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バセドウ病を無機ヨードで治療する [殆ど日本だけの治療]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はバセドウ病の、
ほぼ日本だけで行われている治療の話です。

バセドウ病は甲状腺を刺激する自己抗体により、
甲状腺ホルモンが過剰に産生されて甲状腺が腫れる、
甲状腺機能亢進症を呈する病気の代表です。

バセドウ病の治療には、
大きく3種類の方法があります。

抗甲状腺剤を主体とした薬物療法、
放射性ヨード治療、
そして甲状腺を一部を除いて切除する手術療法です。

以前も何度かご紹介していますが、
海外では放射性ヨードや手術が主流の治療法で、
抗甲状腺剤の治療は、
それ以外の治療を希望しなかった場合の選択肢で、
かつ1.5年から2年くらいで薬が終了出来ない場合には、
他の治療に移ることが原則です。

しかし、日本においては抗甲状腺剤による薬物治療が第一選択で、
2年程度で治療を終了することを目標とはしているものの、
実際には10年以上処方が継続されるケースも、
稀ではありません。

抗甲状腺剤として通常使用されるのは、
チアマゾール(MMI;メルカゾール)です。
もう1つプロピルチオウラシル(PTU;チウラジール)がありますが、
妊娠初期を除いては、
その効果の強さと持続の長さから、
もっぱらチアマゾールが選択されます。
妊娠初期は先天異常のリスクがチアマゾールで高い、
という最近の知見により、
原則プロピルチオウラシルが使用されます。

ただ、このチアマゾールを用いる治療の問題点は、
薬疹や無顆粒球症などの副作用や有害事象が存在していることと、
治療が長期間に及ぶことが多く、
薬剤の終了の基準も明確ではないことです。

それで、殆ど日本のみの薬物治療として、
最近試みられているのが、
無機ヨード(ヨウ素)を単独もしくはチアマゾールと併用で、
バセドウ病の治療に利用する、
という方法です。

無機ヨウドというのは、
原発事故の時にその内服が行われた、
ヨウ素剤と同じものです。
ヨードは甲状腺ホルモンの材料の1つで、
大量の無機ヨードを服用すると、
甲状腺内にはヨードが一時的に入らない状態となります。

また大量のヨードの服用により、
甲状腺内でのホルモン産生の経路も抑制されるので、
甲状腺機能は低下します。

ただ、この効果はずっと続くものではなく、
エスケイプと言ってその有効性が低下すると、
却ってその後甲状腺機能亢進症が悪化する、
というケースもあると報告されています。

抗甲状腺剤が使用される前には、
無機ヨードはバセドウ病の治療薬として使用されていたのですが、
その効果の不安定さから、
次第に使用されなくなり、
抗甲状腺剤が使用困難なケースでの、
一時的な甲状腺ホルモンの抑制に、
使用は限定されるようになりました。

たとえば、
かなり症状が強く、ホルモン値も高値で、
一刻も早くホルモンを正常化させたい、
というような時には、
チアマゾールは効いて来るのに少し時間が掛かるので、
治療開始時に無機ヨードとチアマゾールを併用する、
という手法はよく行われて来ました。

それが最近になって、
チアマゾールと無機ヨードを併用することにより、
チアマゾールの初期量を減らせるので、
抗甲状腺剤の副作用を減らせるのではないか、
という発想から、
積極的にチアマゾールと無機ヨードを併用する、
という方法を推奨する機運が日本で高まりました。

その先陣を切った感じの英語文献がこちらです。
ヨードとメルカゾールの併用古いもの.jpg
2010年のClinical Endocrinology誌の論文で、
神戸の甲状腺専門病院、隈病院からの報告です。

これは134名の未治療のバセドウ病の患者さんを、
くじ引きで4つの群に分け、
それぞれ初期治療を、
チアマゾール30mgで開始、
チアマゾール30mgと無機ヨード38.2mg、
チアマゾール15mg、
チアマゾール15mgと無機ヨード38.2mg
という4種類の処方で治療を開始します。

甲状腺ホルモンの遊離T4濃度と指標として、
それが正常化したら、
無機ヨードは終了としてチアマゾールのみで治療を継続します。

この結果としては、
2週間後のホルモン値の正常化は、
無機ヨードの併用により有意に高率に認められました。

ただ、長期的に薬が終了出来た患者さんの比率については、
4つの治療法により有意な差は認められませんでした。

この論文では各治療群は30例程度ですから、
明確にその優越を云々出来るようなものではありません。
ただ、チアマゾールを30mg使用する代わりに、
その半分の15mgに無機ヨードを追加して、
同等の効果があるのだとすれば、
重篤な有害事象もそれだけ回避出来るのではないか、
という推測は可能です。

その点をもう少し明確化した論文が、
2015年のThyroid誌に掲載されています。
それがこちらです。
ヨードとメルカゾールの併用効果伊藤病院.jpg
これは伊藤病院のデータです。

