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抗うつ剤の適応外処方の実際 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
抗うつ剤の適応外処方.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
抗うつ剤の適応外処方についての論文です。

抗うつ剤の処方は世界的に最近著増していることが知られています。

この背景には、
うつ病が増加しているということもあるのですが、
うつ病以外への抗うつ剤の処方が、
増えているのでは、という見方もあります。

不安障害や睡眠障害に対しては、
ベンゾジアゼピン系の薬剤が広く使用されていましたが、
最近その依存性や常用性が大きな問題となり、
その使用は控えるべき、
という指針が相次いで発表され、
その処方量は激減しました。

しかし、実際には安定剤や睡眠剤が必要な患者さんは、
多く存在していることは確かで、
より問題の少ない処方行動として、
睡眠効果のある抗うつ剤や、
気分安定効果のある抗うつ剤が、
その代わりに使用されるようになったのです。

また、慢性疼痛や不定愁訴的な病態に対しても、
抗うつ剤が使用されることが多くなりました。

その使用は実際にプライマリケアにおいて、
どの程度の比率を占めるもので、
そこにはどのような問題があるのでしょうか?

今回の研究はカナダのプライマリケアでのもので、
日本とカナダでの薬剤の適応病名にも違いがあるので、
全てがそのまま日本の状況に合うものではありませんが、
参考になる点は多いと思います。

抗うつ剤の適応外使用として、
科学的な根拠が確かなものを上記文献では3つ挙げています。
それは、三環系抗うつ剤のアミトリプチリン(商品名トリプタノール)の、
疼痛(特に慢性疼痛)への効果と、
SSRIのエスシタロプラム(商品名レクサプロ)の、
パニック障害への効果、
そしてベンファラキシン(商品名イフェクサー)の、
強迫性障害への効果です。

一方で実際の適応外処方として多かったのは、
三環系抗うつ剤で特にアミトリプチリンが多く、
その使用目的は疼痛以外に、不眠、片頭痛などとなっています。
次に多かったのはトラゾドン(商品名デジレル、レスリン)や、
ミルタザピン(商品名リフレックス)で、
これは主に不眠症の治療として使用されています。
その一方でSSRIやSNRIはその多くが、
うつ病の治療目的で使用されていました。

実際の頻度としては、
三環系抗うつ剤はその81.4%が、
適応外処方として使用され、
その他の分類されるトラゾドンなどが、
次に適応外処方が多くて42.4%となり、
一方でSSRIの適応外処方は21.8%、
SNRIの適応外処方は6.1%となっていました。

このように抗うつ剤が新しくなるにつれ、
古いタイプの抗うつ剤は、
うつ病以外の用途にシフトして、
適応外処方が多くなる傾向にあり、
それが必ずしも誤りとは言えないのですが、
広く使用されている不眠症への抗うつ剤の使用などには、
それほどの科学的裏付けはない、
という事実は心にとめておく必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


糖尿病治療薬としての睡眠障害改善剤の可能性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今年の2月22日にNHKの健康バラエティ的人気番組で、
糖尿病と睡眠の質との関連性が取り上げられ、
その中でスボレキサント(商品名ベルソムラ)という、
比較的新しい睡眠障害治療薬を使用することで、
血糖コントロールが改善する、
というような話がありました。

これがネットで炎上し、
番組のサイトでは多分2月26日だと思いますが、
訂正とお詫びの文章が掲載されました。
全て番組側が悪いという趣旨の内容です。
しかし、本当にそうでしょうか?

色々な意味で怖い話です。

番組を動画サイトで観たのですが、
予想以上にひどい内容なのでビックリしました。
ネットの炎上はかなり意図的な感じのものなので、
それはそれで嫌だなあ、とは思っていたのですが、
今回についてはあまりに内容がひどすぎるので、
唖然とするような感じがありました。
公立の大学病院の教授の先生が、
実際には適応のない睡眠障害の治療薬を、
糖尿病の理想の治療のように紹介して、
実際にその診療を行なっているところを、
長々と映像で見せているのです。
更にはスタジオにも出演されて、
同じ説明をされています。

公立の大学なのに、
メディアの露出に何かチェック機構はなかったのでしょうか?
この先生は「ガッテン」を見たことがなかったのでしょうか?

