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2 型糖尿病治療薬の有効性比較(2023年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
糖尿病治療薬と生命予後.jpg
British Medical Journal誌に、
2023年4月6日ウェブ掲載された、
2型糖尿病治療薬の有効性を比較してメタ解析の論文です。

2型糖尿病の治療薬は最近重要な新薬が複数開発され、
数年前までとはかなり様相が変わりました。

以前は血糖をともかく正常値に近付けることが絶対とされ、
飲み薬ではSU剤、注射薬ではインスリンが主役となり、
血糖値を強力に下げることが、
患者さんの予後の改善に結び付くと考えられていました。
しかし、勿論血糖値が正常化することは望ましいことではあるのですが、
強力な血糖降下作用を持つ薬を使用すると、
低血糖のリスクが高まり、
却って患者さんの予後に悪影響を与える可能性が、
精度の高い臨床試験結果で示されたことで、
血糖を下げることが絶対ではない、
という考え方が生まれたのです。

血糖コントロールの指標であるHbA1cを、
7.5%以下に維持することは、
多くの合併症を防ぐために意義のある治療ですが、
それを下回る厳格な血糖コントロールを目指しても、
それだけでは患者さんの予後の改善には結びつきません。

多くの2型糖尿病の患者さんの予後を決定しているのは、
実際には心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患と腎臓病です。
つまり、こうした病気を予防する効果がなければ、
治療薬にはあまり意味がない、
ということになるのです。

近年、そのハードルをクリアした薬が、
尿にブドウ糖を排泄する作用を持つSGLT2阻害剤と、
インクレチンという、
SU剤などとは異なるマイルドなインスリン分泌作用を持つ、
GLP-1アナログという注射薬でした。

その後GLP-1アナログは飲み薬も開発され、
更に2種類のインクレチン(GIPとGLP)を共に刺激する作用を持つ、
新しい注射薬チルゼパチド(商品名マンジャロ)も開発されました。
腎臓病に関しては、
2型糖尿病に合併する慢性腎臓病の治療薬として、
腎臓の炎症や線維化を予防する作用があるとされる、
ミネラルコルチコイド受容体の阻害剤フィネレノン(商品名ケレンディア)も、
既に臨床で使用が開始されています。

それでは、現時点の臨床データを比較した時、
患者さんの予後改善のために、
このうちのどの薬が最も優れているのでしょうか?

今回の検証は、
これまでの主だった臨床データをまとめて解析して比較する、
システマティックレビューとネットワークメタ解析という手法を用いて、
この問題の現時点で最新の検証を行っています。

これまでの816の精度の高い臨床試験に含まれる、
トータルで471038名の患者データをまとめて解析したところ、
スタンダードな治療と比較して、
SGLT2阻害剤の使用は12%(95%CI:0.83から0.94)、
GLP-1アナログの使用は12%(95%CI:0.82から0.93)、
総死亡のリスクを有意に低下させていました。

フィネレノン(商品名ケレンディア)の使用も、
データはまだ少ないものの11%(95%CI:0.79から1.00)、
総死亡リスクを低下させる傾向を認めました。

より古くから使用されている薬の中では、
メトホルミンを含まないスタンダードな治療にメトホルミンを追加すると、
総死亡リスクを低下させる傾向は認めたものの有意ではなく、
SU剤は総死亡リスクを増加させる傾向を、
有意ではないものの認めていました。

このように、
現状心血管疾患リスクを抑制して総死亡リスクを低下することが、
ほぼ実証されているのが、
SGLT2阻害剤とGLP-1アナログで、
フィネレノンにもまだ明らかとは言えないものの、
その可能性がありそうです。

こうしたデータを今後も積み重ねることにより、
2型糖尿病の患者さんにとって真の意味で有用な治療が、
実証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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COCOON PRODUCTION 2023「シブヤデマタアイマショウ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
終日レセプト作業の予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
シブヤデアイマショウ.jpg
2021年に上演された松尾スズキさんのミュージカルレビューショー、
「シブヤデアイマショウ」が、
シアターコクーンの休館に合わせて、
第2弾として今日まで上演されています。

