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ケラリーノ・サンドロヴィッチ「世界は笑う」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
世界は笑う.jpg
ケラさんの新作が今シアターコクーンで上演されています。

千葉雄大さんと瀬戸康史さんが主役を演じ、
伊藤沙莉さん、勝地涼さんと人気者が顔を揃えます。
勿論、大倉孝二さんや犬山イヌコさん、山内圭哉さん、マギーさんなど、
ケラ芝居お馴染みの面々も脇を支えています。

舞台は昭和30年代初頭に設定され、
高度成長に差し掛かる日本において、
テレビの時代が始まり、
舞台の喜劇人が次第に没落する中、
天才肌の喜劇役者で作家の千葉さんが、
理想の笑いを求めて葛藤し自滅する姿を描きます。

ケラさんが自分の父親くらいの世代を中心に据えた群像劇で、
喜劇とは何か、笑いに人生を懸けるとはどういうことかを、
真摯に追及した力作です。

舞台装置はちょっと蜷川さんを思わせるような大規模なもので、
特に2幕の長野の旅館から、
東京の飲み屋街に舞台が移るところは、
そのまま舞台上で大規模な転換を見せるという、
もろ蜷川演出という感じでした。

例によって上演時間は休憩20分を含めて3時間45分という、
非常に長大なもので、
特に前半はそれだけで2時間を超えるという、
観客がその集中力を試されるような設定です。
ただ、今回は集団劇としての設定も分かり易く、
ケラさんとしては、
たとえば演舞場などで上演される新派の芸道ものに、
かなり寄せた内容になっているので、
それほどの苦痛なくお芝居の時間に身を委ねることが出来ました。

前半で喜劇の劇団の、
それなりに元気が良かった時代を描き、
後半は長野の旅館に舞台を移して、
登場人物達がそれぞれに苦悩して自滅する姿を、
非常に冷徹なタッチで描いて行きます。
この後半が非常に優れていて、
テネシー・ウィリアムスを彷彿とさせるような部分もあり、
大倉孝二さん演じる双子の兄弟の不気味な造形など、
その人物造形にも魅力的な部分が多くありました。

役者は主役2人がやや弱いという感じがあって、
特に千葉さんの役は、
ケラさんの筆があて書きを離れて、
走ったしまったという感じがありました。
千葉さん自身は非常に頑張っていたと思うのですが、
正直別のキャストでもう一度観たいな、
という思いはありました。
伊藤沙莉さんの舞台は何度か見ましたが、
どうもまだ舞台で本領発揮とはいかないようです。

脇役陣の芝居は重厚かつ軽妙で見どころが多く、
特に笑いを封印して不気味な兄弟二役を、
ムードたっぷりに演じた大倉孝二さんが良かったと思います。

非常に多彩な活動を続けるケラさんですが、
今回の大作はその1つの流れとして、
「日本の喜劇人と笑いの本質を描く」という作品群の、
現時点での集大成として、
ケラさんの作品群の中でも、
特に印象的なものの1つになっていたと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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三谷幸喜「VAMP SHOW ヴァンプショウ」(2022年河原雅彦演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ヴァンプショウ2.jpg
1992年に初演され、2001年に再演された、
三谷幸喜さんの異色作が、
今新しいパルコ劇場で上演されています。

新型コロナの感染などもあって、
初日が遅れてのスタートです。

5人の大学生の吸血鬼が、
謎の少女に翻弄されるという物語で、
三谷さんの作品としては非常に珍しく、
1970年代から80年代くらいの、
アングラや小劇場のお芝居の要素を、
非常に色濃く反映している内容です。

初演の1992年は、もう「12人の優しい日本人」や、
「ショー・マスト・ゴー・オン」が書かれて以降ですから、
シチュエーションコメディとしての三谷さんの作劇は、
もう完成している時期なんですよね。
ただ、丁度劇団を離れた大きな仕事が、
決まり始めている時期で、
結構今からすると毛色の変わった作品や、
「これを何故三谷さんが…」というような企画も、
あった時期でもあります。

この作品は多分、
「こうしたものを」という依頼あってのお仕事だったと推察しますが、
三谷さんとしては当時はまだ小劇場の世界では1つの人気ジャンルとしてあった、
アングラテイストの笑いのあるホラーを、
「俺だってこのくらい」という感じで、
再構成してみたものではないかと思います。

これ、三谷さんの得意技、
すれ違いの連鎖とか、言葉遊びとか、
コメディリリーフの人物のあざとい設定とか、
これでもかの伏線回収とか、
そうしたものは全くない戯曲なんですね。
得意技を全て封印して構成されています。
ですから、正直そう面白くはないのです。
そう面白くはないのですが、
アングラホラーとして、
その完成度は非常に高いと思います。

以下内容に少し踏み込みますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読みください。

よろしいでしょうか?

