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「母と暮せば」(2021年再演版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
大井競馬場で新型コロナワクチン集団接種のお手伝いです。

日曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
母と暮せば.jpg
井上ひさしさんの置き土産とでも言うべき作品の1つで、
先に公開された映画版を元にして、
新たに畑澤聖悟さんが戯曲化し、
初演され好評を博した「母と暮せば」が、
今紀伊國屋ホールで再演されています。

これは戯曲自体は後述のように、
首を傾げるような部分が多いのですが、
演劇の密度としては非常に水準の高い充実した作品です。
何より富田靖子さんと松下洸平さんという初演と同じコンビが、
本当に完成度の高い素晴らしい「純」な芝居を見せ、
栗山民也さんの演出も、
栗山さんとしては珍しく非常に色彩感が豊かで、
緻密な段取りが作品の完成度を高めていました。

栗山さんは地味で色彩感のない、
抽象的な舞台を作ることが多く、
「父と暮せば」の舞台もそのパターンでとても失望したのですが、
今回は舞台となった民家自体も、
非常にリアルかつ緻密に出来ていて、
中央の窓硝子に映る影に時間の移ろいを感じさせたり、
上手の階段で生の世界と死の世界の往来を表現したりと、
細かいところも手が込んでいます。

これね、2人芝居なのですが、
富田さんも松下さんも、ある意味我が道を行くという感じで、
あまり相手に合わせるということはなく、
自分の表現を磨く、というタイプなんですね。
芝居のスタイル自体もかなり違います。
それを、栗山さんが非常に巧みに交通整理をしていて、
特に前半はとても細かく動きや間合いも固めていると感じました。
それにより、ある意味水と油の様な2人が、
実に見事に舞台上で融合することが出来たのです。

栗山さんはこの作品で、
本当に良い仕事をしたと思います。

これは「父と暮せば」と対になる作品で、
いずれも1幕1時間半程度の2人芝居として作られています。
どちらも死者が生者を励ますという構造になっていて、
死者が生者に生きる希望を伝えるということを通して、
人間が死ぬことの無念と、それでも生きることに意味がある、
という普遍的なテーマを、
原爆投下による大量無差別虐殺という、
重い事実を背景に描いたものです。

元になった「父と暮せば」は、
一連の「庶民と戦争」を描いた井上さんの諸作の中で、
その1つの到達点となっている戯曲です。

多くの死者が1人の若い生者を励ますというテーマは、
「頭痛肩こり樋口一葉」という評伝劇の傑作に、
既にその萌芽があり、
ネタばれになるので題名は出しませんが、
後に書かれたある有名作も、
そのテーマの変奏曲として成立していました。

「母と暮せば」はその設定を逆転させている、
という点に特徴があり、
主人公は長崎の原爆で息子を失った母親で、
それから3年後に、生きる希望を失いかけていた母親の元に、
息子の幽霊が出現する、という筋立てになっています。

どうでしょうか?

ちょっと無理がありますよね。

如何にも井上ひさしさんの遺志を継ぐ劇作、
という体裁ですが、
井上さんは矢張りこうした作品は書かないと思うのですね。

構造上、命が次に引き継がれてゆく、
というところに意味があったからです。
死んだのが息子で母親が生き残っていたら、
そういうお話にはなりようがないでしょ。
親を残して子供が死ぬというのは、
これ以上の悲劇はない訳ですが、
それは井上さんが描いてきた世界とは、
またちょっと別物だという気がするのですね。
悲劇の頂点は息子が死んだ瞬間にあって、
それ以降は死者が復活でもしない限りは、
どうしても「後日談」になってしまうからです。

トータルに見て「母と暮せば」は「父と暮せば」と比較して、
戯曲としての結晶度が弱いと思うのですが、
それはこうした点に一番の理由があるような気がします。

エピソードも弱いんですよね。

息子の死も、ただ大学の講義の時に原爆が落ちた、
というだけでは印象が弱いですし、
登場しない息子の恋人の造形も、
ただ「待つ女」という感じで弱く、
身体の不自由な年上の男と結婚したというのも、
何だかなあ、という感じがします。