これは第1弾がとても楽しかったので、
今回も是非と思い、
初演の能年玲奈さんが出ていないのが残念ですが、
期待して足を運びました。

今回もとても楽しかったですよ。

松尾スズキさんの関わった舞台としては、
この10年くらいでしたら一番好きな作品で、
過去を遡っても、
「愛の罰」の初演でしょ、それから「嘘は罪」の初演、
「キレイ」の初演、スズナリでやった1人芝居、
それに継ぐくらいに好きです。

基本的な構成は第一弾と同じなのですが、
前回はヒロインの能年玲奈さんが、
今回は多部未華子さんに代わり、
それに応じてヒロインの役柄も変更されて、
前回は能年さんが「召使を孕ませて家出した地方の名家のおぼっちゃま」
というとてもシュールで、
能年さんでなければ、とても演じられないな、
というような役柄を演じて素晴らしかったのですが、
今回は多部さんが本人を演じ、
彼女がホテルで寝ていると、
「不思議の国のアリス」もどきに、
ウサギに導かれて渋谷の町を彷徨うという、
夢の世界で別人格を演じる、
という趣向になっていました。

もう1つの主筋は、
前回も登場した秋山菜津子さんが,
自分自身をヒロインにしたミュージカルを作る、
という話で、
これは前回はダークサイドに堕ちた、
松尾スズキを救う、というようなお話であったのです。

この作品は何より松尾さんが、
パフォーマーとしての本領発揮の感じで、
恥ずかしそうに頑張っている姿がとても楽しいのです。
最初から客席にヨロヨロと登場する、
動きの藝からして素敵ですし、
得体の知れないダンスや歌も、
多部さんや秋山さんとの掛け合いも、
これはもう円熟した古典芸能を鑑賞するような気分です。

歌のレパートリーの中では、
「キレイ」で個人的には最高の名曲だと思っている、
「ここにいないあなたが好き」を、
初演のオリジナルキャストである、
秋山菜津子さんと村杉蝉之介さんが、
歌い上げてくれたのが最高のご馳走でした。
ただ、一般の知名度は低い曲なので、
客席の反応は薄かったのがとても残念です。

「コクーンの終末」ですし、
もっと終末感満点に、
破壊的な作品にしてくれても…
という思いもあるのですが、
松尾さんもそうした破滅的な時期は過ぎているのだと思いますし、
これはこれでとても素敵な時間だったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「帰ってきたマイ・ブラザー」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
帰ってきたマイ・ブラザー.jpg
水谷豊さんの主演舞台が、
マギーさんの脚本に小林顕作さんの演出、
相棒コンビの寺脇康文さんや堤真一さん、
段田安則さん、高橋克実さん、
更には峯村リエさんと池谷のぶえさんが脇を固めるという、
小劇場的には超豪華なメンバーで今上演されています。

昔解散した実際に4人兄弟のコーラスグループが、
ひょんなことから数十年ぶりに公演を開くことになり、
その楽屋でのやり取りがお芝居として描かれて、
ラストはその公演風景で締め括られます。

これは個人的にはとても良かったです。

仲の悪いグループの公演直前の楽屋風景という、
これはもう本当にベタな設定なんですね。

それがその通り基本的には予定調和的に進みます。
最初は、とても公演など迎えられないのではないか、
という雰囲気なのですが、
色々な偶然や、蔭のマネージャーやファンの努力、
そして過去と向き合いながら葛藤する、
メンバー(今回は家族でもある)の人生を凝縮したような時間のやり取りがあって、
ラストでは公演の風景に全てが集約されてゆきます。

ここまでベタな設定ですと、
そのまま丁寧にやれば一定のレベルの舞台になるのは、
それはもう当然と言って良いのですが
その一方で特徴が出にくいという欠点はあります。

今回何が良かったかと言うと、
まず第一に上演時間の短さです。
トータルで上演時間は1時間半弱なんですね。
それでいて短すぎるという感じはありません。
オープニングからすぐ水谷さんと寺脇さんが登場して、
無意味な前振りがありませんし、
久しぶりに再会した4人兄弟が、
最初は過去のわだかまりがありながらも、
徐々に1つになって、
その日の舞台に向かうまでを、
時間経過を踏まえながら、丁寧に描いてゆきます。
1人2役の女優陣が途中に綺麗に挟まって、
単調になりがちな段取り部分を、
丁寧に補完してゆきます。
そして、いよいよ公演ということになると、
劇場がそのまま公演会場に変貌し、
観客はその世界に入り込んで、
本人と役柄とを二重写しにしながら、
その展開を見守るのです。

