SSブログ

糖尿病新薬チルゼパチドのセマグルチドとの比較(第3相臨床試験) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
チルゼパチドとGLP-1アナログの違い.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年6月25日ウェブ掲載された、
2型糖尿病治療の新薬、チルゼパチドの有効性を、
GLP-1アナログと比較した臨床試験の結果です。

昨日ご紹介したLancet論文とほぼ同時期に発表されたもので、
その続編というのか、
同じ第3相臨床試験の結果を、
2つに切り分けて発表されているものです。

イーライリリーが創薬したチルゼパチドは、
2種類あるインクレチンの、
GIPとGLP-1の受容体を、
共に刺激する性質を持つ、
週1回の注射薬です。

もともと2種類のインクレチンがあることは知られていましたが、
GIPは糖尿病では高度に低下していて、
あまり有用性がないと考えられていたので、
GLP-1の注射薬が先に開発されたという経緯があるのです。

今回その相補的作用を期待して、
その両者の受容体作動薬が開発されたのですが、
そこでポイントとなるのは、
本当にGLP-1アナログ製剤を超える有効性があるのか、
という点です。

そこで今回の臨床試験では、
週1回のGLP-1アナログ製剤であるセマグルチドの、
通常用量である1㎎と、
GIP/GLP-1アナログ製剤のチルゼパチドを、
こちらは5㎎、10㎎、15㎎という3種類の用量設定で用いて、
その効果を比較検証しています。

対象は2型糖尿病の1879名で、
くじ引きで4つの群に分けると、
40週の経過観察を行っています。

その結果、40週の時点での、
血糖コントロールの指標であるHbA1cの低下幅は、
セマグルチド群が平均で1.86%だったのに対して、
チルゼパチドの15㎎の高用量では2.30%で、
その差は0.45%(95%CI:-0.57から-0.32)と有意に認められました。

このように、
この製薬会社主導の臨床試験のみでは、
何とも言えない部分がありますし、
昨日のデータと解析対象や結果が微妙に違うという点も、
少し気にはなりますが、
そもそも飲み薬のDPP4阻害剤は、
GIPとGLP-1の両者を増加させる薬ですから、
それを強化したものと考えれば、
今回の薬に有用性のあることはほぼ間違いがなく、
後はそのコスト的な面などが、
まっとうなレベルのものであるかによって、
この薬が糖尿病治療の主軸の1つになるかどうかが、
今後決まるような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

GIP/GLP-1受容体作動薬の有効性(第3相臨床試験結果) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
インクレチンダブル刺激剤の効果.jpg
Lancet誌に2021年6月26日ウェブ掲載された、
糖尿病の新薬の第3相臨床試験の結果をまとめた論文です。

2型糖尿病の最近の治療において、
最も注目されているのは、
SGLT2阻害剤という飲み薬とGLP-1アナログという注射薬です。

従来の糖尿病治療薬の欠点であった、
重症の低血糖や体重増加、高インスリン血症などが生じにくく、
長期的な予後においても、
生命予後の改善や心血管疾患のリスク低下が、
精度の高い臨床データにおいて、
確認されつつあるからです。

ただ、その血糖降下作用は、
インスリンの注射やSU剤など従来の治療薬に比べるとマイルドで、
単剤では充分な血糖コントロールが得られにくい、
という欠点もありました。

その薬の長所はそのままに、
より血糖降下作用の強い薬剤が求められていたのです。

そして今回新薬として臨床試験が行なわれたのが、
GIP/GLP-1受容体作動薬です。

この薬はインクレチン関連薬であるGLP-1アナログに、
もう1種類ののインクレチンであるGIPの受容体を刺激する性質を、
同時に持たせた注射薬です。

インクレチンとは何でしょうか?