それでは進めます。

これね、5人の青春している男子大学生の吸血鬼が、
謎の美少女に翻弄されて、
自滅してゆくという話ですよね。
主人公は少女を救おうとするのですが、
それが逆に自滅の引き金を引くのですね。

この構造自体が、
鴻上さんの「朝日のような夕日を連れて」と一緒なんですね。
それから駅員と少女との不毛な会話は、
別役芝居のパターンで、
ボストンバックに男の生首を入れて彷徨う女、
というのは唐先生の「鉄仮面」そのままなんですね。
最初に5人が歌の尻取りみたいなゲームをするでしょ。
これもアングラでは定番の趣向で、
竹内銃一郎さんのお芝居でもお馴染みですね。
登場する歌がとても古めかしいでしょ。
軍歌や童謡が出て来たり、
1992年初演としても古めかし過ぎますよね。
これも意図的なものなのだと思います。
古いアングラをやっているんだよ、
という自己主張のようなものですね。

それで仲間を何人も殺してしまって、
主人公が独白をしますよね。
ここの部分の情感も、まさにアングラ小劇場の感銘なんですね。
言ってみれば「破滅への甘美な衝動」のようなもの。
それを、そんなものに対して共感を持っていない筈の三谷さんが、
完璧に書いている、という点が、
この芝居の凄いところだと思います。

僕自身はもう、こうしたもので育った、
と言ってもいいくらいなので、
このクライマックスにはとても心地良い思いを感じ、
「ああ、ここまでやってくれるのね」と、
素直に感銘を受けることが出来ました。

今回の上演は演出とキャストのバランスが非常に良かったと思います。

演出の河原さんは、
こうした芝居のアングラ演出の何たるかを、
寺十吾さんとともに最も当代では心得ている演出家なので、
映像なども巧みに利用して、
最初から最後まで緩みなく舞台を展開しています。
適度なグロテスクさや過激を演出する仕掛けも良いですし、
舞台装置もとても雰囲気のある精緻なものです。

キャストもバランスが取れている点がとても良く、
河原さんの交通整理の妙もあって、
5人の吸血鬼のそれぞれの個性が分かり易く理解出来ます。
特に良かったのは、
暴れん坊を演じた戸塚純貴さんで、
古田新太さんや橋本じゅんさんが外連味たっぷりに演じた難役を、
なかなか巧みに自分のものにしていました。
ややおとなし目の役作りではありましたが、
それが今回の座組には良くあっていました。
主人公を演じた岡山天音さんは、
内面的な芝居を得意としているので、
舞台より映像に合っているという気はしましたが、
それでも踏ん張っていたと思います。

そんな訳で三谷さんが、
得意技を封印して仕上げたアングラホラーの再構成を、
若いキャストでリニューアルし、
河原演出が手堅くまとめた娯楽作で、
個人的には結構気に入った1本でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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痛風発作と心血管疾患リスクとの関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
痛風発作後の心血管疾患リスク増加.jpg
JAMA誌に2022年8月2日掲載された、
痛風発作とその後の心血管疾患の発症との関連についての論文です。

高尿酸血症と痛風は、
以前は痛風発作や尿路結石、
腎機能低下などとの関係が主に重視されていましたが、
最近では心血管疾患のリスクとの関連が、
注目されるようになっています。

新型コロナウイルス感染症の後に、
心筋梗塞や脳卒中が増えるという知見がありますが、
炎症は凝固系に影響を与えて血栓症のリスクを高めることは、
新型コロナウイルスに限ったことではありません。

