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第22回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

今日はいつもの告知です。
こちらをご覧下さい。
第22回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
7月15日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

テーマは今回は「漢方薬との賢い付き合い方」です。

漢方薬は市販のものもありますし、
漢方薬局として専門の生薬を調合している薬局もあります。
多くの西洋医学の医者も、
今は漢方薬を治療に導入しています。
こうした西洋医学の観点から、
補助的な治療として漢方薬を使用している先生が多い一方で、
もっぱら漢方薬のみの診療を、
行なっている先生もいます。

漢方薬には間違いなく効果はあるのですが、
その効果は西洋医学的な検証とは、
馴染めない部分を持っています。
そもそもの漢方は個別治療の最たるもので、
患者さんの体質(証)によってオーダーメイドで処方を変えるものなので、
同じ治療をしてその効果を偽薬と比較する、
というような臨床試験の方法とは馴染まないのです。

僕は以前鍼灸のまとまった授業と実習を受けたり、
鍼灸師の先生としばらく一緒に仕事をしたことがあるので、
漢方薬はあくまで東洋医学的な体系に則って、
処方するのが正しい、という立場です。
基本的には漢方薬は単独で出し、
西洋薬とちゃんぽんにするような処方は、
原則としては好ましくはない、
とも思っています。
ただ、実際の処方では、諸般の事情により、
ちゃんぽんの処方も出すことはあります。
ただ、それも併用薬によりけりだと思います。

一番嫌いなのは、
抗生物質と総合感冒薬と咳止めと漢方薬を、
まとめて処方するような医療行為です。

漢方薬による薬害が問題になることがありますが、
その多くはそうした併用治療の事例で起こっていると思います。

後、西洋医学の看板を掲げて商売をしていて、
患者さんが希望をしている訳でもないのに、
「風邪は漢方が良いからそれしか出しません」
というような押しつけ漢方医療も嫌いです。
そうした先生に限って、
特に漢方に詳しい訳でもないのです。
「風邪に効く薬はないので何も出しません」
と言う方が余程潔いのではないでしょうか。

一般の方が漢方薬を好きなのは、
それが医者に支配された治療ではないから、
という側面が大きいのだと思うのです。
しかし、押しつけ漢方医療をするような先生は、
そのことを理解していないのではないかと思います。

漢方薬は勿論医者の独占ではなく、
皆さんが個々の判断によって診断と治療を行なっても良い、
その意味では開かれた医療です。
多くの薬剤師さんが漢方薬を愛しているのも、
その辺りに原因の1つがありそうです。
僕の考える自分で漢方を使うコツのようなものも、
お話しを出来ればと思います。

今回もいつものように、
分かっていることと分かっていないこととを、
なるべく最新の知見を元に、
整理してお話したいと思っています。
ただ、今回は科学的には検証の困難な事項が多いので、
いつもより趣味的な話にはなると思います。

ご参加は無料です。

参加希望の方は、
7月13日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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1型糖尿病に対するメトホルミンの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
1 型糖尿病に対するメトホルミンの効果.jpg
今年のLancet Diabetes&Endocrinology誌に掲載された、
1型糖尿病におけるメトホルミンの有用性についての論文です。

糖尿病は大きく1型と2型に分けられます。

1型は自己免疫が関与していて、
膵臓が炎症を起こすことによって、
インスリン分泌が高度に低下した状態となり、
診断と同時にインスリン注射が、
生きるためには必須の治療となります。

一方で2型の糖尿病は、
内臓脂肪の蓄積などの要因により、
インスリンの効きが悪くなって血糖が上昇。
その後徐々にインスリンの分泌も低下します。
肥満を伴うことが多く、
この場合第一選択の薬は、
インスリン抵抗性を改善する作用をもつ、
メトホルミンです。

1型であれ2型であれ、
糖尿病で生命予後を左右するのは、
その血管の合併症で、
特に動脈硬化の進行に伴う心血管疾患と呼ばれる合併症です。

この合併症の予防のためには、
極力血糖値を正常に近づけることが、
有用であることは間違いがありません。

しかし、1型糖尿病をインスリンを使用してコントロールすると、
血糖値を正常に近づけようとすれば、
低血糖のリスクが高くなります。
また、外からインスリンを注射で使用すると、
どうしても自然に分泌されるより、
多くの量のインスリンが必要となって、
高インスリン血症となり、
それが動脈硬化を進行させるリスクになるという、
ジレンマも生じます。

1型糖尿病をインスリンの注射だけで治療することには、
自ずと限界があるのです。

それでは、どうすれば良いのでしょうか?

インスリンの効きを良くする効果のあるメトホルミンを、
インスリン治療に追加するのは1つの選択肢です。

このメトホルミンの併用は、
現行のアメリカとヨーロッパのガイドラインにおいて、
過体重か肥満の1型糖尿病の患者さん治療における、
血糖コントロールの改善とインスリン必要量の減量目的で推奨されています。

ただ、その根拠は、
内容的にはかなり雑多で治療間隔も短いものが多い、
それほど精度が高いとは言えないメタ解析が、
その主なものであったので、
より精度の高い単独の臨床試験で検証することが求められていました。

そこで今回の臨床試験では、
オーストラリア、カナダ、デンマーク、オランダ、イギリスの5か国の、
23の専門施設で少なくとも5年以上1型糖尿病の治療を受けていて、
心血管疾患発症のリスクが高い40歳以上の患者さん、
トータル428名を、
患者さんにも主治医にも分からないように2つに分け、
一方はメトホルミンを1日2000㎎上乗せし、
もう一方は偽薬を使用して、
3年間の経過観察を行っています。