この短さの選択と、
凝縮されたマギーさんの台本の完成度の高さが、
この作品のまず第一の魅力です。

この作品の第二の魅力は勿論キャストです。

主役が水谷豊さんで、
マネージャー役には相棒でも共演の寺脇康文さんでしょ。
水谷さんの弟に段田さん、高橋さん、堤さんという、
それぞれ1人で充分舞台の主役を張れる面々が揃っています。
そして、アクセント的に出演する女優陣も、
おそらく今の演劇界で最も器用なコメディエンヌと言って良い、
峯村リエさんと池谷のぶえさんという豪華さです。

こうしたキャストを組むと、
ともすれば皆が顔見世的な出演になって、
「無駄に豪華」という感じになりがちなのですが、
今回は違っていました。

矢張り水谷さんがスーパースターなんですね。
そのオーラがとてつもないので、
水谷さんを活かすためには、
周りにもこのくらいのメンバーが必要なのです。

それから、矢張りこれはマギーさんの脚本が良いのですが、
1人として段取り的な役柄はなく、
それぞれがしっかり自分の役柄をこなし、
見せ場も作るという感じになっていて、
その贅沢なアンサンブルに、
こちらもちょっと豊かな気分にさせられるのです。

特筆するべきは矢張りラストで、
4人兄弟が真紅の背広でずらりと並び、
歌が始まった時の感銘というのは、
それまでの経過をしっかり見せられているだけに、
胸に迫るものがありましたし、
久しぶりに舞台を観て鳥肌が立ちました。

要するに1曲の歌が背負っているものを、
演劇として見せておいて、
それを感じながら歌を聞くことにより、
全ての思いがそこに集約されるのです。

その後はカーテンコールのダンスになるのですが、
全員が揃ってのダンスシーンは、
オールスターキャストならではの凄みのある舞台面で、
この場面のみでも、
このキャストを集めた意味は充分にあったと感じました。

そんな訳で、
とてもベタな芝居ですが、
それを超豪華なキャストと手練れのスタッフで、
1時間半の結晶体のような舞台に仕上げた傑作で、
是非是非劇場に足をお運び頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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糖尿病と五十肩との関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
終日レセプトの事務作業の予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
糖尿病と50肩との関係.jpg
BMJ Open誌に2023年1月4日ウェブ掲載された、
糖尿病と五十肩との関連についての論文です。

英語ではFrozen Shoulderと表現される五十肩は、
肩が痛み腕が上げ辛い症状が起こる肩関節周囲炎のことで、
痛みが強いとそのために眠れなくなることもあります。

50代から60代に多いことからその名前がありますが、
40代以前に生じることもあります。
その正確な原因は不明ですが、
肩関節周辺の骨や軟骨、腱などが老化して炎症を起こすことが、
原因ではないかと想定され、
そうした説明がされています。

ただ、たとえば甲状腺機能低下症や心血管疾患と、
五十肩のリスクとの間に関連があるとする報告もあり、
老化以外のメカニズムが影響している可能性も指摘されています。

そして、近年五十肩との関連が指摘されているのが糖尿病です。

糖尿病で五十肩が多いという報告は複数ありますが、
糖尿病が原因であるのか、そうでないか、という点については、
あまり明確なことが分かっていません。

今回の研究はこれまでの臨床データをまとめて解析した、
システマティックレビューとメタ解析の論文ですが、
この問題の再検証を行っているものです。

これまでの6つの症例対照研究に含まれる、
トータル5388名の臨床データをまとめて解析したところ、
糖尿病がない場合と比較して、糖尿病があると、
五十肩のリスクは3.69倍(95%CI:2.99から4.56)有意に増加していました。
より精度の高いコホート研究は2つ存在していて、
そのうちの1つではリスクは1.32倍(95%CI:1.22から1.42)、
もう1つでは1.67倍(95%CI:1.46から1.91)と、
症例対照研究と比較すると違いはありますが、
矢張り糖尿病で高い傾向は認められました。