最初に僕のこの問題についてのスタンスをお話すると、
当該のNHKの番組は以前から如何なものかと思われるような内容が多く、
特にある特定の研究者しか言っていないようなことを、
あたかも実証された事実のように解説する点が、
問題が大きいように思います。

1つの仮説ではなく、
知らないと損をする耳より情報のように、
解説しているからです。

今回の内容についても、
確かに登場された大阪市立大学の先生は、
以前から同様の発言をされていて、
糖尿病の悪化要因としての睡眠の異常に着目し、
普通は糖尿病が悪いので睡眠の質も悪いと考えるところを、
睡眠の質が悪いから糖尿病が悪化するので、
睡眠障害の方を治してしまえば糖尿病も改善するのでは、
という逆転の発想がユニークだと思います。

ただ、そこで糖尿病の患者さんに、
実際に睡眠障害の治療薬を飲んでもらって、
それで糖尿病の改善を期待しよう、というような話になると、
それは学会や研究会での発言としては問題がなくても、
テレビでの発言としては一般の方への影響が大き過ぎるので、
間違いなくNGだと思います。

画像がテレビで出ていたスボレキサントは、
オレキシン受容体拮抗薬という新しいメカニズムの睡眠障害治療薬で、
いわゆるベンゾジアゼピンとはメカニズムが異なります。
ただ、現時点で無害な薬とも言い切れず、
完全に自然な睡眠を誘導する薬、ということでもありません。

その昔エチゾラム(商品名デパスなど)と言う薬が発売された時には、
それは安全で効果的な安定剤という触れ込みで、
高血圧の治療にデパスを使って有効だった、
というような論文が日本から複数発表されました。

しかし、皆さんご存知のように、
デパスはその後その高い依存性が問題となり、
その使用は必要最小限にとどめることが適切だと考えられています。

このように適応外処方には常にリスクがあり、
一定の要件が満たされた状況で、
それを試みることは医学の研究者の裁量ですが、
テレビの影響力のあるバラエティで発言するのは、
言語同断と言って良い行為ではないかと思います。

テレビで紹介されたのは、
大阪市立医大学の代謝内分泌病態内科学の、
稲葉雅章教授のグループです。

2015年のPLOS ONE誌に掲載された同グループの業績がこちらです。
睡眠障害と動脈硬化と糖尿病の関連.jpg
こは2015年の時点でメディアにも幅広く紹介されています。

内容は63名の2型糖尿病の患者さんにおいて、
脳波計で睡眠時の脳波を計測し、
それと糖尿病コントロール、および動脈硬化の1つの指標としての、
頸動脈のエコー所見との関連を見たものです。

コントロールは特に設定されていませんから、
それほど精度の高い臨床データではありません。

その結果では、
眠ってから最初のREM睡眠までの時間は、
血糖コントロールが悪いほど短くなっていました。
そしてこの最初のREM睡眠までの時間は、
深い睡眠の指標であるデルタ波の量とも関連がありました。
つまり、血糖コントロールが悪いほど、
深い睡眠が少なくなって、睡眠の質が低下している、
ということを示しています。

何故このようなことが起こるのでしょうか?

2型糖尿病においては、
内臓脂肪の蓄積に伴って、
ステロイドホルモンのコルチゾールや、
カテコールアミンの産生が高まります。
これが夜間のホルモンの上昇に結び付き、
深い睡眠の持続を妨害すると考えられます。
一方で睡眠障害のある患者さんでは、
深い睡眠が減少して中途覚醒が増加しており、
このことにより夜間のコルチゾールやカテコールアミンの産生も増加して、
血糖の上昇に結び付きやすいと考えられます。