その結果、
動脈硬化の指標である頸動脈の内中膜複合体の厚みの最大値は、
メトホルミン使用群で有意に減少していました。
(年間-0.013mm、95%CI; -0.024から0.003)
ただ、当初の指標である内中膜複合体の厚みの平均値については、
有意な減少は認められませんでした。

メトホルミンの使用により、
血糖コントロールの指標であるHbA1c値は、
-0.13%有意に低下していましたが、
これは治療開始後3か月以内の減少によるもので、
それ以降の期間においては有意な変化は認められませんでした。

また、
3年間のメトホルミンの治療により、
体重減少とLDLコレステロール値の減少、
推計糸球体濾過量の増加が認められましたが、
インスリンの必要量の低下は認められませんでした。

要するに1型糖尿病の患者さんに対して、
メトホルミンを上乗せで使用することは、
血糖コントロールの改善やインスリン必要量の減少、
という面ではあまり有効とは言えないのですが、
体重減少やコレステロールの低下、腎機能の改善に結び付き、
動脈硬化の進行の予防にも結び付く可能性がある、
という結果になっています。

ただ、治療期間は3年間と短く、
実際に心血管疾患の予防効果があるかどうかは、
まだ今後の検証を待つ必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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急性虫垂炎の手術までの時間と予後との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の仕事などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
虫垂炎の手術時期.jpg
今年のJAMA Pediatrics誌に掲載された、
小児の急性虫垂炎の手術までの待機時間と、
その予後との関連についての論文です。

急性虫垂炎(盲腸)はお子さんにおいては、
対応が遅れると腹膜炎などにも繋がりやすいと言う点で、
現在でも慎重な対応と的確な治療が要求される病気です。

手術適応と判断されるようなお子さんの場合、
診断からなるべく速やかに手術が行われた方が、
穿孔や腹膜炎などの合併症が少ない、
というのはほぼ確定した事実ですが、
診断から24時間以内であっても、
より診断から手術までの時間が短い方が、
予後が良いかどうかについては、
これまで見解が分かれていました。

そこで今回の研究では、
アメリカの23の救急病院において、
18歳以下で救急受診から24時間以内に虫垂切除術を受けた、
急性虫垂炎の事例を2429件集め、
その受診から手術までの時間と、
腹膜炎や穿孔などの合併症との関連を検証しています。

その結果、
24時間以内であれば、
診断からの経過時間と患者さんの術後の予後との間に、
有意な関連は認められませんでした。

つまり、
24時間以内であれば、
殊更に手術を急ぐのではなく、
万全の体勢を整えて手術の準備に当たった方が、
良い結果に結び付くと考えた方が良さそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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運動は認知症を予防するのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
運動と認知症との関係.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
認知症の予防における運動の効果についての論文です。

適度な運動をする習慣を持つことが、
認知症の予防になるということは、
何となく直感的にはそうかな、と思うところですし、
医療機関などでもそうした指導が行われています。

しかし、
実際にその根拠はどの程度のものかと言うと、
運動の習慣のある人とない人とを比較すると、
10年未満くらいの観察期間の中で、
認知症になる人が運動習慣のない人で多かった、
という程度のデータが多く、
患者さんを登録して経過をみるような試験は、
数えるほどしか行われてはいません。

以前ご紹介した2011年のPNAS誌の論文では、
1年間有酸素運動を行うことにより、
MRIにより計算された海馬の容積が、
運動後に増加した、というようなものがありましたが、
その後追試はないようですし、
認知症そのものが予防された、
という訳ではありません。

10年未満の観察期間の試験の何が問題かと言うと、
認知症の物忘れなどの臨床症状が出現する10年以上前から、
βアミロイドなどの異常タンパクの蓄積は、
始まっていると想定されるからです。
つまり、10年以内の運動と認知症の出現との間に、
一定の関連が見られたとしても、
それは運動により認知症が予防されたとは、
必ずしも言えないからです。

そこで今回のイギリスの臨床研究では、
35歳から55歳の10308名を登録し、
運動習慣と認知症の発症との関連を、
平均で27年という長期間観察しています。

その結果、
観察期間10年から27年の間において、
運動習慣や強度と認知症の新規診断との間には、
有意な関連は認められませんでした。

その一方、認知症の診断から9年前の時点より、
登録者の運動量自体は有意に減少していました。

つまり、
これまで10年以内の観察期間において、
運動量が多いほど認知症の発症が少ないというデータが認められたのは、
運動が認知症を予防したのではなく、
認知症の初期変化の見られるような段階から、
その患者さんの運動量は低下し、
運動を自発的にすることが少なくなるので、
見かけ上そうした関連が認められる、
という可能性が高いと考えられます。

勿論適度な運動が、
心血管疾患の予防という観点からは、
有用であることは間違いがない事実なので、
このことによって運動は認知症に役に立たない、
というようには言えないのですが、
これまで報告された運動が認知症を予防する、
とされたデータの多くは、
認知症の初期症状を解析したいた可能性が高い、
という指摘は大変示唆的で、
運動の認知症に対する効果が、
実際にはどの程度のものであるのかについては、
今後再検証が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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デノスマブ(プラリア)の閉経後骨粗鬆症への長期効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
デノスマブの長期効果.jpg
今年のLaccet Diabetes&Endocrinology誌に掲載された、
日本でも最近広く使用されている骨粗鬆症の注射薬の、
長期の効果と安全性を検証した論文です。

