秋元松代「元禄港歌ー千年の恋の森」(2015年再演版) [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日もバタバタしていてこんな時間になってしまいました。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
1980年代に平幹二郎主演で初演された、
蜷川幸雄演出の「元禄港歌」が、
今渋谷のシアターコクーンで上演されています。
この作品は初演は観ていません。
秋元松代作・蜷川幸雄演出の作品は、
帝国劇場を舞台に「近松心中物語」で始まり、
これが大好評で蜷川演出の代表作の1つとなったので、
その次にほぼ同じスタッフで作られた新作が、
この「元禄港歌」です。
このシリーズは更に「南北恋物語」と続き、
この作品だけは初演の帝劇で観ていますが、
かなり凡庸で作品にも面白みがなく、
演出も最初は老婆が出て来て覗きカラクリを覗いてスタートする、
というNINAGAWAマクベスそっくりの趣向など、
何か興ざめに感じて悪い印象しか残っていません。
要するに「近松心中物語」の熱気を、
2作目、3作目と引き継ぐことは出来ず、
3作目は凡作に終わってしまったので、
これでシリーズは打ち止めになったと記憶しています。
ただ、この「元禄港歌」は、
かなり蜷川幸雄さんの趣味嗜好が、
濃厚に表現された特異な作品で、
意外に見応えのある面白い作品でした。
主役が平幹二郎さんと比較すると、
軽い飄々としたタッチの段田安則さんになり、
瞽女のボスに市川猿之助を起用して、
「藝能の芝居」であることを鮮明にしたので、
より作品のテーマが鮮明になったと思うのです。
筋を知らないとかなり仰天するようなラストを迎えるので、
観劇予定の方はネタバレは読まずにご観劇下さい。
ただ、「藝能の芝居」に興味のない方には、
「なんだこりゃ!」という感じの感想になるかも知れません。
観る人をかなり選ぶ感じの芝居です。
以下ネタバレを含む感想です。
元禄時代が舞台ですが、
観た印象としてはもう少し時代は下る感じのビジュアルです。
関西の筑前屋という商人の一家は、
市川猿弥扮する主人は養子で、
店の実権はむしろ新橋耐子扮する妻にあります。
2人の息子がいて、
段田安則扮する長男は、
江戸の店の切り盛りを任されている実直で控えめな性質で、
高橋一生扮する次男は遊び人で軽い性格です。
しかし、実は段田安則の母親は新橋耐子ではなく、
町を訪れた猿之助扮する盲目の瞽女で、
かつて猿弥と一夜の関係をもって生まれた子供なのです。
段田安則も薄々そのことを知っていて、
自分は商人として生きることは合わないと感じています。
猿弥の主人は身代を長男の段田安則に譲ろうと考え、
そのために江戸から彼を呼び寄せるのですが、
その当日に実の母親である猿之助の角付けの一行が、
町を訪れます。
角付けの一行には、
矢張り盲目で美しい瞽女の宮沢りえと、
高橋一生と密かに情を通じている、
鈴木杏演じる瞽女がいます。
段田安則は宮沢りえに運命的なひとめぼれをして、
一夜を共にします。
鈴木杏と高橋一生を引き離そうとして、
新橋耐子は大石継太扮する職人を、
鈴木杏と結婚させるのですが、
大石継太は非常に嫉妬の強い性質で、
高橋一生と妻との関係を知ると、
高橋に復讐をしようと、
能舞台のシテを演じている高橋の顔面に、
毒を投げつけます。
しかし、それは危険を察して入れ替わった、
段田安則の顔であったのです。
大石継太により鈴木杏も殺され、
大石自身も自死して果てます。
段田安則の顔は毒で侵され盲目になりますが、
「これで良かった」と段田は言い、
実の母である猿之助と契を交わした宮沢りえと共に、
「通常の人間の世界」から、
「藝能人の世界」へと去ってゆきます。
お分かりのように、
ベースになっているのは「オイディプス王」などのギリシャ悲劇です。
江戸時代でギリシャ悲劇をやろう、
というのがこの作品の1つ目のコンセプトです。
もう1つのコンセプトは、
日本の古典的な藝能を、
特に藝能という世界でしか生きられない、
その時代の階層では「非人」とされている一群の人々と、
それ以外の一般の社会という2つのせめぎ合いとして描き、
実際の藝能を多く舞台に登場させる、
ということです。
クライマックスは能舞台で、
かなりリアルに能の一場面が再現されますし、
瞽女の一団は三味線で瞽女唄を披露し、
歌舞伎化もされている信田の狐の話を、
歌舞伎俳優である猿之助が語ります。
念仏唄も念仏衆により披露されます。
そして、テーマ曲は昭和の藝能の巨人である、
美空ひばりのオリジナルが使われています。
作品の前半はかなりスローペースで展開し、
各場面の初めには、
かなりの時間を割いて作品のストーリーとは直接は関係しない、
藝能の描写が置かれています。
第一部のラストは段田安則と宮沢りえの濡れ場なのですが、
濡れ場自体は描かれず、
諸国をさまよう親子のイメージカットに、
美空ひばりのテーマ曲が延々と流れるだけです。
ストーリー重視として見れば、
あり得ないような時間の使い方なのですが、
実はこの藝能の場面が、
ある意味この作品の主役なのです。
そして、後半は急転直下能舞台の毒投げから、
ドロドロした壮絶なドラマが展開し、
能舞台の背景に巨大な赤い月が出現し、
それが荒海に変わって再度松羽目の壁に戻るという、
如何にも蜷川演出らしい、
クライマックスを迎えるのです。
後半はなかなか壮絶で見応えがありました。
演出は初演時のものと比較すると、
おそらくかなりコンパクトで簡素になっています。
背後に広がる椿の森などは、
正直もう少し雄大で豪華であって欲しかったと思いますが、
かなり予算面では制約があったのではないかと感じました。
オリジナルの美術の朝倉摂さんが、
亡くなっていることも大きいと思います。
ただ、今回の作品はコンパクトにまとまっている点が、
長所でもあって、
原作と演出の蜷川さんの意図は、
今回の再演の方がより強く伝わったのではないでしょうか?
