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「ナイトメア・アリー」(2022年公開版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ナイトメアアリー.jpg
ウィリアム・リンゼイ・グリシャムが1946年に執筆した暗黒小説が、
刊行から間もない1947年に、
「悪魔の往く町」(原題はナイトメア・アリー)として映画化され、
今回ギレルモ・デル・トロ監督により再映画化されました。

これは原作を先に読んだのですが、
とても面白いのですね。

メンタルマジックがまだ「読心術」とされていて、
心霊術とゴーストショーとの境界が、
まだ明らかではなかった時代の話で、
当時のショービジネスや巡回ショーの雰囲気、
使用されていたトリックやテクニックの実際なども、
非常に生々しく描かれているのが、
マジック好きとしてはとても嬉しかったですし、
お話もとても良く出来ています。

これ松本清張さんの作品に、
かなり近いタッチの小説なんですね。
心に弱い部分を持つ魅力的な小悪党が、
他人を騙して必死にのし上がろうとするピカレスクで、
「わるいやつら」や「けものみち」などに、
非常に似通ったスタイルです。

それで原作はとても面白いですし、
監督のことも勿論大好きなので、
とてもとても楽しみにして出掛けました。

うーん…、
観終わった印象としては微妙ですね。

2時間半という尺でしょ。
原作にかなり近い感じの映画を期待したのですが、
実際には1947年の映画版のリメイク、
という感じの方が強くて、
原作の良さはあまり活かされていないのですね。

心霊ショーのトリックとか、
途中で大富豪を騙すために、
精密な天秤を手を触れずに動かす、
というトリックを演じるところがあるんですね。
こういうのを実際に映像化して欲しかったなあ、
と思っていたのですが、
実際には全く出てこないんですね。

これにはとてもガッカリしました。

それから本質的な肝の部分で、
原作の主人公は父親に対する屈折な思いを抱いていて、
父親を殺したいという思いを抑圧しているので、
それが行動に現れるという設定になっているのですね。
勿論実際には父親は生きていて、
老いた父親に再会する場面も原作には描かれています。
しかし、映画版ではオープニングで、
その父親を殺してしまうところから始まるんですね。
本当に殺してしまったら、
その後の展開が成立しないでしょ。
何故こんな風にしてしまったのか、
とても理解に苦しみます。

こうした物語の定番で、
一番上り詰めたところで主人公は失敗するのですが、
原作はその辺りも、
とても説得力のある段取りになっているんですね。
ところが、映画では主人公の計画も物凄く雑ですし、
何で急にこんなめちゃくちゃにしてしまったのか、
訳が分からないですよね。

この辺りの原作の改悪も、
本当に意味不明です。

そんな訳で確かにビジュアルには見るべきものがありますし、
演技の魅力もなかなかの映画なのですが、
原作の愛読者からすると、
とてもその魅力を活かしたとは言えない作品で、
個人的には失望を強く感じて劇場を後にすることになりました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「脳梗塞は自分で診断しないといけない…場合もある」という話 [仕事のこと]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。

今日は最近一番考えさせられた事例をご紹介します。

基本的に事実ですが、
守秘義務及び患者さんの特定を避ける観点から、
一部事実を敢えて変更したり、
省略して記載していることをご了承下さい。

患者さんはBさん。
60代の女性で、
軽度の高血圧症とHbA1cが6%台後半から7%くらいの、
比較的軽症の糖尿病で通院中の方でした。

クリニックが休診の金曜日に、
突然の体調不良がBさんを襲います。

頭が急に「ぐわんと」揺すられたような感じになり、
上手く表現が難しいのですが、
ともかく居たたまれないような感じの具合の悪さが続きます。
脳が揺すられているようなふらつきが続き、
歩いていると身体が左に傾いてしまいます。
血圧は自己測定で上が190以上に上昇していました。
普段の外来血圧は130台くらいでしたから、
明らかな上昇です。

これはおかしいと思いクリニックを受診しましたが、
休診日であったため、
当日は様子をみることにしました。

翌日は土曜日でクリニックも診療していましたから、
可能であれば連絡か受診をして頂きたかったのですが、
症状に悪化はなかったので、Bさんは様子をみようと決め、
受診も連絡もしませんでした。
そして日曜日になりました。
その日から左目の周りに違和感があり、
それから右足の感覚が鈍いのを自覚するようになりました。
身体のふらつきはまだそのまま続いています。

症状に変化も見られたので不安になり、
近隣の救急病院を受診しました。
脳神経外科の医師が対応しました。

脳外科医は症状を聞き、簡単な診察をしてから、
血液検査と頭部CT検査を施行しました。

検査はいずれも異常はなかったので、
脳外科医は「問題はありませんね」と言いました。

それでも脳梗塞が心配であったBさんは、
「でも、CTでは発見出来ない脳梗塞もあるのでしょう?」
とテレビの健康番組で耳学問の情報を尋ねました。

脳外科医はBさんの言葉尻を遮るように、
「それはそうですが、あなたの症状は脳ではないですよ」
と言いました。そして、
「足のしびれは腰からの可能性が高いと思います。
明日月曜日に整形外科の外来を受診して下さい。予約をしておきますよ」
と言いました。