取り上げられているデノスマブ(Denosumab)は、
2012年には骨転移などの骨病変の治療薬として、
ランマークという名称で発売され、
2013年の6月には、
用量設定を変えてプラリアという名称で、
骨粗鬆症の治療薬として日本でも発売されています。

骨粗鬆症の治療薬は、
数年毎にメカニズムの異なる新薬が開発され、
その度に医療費が跳ね上がることを除けば、
患者さんに対する恩恵も大きな、
医療における「成長分野」です。

現状ビスフォスフォネートと呼ばれる、
骨を壊す細胞の働きを抑える薬が、
最も有効性の確立した薬剤として、
広く使用されています。

しかし、ビスフォスフォネートは、
5年を越える継続使用のメリットと安全性が、
必ずしも確立されていない、という問題があることと、
病的骨折や顎骨壊死など、
薬剤との因果関係が否定出来ない、
有害事象の存在が指摘されています。

最近使用が開始された副甲状腺ホルモンの注射薬は、
強力に骨形成を促進することにより、
より強力に骨塩量を増加させる効果が確認されています。
副甲状腺ホルモンは、
持続的に作用すれば骨を壊す方向に働くのですが、
間歇的に使用すると骨を増やす方向に働くのです。
これは現在最も強力な骨形成促進剤ですが、
細胞の増殖を促す作用から、
発癌のリスク増加を、完全には否定出来ません。
そのため最大でも2年程度の使用で、
経過を観察する方針が取られています。

そして、
もう1つのデノスマブは抗RANKLモノクローナル抗体です。

RANKLというのは、
NF-κB活性化受容体リガンドの略称で、
これは一種の炎症性のサイトカインで、
その主な働きは骨の破骨細胞の元になる細胞の、
表面にある受容体にくっつき、
骨を壊す細胞である、
破骨細胞の分化を阻害することになります。

そもそも骨を壊す細胞である破骨細胞は、
白血球の一種である単球系の細胞が、
何段階かの刺激により分化して成熟したもので、
それが骨の表面に取り付いて骨を壊します。

RANKというのはこの白血球にある受容体で、
そこにくっつくのがRANKLというリガンドです。
RANKLとRNAKが結合することにより、
破骨細胞は分化するのですが、
デノスマブはRANKLに特異的に結合して、
RANKとRANKLの結合を阻害し、
それにより破骨細胞の分化を抑制するのです。

ややこしいのですが、
お分かり頂けたでしょうか?

抗RANKLモノクローナル抗体であるデノスマブは、
皮下注射で使用することにより、
血液中に移行し、
破骨細胞の分化を抑制し、
結果として破骨細胞を減らして、
骨塩量の低下を防ぎます。

白血球が体内で入れ替わるまで、
その効果は持続しますから、
半年に一度の注射で有効性は維持されるのです。

これは完全なヒト型抗体なので、
体内で安定して存在し、
身体の免疫の攻撃を受け難いと考えられます。

この薬はまず、
多発性骨髄腫や癌の骨転移における、
骨病変の治療目的で適応が取得されました。
これはランマーク皮下注と言う名称で発売され、
半年に1回120ミリグラムという用量です。
ところが、この用量では重症の低カルシウム血症の発症が多いので、
骨粗鬆症に対しては、
その半分の60ミリグラムの用量の注射薬が、
今度はプラリア皮下注という名称で、
2013年に発売されたのです。

2009年のNew England…誌に掲載された、
FREEDOMという大規模臨床試験の結果によると、
閉経後の骨粗鬆症の患者さんに対して、
デノスマブを3年間継続使用した結果として、
偽薬と比較して新たな背骨の骨折を68%、
股関節の骨折(大腿骨頸部骨折)を40%、
そして背骨以外の骨折を20%、
それぞれ有意に低下させていました。

ただ、その時点で3年間を超えるような長期の効果と安全性は、
明らかではありませんでした。

今回の研究はこのFREEDOM試験の継続試験として、
3年間の治療期間が終了後に、
同意の得られた患者さんについては、
更に7年間治療を継続。
偽薬の使用群においても、
希望者には7年間その時点からデノスマブの使用が開始されました。

FREEDOM試験で登録された7808名の閉経後骨粗鬆症女性のうち、
76%に当たる5928名が治療の継続に同意しました。
その更に77%に当たる4550名が治療を継続
(2343名はデノスマブ群でそのまま治療を続け、
2207名は偽薬群でデノスマブによる治療を開始)、
7年後まで治療を継続したのは、
デノスマブ群の1343名と偽薬からスイッチした1283名でした。

これはデノスマブ治療において、
初めて7から10年という長期の効果と安全性を検証した試験になります。

その結果はどのようなものだったのでしょうか?