血液の中に糖分を直接入れるより、
口から同じ量の糖分を取る方が、
膵臓からのインスリンの出る量は多い、
という事実が以前から分かっていました。
この事実は、胃や腸の何処かから、
インスリンの出を刺激するような物質が、
分泌されているのではないか、
という推論に繋がります。
この推論上の物質を「インクレチン」と名付けたのです。

その後、このインクレチンの本体は、
小腸の上部から分泌される、
GIP(グルコース依存性インスリン分泌性ポリペプチド)と、
小腸の下部から分泌される、
GLP-1(グルカゴン様ペプチド)であることが分かりました。
いずれも、アミノ酸がくっついた1種のホルモンです。

このようにインクレチンには2種類があるのですが、
注射の受容体作動薬として開発されたのは、
GLP-1受容体作動薬だけでした。

これは何故かと言うと、
2型糖尿病の状態においては、
膵臓のインスリン分泌細胞におけるGIPの作用が、
大きく低下しているという知見があったからです。
そのためGIPの受容体の刺激単独では、
充分な作用が期待出来ないと考えられたのです。

ただ、もともとGIPとGLP-1は相補的な働きを持つホルモンなので、
GLP-1アナログにGIPアナログとしての作用を共に持たせれば、
より強力な血糖低下作用が得られるのでは、
という想定は可能で、
そのコンセプトの元に生まれたのが今回の薬なのです。

このチルゼパチド(Tirzepatide)と命名された、
製薬メーカー、イーライリリーによる薬剤は、
同一分子にGIPとGLP-1の両者の作用を併せ持ち、
週1回の注射薬として開発が進められています。

今回の第3相臨床試験においては、
18歳以上の2型糖尿病患者で、
生活改善のみではHbA1cが7.0から9.5%の状態の、
トータル705名の患者を、
偽薬もしくはチルゼパチド5mg、10mg、15mgの4群にくじ引きで分け、
40週間の経過観察を施行しています。

その結果、
チルゼパチドは用量依存性に血糖を低下させ、
15mgの使用ではHbA1cを2.07%低下させていました。
これは従来の治療薬単剤の効果を上回るもので、
体重も用量依存性に低下させ、
主な有害事象はGLP-1アナログと同様、
吐き気や下痢などの消化器症状でした。

このようにGIP/GLP-1受容体作動薬は、
GLP-1アナログを上回る有効性が認められ、
今後糖尿病治療の新たな第一選択薬に、
なる可能性を秘めた薬剤であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

誕生日パーティーと新型コロナ感染リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
バースデイとコロナ感線.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2021年6月21日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の感染リスクと、
誕生日との関連についての論文です。

何か、British Medical Journal誌の、
クリスマス特集のような企画論文ですが、
内容は至って大真面目であるようです。

人間の移動や大人数での交流を抑制しないと、
市中感染の段階に至った新型コロナウイルス感染症の流行を、
抑止することは出来ない、ということは、
これまでの数多くの疫学データにおいて、
実証されている事実ですが、
人間の活動の中心はそうした人間同士の交流にあるので、
実際にはそれを抑止することは非常に困難です。

本当はそれしか方法はないのだけれど、
今日の飲み会や旅行は止められないよね、
というのが多くの人の本音ではあると思いますし、
それはまっとうな考えであると思いますが、
中には「人の流れを止めなくてもコロナの抑制は可能だ!」
というような意見を大真面目であるのか、
それとも意図的に知識のない人を騙そうとしているのか、
どちらであるのかは分かりませんが、
声高に述べる専門家と称する方もいて、
勿論そんなことが出来れば誰も困らないのですが、
口当たりの良い意見には、
ついつい騙されてしまうのが人間という生き物の弱さで、
混沌とした中で結局リバウンドが起こっている、
というのが現状ではないかと思います。

さて、どういう条件をピンポイントで抑制すれば、
感染拡大を抑えられるのか、
逆に言えばどのような状況で感染拡大が起こりやすいのか、
という点を検証することは、
実効性のある感染予防策を講じる上で重要なことです。
イベントの無観客での開催や中止、
複数人の飲み会を抑制するための、
アルコールを提供する飲食店への営業制限などは、
そうした観点から行われている対策ですが、
家族を中心として少人数のイベントや交流に、
どの程度のリスクがあるのかについては、
これまであまり検証されていませんでした。