このように、
糖尿病の患者さんでは、
五十肩が多いという傾向は間違いがないのですが、
データにはかなりばらつきがあり、
そのメカニズムを含めて、
因果関係などがあるかどうかについては、
まだ明確なことは言えないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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スタチンの使用法と心血管疾患二次予防効果との関係 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
スタチンの使用法比較二次予防.jpg
JAMA誌に2023年3月6日ウェブ掲載された、
コレステロール降下療法の手法による有効性の違いを検証した論文です。

急性心筋梗塞などの、
虚血性心疾患の患者さんでは、
心臓病の再発のみならず、
脳卒中や心不全などの心血管疾患のリスクが、
非常に高い状態となることが知られています。

そのため一度でもこうした病気を発症した患者さんは、
その再発予防の治療を継続する必要があります。

こうした病気の再発のリスクとして、
血液のLDLコレステロールが高いことが重要で、
そのため主にスタチンというコレステロール降下剤を用いて、
コレステロールを持続的に低く保つことが、
有効な治療として行われています。

アトルバスタチンやロスバスタチンなどが、
こうしたスタチン製剤の代表で、
コレステロールの合成酵素を阻害することにより、
強力にコレステロールを低下させる作用があります。

ただ、こうしたスタチン治療の方法には、
幾つかの考え方があります。

その1つの方法は、
血液中のLDLコレステロールを半分以上強力に低下させる作用のある、
高力価のスタチンを使用して、
最初からそれを継続するという方法です。
この方法では、特にコレステロール値を検査して、
薬の量を調節することは求められていません。

もう1つの方法は、
やや少なめの量のスタチンから治療を開始して、
血液中のLDLコレステロールの値を定期的に検査し、
目標値(再発予防では通常50から70mg/dL)に達するように、
量の調整を行うという方法です。

最初の方法は投薬の調整が必要ないので、
治療の継続がしやすいという利点があります。
一方で同じ量のスタチンを使用していても、
その効果にはある程度の個人差があるので、
ある人には効いていても、
他の人には充分な効果が実際には得られていない、
という可能性もあります。
2番目の方法は目標値を決めて治療するので、
患者さんの意欲にも繋がるという側面があり、
また実際の効果を確認出来るという利点があります。
その一方で採血の検査で量の調整をするという煩雑さがあり、
医療費などの患者さんの負担も多くなる、
という欠点があります。

それでは、
実際にこの2つの方法を比較した時、
その目的である心血管疾患の予防効果に、
何か違いがあるのでしょうか?

今回の研究は韓国の複数の専門施設において、
虚血性心疾患と診断を受けたトータル4400名の患者さんを、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は高力価のスタチンとして、
アトルバスタチンを1日40㎎、
もしくはロスバスタチンを1日20㎎、
継続的に使用、
もう一方は血液検査を定期的に施行して、
血液のLDLコレステロールが50から70mg/dLに維持されるように、
スタチンの量を調節して、
3年の経過観察を行っています。

その結果、
総死亡と心筋梗塞、脳卒中、心臓カテーテル治療を併せたリスクには、
両群で明確な差は認められませんでした。

このように、
高力価のスタチンを継続使用する方法でも、
血液中のLDLコレステロールを低く維持する方法でも、
その目的である心血管疾患の予後改善には、
大きな差はないことが確認されました。

今後はこうしたデータを元にして、
個々の患者さんの状況に合わせた、
治療戦略が示されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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分娩時の抗菌剤使用の敗血症予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は訪問診療などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アジスロマイシンの出産前の使用効果.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年3月30日付で掲載された、
分娩時に抗菌剤を1回のみ使用することの、
母体と胎児の感染予防効果についての論文です。

出産には多くのリスクがあり、
そのうちの1つが敗血症などの重症感染症です。
特に衛生環境に問題が多い発展途上国においては、
母子の出産時の敗血症による死亡が、
大きな社会問題となっています。

その簡便な予防法として、
抗菌剤を出産前に予防的に使用する、
という方法が試みられ、
帝王切開による分娩においては、
母子の感染予防に一定の有効性が確認されています。

しかし、通常の経腟分娩においても、
同様の予防効果があるかどうかについては、
これまであまり明確なことが分かっていませんでした。

今回の研究は複数の発展途上国において、
妊娠28週かそれを超えていて、
経腟分娩を予定している29278名の妊娠女性を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は抗菌剤のアジスロマイシンを2グラムで単回経口投与し、
もう一方は偽薬を使用して、
その後の敗血症や死亡のリスクを比較しています。