デノスマブの継続治療により、
3年間の臨床試験中に認められた骨折リスクの低下は、
その後も継続的に認められました。
10年間の継続治療により、
骨量(骨塩量)は背骨で21.7%、
股関節で9.2%、大腿骨頸部で9.0%、
橈骨で2.7%といずれも継続的に増加していました。
これが偽薬からスイッチした7年間の継続治療では、
背骨で16.5%、股関節で7.4%、大腿骨頸部で7.1%、
橈骨で2.3%と、なっていて、
7年後以降の治療においても、
継続的に骨量の増加が認められることが、
ほぼ確認出来る結果になっています。

10年の治療を継続した患者さんのうち、
22例については骨生検が行われています。
骨組織については特に異常な所見は認められませんでした。

2例の顎骨壊死の事例や、
1例の大腿骨の非特異的骨折の事例が認められましたが、
明確にリスクが高いとは言えませんでした。
感染などを含む有害事象の頻度は、
10年間でほぼ一定していました。

つまり、10年間という長期の使用において、
閉経後骨粗鬆症に対するデノスマブの治療効果は、
ほぼ安定して有効であることが確認されました。
長期的な安全性に関しては、
今回の長期の検証では偽薬群は置かれていないので、
確定的とは言えませんが、
少なくともビスフォスフォネートなど他の骨粗しょう症治療薬と比較して、
見劣りのするものではないと言って良いように思います。

このように、長期のデノスマブの有効性が、
確認された意義は大きく、
今後の骨粗鬆症の治療薬のガイドラインなどにも、
影響を与える知見だと思います。
ただ、今回のデータはアジア人種の比率は少なく、
日本人にも同じように適応可能とは限らない、
と言う点には注意が必要です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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チェルフィッチュ「部屋に流れる時間の旅」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日3本目の記事も演劇の話題です。
それがこちら。
チェルフィッチュ.jpg
今年活動20周年、
現在の小演劇を代表する劇団に成長した、
チェルフィッチュの本公演を観て来ました。

僕は以前に、
変な動きをしながら、
小さな声で無駄話のような台詞を交わして、
特に劇的なことは何も起こらずお終い、
というような公演を1回見て、
どうもこりゃ駄目だ、
というように感じて、
その後はあまり足を運びませんでした。

ただ、これもあまり好きではなかった
「マームとジプシー」も、
最近何度か観ているうちに、
そう悪くはないな、と思えてきたので、
好き嫌いは良くないと思い今回は鑑賞して来たのです。

今回の新作は1時間15分ほどの3人芝居で、
主な舞台は震災から1年後の2012年に設定されています。

簡素な舞台には、
コラボしているアーティストによるオブジェが配置され、
3人の人間が舞台には上がっていても、
普通に会話を交わすという感じにはなりません。
殆ど反応のない相手に語り掛けることを続けたり、
観客に向かって俯瞰的に状況を説明し続けたりします。
以前のように大きく不自然な動きがある、
という感じではなくて、
台詞とは同期することなく、
特徴的な仕草が、
静かに繰り返されます。

以下ネタバレを含む感想です。

まず安藤真理さんが登場して、
マイクを使って客席に語り掛け、
「これから目を閉じて、目を開けてと言うまで、そのままにしていて下さい」
という意味のことを言います。
自分はある人に呼ばれて、
その部屋に行く途中で、
その人を徐々に好きになってゆくのだ、と状況を説明します。

観客が目を閉じるということは、
要するに暗転することと一緒ですが、
作り手の側が闇を作るのではなく、
観客自身に自発的に闇を作らせる、
という発想が非常に斬新で、
これにはちょっと驚きました。

これは、時間を2012年に移動させるための工夫なのですが、
たとえば寺山修司は、
昔完全暗転で同じことをしようとしたのですが、
手間暇を掛けずに、
魔法の一言だけで同じ効果を表現する、
というある意味究極の手抜きに感心しました。
これを勝手に「完全暗転」に対抗した、
「観客暗転」と命名しました。

ただ、目を開けると安藤さんが消えて、
中央の椅子に吉田庸さんが後ろ向きに腰を掛けている、
というだけの変化なので、
ちょっと脱力するような気分もありました。

その後でまた最初と同じ場所から、
安藤さんが舞台上に現れるというのが、
どうにも納得がいかなくて、
せっかく「観客暗転」で時空を超えたのであれば、
同じように安藤さんが現れることだけは、
するべきではないように感じました。

物語としては、
青柳いづみさん演じる主人公が、
震災の4日後に喘息発作で亡くなっていて、
しかし、亡くなる前の4日間、
これから世界は良くなるという確信と、
皆で世界を良くしていこうという高揚感に満たされた、
という体験を、
死んでいるという立場から、
椅子に座っている自分の夫の吉田さんに向かって、
淡々と語り掛けます。

その一方で、
部屋のセットの外側にいる安藤さんは、
客席に呼び掛ける芝居で、
もう青柳さんが亡くなって時間が経っている2012年に、
吉田さんに呼ばれてその部屋に向かいながら、
事故による交通渋滞などもあって、
なかなか時間通りに到達出来ない、
というような話を、
これも淡々と続けます。

この2つの語りが並行して進みます。
つまり同じ男性に対して、
関係のある死者と生者の2人が、
同時に語り掛けるという構図です。

舞台上のオブジェは、
回転をしたり定期的に光ったりを繰り返して、
それが部屋を取り巻く時間や空間を示しているようにも思われ、
また原発事故やその後の電力の危機や自然エネルギーへの変化を、
間接的に示しているようにも思われます。

死者の青柳さんは何度も、
「ねえ、覚えてる?」と語り掛け、
それはチェホフの芝居の繰り返しの台詞のように、
何かの願望を形にしようとする試みのようにも思われます。

舞台上ではその後安藤さんと吉田さんが出会い、
生者2人の生活の中で、
死者の青柳さんが静かに忘れ去られるイメージで終わります。

死者の声を聴け、というメッセージと、
最悪の事件が起こった後の、
奇妙な高揚感と将来への根拠のない希望のような感情が、
この作品の主要なテーマとなっています。

主張はシンプルで明確ですし、
発想も面白いと思います。

明らかに、元になっているのは能の様式で、
安藤さんがワキで、
青柳さんがシテということになり、
吉田さんのポジションは微妙ですが、
ワキツレということになるかと思います。
役者さんの小さな動作の反復と、
固定された姿勢も、
能の所作をなぞっています。