これは鶏が先か卵が先かのようで、
どちらが原因とも言い切れないのですが、
それを明確化する目的で、
深い睡眠を増やすような薬剤を使用して、
それにより血糖コントロールが改善するかどうかを見る、
ということが1つの介入として考えられます。

こちらをご覧ください。
スボレキサントと睡眠の改善.jpg
これは2016年のEndocrinology誌の論文で、
大阪市立医大とは別の研究グループによるものです。

糖尿病のモデル動物のネズミを使用して、
オレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントを1週間使用して、
それにより血糖値が低下し、
睡眠中の肝臓からのブドウ糖の放出量が、
減少することを確認したものです。

このような経緯からは、
まず糖尿病の患者さんにおいて脳波による睡眠の評価を行い、
深睡眠が抑制されていればスボレキサントを使用することは、
一定の効果が糖尿病のコントロールにおいても、
睡眠の正常化においても、
期待出来る、ということは言えるように思います。

こちらをご覧ください。
スボレキサントによる糖尿病改善の図.jpg
これは2015年の「ねむりとマネージメント」という、
比較的マイナーな雑誌の記事の中にあるもので、
稲葉先生の研究グループによる執筆です。

1例報告で2型糖尿病の患者さんに、
スボレキサントを使用して、
短期間で血糖の改善が見られたという報告が記載されています。

下の図はテレビでも先生自身が解説されていたものの、
元の図と思われます。

これは1例報告なのでこれで何も言うことは出来ないように思います。

2016年の同じ雑誌にも、
「臨床医が実践できる診療ワンポイント」として、
矢張りスボレキサントで血糖コントロールが改善したという、
1例報告が掲載されています。
これは2015年に記載されたものとはまた別の事例です。

テレビでは、
17例に使用して14例で効果があった、
という説明になっていて、
その結果はまだ論文化はされていないのではないかと思います。

このように研究の流れとしては、
睡眠で血糖を改善するという発想は悪くないですし、
スボレキサントにベンゾジアゼピンのような依存性がない、
という仮定に立てば、
患者さんへのリスクも比較的少ないと思います。
個々のデータはあまり質の高いものとは言えませんが、
睡眠の糖尿病との関連から、
動物実験によるメカニズムの検証、
そして患者さんへの試験的な投与と、
その研究の経緯も理に適っています。

ただ、まだ少数の事例を積み重ねている状態で、
その適応をどうするべきかは確認されていませんし、
複数施設での臨床試験のようなものも、
行なわれるような段階ではないようです。

従って、非常に興味深い知見ではあるのですが、
それをまだ試験的に使用して様子を見ている段階で、
テレビの影響力のある健康バラエティー番組で、
あたかも確立された治療のように説明することは、
研究者としてあるまじき行動と非難を浴びても、
仕方のないことのように個人的には思います。

ただ、この炎上騒ぎに乗じて、
専門医と称する人が、
「糖尿病に睡眠薬が効くなど聞いたことがない」
というような発言をされているのですが、
それはどうかと思うのです。

「聞いたことがない」からこそ研究というのは意味があるのですし、
だからこそ新たな発見に繋がるので面白いのではないでしょうか?

どうも寛容さをなくしたネットが幅を利かせる社会は、
色々な意味で息苦しく、
つらい世の中であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

根本宗子「皆、シンデレラがやりたい。」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の演劇はこちらです。
ねもしゅー.jpg
劇団とは別個のプロデュース公演として、
根本宗子さんの作・演出による新作(多分…)公演が、
本日まで下北沢の本多劇場で上演されています。

正味1時間40分くらいの1幕劇です。

猫背椿さん、高田聖子さん、新谷真弓さんが演じる、
設定はおそらくアラフォーくらいの3人の女性がメインで、
彼女達がそれぞれ別個の思いを胸に秘めて、
ある男性アイドルのおっかけをしているという話で、
そこに新垣里沙さんが演じる、
男性アイドルと恋愛沙汰を起こした女性アイドルと、
そのマネージャーが加わって、
ネットの炎上騒ぎの騒動が起こります。
根本宗子さん自身は、
猫背さんの血のつながっていない娘を奔放に演じています。

