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腎機能の予後判定におけるシスタチンCの有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
シスタチンCの慢性腎不全予測の有効性.jpg
JAMA Network Open誌に、
2022年10月25日ウェブ掲載された、
最近評価の高い腎機能指標の有効性についての論文です。

近年CKD(慢性腎臓病)という概念があり、
その基本となる、
腎機能の評価の指標として、
eGFR(推算糸球体濾過量)という検査値が、
広く使用されています。

糸球体というのは、
腎臓にあって血液を濾しておしっこの原液にする、
濾紙のような働きをしている所です。
そこを一定時間に通過する血液の量が、
作り出せるおしっこの量を表し、
腎臓の働きが低下すれば、
当然作ることの出来るおしっこの量が減るのですから、
これを腎機能の指標にしているのです。

僕が大学にいた頃には、
腎機能の指標は、
もっぱらクレアチニンクリアランス、
という数値が使用されていました。

これは一定時間に腎臓を通過する、
クレアチニンという物質の量を、
糸球体の濾過量に近似したもので、
クレアチニンという物質は、
筋肉の中にある物質の排泄型ですが、
これは糸球体で濾過されると、
ほぼそのまま100%排泄されるので、
血液のクレアチニンの濃度とおしっこのクレアチニンの濃度、
そして単位時間当たりのおしっこの量が算定されれば、
そこからクレアチニンクリアランスという、
糸球体濾過量に近い数値が、
計算されるのです。

腎機能が一定レベル以上低下すると、
排泄されるクレアチニンの量が減るので、
血液のクレアチニンの濃度は上昇します。

従って、
腎臓の機能の低下の指標としては、
簡便には血液のクレアチニンの数値が使用され、
より正確には、
1日のおしっこの全体量や1時間の尿量を測定して、
クレアチニンクリアランスが測定される、
というのが一般的な考え方でした。

ところが、
クレアチニンは腎機能がある程度以上低下しないと、
血液では上昇はせず、
筋肉由来の成分なので、
身体の筋肉の量に左右される、
という欠点があります。

また、
クレアチニンクリアランスは、
その測定が面倒である上に、
正確な尿量が測られないケースが多く、
次第にその臨床における必要性が、
疑問視されるようになりました。

特にCKDという概念がアメリカで導入されると、
「慢性の腎臓病の早期診断」が重要視され、
かつ簡便にスクリーニング出来ることが、
必須と考えられるようになります。

その目的には血液のクレアチニンも、
クレアチニンクリアランスも、
適切な検査とは言えないのです。

そこで導入されたのが、
被験者の性差と年齢、そして血液のクレアチニン濃度から、
簡易的に糸球体濾過量を算定する、
という方法です。
これをeGFRと呼んでいます。

この指標はCKDの提唱国アメリカで始まったものですが、
クレアチニン濃度と糸球体濾過量との関連には、
人種差が存在するため、
そのまま日本人に適応は出来ません。

日本の腎臓学会が日本人用の算定式を作成し、
2006年頃からは、
保険適応からもクレアチニンクリアランスは姿を消して、
eGFRによる腎機能の推定が、
日本でも行われるようになりました。

これは計算式は結構複雑なので、
早見表があり、
それを見て推定することになっています。

しかし、
先刻も触れましたように、
クレアチニンを使用する推定法には、
幾つかの問題があります。

その第一はこの数値は身体の筋肉量に影響を受けるので、
うんと痩せた患者さんや筋肉量の少ない高齢者などでは、
正確な値が出ない、
という可能性があります。
つまり見掛け上少ない値が出てしまうので、
腎機能の低下していない患者さんを、
CKDと診断してしまう可能性があるのです。

実際この基準が導入されたアメリカでも、
導入以降腎臓内科の専門医に、
紹介される患者さんは急増しましたが、
透析の患者さんや心臓の発作を起こす患者さんは、
その後も一向に減っていない、
という報告が挙がっています。

その一方で、
早期の腎機能低下は、
クレアチニンを使用した測定では、
診断はされ難い、
という報告もあります。

クレアチニンの上昇は、
ある程度以上腎機能が低下しないと起こらないので、
本当の意味での早期診断には不向きなのです。

その欠点を補完するために、
現行のCKDの診断では、
おしっこに出るアルブミンという蛋白の排泄量を、
おしっこのクレアチニンで換算した値を、
もう1つの指標にしています。