部分部分の完成度は高く、
現代能の1つの完成形かな、
というようにも思います。

ただ、こうしたものが好きかと言われると、
個人的にはあまり好きではなくて、
たとえば最初の「観客暗転」でも、
観客が目を閉じても周りが明るければ幻想は成立しないので、
同時に実際にも明かりは落とすべきだと思うのですが、
そうしたことはしていません。

舞台上のオブジェも如何にも芸術的でお洒落ではありますが、
象徴的な意味合いに留まっていて、
直接的に舞台上の出来事に関わったり、
舞台に何かの変化をもたらしたり、
といったことはないので、
それも物足りない感じが残るのです。

総じて、
これも1つの演劇である以上、
もっと生々しい感じや、
役者の肉体が舞台上で何か別のものに変容するような感じ、
舞台上の台詞や沈黙や動きなどをきっかけとして、
形にならない何かが立ち上がるような感じ、
端的に言えば僕の信じる演劇的な要素が、
この作品にはほぼ何もない、
と言う点が、
勿論意図的なものではあるのですが、
僕には納得のいかない点で、
芸術性の高い、
海外でも受けそうな作品ではあると思うのですが、
あまりまた観ようという気持ちはおきませんでした。

「マームとジプシー」は様式的には同じように見えて、
時間軸がバラバラに解体され、
同じ瞬間が執拗に繰り返される世界で、
同じ動作を役者さんが運命的に反復する中に、
その肉体から立ち上がる、
虚無的で切ない抒情のようなものがあるので、
その点には強く演劇を感じるのですが、
そうした肉感的な要素が、
チェルフィッチュの今回の舞台にはないように思うのです。

お好きな方には申し訳ありません。

色々な感想があるということで、
ご容赦頂ければ幸いです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。

唐十郎「ビンローの封印」(唐組・第59回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事は演劇の話題です。

それがこちら。
ビンローの封印.jpg
唐組の第59回公演として、
1992年に初演された「ビンローの封印」が、
装いも新たに再演されました。
花園神社の公演にいつものように足を運びました。

この作品の初演は同じ花園神社で観ています。

唐組の初期を支えた、
長谷川公彦さんと藤原京さんが劇団を去り、
稲荷卓央さんが初めて新作でメインの役どころを演じた作品です。

その前年に若手公演として、
「ジョン・シルバー愛の乞食編」が上演されていて、
キャストも含めてそれがこの作品に繋がっていることが分かります。

つまりこの「ビンローの封印」は、
唐先生の初期作品を飾った、
「ジョン・シルバー」ものの続編的な性格を持っています。

肩に魚を乗せた製造は、
オームを肩に乗せたジョン・シルバーのバリエーションですし、
「ジョン・シルバー」シリーズを代表する場面である、
公衆トイレのドアを開けると、
青い大海原が広がっている、
という場面が同じように再現されているのです。

初演を観た時の感想は、
正直ガッカリしたことを覚えています。

客演は当時の転位21の看板役者であった、
木之内頼仁さんで、
演技の質が唐組の役者さんとは大きく違いますし、
どんな感じで絡むのだろうなあ、
と期待をしていると、
1幕では何と一言しか台詞を言わず、
2幕は後半にだけ登場して、
それほど活躍をせずに傍観者のようにして終わってしまいます。

この作品の初演では、
稲荷卓央さんや鳥山昌克さん、久保井研さんなど、
その後の唐組を支えるメンバーが本格的に登場し、
当時の若手メインの公演となっていました。

正直その演技はまだ粗削りで不満がありましたし、
ラストで海の書割を載せたリヤカーが、
稲荷さんを載せたまま遠ざかるのですが、
それまでの唐先生のテント芝居の中で、
一番地味なラストに見えて、
とても物足りなく感じてしまったのです。

ただ、今回改めて、
間違いなく初演より緻密な久保井さんの演出で、
練り直された作品を観直してみると、
偽の血としてビンローが使用される構造にしても、
緊迫した対立の構図が持続される点においても、
なかなか古典的な呼吸で物語は構築されていて、
その2年前の「透明人間」からこの作品、
そして同年秋の「虹屋敷」と、
かつての状況劇場時代の2幕劇のスタイルを、
意識的に再現したような作品群で、
とても面白く完成度は高いと感じました。

テーマとしても、
尖閣諸島近海での漁船と海賊との闘争ですから、
当時は分かりませんでしたが、
極めて時代を先取りした作品でもあったのです。

この古典再構築のような時期を経て、
「桃太郎の母」、「動物園が消えた日」以降の諸作において、
唐先生の劇作は状況劇場時代とは、
全く異なる方向性を持ったものに変貌してゆくことになるのです。

キャストも好演でしたし、
血沸き肉躍る時代の空気を引きずる唐芝居として、
鑑賞出来たことは幸せでした。

それでは今日はもう1本、
演劇の記事が続きます。

プッチーニ「トスカ」(パレルモ・マッシモ劇場2017上演版) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
何もなければ1日のんびり過ごすつもりです。

休みの日は趣味の話題です。
今日は3本あります。

まずははこちら。
トスカ.jpg
パレルモ・マッシモ劇場の2つ目の演目は「トスカ」で、
タイトルロールには、
10年くらい前までは間違いなく世界で最も人気のあるソプラノの1人、
アンジェラ・ゲオルギュー姐さんが登場しました。