最近新作は、
ちょっと内容に疑問を感じるようなことの多かった根本さんですが、
今回はアイドルの追っかけやネットの炎上など、
得意なテーマを織り込みながら、
そこに世代間の格差などを新たに付け加えて、
これまでにあまり類例のない、
面白い舞台に仕上げています。

カラオケスナックを舞台にして、
3人の手練れのアラフォー女性の会話がとても楽しく、
その演技合戦はワクワクするような醍醐味がありますし、
締め括りの高田聖子さんの、
開き直りにも見えるポジティブな長台詞が素敵で、
サービス精神豊かな根本さんは、
ラストに予想外の大仕掛けな見せ場まで用意しています。

ラストはパターンとしては急な流血があって、
大人計画みたいなエンディングなのです。
それをそのままで終わりにせず、
シンデレラの帰還とお城を出現させた辺りに、
根本さんのセンスを感じました。
ちゃんと最後は題名と辻褄が合っています。

弱いのは前半で、
調子が出てくるまでが、
ちょっと単調で退屈な遣り取りが続きます。
ただ、3人のベテラン、特に猫背椿さんが、
非常に安定感のある技巧的にも優れた芝居で、
その段取りの部分を支えています。
後半はもう一気呵成に物語は転がって行くのです。

今回、ナイロン100℃、劇団新感線、大人計画から、
それぞれ充分な技量のある女優さんがそろい踏みして、
贅沢な演技合戦を繰り広げるという企画が楽しく、
3人がまた期待通りの素敵な芝居を見せました。
内容も面白いですし、
クライマックスには確固とした主張があり、
ラストのサービス大仕掛けを含めて、
根本さんの力量を示した快作となったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

革命アイドル暴走ちゃん「イカれた女子が世界を救う」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日は演劇の2本立てです。
まずはこちら。
革命アイドル暴走ちゃん.jpg
二階堂瞳子さんが主宰するパフォーマンス集団、
革命アイドル暴走ちゃんの久しぶりの日本での劇場公演が、
横浜で2日間のみ上演されました。

革命アイドル暴走ちゃんを初めて観たのは、
2014年のアゴラ劇場でした。
凄く良かったということではないのですが、
こういうものが嫌いではないので、
結構楽しめましたし、
結構尾を引きました。

30分程度の上演時間で、
全編アニソンなどの音楽が大音量で鳴り響き、
スクール水着姿のキャストが大暴れを繰り広げ、
大量の水やみそ汁の具などが客席には降り注ぎます。
アングラ演劇的なムードもあり、
ちょっと際どい部分もあり、
観客がキャストに抱き着かれてキスの洗礼を受けたりもします。

その後は劇場での公演には、
基本的に毎回足を運びました。

ただ、その後際どい部分については、
次第に後退してなくなってゆき、
アングラ演劇的な部分も後退して、
オタク文化を取り込んだ女性演出家によるパフォーマンス集団、
という感じに落ち着いて来ているという印象です。

今回は横浜で2日間のトータル4ステージで、
固定座席のある劇場での公演ですが、
30分ノンストップの高密度大音響のパフォーマンス、
と言う点はこれまでと同じで、
水や生ものもなく、
かなり落ち着いた感じのものになっていました。

まとまりという点では、
これまでで一番良かったかも知れません。

3人の劇団員のうち、
加藤真砂美さんが抜けられて、
今回は前説をされていました。
名前がないということは、
もう出演はされないのだと思うので、
ファンとしてはちょっと残念です。

今回は明確にアマンダさんと高村枝里さんの、
ツートップという感じになっていて、
バランス的にはそれが悪くなかったと思います。
お二人とも、
以前よりちょっとふっくらとされていました。

このままのスタイルでの継続は、
ちょっときついようにも思うのですが、
今後の展開には期待をしたいと思います。
個人的にはもう少しアングラ色と演劇色があるといいな、
というようには思いました。