隈病院の論文の4群のうち、
チアマゾール30mgと、
チアマゾール15mgに無機ヨード38.2mgの併用による初期治療のみを、
比較しています。

各群150例程度で比較されているので、
隈病院のものより例数はずっと多く、
比較にはこれでも十分とは言えませんが、
これまでで最も大規模なデータで、
本年発表されたアメリカ甲状腺学会の最新のガイドラインでも、
この文献のみが引用されています。

この論文では治療開始前のホルモン値が、
遊離T4濃度で5ng/dL以上である場合に限定して、
登録を行なっています。
これはこの濃度を超えるとチアマゾール15mg単独での治療が、
困難になるという知見があるからです。

この論文でも無機ヨードの併用は、
甲状腺ホルモン濃度が正常化した時点で中止されています。

結果としては、
治療開始後30日と60日の時点での甲状腺機能の正常化率は、
15mgと無機ヨード併用群の方が高くなっていて、
最終的な寛解率には有意な差はありませんでした。
抗甲状腺剤の副作用として最も深刻な無顆粒球症は、
無機ヨード併用群では発生はなく、
チアマゾール30mg群では2例が発症していました。
ただ、これはトータルな例数から言えば、
評価は難しいと思います。

以上の2つの知見より、
チアマゾール15mgでコントロールが困難と思われるケースでの、
無機ヨードの一時的な併用は、
1つの代案としては検討に値するようには思います。

ただ、無機ヨードの併用の方が、
チアマゾールを一時的に30mgで使用するより、
本当に安全であるのか、
という点については、
推測の域を出ないもののように思います。

また、甲状腺関連の臨床データは、
概ね国内外を問わずこのレベルのものなのですが、
偽薬を使用するような試験ではなく、
治療法は患者さんにも明らかにされていますし、
単独施設での検証にとどまっています。

無機ヨードの38.2mgという半端な量は、
ヨウ化カリウムの50mgの錠剤があり、
その1錠に含まれているヨードの量です。
つまり、かなり恣意的に決められているのです。

これ以外に、
まさか、と思うような、ビックリするようなデータが、
2014年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載されています。
それがこちらです。
ヨードのみの長期使用効果九州大学.jpg
これは九州大学の報告ですが、
まず初期治療としてチアマゾールを使用して、
副作用や有害事象で継続が困難であった場合に、
無機ヨードの単独で治療を行った、
という長期データです。

例数は44名で、
無機ヨードの使用量は、
最初は13mg程度から開始されて、
その後100mgまで増量されるようになっています。
200から500mgという高用量が使用されている事例もあります。
このデータはカルテを後からまとめた性質のものなので、
様々な事例が含まれているのです。

寛解率は必ずしも高いものではなく、
20年以上に渡り無機ヨードが使用されているようなケースもあります。

人間の身体に必要なヨードは、
概ね1日0.2mg程度です。
5mgのヨードで通常は甲状腺に入るヨードはブロックされます。
それを併用療法でも1日38.2mg、
九州大学のデータにおいては、
100mgを超えるような超高用量が、
場合によっては20年に渡り継続されています。

本当にこのような大量のヨードを、
使い続けて問題はないのでしょうか?

海外データにおいては、
ヨード摂取量が多い地域では、
癌を含む甲状腺疾患の発症リスクが高まる、
という報告もあり、
甲状腺機能の急激な悪化などの事例も報告されています。

日本の大規模疫学データの解析でも、
一部では甲状腺癌のリスクが高いという報告もあり、
最近のものは無関係とするデータが多いことは事実ですが、
まだ確定的な知見はなく、
一定のリスクはあると考えるのが妥当だと思います。

少数例の検討で特に大きな有害事象がなかったからと言って、
体内で活用されている微量元素を、
その常用量の時に1000倍以上を処方し、
年単位で使用し続けて、
それが安全であると言い切ることは、
問題があるように個人的には思います。

無機ヨードの治療を推奨される先生の見解としては、
日本のようにヨード摂取量の多い地域と、
ヨーロッパの内陸部のような、
ヨード欠乏地域とでは、
ヨードに対する甲状腺の反応の仕方が異なり、
かつバセドウ病で自己抗体が存在することで、
エスケープが起こらないのではないか、
というような仮説を展開されていますが、
別に実証されたものではなく、
使ってみたらたまたま上手くいったので、
症例を増やしてみた、
というようなレベルの話です。

こうした脆弱な根拠をもって、
海外では殆ど行われていないような治療を、
積極的に行うことが、
本当に患者さんに資する行為であるのでしょうか?

僕は懐疑的に思わざるを得ません。

個人的な考えとしては、
バセドウ病を無機ヨード単独で長期間治療するのは、
矢張りあるべきではないと考えます。
抗甲状腺剤でコントロールが困難な状態であれば、
放射性ヨードか手術という選択肢があるのですから、
その方向にシフトするべきではないでしょうか?

チアマゾールと無機ヨードの併用については、
考慮に値する選択肢ではあると思いますが、
重篤なチアマゾールの有害事象が減るのではないか、
という以外の明確なメリットと思えるものはなく、
少なくとも偽薬を使用するような介入試験で、
検証をする必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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by お名前(必須) (2018-02-26 15:04) 

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