まだ50代前半の筈なのに、
と美人薄命という言葉が脳裏に浮かびますが、
その押し出しの良さというか、
圧倒的なプリマドンナ感のようなものは矢張り素晴らしくて、
歌自体は正直首を傾げる感じで、
こんな「トスカ」はないなあ、
とかなりガッカリもしたのですが、
アンコールで堂々と登場して、
「皆の者、わらわを見てさぞ満足であろう」
というような感じで何度も聴衆の歓声に応える姿は、
これぞプリマドンナでなくて何であろう、
という感じで、
それだけでまたお逢いしたいな、
という思いがしたのです。

「トスカ」も非常に人気のあるプリマドンナオペラですが、
「椿姫」と比べると歌う人は少なく、
僕が本格的にオペラを聴き始めた1990年代後半には、
マリア・グレギーナが一手に引き受けていた、
という感じでした。
彼女は確かに押し出しが堂々としていて、
最初に聴いたのが1997年のメトロポリタン・オペラの来日で、
パヴァロッティとの共演でしたが、
二重唱ではパヴァロッティの声は、
完全にかき消されていました。
新国立劇場ではレパートリーとしてほぼ毎年、
同じ演出での上演を続けていますが、
ノルマ・フォンティーニはなかなかでしたが、
後のトスカ歌いはあまり印象には残っていません。
後生で聴く機会は逃してしまったのですが、
ダニエラ・デッシーのトスカは、
そのビジュアルはともかくとして、
あの高音の細く長く持続する、
胸をかきむしられるような感じ、
ちょっとした掛け合いでも、
旋律が糸のように持続する感じなどが、
これぞプッチーニヒロインという思いがありました。
ああした歌い方の出来る現役バリバリのソプラノは、
今はあまりいないと思います。

今回はゲオルギュ―のトスカに、
もうベテランのマルチェロ・ジョルダーノのカラヴァドッシですから、
なかなかのキャストだったのですが、
ゲオルギュ―姐さんが、
ただの演劇みたいな持続のない歌唱で、
全編を通していたので、
とても元気がなくなってしまいました。

1幕と3幕の二重唱は、
通常ならうっとりと聴き入るところなのですが、
殆どのゲオルギュ―姐さんの歌は、
芝居の台詞にはなっていても、
歌にはなっていないので、
とても聴き入るという感じにはなりません。

これはもう本当にガッカリしてしまいました。
眼目の「歌に生き、恋に生き」のアリアにしても、
旋律がブツ切れで感動するという感じにはなりません。

僕は前方で聴いたのですが、
オーチャードホールはオケピットが簡易的なもので、
オケの音だけがバンバン前方に来るので、
歌声の多くがかき消されてしまった、
というバランスの悪さにも一因はあったように思いました。

ただ、ゲオルギュ―姐さんの歌ではなく芝居に関しては、
なかなか見応えがあって、
その堂々たる押し出しと説得力のあるプリマドンナ芝居は、
矢張り余人には代えがたいものも同時に感じたのです。

ゲオルギュ―姐さんのオペラは、
前からこうした感じのことが多く、
リサイタルではもう少し歌えているので、
どうしたものかなあ、とは思うのですが、
姐さんの舞台は、
歌を聴くのではなく、
その存在感を感じることが、
正しい鑑賞法ではないかとも感じました。

また来日されたら、
ついつい行ってしまうようには思います。

それでは次は演劇の話題です。

ヴェルディ「椿姫」(2017年パレルモ・マッシモ劇場上演版) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で診療は午前午後とも石原が担当します。

今日は土曜日なので趣味の話題です。
今日はこちら。
パレルモの椿姫.jpg
イタリアのパレルモ・マッシモ劇場が、
今来日公演を行っています。
デジレ・ランカトーレがヴィオレッタを演じる、
「椿姫」の舞台を聴きに行きました。

ヴェルディの「椿姫(ラ・トラヴィアータ」は、
日本でおそらく最も上演頻度の高いオペラで、
最近は上演頻度は減っていると感じますが、
それでも毎年数回は必ず何処かで上演されます。

これがヴェルディの代表作かと言うと、
そうは言えないと思いますが、
音楽的にも充実したオペラで、
ヒロインが様々な技巧を尽くして歌いまくるので、
ソプラノ歌手にとっては、
一度は全幕通して歌いたいと誰もが願う、
特別の演目であることもまた確かです。

聴き始めの頃は、
1幕ラストのコロラトゥーラの技巧を散りばめた大アリアに、
矢張り目が行くのですが、
ヴェルディは生粋のバリトン好きですから、
2幕一場のソプラノとバリトンの二重唱の部分が、
音楽的には最も充実しています。
このパートに関しては、
ヴェルディの数あるオペラを、
音楽的に代表する場面の1つであることは、
間違いがないように思います。

以前はズタズタにカットされて、
悲惨な短縮版としての上演が常だったのですが、
最近はほぼノーカットでの上演が増え、
この作品の真価が明らかになったことは、
素晴らしいことだと思います。

ソプラノのアリアとしても、
1幕より3幕巻頭のアリアが、
歌手の腕の見せ所という感じがあります。

単純に見えて、
繰り返し聴くと、
必ず新たな発見があるという辺りも、
名作の所以だと思います。

僕も50回くらいは生で聴いていると思いますが、
大御所ではデヴィーアやグルヴェローヴァ、
チューリヒ歌劇場の時のエヴァ・メイ、
4回の公演全てに足を運んだデセイ様、
今回と同じランカトーレ、
新国立のアンドレア・ロスト、
デビューは華やかだったボンファデッリ、
英国ロイヤルオペラで、
ドタキャンのゲオルギューに代わって、
1日のみ舞台に立ったアンナ・ネトレプコ、
メトロポリタンのルネ・フレミングなどが、
印象に残っています。