それでは2本目に続きます。

「愚行録」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日最後の映画記事になります。
それがこちら。
愚行録.jpg
貫井徳郎さんの同題のミステリーを映画化した作品が、
今封切り公開中です。

新宿の比較的大きなスクリーンで鑑賞しました。

貫井さんの原作は先に読んでいたのですが、
この方はミステリー作家としてはかなりムラがあって、
面白い作品がある一方で、
殺人事件の謎解きを期待して読んでいると、
結局謎は解かれないままに終わってしまう、
というような脱力系の作品も多く書いています。

「愚行録」はある一家皆殺しの殺人事件について、
関係者がジャーナリストに証言した記録をまとめた、
という体裁の作品になっていて、
事件の謎がメインのテーマという感じではないのですが、
一応ラストには犯人が提示され、
それなりに伏線が回収されるようにはなっています。

慶應大学と早稲田大学が実名で登場して、
慶應については、
内部生と外部生の格差があって妬みあってドロドロ、
というような描写になり、
桐野夏生さんの「グロテスク」のパクリのような感じでした。
どうもあまり上出来とは思えません。

これをそのまま映画にしても、
面白くもおかしくもなさそうだ、
というように感じましたが、
映画の脚本は、
1組の人物をスライドするような感じでリライトしていて、
他の部分はあまり変えていないのに、
原作とはかなり印象の異なる作品に仕上がっていました。

「ラストに3度の衝撃」みたいな宣伝文句があり、
実際に、犯人が分かる、
意外な場面でワンカットで殺人が起こる、
隠されていた秘密が明らかになる、
という趣向になっています。
格別意外性があるということでもないですし、
原作通りのことが起こるだけ、とも言えるのですが、
あまり起伏がなく意外性やサスペンスには乏しい原作を、
かなり上手く盛り上げようとしていた、
というようには思います。

ただ、ここまで頭をひねって原作を作り変えるのであれば、
もっと他に映画向きの原作があったのではないかしら、
という思いは抜けませんでした。

雰囲気的にはハノケのミステリー映画みたいな感じで、
悪くはないムードでした。
オフィス北野の制作で、
北野武映画のスタッフが入っているので、
オープニングのバスで席を譲るというシークエンスなど、
数分のエピソードで起承転結を付け、
ちょっとしたオチを作るやり方や、
必要以上に移動のショットを長く取るところなどは、
北野映画の影響が感じられます。
一方で余白を活かした無機的な空間での、
精神科医と女性とのやり取りや、
意外で唐突な殺人の瞬間を、
ワンカットで見せるやり口などは、
黒沢清監督の影響が顕著です。

僕は北野映画も黒沢映画も大好きなので、
そうした意味ではとても相性は良かったのですが、
まだ統一感を持ってそれが独自の演出に、
昇華しているという感じではないので、
何処かぎこちないパッチワークのようになっていて、
それが不満に感じました。

ワンカットの殺人シーンは、
置物で相手を殴りつけるのですが、
寸止めしているのが明らかに分かる芝居で、
とてもガッカリしました。
黒沢監督でしたら、絶対にああした詰めの甘い描写は、
しないと思います。
あれはガツンと本当に殴ったように見えなければ意味がなく、
そう出来ないのであれば、
カットを割った方が良いのです。

このように不満は多いのですが、
サイコスリラーとして僕好みの題材ですし、
もう少し独自性のある絵作りが出来てくれば、
大化けするのではないか、
という期待も持たせるものではありました。

次作を楽しみに待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

「たかが世界の終わり」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日4本目の映画の記事にあります。

それがこちら。
たかが世界の終わり.jpg
カナダの新鋭グザヴィエ・ドラン監督が、
フランスの劇作家の戯曲を原作に映画化し、
豪華キャストの台詞劇として構成した新作映画が、
今封切り公開されています。

昨年のカンヌ国際映画祭のグランプリを獲得しています。

カンヌのグランプリは昨年の「ディーパンの戦い」もきつかったのですが、
今回は更にきつい作品です。
娯楽性はほぼ皆無の台詞劇で、
舞台戯曲の映画化でありがちですが、
台詞の微妙なニュアンスが分からないと、
理解不能という感じの作品なので、
正直ひたすら苦痛な鑑賞になりました。

