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井上ひさし「闇に咲く花」(こまつ座第147回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
闇に咲く花.jpg
井上ひさしさんの傑作「闇に咲く花」が
キャストも新たに今再演されています。

この作品は1987年の初演で、
個人的には井上ひさしさんの作品の中で、
「藪原検校」、「雨」、「頭痛肩こり樋口一葉」と共に、
最も好きな演劇作品です。

僕はこの作品は初演の録画がNHKで放映された時に、
それを見たのが初見です。
その時点から非常に強く印象に残っていて、
実際に観劇した舞台以上に心に残りました。
次に接したのが確か演劇集団円の養成所の卒業公演で、
これは大学の演劇部の後輩が出ていたので観に行ったのです。
新人の公演ですから、
演技は稚拙なもので舞台も簡素であったのですが、
それでも戯曲の言葉に強烈な印象を受けました。
戯曲の言葉が発せられるだけで、
その凄味に魅了されるという、
これは稀有の芝居の1つです。
その後10年くらい前にこまつ座の公演を何度目かの再演で観ました。
良かったのですが、
不思議なもので養成所の卒業公演の方が、
インパクトは強烈でした。

今回は主役の記憶喪失になる青年を、
「母と暮らせば」の熱演も心に残る、
松下洸平さんが演じ、
バッテリーを組む友人に浅利陽介さんという、
座組に期待があって足を運びました。

感想としては、
今回もとても良かったのですが、
後半はやや集束感に欠ける感じはありました。

これは明らかに、
大島渚監督の大傑作「儀式」を、
下敷きにしているんですね。
そこに「私は貝になりたい」を融合させて、
成立している芝居という気がします。

「儀式」は非常に観念的な映画ですが、
戦争と野球とが大きなモチーフになっていて、
地中から生まれなかった赤子の泣き声が聞こえる、
という描写があるんですね。
ね、似ているでしょ。
何より主役が河原崎健三さんで、
「闇に咲く花」の初演の主役も、
河原崎さんが演じているんですね。

で、実際河原崎さんが良かったんですよね。
初演の時点で設定よりかなり年齢は上であったのですが、
戦地から忘れていた亡霊が戻って来た、
というような感じがあったんですよ。
その後のキャストには、
そうした雰囲気は矢張り出せていないんですね。
ただ、それは勿論、仕方のないことなのだと思います。

今回の松下さんも良かったし、
とても頑張っていたと思います。
ただ、後半は少し単調になったかな、という感じがあって、
記憶喪失の時の台詞には、
もう一工夫が欲しかったという気がしました。
でも、今回が初めてですから、
是非芝居を練って、
また再演して欲しいなと思いました。
松下さんの健太郎をまた観たい、
というのが、
今回の上演で一番感じた思いです。
バッテリーを組む浅利さんも良かったですね。

井上さんのお芝居は、
初期はかなり複雑で奇怪な大作が多く、
構成もひねったものが多いのですが、
1980年代くらいからはとてもシンプルになってゆくんですね。
この「闇に咲く花」はそうした時期の作品で、
初期と比べるとかなりシンプル、
でも、初期の形而上的な部分も少し残っているんですね。
そのバランスがこの作品の一番の魅力です。
ただ、元になった「儀式」は観念の塊みたいな作品ですが、
「闇に咲く花」はそこまでではなくて、
一例を挙げると、
「儀式」の生まれなかった幻聴としての赤ん坊の声が、
1幕のラストで同じように聞こえて戦慄を誘うのですが、
実際に神社に捨てられた赤ん坊であることが分かる、
という展開になっていて、
これは井上戯曲でも初期であれば幻想であったと思うのですね。
それが即物的に出て来る、
というのが後期のシンプルになった、
メッセージ性の強い井上戯曲なのです。

神社と庶民の戦争責任というテーマがあるでしょ。
これも後期の作品であれば、
それだけで1本の作品にする、
という感じになるんですね。
それが「闇に咲く花」では、
野球と戦争との関係やC級戦犯の悲劇を入れて、
更に「ハムレット」的な記憶喪失の趣向まで加えて、
重層的で複雑な世界になっているんですね。
そこにちょっと大島渚的観念が散りばめられ、
神社に不意に異界が開くようなムードが、
作品世界をより深いものにしています。

初演から栗山民也演出で、
栗山さんとしてはリアルで細部にも拘ったセットが組まれています。
それがいいですよね。
ラストにはちょっと勿体ぶった演出を加えていて、
勿論今に上演するという意味合いを、
そこで出そうというのは分かるのですが、
個人的にはもっとシンプルに終わった方が良かったと感じました。

何より言葉の魅力に満ちた、
これぞ井上ひさし、
という凄味のある作品であることは確かで、
井上作品に馴染みのない方にも是非お勧めしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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