役者は安定感のある布陣で、
主役の段田さんの哀れさも良かったですし、
新橋耐子と市川猿弥の円熟した夫婦の芝居が、
古く良き新派の香気を感じさせました。
新派の芝居をリニューアルすることが、
蜷川さんが秋元戯曲を演出した意図の1つでもあると思うので、
その意図は十分に達成されていたと思います。
宮沢りえさんはこの役にはもったいないくらいなのですが、
文句なく美しく、
鈴木杏さんも高橋一生さんも誠実な良い芝居でした。
惜しむらくは僕の観た日は猿之助丈の声の調子が悪く、
ややブレーキになっていたのが残念でした。
全ての方にお勧め出来る舞台ではありませんが、
蜷川さんの本質が出た、
ある種会心作の1つではあると思うので、
蜷川さんが本当にやりたかった芝居とはどういうものなのか、
体感したい方にはお勧めしたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い連休をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日もバタバタしていてこんな時間になってしまいました。
今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
1980年代に平幹二郎主演で初演された、
蜷川幸雄演出の「元禄港歌」が、
今渋谷のシアターコクーンで上演されています。
この作品は初演は観ていません。
秋元松代作・蜷川幸雄演出の作品は、
帝国劇場を舞台に「近松心中物語」で始まり、
これが大好評で蜷川演出の代表作の1つとなったので、
その次にほぼ同じスタッフで作られた新作が、
この「元禄港歌」です。
このシリーズは更に「南北恋物語」と続き、
この作品だけは初演の帝劇で観ていますが、
かなり凡庸で作品にも面白みがなく、
演出も最初は老婆が出て来て覗きカラクリを覗いてスタートする、
というNINAGAWAマクベスそっくりの趣向など、
何か興ざめに感じて悪い印象しか残っていません。
要するに「近松心中物語」の熱気を、
2作目、3作目と引き継ぐことは出来ず、
3作目は凡作に終わってしまったので、
これでシリーズは打ち止めになったと記憶しています。
ただ、この「元禄港歌」は、
かなり蜷川幸雄さんの趣味嗜好が、
濃厚に表現された特異な作品で、
意外に見応えのある面白い作品でした。
主役が平幹二郎さんと比較すると、
軽い飄々としたタッチの段田安則さんになり、
瞽女のボスに市川猿之助を起用して、
「藝能の芝居」であることを鮮明にしたので、
より作品のテーマが鮮明になったと思うのです。
筋を知らないとかなり仰天するようなラストを迎えるので、
観劇予定の方はネタバレは読まずにご観劇下さい。
ただ、「藝能の芝居」に興味のない方には、
「なんだこりゃ!」という感じの感想になるかも知れません。
観る人をかなり選ぶ感じの芝居です。
以下ネタバレを含む感想です。
元禄時代が舞台ですが、
観た印象としてはもう少し時代は下る感じのビジュアルです。
関西の筑前屋という商人の一家は、
市川猿弥扮する主人は養子で、
店の実権はむしろ新橋耐子扮する妻にあります。
2人の息子がいて、
段田安則扮する長男は、
江戸の店の切り盛りを任されている実直で控えめな性質で、
高橋一生扮する次男は遊び人で軽い性格です。
しかし、実は段田安則の母親は新橋耐子ではなく、
町を訪れた猿之助扮する盲目の瞽女で、
かつて猿弥と一夜の関係をもって生まれた子供なのです。
段田安則も薄々そのことを知っていて、
自分は商人として生きることは合わないと感じています。
猿弥の主人は身代を長男の段田安則に譲ろうと考え、
そのために江戸から彼を呼び寄せるのですが、
その当日に実の母親である猿之助の角付けの一行が、
町を訪れます。
角付けの一行には、
矢張り盲目で美しい瞽女の宮沢りえと、
高橋一生と密かに情を通じている、
鈴木杏演じる瞽女がいます。
段田安則は宮沢りえに運命的なひとめぼれをして、
一夜を共にします。
鈴木杏と高橋一生を引き離そうとして、
新橋耐子は大石継太扮する職人を、
鈴木杏と結婚させるのですが、
大石継太は非常に嫉妬の強い性質で、
高橋一生と妻との関係を知ると、
高橋に復讐をしようと、
能舞台のシテを演じている高橋の顔面に、
毒を投げつけます。
しかし、それは危険を察して入れ替わった、
段田安則の顔であったのです。
大石継太により鈴木杏も殺され、
