加藤拓也「もはやしずか」 [演劇]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
今注目の劇作家加藤拓也さんの新作が、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。
上演は本日までですが、かなり好評のようで、
僕が観劇した15日も当日券には長蛇の列が出来ていました。
これは凄いですよ。
すれ違いの「静かな」会話劇なので、
系統的には岩松了さんの劇作に近い感じなんですね。
ただ、もっと平明で分かり易いんですね。
岩松さんの台詞は、
日常の会話とは違いますよね。
もっと人工的な感じがあって、
すんなり耳に入ってくるという感じではないのです。
加藤さんの台詞は、
本当に日常会話のように耳に入って来るんですね。
たとえばコーヒーの話をしながら、
子供についての夫婦の意識の違いを語っているのですが、
それがとてもスムースに分かるんですね。
保育園の先生の台詞に、
差別意識が見え隠れするような感じも、
とてもリアルでかつ分かり易いですね。
小劇場演劇の台詞は、
分かり難い方がいい、という考え方も、
これはもう根強くあるのですが、
岩松さんと同じようなことをやっていながら、
ここまで観客に親切に、
丁寧にその意図を伝えることが出来る、
というのは、
今までにあまりなかったタイプの才能だと思います。
一番似ていると思ったのはイプセンで、
その人間の内面を容赦なく抉り出すような才気と、
台詞劇としての完成度の高さは、
質の高い座組によるイプセン劇を観ているような感銘がありました。
決して褒め過ぎではないと思います。
内容も物凄く衝撃的なんですね。
発達障害の弟を事故で失った主人公が、
ウェブデザイナーになって妻をもらい、
平穏な夫婦生活を営んでいるのですが、
妻が不妊治療を始めたところから、
封印していた弟の記憶がうずき始めるのですね。
そのトラウマが解放されると、
自分の人格は完全に崩壊することが、
主人公には分かっているんですね。
こういう人いるよね。
加藤さんが28歳ですから、
丁度同じくらいの年齢の、
1つの典型的な性格構造を描いているんですね。
表面的には社交的で、
妻とも友達としてならとても上手くいくんですね。
それが、それより心の奥に入ろうとする何かがあると、
必死で拒絶しようとするのです。
それで結局妻とも別れてしまって、
「これでもう大丈夫」と思うのですが、
その妻が「善意で」戻ってきてしまうのです。
「まずい。このまま心の中に踏み込まれたら、
自分が崩壊してしまう」
こういう感覚を、
ここまでリアルに描いたドラマというのは、
これまでにあまりなかったのではないかしら。
これ基本的には主人公の内面のみのドラマなんですね。
それを立体化するために、
友達の関係を踏み越えようとする妻を描き、
過去のトラウマを実体化するために両親を描き、
他者との表面的な関係を描くために、
デリヘル嬢を登場させているんですね。
この辺の配置と、
主人公が内に秘めたものを、
「他者」として表現して見せ場にする、
という戯曲構造が極めてクレヴァーだと思います。
これも岩松さんがやっているんですね。
主人公の内面の揺らぎを描くのに、
似たような状況の男女を外に登場させて、
それが主人公に影響を与えるというような描き方をするんですね。
それをまた、
岩松さんより数段分かり易くやっている、
というところが加藤さんの凄さです。
唯一「おやっ?」と思ったのがラストで、
「衝撃的なラスト」というような評もあったので、
「何が起こるのかしら」と期待していたのですが、
主人公の内面の独白の後で、
やや唐突に舞台が暗くなって、
白い壁に血が滴り落ちて、
それだけで終わってしまいました。
何か見落としたのかと思って、
鑑賞後モヤモヤしたのですが、
どうやら上演の途中で演出が変更となり、
もっとショッキングなラストが、
削除となってしまったようです。
ネットで内容など読む限り、
確かにちょっとやり過ぎ感もある演出だったようなので、
何かクレームが入るようなことがあったのかも知れません。
ただ、ここは主人公の内面の崩壊が、
示されればいいという場面なんですね。
こういう場合岩松さんであれば、
主人公は見かけ上は平然とした様子でいて、
内面の独白などはせず、
舞台上から姿を消してしまって、
ラストに突如衝撃的な事件を起こしたり、
命を絶とうとしたことが示唆されて終わる、
というような感じになりますよね。
加藤さんはもっと観客に親切なので、
主人公の独白もあるし、
その後にビジュアルに精神の崩壊を見せよう、
ということだったのだと思いますが、
そのバランスに問題があった、
ということなのかも知れません。
おそらく加藤さんも現在のラストには、
納得はされていないのではと思いますし、
この作品はこれからも長く上演される値打ちのあるものだと思うので、
是非再度練り上げて、
決定版を作って欲しいと思いました。
キャストは勿論鉄板で最高でした。
久しぶりの舞台の黒木華さんも堪能しましたし、
安達祐実さんがまた素晴らしい芝居でした。
プロだよね。
いずれにしても今年一番の衝撃的傑作で、
