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髄液のアミロイドβ蛋白濃度とアルツハイマー病の進行リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
アルツハイマー病と髄液アミロイドβ.jpg
Journal of Alzheimer's Disease誌に、
2022年掲載予定として公開された、
アルツハイマー型認知症における髄液アミロイドβの意義についての論文です。

老年期認知症の代表と言えばアルツハイマー型認知症です。

この病気は物忘れで始まり、
脳の海馬という部分が萎縮することが特徴です。
進行すれば、全ての認知機能が低下します。
アルツハイマー病の脳では、
老人斑という変化と神経原繊維変化という変化が認められます。
老人斑の主成分はアミロイドβ蛋白で、
神経原繊維変化の主成分はタウ蛋白です。

アルツハイマー病で起こる最も初期の変化は、
アミロイドβ蛋白の蓄積です。
このアミロイドβ蛋白は、
正常の神経細胞からも分泌される物質で、
神経の保護やその成長の促進などに、
一定の役割を持っていると考えられています。
つまり、それがあること自体は害ではないのです。

ところが、
この蛋白が重合し凝集することで、
組織に蓄積し、老人斑を形成します。

最近の研究により、
通常のアミロイドβより2個アミノ酸の多い、
アミロイドβ42という変性アミロイドβ蛋白質が、
互いにくっつきやすい性質を持ち、
それが固まることで排泄されずに、
組織に沈着することが分かりました。

アミロイドβ42が凝集し蓄積すると、
髄液のアミロイドβは減少します。
このため現時点で最も早くアルツハイマー病の始まりを診断する検査は、
髄液検査で髄液中のアミロイドβ42の減少を確認することです。

アミロイドβ42の蓄積から10年から15年が経過してから、
今度はリン酸化したタウ蛋白の蓄積が起こります。
(20年とする記載もあります)
異常にリン酸化したタウ蛋白が、
神経細胞内に蓄積し、
それに伴って神経細胞が死滅してゆきます。

アミロイドβ42の蓄積が始まってから、
最短で10年でタウ蛋白の蓄積が始まり、
それから更に15年くらいでようやく物忘れなどの症状が出現します。

つまり、
70歳で発症したアルツハイマー病の最初の変化は、
45歳くらいから既に始まっている、
ということが言えます。

このように、
認知症の症状があって、
アミロイドβの沈着を伴うような脳の変化があれば、
ほぼアルツハイマー型認知症として考えるのが現状の認識です。

タウ蛋白の蓄積自体は、
アルツハイマー型認知症以外でも、
高齢になれば生じることは知られていて、
高齢でゆっくり進行する物忘れなどの症状は、
アルツハイマー型認知症とは別個に、
高齢者タウオパチーと呼ばれていて、
神経原繊維変化型老年期認知症や、
嗜銀顆粒性認知症と病名が付けられています。

アミロイドβ蛋白の沈着が、
アルツハイマー型認知症の原因であるとすれば、
それを抑制したり減少するような薬を使用することにより、
認知機能の改善も見込める筈です。

しかし、これまでの多くの臨床試験において、
薬剤による認知機能の改善は確認されていません。
以前ご紹介した最近のメタ解析の論文でも、
薬剤によって脳内のアミロイドβの蓄積が減少しても、
それは認知機能の有意な改善には結びついていませんでした。

家族性のアルツハイマー病では、
遺伝子変異により脳内でのアミロイドβの沈着が増加することが分かっています。
一方で髄液中のアミロイドβ濃度は、当初の予想に反して、
そうした遺伝子変異のない場合よりむしろ減少していると報告されています。

それでは家族性アルツハイマー病で、
脳内へのアミロイドβの沈着が確認されている場合、
髄液中のアミロイドβ濃度と認知機能との間には、
どのような関連があるのでしょうか?

今回の研究ではまず232名の、
家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を持つキャリアに、
脳へのアミロイドβの沈着を確認出来る、
アミロイドPET検査を施行。
沈着があると判断された108名に3年以上の経過観察を行い、
認知機能の低下と髄液のアミロイドβ濃度との関連を検証しています。

その結果、
髄液のアミロイドβ濃度が高いほど、
つまり脳でのアミロイドβの産生が多いほど、
認知機能の低下は抑制されていました。
アミロイドPET検査ではSUVR(平均標準化取り込み比)という指標を用いて、
脳へのアミロイドβの沈着の程度を評価していますが、
そのSUVRよりも髄液のアミロイドβが高いことの方が、
患者さんの予後が良好であり、
認知機能の低下が見られないことの、
より正確な予測因子となっていたのです。

この事実をどう考えれば良いのでしょうか?

これまで脳でアミロイドβが過剰に産生されること自体が、
アルツハイマー病の病因であり、
沈着の主因でもあるという考え方がありましたが、
実際にはアミロイドβが多いこと自体は、
むしろ認知症に対して予防的に働いている可能性が高いのでは、
という可能性を今回の結果は示唆しています。

問題はアミロイドβの産生以降に、
脳に起こる変化の方にあって、
そのメカニズムが正確に解明されて初めて、
その抜本的な治療の可能性が見えて来るのかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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