SSブログ

医師の年齢と急性期病院の患者の死亡リスクとの関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
医師の年齢と死亡リスク.jpg
先月のBritish Medical Journal誌に掲載された、
医師の年齢と患者さんの死亡率を比較した、
ユニークな発想の論文です。
週刊誌や新聞、SNSなどでも取り上げられ、
ちょっとした話題になっています。

ハーバード大学の研究チームによる発表で、
筆頭著者の津川友介先生は、
最近SNSなどでも盛んに発信をされています。

医者も人間ですから、
その技量や瞬時の冷静さや判断力において、
年齢の影響を受けることは間違いがありません。

臨床医の場合、
経験を積むことによって、
患者さんへの対応力が向上する、
所謂「年の功」もある一方で、
体力や記憶力、運動神経などは間違いなく低下し、
自分がトレーニングを受けた時の「常識」に左右されるので、
新しい治療のガイドラインなどに、
対応することが難しい、
というような側面も考えられます。

医師の場合、その仕事内容も多岐に渡っていて、
その全てが年齢に大きく影響をするとは言えません。
ただ、たとえば細かい作業を持続することが必要とされる、
難易度の高い手術や体力を要する手技、
救急での一刻を争う患者さんへの対応などは、
明らかに年齢と共にその能力は低下する、
というように考えられ、
それが診療の結果に影響するという可能性も否定は出来ません。

ただ、自動車の運転などでもそうですが、
スキルがあってそれを常に磨いていれば、
同じ年齢であっても、
運転の技量やその安全性には、
かなりの差があるようにも思います。

それでは、医師の場合はどうなのでしょうか?

当然の疑問でありながら、
あまりそうした研究はこれまで、
それほど行われては来ませんでした。

今回の研究では、
アメリカで65歳以上の年齢の医療制度である、
メディケアのデータを解析し、
救急病院に入院した内科の患者さんの30日間の予後が、
主治医の年齢によりどのように違うかを比較検証しています。

アメリカではホスピタリストという制度があり、
掛かりつけ医が幅広く一般診療を外来で行うように、
病院における入院患者の一次診療を、
幅広く受け持つというコンセプトのようです。
(この辺は詳しくはないので自信がありません。
もし誤りがありましたがご指摘をお願いします)
今回の検証はホスピタリストの技量を判定する、
という意味合いもあるようです。

今回のデータは18854人のホスピタリストの医師による、
736537名の患者さんの事例が対象となっています。

前述の車の運転の例のように、
その医師の経験やその時点の技量を測る物差しとして、
今回は1年に担当した入院患者数が使用されています。
具体的には年件90例未満が患者さんをあまり診ていない医師で、
年間90から200件がまあまあ診ている医師、
そして201年以上が多くの患者さんを診ている医師、
という区分になっています。

その結果…

患者さんの状態などの偏りを補正した結果として、
40歳未満のホスピタリストの医師の診療を受けた患者さんの、
30日間の死亡リスクが10.8%(95%CI;10.7から10.9)であったのに対して、
40から49歳の医師では死亡リスクが11.1%(95%CI;11.1から11.3)、
50から59歳の医師では11.3%(95%CI;11.1から11.5)、
60歳以上の医師では12.1%(95%CI;11.6から12.5)となっていました。

ただ、これを年間の患者さんを診ている数で解析すると、
年間201件以上の患者さんを診ている医師では、
40歳未満の医師の死亡リスクが10.7%で、
60歳以上の医師の死亡リスクも10.9%ですから、
医師の年齢による予後には全く違いがない一方で、
年間90件以下しか患者さんを診ていない医師では、
40歳未満でも死亡リスクは12.7%と高く、
60歳以上では17.0%という最も高い死亡リスクを示しました。

患者さんの再入院や医療コストには、
医師の年齢による明確な違いは見られませんでした。

要するに年齢は上であっても、
患者さんを多く診ている医師では、
あまり患者さんの予後には差はなく、
年齢はこうした医師ではそれほど影響を与えていないのですが、
患者さんをあまり診ていない医師では、
そもそも若くても死亡リスクは高く、
年齢による影響もより大きくなる、
と言う結果です。

上記論文の解説では、
以前は地域の掛かりつけ医が総合診療医として、
患者さんが入院した際には、
病院に出向いて診療を行う、
というような方針が一般的でしたが、
1990年代からホスピスタリストの養成が本格化し、
病院での総合診療を行う医師が主流になった、
というような経緯があるようです。
従って、40歳以下の年齢の医師は、
ホスピタリストとしキャリアを開始しているので、
その知識や経験が豊富なのですが、
60歳以上の医師は、
そうした教育は受けずにホスピタリストにスライドしているので、
その分野での知識が充分ではないのではないか、
というような考察も記載をされています。

この研究は日本でも波紋を呼んでいるようですが、
知識のない一般の方は、
結論だけを見て、
60歳を超えるような医者に掛かると殺される、
というように短絡的に思ってしまうというリスクがあり、
また医師の年齢と技量との関連を測るという意味では、
年間の患者数や30日以内の死亡リスクを指標に使うというのが、
ややラディカルな感じはするのです。
短期間の「死亡」を指標とするのが、
ちょっとインパクトが強すぎますし、
医師の技量を単純に受け持っている患者数で評価するのも、
それもちょっとなあ、と言う気がどうしてもしてしまいます。
他にもっと穏当で妥当な指標はなかったのでしょうか?

論文の考察の後半には次のような件もあります。

同じ病院において、
患者さんが60歳以上の医師に診療を受けるのと比較して、
40歳未満の主治医を持つことにより、
その死亡リスクは11%低下するということになり、
これはスタチンによる心血管疾患の死亡リスクの低下にほぼ一致する。
(つまり年寄りの医者に掛かってスタチンを飲むよりは、
飲まないで若い医者に掛かれば同じこと)
また、年齢が原因で死亡リスクが増加していると仮定すると、
60歳以上の医師にかかって死亡した患者さん77人のうち、
1人は40歳未満の医師にかかれば命が救われた患者だと推計される。

幾ら専門医向けの医学誌の解説とは言え、
こうした冷徹さは如何なものかなあ、
という感じは、どうしても持ってしまうところです。
末端の臨床医の端くれとしては、
絶望的な気分にもなってしまいます。

ただ、こうした研究が必要であること自体は間違いがなく、
今後どのような能力や技術が、
最も年齢の影響を受けるのか、
その場合年齢と医師の配置をどう考えるべきかなど、
患者さんの予後改善を真の目標と考えた時に、
最適の環境作りに向けた取り組みとなれば、
それは患者さんにとっても医師にとっても、
非常にメリットは大きいことなのだと思います。

今後の更なる検証を、
是非期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本