かと言って、内容が難解だ、ということではなく、
物語は比較的明確で意図も不明な感じではなく、
音効の入れ方などはキャッチャーな感じなのですが、
台詞のニュアンスが分からないと、
何もない物語はひたすら単調で、
急に登場人物が興奮したり怒ったりするところもあるのですが、
その理由が明かされることもないので、
観る側はひたすらモヤモヤしてしまうだけです。

物語は家族から断絶して家を出た主人公が、
劇作家として大成し、
12年ぶりに家族の元を訪ねる、
というところから始まります。

彼はもう死期が迫っている、
ということがモノローグで明かされますが、
その詳細は不明で、
最後まで不明のままです。

彼は実家で自分がもう死ぬ、
という話をする筈だったのですが、
結局は話をすることは出来ず、
何も分からず、何も進展はしないままに、
物語は終わってしまいます。

主人公はどうやらホモセクシャルでHIVに感染し、
それで死期が迫っている、
ということのようです。
ただ、予備知識がないとそんなことは、
本編を観るだけでは全く分かりませんし、
家族がキスを嫌がったりと、
におわすような描写は確かにあるのですが、
それで分かれというのも随分と不親切な話ですし、
分かったところで特に面白いという訳でもありません。

日本映画でもこういうタイプの話はありますし、
ニュアンスが分かると、
もう少し面白く観ることが出来るのだと思います。
多分台詞のディテールにも妙味があるのだと思いますが、
それを察しろというのも無理があります。

ほのかに見える田舎の景色の空気感とか、
面白そうな描写もあるのですが、
タルコフスキーみたいに、
草原を風が渡るだけで物語などなくても気分が良い、
というような感じにはならず、
ああ、ちょっとムードがあるね、
くらいで終わってしまいます。

そんな訳でフランス語のニュアンスが分からないと、
ほぼ理解不能の映画で、
そうした素養のある方以外には、
お薦めは出来ない作品です。

褒めている評論家の方もいらっしゃるのですが、
おそらくは社交辞令か嘘を吐かれているように、
個人的には思います。

無駄に時間を使ってしまいました。

それでは次に続きます。

「スノーデン」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

本日3本目の映画記事になります。
それがこちら。
スノーデン.jpg
社会派のオリバー・ストーン監督が、
アメリカを揺るがしたスノーデン事件を、
得意の虚実ないまぜの手法で映画化した作品を、
もう上映終了スレスレの映画館で観て来ました。

これは、まあまあ面白い、という評が多かったので、
観ることにしたのですが、
あまり面白くはありませんでした。

オリバー・ストーン監督というと、
膨大な情報を駆使した映画作りというイメージがあり、
少し事件についてお勉強出来れば、
という興味で鑑賞したのですが、
今回の作品では主人公の人物像も、
何かぼんやりしていて魅力がありませんし、
どうやって盗聴していたのかという具体的な部分や、
アメリカの諜報機関の内部の雰囲気や様子、
情報が暴露されてからの国家間の駆け引きなど、
面白いと思えるような情報が、
殆ど描かれていません。

物語は香港のホテルで、
スノーデンとマスメディアの記者が会い、
報道に向けての流れが始まるところから、
そのインタビューの回想という形で、
彼の情報機関との関わりが描かれます。
段取り重視の非常に薄っぺらな描写で、
ネットニュースでも分かる程度の情報が、
そのまま流されるだけという印象です。

よくある「世界仰天ニュース」の、
再現VTRくらいのレベルの物語なのです。
これはもう、ガッカリしてしまいました。

基本的にはスノーデンを英雄視しているというスタンスです。
最後は映像でアメリカの聴衆の前にスノーデンが現れ、
拍手喝采して終わるという感じになるのですが、
そんな単純なものだろうか、
と疑問に思ってしまいます。
スノーデンの人間性に全く踏み込んでいないので、
全てが薄っぺらで説得力がないのです。

