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瀬尾まいこ「そして、バトンは渡された」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
そして、バトンは渡された.jpg
最近は小説というと、
映画の予習で読むことが多くて、
この小説は2019年本屋大賞受賞作ということで、
本屋大賞受賞作というのは、
基本的には僕向きではないことが多いので、
スルーすることにしているのですが、
映画が公開されるということで、
その予習として読むことにしました。

それと言うのも、
複雑な家庭環境の女子高生を主人公とした、
単純な家族の感動物語なのかと思っていたら、
映画の予告では、
「この家族には命懸けで守っている秘密がある」
みたいなナレーションがあって、
キャストが号泣したり茫然としたりしているので、
これはひょっとしたら、
誰かと誰かをこうした関係と思っていたら、
実は本当はこれこれであったのを、
何十年も隠していたのよ、
みたいな、驚いて感動みたいな話なのかしら、
東野圭吾の「秘密」みたいなあれかしら、
と妄想が膨らんでしまい、
それなら読まねばと思って、
連休を利用して、
結構じっくり読んでみました。

そうしたらね…

勿論悪くはなかったのですよ。
とても素晴らしい作品ではあって、
上白石萌音さん絶賛ということで、
それはさぞや感動されたことでしょう、
良かったですね、という感じなのですが、
あまり僕向きの話ではなくて、
つまり家族と人間の絆の素晴らしさを高らかに歌い上げるという、
本屋大賞受賞にふさわしい、
王道の作品であって、
特に内容にひねりなどはなく、
ラストは結婚式ですから「秘密」と同じなのですが、
別に秘密が明らかになるようなことはなく、
そのまま終わってしまいました。

オープニングだけ語り手が変わるんですね。
それって、如何にも叙述トリックがありそうでしょ。
意味もなく少し期待をしてしまったのですが、
別にそうした意味ではありませんでした。

ただ、勿論このお話はそれで良いのですよね。
映画の宣伝の仕方が酷いだけなのです。
こういうミスリードな宣伝は絶対しちゃいけないですよね。
まあ映画を見たら、原作にないどんでん返しがあって、
実は私が本当のお母さんなのよ、みたいに言われたり、
僕と君とは実は兄弟なんだよと言われたり、
僕はもう10年前に死んでいるんだよ、
みたいに言われたら、それはもうびっくりしますが、
多分そうしたことはないのだと思います。

以下少しネタバレがありますので、
これから読まれる予定の方は、
読了後にお読みください。

主人公は幼い時に母親に捨てられるのですね、
まあ義母ではあるのですが、
本当の母親は3歳の時に亡くなっているので、
母親と言って良い人に捨てられるんですね。
普通「その恨みを持ち続けて…」みたいなお話が定番でしょ。
それがそうならないんですね。
あのお母さんのおかげで、
いつも笑っていられる人になれた、
みたいに肯定しているんですね。
そんなことあるかよ、という気もチラリとするのですが、
主人公の造形に説得力があるので、
なるほど、と感じる部分もあるのです。

で、その主人公が、
高校生になって、
30代の男性を「父親」にして、
2人だけの家族で暮らしているんですね。
東大出のエリートサラリーマンで変人で、
一生結婚出来なさそうな人なんですが、
それを主人公を捨てた奔放な母親が、
敢えて選んで家族にしてしまったんですね。

なるほど。
評判になるだけあって、
その人間関係の捻り方と、
人物の配置の仕方に妙がありますね。
途中で主人公はイジメにあうのですが、
それを若い「父親」に全部話すんですね。
別に話したから解決する訳ではないのですが、
全て話しているうちに、
そう大したことのないことのように、
思えて来て、
そのうちに大したことなくなってしまうんですね。

これも、
「そんなことあるかよ。イジメってもっと底なし沼だぜ」
というようにチラリと思うのですが、
これはこれでいいんですね。
「隠さずに家族に話せばイジメも解決する」
というお話なので、
そのままだと、
そりゃないよ、と思うのですが、
その家族を何回目かのお父さんにして、
それも変人にしているのがクレヴァーなんですね。

つまり、不自然な設定を、
敢えて重ねることで自然に感じさせてしまう、
という結構な荒業なのです。

これ映画にするなら誰をキャスティングしますかね?

