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「TAR ター」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ター.jpg
トッド・フィールド監督によるアメリカ映画で、
ケイト・ブランシェットがオーケストラのカリスマ指揮者を演じ、
彼女がそのキャリアの絶頂から、
転落する姿を外連味たっぷりに描きます。

アメリカ映画ですが、
主人公はベルリンフィルの首席指揮者という設定で、
舞台はドイツに設定され、
ちょっとヨーロッパ映画的な粘着な雰囲気のある映画です。

主人公は女性として初めて、
ベルリンフィルの首席指揮者になったという設定で、
ベルリンフィルは実際に少し前まで女性の団員がいなかったという、
典型的な男性主義の世界なんですね。
彼女はレズビアンで女性のコンサートマスターと関係を持っているのですが、
それ以外に複数の教え子とも関係を持っています。
男性上位の社会の中で、
絶大な権力を手にした彼女ですが、
パワハラやアカハラを教え子や部下から指弾された辺りから、
彼女の立場は次第に揺らぎ始め、
それと共に彼女の精神もその均衡を崩し始めます。

成功者で権力者の主人公が、
ひょんなことから転落してどん底に至る、
というような話は昔から映画の定番ですが、
今回の作品では講義の画像が編集されてSNSにアップされたり、
学生が自分の性的嗜好から、
バッハを認めないと言い張ってそれがトラブルになったりと、
今の時代を反映するものとなっています。

また、後半からは主人公が精神の均衡を崩して、
狂気と幻想が入り混ざるような描写となり、
ポランスキーの「テナント」などを彷彿とされる部分もあります。

ただ、ポランスキーのように、
実際に幻想が現実を侵食するような感じにはならず、
現実の転落がそのまま描かれて、
ちょっとしたオチが付いた感じで終わります。

この辺りは好みが分かれるところで、
今回のラストもそれなりにエスプリが効いているとは思いましたが、
ゲームやアジアを下に見る感じが、
やや抵抗を感じるところはあり、
個人的にはもっと現実の底を抜いて欲しかった、
というような思いもありました。

主人公が民族音楽の研究を若い頃にしていて、
その映像が一瞬流れるようなところもあるので、
多分その世界に入り込むようなラストが、
当初は想定されていたようにも思えるのですが、
色々と試行錯誤があったのかも知れません。

この映画の魅力は、
何と言っても主役のケイト・ブランシェットの入魂の演技で、
これは本当に素晴らしいと思います。
リアルに天才指揮者に見えますし、
その精神の均衡が、ギリギリのタイミングで保たれ、
崩れてゆく辺りの演技プランも、
極めてリアルで理知的です。

全体には、ヨーロッパ映画を模倣したアメリカ映画、
というような若干の中途半端さはあるのですが、
古典的な転落精神崩壊劇のパターンを、
権威や権力が簡単に引きずり落される世相でアップデートした力作で、
ケイト・ブランシェットの名演だけでも、
鑑賞の値打ちは充分にある作品だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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た組「綿子はもつれる」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
綿子はもつれる.jpg
今個人的には一番注目している、
新進気鋭の劇作家加藤拓也さんの新作が、
劇団た組の公演として、
安達祐実さんをフィーチャーして上演されています。

このコンビの前作「もはやしずか」が衝撃的であったので、
今回もとても期待をして足を運びました。

「もはやしずか」と同じように、
今回も安達祐実さんと平原テツさんが夫婦を演じます。
前回はその下の世代として黒木華さんが登場して、
とても豪華な女優のツートップ体制だったのですが、
2人の息子として田村健太郎さんなどが登場しますが、
今回は明確に安達さんメインの物語になっています。

今回も素晴らしく刺激的な作品でした。

「もはやしずか」もイプセンを強く感じましたが、
今回ももろにイプセンという感じです。

平原さん演じる離婚歴があり前妻の息子を養育している男性が、
安達さんと再婚するのですが、
夫の浮気が明らかになり、
それから夫婦仲は冷え切って、
安達さんの方も不図したきっかけで別の男性と、
不倫の関係を始めるようになります。
その破綻した夫婦と息子との3人の家庭が、
ほぼ崩壊した状態でありながら継続しているのですが、
安達さんの不倫相手が、
その眼前で事故死してしまうので、
そのショックが家族の関係に、
絶対話せない秘密という要素を加え、
物語は混沌とした様相を帯びるのです。