痛風発作は自己炎症と呼ばれる関節の炎症ですから、
その後に心血管疾患のリスクが増加するとしても、
不思議なことではないのです。

ただ、それを証明するようなデータは、
これまであまり存在していませんでした。

今回の研究はイギリスにおいて、
プライマリケアの医療データを解析することにより、
この問題の検証を行っています。

新規に痛風と診断された62574例のうち、
10475例が急性心筋梗塞や脳卒中の心血管疾患を発症していました。
ここで心血管疾患を発症していない痛風患者と比較して、
心血管疾患を発症している患者では、
その心血管疾患発症前60日以内の痛風発作のリスクが1.93倍(95%CI:1.57から2.38)、
61から120日以内の痛風発作のリスクが1.57倍(95%CI:1.26から1.96)、
それぞれ有意に増加していました。
一方で121日以降での痛風発作のリスクは、
有意な増加は認められませんでした。

また、心血管疾患と痛風発作の両方を発症している、
1421例を検証した解析では、
1日1000人当たりの心血管疾患発症率は、
痛風発作前150日以内と発作後181から540日では1.32件であったとの対して、
痛風発作後0から60日では2.49件、
61から120日では2.16件と高くなっていました。

つまり、
痛風発作を起こすと、
その後120日以内、特に60日以内の心血管疾患のリスクは、
高くなると想定されました。

このことから、
痛風発作を起こした患者の管理においては、
発作のコントロールや尿酸値のコントロール以外に、
発作後4か月の心血管疾患のリスクが増加することを想定して、
その予防的管理を行うことが重要であると考えられます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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小児期の喫煙が脳に及ぼす影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。

JAMA Network Open誌に、
2022年8月10日ウェブ掲載された、
小児期の喫煙が脳の発達に与える影響についての論文です。
小児の喫煙の影響.jpg
喫煙習慣に多くの健康上の悪影響があることは、
科学的に実証され、一般にも認知された事実です。

ただ、未だに明確ではないのは、
脳の機能が完成していない小児期に喫煙を習慣とした時の、
その後の脳機能に与える影響です。

アメリカでは小学生くらいの年齢でも、
喫煙習慣のある小児が少なからず存在しているようです。
また、仮に受動喫煙にもこうした影響があり得るとすると、
ヘビースモーカーの家に生まれたお子さんも、
そうした影響を受ける可能性があるのです。

今回の研究はアメリカの複数施設において、
小児の脳の発達を検証した疫学データを活用して、
小児の喫煙習慣と脳の機能との関連を比較検証しています。

9から10歳の11729名を対象として聞き取りを行なったところ、
そのうちの116名が喫煙習慣を持っていました。

非喫煙と比較して喫煙習慣のある子供は、
経験に基づいて形成される脳の働きである、
結晶性知能の指標が有意に低下しており。
形態的には皮質の容量も小さくなっていました。

この結果は他に認知機能に影響を与えるような因子を、
補正して検証されていますが、
小児期に喫煙習慣のある子供は、
他にも脳や発達に悪影響を与える習慣を、
持っている可能性は高いと想定されるので、
この結果を鵜呑みにすることは危険です。

ただ、これまであまり触れられることのなかった、
小児期の喫煙の影響についてのデータが、
発表された意義は大きく、
今後この分野の研究が進むことを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

(付記)
添付画像が間違っていました。
指摘を受け差し替えました。
(2022年8月17日午後1時15分修正)
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ダイエットに対する食事時間制限の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
時間制限食の有効性.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2022年8月8日掲載された、
食事時間を制限するダイエット法の効果についての論文です。

肥満は心血管疾患など多くの病気のリスクとなり、
体重を適切に減らすことにより、
そのリスクの低減に繋がることも分かっています。

そのため、多くの減量法が開発されていますが、
科学的にその効果が立証されているものは、
実際にはあまり多くはありません。

摂取カロリーを制限する低カロリーのダイエットは、
その数少ない長期の有効性の確認されている減量法ですが、
その1年継続後の有効性は、
臨床試験においては体重の5%未満の低下にとどまっていて、
リバウンドも多いのが実際です。

そこでカロリー制限に組み合わせるダイエット介入として、
今回検討されているのが、
食事を摂る時間を制限するという方法です。
「夜食べると太る」というのは、
一般にも広く言われていることですが、
代謝の低下する夜間帯にカロリーを摂取し、
それから寝てしまうことは、
理屈から考えても、
体重増加の要因とはなりそうです。