個人的にはとても時間の損でした。

それでは4本目の映画の記事に続きます。

「ラ・ラ・ランド」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事も映画の話題です。
それがこちら。
ララランド.jpg
前評判の高かったミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」を、
初日の新宿の映画館で観て来ました。

これがビックリで最初の5分間、
声やボーカルの音が流れず、
一旦静止画像になってお詫びが流れ、
それから15分押しくらいで再開されました。
ただ、上映された作品の音声も少しバランスが悪く、
問題のある感じでした。
デジタルになってからの映画館で、
こんなことは初めての経験でした。

色々なことがありますね。

これは詰まらない映画ではないのですが、
期待が大きかっただけに、
「それほどじゃないな」というような感想を、
どうしても持ってしまいました。

主役の2人は抜群に良いので、
2人の演技を見ているだけで、
まあ元は取っているな、という感じにはなるのです。

新しい感覚のミュージカル映画、
というようなものをイメージしていたのですが、
あまりそうした感じではなくて、
特に前半30分くらいは、
演技を少しして急に歌いだし踊りだすという、
昔懐かしいミュージカルをそのままやっています。
それが主役2人はミュージカルのプロではないので、
歌も踊りも素人の感じです。
他のダンサーも一糸乱れぬダンス、という感じでもなく、
歌も鼻歌みたいな感じで、
露骨にアフレコである上に、
歌い上げるようなところもありません。

これは素人芸として見せたいのか、
下手糞なプロとして見せたいのか、
良く分からない感じです。

中段以降はあまりミュージカルシーンはなく、
普通のハリウッドメロドラマのパターンになります。
プラネタリウムでデートをすると、
星空にフライングになって影絵になったりするのも、
真面目にそのままやっているのですが、
あまりに古めかしくてその意図を疑ってしまいます。

ラストは「シェルブールの雨傘」みたいになるのですが、
あり得た未来をイメージして、
涙を浮かべてそれで終わりというのも、
どうもあまりに予定調和でクラクラしてしまいます。

台詞などはお洒落でセンスが良いのだとは思いますし、
ダンスに入る段取りなどもパロディめいて面白い部分があります。
ただ、トータルにはミュージカルというには、
あまりにミュージカル場面がお粗末で、
それでいて新しいものを目指したという感じもないので、
「本当にこれでいいの?」
という疑問が最後まで抜けませんでした。

音効は悪いままだったので、
2回くらい観ないとな、とも思うのですが、
正直1回でいいかな、
という感じの作品でした。

ちょっと残念です。

それでは3本目の映画に続きます。

「リップヴァンウィンクルの花嫁」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも、
石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はまずこちら。
リップヴァンウィンクルの花嫁.jpg
昨年の春に公開された岩井俊二さんの新作映画が、
先日1回のみ品川のシネコンで上映されました。

これは評価が高かったのですが、
昨年見逃がしていたので、
これはチャンスと思って映画館に足を運びました。

岩井俊二監督の作品は、
「Love Letter」と「スワロウテイル」しか観ていないので、
あまり良い観客ではありません。
両方ともヒットした作品ですが、
正直あまりピンとはきませんでした。

ただ、今回の作品はとても面白くて、
特に前半の1時間半くらいは目がスクリーンに釘付けになり、
作品世界に完全にのめり込みました。

主人公の黒木華さんが次々と理不尽な不幸に襲われるのですが、
先の読めない展開が斬新で、
ディテールも演出も面白く、
岩井俊二さんは天才ではないかしら、
と思いを新たにしました。

実際にはここまでが前置きで、
そこから本筋の「リップヴァンウィンクルの花嫁」の話に入るのですが、
本筋も確かに面白いものの、
バランス的にやや長過ぎる感じがするのと、
そこまで黒木華さんの「移動」で見せる物語が、
本筋に入ると謎のお屋敷という場所に固定されるので、
物語が少し弾まなくなるのです。
ただ、Coccoさんの最後のモノローグは、
凄まじくも素敵でした。