そんな訳で戯曲自体には不満もあるのですが、
2人のキャストの芝居は絶妙で演出も素晴らしく、
これからも上演を続けて欲しい、
素晴らしい芝居であることは間違いがありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「森フォレ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当しました。

レセプトでギリギリの攻防があり、
更新は夜となってしましました。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
森フォレ.jpg
レバノン出身の劇作家ワジディ・ムワワドが、
2006年に描いた戯曲「森フォレ」が、
今三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで上演されています。

ムワワド原作、上村聡史さん演出の舞台は、
前作の「岸リトラル」は観ているのですが、
正直その時はこの作品の真価が分からず、
苦痛なだけの観劇でした。

今回も、どうなのかしら、僕向きではないかな、
と思っていたのですが、
最初の1幕はちょっと抵抗もあったものの、
お話が進むにつれグイグイと引き付けられ、
特に3幕は最初から最後まで壮絶な場面の連続で、
演劇の快楽に酔いしれる時間となりました。

これね、2010年のモントリオールを舞台にして、
若い2人が自分達の血筋を過去へと遡る、
という物語なのですが、
次々と極彩色の絵巻物のように展開する歴史物語は、
何と19世紀中頃の普仏戦争まで遡り、
都合8から9世代に渡る多種多様なキャラが登場します。

普通こんな話、ごちゃごちゃするだけで、
とても成功しないと思うでしょ。

それがそうではないんですね。

歴史が遡るにつれ、
ゴシックロマンス的雰囲気が、濃厚に立ち上り、
現代には想像もつかない、
得体の知れない怪物が闊歩する異世界が、
立ち上がるのですね。

特にドイツアルデンヌの森に暮らす、
狂気の一家の物語は、
松尾スズキさんのかつてのアングラ芝居を彷彿とさせるような、
尋常ならざる凄味があり、
僕は大好きな松尾さんの「キレイ」を鑑賞しているような気分で、
この芝居の3幕前半を味わいました。

この芝居にはそうしたグランギニョール的な魅力があるのですが、
その後半には生涯出逢わなかった筈の親子が、
実は物語の前半で出逢っていた、
という極め付けの感動があり、
後半になって物語の本当に伝えたい部分が露わになると、
凡百の演劇では到底辿り着けないような、
深い感動が待っています。

これね、若い女性が自分の血筋を辿り、
そのルーツを辿るというお話なのですが、
結果的には人間にとって血筋や肉親、家族というものは、
実はあまり意味のないもので、
本当に重要なのは人間が共有している思いで、
それが世代や環境を越えて伝わり広がるところにこそ、
人間の本質があるという思想に至るのですね。

それを、2人の人間の性別を超えた魂の交流の中に、
具現化していると言う点に、
この作品の素晴らしさがあるのです。

凄い芝居だと思います。

演出もキャストもこの芝居の素晴らしさを、
十全に知っていることの分かる布陣で、
とても安定感がありますし、
現在日本で望みうる、
最高純度の演劇を見せてくれます。

キャストは全て素晴らしいのですが、
良い意味で無国籍性があって、
たとえば2幕で瀧本美織さんと麻美れいさんが出会うところなど、
国籍の違和感がまるでないのに感心します。

主役の瀧本美織さんは、
良くも化けたなあ、という、
ちょっと見には本人とはとても分からない見事な芝居で、
彼女が核になったことが、
この作品に華やかさを添えて、
その質を1段高いものにしていたと思います。

休憩を入れて3時間40分、
堂々たる大作で、
観賞に不安を覚える方もいるかと思いますが、
演劇の興趣に満ち、高い志を持った間違いのない傑作で、
日本で望みうる翻訳演劇の頂点として、
全ての演劇ファンに自信を持ってお勧めしたい傑作です。

凄いですよ、最高です。

ご興味のある方は是非!