先に映画の予告を一度見てしまったのですが、
不思議と誰が出ていたのか忘れてしまったので、
もう一度考えてみました。

主人公は清原果耶さんか中山杏奈さん辺りかしら。
本当は本物の17歳を、
オーディションで選びたいところですね。
わざとらしくしたくないですもんね。
変人のお父さんは、
これはもう田村健太郎さんの一択なんですね。
読んでいてそのイメージしか浮かびませんでした。
二度目のお金持ちのお父さんは小日向文世さん。
奔放な義母が難しいのですが、
瀧内公美さんが今だと悪くないのじゃないかしら。
後は「Mother」の印象があるので、
長澤まさみさんも、
悪くないかも知れません。

それで映画のサイトで答え合わせをすると、
「ああーっ…」という感じでしたね。
特に主人公と義母のキャストは、
気持ちは分かりますが、
無理がありますよね。

そんな訳であまり僕向きの小説ではなかったのですが、
それなりに楽しむことが出来ました。
この小説がお好きな方には、
失礼があったかも知れません。
個人の好みということで、
お許し頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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佐藤正午「ジャンプ」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ジャンプ.jpg
佐藤正午さんの2000年刊行の傑作「ジャンプ」です。

佐藤正午さんはこの作品を最初に読んで、
ちょっと仰天するくらいの感銘を受けました。

それで今度は処女作から順番に全ての作品を読もうと思いました。

これまでそうやって全作品を読んだのは、
トルストイ(翻訳のみ)、芥川龍之介、松本清張(沢山あり過ぎて大変)、
村上春樹、西加奈子、万城目学(少ししかないので楽)、
くらいなので滅多にはないことなのですが、
これが結構大変で、すぐ挫折しました。
初期作はともかく読みにくくて、
文章のリズムが合わないんですね。
それで大分飛ばして「Y」を読んだら、
これはまあ、あまり良くはないけど、
そう悪くもないな、と思って、
「ジャンプ」以降の作品を読むと、
こちらはもう抜群なんですね。
「5」も「アンダーレポート」もとても素晴らしくて、
こりゃ大事に読まないと勿体ない、
という気分になって、
本は一通り買ってあるのですが、
「鳩の撃退法」も「月の満ち欠け」も、
まだ読まないで大切に取ってあります。
どうせ傑作でしょ。
読まなくても分かります。

でも、「鳩の撃退法」が映画化されるとのことなので、
その公開までには「鳩の撃退法」も読まなければいけなくなりました。
こうした時には映画化やドラマ化というのは、
こちらのリズムを乱すので、
とても迷惑です。

「ジャンプ」はね、
主人公のガールフレンドが、
ある夜にリンゴを買いに行ったまま失踪してしまって、
その原因が全く分からなくて、
彼女を探し続けるという話なんですね。

タッチとしてはハードボイルドなんですね。
チャンドラーにしてもロス・マクドナルドにしても、
ハードボイルドの物語の始まりは失踪ですよね。
それも圧倒的に女性の失踪で、
それを男が探そうとするうちに、
犯罪事件に巻き込まれ、
「これ以上あの女を探すな!」みたいに、
ギャングの用心棒に脅されて、
リンチを受けて死に掛けるのですが、
それでも主人公は女を探すのを止めない、
というようなお話です。
そしてラストでは決まって主人公は愛する誰かを失い、
意外で悲しい真相が露わになるのです。

この「ジャンプ」もその感じで物語は進むのですが、
別に主人公は殺されかけるということもなく、
比較的のんびりとした捜索劇が続きます。
でも、何故彼女はあの時姿を消して、
そしてずっと自分から姿を隠したままでいるのか、
という謎は、
かつての名作ハードボイルドに引けを取らない、
魅力的な人生の難問であり続けるのですね。

平凡な人生の謎が魅力的な物語に姿を変える、
これが多分佐藤正午さんの作品の、
根幹にある面白さです。
そして、それが最もシンプルな形で、
最初に姿を見せた傑作が、
この「ジャンプ」なんですね。

ラストに主人公はこの物語の解決を手にするのですが、
それは人生そのもののように、
切なくて苦いものなのですね。

この作品は決してミステリーではないのですが、
ミステリーの原型を見るような、
そうした凄みのある意外な結末が、
「ジャンプ」のラストにはあります。

ただ、どうなのかな、
このラストは読者を選ぶところがあって、
とても感銘と衝撃を受ける人もいれば、
「ふーん、それで…?」
というくらいの感想しか持たない人もいると思います。
そうした人にとってはこの作品は、
駄作ではないけれど、
もったいぶっている割に左程面白くはない、
というような評価になりそうです。

これはもうその人の人生の考え方による違いだと思うので、
勿論どちらが正解ということではなくて、
僕はとても感銘を受けたのですが、
そうした読み手によって印象は変わるタイプの作品なのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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大腸ポリープの家族歴と大腸癌との関連(スウェーデンの疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ポリープと大腸癌.jpg
British Medical Journal誌に、
2021年5月4日ウェブ掲載された、
大腸ポリープの家族歴と大腸癌リスクとの関連についての論文です。

大腸癌はスクリーニング(検診)の有効性が、
確認されている数少ない癌の1つです。

大腸癌の多くは、
腺腫性ポリープから遺伝子変異が集積して、
発癌に至ることが分かっています。
そのため、大腸内視鏡検査でポリープを早期発見し、
それを内視鏡的に切除することにより、
大腸癌は予防され、
検診による生命予後の改善も確認されているのです。