今回の検証は、
ホームパーティーなどの文化が盛んなアメリカにおいて、
家族の大人と子供の誕生日が、
その後の新型コロナウイルス感染症の患者数に、
どのような影響を与えるのかを、
アメリカの個人医療保険の大規模データを活用して検証しています。

アメリカ290万世帯のデータを解析したところ、
特に国内でも新型コロナウイルスの罹患率の多い郡では、
2週間前に家族の誕生日があると、
誕生日のない場合に比較して、
患者の発生は31%有意に増加していました。
その誕生日による患者の増加率は、
大人より子供の誕生日において際立って認められました。

このように、子供の誕生日のようなイベントで、
家族や近隣との密接な交流の機会があると、
それだけで明確に感染が増加しており、
市中感染が拡大した時期に感染拡大地域においては、
少人数の交流も極力抑制しないと、
感染の拡大を食い止めることは難しいのが実際であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0) 

「3年B組皆川先生~2.5時幻目~」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
3.jpg
細川徹さんの作・演出で、
皆川猿時さんと荒川良々さんがメインの舞台が、
今下北沢の本多劇場で上演されています。

これはもともと企画公演の「男子はだまってなさいよ」で、
皆川猿時さんと荒川良々さんが、
刑事のコンビをやるというコントがあり、
それが面白かったので、
独立して「あぶない刑事」のパロディが、
2回上演されました。
面白かったのですが、少人数で刑事ドラマのパロディをやる、
という設定に少し無理があり、
面白くもあり、ダレるところもあり、
というような内容でした。

今回は基本的にその刑事ドラマのメンバーが、
今度は学園ドラマのパロディに挑戦する、
というもので、
作品は構成も練られていて、
クライマックスが2.5次元ミュージカルになり、
ラストは卒業式というベタな展開も楽しく、
キャストの大暴れも充分に楽しめる、
とても楽しい作品に仕上がっていました。

細川作品としては久しぶりの大ヒットと言って良い内容で、
最初から最後までとても楽しい気分で、
爆笑というようよりニヤニヤしまくりの2時間で、
ウキウキする気分で劇場を後にしました。

何か楽しいお芝居を、という向きには、
今一番のお勧めです。

キャストは皆川さんと荒川さんが抜群の安定感で、
皆川さんは座長として前説まで手がける活躍です。
荒川さんは映像出演が多くなってから、
以前の「狂気」が影を潜めている感じがあったのですが、
今回はかつての「狂気」全開で、
これぞ良々という芝居で堪能しました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

「首切り王子と愚かな女」(蓬莱竜太新作) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも須田医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
首切り王子と愚かな女.jpg
パルコ劇場のプロデュース公演として、
蓬莱竜太さんの新作が、
今パルコ劇場で上演されています。

今最も脂が乗っていて、
現代と真正面から対峙している劇作家と言えば、
赤堀雅秋さんと並んで双璧と言えるのが、
蓬莱竜太さんだと思います。

ただ、お2人ともかなり作品の出来にはムラがあって、
素晴らしい作品が多くある一方で、
時間を無駄にした、としか思えないような、
観る値打ちを到底見いだせないような作品も、
少なからずあるのが特徴です。

今回は申し訳ないのですが、
その後者の部類であったように感じました。

最初から、これはちょっと駄目なパターンだな、
という感じがあって、
なんでこんなお話をこのレベルで作ろうと思ったの?
と疑問符ばかりが頭に浮かび、
後半になるとほぼほぼ展開も読めてしまって、
そのまま予定調和的に、
脱力系のラストに至り、
盛り上がるような場面も殆どありませんでした。

これね、何処か分からない王国を舞台にした、
純然たるファンタジーなんですよね。

お芝居でこうした素材を取り上げる時には、
そのまま上演しても、ハリウッドの映画みたいなものには、
リアリティの面でとても敵わないですよね。
それで、
通常はそれを描いている作者と作品世界とが交錯するようにしたり、
実はそれはゲームで、
それをプレイしている現実の登場人物が登場したり、
誰かの脳内妄想であったりと、
そうした仕掛けによって、
現実との接点を作って多視点で誤魔化すことが多いでしょ。

