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スボレキサント(ベルソムラ)の認知症進行予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は保育園の健診や産業医面談で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ベルソムラの認知症予防効果.jpg
Annals of Neurology誌に、
2023年5月8日付で掲載された、
睡眠導入剤の認知症に関する進行予防効果についての論文です。

アルツハイマー型認知症では、
まず一番初期の変化として、
アミロイドβ42という異常蛋白が凝集蓄積し、
それから10年以上経過した後に、
異常にリン酸化したタウ蛋白の蓄積が始まり、
それに伴って神経細胞が死滅減少してゆきます。

従って、このアミロイドβ42の蓄積と、
タウ蛋白のリン酸化を抑制することが出来れば、
認知症の進行予防が可能だという理屈になります。

しかし、現時点でそうした予防効果を、
安全に実現可能な予防法は確立されていません。

オレキシンは、
視床下部の神経細胞から分泌される、
一種の神経伝達作用を持つ蛋白質で、
人間が覚醒した状態を維持するために必要な物質、
というように考えられています。

覚醒を保つことが困難となる、
ナルコレプシーという病気があり、
その9割ではオレキシンの分泌不全がある、
というデータが存在しています。

そしてナルコレプシーの患者さんでは、
脳のアミロイドβの沈着が少ない、
というようなデータが存在しています。

実際オレキシンとアルツハイマー型認知症との間には、
無視出来ない関連が指摘されています。
アルツハイマー病のモデル動物のネズミにおいて、
オレキシンの遺伝子が働かないようにすると、
アミロイドβの蓄積が強く抑制されました。
オレキシン受容体の拮抗薬でアミロイドβが減少する一方で、
脳脊髄液にオレキシンを注入すると、
アミロイドβが増加することも確認されています。

オレキシン受容体拮抗薬は、
スボレキサント(商品名ベルソムラ)として、
不眠症の治療に使用されています。

それでは人間において、
オレキシン受容体拮抗薬の使用により、
脳におけるオレキシンの作用を抑制すると、
認知症の予防に繋がるのでしょうか?

今回の研究では、
45から65歳の認知症のない38名の男女を、くじ引きで、
偽薬とスボレキサント10㎎、スボレキサント20㎎の、
3つの使用群に振り分け、
その使用前後で、
髄液検査を髄液腔に挿入したチューブから連続的に施行して、
その変化を観察しています。
スボレキサントは睡眠剤の一種ですから、
薬剤は夜の21時に使用して、
睡眠中の変化を観察している訳です。

その結果、
スボレキサント20㎎の使用により、
髄液のタウ蛋白のリン酸化の指標は10から15%減少し、
薬の投与後5時間において、
アミロイドβ濃度も10から20%減少していました。
偽薬を使用している人も寝ている訳ですから、
これは睡眠だけの影響ではなく、
スボレキサントによりオレキシンを抑制している結果だ、
という理屈です。

スボレキサント20㎎というのは、
通常の臨床でも使用している用量ですから、
その使用のみでアルツハイマー病の進行に繋がる、
脳の変化が抑制されたという結果は、
非常に興味深いものです。

睡眠不足と認知症との関連を示唆する疫学データもあり、
睡眠の質をオレキシンの観点から正常化することにより、
認知症の予防が可能であるとすれば、
画期的なことのようにも思えます。

ただ、覚醒することは生物にとって、
それがストレスであっても必要であることは間違いなく、
オレキシンを効かなくすればそれで良い、
というものではありません。
問題はたとえば今回の実験にように、
夜間のみスボレキサントを使用することで、
それが実際の認知症予防に繋がるのかどうか、
というような点にあり、
それはまだ今後の検証を待つ必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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