家族性腺腫性ポリポーシスという遺伝性の疾患があり、
これは大腸などにポリープが多発して、
放置すれば高率に癌化するという病気です。

ただ、そうした病気がなくても、
通常の腺腫性ポリープも家族で発生しやすい傾向はあり、
大腸ポリープの家族歴は、
大腸癌発症の一定のリスクであると想定されていますが、
それではどのくらいのリスクがあるのか、
という点については、
あまり明確なことが分かっている訳ではありません。

今回の研究は、
国民総背番号制が取られているスウェーデンにおいて、
大腸癌の事例68060名を、
条件をマッチさせた333753名のコントロールとマッチングさせて、
大腸ポリープの家族歴と、
その後の大腸癌リスクとの関連を比較検証しています。

その結果、
親など一親等に大腸ポリープがあると、
その後の大腸癌リスクは1.40倍(95%CI:1.35から1.45)、
有意に増加していました。
ポリープの種類で分けると、
過形成性ポリープは1.23倍に対して、
腺腫性ポリープは1.44倍となっています。

この大腸ポリープの家族歴と大腸癌との関連は、
一親等の大腸ポリープ患者が2人以上では、
1.70倍(95%CI:1.52から1.90)、
家族の大腸ポリープの診断が50歳未満であると、
1.77倍(95%CI:1.57 から1.99)と、
それぞれ高くなっていました。

特に年齢が50歳未満で診断された大腸癌のリスクに限って解析すると、
一親等の大腸ポリープ患者が2人以上では、
3.34倍(95%CI:2.05から5.43)とより高くなっていました。

このように一親等に大腸ポリープの患者さんが、
特に2人以上いる場合の大腸癌発症リスクは高く、
大腸癌スクリーニングをどのような対象者に行う必要があるかは、
こうしたデータも取り入れつつ、
検証される必要があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ヒスタミンと運動との関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ヒスタミンと運動.jpg
Science Advances誌に、
2021年4月14日掲載された、
ヒスタミンと運動との関連についての論文です。

とても面白くて刺激的な内容だと思います。

運動が健康に良いということは、
多くの疫学データにより実証されている事実です。

適度な運動習慣は、
心血管疾患や糖尿病、気管支喘息などの慢性疾患の多くにおいて、
その予防にもなると共に、
治療でも有効であることが実証されています。

しかし、こうした運動の慢性効果のメカニズムが、
実際にどのようなものであるのかについては、
必ずしも明確なことが分かっていません。

運動というのは基本的に身体に負荷を掛ける行為です。
運動により筋肉の血流は増加し、
細胞内のミトコンドリアのエネルギー産生は増し、
インスリンの感受性は高まり、
全身の血流状態も改善します。

これは基本的には筋肉に負荷が掛かることに対する、
身体の適応(順応)のシステムが関連していると想定されていますが、
その詳細なメカニズムは不明の点が多いのが実際です。

それ以外に筋肉由来の一種のホルモンが、
脂肪の燃焼を促すような仕組みも、
報告されています。

さて、運動に伴う血流増加の仕組みにおいて、
最近注目されているのがヒスタミンの働きです。

ヒスタミンはヒスチジンというアミノ酸から合成される生体アミンで、
その多くは白血球に蓄えられて刺激により分泌され、
それ以外に少量が胃粘膜と脳に存在しています。
ヒスタミンの増加は、
じんま疹や鼻水などのアレルギー症状を引き起こし、
脳では覚醒アミンとして覚醒状態のコントロールを行い、
胃粘膜では胃酸の分泌を刺激します。

ヒスタミンには複数の受容体があり、
H1受容体が刺激されると主にじんま疹や鼻水などの反応が起こり、
H2受容体が刺激されると胃酸の分泌が主に抑制されます。
そのためH1受容体の阻害剤が、
風邪や花粉症の治療には使用され、
H2受容体の阻害剤が、
胃潰瘍や胃炎の薬として使用されているのです。

さて、このヒスタミンは、
運動後の血流増加を引き起こす原因物質の1つであることが、
以前より指摘されています。

しかし、運動後に起こる全身変化のうち、
ヒスタミンがどの程度影響しているのかの実際については、
まだあまり明確なことが分かっていません。

そこで今回の検証では、
健康なボランティアを被験者として、
運動による急性の身体の変化と、
それを繰り返した場合の慢性の変化を、
くじ引きで2つの群に分け、
一方はH1受容体とH2受容体の、
両方の阻害剤を服用後に運動し、
もう一方は偽薬を服用後に運動して、
血流や血管内膜機能、インスリン感受性、
ミトコンドリアのエネルギー産生能などを、
比較検証しています。
例数は急性影響で8名、慢性影響でも20名と少ないのですが、
非常に詳細な生理学的分析がされています。