石原がお送りしました。
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デルタ株に対する新型コロナワクチンの効果(スコットランドの住民データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
デルタ株への新型コロナワクチンの効果.jpg
Lancet誌に2021年6月26日掲載された、
デルタ株に対する新型コロナワクチンの有効性についての解説記事です。

新型コロナワクチンの接種は世界的に進行していますが、
最近危惧されているのは、
複数の遺伝子が従来型から変異していて、
その性質自体が変化したウイルスが、
従来型に置き換わって感染を拡大する、
所謂変異株の問題です。

特にインドで最初に感染拡大が報告された、
B1.617.2変異は、
WHOの呼称ではデルタ株と呼ばれていますが、
若年者に対する感染力と重症化率が高いとされ、
世界中で深刻な問題となりつつあります。

日本においても、
正確な疫学データはないので不明な点が多いのですが、
東京においてはB.1.1.7変異(アルファ株、以前の英国型)から、
デルタ株へ主体の流行に、
切り替わりつつあると想定されています。

デルタ株について問題となるのは、
現状使用されているワクチン、
特に有効性が高いファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンが、
どの程度の有効性を示すのか、
と言う点です。

アルファ株については、
従来型よりは劣るものの、
それほどは遜色のない有効性が、
イギリスの疫学データからは確認されています。

ただ、デルタ株に対する有効性については、
データが乏しいのが実際なのです。

今回紹介されているのは、
スコットランドにおける疫学データで、
スコットランドにおいては、
アルファ株主体の流行から、
現在はデルタ株主体の流行に置き換わっているようです。

これは全て遺伝子解析をして確認したデータではなく、
RT-PCR検査における、
その反応のパターンの違いからの推測で同定しているものですが、
全例に近い検証が行われている点がポイントです。

そこからの検証では、
デルタ株の感染により入院するリスクは、
アルファ株と比較して1.85倍(95%CI:1.39から2.47)有意に増加していました。

つまり、アルファ株と比較して、
デルタ株による感染は重症化のリスクが高いことを、
示唆するデータです。

ワクチンの有効率について現時点の情報で解析すると、
2回目接種から14日以上経過した時点で、
ファイザー・ビオンテック社ワクチンの、
遺伝子検査で診断された新型コロナ感染予防効果は、
アルファ株に対しては92%(95%CI:90から93)、
デルタ株に対しては79%(95%CI:75から82)と算出されました。

これは主に有症状感染の予防効果と同義と思われます。

一方でアストラゼネカ社ワクチンの同様の予防効果は、
アルファ株に対して73%(95%CI:66から78)、
デルタ株に対しては60%(95%CI:53から66)と算出されています。

このように、
ファイザー社のワクチンに関しては、
デルタ株に対しても一定の有効性が保たれている一方で、
mRNAワクチンの以外の有効性については、
甚だ心許ないというのが現状ですが、
今後変異株に対するワクチンの製造が急務であるとともに、
多くのワクチンをどのように使い分け、
どのような効果を期待するのかについては、
より詳細かつ実践的な検証が、
これも急務であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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インターロイキン6受容体拮抗薬の新型コロナウイルス感染症への有効性(2021年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
IL6抗体治療のコロナへの有効性.png
JAMA誌に2021年7月6日ウェブ掲載された、
サイトカインを抑制する生物学的製剤の、
新型コロナウイルス感染症に対する有効性を検証した、
メタ解析の論文です。

現状新型コロナウイルス感染症に有効とされる治療薬は、
ステロイド(糖質コルチコイド)剤と、
抗ウイルス剤のレムデシビルのみですが、
ステロイドと共に過剰な炎症を抑制する薬剤として、
複数の臨床試験が施行されているのが、
炎症性サイトカインのインターロイキン6を抑制する薬です。

最も広く使用されているのは、
インターロイキン受容体拮抗薬と言われる、
生物学的製剤の注射薬で、
その代表のトシリツマブ(商品名アクテムラ)と、
サリルマブ(商品名ケブザラ)は、
日本でも関節リウマチ治療薬として使用されています。

それでは、このタイプの薬には、
新型コロナウイルス感染症に対して、
どの程度の有効性があるのでしょうか?