その結果、母体死亡と母体の敗血症を併せたリスクは、
偽薬と比較して抗菌剤使用群の方が、
33%(95%CI:0.56から0.79)有意に低下していました。
その一方で新生児の敗血症や死亡のリスクについては、
両群で有意な差は認められませんでした。

今回の研究においては、
通常の分娩においても、
敗血症などの感染症のリスクが高いと想定される環境では、
抗菌剤を単回使用することにより、
母体の感染と死亡とが一定レベル予防されることが確認されました。
その一方で帝王切開時のデータとは異なり、
新生児の予後には明確な差がなく、
今後のその原因を含めて、
検証が必要であるように思われます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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日本人の胃癌リスクに対するピロリ菌と遺伝素因の相互作用 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
胃癌リスクとピロリ菌と遺伝素因との関連.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年3月30日掲載された、
胃癌のリスクに対するピロリ菌感染と、
癌リスクに関わる遺伝子変異との、
関連を検証した論文です。

これは理化学研究所や愛知県がんセンターなどの研究チームによる、
日本の疫学データを元にした研究結果です。
国立がん研究センターのサイトにも解説記事がありますので、
よろしければそちらもご参照下さい。
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0330/index.html

胃癌は日本人などアジア人に多い癌として知られていて、
ピロリ菌の感染とそれに伴う胃粘膜の萎縮性変化が、
その病因として重要であることも実証されています。

ただ、全ての胃癌の原因が、
ピロリ菌だけで説明可能ということはありません。
たとえば、遺伝性びまん性胃癌と呼ばれるものは、
遺伝性に高率に発症して、
印環細胞癌と呼ばれる特殊な組織型を持ち、
その原因がCDH1遺伝子という遺伝子の変異によることが分かっています。

それではこうした胃癌の発症に関わる遺伝子変異と、
ピロリ菌感染との間には、
胃癌の発症リスクとどのような関連を持っているのでしょうか?

今回の研究では、
日本の遺伝情報を集めたバイオバンク・ジャパンで収集された、
10426名の胃癌患者の遺伝情報を、
38153名のコントロール群と比較して、
癌のリスクと関連する27個の遺伝子変異を検出。
そのうちの9個の遺伝子変異
(APC、ATM、BRCA1,BRCA2,CDH1、MLH1、MSH2,MSH6、PALB2)が、
胃癌のリスクと関連することを確認しました。

そして更に、
この9種類の遺伝子変異とピロリ菌感染との関連を、
1433名の胃癌の患者と、
5997名のコントロールとを比較して検証しています。

その結果、
9種類の遺伝子変異のうち、
特にDNAの2本の遺伝子が切断された時の修復に関わる、
4種類の遺伝子変異(ATM、BRCA1、BRCA2、PALB2)と、
ピロリ菌の感染との間には強い相互作用のあることが確認されました。

ピロリ菌が陰性で遺伝子変異もない場合と比較して、
ピロリ菌のみの陽性で胃癌リスクは5.76倍(95%CI:4.88から6.80)に増加し、
遺伝子変異のみの陽性では有意な増加を示しませんが、
ピロリ菌陽性で遺伝子変異もある場合、
胃癌リスクは22.45倍(95 %CI:12.09 から41.70)に跳ね上がっていたのです。

ピロリ菌の感染がなく遺伝子変異もないと、
85歳までに累積で胃癌を発症する確率は5%未満ですが、
ピロリ菌の感染が持続しているとそれが14.4%となり、
そこに遺伝子変異が加わると、
45.5%という累積発症率となるのです。

これは食道癌におけるアルコールと遺伝子変異との関連でも、
同様の相乗効果のあることが知られています。

この現象をどう考えるかと言うと、
胃癌になり易い遺伝子変異を持っている人では、
ピロリ菌を除菌することで、
遺伝子変異を持たない人と比較して、
遥かに高い胃癌の予防効果が得られることを示しているのです。

