡さんと比べると説得力に弱さがあるのですが、
舞台の存在感は抜群です。

その彼女に「召使を孕ませたおぼっちゃん」を演じさせる、
という捻った趣向がさすが松尾さんという感じで、
非現実的なキャラクターが、
舞台上では見事に具現化されていました。

歌もなかなか良かったですね。
全部上手い訳ではないのですが、
「レ・ミゼラブル」もう1回見てもいいかな、
なんて思ってしまいましたし、
キャロル・キングの「きみの友だち」を聞いたら、
LPで「つづれおり」を聴きたくなりました。
あの辺はもう青春ど真ん中で、
それもいい思い出なんて何もなかったですからね。
思い出すだけで胸が切なくて痛いような気分になります。

ちょっと不満は、
歌舞伎の「勧進帳」のパロディがあるんですね。
妙に長くて、
結構マニアックに原典を使っているのですが、
杉原邦生さんの演出作品でした。
僕は矢張りあの人はどうも合わないな、と感じました。
クドイよね。
基本的に古典芸能のパロディというのは、
原典への理解や愛はないものが殆どで、
なまじ知識があるとこうしたクドイものになるので、
そんなものやらない方がいいのに、
といつも思っています。

そうした不満はありながらも、
トータルには非常に豪華で充実した舞台で、
とても良い気分で劇場を後にすることが出来ました。

出演者の皆さん、松尾スズキさん、
本当にありがとうございました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(2)  コメント(0) 

赤堀雅秋「白昼夢」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
白昼夢.jpg
赤堀雅秋さんの新作に、
赤堀さんを含む魅力的な5人のキャストが揃い、
濃厚な家族劇が今下北沢の本多劇場で上演中です。

荒川良々さんがいつものとぼけた持ち味を封印して、
高齢の父親と2人で暮らす、
引きこもりの40代中年男を演じ、
その父親に風間杜夫さん、
兄に三宅弘城さんが扮し、
引きこもりのサポートをするNPO法人の訳アリの職員に、
赤堀さんと人気者の吉岡理帆さんが扮します。

以下少しネタバレがあります。
観賞予定の方は、
必ず鑑賞後にお読みください。

これは1時間35分ほどの、
季節に合わせた4場に分かれた短い1幕劇で、
岩松了さんの家庭劇にとても近いスタイルです。
ダラダラした日常会話の中に、
何か不穏な空気のようなものが流れ、
引きこもり男が死刑になるために犯罪を犯すと言ったり、
メンヘラの吉岡さんが手首に包帯を巻いていたり、
急に号泣したり。
突然兄が弟の首を絞めたりと、
チラチラ暴力的な要素が垣間見えながら、
全体は抑制的に終始し、
背後で進行している愛憎劇が、
どのように展開し終結したのかは、
舞台上で明確に示されることはありません。
ラストは春で引きこもり男は家を出るのですが、
誰もが幸福になることはなく、
この世界の生きづらさが嫌が上にもクローズアップされ、
拾って来た王冠のようなトロフィーを持たされて、
父親が死ぬことを暗示して終演となります。

悪くはないのですが、
これなら岩松了さんには適わないな、
という感じがしますよね。

赤堀雅秋さんの芝居は、
僕は最近とても好きなのですが、
岩松スタイルを下敷きにしながら、
もっと下世話で猥雑でドラマチックな部分があるでしょ。
今回はコロナ禍で短い上演時間が確定事項であったと思うので、
あまり遊びの余地がなく、
終始抑制的なタッチで展開されていました。

もう少し時間を使って、
もう1シチュエーションくらいは入れて、
お話を膨らませて欲しかったな、
という気はしました。

これね、父親役の風間さんは、
つかこうへい事務所のかつての大スターでしょ。
兄の三宅さんはナイロン100℃で、
弟の荒川さんは大人計画でしょ。
赤堀さんはそうした人達にあこがれて、
演劇の道に入ったのだと思いますし、
その赤堀さんが連れて来る吉岡さんは、
今のテレビのスターで人気者ですよね。