今回の研究は、
これまでの主な精度の高い臨床試験のデータを、
まとめて解析したメタ解析です。

これまでの27の介入試験に含まれる、
トータルで10930名の新型コロナウイルス感染症事例を、
まとめて解析したところ、
インターロイキン6受容体拮抗薬による治療は、
偽薬もしくは通常治療のみと比較して、
治療開始後28日の時点での総死亡リスクを、
14%(95%CI:0.79から0.95)有意に低下させていました。

これを基礎治療としてステロイドが使用されている場合と、
使用されていない場合とに分けて解析すると、
使用している場合のインターロイキン6受容体拮抗薬の使用は、
偽薬もしくは通常治療のみと比較して、
治療開始後28日の時点での総死亡リスクを、
より大きく22%(95%CI:0.69から0.88)低下させている一方、
ステロイド未使用の場合のみの解析では、
死亡リスクの有意な低下は認められませんでした。

このように、
インターロイキン6受容体拮抗薬の使用は、
一定の生命予後の改善効果が認められますが、
それはステロイドの併用により顕著に認められ、
ステロイドとの併用が、
治療の大きな選択肢として、
注目される流れになりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナワクチン接種後の急性心筋炎(米軍接種23例報告) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は終日レセプト作業の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナワクチン後心筋炎23例.jpg
JAMA Cardiology誌に、
2021年6月29日掲載された、
新型コロナのmRNAワクチン接種後に報告された、
23例の急性心筋炎事例をまとめた報告です。

ファイザー社とモデルナ社による、
新型コロナウイルスmRNAワクチンは、
その有効性が世界中の臨床データにより実証されています。

ワクチンの歴史上、
これだけの有効性が確認されたワクチンは、
他にはないと断言しても誤りではないと思います。

ただ、勿論100%安全なワクチンがないことは、
これはもう間違いのない事実で、
mRNAワクチンについても、
アナフィラキシーなど稀な有害事象について、
検証が行われていることは、
皆さんもご存じの通りです。

最近その報告が注目されているのが、
ワクチン接種後の急性心筋炎の事例です。

前回7例のアメリカでの小児事例をまとめた論文をご紹介しました。

今回もアメリカでの事例ですが、
米軍ののべ281万回接種における、
23例の急性心筋炎の事例が解析されています。
これは母数が明確である点で重要なデータです。

これは1回、2回に関わらず、
接種後4日以内に発症した急性の胸の痛みを検査し、
心筋の逸脱酵素であるトロポニンなどの上昇があり、
MRI検査などで心筋炎とほぼ確定した事例のみを抽出しているものです。
その結果23事例が抽出され、
その年齢の中間値は25歳で20から51歳に分布しています。
報告の多い10代は含まれていないという点が1つのポイントです。

このうち7例はファイザー・ビオンテック社ワクチン接種後で、
残りの16例はモデルナ社ワクチン接種後の発症です。
これまでの事例はファイザー社が主体でしたが、
今回はむしろモデルナ社が多く、
これはmRNAワクチンに共通する有害事象である、
と言うことが分かります。

死亡事例などはありませんが、
16例が1週間くらいの経過で完治している一方、
7例は調査の段階でまだ胸部不快感が残存している、
と記載されています。

事例は全て男性で、
19例は2回目接種後に発症しています。

これを一般的な急性心筋炎の発症リスクと比較してみると、
トータル281万回接種全てを対象とした場合には、
2から52件の心筋炎が、ワクチンと無関係に発症する可能性があり、
実際の発生が23件であるとすると、
偶発的な所見の可能性が高い、という判断になります。
ただ、これを男性で2回目の接種を受けた436000回のみを対象とすると、
ワクチンと無関係な発症が0から8件と推測される一方で、
実際の発症は19件なので、
明らかに自然発症より頻度は多く、
ワクチン接種との関連がある可能性が高い、
という判断になります。

この頻度は単純計算で23000回の2回目接種当たり1件、
ということになり、
以前ご紹介したイスラエルでの報告が、
若年男性で2万人に1人ということでしたから、
ほぼ同じ発症率ということになります。