破綻していながら、
生活を「家族」として続けないといけない、
という複雑で微妙な関係性を描いた作品で、
加藤作品を知り尽くした平原さんと、
演技の没入感では現在追随を許さない感のある安達さんの、
演技の競演が、
演劇ファンにとっては最高のご馳走です。

カーテンで斜めに仕切られた舞台が、
2つの時間と空間を絶妙に切り取って鮮やかですし、
複層的に流れる時間の処理もさすがです。

クライマックスでは安達さんが、
平原さんの前で延々と泣き続けるのですが、
泣くだけの表現がクライマックスとして成立するのは、
安達さんならではの至藝でした。
これだけで充分鑑賞の値打ちがあります。

ただ、今回ちょっと不満であったのは、
1つは田村健太郎さんが高校生の息子を演じたことで、
さすがにこれは外見的に無理がありました。
また「もはやしずか」でも問題となったラストの処理ですが、
抜け殻となった自分と過去の自分がすれ違う、
というようなかなり複雑なことをしているのですが、
あまり成功しているとは言い難く、
オープニングと同じ場面を繰り返すのも、
あまり良いとは思えませんでした。

この辺りが加藤さんの劇作の現時点での問題点で、
衝撃的かつ明快なラストが生まれた時に、
真の意味でイプセンに匹敵する家庭劇の名作が、
誕生するような気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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脳卒中後の認知症リスクとその予防 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
保育園の健診などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
脳卒中後の認知症リスク.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年5月17日ウェブ掲載された、
脳卒中後の認知症リスクについての論文です。

脳卒中の罹患後に認知機能が低下し易いことは良く知られています。
脳卒中罹患後の認知症発症リスクは、
罹患していない人の50倍以上と報告され、
その35%は罹患1年以内の発症とされています。

一般的に認知症のリスクとして、
高血圧や脂質異常症、糖尿病などの、
所謂生活習慣病が挙げられています。

しかし、高血圧や高血糖などが、
どの程度脳卒中後の認知症リスクと関連しているのかは、
あまり明確ではありません。

そこで今回の研究では、
アメリカの4つの大規模疫学データをまとめて解析する手法で、
この問題の検証を行っています。

1120名の基礎疾患に認知症がなく脳卒中に罹患した患者の、
血圧と血糖とLDLコレステロール値の罹患後の経過を観察したところ、
血糖値が高いほど認知機能低下は早く進行していましたが、
血圧とLDLコレステロールについては、
そうした関連は認められませんでした。

これは敢くまで認知機能に限った解析で、
血圧やコレステロールの管理が不十分であると、
脳卒中の再発のリスクが高まることには留意する必要がありますが、
認知症の予防に限定して考えると、
血糖値が最もそのリスクとの関わりが深いことは、
事実と考えて良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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外来血圧と比較した24時間血圧の有効性(2023年スペインの臨床研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
24時間血圧計の有効性.jpg
Lancet誌に2023年5月5日ウェブ掲載された、
24時間血圧計の有効性についての論文です。

24時間血圧計というのは、
携帯型の血圧計を身体に装着し、
1日もしくは数日の血圧を、
24時間持続t的に測定する医療機器です。

スマートウォッチなどを活用した、
簡易的な血圧測定もあり、
その測定値が正確なものであれば、
より24時間血圧測定は広がりを見せると思うのですが、
現状ではマンシェットを腕に巻き付けて、
それが時間毎に締め付けられる、
というようなタイプが一般的で、
そのため装着すると特に夜間はかなりストレスが掛かるので、
それがこうした測定のハードルを、
高いものにしている部分はあります。