Bさんは釈然としませんでしたが、
根が真面目な性質なので、
翌日同じ病院の整形外科を受診しました。
整形外科では簡単な診察の後で腰のレントゲンを撮り、
「整形外科的には問題はありませんね。痛み止めと湿布をだしますから、
それで様子をみて下さい」
と言いました。
特に「もう一度脳外科でも診てもらいましょう」
というような話はありませんでした。

それでBさんはまた釈然としないながらも帰宅し、
湿布を貼り、痛み止めを飲ました。
しかし、症状は改善はしません。

翌日左目の周囲に違和感があり、
目が開けづらいような感じがしたので、
今度は眼科を受診しました。
眼科医は目の周辺のしびれ感から、
典型的な湿疹はないものの帯状疱疹を疑い、
抗ウイルス剤が処方されました。

Bさんはまた真面目に薬を飲みましたが、
あまり症状の改善はありません。

同日から右の下半身だけだった感覚の鈍い感じは、
腕の方まで広がって来ました。
水で手を洗っても冷たくなく、
関節に痛みがあったのですが、
それも鈍くしか感じられません。

「これは絶対におかしい」と思いましたが、
2つの科の専門医が揃って「何もありません」と言っているのだから、
というように躊躇する思いがあり、
結局木曜日の午後にBさんはクリニックを受診されました。

ここまで読まれた皆さんはお分かりのように、
ほぼ脳梗塞で間違いないと考えました。
意識レベルを含めバイタルは安定していたので、
画像診断専門のクリニックですぐにMRIを撮影し、
そこで診断は判明しました。

脳幹という脳の下の部分の脳梗塞でした。

より正確には左延髄外側の脳梗塞です。

これは特徴的な多彩な症状が見られることから、
延髄外側症候群、またはワレンベルグ(Wallenburg)症候群と呼ばれています。

そう思ってみると症状は全て特徴的です。
延髄の外側の部位には多くの脳神経が分布しているので、
その障害により多彩な症状が出現します。

ふらつきのようなめまいと、
病側へ倒れそうになる歩行障害。
健側顔面と病側四肢の感覚障害。
嗄声や嚥下障害はありませんでしたが、
それ以外はほぼ兆候が揃っています。

それから病院に連絡を取り、
複数の病院に当たりましたが、当日の受け入れは不可、
ということであったので、
Bさんの状態も見て、
翌日の脳神経内科受診の段取りを組みました。

今回のケースでは、
Bさんは最初から脳梗塞を疑っていたのですね。
それで脳外科でも整形外科でもその話をしたのですが、
脳外科医はおそらく休日でもありましたし、
なるべく面倒はことはしたくなかったと思うのですね。
「今日は入院は絶対駄目ですよ」
くらいのことを言われていたのかも知れません。
せめて、翌日もう一度脳外科か神経内科の受診を…
とは思いますが、
何故脊柱由来と思ったのかは良く分かりません。
「脊柱病変の疑いのある患者がいたら紹介してね」
と言われていたのかも知れません。

これ、AIの診断なら、
初期の段階でほぼ診断確定しそうですよね。

そう考えると切なくなりますし、
医者の1人1人が勿論僕自身も含めて、
もっと頑張ってこうしたことを減らさないと、
「医者に診断させるのは駄目」というような、
ドラマには良くあるような時代が、
もうすぐそこまで来ているような気もします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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抗血小板療法の新型コロナウイルス感染症に対する有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19への抗凝固療法の有効性.jpg
JAMA誌に2022年3月22日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症への、
抗血小板療法の有効性を検証した論文です。

新型コロナウイルス感染症では、
全身に血栓傾向が出現して血小板機能も亢進し、
それが多彩な全身の臓器の合併症と、
関連しているという知見があります。

このことからは、
凝固や血小板機能を抑制するような治療が、
感染の予後を改善するという可能性が示唆されます。

しかし、以前ご紹介したことのあるRECOVERYという臨床試験では、
通常治療に抗血小板作用のあるアスピリンを追加しても、
病状の有意な改善は認められませんでした。

ただ、この試験では軽症の事例が大多数であったため、
血栓系の合併症もそれほど多くはなく、
そのために明確な効果が確認出来なかった可能性があります。

そこで今回の臨床試験では、
新型コロナウイルス感染症で集中治療室で治療を受け、
人工呼吸器や人工心肺などの機器を使用している、
重症の事例を対象として、
通常治療群(529名)、アスピリン使用群(565名)、
アスピリンではない抗血小板剤であるP2Y12阻害剤(クロピドグレルなど)の使用群(455名)、
の3群に分けて、その予後を比較検証しています。
効果の判定は開始後21日までに、
人工呼吸器などの臓器機能を補助する機器を、
使わずに済んだ日数としています。

その結果、まずアスピリン群とP2Y12阻害剤との間には有意な差はなく、
その2種の薬剤を併せた群と通常治療群との比較でも、
生命維持の機器を使わずに済んだ日数には、
有意な差は認められませんでした。

つまり、効果は確認出来なかった、という結果です。

ただ、入院中の死亡率でみると、
抗血小板使用群でやや改善が認められ、
一定の有効性は示唆されました。

その一方で抗血小板剤を使用することにより、
明確に出血系合併症のリスクは増加してました。

このように、
現状抗血小板剤の使用が、
新型コロナウイルス感染症の予後に有効という、
明確な根拠は現時点ではなく、
その使用は個々の患者の病態によって、
慎重に判断されるべき事項であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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