このように、
まだ因果関係は不明ですが、
若年(概ね20代くらいまで)の男性の、
mRNAワクチン2回目接種後に起こる、
胸部痛や胸部不快感などの症状は、
急性心筋炎の可能性を疑う必要があり、
心電図や血液トロポニンの測定を、
迅速に行ってその可能性を精査する必要があると思います。

クリニックでも、
滅多に急性心筋梗塞などの事例はないので、
これまでは用意していなかったのですが、
トロポニンの迅速キットを購入して、
その備えをしているところです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナワクチン接種の精子への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
新型コロナの精子への影響.jpg
JAMA誌に2021年6月17日ウェブ掲載されたレターですが、
新型コロナウイルスワクチン接種前後で、
健康成人男子の精子量やその運動率などを比較したものです。

新型コロナウイルスワクチンの接種は、
世界中で進行していますが、
日本よりワクチン接種が進行しているアメリカにおいても、
上記文献の記載によれば、
ワクチン接種を希望している国民は、
全体の56%に過ぎない、という統計があるようです。

その原因の1つとして、
多くのワクチンによる悪影響が報道されたり、
SNSなどで拡散されているという事実があり、
その1つとしてワクチンが不妊の原因になるのではないか、
というものがあります。

今回の検証は事例は少数でまだ確定的なものではありませんが、
精子数など男性不妊に対するワクチンの影響を検証したものです。

ファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンの臨床試験において、
精子数の減少などが報告されている訳ではありません。
ただ、新型コロナウイルス感染症自体が、
精子数の減少や運動率の低下などと関連している、
という報告はあり、
そこからワクチンの悪影響が危惧されているのです。

今回の検証はアメリカの単独施設(大学)において、
18歳から50歳の健康な男性を登録し、
新型コロナウイルス感染症の直近の感染のないことを確認した上で、
ファイザー社もしくはモデルナ社のワクチン接種前に精子を採取し、
2回目のワクチン接種の概ね70日後に、
2回目の精子の採取を施行して、
その精子数や運動率を比較しているものです。

登録者は45名で、
そのうち21名はファイザー社のワクチンを、
残りの24名はモデルナ社のワクチンを接種しています。

ワクチン接種前後の比較において、
精子の量や濃度、運動率などの指標は、
いずれもワクチン接種後に増加していました。
ただ、増加幅は小さく正常範囲での変動なので、
ワクチンにより精子数や運動率が改善する、
ということではなく、
悪影響は見られない、という判断の方が適切であるようです。

精子数の少ない乏精子症は8名に認められましたが、
7名はワクチン接種後に正常化しており、
残りの1名も接種後の低下は認められませんでした。

このように、まだ少数例で確定的なものではありませんが、
新型コロナウイルスmRNAワクチン自体が、
精子に影響を与えるという根拠は、
現状は考えにくいと、
そう思って良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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片頭痛に対する食事療法の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
片頭痛と食事.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年6月30日ウェブ掲載された、
片頭痛の予防のための食事療法の有効性についての論文です。

片頭痛は慢性頭痛の代表です。
頭の片側のズキズキする拍動性の頭痛で、
嘔吐などの症状を伴い、
目の前にギザギザの光が走るような前兆を、
伴うことがあります。

その発作は短期間に繰り返す事が多く、
日常生活に大きな負担となります。

頭痛は脳血管の拡張により起こる、
という考え方が以前は主流でしたが、
現在では脳の表面の硬膜に分布する、
脳神経の三叉神経が刺激され、
一種の炎症を起こすことがその主な要因と考えられています。

その発作の治療には、
トリプタン製剤と呼ばれる、
セロトニン受容体作動薬が使用され、
今年からは神経刺激性のペプチドである、
CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)への抗体が、
注射薬として使用開始されています。

ただ、いずれの薬も非常に高価で、
発作を完全に抑える、というほどの効果はありません。

片頭痛の発症には環境要因の関与も大きいと考えられています。
その1つとして注目されているのは食事中の脂肪酸の影響です。

多価不飽和脂肪酸にはn-3(オメガ3)系とn-6(オメガ6)系があり、
n-3系の代表はEPAやDHAで、
n-6系の代表はリノール酸やアラキドン酸です。
この多価不飽和脂肪酸は、
代謝を受けるとオキシリピンと呼ばれる代謝物となり、
神経終末を刺激して、
神経を活性化したり、逆に抑制したりする働きを持っています。