これは明らかに意図的なキャスティングで、
小劇場の歴史とその行き詰まりみたいなものを、
同時に映している、という感じがあるんですね。
ナイロン100℃はあちこちに手を出して、
サラリーマン的に成功しているのですが、
モヤモヤも抱えているんですね。
一方で大人計画は華々しくデビューしたものの、
最近は確かに「偉大な引きこもり」という感じのポジションでしょ。
テレビのスターがメンヘラで、
ニーチェのありがちな引用とか、
途中で吉岡さんが「夏の夜の夢」を演じてみせたり、
極めつきはラストで王冠を持った風間さんの死ですかね。
これ多分全部裏の意味があるんですね。
それを傍観者的に赤堀さんが見ている、
小劇場演劇の死を見守っている、
というのがこの作品の裏テーマなのかも知れません。

そんな訳で、
人気者の吉岡さんにメンヘラこじらせ少女を演じさせて、
いきなり号泣させたりの無茶ぶりもさせていますし、
風間さんの不死鳥のような元気さや、
荒川さんの新生面も面白く、
個人的には不満もあるのですが、
また赤堀作品には定期的に足を運びたいな、
と思わせるお芝居でした。
ある意味とても豪華です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「ほんとうのハウンド警部」(2021年小川絵梨子演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ほんとうのハウンド警部.jpg
トム・ストッパードの初期のメタフィクション的お芝居が、
今渋谷のシアターコクーンで上演されています。

以下少しネタバレがあります。
まだ上演中ですので、
感激予定の方は観劇後にお読み下さい。

これは1時間15分ほどの短いお芝居で、
最初に劇評家2人が劇場の客席で出会い、
2人が観ているミステリー芝居が、
実際に再現して演じられます。
舞台に出演している女優と劇評家の1人に関係があったことから、
劇評家の1人が舞台上に上がると舞台の一部になってしまい、
最終的には劇評家は2人とも舞台に取り込まれ、
そして死んでしまいます。

非常に才気迸るという感じの技巧的なお芝居で、
上演したくなる気持ちは分かります。
短いところも魅力ですね。
端役まで必要以上に豪華な顔ぶれなので、
おそらくはもう少し大作を上演するつもりであったのが、
コロナ禍のため上演時間の短い作品に、
変更されたのではないか、と推察されます。

ただ、難しいのは客席と舞台という関係性を、
どのようにして演出するかという点です。

普通に考えると、
本物の客席の一部で、
評論家2人が議論するような演出を、
したくなります。

しかし、客席の一部で演技をするのは、
声も通りにくいですし、
何より見づらいですよね。

小劇場ならまた別ですが、
通常の中劇場以上での演出としては、
あまり効果的ではないという気がします。

これが蜷川幸雄さんであれば、
無理矢理でも客席でのお芝居を実現されたのではないか、
という気がします。
コクーンであれば客席の一部と取り払うようなことが出来ますから、
舞台前方の中央部の客席を廃して、
それを別舞台にして上演したのではないでしょうか?

ただ、今回の演出の小川絵梨子さんは、
そうした方法はとらず、
客入れの時には舞台に鏡を設置して、
本当の客席が舞台の鏡に映り込むようにして、
舞台が始まると、
その後方に客席が現れる、
という趣向で演出しています。

これはこれでちょっと詰まらなくはあるのですね。
舞台上で全てが完結してしまうので、
せっかくのメタフィクション的な趣向が、
あまり意味のないものになってしまうからです。

その点の不満はあるのですが、
端役まで非常に豪華な顔ぶれで、
まずは演劇の愉楽を楽しむことが出来ました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「月影花之丞大逆転」(Yellow 新感線) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日出クリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
月影大逆転.jpg
劇団新感線の新作が今池袋の東京建物Brillia Hallで上演されています。
このホールは初めてですが、
ミュージカル向けのまずまず観やすいホールですね。
ヒカリエのシアターオーブみたいな感じですが、
外からすぐには入れるのが良いのです。

今回は客席を半分にしての上演です。

新感線としてフルスロットルではない小規模公演、
というように、いのうえひでのりさんが言っていて、
劇場は大きいのですが、キャストは11人だけですし、
内容も木野花さんが座長の劇団のお話ですから、
こじんまりした内容ですよね。
休憩なし2時間5分という上演時間も、
感染リスクを避けるための対策であるようです。