現状高血圧についての多くの臨床試験において、
その指標とされているのは、
外来受診時に医療機関の外来で測定された血圧値です。

しかしこうした外来血圧は、
その測定は正確である一方で、
その患者さんの1日の血圧の推移を、
標準化しているとは言い難いところがあります。

その典型的な例は所謂「白衣高血圧」で、
外来では緊張した状態で測定するために、
自宅で測定した自己測定の数値とは、
かけ離れた高い血圧値を示すことをそう呼んでいます。

血圧という測定値が意味を持つのは、
それが高いことが多くの病気のリスクを高め、
その患者さんの予後とも関連を持っているからです。

そしてその関連の強さは、
医療機関の外来血圧よりも、
24時間血圧測定から得られる血圧値の方が、
より的確であるという考え方があり、
それを実証するようなデータも存在しています。

しかし、そうしたデータの多くは、
比較的精度の低い観察研究のデータで、
患者さんを登録して経過をみるような本格的な臨床試験は、
それほど多くはない上に、
対象者の少ない小規模なデータばかりです。

そこで今回の研究では、
スペインの223か所のプライマリケアのクリニックにおいて、
何らかの理由により24時間血圧測定を施行した、
トータル59124名の患者を中間値で9.7年観察しています。
その観察期間中に12.1%に当たる7174名が死亡しており、
4.0%に当たる2361名は心筋梗塞など心血管疾患による死亡でした。

24時間血圧測定は、
比較的古いタイプのアメリカのメーカーの機器により測定しています。
昼間は20分に1回測定し、
夜は30分に1回の測定が施行されています。
極端は数値を除外して、
それ以外の全ての数値の平均を算出します。

血圧の数値を5分割すると、
一番低い群を除いた4群において、
血圧の上昇は死亡リスクの上昇と相関していました。
そして、クリニックの外来で測定した収縮期血圧より、
24時間血圧を平均化した収縮期血圧の方が、
より強く死亡リスクと相関していました。

また、診察室血圧のみが上昇している白衣高血圧は、
有意な死亡リスクの増加とは関連していませんでした。

今回のこれまでで最も大規模な24時間血圧のデータからは、
外来血圧よりも家庭血圧の重要性が明確に示されていて、
今後より負担なく24時間血圧が正確に測定可能となれば、
家庭血圧のみが健康指標として活用されるようになることも、
そう遠い将来のことではなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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スボレキサント(ベルソムラ)の認知症進行予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は保育園の健診や産業医面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ベルソムラの認知症予防効果.jpg
Annals of Neurology誌に、
2023年5月8日付で掲載された、
睡眠導入剤の認知症に関する進行予防効果についての論文です。

アルツハイマー型認知症では、
まず一番初期の変化として、
アミロイドβ42という異常蛋白が凝集蓄積し、
それから10年以上経過した後に、
異常にリン酸化したタウ蛋白の蓄積が始まり、
それに伴って神経細胞が死滅減少してゆきます。

従って、このアミロイドβ42の蓄積と、
タウ蛋白のリン酸化を抑制することが出来れば、
認知症の進行予防が可能だという理屈になります。

しかし、現時点でそうした予防効果を、
安全に実現可能な予防法は確立されていません。

オレキシンは、
視床下部の神経細胞から分泌される、
一種の神経伝達作用を持つ蛋白質で、
人間が覚醒した状態を維持するために必要な物質、
というように考えられています。

覚醒を保つことが困難となる、
ナルコレプシーという病気があり、
その9割ではオレキシンの分泌不全がある、
というデータが存在しています。

そしてナルコレプシーの患者さんでは、
脳のアミロイドβの沈着が少ない、
というようなデータが存在しています。

実際オレキシンとアルツハイマー型認知症との間には、
無視出来ない関連が指摘されています。
アルツハイマー病のモデル動物のネズミにおいて、
オレキシンの遺伝子が働かないようにすると、
アミロイドβの蓄積が強く抑制されました。
オレキシン受容体の拮抗薬でアミロイドβが減少する一方で、
脳脊髄液にオレキシンを注入すると、
アミロイドβが増加することも確認されています。

オレキシン受容体拮抗薬は、
スボレキサント(商品名ベルソムラ)として、
不眠症の治療に使用されています。

それでは人間において、
オレキシン受容体拮抗薬の使用により、
脳におけるオレキシンの作用を抑制すると、
認知症の予防に繋がるのでしょうか?