今回の作品は、そうしたことは全くしていないんですね。
ある意味王道のフィクションです。
でも、そうであれば、
もっと作品世界の構造が強固で、
観客をその世界に呑み込むような、
虚構としてのリアリティがないといけないと思うんですね。

でも、この作品はそういうものはないんですね。
首切り王子という名前の通り、
マザコンの王子が民衆を適当な罪状で死刑にしまくって、
それで恨みをかって暴動が起こるというだけの筋立てです。
周辺のキャラクターもそれなりに愛憎劇が盛り込まれてはいますが、
特に印象に残るものはありませんでした。

舞台がまた、具象的な装置なしで、
ただの稽古場でやる、という感じなんですね。
キャストは全員常に舞台上にいて、
楽屋みたいなブースに陣取るという設定です。

こういうのも本当に今更という感じでしょ。
野田秀樹さんはこうした演出の大家で、
最初は本当に稽古場みたいなセットなんですが、
ある瞬間に、それが別のリアルな虚構に見えるような、
「変貌の瞬間」が用意されているんですね。
今回の作品はそれがないんですよ。
だからただの予算削減の手抜きにしか見えないのです。

多分、予算を掛けられないとか色々な事情もあって、
こうした結果になったのだと思うのですが、
企画公演には時々こうしたことがありますよね。
とても残念な観劇でした。

キャストも主役級はともかくとして、
6人くらいのコロス的役割の人達が、
状況説明の台詞を喋るのですが、
それがとても質が低くて、
台詞を聞き取れなくて閉口しました。

でも蓬莱さんが現代を代表する劇作家であることは間違いがないので、
また次の傑作の出現を心待ちにしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(3)  コメント(0) 

喘息の3剤吸入併用療法の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
喘息の3者療法の有効性.jpg
JAMA誌に2021年5月19日ウェブ掲載された、
喘息の2剤と3剤の吸入薬の併用療法についての論文です。

喘息の治療は複数の生物学的製剤と呼ばれる、
サイトカインに対する抗体などが次々と発売され、
長足の進歩を遂げていますが、
非常に高額な薬であることが大きな問題で、
そうした製剤と比べれば安価な吸入薬を使用して、
如何に喘息の症状をコントロールし、
重症化を予防するかが臨床における1つのポイントとなっています。

喘息の治療の近年の基礎薬は、
吸入ステロイドであることは間違いがありません。

吸入ステロイド剤の単剤でコントロールが困難な場合や、
症状が残存する場合には、
長期間作用性β2刺激剤とという、
持続性の気管支拡張剤がそれに併用されます。

これが2剤併用療法で、
予め両者を一緒に入れた合剤が複数発売されています。

ここまでは国際的ガイドラインにおいても、
その有効性が実証されている治療です。

ただ、この2剤を併用して治療をしても、
コントロールが困難な事例も少なからずあります。

こうした場合に、
最近試みられることが多いのが、
長時間作用性抗コリン剤と呼ばれる、
またメカニズムの異なる気管支拡張剤の吸入薬の上乗せです。

吸入ステロイドに長時間作用性β2刺激剤を上乗せしたのが、
2剤併用療法で、
そこに更に長時間作用性抗コリン剤を上乗せするのが、
3剤併用療法です。

実際に3剤を予め一緒にした吸入薬も、
複数発売されていて、
臨床においても一般的な治療の1つとなりつつあります。

ところが…

実際にはこの3剤併用療法が、
本当に2剤併用療法より優れているのか、
と言う点については、
科学的検証が充分であるとは言えません。

2剤より3剤の方がよりいい筈だ、
という推測によって使用されている部分も大きいのです。

今回の研究はこの3剤併用療法を2剤併用療法と比較した、
これまでの20の介入試験に含まれる、
小児と成人の喘息事例トータル11894名をまとめて解析することにより、
この問題の検証を行なった、
システマティックレビューとメタ解析です。

これまでのデータをまとめて解析したところ、
2剤併用療法と比較して3剤併用療法は、
喘息の急性増悪のリスクを、
17%(95%CI: 0.77から0.90)有意に低下させていました。
ただ、死亡リスクや喘息に関連する生活の質については、
両群で有意な差は認められませんでした。
重篤な有害事象や副作用については、
両群で差は認められませんでした。