うーん。今回は今一つでしたかね。

劇団ものというのは、結局「劇中劇」になるでしょ。
「劇中劇」はシェイクスピアが得意にした古い形式ですから、
演劇的であることはそうなのですが、
中途半端になりがちですよね。
今回はしかもオープニングが「座頭市」で、
クライマックスが「アルプスの少女ハイジ(トライの家庭教師版)」、
というのも面白みが乏しいと感じました。
せっかく古田新太さんと阿部サダヲさんが対決するのに、
それがハイジとおじいさんの対決というのは、
あまりにしょぼくないですかね。
もっと心浮き立つ対決が見たかったな、
というのが正直なところです。
かつての「新感線名場面集」でも良かったのじゃないかしら。
その辺が今回は少し残念でした。

今回一番元気だったのが木野花さんでしたね。
力押し爆発で素敵でした。
それに比べると古田さんも阿部さんも、
全力とは言い難い感じで、
こちらも少し残念でした。

いつもの新感線女優陣が、
歌に踊りに大活躍というのは良かったですね。
山本カナコさん、中谷さとみさん、保坂エマさんで、
暗闇坂666というアイドルをデスメタルみたいに演じるところ、
素敵でしたね。
もう少し沢山観たいと思いました。

ゲストの西野七瀬さんはさすがでしたね。
いつものやる気があるのかないのか、
分からないような雰囲気なのですが、
それで決めるところは決める、
というのがいいんですね。
最初のX星人は、
いのうえさんもしてやったり、
というところではないでしょうか?

そんな訳で不満もあるのですが、
脱力しつつ楽しめる唯一無二の世界で、
まずは戻って来てくれてありがとう、
という感じのお芝居でした。

頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

劇団「地蔵中毒」第13回公演 無教訓意味なし演劇vol.13『宴たけなわ 天高く円越える 孫世代』 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
地蔵中毒.jpg
ただ馬鹿馬鹿しいだけの演劇、を、
精力的に上演し続けている劇団「地蔵中毒」の、
新作公演に出掛けました。

この劇団は2年前に一度観に行って、
今回が2回目です。

松尾スズキさんをリスペクトしていて、
今回は松尾さんとのリモート対談の企画もあるようです。
そうしたこともあるのか、
今回の作品はかなり大人計画の初期作に近い雰囲気で、
怪しげなバーでダラダラした会話の続くところとか、
夏祭りの日のいたずらで少女を殺してしまった少年が、
少女を蘇らすために、
人生を賭けてデタラメに生き、
もう1つのデタラメな地球を創造して、
かつての夏祭りが再現されるという筋立てにしても、
松尾イズムの影響が強く感じられます。

今回は前回の公演と比較して、
演出はかなり洗練されていて、
ゆっくりと時間を掛けた暗転や、
暗転中のドタバタした音など、
ゆるい部分も残っているのですが、
オープニングの独白から、
映像とコラボした着ぐるみのイノシシとのアクション、
そしてスタイリッシュなダンスへの移行など、
とても洗練された段取りで感心しました。
ラストも巨大な観音様の作り物から、
電飾に輝く夏祭りの風景が現れるという奇想が素敵でした。

ただ、デタラメと言う割には展開は予定調和的で、
展開自体のデタラメさが、
予想外の方向に舞台を牽引する、
という感じがあまりないのが、
少し物足りない感じがします。
役者さんも皆面白くて楽しいのですが、
舞台の枠を超えたテンションという感じはないので、
そのおとなしい感じが、
こちらもちょっと物足りなく感じます。

そんな訳で不満もあるのですが、
個人的には「この社会を何とかしなきゃ」みたいなお芝居より、
こうした「無教訓意味なし」のお芝居の方が、
100倍くらいは好きなので、
変に頭の偏差値を上げることなく、
これからも頑張って欲しいと思います。

今後劇団がどういう方向に進むのか、
期待しつつこれからも劇場に足を運びたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

「帰還不能点」(劇団チョコレートケーキ第33回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
帰還不能点.jpg
劇団チョコレートケーキの新作公演が、
今池袋のシアターイーストで上演されています。