今回の研究では、
45から65歳の認知症のない38名の男女を、くじ引きで、
偽薬とスボレキサント10㎎、スボレキサント20㎎の、
3つの使用群に振り分け、
その使用前後で、
髄液検査を髄液腔に挿入したチューブから連続的に施行して、
その変化を観察しています。
スボレキサントは睡眠剤の一種ですから、
薬剤は夜の21時に使用して、
睡眠中の変化を観察している訳です。

その結果、
スボレキサント20㎎の使用により、
髄液のタウ蛋白のリン酸化の指標は10から15%減少し、
薬の投与後5時間において、
アミロイドβ濃度も10から20%減少していました。
偽薬を使用している人も寝ている訳ですから、
これは睡眠だけの影響ではなく、
スボレキサントによりオレキシンを抑制している結果だ、
という理屈です。

スボレキサント20㎎というのは、
通常の臨床でも使用している用量ですから、
その使用のみでアルツハイマー病の進行に繋がる、
脳の変化が抑制されたという結果は、
非常に興味深いものです。

睡眠不足と認知症との関連を示唆する疫学データもあり、
睡眠の質をオレキシンの観点から正常化することにより、
認知症の予防が可能であるとすれば、
画期的なことのようにも思えます。

ただ、覚醒することは生物にとって、
それがストレスであっても必要であることは間違いなく、
オレキシンを効かなくすればそれで良い、
というものではありません。
問題はたとえば今回の実験にように、
夜間のみスボレキサントを使用することで、
それが実際の認知症予防に繋がるのかどうか、
というような点にあり、
それはまだ今後の検証を待つ必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ピーナッツアレルギーへの経皮免疫療法の有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ピーナツアレルギーの経皮免疫療法の有効性.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年5月11日付掲載された、
ピーナッツアレルギーの新しい治療法についての論文です。

ピーナッツアレルギーは、
日本では比較的マイナーな食物アレルギーですが、
アメリカ、カナダなどの欧米諸国では、
子供のおよそ2%に認められる、
という報告があるほど多い病気です。
重症のアレルギーであるアナフィラキシーを、
発症する頻度も高いと報告されています。

以前にはピーナッツアレルギーの可能性がお子さんに見られれば、
食事からピーナッツやそれを含む食品を除去して、
それを継続することが一般的でした。
しかし、色々な食品に含まれたピーナッツの成分を、
知らずに摂ってしまうような「事故」を、
完全に防ぐことは出来ません。

2020年にアメリカのFDAは、
4から17歳のピーナッツアレルギーのお子さんに、
経口免疫療法を施行することを認可しました。

これはピーナッツ蛋白を極微量、
数年に渡り継続的に摂取して、
ピーナッツ蛋白に対する耐性を獲得し、
アレルギーを治癒しようという試みです。

この方法は確かに一定の有効性が確認されたのですが、
その一方で治療施行中のアナフィラキシーなどの発症リスクは、
未治療の3.12倍とかなり高くなることも報告されています。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(19)30420-9/fulltext

ピーナッツアレルギーは乳幼児期には既に成立していることが多く、
その点からはより若い年齢から免疫療法を施行した方が、
よりその効果も高いことが想定されます。

そこで1から3歳で経口免疫療法を開始した臨床試験が施行され、
その結果は2022年のLancet誌に発表されています。
https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(21)02390-4/fulltext
それによると施行された患者の71%で有効性が認められましたが、
一定期間をおいて寛解(ピーナッツを食べて問題なし)と判断されたのは、
全体の21%でした。
ただ自然寛解は2%でしたから、有効性があることは確実です。
一方で、軽症を含めれば98%の患者で、
治療に伴うアレルギー反応は起きていて、
22%の患者ではエピネフリンの注射が必要とされるような、
アナフィラキシーが起こっていました。