使用されている薬剤は、
H1受容体の阻害剤としてフェキソフェナジン(商品名アレグラなど)を、
単回で540㎎使用し、
H2受容体の阻害剤としてはラニチジン(商品名ザンタックなど)を単回で300㎎、
もしくはフェモチジン(商品名ガスターなど)を単回で40mgが、
使用されています。
これは胃薬は通常の日本での1日量を1回という量で、
フェキソフェナジンは日本での1日量は、
120mgから240mgなのでかなり多いのですが、
海外では180mgの単回投与が一般的なので、
その3錠分を1回で、ということになります。
ただ、この薬は単回で800mgまでは、
人体に有害な影響はないとされています。

その結果、
試験開始後6週間後の運動機能の改善度や、
ミトコンドリアのエネルギー産生能などは、
偽薬に比較してヒスタミン拮抗薬使用群では、
有意に低下していました。

また、
抹消のインスリン感受性やブドウ糖の取り込み能、
末梢血管の血流や内膜機能においても、
その改善度はヒスタミン拮抗薬使用群で有意に低下していました。

そして急性影響についても、
運動後の血流増加は、
ヒスタミン拮抗薬の使用により抑制されていました。

つまり、運動による健康影響のうち、
糖代謝や血流改善、エネルギー代謝の増加などは、
主にヒスタミンの増加によりコントロールされていて、
通常の使用量の倍量程度の、
一般的なヒスタミン阻害剤の服用により、
かなり大きな影響が出ることが確認されたのです。

この結果はまた別個のデータにより、
検証される必要がありますが、
H1ブロッカーとH2ブロッカーの併用により、
これだけ大きな影響があるという指摘は重要視する必要があり、
今後その適正使用についても、
問題となる可能性を秘めていると思います。

今後の検証に注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「顔のない眼」(1960年フランス映画) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
顔のない眼.jpg
怪奇映画の名作を振り返る3連発の第3弾は、
フランス怪奇映画の大傑作「顔のない眼」です。

1960年のこれはモノクロ映画で、
当時はモノクロとカラーの映画が半々くらいですかね。
内容によりモノクロの方が気分が出るものはモノクロで、
というのが当時のスタイルだったと思います。

これは物凄く即物的な映画で、
怪奇映画なのですが、
超自然的な怪物や現象などは皆無です。
では何が怖いのかと言うと、
それは勿論「人間」なのですね。

天才外科医の美しい娘が、
事故に遭って二目と見られぬ顔に、
なってしまうんですね。
それで娘は仮面を付けて、
古城のような家の中に引き籠っているのですが、
その娘の顔を元に戻そうと、
天才外科医は昔自分が手術した部下の女性に命じて、
娘と同じ年代の少女をさらって来て、
殺してその顔の皮を剥がし、
それを自分の娘に移植しようとする、
という話です。

酷いでしょ。

その手術がなかなか上手くいかなくて、
最初は良くても移植した皮膚が、
どんどん壊死してしまうんですね。
それでまた別の娘をいけにえに…
ということを繰り返しているのですが、
外科医の娘も精神に異常を来して、
獰猛な犬に父親を食い殺させると、
仮面を付けて森の中に消えてゆくのです。

思わず呆然として、
自分も死にたくなってしまうようなラストです。

ともかく救いの欠片もないような非情な話で、
非人間的過ぎて却って清々しい感じすらします。
こうしたムードはフランス映画以外ではまずないですね。

これ、当時としては非常に生々しい手術場面があって、
モノクロである分凄みがあるのと、
下品になり過ぎないんですね。
日本公開当時にはそれが残酷過ぎるとして問題になり、
手術場面をカットした短縮版が作られたようです。

この映画はテレビなどでは殆ど見る機会がなくて、
僕は初見はフィルムセンターの「フランス映画特集」だったのですが、
フィルムセンンターであるにも関わらず、
上映されたのは手術シーンのない短縮版でした。

高校生の時でしたが、
とてもとてもがっかりしました。

その後ビデオテープでソフト化されて、
こちらは完全版だったので、
その時に初めて全うな形で鑑賞した、
ということになります。
大学生の時でした。

この映画はバランスがいいんですね。
即物的な狂気の世界を描いているのですが、
それでいて高い幻想性があるんですね。
舞台を古城に設定していて、
ゴシックホラーの現代版を狙っているんです。
少女が白いマスクで顔を隠して、
古城を彷徨う場面とか、
ラスト森の中に消えてゆくところとか、
ゴシックホラーそのものなのですが、
それでいて「怪物」ではなく、
事故に遭った悲しい少女であるに過ぎない、
というところがとても複雑な味わいを出しています。