ただ、実際にその影響が、
科学的に実証されているとは言えないのです。

最近では2022年4月にthe New England Journal of Medicine誌に、
中国での臨床試験データが報告されていますが、
通常の食事時間と比較して、
朝8時から午後4時までに食時間を制限しても、
統計的に有意な減量効果の差は認められませんでした。

今回の研究はアメリカにおいて、
25から75歳でBMIが30から60の肥満者、
トータル90人をくじびきで2つの群に分けると、
一方は通常の低カロリーのダイエットを行い、
もう一方はそれに加えて食事可能な時間を、
午前7時から午後3時までに制限して、
14週の減量治療の効果を比較検証しています。

その結果食事時間を制限しない場合と比較して、
昼間の8時間のみに制限すると、
体重減少は2.3キログラム(95%CI:-3.7から-0.9)多く認められました。
ただ、体脂肪量の変化などの他の指標については、
明確な差は認められませんでした。

今回のデータは4月のNew England…とほぼ同じ条件で行われていますが、
その結果は異なっています。
ただ、New England…のデータでも、
有意ではないものの減量効果は食事時間制限群でやや上回っていて、
一定の有効性のある可能性は残っているように思います。

この問題はまだ未解決と考えた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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遠ざかって見る、ということ [身辺雑記]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は8月15日でクリニックはお盆の休診です。

明日16日からは通常通りの診療に戻ります。

今日は雑談的な話です。

①夕日観音
夕日観音は奈良の柳生街道滝坂道という古道にある石仏です。

僕はこの石仏を偏愛していて、
定期的に訪問してはお逢いしていたのですが、
一度転んで手首を骨折してから少し遠ざかり、
少しして再会はしたのですが、
ここ数年はコロナでまた行く機会は減り、
その後大雨で柳生街道の一部が崩れたりもして、
果たしていつまで石仏がそのままの姿で残っているのだろうかと、
不安にも感じながら、
時々夢に登場するその姿を、
懐かしく思いつつ日々を過ごしていました。

かなり前に撮ったものですが、
そのお姿がこちらです。
夕日観音.jpg

通称仏像岩と呼ばれる岩盤が街道に面していまして、
そのかなり上の方にいらっしゃるのですね。
遠くに目を凝らすと街道からは幽かに見えると言う感じで、
この写真を撮るには、
かなり岩盤をよじ登らないといけないのです。

それが最近では、
大雨などの影響で落石注意のシートが掛けられ、
もう近づけない状態となっています。

先日久しぶりに柳生街道をここまで登りまして、
そのお姿を遠くに見上げました。

以前でしたら、
無理矢理でも岩盤をよじ登って、
仏様の前まで行かないと納得出来ない、
そうしないとお会いしたことにはならない、
という気分であったのですが、
その時は体力的にもきついということもあったのですが、
ああ、こうして遠くから眺めやるのが、
おそらく本来の姿なのだな、
という思いが強くて、
そのまま「遠見」のみでその場を後にしました。

何度も遠ざかりながら、
背後に目をやると、
すぐに仏様の姿は視界から消えるのですが、
その刹那に、
「あれっ?」と思うような瞬間、
何か大切なものを見落としたような思いに、
後ろ髪をひかれるようなところもあるのです。

②遠見ということ
昔は近くで見たかったんですね。
何でも近くで見ることが重要であるように感じていました。

コンサートや演劇もかぶりつきで観たい、聴きたい、
という思いが強くで、
それでないと納得が行かなかったのです。

小学生の時に「ファーブル昆虫記」を買ってもらって、
当時の子供の常で一時期は昆虫に夢中になりました。
土の上や岩の下に目を凝らして、
小さな蟻やその他の虫の姿を、
ともかく近くで近くで見ることが意味のあることのように、
何かをクローズアップして、
そこに焦点を合わせることが重要であるように感じていました。

でもそれが可能なのは若いからですよね。

年を取ると矢張り最初に駄目になるのは目で、
目を凝らしても近くは見えず、
虫の世界を見ることは難しくなりました。

ああ、この世界にはもう入れないのだと、
人生の大切な能力をもう失ってしまったんだと、
気が付いた時には愕然としました。

演劇もコンサートも、
かぶりつきで観ても今は遠いという感じなんですね。
もっと近づきたいのだけれど近づけない感じ、
視力が落ちるとともに視野が狭くなってくるんですね。
前はもっと世界は広がりを持って見えていた筈なのに、
いつの間にか、
世界はシュルシュルと縮んてしまっていたのです。