つまり、若年で開始した方が、
より有効性のあることは間違いがありませんが、
全例で寛解するということはなく、
また治療中のアナフィラキシーなどのリスクも、
少なからず存在している点が問題です。

そこで考えられたのが、
経口以外の方法による免疫療法です。

今回の研究では、
ピーナッツの抗原を染み込ませた特殊なパッチを使用し、
それを毎日皮膚に貼りつけることによって、
身体をピーナッツの抗原に慣れさせるという、
経皮免疫療法が試みられています。

その第3相臨床試験として、
年齢が1歳から3歳でピーナッツアレルギーを持つ乳幼児362名を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方はピーナッツ蛋白を250μg含むパッチを毎日皮膚に貼付し、
もう一方は偽の抗原を含まないパッチを貼付して、
1年間の治療を継続してその有効性を比較しています。

その結果、
1年の時点でのピーナッツアレルギーの改善は、
経皮免疫療法施行群の67.0%、
偽パッチ群の33.5%に認められました。
より有効性の定義を厳しくして、
10個のピーナッツを一度に食べても症状が出ない、
という基準を適応すると、
満たしたのは経皮免疫療法群の37%で、
偽パッチ群では10.0%でした。
治療中のアナフィラキシーは、
経皮免疫治療群の7.8%、偽パッチ群の3.4%に認められました。

これは経口免疫療法のデータと比較すると、
治療期間や有効判定基準が異なっているため、
単純な比較は出来ませんが、
経皮免疫療法は皮下免疫療法に匹敵する有効性があり、
重症のアレルギー反応などの有害事象は、
より少ない傾向が認められるという結果になっています。

その安全性や長期の有効性など、
まだ検証が必要な事項は残っていますが、
今後その使用の簡便さも考えると、
経皮免疫療法が食物アレルギー免疫療法の主体となる可能性は、
かなり高いと考えて良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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新型コロナに感染した乳児の細菌感染合併リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
COVID-19の新生児の細菌感染症合併は?.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年5月12日ウェブ掲載された、
新型コロナウイルス感染症の新生児の合併症についての論文です。

乳児期、特に生後3か月くらいまでの時期の感染症は、
重症化し易いことで知られています。
アメリカの統計では、
生後60日以内の発熱で救急受診した乳児のうち、
7から10%は尿路感染症で、2から3%が敗血症、
0.5から1%が細菌性髄膜炎で、
敗血症と髄膜炎は特に命に関わるリスクの高い細菌感染症です。

ただ、実際にはこの時期の発熱の多くはウイルス感染で、
所謂風邪ウイルスによる感染症です。
しかし原因はウイルスであっても、
細菌感染を合併して重症化する可能性はあります。

従って、高熱の乳児を診察する場合、
重症の細菌感染症でないかどうかの鑑別が、
非常に重要なものとなる訳です。

新型コロナウイルスも乳児に感染する風邪ウイルスの一種です。

それでは通常の他の風邪ウイルスと比較して、
新型コロナウイルスの細菌感染症の合併は、
どの程度の比率で見られるのでしょうか?

今回の研究はアメリカとカナダの106の病院を対象とした医療データを二次活用して、
この問題の検証を行っています。

対象となった生後8から60日の14402名の発熱した乳児のうち、
新型コロナウイルスの検査で陽性となったのは、
26.1%に当たる3753名でした。
新型コロナウイルス以外の発熱者では、
尿路感染が7.6%、髄膜炎以外の敗血症が2.1%、
髄膜炎が0.5%認められたのに対して、
新型コロナウイルス感染症での発熱者では、
尿路感染が0.8%、髄膜炎以外の敗血症が0.2%、
髄膜炎は0.1%未満しか確認されませんでした。
特に新生児期を除外した生後29から60日では。
尿路感染が0.4%、敗血症と髄膜炎はいずれも0.1%未満という低率でした。

つまり、
他の風邪ウイルスと比較して、
新型コロナウイルスによる感染では、
生後60日以内の重症細菌感染の合併率は極めて低い、
という言い方をして問題はないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ウーマンリブvol.15「もうがまんできない」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
もうがまんできない.jpg
2022年に上演予定でコロナのために配信のみとなった、
宮藤官九郎さんの新作が、
今下北沢の本多劇場で本日まで上演されています。
(画像は2022年時のチラシのものです)