「コンビニへ行くと、自分が選んだ品物を、自分のためだけに、袋に詰めてくれていて、それを見るだけで世界の優しさに身体が壊れそうになる。それがつらいのでお金で物を買うのだ。世界が幸せで満ちているので耐えられなくなる」
というようなことを例の調子で言うのですが、
とてもとても素敵で衝撃的で、
こちらまで幸せな世界に耐えられなくて死にそうな気分になるのです。

その後の皆で裸になって泣いたりするのは、
ちょっと余計に感じました。

岩井俊二さんの独特の世界ですが、
今回の作品はこなれていて分かりやすく、
入り込みやすい作品でした。
プロの役者さんが主体のキャストですが、
それでいて全編がドキュメンタリーや素人の記録映像の様に撮られています。
独特の空気感の映像と、
わざわざ隠しカメラみたいな位置からのアングルが、
無造作に見えて極めて技巧的で完成度が高く、
そうかと思うと実際に隠しカメラの映像だった、
という落ちまで用意されています。
黒木華さんが全てを捨てて彷徨うところでは、
一転して非常に美しい都会の廃墟が、
スクリーン一杯に広がるのです。
実に素晴らしいバランス感覚でした。
2人の花嫁を上から撮った長いワンカットも、
勿論最高です。

役者は黒木華さんが振幅の大きな受けの演技で素晴らしく、
Coccoさんも存在全体を画面に残し、
また綾野剛さんの得体の知れない心地良い存在感も抜群でした。

テーマには重く暗い部分もあるのですが、
どんな苦境でも平然と生きることしか選択肢にない、
黒木さんの生き様が一筋の光として利いていて、
これは岩井監督の「こんな世界でも貪欲に生き続けろ」
という強いメッセージだと感じました。

ちょっと長過ぎることを除けば、
文句のつけようのない傑作で、
最近詰まらない映画を何本も観てしまったので、
本当に清々しく心に残りましたし、
この作品を大きな映画館の大スクリーンで観られて、
本当に幸せでした。

それでは2本目の映画記事に続きます。

10年の胃癌リスクの推定法 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診です。
色々とバタバタしていて、
夜の更新となってしまいました。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
10年の胃癌リスク.jpg
2015年のInternational Journal of Cancer誌にウェブ掲載された、日本人の10年の胃癌リスクを予測する方法を解説した論文です。

日本ではABC検診という胃癌検診が、
市町村などで行われています。

これは血液検査でピロリ菌の抗体と、
萎縮性胃炎を反映していると考えられている、
ペプシノーゲンという数値を同時に測定して、
ピロリ菌の感染のあるなしと萎縮性胃炎のあるなしで、
ABCDの4つの群に分けて二次検査を進めるものです。

A群はピロリ菌が陰性で萎縮性胃炎もないもの、
B群はピロリ菌は陽性で萎縮性胃炎はないもの、
C群はピロリ菌は陽性で萎縮性胃炎もあるもの、
D群はピロリ菌は陰性で萎縮性胃炎のあるもの、
です。

多目的コホート研究による19000人余りの住民データを元に、
このABC分類と、
年齢、性別、胃癌の家族歴、高塩分食品の摂取の有無、
喫煙の有無をリスクとして、
今後の10年間にどのくらい胃癌のリスクがあるのかを、
数値化するモデルを考案しています。

こちらをご覧ください。
胃癌の10年リスク.jpg
これは国立がん研究センターのサイトの解説から引用したものです。
この項目を計算して10年間の胃癌リスクを算出します。

今回の研究で分かったことは、
ABC分類が意外に優れモノだということです。

A群つまりピロリ菌も萎縮性胃炎もないと、
胃癌のリスクは非常に低く、
逆にそれ以外の群であると、
それだけで10%近いリスクに結び付くのです。

現状どのような胃癌検診が、
どのような対象者に有用であるのかの、
明確な指針は存在していませんが、
こうした検証を元に、
胃カメラ検査などの対象者の絞り込みが、
合理的になされることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。