このマスクもとても印象的で、
後に「犬神家の一族」の助清のマスクは、
これが元ネタなんですね。

マッドサイエンティストものの変形ですが、
まあ実に上手く考えましたよね。
公開当時も多くの亜流を生んで、
二番煎じの「顔のない眼」みたいな映画が世界中で量産されました。
今でも似たような映画はあるでしょ。
全てオリジナルはこの映画で、
それも今に至るまでこの映画を超えた作品は、
1本もないと断言出来ます。

古典であり、カルトである、
という凄い映画です。

フランジュ監督の映画は、
他にも怪奇映画めいたものもあり、
それから屠殺場のドキュメンタリーとか、
変なものもあるのですが、
幾つか見ましたがそれほど冴えたところはないのですね。
この映画のみ突然変異的に良く出来ている、
というのが実際であるようです。

この映画に関してはそれほど多くのヴァージョンはなく、
手術場面のない短縮版がある、
というだけであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「血とバラ」(1961年ロジェ・ヴァディム監督作品) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は連休でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
血とバラ.jpg
昨日に続き、
怪奇映画の名作を振り返ります。

完全にマニアックな趣味の世界なので、
ご興味のない方はスルーして下さい。

1957年から1963年くらいの間が、
怪奇映画の最大の黄金時代です。

旗振り役は昨日ご紹介したハマーフィルムで、
「フランケンシュタインの逆襲」と「吸血鬼ドラキュラ」が、
世界的に大ヒットしたので、
それを真似た怪奇映画があちこちで作られたのです。
本国イギリスでも多くの映画が作られましたし、
アメリカは表現規制の問題があって、
まだSFの時代が続くのですが、
ロジャー・コーマンがポーの作品を、
自由自在に脚色して色彩映画として成功。
同時期にイタリアで巨匠マリオ・ヴァ―ヴァが、
英国製とはまた変わった世界を確立しましたし、
フランスではまた独自の感性を持った怪奇映画が作られました。
その代表的な傑作が、
このロジェ・ヴァディムの「血とバラ」と、
明日ご紹介するフランジェの「顔のない眼」です。

昨日の「吸血鬼ドラキュラ」は、
長くテレビでも見ることが出来なかった作品ですが、
この「血とバラ」は、
東京では当時の東京12チャンネルで昼や夜に繰り返し放映され、
何度も見る機会がありました。

フランスの古城を舞台に、
現代に過去の女吸血鬼が、
孤独なミラルカという若い女性の姿を借りて蘇る、
という話で、
直接的な吸血鬼の描写などは皆無で、
心理的なほのめかしのみに終始して、
唯一の吸血シーンも、
象徴的な夢の場面に変換されて表現される、
というかなり異色の映画でした。

ただ、全体が妙に艶めかしく、
むせかえるような官能の表現に満ちていて、
「そうか、吸血鬼になると、
人間である時には抑えられていた何かが解放されるのね」
と初見は小学生4年生くらいの時だったと思いますが、
そう感じたことを覚えています。

映画全体の謎めいた感じ、
1時間半もないという短さ、
バラの棘に刺されて指先から垂れた、
1滴の血を唇から舐めとるなどの、
ヴァディム監督独特の官能的な描写、
ひたすら美しく撮られた女性達、
当時流行の精神分析的解釈と、
モノクロの幻想シーンに真紅の血が溢れたり、
ラスト赤いバラが見る見る萎れるような、
遊び心のある象徴的な映像などが、
絶妙にブレンドされて唯一無二の傑作に昇華されたのです。

大林宜彦監督はこの映画を愛して、
何度も自分の映画に引用していますし、
映画評論家の石上三登志さんは、
その幻想シーンの解釈などについての、
如何にもインテリ好みの解説を発表しています。

しかし…

実はこの映画は、
どうやらヴァディム監督のオリジナルそのものでは、
ないようなのですね。

ドイツ版というDVDが販売されていて、
それを見ると画格もシネスコサイズで、
今まで見慣れていたスタンダードではありませんし、
何より映画を代表する筈の、
吸血の幻想シーンがありません。
その代わり血まみれの乳房が露わになるような、
当時は成人映画でないと許されないような描写もあり、
全体に重く沈んだ映像は、
当時のヨーロッパ官能映画そのものでした。

おそらくこちらの方がオリジナルの「血とバラ」で、
僕が見慣れていた、
そして石上三登志さんや大林宜彦さんが絶賛したあの「血とバラ」は、
アメリカや日本などの海外用に、
短縮版として再編集された別物だったのです。

娯楽映画は当時はあまり独立した創作と、
見做されていないような部分があり、
プロデューサーや興行主が、
適当に再編集して別の映画にしてしまう、
ということが通常としてあったのですね。

