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「Le Fils 息子」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
息子.jpg
フランスの劇作家で映画監督のフロリアン・ゼレールの作品2作品が、
今池袋の芸術劇場で同時上演されています。

これは家族3部作として知られるもので、
発表順に「母」、「父」、「息子」の3作が書かれ、
そのうちの「母」と「息子」が、
メインキャストは同一で上演されています。

ゼレールを知ったのは、
「父」を映画化した「ファーザー」で感銘を受けたことが最初で、
認知症の「父」の内面世界を、
現実と幻想が入り混じる、
心理ミステリーのように描いた傑作でした。

戯曲は日本でも既に上演されていたのですが、
未見であったことをとても後悔しました。

「息子」も作者自身の監督で「The Son 息子」として、
2022年に映画化され、2023年に日本公開されています。

これは観るかどうか非常に迷ったのですが、
矢張り戯曲はまず舞台で観たいという思いが強かったので、
映画は敢えて鑑賞せず、
今回の舞台を観てから、
改めて配信で映画版も観ました。

これはどう考えても舞台版の方が素晴らしくて、
映画は「ファーザー」のような成功はしていませんでした。

戯曲は家族3部作の中でも完成度は抜群に高くて、
現実と幻想が混合するような感じは、
「母」や「父」のようには強くなく、
ラストにちょっとある程度で、
一番古典的な構成を取っています。
チェホフをかなり意識したような作劇で、
ラストの「人生が続いてゆく」という台詞はモロにそうですし、
クライマックスも、
一時的に幸福な対話を交わす元夫婦の背後で、
突然銃声が鳴り響くという、
極めて古典劇的な手法を取っています。

枠組みは古典的な家族の悲劇ですが、
実体のない不安に苛まれ、
それを「親のせい」という社会的言語に置き換えて、
ただひたすらに親を責め続ける息子や、
父という枠組みや「不倫は悪」という観念に苛まれ、
人間性を失ってゆく父親の姿には、
間違いなく現代の不安と恐怖とが息づいています。

人物の掘り下げが極めて緻密かつ巧みで、
チェホフの構成美にイプセンの暴力性が、
差し挟まれているという感じです。

極めて現代的にリニューアルされた、
古典劇的傑作だと思います。

今回の上演は岡本健一さんと圭人さんという、
実際の親子が劇中の親子を演じるという趣向が、
なかなか上手く機能していて良かったと思います。
精神科医を演じた浜田信也さんが儲け役で、
正論を言っているのに何処か胡散臭い、
というおそらく作品の元イメージを超えたディテールが、
作品に膨らみを与えていたと思います。

映画版は正直あまり良くありませんでした。
多くの方が思っていたように、
ヒュー・ジャクマンは明らかなミスキャストで、
とてもエリート弁護士には見えませんでしたし、
ラストは戯曲をそのままやっているのですが、
演劇なら終われても、
映画ではとても終われないようなラストになっていて、
これじゃ駄目だと思いました。
また、よりリアルさが要求される映像に向けて、
ディテールの作りも甘いと感じました。

ただ、それでは今回の翻訳上演が舞台として素晴らしかったかと言うと、
演出と翻訳に関しては疑問もありました。
母が息子に対して「私の愛しい人」みたいなことを、
平気で言うような台本になっていて、
これはもうちょっとこなれた日本語になるように、
検討する必要があったように感じました。
上演台本としては、
もっと自由度のある翻訳で良かったのではないでしょうか?
また演出が場の終わりに、
場面自体を説明するような音効をダラダラと流しながら、
ゆっくり場面転換するような趣向を取っていて、
それが役者の感情を説明してしまっているので、
観客の想像力を奪う感じとなって、
個人的には逆効果であるように感じました。

この作品はともかく台詞が素晴らしいので、
それをシンプルに伝えることが、
最良の演出ではないのかと思うのです。

海外の演出家は、
往々にしてやり過ぎ感があって、
日本語の台詞をネイティブとして聞くことが出来ないので、
当然と言えなくもないのですが、
視覚面のみ派手で、
台詞が大事にされていないと感じることが多いのですが、
今回も同じような印象を持ちました。

そんな訳でまた是非上演を重ねて欲しい傑作で、
次回は別のプロダクションでの上演も、
観たいと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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