アルブミンはその大きさから、
正常な糸球体の「濾紙」は通過しないのですが、
腎臓に炎症が起こったりして、
濾紙の機能に障害が起こると、
漏れてはいけないアルブミンが漏れ出て、
おしっこに検出される、
という原理です。

全ての腎機能の低下で、
その初期からアルブミンがおしっこに検出される、
という訳ではありません。

しかし、
アルブミンが検出されれば、
たとえeGFRの数値は正常であっても、
CKDの初期であると判断されますし、
初期からアルブミンが検出されるケースでは、
そのまま放置すれば、
腎機能の低下のペースは速く、その予後も悪い、
ということが分かっています。

従って、
この2つの指標を組み合わせることにより、
CKDの予後をかなり推測することが可能となるのです。

ただ、
それでも問題は残ります。

たとえば、
おしっこにアルブミンは検出されないのに、
eGFRの数値は低い場合。
おしっこに蛋白の出ないタイプの腎臓病であるのか、
何らかの要因でeGFRの測定自体が不正確になっているのかは、
俄かに判断が付きません。

そこで、
クレアチニン以外に、
もっと糸球体の濾過量の推定に使える検査値はないか、
ということになり、
最近注目されているのが、
シスタチンCという数値です。

シスタチンCというのは、
アルブミンなどより大きさの小さな蛋白質で、
糸球体の「濾紙」を通過する性質を持ち、
その後尿細管という部分で再び血液に戻り分解されます。
このシスタチンCは全ての細胞で産生されるので、
クレアチニンのように筋肉の量で左右されません。
糸球体の濾過量が低下すると、
シスタチンCは排泄が抑えられ、
血液に溜まります。
クレアチニンのように、
おしっこに出るのではないので、
より鋭敏に腎機能を反映し、
ごく初期の腎機能低下でも
血液濃度が増加する、
と考えられています。

このシスタチンCをクレアチニンの代わりに使用しよう、
という考え方があり、
その換算式も考案されています。
ただ、血液のシスタチンC濃度は、
甲状腺機能亢進症で増加したり、
ステロイド使用や喫煙、肥満などでも、
増加するという報告があるなど、
その数値の信頼性には、
まだ不確かな部分を多く残しています。

またクレアチニンによる腎機能の評価と、
シスタチンCによる腎機能の評価とを、
どのように両立させるのか、というような点についても、
明確なコンセンサスが得られていません。

今回の研究はイギリスにおいて、
非常に多方面に使用されている、
大規模な遺伝子情報を含む医療データである、
UKバイオバンクの個人データを活用して、
クレアチニンによる推計糸球体濾過量(eGFR)と、
シスタチンCによる推計糸球体濾過量(eGFR)との、
腎臓の予後判定における有用性を比較検証しているものです。

対象は登録の時点で、
クレアチニンによるeGFRが45mL/min/1.73㎡以上で、
尿中のアルブミンはグラムクレアチニン当たり30㎎未満、
腎不全や腎障害の明確な既往がない一般住民、
トータル428402名で、
年齢の中間値は登録時点で57歳です。
中間値で11.5年の経過観察において、
その予後を2種類の方法によるeGFR値で比較しています。
年齢は65歳未満と65から73歳の高齢者に区分けしています。

その結果、この集団における10年間の腎不全リスクは、
65歳以上の高齢者で0.06%、
65歳未満で0.04%という低率でした。
一方で心血管疾患と総死亡のリスクは、
腎不全のリスクを上回っており、
クレアチニンによるeGFRに関わらず、
シスタチンによるeGFRが60mL/min/1.73㎡以上であると、
その後10年の心血管疾患と死亡のリスクは低く抑えられていたのに対して、
それが60mL/min/1.73㎡を下回っていると、
その後10年の心血管疾患と死亡のリスクは、
65歳以上の高齢者では2倍近くに増加し、
65歳未満では2倍を超えて増加していました。
つまり、クレアチニンによるeGFRより、
シスタチンCによるeGFRの方が、
心血管疾患と死亡のリスクをより明確に予測可能であった、
ということになります。

今回の検証で明らかになったことは、
腎機能が軽度低下している事例においては、
腎不全のリスクより、心血管疾患や総死亡のリスクを、
重く考える必要があり、
そのリスク予測の面では、
クレアチニンよりシスタチンCによるeGFRの計測の方が、
より有用である可能性が高いということです。

今後こうした検証を元に、
シスタチンCによるリスク分析の活用が、
より広く普及されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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