これはちょっと岩松了さんに寄せた作風の、
複合的な苦い人間ドラマで、
クドカンとしては比較的分かり易く、
それほどの癖のない作品に仕上がっていたと思います。
クドカンの作品の全てを観ている訳ではありませんが、
3分の2以上は生で観ている経験の範囲で、
代表作の1つと言って過言ではないと思います。

発達障害の少女と、
その少女にデリヘルをさせている父親の歪んだ愛情の話、
10年以上売れず、解散を考えているお笑いコンビの話、
ITの経営者の妻が会社の部下と、
そうと知らずに不倫をしている話、
の3つの物語が、
渋谷の裏町に建つ雑居ビルの屋上と、
それに向かい合うタワーマンションのベランダを舞台に、
複合的に展開されます。

クドカンの作品としては緻密に計算された人間ドラマで、
特に発達障害の娘とその父親の話は、
かつて松尾スズキさんが得意としたテーマでしたが、
最近はコンプライアンス的問題があって、
松尾さん自身もそうした作品を書いていませんし、
クドカンとしても、
舞台より多くの人の目に触れる、
映像のドラマでは描き難いテーマではないかと思います。

今回は少女役に独特の個性を持つ新人を起用して、
その生々しさがよりリアルなものになっています。
演出も途中で挿入されるミュージカル風の幻想シーンが楽しく、
ラスト少女に殺人をさせようとする父親の企みを、
離れたベランダから阿部サダヲさん演じる間男が、
阻止しようと声を掛けるところに、
売れない漫才コンビの舞台を重ねるという、
重層的な構成が鮮やかで印象的でした。
ラストは本当に凄い場面になっていたと思います。
岩松了的なショックがあって、
でもそれがクドカンの世界として昇華されていました。
その前に久しぶりに怪優ぶりをいかんなく発揮していた平岩紙さんが、
スパイダーマンみたいに壁を這って、
セレブの世界から転落したと見せて、
図太く這い上がる場面があって、
それが伏線になっている点も凄いと思いました。

売れないお笑いコンビの話は、
以前にもウーマンリブの舞台で上演されたことがありましたが、
稽古をしている劇場のある雑居ビルの屋上に、
場面を限定した工夫や、
セレブのタワマンのベランダを向かい合わせて、
その格差を視覚的に見せ、
両者を梯子で結んでリスクのある綱渡りを見せたりする工夫で、
よりエッジの効いた物語に仕上がっていました。

個性豊かな役者の競演が楽しく、
クドカンの拘りが、
細部まで感じられる力作に仕上がっていたと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「ハリー・ポッターと呪いの子」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも院長の石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ハリー・ポッターと呪いの子.jpg
イギリス発のハリー・ポッターの公式の舞台が、
2022年からホリプロの主催でロングラン上演されています。

特別興味はなかったのですが、
演劇専門誌で多くの評論家が絶賛していたので、
「どんなものなのかしら」と思い、
遅ればせに足を運びました。
石丸幹二さんがメインのキャストです。

これはなかなか良かったですよ。
娯楽劇の1つのお手本という感じで、
日本製では望めないレベルで、
戯曲も演出も練り上げられています。
アメリカ的な仰々しい物量スペクタクルという感じではなくて、
アイデアとセンスで勝負という感じ。

原作のシリーズの19年後の後日談という設定になっていて、
ファンタスティックビーストの映画が前日談ですから、
なかなかこのシリーズは手が込んでいます。
これは作者も関わった舞台がオリジナルですが、
おそらく、というかほぼ確実に、
映画版にもなるのだと思います。

原作の後日談であると共に、
「バックトゥザフューチャー」のような時間SF的設定があり、
流行りのメタバースの要素も取り込んでいます。
ハリー・ポッターシリーズをあまり知らない人でも、
そう困らないように物語は明快に出来ていますし、
それでいて、知っているとより理解は深まります。
そしてラストは原作の「最初の時間」に時空を超えて登場人物が勢揃いする、
という原作ファンにも堪らない構成になっています。
さすがです。

