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「ブレイキング・ザ・コード」(2023年稲葉賀恵演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ブレイキング・ザ・コード.jpg
イギリスの劇作家ヒュー・ホワイトモアが執筆し、
1986年に初演された作品が、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。

これはドイツ軍の暗号エニグマを解読し、
コンピューターやAIの先駆的な研究を行った、
アラン・チューリングの生涯を描いた作品です。

初演からほどない頃に劇団四季で日下武史さん主演で上演され、
その後はほぼ国内で上演されていなかったのですが、
今回文学座の稲葉賀恵さんの演出、
亀田佳明さんの主演という文学座コンビで、
新たに上演されました。

これは素晴らしかったですよ。

オープニングの何気ない場面から引き付けられましたし、
戯曲の構成の見事さに酔い、
主役を始めとした優れた役者の演技に酔い、
その現代に通じる高い思想性にも魅せられました。

多分今年観た芝居の中では一番集中して観ることが出来ましたし、
今でも全ての場面をクリアに思い出すことが出来ます。

正直地味な公演だと思いましたし、
観るかどうかも迷っていたのですが、
観ることが出来て本当に良かったと思いました。
素晴らしい戯曲、素晴らしいキャスト、素晴らしい演出、
この3拍子揃った舞台は稀にしかありませんし、
今後もあまり出逢うことはないと思います。

これね、最近の映画「Winny」に似たテーマで、
社会性のない世の中を変えた天才が、
凡人の社会に適合出来ずに排斥される、
という話なんですね。

哀しいし普遍的なテーマですよね。
でも、この作品はそれだけではなくて、
アラン・チューリングという稀有の変わり者の天才を、
母親や友人、恋人や愛人などの目から、
多面的に描いていて、
トータルに見て、
人間の不思議さのようなものを、
強く感じる作品になっているんですね。

オープニング、
チューリングが些細な泥棒の被害を、
警察官に申し出るところから始まるんですね。
何でこんなところから始まるんだろう、
というように思うのですが、
そこで展開される微妙にすれ違った会話だけで、
主人公の性格の特異性と複雑さが、
巧みに立ち上がって来るんですね。
上手い作劇だなあ、と思うのですが、
この場面が成功しているのは、
役者の演技が見事だからなのですね。
主人公の亀田さん、上手いよね。
それから警察官役の堀部圭亮さんが、
この人最近本当に良い役者さんになりましたよね、
絶妙なんですね。

やり過ぎない、主張しすぎない演出が、
またとてもいい感じなんですね。
多くの暗転があって、時制が頻繁に変わるのですが、
場面の終わりに必ず余韻があって、
それを引きずって暗転するので、
観客が何かを考える時間になっているんですね。
無駄な暗転になっていないんですよ。
「あっ、どうしたんだろう」と思ってちょっと考える、
そこに暗転が差し挟まれて、
観客の心が整理されたくらいのタイミングで、
次の場面に移るんですね。
だから、この暗転は邪魔になっていないのです。
凄いと思いました。

テーマの1つは「機械は考えることが出来るのか?」
という昔ながらの命題なんですね。
でも、今はAIの時代なので、
それを初演当時より身近に、
切実に感じることが出来るのです。
作中でチューリングは、
「2000年頃には考える機械が登場する」と言っていて、
まあほぼその通りになっているんですね。
でも、その一方で、
機械に変換不能な人間の心の闇のようなものは、
むしろ大きくなって来ているようにも思います。
その闇を同時に描いているところが、
この作品の多面的で優れているところだと思います。

それから個人と戦争と国家との向き合い方のようなもの、
戦争と国家というのは、
ほぼほぼ同じものなんですね。
そのことが、
今ほど切実に感じられる時代はないような気がします。
この作品のチューリングは、
戦争も国家も自分の人生の道具として利用したのですが、
その重荷に結局は潰されることになる訳です。

そんな訳で今回の上演は非常に意義のあるもので、
30年の時を経て、
この作品の理解はより深まり、
その煌きはより増しているんですね。
無意味な過去作の上演も多い中で、
今回の上演はととても時機に適ったものだと思います。

今回の上演で特筆するべきは矢張りキャストで、
主役の亀田さんの芝居は、
その特異なキャラを見事に立ち上がらせたのみならず、
取り憑かれたような1人語りで、
エニグマの解読やコンピューターの未来を語る技藝が素晴らしく、
圧倒的な存在感を見せていました。
主人公の母親に保坂知寿さん、
父親的な研究者に加藤敬二さんと、
かつての四季コンビを配して、
この芝居の情緒の部分に膨らみを持たせているのも見事でした。

そんな訳で総合藝術として、
高いレベルで完成されたお芝居で、
今年一番と言って良い、充実感のある舞台でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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