SSブログ

新型コロナウイルスに対するヘパリンの治療可能性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
コロナウイルスとヘパリン.jpg
これは2020年のbioRxivに公表された論文です。
査読なしに論文を発表出来るサーバーなので、
その内容な玉石混交であることには注意が必要です。

でも、内容は非常に興味深いもので、
あまりこれまで論じられて来なかった部分に、
光が当てられているものです。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が人間に感染するには、
上気道や下気道にあるACE2というタンパク質に、
ウイルス粒子の突起部分が結合することが必要と、
通常は考えられています。

ただ、ACE2に結合して人間の細胞に侵入したウイルスは、
その複製の過程でACE2の発現を抑制します。
これでは感染は進行しなくなってしまいますから、
こうした現象が事実であるとすれば、
ACE2なしでも新型コロナウイルスは感染が可能だと、
そう考えないと理屈が合わなくなってしまいます。

そこで注目されるのが2014年に発表された1つの知見です。

こちらをご覧ください。
コロナウイルスとヘパラン硫酸.jpg
これは2014年のJournal of Viology誌に掲載された論文です。
コロナウイルスNL63というのは、
2004年に初めて発見されたコロナウイルスの亜型で、
SARSやMERSの原因ウイルス、
今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とは異なり、
小児を中心に普通の風邪症状を起こすウイルスです。

このウイルスも新型コロナウイルスと同様、
ACE2受容体に結合して感染することが2005年に判明しています。
そして、確かにACE受容体が存在しない細胞には、
このウイルスは感染することは出来ないのですが、
その一方でウイルスが結合するのはACE2のみではなく、
他のウイルスの結合部位でもある、
細胞膜のヘパラン硫酸により多く結合して、
その感染が増大していることが確認されたのです。

このヘパラン硫酸(Heparan Sulfate)とはどのようなものなのでしょうか?

血液の凝固を抑え、
血液をサラサラにする薬として使用されている、
ヘパリンという薬剤があります。
ヘパリンは多くの哺乳類などの肺、小腸に分泌している、
複雑な構造の糖タンパク質で、
人間の身体にも存在はしていますがごく僅かで、
代わりにヘパラン硫酸というヘパリンに構造の似た化合物が、
同じような働きをしています。

基本的にはヘパリンやヘパラン硫酸は、
抗ウイルス作用を持ち、
ウイルスの身体への侵入を防御する働きを持っているのですが、
敵もさるもので、一部のウイルスは、
このヘパリンやヘパラン硫酸と結合して、
細胞内に侵入するのです。

さて、これまでの研究により、
コロナウイルスの一部はACE受容体と共に、
細胞膜のヘパラン硫酸に結合して、
感染を起こすことが実証されていますが、
それが今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)においても、
同じであるかどうかは分かってませんでした。

そこで上記論文においては、
大腸菌のベクターに新型コロナウイルスの突起部分を発現させ、
そこにヘパリンやヘパラン硫酸が結合することを確認しています。
ヘパリンに結合することによって突起部分に構造的な変化が起こり、
それが感染を進行させることも確認されました。

ここで注目されるのは薬剤としてのヘパリンの、
新型コロナウイルス感染に対する治療可能性です。

新型コロナウイルスは、
気道の粘膜細胞などにあるヘパラン硫酸を、
そのターゲットとして突起を結合させようとするのですが、
そこにヘパリンを注入すれば、
ウイルスの結合をヘパリンが競合し、
結果として感染が予防されるという原理です。

ヘパリンの治療可能性については、
ヘパリンの使用により、
新型コロナウイルス感染症の死亡リスクが20%低下した、
というような報告もあります。

これは新型コロナウイルス感染症により、
メカニズムは不明ですが凝固線溶系が亢進し、
血栓症の発生が患者さんの予後を悪化させているという知見から、
抗凝固作用を期待しての使用であったのですが、
実はそれ以外に、
ヘパリンはより直接的に、
新型コロナウイルス感染を防御している、
という可能性もある訳です。

今後新型コロナウイルス感染症の感染予防という観点から、
ワクチンや抗ウイルス剤などと共に、
ヘパリンの使用というのも、
その投与経路を含めて、
検討する必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(7)  コメント(2)