最近は太平洋戦争を素材に扱うことが多いチョコレートケーキですが、
今回は日中戦争の泥沼から日米開戦に至る、
日本の指導層の政治判断の誤りを、
当時模擬内閣で政策研究に従事した、
当時のエリートの若者のその後を描いて、
「負けることの分かっている戦争を何故止められなかったのか」
という苦悩に収斂される物語です。

総力戦研究所や模擬内閣という、
あまり知られていない挿話から、
過去の失敗を実証的に突き詰めようとする辺り、
いつもながら作者の切り口は鮮やかです。

近衛文麿や東条英機、松岡洋右の行動を検証するのに、
当時の若手官僚が敗戦5年後の1950年に居酒屋に集まり、
そこで過去を回想して、
劇中劇として演じるという凝った構成です。
複数の俳優が同じ人物を演じたりもするので、
普通ゴタゴタとして観づらくなるところですが、
若手官僚としてもキャラが立っていて、
役者さんの芝居も非常にくっきりとしているので、
すんなりとその世界を咀嚼出来る点がさすがです。

この辺り、作者と演出、
演者のチームプレイの勝利という感じがします。

後半は戦争拡大を止められなかった責任を悔いて、
静かに死んで行った1人の官僚の死に収斂し、
ラストはもう一度模擬裁判が行われて、
模擬内閣として対米戦を止めるところで終わります。

戦後史の勉強にもなりますし、
工夫されていて面白く観られるお芝居です。

ただ、こうした作品ではいつものことですが、
今の感覚で当時を断罪しているようところがあり、
「戦争自体がより身近なものとして存在していた」
当時の現実をやや無視しているような感じはあります。
1950年を「現在」としている作品なのですから、
登場人物たちにもっと1950年に出来ることを、
模索して欲しかったように個人的には思いました。
確かに1人の官僚の死が描かれますが、
随分と象徴的な描かれ方で、
扱いもやや唐突でこなれていない印象はありました。

また、敗戦が悪ということになると、
勝てば善ということになり、
戦争自体の否定には繋がらないのではないか、
というような疑問も感じました。
また、ラストには世論操作をして、
世間の戦争熱を冷まそう、
というような趣旨の台詞があり、
作者の考える「正義」の一貫性に、
ちょっと揺らぎを感じるような部分もありました。

昭和16年の南部仏印侵攻が仮に中止されたとして、
その時点でドイツと縁を切り、
中華民国と講和交渉をしていたらどうなったのか、
本当に米国との関係は改善した可能性があるのか、
仮想世界としてはその後がどうなったのか、
その後も描いて欲しかったというようにも感じました。

そんな訳で如何にも劇団チョコレートケーキらしい、
力感あふれる知的なお芝居でした。
ただ、最近の作品は以前と比べて、
内容の振り幅は小さく、
観客を選ぶ芝居になっているという点は、
ちょっと残念にも思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(6)  コメント(0) 

井上ひさし「薮原検校」(2021杉原邦生演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
薮原検校.jpg
井上ひさしさんの「薮原検校」が、
新生パルコ劇場のオープニングシリーズの一環として、
木ノ下歌舞伎の杉原邦生さんの演出と、
歌舞伎の市川猿之助丈の出演で上演されています。

この作品は非常に思い入れの強い芝居で、
唐先生の「吸血姫」、佐藤信の「阿部定の犬」、
などと並んで、僕にとっては特別な意味を持つ戯曲です。
なので、もう何度も観ていますし、
戯曲も読んで台詞も殆どは覚えているくらいですが、
それでも上演機会があると、
大したことはないだろうな、
どうせ過去の思い出を汚されるだけだろうな、
などとは思いながらも、
ついつい観に行ってしまいます。

井上ひさしさんの、
これは比較的初期の芝居で、
初演は1973年の西武劇場です。
要するに旧パルコ劇場ですね。
当時はアングラの全盛期で新劇は肩身の狭い感じであったのですが、
アングラ芝居のエッセンスや歌舞伎のエッセンスを取り込んで、
新劇ながらアングラに負けない面白さを持つお芝居、
を目指して作られたものです。