このように、
2剤併用療法と比較して3剤併用療法は、
喘息の症状の一部については、より有用であると思われる一方、
トータルな生活レベルや生命予後については、
明確な違いがありませんでした。

今後こうしたデータを元にして、
より実証的な臨床の指針が作成されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

降圧剤の脳内移行と認知症リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ARBと認知機能低下.jpg
Hypertension誌に、
2021年6月21日ウェブ掲載された、
降圧剤の脳内移行の有無と、
認知機能低下との関連についての論文です。

高血圧は動脈硬化を進行させ、
長期的には認知症のリスクでもあると考えられています。

高齢者における過度の降圧は脳の血流を低下させて、
認知症のリスクになることもありますが、
適切に血圧を下げることは、
認知機能にも良い影響を与えると考えられています。

降圧剤の中でも、
レニン・アンギオテンシン系という、
身体の体液量や塩分量を調整する働きを持つホルモンの働きを、
抑制する作用を持つ、
ACE阻害剤やARBと言われる降圧剤のグループは、
血管の炎症を抑制して、
認知機能の低下を予防する働きがあるとする、
複数の報告があります。

このACE阻害剤やARBには、
血液脳関門を介して脳へ移行するタイプのものと、
移行しないタイプのものがあります。

上記文献の記載によると、
ACE阻害剤のうち、
カプトプリル、フォシノプリル、リシノプリル、ペリンドプリル、
トランドラプリル、ラミプリルは脳内移行可能で、
ベナゼプリル、エナラプリル、キナプリル、モキシプリルは、
脳内移行はしないとされています。

ARBのうち、
テルミサルタン、カンデサルタンは脳内移行可能で、
オルメサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタンは、
脳内移行はしないとされています。

それでは、こうした脳内移行の有無と、
降圧剤の認知機能への影響には関連があるのでしょうか?

今回の検証は日本を含む世界6カ国で行なわれた、
14の疫学データをまとめて解析したメタ解析です。
14の研究のトータル12849名のデータをまとめて解析した結果、
脳内移行可能なACE阻害剤やARBは、
脳内移行をしない薬剤と比較して、
認知機能の1つである記憶の想起において、
有意に良好な成績を示していました。

これは、ACE阻害剤やARBの血管の炎症抑制などの効果が、
脳に薬剤が移行することにより、
効率的に作用した可能性を示唆しています。

このデータのみで降圧剤が認知機能に有用である、
とまでは言えませんが、
脳への影響を考えた場合、
ACE阻害剤やARBは、
血液脳関門を通過する薬剤を使用した方が、
良い可能性はありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

新型コロナウイルスB.1.1.7変異株の入院リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
イギリス型変異株の入院リスク.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年6月15日ウェブ掲載された、
日本でもその比率が拡大している、
B.1.1.7変異株の入院リスクを解析した論文です。

B.1.1.7変異株は一般に「英国型」とされ、
2020年11月に最初にイギリスで見付かり、
現在世界135カ国で検出されている、
最も現状広く世界に広がり、
かつ研究自体も進んでいる変異株です。

日本においても現在流行の主体となっていると想定されていますが、
日本では全例検査がされている訳ではなく、
無作為に抽出しての検査が行なわれているということもなく、
多くはゲノム解析ではなく、
N501Y点変異のみの解析で推測されているので、
その正確な広がりや比率は不明です。

その感染力は重症化率は、
従来型のウイルスより高いと推定されていますが、
データにより結果には違いがあり、
こちらも正確に分かっているとは言えない状態です。

今回の研究はイギリスにおいて、
839278名の遺伝子検査による新型コロナウイルス感染症確定事例のうち、
SGTFという特徴的な所見により、
それがB.1.1.7変異であると推測し、
この変異の有無と、
患者が診断から14日以内に入院するリスクとの関連を、
比較検証しているものです。

その結果、
従来型のウイルスの感染と比較して、
B.1.1.7変異株による感染では、
入院のリスクが1.52倍(95%CI:1.47から1.5’7)
有意に増加していました。