この映画にもそんな訳で多くのヴァージョンがあり、
何かインテリぶった深淵で、
ほのめかしの藝術のように見えた世界は、
誰かがお金儲けのために、
適当にフィルムを切り張りして作った、
二次創作に過ぎないものであったのかも知れません。
名だたるインテリが感動した幻想シーンも、
実はヴァディム監督自身は、
全く関与していない可能性もある訳です。

それを知った時にはちょっと愕然としましたが、
映画というのは所詮はそうしたもので、
僕達はその出会いを、
そのままに感じ味わうのが正解であるのかも知れません。

この映画は未だに日本でソフト化されておらず、
海外版もオリジナルはあるのですが、
僕達が感動した再編集短縮版は、
どれだけのヴァージョンがあるのかも分からず、
まっとうな形で観るのは難しいのが実際です。
(最近確認した訳ではないので、
実は発売されているのかも知れませんが…)

でも、僕の魂の一部は、
今もあのフランスの古城の中を、
何かを探して彷徨っているような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「吸血鬼ドラキュラ」(1958年ハマーフィルム) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
吸血鬼ドラキュラ.jpg
かつてのイギリス、ハマーフィルムの最高傑作にして、
映画史上最高の怪奇映画の1つ、
「吸血鬼ドラキュラ」の日本公開時のポスターです。

この頃のポスターは素敵ですね。
これ、昔の見世物小屋や芝居小屋の、
「絵看板」の技術を応用しているんですね。
本国やアメリカのポスターとは全く別物なんですよね。
これは現物は物凄い高価に取引をされていると思いますが、
とてもとても魅力的です。

実は昔「怪奇映画」に嵌っていて、
今はもうそれほどの執着はないのですが、
一時は輸入のレーザーディスク(懐かしいですね)を買い漁ったりして、
相当入れ込んでいました。

今の人はもう、
物に対する執着というのはあまりないでしょ。

映画も別にDVDやブルーレイなどで、
コレクションとして形で残さなくても、
ストリーミングでその時だけ見られれば、
それで満足なんですよね。

そのこと自体が一時は信じられない気持ちがしましたが、
今では大分物への執着が抜けて来て、
「残さなくてもいいかな」と思う気持ちが強くなって来ています。

物への執着というのは、
多分次第に人間の心の中から、
なくなってゆく概念である、
という気がします。

さて、怪奇映画というのは映画の始まりの頃からあって、
サイレントの時代には藝術の1ジャンルでもあったのですね。
フランス映画の「アッシャー家の末裔」とか、
ドイツ表現主義の「カリガリ博士」とか、
ドライヤーの「吸血鬼」とか、
音のない世界ならではの純粋さがあって、
トーキー以降より明らかに藝術性の高い作品なんですね。
端的に言えば、
トーキー以降映画は藝術から娯楽になったのです。
ただ、その一方でロン・チャニイの「オペラ座の怪人」など、
サイレントでも娯楽映画に振れた作品もあって、
それがトーキーになってアメリカで、
ユニヴァーサルのモンスター映画として、
一大ブームを巻き起こします。
吸血鬼ドラキュラ、狼男、ミイラ男、フランケンシュタイン(の怪物)は、
4大モンスターと呼ばれて次々と続編が製作されました。
これが1930年代のことで、
その後1940年代からはSFブームになり、
ユニヴァーサルの怪奇映画は、
モンスター映画としてマンネリ化して下火になったのです。
そこで第二次世界大戦が挟まり、
戦後になってユニヴァーサル映画のかつてのモンスターを、
色彩映画(ユニヴァーサル映画はほぼ全てモノクロでした)として復活させたのが、
イギリスの弱小プロダクションのハマーフィルムだったのです。

ハマーフィルムの黄金時代は、
1957年から1965年くらいまで。
1960年代後半になると、
もうだいぶ活力は落ちた感じになって、
1960年代後半にロメロのゾンビ映画第一作、
「ナイト・オブ・リビング・デッド」が公開されると、
怪奇映画は今のホラー映画に徐々に姿を変えることになるのです。

これがざっくりとした歴史の流れですね。

さて、ハマーフィルムの本格的色彩怪奇映画の第1作が、
「フランケンシュタインの逆襲」で、
第2作がこの「吸血鬼ドラキュラ」です。

ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」はかなり長い小説で、
原作に近い映画化もない訳ではないのですが、
通常はこれを原作にした舞台劇があって、
それを元にして映画化されることが常道です。

ただ、この「吸血鬼ドラキュラ」は、
舞台劇より原作を元にして、
それを大きくリライトした脚本になっています。

監督のテレンス・フィッシャーはハマーを代表する名匠で、
ドラキュラ役はクリストファー・リー、
対決するヴァン・ヘルシングはピーター・カッシングで、
当時のゴールデンコンビです。