今後も加藤さんのお芝居からは目が離せません。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
今注目の劇作家加藤拓也さんの新作が、
今三軒茶屋のシアタートラムで上演されています。
上演は本日までですが、かなり好評のようで、
僕が観劇した15日も当日券には長蛇の列が出来ていました。
これは凄いですよ。
すれ違いの「静かな」会話劇なので、
系統的には岩松了さんの劇作に近い感じなんですね。
ただ、もっと平明で分かり易いんですね。
岩松さんの台詞は、
日常の会話とは違いますよね。
もっと人工的な感じがあって、
すんなり耳に入ってくるという感じではないのです。
加藤さんの台詞は、
本当に日常会話のように耳に入って来るんですね。
たとえばコーヒーの話をしながら、
子供についての夫婦の意識の違いを語っているのですが、
それがとてもスムースに分かるんですね。
保育園の先生の台詞に、
差別意識が見え隠れするような感じも、
とてもリアルでかつ分かり易いですね。
小劇場演劇の台詞は、
分かり難い方がいい、という考え方も、
これはもう根強くあるのですが、
岩松さんと同じようなことをやっていながら、
ここまで観客に親切に、
丁寧にその意図を伝えることが出来る、
というのは、
今までにあまりなかったタイプの才能だと思います。
一番似ていると思ったのはイプセンで、
その人間の内面を容赦なく抉り出すような才気と、
台詞劇としての完成度の高さは、
質の高い座組によるイプセン劇を観ているような感銘がありました。
決して褒め過ぎではないと思います。
内容も物凄く衝撃的なんですね。
発達障害の弟を事故で失った主人公が、
ウェブデザイナーになって妻をもらい、
平穏な夫婦生活を営んでいるのですが、
妻が不妊治療を始めたところから、
封印していた弟の記憶がうずき始めるのですね。
そのトラウマが解放されると、
自分の人格は完全に崩壊することが、
主人公には分かっているんですね。
こういう人いるよね。
加藤さんが28歳ですから、
丁度同じくらいの年齢の、
1つの典型的な性格構造を描いているんですね。
表面的には社交的で、
妻とも友達としてならとても上手くいくんですね。
それが、それより心の奥に入ろうとする何かがあると、
必死で拒絶しようとするのです。
それで結局妻とも別れてしまって、
「これでもう大丈夫」と思うのですが、
その妻が「善意で」戻ってきてしまうのです。
「まずい。このまま心の中に踏み込まれたら、
自分が崩壊してしまう」
こういう感覚を、
ここまでリアルに描いたドラマというのは、
これまでにあまりなかったのではないかしら。
これ基本的には主人公の内面のみのドラマなんですね。
それを立体化するために、
友達の関係を踏み越えようとする妻を描き、
過去のトラウマを実体化するために両親を描き、
他者との表面的な関係を描くために、
デリヘル嬢を登場させているんですね。
この辺の配置と、
主人公が内に秘めたものを、
「他者」として表現して見せ場にする、
という戯曲構造が極めてクレヴァーだと思います。
これも岩松さんがやっているんですね。
主人公の内面の揺らぎを描くのに、
似たような状況の男女を外に登場させて、
それが主人公に影響を与えるというような描き方をするんですね。
それをまた、
岩松さんより数段分かり易くやっている、
というところが加藤さんの凄さです。
唯一「おやっ?」と思ったのがラストで、
「衝撃的なラスト」というような評もあったので、
「何が起こるのかしら」と期待していたのですが、
主人公の内面の独白の後で、
やや唐突に舞台が暗くなって、
白い壁に血が滴り落ちて、
それだけで終わってしまいました。
何か見落としたのかと思って、
鑑賞後モヤモヤしたのですが、
どうやら上演の途中で演出が変更となり、
もっとショッキングなラストが、
削除となってしまったようです。
ネットで内容など読む限り、
確かにちょっとやり過ぎ感もある演出だったようなので、
何かクレームが入るようなことがあったのかも知れません。
ただ、ここは主人公の内面の崩壊が、
示されればいいという場面なんですね。
こういう場合岩松さんであれば、
主人公は見かけ上は平然とした様子でいて、
内面の独白などはせず、
舞台上から姿を消してしまって、
ラストに突如衝撃的な事件を起こしたり、
命を絶とうとしたことが示唆されて終わる、
というような感じになりますよね。
加藤さんはもっと観客に親切なので、
主人公の独白もあるし、
その後にビジュアルに精神の崩壊を見せよう、
ということだったのだと思いますが、
そのバランスに問題があった、
ということなのかも知れません。
おそらく加藤さんも現在のラストには、
納得はされていないのではと思いますし、
この作品はこれからも長く上演される値打ちのあるものだと思うので、
是非再度練り上げて、
決定版を作って欲しいと思いました。
キャストは勿論鉄板で最高でした。
久しぶりの舞台の黒木華さんも堪能しましたし、
安達祐実さんがまた素晴らしい芝居でした。
プロだよね。
いずれにしても今年一番の衝撃的傑作で、
今後も加藤さんのお芝居からは目が離せません。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。