今後こうした遺伝子変異を効率的にスクリーニングして、
ピロリ菌の感染の有無と比較することにより、
かなり正確にその人の胃癌の将来的なリスクを算出し、
ピロリ菌の除菌を行うと共に、
定期的な検査を施行することにより、
これまで以上に胃癌を未然に防ぐことが可能となることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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アルコールの摂取量と生命予後(2023年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アルコールと死亡リスク.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年3月31日ウェブ掲載された、
アルコールの摂取量と生命予後との関連についての論文です。

健康のために適切な飲酒量はどのくらいか、
というのは未だ解決はされていない問題です。

大量のお酒を飲んでいれば、
肝臓も悪くなりますし、
心臓病や脳卒中、高血圧などにも、
悪影響を及ぼすことは間違いがありません。

ただ、アルコールを少量飲む習慣のある人の方が、
全く飲まない人よりも、
一部の病気のリスクは低くなり、
寿命にも良い影響がある、
というような知見も複数存在しています。

日本では厚労省のe-ヘルスケアネットに、
日本のデータを元にして、
がんと心血管疾患、総死亡において、
純アルコールで平均23グラム未満(日本酒1合未満)の飲酒習慣のある方が、
全く飲まない人よりリスクが低い、
という結果を紹介しています。

その一方で、
2016年のメタ解析の論文によると、
確かに飲酒量が1日アルコール23グラム未満であれば、
機会飲酒の人とその死亡リスクには左程の差はないのですが、
1日1.3グラムを超えるアルコールでは、
矢張り死亡リスクは増加する傾向を示していた、
というようなデータが紹介されています。

2017年に発表されたイギリスの大規模疫学データでは、
概ね多くの病気において、
全くお酒を飲まない人より、
1日20グラム程度のアルコールを摂取している人の方が、
その発症リスクは低く、
それが適正量を超えるとリスクの増加に繋がる、
というものになっていました。

ただ、喉頭癌、食道癌、乳癌など、
一部の癌はより少ないアルコール量でも、
そのリスクが増加した、
というデータもあります。

このように、
1日23グラム未満のアルコール量の健康影響は、
データによっても異なる部分があり、
まだ結論が出ていません。

今回の研究はこれまでの臨床データを、
少量の飲酒と総死亡リスクとの関連に絞って解析した、
システマティックレビューとメタ解析の論文です。

これまでの107の疫学研究に含まれる、
4838825名の臨床データをまとめて解析したところ、
アルコールを全く飲まない人と比較して、
1日0から1.3グラム未満とたまにしか飲酒をしない人と、
1日1.3から24グラム未満と少量飲酒のみの人は、
総死亡のリスクに有意な違いは見られませんでした。
そして1日25から44グラムと中等量の飲酒では、
有意ではないものの総死亡のリスクは5%高い傾向が見られ、
1日45グラムから64グラムでは19%、
65グラム以上では35%、
総死亡のリスクは有意に増加していました。

このように今回のメタ解析においては、
少量の飲酒では生命予後には明確な悪影響はなく、
1日23から24グラムを超えるような飲酒量において、
初めて総死亡の増加傾向は見られていました。

少量の飲酒にリスクがないとは言えませんが、
現状のデータの範囲においては、
生命予後への悪影響は概ね1日1合を超える飲酒により生じると、
そう考えて大きな間違いはないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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赤信号劇団「誤餐」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
赤信号劇団『誤餐』チラシおもて.jpg
コント赤信号の赤信号劇団の第15回公演が、
28年ぶりに今下北沢のスズナリで上演されています。
公演は今日までですね。

コント赤信号の3人が勿論顔を揃え、
そこに室井滋さんや那須凜さんら実力派のゲストが加わって、
作・演出は精緻な人間ドラマで評価の高い桑原裕子さんという、
演劇好きには見逃せない贅沢な布陣です。

これは如何にも小劇場という感じの家庭劇で、
なかなか良かったですよ。

主人公は渡辺正行リーダー演じる大学教授で、
その秘密を握るかつての恋人に室井滋さん、
教授の年の離れた若い妻に那須凛さん、
教授の竹馬の友で室井さんの旦那にラサール石井さん、
教授の妻の間男に小宮孝泰さんというキャストで、
室井さんが数十年ぶりに渡辺さんの家を訪れたところから、
登場人物の多くの愛情と思惑が入り混じって、
ほろ苦い悲喜劇が描かれます。