そうなると、
もう近くを見ることを捨てないといけないのかも知れません。

最近ふとそんなことを考えるようになりました。

石仏や仏像も、
以前ならなるべく近づいて見なければ納得がいかなかったのですが、
今は輪郭が少しぼやけるくらいの距離感の方が、
今の僕にとっては相応しいのではないか、
そうした時期に来ているのではないかと感じるようになったのです。

そうしてみると、
また世界は別の見え方をして来るような気がします。

何処までも近く深くクリアなものを求める世界から、
もっと曖昧で俯瞰的で静かな世界へ。

③時間を遠ざかるということ
年を取るにつれ、
近付くことより遠ざかることの方が自然に思えるのは、
それが一方向性の時の流れに、
合致しているからかも知れません。

そう、遠ざかる距離というのは空間的なものであると同時に、
時間的なものでもあるのです。

僕達は常に、
誰かから遠ざかり続けています。

それに気が付くのは、
矢張り年齢を重ねたからかも知れません。

僕は今あなたの目の前にいて、
そこからゆっくりと遠ざかって行く。
少しずつ少しずつ遠ざかって行くと、
いずれはもう彼方にいるあなたを、
僕の視力は捉えることが出来なくなる。

その瞬間、
僕の視野からはあなたは消えることになるのだけれど、
勿論その瞬間からあなたは存在しなくなる訳ではなくて、
僕の現実を捉える感覚が、
そこで限界を超えたということなのです。

この瞬間を僕は大事にしようと思うようになりました。

視覚という感覚の限界があなたを見失う瞬間、
あなたの存在を確認するのは、
「あなたはそこにいる」という思いだけになります。

見えないものを見ようとする、それが遠見なのです。

④遠くへもっと遠くへ
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は、
形が朧にしか見えない闇の中に、
真の美を見出すという話で、
これは寺山修司の完全暗転にも繋がっているのですが、
視覚を奪う要素は闇以外にもあって、
それが距離なのです。
距離は闇と同じように視覚の限界を示し、
その彼方に見えないものを見せようとするのです。

時間が一方向にしか流れて行かない限り、
人生は全てを彼方に去らせて行くのですが、
それに抗う訳ではなく、
彼方に去るものに目を凝らして、
それが消え去る刹那に、
見えない何かを見たいと思います。

今日は雑談でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナワクチン接種の感染後心血管疾患予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ワクチン接種の心血管疾患予防効果.jpg
JAMA誌に2022年7月22日ウェブ掲載された、
新型コロナワクチン接種の、
新型コロナウイルス感染の合併症予防効果についてのレターです。

新型コロナワクチンには、
重症化予防効果があるとされています。

これは通常感染に伴う入院や死亡のリスクが、
ワクチン接種者では未接種者と比較して、
低くなっていることがその根拠となっています。

これは感染に伴う急性期の重症化リスクですが、
新型コロナウイルス感染症では、
全身の血栓塞栓症のリスクが高まり、
発症1か月以降を経過した後にも、
心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクが高まることが知られています。

それでは、
こうした感染後時間を経過した後での、
心血管疾患リスクの増加に対して、
ワクチン接種は予防効果を示しているのでしょうか?

この点についてはあまり明確なデータが存在していませんでした。

今回の研究は韓国において、
2回以上のワクチン接種を施行した、
168310名の新型コロナ感染者と、
ワクチン未接種の62727名の新型コロナ感染者を対象として、
新型コロナウイルス感染症の診断から、
31日から120日の間に発症した、
心筋梗塞や脳卒中の発症リスクと、
ワクチン接種との関連を比較検証したものです。
ワクチンは2種類のmRNAワクチンとウイルスベクターワクチンで、
その種別による違いは検討されていません。

その結果、
心筋梗塞と脳卒中を併せたリスクは、
ワクチン未接種者と比較して2回以上接種者では、
58%(95%CI:0.29から0.62)有意に低下していました。