EPAやDHAは血管の炎症を抑制し、
動脈硬化の進行を予防するような働きを持つことが知られていますが、
神経終末においても、
痛みの伝達を抑えるような働きを持ち、
その一方で拮抗するリノール酸は、
痛みの刺激を強めるような働きを持っています。

それでは、
n-3系脂肪酸であるEPAやDHAを増やし、
n-6系脂肪酸であるリノール酸を減らす食事を摂ることにより、
片頭痛の抑制に繋がるのでしょうか?

今回の研究はアメリカの単独施設において、
1ヶ月に5から20日は片頭痛発作のある患者182名を、
くじ引きで3つの群に分けると、
1つ目の群は平均的な脂肪酸組成の食事を継続し、
2つ目の群はEPAとDHAを強化した食事を継続、
3つ目の群はEPAとDHAを強化した上にリノール酸を減らした食事を継続して、
16週間の経過観察を行なっています。

標準的な食事はEPAとDHAが併せて1日150mg未満で、
総エネルギーの7%程度がリノール酸であるもので、
EPAとDHA強化群は両者を併せて1日1.5グラムとするもので、
リノール酸を減らした食事は、
リノール酸を総エネルギーの1.8%以下にするものです。
こうした変化は、
主に使用する油の成分と、
脂の多い魚を用いるかどうかなどで調整されています。

その結果、
トータルな生活の改善においては、
明確な差は3群で認められませんでしたが、
1ヶ月のうちの頭痛回数は、
通常の食事群と比較して、
EPAとDHA強化群では2.0日(95%CI:-3.3から-0.7)
EPAとDHA強化に加えてリノール酸抑制群では4.0日(95%CI:-5.2から-2.7)、
それぞれ有意に抑制されていました。
1日のうちの頭痛時間や中等症以上の頭痛時間についても、
同様の傾向が認められました。

つまり、
食事により脂肪酸の摂取パターンを変えることにより、
片頭痛患者の片頭痛発作は抑制され、
その効果はEPAとDHAを増やすだけより、
それに加えてリノール酸を抑制することにより、
より高い効果に結び付いていた、
ということになります。

今回の結果は全くお金を掛けることなく、
高価な薬とほぼ同等の効果が達成されたという点で、
大きな意義のあるもので、
今後より実践的な検証に繋がることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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極私的新型コロナウイルス感染症情報(2021年7月4日) [仕事のこと]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
終日レセプト作業の予定です。

今日はクリニック周辺の感染症情報です。

6月下旬以降東京では感染者の増加が続いていますが、
現状クリニックでのRT-PCR事例は多くありません。

品川区からの情報では、
6月末からの感染確定事例は増加しており、
20代、30代の若年層が多いという点では、
東京全体の傾向と一致しています。

その点を受けてクリニックにおいても、
小児の発熱者にも、
以前より積極的に検査を施行する方針としています。

以前は未就学児はほぼ全例、
鼻腔からの検体で検査をしていましたが、
保育園でも唾液の採取などが行われるようになり、
お子さんも慣れて来ているのでしょうか、
最近では2歳以上は唾液での検査が可能なことが、
多くなっています。

これは進歩と言って良いのかどうか微妙です。

変異株の追跡は、
アルファ株(以前の英国型)が主体のN501Y変異は、
検査事例の8割を占めていることもあり
行なわない方針となっているようで、
今はデルタ株(以前のインド型)が主体のL482R変異のみで、
施行されているようです。

これは何度も書いていることですが、
現状全ての事例で検査が行われている訳ではなく、
無作為に検体が抽出されているという訳でもないので、
実体がどうであるのかは明確ではない、
というのが事実です。
自治体主導の検査は数は少数ですし、
それ以外は検査会社の自主性に任されているからです。