この映画は色彩が美しく、
一世一代の当たり役であったリーのドラキュラ以外にも、
吸血鬼に変貌する女優さんの演技が、
非常に素晴らしいんですね。
CGも何もない時代ですから、
本当に表情の演技勝負なのですが、
十字架をヘルシングに突きつけられて醜悪な怒りを見せるところなど、
こちらも一世一代の怪物演技が素敵です。

この映画には1つの逸話があって、
ラストのドラキュラの最後に幾つかの違ったヴァージョンがあり、
そのうち最も長尺のものが日本公開版だったのですね。
ただ、その後テレビで放送された時も、
海外公開の短縮版が放送され、
その後ビデオやDVDになっても、
その元になっていたのは短縮版でした。

この日本(極東)ヴァージョンは、
京橋のフィルムセンターに保存されていて、
極稀に「怪奇幻想映画特集」のような上映会があった時のみ、
フィルムセンター内の映画館で公開されていました。

それが、フィルムセンターの保管庫が火事になり、
ドラキュラのフィルムも焼けてしまったんですね。
これでもう万事休すかと思われたのですが、
実は後半の何巻かのフィルムリールは無傷で残されていて、
イギリスからの依頼により、
本国で日本版のフィルムがブルーレイ化されることになったのです。
これが2013年のことで、
多くの怪奇映画ファンにとって、
何と50年以上夢でしかなかったことが、
本当に最近になって現実になったのです。

その伝説の映像がこちら。
(厳密にはオリジナルの極東版ではない画像です)
https://www.youtube.com/watch?v=ssvgMHCa45s

ただ、日本での極東版のソフト化は、
今のところまだないようです。

僕はこの映画は、
キネマ旬報の怪奇幻想映画特集に、
シナリオ採録があって、
それを何度も読み込んで、
「見たいなあ」と思いながら果たせず、
実際に見ることが出来たのは、
大学時代にNHKBSで放映された時が最初でした。
勿論短縮版です。
今はyoutubeで簡単に見ることが出来るのですが、
それが本当の意味で「見る」と言っていいのか、
疑問に思う部分もあります。
でもそれはもう世の流れなので仕方がなく、
多くの「伝説の名作」も、
こうして動画サイトでさらされて、
ドラキュラの土くれになる最後のように、
消費され摩耗して滅んでゆくのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「muro式.がくげいかい」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ムロ式.jpg
ムロツヨシさんがライフワーク的に行っている、
ムロ式の新作の舞台に足を運びました。

これはよみうりランドの園内を使用した野外劇で、
結構スケールが大きいんですよね。

大規模な噴水があって、水がバンバン吹き上がりますし、
水滴のカーテンに映像を映したりもするのですね。
大型トラックが何台も登場して、
その荷台が舞台になり、
トラックが移動して場面転換が行われます。

途中ではフィールドアスレチック的なセットまで登場し、
「風雲たけし城」か「SASUKE」か、
というような場面もあります。

客席も維新派かと思うくらいに組み上げてありましたし、
こういうスケール感は久しぶりだな、
とムロさんの企画力というか実行力のようなものに、
改めて感心しました。

会場はよみうりランドですから遠いのですが、
丘陵地帯で遊園地の閉園後に行うのでともかく静かでしょ。
舞台効果としては抜群で、
2回行けと言われるときつい面はありますが、
都心ではこうした雰囲気には絶対ならないので、
それなりの意味はあったと思います。

ただ、このスケール感で4人芝居なんですよね。

ストーリーが4人芝居として成立しているものなら、
良かったと思うのですが、
今のテイストを入れた「桃太郎」なんですよね。
桃太郎を取り上げているのは、
鬼退治ということで、
明らかに「鬼滅の刃」を入れ込んでいるのですが、
それを4人でやるというのは、
如何にも無理がありますよね。
言ってみれば、小劇場でやるような企画を、
無理矢理スペクタクル野外劇にした、
という感じで、
正直成立はしていなかった、
という印象でした。

そんな訳でロケーションは抜群、
野外劇で規模は雄大なのに、
何故か4人のミニマル芝居で、
お話は確かに「がくげいかい」という、
ちょっと不思議な企画で、
「どうしてそうなったの?」と、
問いただしたいと気分はあるのですが、
野外劇ならではの趣向が楽しくて、
個人的にはそこにかつてのアングラ芝居を夢想しながら、
楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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極私的新型コロナウイルス感染症の現在(2021年4月30日) [仕事のこと]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。

今日は新型コロナウイルス感染症の、
クリニック周辺に限った近況です。

矢張り若い人を中心に感染が増加している、
という傾向はクリニック周辺でも見られていて、
現状はインフルエンザ様症状での発症が多い、
という印象です。

突然の発熱と関節痛、寒気というような症状で発症し、
熱自体はそれほど持続しないのですが、
全身倦怠感や頭痛、関節痛は長く持続する、
というような症状です。
咽頭痛はあることの方が多いのですが、
軽症のことも多く、
咽頭後壁の発赤もそれほど強くはありません。