個別に見ても、
心筋梗塞の発症リスクが52%(95%CI:0.35から0.94)、
脳卒中(虚血性梗塞)の発症リスクが60%(95%CI:0.26から0.63)と、
どちらも有意に低下していました。

これは具体的には、
ワクチン非接種の発症数が31件で、
ワクチン接種者の発症数が74件、
人口100万人1日当たり、
6.18件と5.49件の差ですから、
それほど大きなものではありませんが、
ワクチン接種が所謂新型コロナ感染の後遺症的な部分にも、
一定の有効性を示すことを示唆するものとして興味深く、
今後他の後遺症状についても、
検証が行われることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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デルタ株とオミクロン株の死亡リスク比較(イギリスの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石田医師が診療を担当する予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
オミクロンとデルタの死亡率比較.jpg
British Medical Journal誌に、
2022年8月2日ウェブ掲載された、
新型コロナのオミクロン株とデルタ株の生命予後を比較した論文です。

オミクロン株の感染まだ猛威を振るっています。

日本では2022年の1月からオミクロンのBA.1株の流行が始まり、
それが徐々にBA.2にシフトして、
7月からは本格的にBA.5主体の流行となっています。

2022年1月から3月くらいまでに感染した人は、
今年の7月以降には再感染しているのが今回の特徴で、
同じオミクロン株であっても、
BA.1とBA.5はその性質が異なり、
交差免疫は成立していないことが分かります。

BA.1の流行時期には、
2021年のデルタ株の感染と比較して、
オミクロン株の潜伏期は3日より短いことが多く、
殆どが軽症で味覚嗅覚障害も少ない、
というのが定説で、
それは誤りではなかったと思いますが、
BA.5の流行に至って、
高熱などで急に発症する事例が多く、
潜伏期もやや長めで、
トータルな病状としては軽症であっても、
全身倦怠感や咳などの症状はより長く持続し、
所謂後遺症とされる事例は多く、
味覚嗅覚障害も増えている、
という印象があります。

これは勿論1か月でせいぜい300例程度の、
クリニックの外来で関わった事例のみでの印象ですから、
裏付けとなる根拠はないのですが、
その性質が変化していること自体は、
事実として捉えて良いように思います。

今回のデータはイギリスにおいて、
デルタ株とオミクロンBA.1株の死亡リスクを比較したもので、
今はBA.5の流行期であることを思えば、
かなり周回遅れのきらいのある内容ですが、
査読を通して検証された論文というのは、
一定の時間は発表までに要するものなので仕方がありません。

これまでのデータは、
主にその流行時期によって、
どの株の流行であるかを推測する、
という手法を取っていたのですが、
今回のデータは遺伝子検査で確認された事例を扱っていて、
総数は18から100歳の1035149名という、
非常に大規模なものである点に特徴があります。

その結果、
デルタ株と比較したオミクロンBA.1株感染時の死亡リスクは、
66%(95%CI:54から75)低く、
特に18から59歳の死亡リスクは86%低くなっていて、
一方で70歳以上の死亡リスクは56%の低下に留まっている、
と計算されました。

このように、
オミクロンBA.1株の感染が、
非常に軽症で常感冒に近い感染症である、
という点は、
事実と確認されたと言って良いのですが、
BA.5株の感染はそれとはやや性質の異なるもので、
その検証と今後の変異の動向自体は、
まだ慎重に経緯をみてゆく必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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尿路結石小結石同時切除の再発予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

ちょっとバタバタしておりまして、
ブログの更新をお休みしていました。
また再開しますのでよろしくお願いします。

今日は金曜日なのでクリニックは休診です。
明日土曜日は代診で診療の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
尿路結石小結石同時切除の再発予防効果.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2022年8月11日掲載された、
尿路結石の治療についての論文です。

尿路結石症は腎臓から尿管、膀胱、尿道に繋がる尿路に、
カルシウムなどを含む結石が出来る病気です。

腎臓にある小さな結石は通常は無症状ですが、
大きな石が尿管に落ちて詰まると、
激しい痛みの発作が起こります。

こうした発作を起こす結石は治療が必要で、
状況や結石の性質に応じて、
衝撃波により結石を砕いて流してしまう治療や、
内視鏡を挿入して結石を砕いて取り出す治療などが行われます。