悔いが残っているのは、
一度だけ新国立で来日したインヴァ・ムーラで、
ロストとのダブルキャストだったのですが、
当時はロストが大好きだったので、
ロストしか聴きに行きませんでした。
彼女は素晴らしいコロラトゥーラで、
その後来日は多分一度もありません。

さて、今回の上演ですが、
なかなか良い「椿姫」だったと思います。

パレルモ・マッシモ劇場は、
超一流の歌劇場という訳ではありませんが、
如何にもイタリアの歌劇場という感じのオケで、
歌手の伴奏としての職人芸的な演奏はなかなかだったと思います。
お上品で繊細な音ではないのですが、
歌手の呼吸に巧みに合わせた柔軟な演奏でした。

演出は100年前でも同じと思わせるような、
古めかしいものでしたが、
まあまあ綺麗に出来ていて、
ストーリーをしっかり伝えるという意味では、
最近の無理矢理読み替えのような演出より、
ずっと安定感がありました。

最近の大手の招聘会社の引っ越し公演と称するものは、
経費削減が露骨なことが多く、
合唱と言っても、半分くらいは日本人だったりするのですが、
今回は結構大人数の合唱を実際に連れて来ていて、
これもそれほど上手くはないのですが、
矢張り歌手との呼吸などは良く、
とても良心的な招聘と感じました。
日本人エキストラの名前もちゃんと配役表に書かれています。
これも良心的で何処かの悪質な呼び屋さんとは違いますよね。

特筆するべきは字幕の文章で、
キリスト教的に祝福されない恋という、
やや日本人には分かりにくい作品のテーマを、
上手く伝えていたと思います。
2幕1場の父ジェルモンが、
息子と別れて欲しいと、
主人公の高級娼婦ヴィオレッタを説得する場面など、
通常訳が分からなくなるのですが、
「神に祝福されない恋」という一点で、
筋を通していたのにはセンスを感じました。
また、2幕2場の闘牛士の歌の意味合いなども、
分かりやすく字幕にしていて、
なるほどと思いました。

メインキャストは、
ヴィオレッタにデジレ・ランカトーレ、
アルフレードにアントニー・ポーリ、
父ジェルモンにレオ・ヌッチという布陣で、
3人とも生粋のイタリアの声という点が嬉しく、
如何にもイタリア的な声の競演が、
なかなかのレベルで展開されていて、
非常に聴きごたえがありました。

ランカトーレは、
ちょっとドンくさい田舎娘という雰囲気なのですが、
歌うことが本当に好きなことが、
伝わってくるような熱のある歌唱が持ち味で、
僕は好きなソプラノの1人です。
2011年の震災の年の秋のボローニャ「清教徒」など、
今もその熱唱が耳に焼き付いています。
良く来日してくれましたよね、本当にブラボーです。
押し出しが弱いので、
今回もオープニングなど、
「誰が椿姫?」という感じなのがちょっと残念です。
ただ、歌が乗ってくれば引き込まれます。
中音域とは別の出し方で高音を出していて、
以前は音調の違いに違和感があったのですが、
今回は割とスムースに中音域から高音域へのシフトチェンジがされていて、
声の出し方に違いはないのですが、
それほどの違和感はなくなっていました。
以前より低音域が安定して出せているので、
歌に膨らみが増していたと思います。
1幕の大アリアはボチボチで、
前半はカットもありましたが、
2幕のジェルモンとの掛け合いはなかなかの精度で、
3幕の巻頭のアリアはカットなしの全曲版で、
気合の入った歌唱でした。
総じて作品の肝が分かっての演技と歌唱なので、
説得力があって良かったと思います。

アルフレードのポーリは、
ちょっとお上品でテンションは低めなのですが、
美声で歌はしっかりしています。
今回はテノールのアリアはカットが多くて残念なのですが、
3幕はかなり頑張っていたと思います
冬の新国立劇場版も楽しみです。

そして大ベテランのヌッチですが、
以前は体調もあり海外で売れっ子でもあったので、
キャンセルも多く、
なかなか日本でオペラを歌ってはくれなかったのですが、
最近は来日も多く、
歌はさすがに往年の精度ではありませんが、
「リゴレット」も「椿姫」も、
日本で聴けたのは幸せでした。
今回もその存在感は抜群で、
ヴィオレッタとの掛け合いは迫力がありました。

そんな訳で意外に良かった「椿姫」でした。
最近はワーグナーの方が聴くことが多くなりましたが、
ヴェルディも悪くないなと今回は思いました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

2型糖尿病に対するSGLT2阻害剤カナグリフロジンの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
カナグリフロジンの効果と安全性.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
SGLT2阻害剤のカナグリフロジンの臨床試験結果をまとめた論文です。

2型糖尿病の治療において、
最近注目を集めている新薬が、
SGLT2阻害剤です。

この薬は腎臓の近位尿細管において、
ブドウ糖の再吸収を阻害する薬で、
要するにブドウ糖の尿からの排泄を増加させる薬です。

この薬を使用すると、
通常より大量の尿が出て、
それと共にブドウ糖が体外に排泄されます。

これまでの糖尿病の治療薬は、
その多くがインスリンの分泌を刺激したり、
ブドウ糖の吸収を抑えるような薬でしたから、
それとは全く別個のメカニズムを持っているのです。