味覚障害や嗅覚障害の話も、
最近はあまり聞くことがありません。
ただ、これは発症する事例が減っているのか、
それとも発症する前に診断されるケースが多くなったからなのか、
その点については何とも言えません。

時々昨年あったような、
咳き込みと呼吸困難と高熱、
というようなケースに遭遇しますが、
そうした事例は概ね重症化して、
緊急入院となることが多いのです。
ただ、比率から言えば若年の軽症例が、
圧倒的に多いという印象です。

若年の感染者から急速に周囲に感染が拡大している、
というのが現状の間違いのない傾向であるようです。

最近印象的であった事例は1人は20代の女性ですが、
品川区内の電話応対の多い会社に勤務していて、
その会社では1週間ほど前から発熱者や、
咳などの風邪症状の人が増えていたのですが、
会社からの命令で、
「絶対にPCR検査を受けるな」と言われていたとのことです。
本人の症状としては微熱とだるさと軽い咳で、
初診時には本人が、
「会社から止められているので」
と検査をしませんでしたが、
翌日だるさと関節痛が悪化したため再診。
本人の承諾も得られたので検査をして陽性を確認しました。

それからこれは別のケースで30代の男性会社員ですが、
羽田からそう遠くない場所で勤務していて、
その会社では熱が出ると、
「羽田空港のPCRセンターに行って、すぐに結果の出る検査をして来い」
という指示が出るのだそうです。
それでその人も発熱と関節痛と寒気があったので、
木下グループのやっているPCRセンターに行って、
抗原検査を受け、陰性であったので、
陰性証明書のようなカードをもらって帰って来たのです。
初診の時点ではその日に抗原検査で陰性とのことであったので、
処方のみで経過をみたのですが、
翌日に症状が悪化したため再診。
同日唾液のRT-PCR検査を施行して陽性を確認しました。

特にこうした若い会社員の方の傾向としては、
会社からは「無断で医療機関でPCR検査をするな」
という命令を受けていて、
受診をされて検査の必要性が高いとお話をしても、
「まず会社に連絡をします」とその場で会社に電話やメールをし、
それで30分くらい平気で時間が経過してしまう、
というケースが多いのが実際です。

「会社」というのはどうやら物凄い権力を有してるらしく、
僕のような末端の医療機関の医者が何を言っても、
到底太刀打ちは出来ない伏魔殿のような場所であるようです。

感染の原因は、
聞き取りが可能な範囲では、
矢張り「会食」などの外食が多いのですね。

直近ではラーメン屋さんで感染した、
と思われる事例が2件ありました。
(ラーメン屋さんが特に悪いということではありません。
そうした事例がたまたまあった、
ということでご理解下さい)
ただ、飲食の仕事をされている方は、
「自分の店では徹底した対策をとっているし、
これまでうちの店で感染者が出た、
という話を聞いたことがない」
というように決まって言われるんですね。

それはもっと感染が散発的状態であれば、
確かにそうかも知れないのですが、
たとえば感染がほぼほぼある飲食店で起こった、
と分かっていても、
患者さんもあまりそのことを言わないですし、
犯罪ではないので、
医療機関も保健所もそこまで追求するようなことはしません。
そうすると、結局多くは「感染経路不明」ということになって、
その飲食店の関係者が、
自分の店でお客さんが感染した、
というような事実を知ることはないんですね。

要するに、
「こうした感染が市中に蔓延した状態では、
複数人で外で食事をすれば、
どんなに対策していても感染リスク自体はある」
というのが事実であると思うのですが、
多くの人にとって、
それはあまり理解したくはない考えなので、
理解はされないのだと思います。

事例を分析している時点までは、
それは一応科学の範疇なのですが、
それを公表したり議論したりした時点では、
それはもう社会学や政治の問題になってしまうんですね。

散発的な感染の時に取るべき対策と、
市中感染で流行期に入った場合に取るべき対策とは、
明確に異なっている筈ですが、
一般の方はそれを完全に混同していますし、
専門家と称する方でも、
やや混同した発言をしている傾向はあるので、
話はややこしくなっています。

そんなこんなで先の見えない状況が続いていますが、
日々の診療をこなしつつ、
発熱外来などで自分の出来ることを、
無理のない範囲で続けてゆきたいと思います。

ちなみに僕自身のワクチン接種は、
1回目が5月12日の予定。
僕が嘱託医をしている老人ホームは、
5月17日に1回目の入所者のワクチン接種の予定。
品川区では5月20日くらいから、
一般の高齢者の接種も、
少しずつ開始される予定です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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