これは桑原さんの作品としては、
抜群という部類ではないのですが、
緻密な人間ドラマの組み上げはさすがの筆力で、
何より赤信号劇団という枠組みを、
しっかりと活かして、
見せるべきものをしっかり見せる、
という作劇が見事です。
数十年ぶりの再会と過去の回顧というのが、
そのまま28年ぶりの赤信号劇団を象徴しているでしょ。
リーダーにちょっと任ではなさそうな大学教授を当てて、
それが意外に嵌り役なのが素敵ですし、
それでいてラストになると、
それだけの趣向ではなかったことが分かるのも鮮やかです。
対する石井さんには豪放磊落な人物を演じさせ、
そのやり取りの中にトリオ愛を感じさせます。
1つの下の世代での愛情が滲むのも良く、
その相互作用がこの芝居を、
内容以上に膨らませていたと思います。

スズナリという小屋にも作品がフィットしていて、
満員ではあっても窮屈にはしていない客席の雰囲気も良く、
まずは楽しい2時間を過ごすことが出来ました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「Winny」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
winny.jpg
新鋭松本優作監督が、
ファイル共有ソフトWinnyの開発者が逮捕起訴され、
7年の裁判を戦った実話を、
極めて刺激的で感動的な社会派ドラマとして映画化しました。

その見事な構成力と取材の重み、
主演の東出昌大さんを初めとする役者陣の入魂の演技には、
今年一番と言って良い感銘を受けました。

正直映画としての完成度には、
今一つという部分もあるのですが、
企画からテーマ、役者の演技に演出と、
これぞ映画という血の滾った力作で、
これはもう是非にお勧めしたいと思います。

以下、多分蛇足的な感想です。

出来れば映画をご覧になった後でお読み下さい。

絶対に観る価値のある映画ですし、
最初にあまり情報はない方が、
その魅力を充分に堪能出来ると思うからです。

これね、映画としては、
権力組織の悪と対決するという、
まあ古めかしい素材で、
昔山本薩夫監督が作った社会派映画みたいな感じなんですね。
その映像の雰囲気やタッチも、
特にウィニー事件と並列して語られる、
警察の裏金告発事件の方は、
多分意図的にそうした古い社会派映画の作りになっています。

でもその古めかしい話が、
実際に21世紀に起こったことなんですね。
一旦メンツを潰されると、
あらゆる権力装置を使って、
なりふり構わずに個人を潰しに掛かる、
警察権力というものの怖さと、
一旦「悪」というレッテルが貼られると、
それに乗っかって思考停止し、叩き続けるという、
メディアとそれを信じてしまう僕達の同調圧力の怖さのようなものを、
ここまで生々しく描いた映画は、
確かに一昔前には定番であったのですが、
最近はあまりないと思います。

それも丹念な取材に基づいて、
「分からないことは推測では画にしない」
という姿勢で描かれているんですね。
これが出来そうで通常は出来ないことで、
この映画の素晴らしさだと思います。

普通、警察と検察とがなれ合いで悪事をする、
というようなお話を作ると、
ステレオタイプな悪人同士の、
それこそ「おぬしも悪よのう」みたいな場面を、
絶対作るんですね。
でも、この映画にはそうした場面は1つもないんですね。
それは取材で確認された「事実」ではなく、
「憶測」であるからですね。
その代わりに実際に裁判での警察官の台詞や、
弁護士が抗議に行った時の検察官の台詞の中に、
裏にあるそうした気配のようなものを、
漂わせるという作劇をしています。

観客にとっては、分かり易い話の方が好き、
という傾向は確実にあるので、
それに迎合すると「悪」の場面と、
それが糾弾されたり、へこまされたりする場面を、
作りたくなるんですね。
山本薩夫監督はその辺を良く心得ているので、
必ずクライマックスでは、
主人公が怒りを爆発させるという場面を作るのです。

しかしこの映画の作り手は、
そうしたことをしていないのです。

その代わりに映画を成立させているのは何かと言えば、
1つは事実の重みです。
こういう事実を元にした映画の作りとしては、
途中で現実のニュース映像や、
現実の人物へのインタビューなどを、
交えるのが1つの定番の演出ですよね。
この映画を観ていると、
途中までは少し物足りなさを感じ、
そうした実録映像を見たいような気分になるんですね。
でも、その代わりにこの映画では、
裁判でも記者会見でもテレビ映像でも、
実際の言葉を忠実に使っているんですね。
それがリアルさをしっかりと担保していて、
それでラストになった初めて、
実際の主人公の語る映像が登場します。