大石自身も自死して果てます。
段田安則の顔は毒で侵され盲目になりますが、
「これで良かった」と段田は言い、
実の母である猿之助と契を交わした宮沢りえと共に、
「通常の人間の世界」から、
「藝能人の世界」へと去ってゆきます。
お分かりのように、
ベースになっているのは「オイディプス王」などのギリシャ悲劇です。
江戸時代でギリシャ悲劇をやろう、
というのがこの作品の1つ目のコンセプトです。
もう1つのコンセプトは、
日本の古典的な藝能を、
特に藝能という世界でしか生きられない、
その時代の階層では「非人」とされている一群の人々と、
それ以外の一般の社会という2つのせめぎ合いとして描き、
実際の藝能を多く舞台に登場させる、
ということです。
クライマックスは能舞台で、
かなりリアルに能の一場面が再現されますし、
瞽女の一団は三味線で瞽女唄を披露し、
歌舞伎化もされている信田の狐の話を、
歌舞伎俳優である猿之助が語ります。
念仏唄も念仏衆により披露されます。
そして、テーマ曲は昭和の藝能の巨人である、
美空ひばりのオリジナルが使われています。
作品の前半はかなりスローペースで展開し、
各場面の初めには、
かなりの時間を割いて作品のストーリーとは直接は関係しない、
藝能の描写が置かれています。
第一部のラストは段田安則と宮沢りえの濡れ場なのですが、
濡れ場自体は描かれず、
諸国をさまよう親子のイメージカットに、
美空ひばりのテーマ曲が延々と流れるだけです。
ストーリー重視として見れば、
あり得ないような時間の使い方なのですが、
実はこの藝能の場面が、
ある意味この作品の主役なのです。
そして、後半は急転直下能舞台の毒投げから、
ドロドロした壮絶なドラマが展開し、
能舞台の背景に巨大な赤い月が出現し、
それが荒海に変わって再度松羽目の壁に戻るという、
如何にも蜷川演出らしい、
クライマックスを迎えるのです。
後半はなかなか壮絶で見応えがありました。
演出は初演時のものと比較すると、
おそらくかなりコンパクトで簡素になっています。
背後に広がる椿の森などは、
正直もう少し雄大で豪華であって欲しかったと思いますが、
かなり予算面では制約があったのではないかと感じました。
オリジナルの美術の朝倉摂さんが、
亡くなっていることも大きいと思います。
ただ、今回の作品はコンパクトにまとまっている点が、
長所でもあって、
原作と演出の蜷川さんの意図は、
今回の再演の方がより強く伝わったのではないでしょうか?
役者は安定感のある布陣で、
主役の段田さんの哀れさも良かったですし、
新橋耐子と市川猿弥の円熟した夫婦の芝居が、
古く良き新派の香気を感じさせました。
新派の芝居をリニューアルすることが、
蜷川さんが秋元戯曲を演出した意図の1つでもあると思うので、
その意図は十分に達成されていたと思います。
宮沢りえさんはこの役にはもったいないくらいなのですが、
文句なく美しく、
鈴木杏さんも高橋一生さんも誠実な良い芝居でした。
惜しむらくは僕の観た日は猿之助丈の声の調子が悪く、
ややブレーキになっていたのが残念でした。
全ての方にお勧め出来る舞台ではありませんが、
蜷川さんの本質が出た、
ある種会心作の1つではあると思うので、
蜷川さんが本当にやりたかった芝居とはどういうものなのか、
体感したい方にはお勧めしたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い連休をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
2016-01-09 23:25
nice!(11)
コメント(2)
トラックバック(1)
「納豆と肝臓癌」という項目で検索、ここに到着。「骨粗鬆症」予防薬使用についても参考になりました。演劇のご造詣に感服。『元禄港歌』初演は観ております。よろしければ上記URLご訪問くださいませ。
なおわが連れ合いが、乳がん治療後の補助療法として、アロマターゼ阻害剤を服用中で、骨粗鬆症の傾向あり、半年に1回のプラリア(デノスマブ)注射、そのためデノタスチュアブル錠を毎日服用しております。
by 渡辺勉 (2016-09-23 14:58)
渡辺さんへ
コメントありがとうございます。
サイトも拝見しました。
「元禄港歌」初演をご覧になったとのこと、
本当に羨ましいです。
今後ともよろしくお願いします。
by fujiki (2016-09-24 06:15)