井上ひさしさんのお芝居としては、
暗黒時代劇として完成度の高いもので、
木村光一さんの演出がまた、
アングラへの憧憬に満ちた力の入ったものでした。

僕が最初に観たのは1979年の紀伊國屋ホールで、
高橋長英さんがタイトルロールを演じ、
財津一郎さんや金内喜久夫さんも初演と同じキャストでした。

これは最初から最後まで興奮の連続で、
最後に巨大にデフォルメされた薮原検校の人形が、
舞台上に高々と吊り上げられ、
それが切断される場面の衝撃は、
今でも鮮烈に記憶しています。
これは実際にはアングラのパロディ的なもので、
その物真似的なものでもあったのですが、
僕にとってはこれがアングラ初体験と言って良いものだったので、
素直にその演出や手法の全てに感動し興奮したのです。

その後この作品は木村光一演出の傑作として、
再演を繰り返しましたが、
次第に経年劣化といって良い状態となりました。
1990年代に一度再演を観ましたが、
これは酷くて本当にガッカリしました。

それから蜷川幸雄さんがシアターコクーンで、
蜷川流の「薮原検校」を上演しました。
主役は古田新太さんでした。
この上演は確かに新鮮なところはあったのですが、
古典の語り物をパロディで語る場面などは、
古田さんの藝質には合っていませんでした。

その後2012年に野村萬斎さんが主役を演じた上演があり、
これは木村演出を意識した上で、
その上を狙った意欲的な上演で、
「薮原検校復活」を強く感じた素敵な舞台でした。
語り手の盲太夫には浅野和之さんで、
塙保己一役には小日向文世さんというキャストも強力で、
初演のトリオに匹敵するものでした。
この演出は再演もされましたが、
浅野和之さんが出たのは初演のみだったので、
再演はかなりボルテージは低いものになりました。

そして今回の上演は、
歌舞伎に造詣の深い杉原邦生さんの演出で、
歌舞伎の市川猿之助丈が主役を演じるというもので、
何を今更、という感じもあったのですが、
どんなものだろうと思って出掛けました。

これね、ニューヨークの裏町みたいなセットが外枠にあるので、
何か嫌だなあ、という気分になったのですが、
始まってみると意外にオーソドックスな演出でした。

最初に「緑内障」を「あおそこひ」と言う台詞があるのですが、
これを「りょくないしょう」と読んでいました。
「こんなことしちゃ駄目じゃん」と思ったのですが、
語り手は川平慈英で、
どうやら語り手は現代人で、
過去の物語を語るという趣向にしているようなのですね。
それでも如何なものかな、という気はしましたが、
意図はまあ分かりました。

この芝居は多くの役を6人の役者が、
代わる代わる演じるという趣向で、
どの役は誰、という指定は何もないのですね。
原作にはキャストは6人と書いてありますが、
今回の上演では6人以上出演しているので、
まあ何でもありなのです。
上演によってその割り振りが違うのですが、
今回は三宅健さんが出演するので、
通常より多くの役柄を、
三宅さんに割り振っています。
頑張っていましたが、
塙保己一役を三宅さんがやるのは、
猿之助丈より明らかに若く見えるので、
失敗であったように思います。
松雪泰子さんは抜群に良かったですね。
とてもとても良い舞台役者になったと思います。

演出は…うーん。
もっと工夫が欲しかったようには感じました。
ラストは木村演出のように人形を吊して切断するのですが、
リアルな大きさのマネキンみたいな人形なので、
あまりショッキングではなく詰まらないのですね。
これは原作には「人形を使う」なんて何処にも書いてはいないので、
もっと別の演出を、
せっかくだから見せて欲しかったと思いました。
また、誰がどの役をやってもいいのですから、
猿之助丈が早変わりで数役を演じてもいいと思いますし、
もっと盛り上げる部分は盛り上げて欲しかったですね。
せっかくだからもっと歌舞伎に振り切ったバージョンを、
見せて欲しかったと思いました。
出自の全く違う役者のぶつかり合いを見せたかったんだと思いますが、
結果的には猿之助丈が力押しに押しきって、
松雪泰子さん以外は一歩引いた感じになってしまいましたよね。
これではバランス的に詰まらないなと感じました。

トータルに、
これまでのこの作品の演出を、
特に木村演出を変えたかったのか変えたくなかったのか、
よく分からないという感じの上演で、
やや中途半端に終わった、という感じがありました。