ああ、なるほどこういう計算で実際の映像を出さなかったのね、
と感心しましたし、
実際の主人公の語る言葉が、
観客の心に強い感動を持って響くのです。

リアルな裁判の場面が作品中の白眉で、
書類を確認したりのちょっとしたやり取りまで、
細部にリアルさが追求されているので、
そこで発せられた言葉の応酬を、
臨場感を持った事実として受け止めることが出来ます。

ここでも、通常はもっとドラマとしての山場を作り、
盛り上げたいところではあるのですが、
煽り的な演出は極力排して、
その経過を客観的に追うことにより、
司法制度の歪さのようなものが、
より明瞭に観客に届けられた、という気がします。

今回の映画で何より特筆するべきは役者陣で、
主人公のソフト開発者を演じた東出昌大さんは、
まさに入魂の演技で、
プログラムでしかコミュニケーションが取れないという天才を、
見事に演技として立ち上がらせ、
ラストの実際の映像に繋げた手際は、
素晴らしいと言う以外言葉がありません。

ああ、この人には僕達とは全く違う見え方で、
世界が見えているんだろうなあ、という実感を、
リアルにこちらに伝えてくれました。

対する弁護士役の三浦貴大さんも、
受けの演技で少し損な役回りですが、
その精度の高い演技でこの作品の背骨を支えていました。
百戦錬磨の老獪な弁護士を演じた吹越満さんがまた絶妙で、
たまに素のおちゃらけめいたところがあるのがご愛敬ですが、
裁判でのやり取りなどは、
この作品の信憑性の部分を大きく支えていました。
また「悪の片鱗」を短い出番で表現しなければいけない役回りである、
渡辺いっけいさんと渋川清彦さんも、
演出の意図によく応えていたと思います。

この映画でもう1つ特筆するべきはその構成で、
ウィニー事件については、
第一審の裁判をリアルに描いて、
敗訴と、上告への意欲までを描くと、
主人公の死にジャンプして、
三浦貴大さんと主人公の姉役の吉田羊さんとの対話で締め括り、
その後の経過を字幕で語って、
ラストの実際の主人公の映像に繋げます。
これはまあ黒澤監督の「生きる」方式ですね。

本来一番重要と思える部分を敢えて「余白」にする、
という手法です。
これが成功したかどうかは何とも言えなくて、
ネットでは「勝訴した上告審こそ描いて欲しかった」
という当然とも言えるような意見も多いので、
そうした意見の方にとっては失敗であったのかも知れません。
個人的には裁判の経過を執拗にたどるには、
第一審が適切ですし、
これ以上裁判場面を重ねるのは退屈を招き、
ラストの実際の映像のインパクトも削ぐ結果になるので、
これで良かったように感じました。

もう1つの構成上の特徴は、
一見無関係と思える警察裏金事件を並行して描き、
ウィニーで流出したファイルが裏金事件の証拠となることにより、
その2つを結び付けるという趣向です。
正直裏金事件の描き方は、
ややステレオタイプな社会派ドラマのスタイルなので、
陳腐な感じを受けることは確かです。

こうした構成が必要だったのか、
という点も微妙なのですが、
これも言ってみれば2つの事件の間に、
語られない「余白」があって、
それが作品の一番のテーマである、
ということだと思うのですね。
でも、その関連を直接的に描くことは、
憶測に踏み込むことになり、
主人公の意図を勝手に斟酌して、
同調圧力を作り上げたマスコミの権力と、
同じことをしているという自戒があったように思います。

このように言いたいことはなかなか尽きないのですが、
今年これまでに観た映画の中では、
一番感銘を受けた1本で、
上映されている映画館の数も少ないですし、
上映自体もそれほど長くはなさそうですが、
これは映画館で観るべき映画だと思います。
シネスコの画面で主人公の最後の陳述場面を観るだけで、
それは強く感じ取れると思いますので、
是非是非映画館に足を運んで頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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