セットは比較的シンプルなものですが、
古典的なブラックアート(黒い背景に黒子が潜んで人間や物体の浮遊を見せる)
を巧みに再利用して立体的な魔法を見せ、
それを群舞やワイヤーワークと組み合わせて、
変化に富んだ魔法を楽しませてくれます。
クライマックスでは色とりどりの炎が飛び交うという、
映画が実体化したようなワクワクする光景が待っています。

ただ、日本版は役者は主役以外は、
やや小粒な感じは否めません。
アンサンブルの技術レベルも、
公演によって差はあるのだと思いますが、
僕が観た時はパントマイムやスローモーションなど、
今一つの出来で、
空中で静止するトランクなども、
あまり止まっているようには見えませんでした。

途中でメタバースで悪の軍団が登場するところなど、
もっと迫力が欲しいな、と思いましたし、
魔法界や魔法学校の重鎮達にも、
もっと格上の感じを出して欲しかった、という思いはありました。
群舞は正直、劇団☆新感線の方が人数は少なくても、
迫力は勝っていたように思います。

全体として演技と身体能力のクオリティが、
それほど高いものではないので、
少し長いな、という印象がありました。
これは1つ1つの場面の細部が、
もう少しクオリティの高いものになると、
また違った見え方になるのだろうなあ、と感じました。

そんな訳で作品としては非常に素晴らしいものなのですが、
日本版にはもう少し頑張って欲しいな、という感じはありました。
ロングランを重ねて、
より磨きが掛かることを期待したいと思います。

それでも久々にロングランに相応しい娯楽作が登場した、
という印象はあり、
是非これからも回を重ねて欲しいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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涙の検査でプリオン病を診断する [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
プリオン病の涙からの検出.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年5月11日掲載されたレターですが、
プリオン病の新しい診断法についての内容です。

プリオン病という病気があります。
プリオンという異常な折り畳みタンパク質が、
人肉を食べる風習や脳膜の移植手術、
人間の脳由来の成分を含む注射薬などにより感染し、
クロイツフェルト・ヤコブ病という、
脳の難病を引き起こし、
牛では所謂「狂牛病」の原因となることが実証されたのです。

プリオンのSeed(種)という言い方をしていますが、
極少量のプリオンというタンパク質が、
人間の身体に入ると、
体内で正常なプリオンタンパク質が、
異常なプリオンに、
オセロゲームのように次々と変化し、
あたかもウイルスなどの感染症のように、
体内で増殖するのです。

これまで病原体でなければ起こらないと考えられていた現象が、
ただの「タンパク質」で起こったのです。

このことは、
衝撃を持って科学界のみならず、
社会全体に受け止められました。

このプリオン病の診断には、
通常は脳脊髄液を採取しての検査が必要です。
近年QUIC法という、
遺伝子のPCR法に相当する異常蛋白質の増幅法が確立され、
比較的簡便に精度の高い検査が施行可能となりました。

ただ、それでも脳脊髄液の採取というのは、
背中に針を刺して行う検査で、
患者さんには負担が大きな方法ですし、
神経障害などの合併症のリスクもあります。

それでは、もっと簡便に異常蛋白を検出するような方法はないのでしょうか?

理論的にはプリオンのような異常蛋白は、
脳や脊髄以外の組織にも検出される可能性があります。

そこで今回の検証では、
プリオン病の19名の患者に涙のプリオン蛋白の検出検査を施行。
そのうちの84%に当たる16名で陽性が確認されました。

勿論プリオン病のタイプによっては、
涙に蛋白質が分泌されない場合も想定されるため、
この方法でプリオン病の可能性を、
完全に否定することは出来ませんが、
涙での検査をまず施行して、
その結果により必要と思われる事例のみ脳脊髄液の検査に進む、
というような方法を取ることにより、
患者さんの負担を減らし、
より確実で効率的な診断に結び付く可能性があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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