そうしたあまり根拠の乏しいデータを元にして、
「今日は何例のデルタ株が見付かった」と騒ぎ立てるのは、
全く意味のない扇動であるように思います。

現在一番知りたい情報は、
現行接種されているmRNAワクチンが、
デルタ株にどの程度有効であるか、
ということですが、
実験レベルのデータは開示されていても、
実臨床の疫学データは従来株のもので止まっていて、
少なくとも査読を経たような論文で、
こうした情報はないのが現状です。
(もし情報をお持ちの方はご教授下さい)

ワクチンの変異株に対する有効性と、
感染対策とは両輪である筈ですが、
それがないままの現状は、
臨床に携わるものとしては不安が大きいのです。

6月以降の感染者については、
症状的に拍動性の頭痛が強く、
咽頭痛と発熱が認められ、
扁桃炎の症状のように思われるのですが、
扁桃炎の所見は乏しい、
というのが特徴的です。
確かに味覚嗅覚障害の訴えは、
殆ど聞かなくなりました。

ただ、これが本当に変異株の特徴なのか、
と言う点については良く分かりません。

訳知り顔に、
「デルタ株の症状の特徴はこうだよ」
と言うような方もいますが、
実際には信頼の置ける疫学データがなく、
症例の分布自体も不確かなのですから、
少数の自験例のみで、
そうしたことを言うのは、
科学的ではないように思います。

ワクチン接種も混乱が続いており、
スタッフを含めて疲弊と消耗も大きいのが実際ですが、
現状の収束に向けて、
末端の臨床医として日々の業務に当たりたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんは良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「Arc アーク」(石川慶監督新作) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
アーク.jpg
石川慶監督の待望の新作が、
今ロードショー公開されています。

石川慶監督は、
長編1作目の「愚行録」から、
尋常ならざる映像センスで注目され、
次の「蜜蜂と遠雷」は商業企画映画でありながら、
感性豊かな堂々たる傑作でとても感心しました。

次は何をしてくれるのかしらと、
とても楽しみであったのですが、
中国系アメリカ人作家ケン・リュウのSF短編、
「Arc アーク」を、
作者自身のプロデュースで映画化する、
という意表を突いた企画で驚きました。

不老不死の実験台になった女性の数奇な運命を描いたもので、
これまでの2作品とは、
内容的には全く違いますが、
そのスタイリッシュで技巧的な映像センスは健在です。

今回はよりヨーロッパ映画的な感じで、
特に前半のカラーの部分は、
登場するのは日本人キャストが殆どですが、
その肌触りは日本映画めいたところが殆どありません。

ただ、面白かったかと言われると、
今回は正直面白くはありませんでしたし、
はっきり失敗作という感じでした。

これ、ほぼ原作通りの内容なのですが、
原作自体内容はかなり薄いんですね。
SFと称してはいますけれど、
不老不死のメカニズムについても、
「老化のいろんな遺伝子を操作する」というくらいしか、
説明がないんですね。
その意味ではとても適当です。

ただ、映像化した方が面白そう、
という感じはするんですね。

死体にポーズを付けて保存する、
というユニークなビジネスや、
それを活用した不老不死の技術など、
一体実際にはどんなイメージなのだろう、
と想像の膨らむ部分があるからです。

ただ、原作を読んでそれを期待して映画を観ても、
あまり納得のゆく映像が提示されている、
という訳ではありません。

死体のポージングにしても、
不老不死の技術論にしても、
一応原作の描かれた通りにやってみました、
という程度のサラリとした描写で、
監督の個性を感じさせるところがありません。
舞踏に近いテイストのモダンダンスが使われていますが、
それが1つの個性的なスタイルとして、
作品に溶け合っているというレベルではなく、
舞踏の動きのなぞり、
という感じに留まっていたのは、
舞踏好きとしては残念でした。

不老不死の処置も、
殆ど注射をするだけ、という感じなので、
これでは詰まらないと思いました。
CGをあまり使わないというのは、
1つのポリシーであったのかも知れませんし、
予算的な問題が大きかったのかも知れませんが、
どんなビジュアルでも表現出来る時代に、
この貧相さは如何なものだろうと感じました。
もう少し工夫するべきではなかったでしょうか?

