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「潜水服は蝶の夢を見る」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
今日は1日家に籠る予定です。

休みの日は趣味の話題です。
映画館も休みで新しい映画は観ていないので、
僕の好きな映画についての話です。
今日はこちら。
潜水服は蝶の夢を見る.jpg
今日ご紹介するのは、
2007年製作のフランス・アメリカ映画「潜水服は蝶の夢を見る」です。

この間の「コンティジョン」と同じく、
医療系のサイトに書いた記事をアレンジしています。
その記事はこちら。
https://epilogi.dr-10.com/articles/4440/

脳卒中の後遺症で、
左目以外の全ての体の自由を失った男性が、
瞬きだけで他人に意志を伝え、
自分の生活や思いを綴った
「潜水服は蝶の夢を見る」というエッセイを完成させる、
という実話の映画化です。

日本でも有名なフランスのファッション誌
「ELLE」の編集長であった、
ジャン・ドミニク・ボビーは、
43歳であった1995年に脳幹卒中に受傷し、
一命は取り留めたものの、
左の瞼と眼球運動以外の全身の筋肉が麻痺し、
それでいて意識は清明という、
閉じ込め症候群と呼ばれる状態になります。

しかし、
左目の瞬きと眼球の動きだけで文章を綴り、
1997年に自伝的エッセイを出版。
同年にはフランスのテレビでドキュメンタリーが放映され、
非常な評判となります。

そして、
彼は本の出版からほどなく、
肺炎のためその生涯を終えたのです。

映画はその自伝的エッセイの記載を元にしながら、
ボビーが昏睡から目覚めた瞬間から、
本が完成するまでを、
詩的にかつ繊細に表現してゆきます。

映画化は非常に困難な題材ですが、
感性豊かなスタッフの手によって、
これまでに類例のない作品になっています。

この映画は閉じ込め症候群に陥った主人公の視点から、
全ての場面が構成されています。
主人公は左目以外の視界はないのですから、
それを画面に映すしかない訳です。
果たしてどうすれば、
それを一般の観客が観る映画として、
成立させることが出来るのでしょうか?

非常に無謀な企てのように普通は思います。
実際にはどうかと言うと、
始まりから30分くらいまでは、
確かにその通りに展開されます。

主人公のぼんやりした視界が表現された映像が、
本人のナレーションと共に延々と画面に映し出されるのです。

しかし、
主人公が「自分には想像力と記憶が残されている」
と自覚した時点から、
通常の映画のように,
主人公を外から撮影した場面が挿入されるようになります。

つまり、
主人公が想像している現実と、
記憶の中の過去の風景が、
一緒に映像化されているのです。

多視点の場面が交互に連携し、
魔術的な編集で、
いつの間にか観客は主人公の意識と一体化して、
その心の世界を共有することになる訳です。

以前「ジョニーは戦場に行った」という映画があり、
戦争の犠牲になって同じような境遇になった兵士の視点で、
物語が展開されていました。
ただ、実際には今回のように、
主人公の視点が一貫している、
という感じではなく、
通常の映画に時々一人称がインサートされている、
といった感じでした。

こうした試みが一貫されている商業映画というのは、
これまでには類がないものだと思います。

主人公を演じているのは、
フランスの演技派マチュー・アマルリックで、
特殊メイクも相俟って、
事故後の姿は極めてリアルに表現されています。

販売されているこの映画のDVDには、
元になったドキュメンタリーが収録されているのですが、
ほぼほぼ実物と見まごうばかりに、
主人公が再現されていることに驚きます。

この作品の主人公は女性遍歴も華々しいプレイボーイで、
必ずしも模範的な人格ではありません。
事故後の動かない体においても、
献身的なかつてのパートナーで自分の子供の母親よりも、
お見舞いにも来ない恋人の方に愛情を持ち、
それを隠さず吐露するようなところもあります。
左目しか動かないのに、
その視線は女性の胸元やスカートの中を追いかけています。
ただ、
そうした姿を赤裸々に見せることで、
この映画はきれい事ではない人間の生というものを、
リアルに捉えることに成功しているのです。

お手本になっているのはフェリーニの「8 1/2」で、
そっくりなぞっているような場面もあります。

僕はこの映画の感性のようなものが好きで、
主人公がエッセイを書き始めて、
その朗読のナレーションに、
主人公の意識の流れが被ってゆくところなど、
そのリズムの心地良さに陶然としますし、
本当に生の深淵というものを、
死と生のギリギリの被膜のような部分を、
覗き込んだような気分にさせてくれるのが好きです。

監督は昨年ゴッホの映画など公開されましたが、
あまり出来は良くなく、
左程評判にもなりませんでした。

監督にとってもこの作品は、
一期一会という感じのテーマであったのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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