確かに余分な糖が尿から排泄されれば、
血糖値は下がると思いますが、
それは2型糖尿病の原因とは別物で、
脱水や尿路感染の原因にもなりますから、
あまり本質的な治療ではないように、
直観的には思います。

しかし、最近この薬の使用により、
心血管疾患の発症リスクや総死亡のリスクが有意に低下した、
というデータが発表されて注目を集めました。

こうした効果が認められている糖尿病の治療薬は、
実際には殆ど存在していなかったからです。
2015年のNew England…誌に掲載されたその論文によると、
SGLT2阻害剤の3年間の使用により、
総死亡のリスクが32%、
心血管疾患による死亡のリスクが38%、
それぞれ有意に低下しています。
実際に使用されているのは、
SGLT2阻害剤の1つである、
エンパグリフロジン(商品名ジャディアンス)です。

SGLT2阻害薬のもう1つの特徴は、
血圧の低下作用のあることです。

この薬は一種の利尿剤のようなものですから、
血圧が降下することはある意味当然ですが、
2型糖尿病の患者さんの多くでは、
高血圧を合併していますから、
血糖と共に血圧を降下させる作用のあるSGLT2阻害剤は、
一石二鳥という面があります。

ただ、その一方でSGLT2阻害剤はグルカゴンを上昇させ、
LDLコレステロールを増加させる可能性があり、
骨折リスクを増加させる可能性や、
泌尿器系や婦人科系の感染症を増加させるなど、
その安全性に危惧がないという訳ではありません。

また、先日取り上げたように、
最近SGLT2阻害剤の有害事象として、
糖尿病性ケトアシドーシスのリスク増加も注目されています。

処方する医師の立場からすると、
現在日本においても、
複数の種類のSGLT2阻害剤が販売されていて、
薬剤の選択において、
その有効性や有害事象の頻度に、
差があるのかどうか、
という点が一番気になるところです。

今回の臨床データは、
そのうちのカナグリフロジン(商品名カナグル)を、
心血管疾患のリスクの高い2型糖尿病の患者さんに使用した、
2つの臨床試験の結果をまとめて解析したものです。

対象者は30歳以上で心血管疾患の既往があるか、
年齢が50歳以上で、
糖尿病罹患歴10年以上、高血圧、喫煙、HDLコレステロール低値など、
心血管疾患のリスクのうち、
2つ以上に該当する、
HbA1cが7.0以上10.5%以下の患者さんです。

その患者さんを、
本人にも主治医にも分からないように、
くじ引きで、
カナグリフロジンをそれまでの治療に上乗せして使用する場合と、
偽薬を使用する場合とに分け、
平均で188.2週という長期の経過観察を行っています。
2つの臨床試験で群分けには差があり、
一方は偽薬とカナグリフロジン群の2つですが、
もう一方の試験ではカナグリフロジンの用量が2つの分けられています。

メインとなる比較基準は、
心血管疾患の発症と生命予後です。

トータルな対象者は10142名で、
そのうち5795名はカナグリフロジン使用群で、
4347名は偽薬の使用群です。
平均年齢は63.3歳で、
男女比は男性が多く、
女性は35.8%になっています。

その結果…

カナグリフロジンの使用により、
偽薬と比較してHbA1cは0.58%低下し、
体重も1.6キロ、収縮期血圧も3.93mmHg低下しました。

そして、心血管疾患による死亡と、
急性心筋梗塞と脳卒中とを併せたリスクは、
14%(95%CI; 0.75から0.97)有意に低下しました。
実際の頻度は、
偽薬群が年間1000人当たり31.5件であったのに対して、
カナグリフロジン群は26.9件でした。

ただ、個別の心血管疾患による死亡リスク、
非致死性の心筋梗塞発症リスク、
非致死性の脳卒中発症リスクについては、
単独では有意な差は付いていません。

腎機能については、
微小アルブミン尿の進行を、
27%(95%CI; 0.67から0.79)、
糸球体濾過量の40%を超える低下と、
透析導入、そして腎不全による死亡を併せたリスクを、
40%(95%CI; 0.47から0.77)、
それぞれ有意に抑制していました。

有害事象については、
脱水や尿路、外陰部の感染症など、
想定可能なものが殆どでしたが、
1つだけ糖尿病性壊疽による下肢切断のリスクが、
偽薬では年間1000人当たり3.4件に対して、
カナグリフロジン群で6.3件と、
有意な増加を示していました。

トータルに見て、
先行するエンパグリフロジンには見劣りがするのですが、
カナグリフロジンも基本的には同じように、
心血管疾患のリスクは下げ、
生命予後にも良い影響を与える可能性があることは、
ほぼ間違いがないと言えそうです。

ただ、その一方で感染症や脱水が多いことも事実で、
これは断定的には言えませんが、
血管の動脈硬化性変化が強いような人では、
脱水や感染をきっかけとして、
下肢の壊疽が進行したという可能性は否定が出来ません。

このように、
これまで2型糖尿病の治療薬で、
明確に心血管疾患の予後を改善する薬剤は、
あまり存在していなかったので、
SGLT2阻害剤はその意味で大きな意義のある薬なのですが、
その一方で多くの有害事象のある薬でもあり、
今後そのリスクの分析と、
どのような患者さんでメリットが大きいのか、
といった検証が是非必要であるのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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