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新型コロナウイルス感染症の検査法の特徴と限界 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナウイルス感染症の経過と検査結果.jpg
JAMA誌に2020年5月6日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の診断法についてのミニレビューです。
横浜市立大学の梁明秀先生らによる執筆です。

これは内容は目新しいことはなく、
今までの内容をまとめた総説です。
引用されている文献もその殆どは、
これまでこのブログでもご紹介したものです。
本ブログのこれまでの新型コロナウイルス関連の記事を読んで頂ければ、
内容はその中に網羅されています。

ただ、まとめとして素晴らしい図が付いているので、
それだけは是非ご紹介したいと思います。
こちらです。
コロナウイルス感染症の経過と検査結果の図(小).jpg
ちょっと細かくて見づらいと思いますが、
これまでに分かっている、
新型コロナウイルスの診断指標についての、
全てがこの1枚に網羅されています。

是非元図もご覧下さい。
内容はこの図を見て頂ければそれまでなのですが、
以下蛇足的に解説します。

新型コロナウイルス感染症の確定診断には、
通常鼻腔などからの検体によるPCR検査が活用されています。

これは正確にはRT-PCRと言います。
PCRというのはDNAの特定の配列を増幅して検出する、
という技術ですが、
RT-PCR(reverse transcription PCR)というのは、
DNAではなくRNAに対して同様の増幅と検出を行う、
という技術のことです。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はRNAウイルスなので、
PCRではなくRT-PCRという方法が行われているのです。
RNAはそのまま増幅出来ないので、
まず逆転写酵素という酵素を利用して、
RNAに相補的なDNAを合成し、
それからそのDNAをPCRで増幅するのです。

ウイルスというのは増殖に必要な遺伝子と、
それを守るためと、
感染するために必要な、
タンパク質だけからなる存在です。
この遺伝子が細胞に入り込むと、
細胞の増殖の仕組みを利用して、
自分達の遺伝子を増やし感染を広げていくのです。

その本体は感染する遺伝子なので、
それを検出する方法が診断としては確実なのです。

現状日本などで使用されているRT-PCRのキットは、
このウイルスに特徴的な複数の塩基配列を検出しているので、
それが適切に使用されれば、
陽性の診断を誤ることはほぼありません。

つまり、他のコロナウイルスなどを、
間違って検出して陽性としてしまうことはないのです。

誤るのは操作のミスがある場合と、
日本の事例でもあったように、
他の検体に汚染されてしまうような場合です。

ただ、RNAが検出されれば、
感染のあったことは確定しますが、
その時点でウイルスが感染力を持っているとは限りません。

以前ブログでも紹介した、
身体の様々な部位のPCR検査の陽性率を比較した論文があり、
そこでは、RNA自体は長期間検出されたものの、
症状発現から8日以降においては、
検出されたウイルスの培養には成功していません。
これは検査は陽性であっても、
その遺伝子断片がウイルスとして、
感染したり増殖する能力は既にない、
という可能性を示唆しています。

アメリカのCDCは、
新型コロナウイルスに感染した医療従事者が、
現場復帰する目安として、
3日以上無症状で、
症状出現後10日以上経っていること、
を1つの指標としていますが、
これはその意味で概ね妥当な方針なのです。

PCR検査をいたずらに繰り返して、
その結果に一喜一憂することは、
検査の性質上適切とは言えません。

抗体検査は、
身体がウイルスの侵入に対して、
それを無力化する抗体を産生するので、
それを血液で測定するというものです。

抗体というのは抗原のタンパク質に対して産生されるので、
複数の種類の抗体が同じウイルスに対して作られます。
抗体自体にもその役割により、
IgGやIgM、IgAなどの種類があります。
通常感染初期に作られるのがIgM抗体で、
その後増加し長く存在するのがIgG抗体です。
現状血液でのIgM抗体とIgG抗体の測定が可能ですが、
本当の意味で感染を防御する、
中和抗体のみを測定している、
という訳ではありません。

上の図にあるように、
PCR検査は症状出現の当日もしくは翌日には、
既に高率に陽性になりますが、
抗体は概ね症状出現後1週間以降に陽性となり、
IgM抗体は3週間目くらいをピークにしてその後は減少。
IgGは少なくとも8週間以上持続して検出されます。

現行多くの抗体迅速検査キットが販売されています。
ただ、これは定量的なものではなく、
どの抗体を測定しているのかは、
個々のメーカーの企業秘密になっているので、
その結果はまちまちで一定していない、
という欠点があります。
PCR検査とは異なり、
新型コロナウイルス以外のウイルスに対して、
陽性を示す可能性もあります。

どのタンパク抗原に対する抗体が、
どのような役割を果たしているのか、
どれが中和抗体で感染阻止の作用があるのか、
そうしたメカニズムが明らかにならないと、
抗体検査の意味も明確にはならないのですが、
その点の知見はまだ充分ではないのです。

たとえばB型肝炎ウイルスの中和抗体はHBs抗体ですが、
それ以外にHBc抗体やHBe抗体など、
複数の抗体があり、
それぞれに陽性の意味合いは異なります。
中には持続感染を示す抗体もあるのです。

何を測っているのか分からない状態で、
それが診断や治療においてどのような意味を持つのか、
何も言えないというのが現状なのです。

その段階で「全国民に抗体検査を!」とかと言うのは、
ただの暴論で、
内容を理解していないからこそ言える、
脳内お花畑的な言説です。
せめて「RBD-S蛋白に対するIgM ELISAの有効性はどうか」
くらいに限定して議論をするべきではないかと思います。

今分かっていることは、
どう作用するのか分からない抗体が、
PCRが検出されにくくなる回復期に一致して増加する、
というだけのことに過ぎないのです。

最近富士レビオで保険収載されたのが抗原迅速検査で、
これは特定のウイルス抗原に対する抗体を利用して、
ウイルス抗原を検出しようとするものです。
今使用されているインフルエンザの迅速診断と、
同じ理屈の検査です。

上記のレビューの執筆者である梁先生は、
新型コロナウイルス抗原に特異的な抗体を発見された専門家で、
その知見が抗原キットの開発に活かされているのかと推測します。

この検査は使用されている抗体が本当に、
新型コロナウイルスに特徴的な抗原のみと結合するのか、
と言う点がポイントで、
キットの出来不出来によって、
診断能は大きく違うという可能性があります。
PCRと同様の使用法が想定されるのですが、
ある程度の抗原量がないと陽性になりませんし、
他のウイルス抗原に反応してしまう、
という可能性もあります。

そんな訳で現行の検査はいずれも帯に短したすきに長しで、
どれをもって確実というものはなく、
特に抗体検査については、
どの抗原に対する抗体をどのように測定するのか、
その根本の部分が確立されないと、
検査だけしまくっても、
意味のないものになる可能性が高そうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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