この入院リスクの増加は年齢と関連があり、
20歳未満の年齢層では入院リスクは0.93から1.21倍であったのに対して、
年齢が20から29歳では1.29倍となり、
30歳以上では1.45から1.65倍となっていました。

このように、
新型コロナウイルス感染症の入院リスクは、
従来型のウイルスよりB.1.1.7変異株の感染で高く、
それは重症化率が高いことを示唆している結果と考えられます。
そのリスクの増加は、
30歳以上でより顕著に認められました。

こうした傾向は日本の第4波と言われるような流行においても、
ほぼ同等の影響を及ぼしているように、
臨床医の体感としてはそう感じますが、
今後日本においても、
正確な疫学データとして、
検証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

低体温療法の有効性(2021年新知見) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
低体温療法.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2021年6月17日掲載された、
心停止後の患者さんに対する低体温療法の有効性を、
通常体温を目標とした場合と比較した臨床試験についての論文です。

病院の外で心停止した意識障害の患者は死亡リスクは高く、
死を免れても重篤な後遺症を残すことが多いことが知られています。

2002年のHACA研究という有名な介入試験があり、
そこでは心室細動・粗動で心停止した患者に対して、
患者の体温を32から34℃に維持することを目標として、
温度管理を行なう低体温療法を、
特にそうした処置を行なわない場合と比較しています。
その結果、半年後の死亡率や重篤な後遺症の発生率は、
いずれも低体温療法群で有意に改善していました。

他にも幾つかの臨床試験において、
同様の結果が報告され、
低体温療法は脳障害の回復促進のために有用である、
という考え方が一気に広まり、
臨床的にも推奨される流れとなったのです。

ところが…

2013年に発表されたTTM研究という介入試験があり、
それは院外での心停止後の患者さんに対して、
33℃を目標とした低温療法の温度管理と、
36℃を目標とした温度管理を比較したものでしたが、
今回は低体温療法は通常体温を目標とした場合と比較して、
明確な優位性を示すことが出来ませんでした。

低体温療法は有効ではないのでしょうか?

1つのポイントは2002年の試験と比較して、
温度管理の方法が2013年の試験では格段に進歩している、
という点にあります。
2002年の研究においては、
通常体温を目標とした治療群でも、
実際には発熱者が多く含まれていました。

つまり、低体温と発熱という比較においては、
明らかに低体温の方が予後が良いのですが、
発熱さえなければ、
必ずしも低体温にする必要はないのでは、
という疑問が生じているのです。

今回の研究はTTM2研究と題されているもので、
2013年のTTM研究の続編的性質のものです。

心原性もしくは不明の原因により、
病院の外で心停止を来たし昏睡状態となった、
トータル1900名の患者をくじ引きで2つの群に分けると、
一方は33℃を目標とする低体温療法を28時間持続し、
もう一方は37.5℃未満を目標とする平温療法を矢張り同時間持続して、
その後6ヶ月の時点での予後を比較検証しています。

その結果、
最終的に解析された1850名のうち、
低体温療法群925名中の50%に当たる465名が死亡していて、
一方で平温療法では、
925名中48%に当たる446名が死亡していました。
両群には有意な差はなく、
重篤な後遺症についても同様に有意な差はありませんでした。

つまり、今回の臨床試験においても、
33℃を目標とした低体温療法と、
37℃未満を目標とした平温療法との間には、
患者の予後に有意な差は見られませんでした。

この結果はただ、心停止後の患者さんの体温管理が、
重要ではない、という結果ではありません。
以前の心停止後の救命率は25%程度というデータがありますから、
今回の50%という救命率は、
体温管理の重要性を示すものでもあるのです。

問題は正常な体温より温度を低くすることの意味で、
実際には低体温にすることよりも、
発熱を予防して正常体温を維持することが、
心停止後の患者の救命のためには重要であることを、
今回の結果は示唆するもののように思われます。

今後こうした知見を元に、
より明確な治療指針が、
示されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(4)  コメント(0) 

