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慢性硬膜下血腫に対するステロイド治療の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
慢性硬膜下血腫のステロイド治療.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年6月15日付で掲載された、
慢性硬膜下血腫のステロイド治療についての論文です。

「慢性硬膜下血腫」は、
高齢者に多い病気です。
60歳以上では、
人口10万人当たり、5人程度の発症率との、
報告がありますが、
実際には診断されない例もかなりあると思われ、
潜在的な患者さんの数は、
多分その統計の数倍はあると考えられます。
典型的な経過は軽い転倒などの後、
しばらくしてから歩行時のふらつきなどの症状が出現し、
脳に血種が確認されるというものです。

脳の表面には、クモ膜という膜があり、
その更に外側には硬膜という膜があります。
その2つの膜の間には、
何かどろどろとした物質で満たされた空間があります。

年齢と共に、脳が萎縮すると、
クモ膜は下方に引っ張られるような形となり、
2つの膜の間にずれが生じやすくなります。
脳から出てくる静脈は、
その2つの膜の間を貫通する訳ですが、
それが引っ張られることで、
負荷が掛かると、
ちょっとした衝撃でも、
切れやすい状態になるのです。

ここで、激しくはなくとも頭をぶつけるような衝撃があると、
細い静脈が切れて、
小さな出血が起こります。

これが「慢性硬膜下血腫」のきっかけとなります。
小さい出血は止まりますが、
そこに傷を残します。

すると、血を固める働きと、その血を再び溶かす働きとが、
互いに強い状態が、
慢性に繰り返されます。
それが新しい出血を誘発し、
徐々に血の塊は大きくなって、
脳を圧迫して症状を出すのです。

これが現時点での、
「慢性硬膜下血腫」のメカニズムの仮説です。

MRIを撮れば、
ほぼ診断は確定しますが、
CTのみだと診断を誤ることがあります。
急性の出血は、
CTでは白く映るので、
間違いようがないのですが、
この場合はじわじわと出血が進行するので、
脳と同じくらいの濃度に映ることがあり、
また髄液と同じように見えることもあって、
ただの脳萎縮と、
間違えられることがあるのです。

特に認知症の進行した方では、
検査中に動いてしまったりされて、
条件の良い画像が撮れず、
診断の付かないケースもあります。

治療は手術が原則で、
通常局所麻酔でも可能な、
「穿頭血腫洗浄術」が広く行なわれています。
要するに穴を開け、
血を吸い出してしまうのです。
ガソリンのような色の血液が、
出て来ると言われています。

血を吸い出すだけなので、
当然再発するケースもあり、
その率は10パーセント程度と報告されています。
再発した場合には、
開頭手術が必要となるケースもあります。

軽症で神経症状などを伴わない慢性硬膜下血腫や、
穿頭術で再発したようなケースでは、
保存的な治療が選択されることもあります。
保存的な治療としては、
何もしないで様子をみる場合と、
血種の再発予防や進行予防に有効と考えられる、
薬物治療を行う場合があります。

薬物治療として使用されているのが、
今回検証されているステロイドと、
アドナやトラネキサム酸などの止血作用のある薬剤、
利尿剤、利水作用のある五苓散などの漢方薬などです。
安定剤のエチゾラムが有効との報告もありました。

漢方の使用はもっぱら日本のみで、
欧米ではステロイド使用の報告が多いのですが、
日本では検索した限り、あまり推奨はされていないようです。

これまでのメタ解析などでは、
ステロイドの一定の有効性があるとする報告が多かったのですが、
2020年のNew England…誌に掲載された介入試験の論文では、
ステロイド使用群でむしろ有害事象が多く、
予後も悪いという結果になっていました。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2020473

ただ、対象となった患者さんは、
穿頭術が施行されているケースが多く、
外科治療を施行されていないケースでの有効性は、
明確ではありませんでした。
そこで今回の研究では。
18歳以上でCTで診断された慢性硬膜下血腫の患者を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は登録後1週間以内に穿頭術を施行し、
もう一方はステロイド剤のデキサメサゾンを、
1日8㎎から開始して19日間で減量し、
3か月後の予後を比較検証しています。

420例を目標として試験は開始されましたが、
252例の患者の中間解析の結果、
デキサメサゾン群の予後が手術と比較して明確に悪かったため、
早期に試験は中止されています。

今回の検証においても、
ステロイド治療の有効性は明確に示されず、
今後保存的治療におけるステロイド治療は、
あまり推奨されない流れになりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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