内視鏡的な治療の場合、
通常取り出すのは尿管を詰まらせている、
症状の原因となっている結石のみですが、
腎臓にある無症状の小さな結石を、
同時に排石した方が良いのでは、
という意見があります。

ある報告によると、
こうした無症状の小結石を放置することにより、
手術後5年で約半数の事例で結石の発作の再発が起こった、
と指摘されています。

ただ、実際に手術時に小結石を同時に除去すると、
その再発が予防されたとする、
精度の高い臨床データはこれまでに存在していません。

そこで今回の研究ではアメリカの複数施設において、
有症状の尿路結石の患者さんをくじ引きで2つの群に分けると、
一方は原因以外の6ミリ以下の小結石も同時に除去し、
もう一方は原因の結石のみの治療を施行して、
その後平均4.2年の経過観察を行っています。
対象は通常治療群が35名で小結石の治療を追加した治療群が38名です。

その結果、
観察期間中の結石による痛みの発作の再発は、
小結石の治療を行わないと63%に発症したのに対して、
小結石の治療も同時に行うと、
16%の再発に留まっていて、
小結石の治療を同時に行うことにより、
再発率は82%(95%CI:0.07から084)有意に低下していました。
小結石の治療を追加することにより、
当然手術時間は長くなりますが、
そのことによる合併症や有害事象の増加は、
有意には認められませんでした。

このように、
尿路結石の発作を起こしたような患者さんでは、
原因となった結石以外に、
その時点では無症状の小結石の除去も同時に行うことにより、
少なくとも5年程度の予後は確実に良くすることが明らかで、
今後こうした知見をもとにして検証が重ねられ、
それが尿路結石の実際の治療に反映されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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成人への解熱治療の有効性とリスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
解熱剤は悪か?.jpg
British Medical Journal誌に、
2022年7月12日ウェブ掲載された、
発熱に対する治療の有効性とリスクについての論文です。

熱は下げた方が良いのでしょうか、悪いのでしょうか?

これは古くで新しい問題です。

解熱剤で熱を一時的に下げたり、
クーリングと言って冷却材などで身体を直接冷やすことは、
病気により発熱して苦痛を感じている患者さんに対しては、
2000年以上前から一般的に行われている治療です。

勿論熱中症のように、
深部体温の上昇が病気の原因である場合には、
積極的に解熱を図ることが治療としても有効です。

ただ、感染症などで身体が自発的に発熱して、
体温が上昇しているような場合に、
それを下げることが果たして良いことなのかどうか、
というのはまた別の問題です。

熱が出ている状態はつらく、
痛みは苦痛を伴いますから、
一時的にせよ身体を冷やし、
その苦痛を和らげることは、
意味のある治療行為ではあります。

患者さんが楽になることは、
病状の経過に対しても意味のあることだからです。

その一方で熱は身体が自分を守るために、
意味があって出しているのだから、
それを無理に冷やすことは良くない、
という意見があります。

確かに発熱は炎症に伴っていることが多く、
体温が上昇した方が免疫力が高まって、
感染症の予後は良い、というデータもあります。
その一方で高熱は死亡リスクを上昇させ、
予後を悪化させるという報告もあります。

これはおそらくケースバイケースではないかと思われますが、
実際にこれまでに行われた研究は、
その多くが集中治療室の患者さんなど、
特定の特殊なケースで行われているものなので、
より一般的に「熱は下げた方が良いのか?」
というような疑問に、
明確に答えられるような情報を提供してはくれないのです。

今回の研究はこれまでの発熱治療(解熱剤やクーリングを含む)
に対する臨床試験のデータをまとめて解析したメタ解析で、
この問題に対するトータルな検証を行っているものです。

これまでの42の臨床研究に含まれる、
5140人の患者データをまとめて解析したところ、
発熱に対する治療がトータルにみて死亡リスクを低下させたり、
逆に明確に有害な影響をもたらすという根拠は、
確認されませんでした。

つまり、解熱治療をしても、
良い面でも悪い面でも、
病気の予後に影響を与えるという証拠はなかった、
ということになります。

データは条件にばらつきが多く、
その信頼性も総じて高いものではないので、
今回の検証から解熱治療の有効性も有害性も、
完全に否定は出来ませんが、
現状の認識として、
症状が辛い時に解熱剤を適度に使用することは、
個々の判断で行って問題はないように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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