新型コロナウイルスの飛沫感染のメカニズム(レビュー) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナウイルスの飛沫感染レビュー.jpg
Journal of Internal Medicine誌に、
2021年7月8日ウェブ掲載されたレビューですが、
新型コロナウイルスの飛沫感染と飛沫核感染(エアロゾル感染)について、
現時点での知見をまとめたものです。

新型コロナウイルス感染症の感染力は非常に強く、
正確には不明の点が多くありますが、
一部の変異株においては、
よりその感染力は増していると想定されています。

その感染の主体は飛沫感染です。
つまり、ウイルス粒子を含む水や粘液の塊が、
鼻や口の粘膜から侵入して感染を引き起こすのです。

その飛沫は大きさが100μmを超えるような大きな物から、
15μmより小さなものまで様々ですが、
空気中に浮遊した段階からその大きさは3分の1くらいに縮小します。
大きな飛沫は遠くまで飛ぶ一方で、
すぐに落下して下に落ちてしまいますが、
小さな飛沫はそのまま空気中を長期間漂うという性質があります。
これがエアロゾルです。

屋外での感染は主に大きな飛沫によるもので、
口から弾丸のように放たれた飛沫が、
そのまま相手の口や鼻に飛び込むことにより感染が起こります。
「唾を飛ばしてまくし立てる」というような言い方がありますが、
お酒を飲みながら大声で喋っているような人では、
口から飛ぶ唾が見えますよね。
あれが大きな飛沫です。
一方で小さな飛沫は直接弾丸のように相手に当たるということではなく、
そのまま周囲に空気中にエアロゾルとして漂って、
それが相手の呼吸により鼻や喉から吸い込まれます。
室内ではこのエアロゾル感染が主体となり、
換気が不十分な状態であれば、
その空気中の濃度が高まるので、
感染のリスクが増加するのです。

大きな飛沫による直接の飛沫感染と、
エアロゾルによる感染のどちらが主体であるかは、
まだ議論のあるところですが、
屋外では感染リスクはかなり下がると言う事実は、
エアロゾル感染がかなり大きな比率を占めることを、
示唆する根拠ではあるように思われます。

接触感染と言って、ウイルスの付着した物を介しての感染も、
ドアノブや水道の蛇口などを介して、
可能性としては指摘をされていますが、
当初考えられたほどその比率は大きなものではないようです。

現状この飛沫感染を予防する最善の方法は、
ユニバーサル・マスキング、
要するに複数の人と接触する可能性のある場では、
症状のあるなしに関わらず全員がマスクを装着することです。

換気をよくすることは、
エアロゾルの濃度を低下させるという点で有効です。
パーテーションなどの使用は、
大きな粒子による直接の飛沫感染の予防にはなりますが、
エアロゾル感染の予防にはならないので、
その有効性はかなり限定的です。
ただ、屋外でパーテーションを使用することは、
屋外の感染が直接の飛沫感染主体であることを考えれば、
有効であると推定することが出来ます。

マスクの有効性を図示したのがこちらです。
コロナウイルスの飛沫感染レビューの図.jpg
上の図がマスクのない場合。
大きな青い粒子はそのまま相手に到達し、
エアロゾルとして周囲を漂う小さな粒子は、
呼吸に伴って体内に入ります。

これが下の図のように両者がマスクをすることにより、
完全にエアロゾル感染まで阻止することは出来ませんが、
侵入するウイルス量を格段に減らすことになるのが分かります。

マスクの隙間よりウイルスは小さいのだから、
マスクは無効だ、とする意見がありますが、
通常はウイルス単体で感染が成立することはなく、
飛沫として侵入するので、
飛沫の阻止にはマスクが有効というのがその反論なのです。

これまでのデータの解析の結果、
理屈の上ではたった1個のウイルス粒子によっても、
感染は成立するという可能性があります。

ただ、通常少量のウイルスは、
殆どが身体の自然免疫の働きによって駆除されますから、
その感染確率はかなり低く、
大多数の感染はある程度多くのウイルスに曝露された時に、
初めて感染が成立すると考えた方が良いようです。

今日は新型コロナウイルス飛沫感染のまとめでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(5)  コメント(0)