「薮原検校」は僕の最愛の戯曲の1つには間違いがないのですが、
今回改めて見なおして、
さすがに古くなったな、とも感じました。
初演当時はとても衝撃的で斬新であった作品のテーマが、
今は矢張り色あせて感じます。
現代のように過去の考えや文化を全否定しても平気、
という世の中では、
時代を超えて残る作品というのは、
不可能に近いものなのかも知れません。

切ないですね。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

「1986年:メビウスの輪」(福島三部作第二部 TPAM2021年再演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

日曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
福島三部作.jpg
谷賢一さんが綿密な取材を元に、
福島原発事故に至る福島の軌跡を、
三部作としてそれぞれ2時間ほどの3本の芝居にまとめ、
2018年に第一作が発表され、
2019年には東京でも3部作の一挙上演が行われました。

僕は第一部はアゴラ劇場での初演を観て、
第三部は池袋芸術劇場での公演を観ましたが、
第二部のみは観ることが出来ませんでした。

特に第三部には非常な感銘を受けたので、
第二部を観られていないことが悔やまれてなりませんでした。

今回国際舞台芸術ミーティング in 横浜2021の一環として、
再演が行われたので、
これは是非、と思い劇場に駆けつけました。

この三部作は、
第一部が原発誘致を決めた1961年を、
第二部がチェルノブイリの事故が起きた1986年を、
そして第三部が福島原発事故の2011年を舞台にしています。
それを双葉町の町長を務めた人物の一家の、
年代記的に構成した構成がなかなかユニークで、
3作とも異なったスタイルが取られています。

このうち第三部は敢えて事故が少し落ち着いた、
2011年の暮れ頃を舞台にして、
双葉町周辺の多くの生の「声」を、
詩集のようにまとめた最もシリアスな作風で、
第一部は犬が喋ったりダンスを踊るような、
児童劇的手法も取りながら、
まだ原発が「科学の夢」であった時代の、
牧歌的な世界と将来の悲劇の落差を描いています。
そして、この第二部は、
RCサクセションの「サマータイム・ブルース」をテーマ曲として、
そこで揶揄された「原発は安全だ」の発言をした町長の、
そこに至った道程を、
やや戯画的に描いています。

これはテーマ的には一番重いもので、
原発反対の活動家であった主人公が、
町長選挙に「原発賛成派」として立候補して当選する、
という「変節」の奥にあるものを描いています。
その後すぐにチェルノブイリの事故が起こるので、
自分が最もそれまで軽蔑していた筈の行為を、
「原発は安全だ」と旗振りをする行為をするに至るのです。

日本の演劇史上を振り返っても、
これ以上に興味深く魅力的な人物像はなく、
そこには人間の持つ業のようなものが、
刻印されているように思えます。

特にラストで主人公が語ることの出来なかった思いを、
妻を前にして語ろうとする瞬間に、
孫が出来たという知らせが届いて、
その「家族の幸せ」の前に、
「福島の将来」が葬り去られてしまうという苦さは、
この三部作の中で最も深く心を抉る場面です。

このように非常に深く魅力的なテーマを持つ本作ですが、
その演劇としての見せ方というか、演出方針というか、
その点についてはかなり疑問を持ちます。

演技はかなりカリカチュアされていて、
リアルさは乏しく、
死んだ犬が語り手になって、
ダンスを踊ったりするのは、
個人的にはあまり作品の内容に合った演出とは思えません。

「サマータイム・ブルース」は、
確かに内容を象徴するような楽曲ではありますが、
音楽としての力が強すぎるので、
それが大音響で流れた瞬間に、
主人公の心理のような繊細な描写は、
全て観客の頭からは消えてしまいます。

記者会見の前に主人公が隈取りの化粧をする、
という趣向はどうでしょうか?
意図は勿論分かりますが、
これも内容の繊細さを、
大雑把な演出で消してしまう行為であったように、
個人的には思いました。

この作品はシリアスな会話劇としても、
充分そのままで成立する芝居だと思うので、
これはこれとして、
また別個の演出とキャストで、
是非上演を続けて欲しいと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0)