この作品は主役の芳根京子さんが、
ドラマチックな筈の人生を、
非常に淡々と演じているのですね。
師匠と恋人と息子を全て失うのですが、
そのいずれもが何か些細なことのように描かれています。

それはそれで1つの見識ではあると思うのですが、
そうであれば、芳根さんを取り巻く面々が、
もっと過剰であっても良いと思うのですね。
そうでないとバランスが悪いと思うのですが、
寺島しのぶさん、岡田将生さん、小林薫さんと、
いずれももっと過剰に大暴れの出来る手練れが揃っているのに、
激情する部分は最低限しか見せないという抑制的なタッチで、
正直物足りなさを感じます。
小林薫さんなど、秘密を隠した無骨な漁師というのが、
少し前にテレビドラマでも、
ほぼ同じような役をやっていましたよね。
もっと他の設定があっても良かったのではないかしら。
如何にも凡庸に感じてしまいました。
岡田将生さんもメフィストフェレス的役柄なのですから、
もっと悪魔的で異常な部分があってもいいでしょ。
あまりに淡々として詰まらないと思います。

たとえば内田英治監督なら、
もっと濃いキャラに大暴れをさせたような素材でしょ。
どうも作品とスタイルが乖離しているように、
今回は感じてしまいました。

前半がカラーで後半がモノクロ、
というのもテンションが下がるんですね。
多分モノクロがやりたっかったのだろうな、
というようには感じるのですね。
色合い自体もただの白黒ではない濃淡があるんですよ。
相当凝っていると思うのですが、
矢張り地味でまったりしてしまうなあ、
というようには思ってしまいます。

総じて意欲作とは思うのですね。
単なる企画先行の失敗作ではないんです。
相当映像にも細部にも凝って、
力を入れて作っているのは分かるんですね。
ただ、どうも心が浮き立つような感じ、
テンションが上がる感じが皆無なので、
「ああ、何か見たな」という感じで終わったしまったのが実際でした。

でも、トリュフォーやタルコフスキーのSF映画も、
こんな感じではありましたよね。
素材の割には淡々としていて、
映像は妙に凝っているけれどチープでもあって、
何がやりたかったのが意味不明、
というようなところはあるでしょ。
そうした映画と比べて、
そう遜色はない仕上がりになっているので、
これはこれで良いのかな、と思わなくもありません。

僕は石川監督は大好きなので、
観て後悔はしませんでしたが、
監督のファン以外の方には、
とてもお勧め出来る内容ではありませんでした。

興味と忍耐力のある方のみにお勧めです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ファイザー社ワクチン1回接種後の予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ワクチン1回目接種後の有効性.jpg
JAMA Network Open誌に、
2021年6月7日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルスワクチン1回目接種後早期の、
ワクチンの有効性についての論文です。

新型コロナウイルスワクチンの接種が、
国内においても進行していますが、
必ず聞かれる質問の1つが、
1回目を打ってからどのくらいの期間が経てば、
その効果が現れるのか、ということです。

今回のデータは、
ワクチン接種が先行して進められているイスラエルのもので、
ファイザー社のワクチンを接種した、
16歳以上の503875名の、
初回接種から13から24日の時点までのワクチンの有効率を算出したものです。

その結果13から24日での有症状感染予防効果は、
51.4%(95%CI:16.3から71.8)と計算され、
予防効果が有意であるのは18日以降でした。
この1回接種後の有効率は、
年齢による明確な差はなく、
男女差も認められませんでした。

このようにファイザー・ビオンテック社の新型コロナワクチンの、
1回接種後の有症状感染予防効果は、
接種後18日以降で明確に認められ、
概ね50%程度と推定されました。

ざっくりな言い方になりますが、
ファイザー社のワクチンに関しては、
1回目の接種後18日以上経過すれば、
2回目の接種前でも、
インフルエンザワクチンに匹敵する程度の、
有症状感染予防効果はあると考えて良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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