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「ケイコ 目を澄ませて」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
ケイコ.jpg
2022年12月に公開されて、
多くの映画賞を席巻した作品を、
遅ればせにキネカ大森で鑑賞しました。

岸井ゆきのさんが耳の聞こえないボクサーを演じ、
感情をあまり表現しない難役をリアルに熱演しています。
本当に自分の内面と対峙して、
それを全てさらけ出すような凄味のある演技で、
多くの演技賞に輝いたのも納得の仕上がりです。

作品的にはほぼノンフィクション、
という感じの作劇なんですね。
勿論フィクションなのですが、
ドラマチックな展開や物語的な部分を極力排して、
演出も如何にもノンフィクション、
という感じを意図的に出しています。
途中で練習を記録したノートを、
読み上げるような演出も、
ノンフィクションでよくある盛り上げ方です。

ただ、ノンフィクションでは絶対に描けない主人公の内面に、
ほんの少しだけ切り込んでいて、
それが結実しているのが、
ラストの主人公の長いアップだと思うのですが、
そこで表現された複雑なニュアンスが、
この作品を見事なフィクションに、
昇華させているのだと思います。

主人公が結構一筋縄ではいかないんですね。
素直なところもある一方で、
我が強くて、他人の言うことを聞かず、
簡単にコミュニケーションを取らせてもくれません。
でも、そうした複雑な1人の人間が、
必死で生きているというだけで、
それが何か他の人の心に、
明かりを灯すようなところがあるんですね。
そして話が進むにつれ、
その明かりが静かに観客に心にも届くのです。

後半ジムの閉鎖が決まって、
迷いながら最後の試合に臨む、
というようなところがあるでしょ。
普通もうちょっとドラマチックな展開を期待しますよね。
でも、そうは全然ならないんですね。
同じ失敗を繰り返して自滅してしまって、
あああ、という感じになるのですが、
それが見事にラストに繋がるんですね。
あまり今までに類例のないセンスだと思いました。

総じて、ちょっと抑制的過ぎるかな、
という感じもするのですが、
意欲的な人間ドラマの力作で、
岸井ゆきのさんの入魂の演技だけでも、
一見の価値のある映画だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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慢性疼痛におけるオピオイドの減量とそのリスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
オピオイドの減量とそのリスク.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年2月7日ウェブ掲載された、
近年その使用が増加している、
慢性の痛みに対するオピオイドの使用量を、
減量した時の影響についての論文です。

オピオイドというのは、
オピオイド受容体に結合して、
強い鎮痛効果を示す一連の薬剤の総称で、
その代表は麻薬でもあるモルヒネですが、
医療用としては多くの薬剤が鎮痛目的で使用され、
以前はその用途は癌の痛みに限られていましたが、
オピオイドとしての作用が比較的弱い薬剤は、
癌の痛み以外にも使用されるようになっています。

トラマドール(トラムセットなど)は、
その代表的な薬剤です。

その副作用や有害事象としては、
便秘、吐き気、呼吸抑制、副腎機能低下などがあり、
長期の連用によりモルヒネほどではないものの、
常用性や依存が形成されることも問題です。
1年以上の長期使用により、
死亡リスクが増加したとする報告もあります。

そのため、現行の慢性疼痛のガイドラインの多くでは、
「漫然と長期使用すること」はせず、
概ね3から6か月の使用に留めることが妥当と、
記載をされています。

しかし、実際には1年を超えてオピオイドは長期使用されるケースも多く、
その安全性についてはまだ結論が出ていません。

問題は特に1年以上持続的に使用しているケースにおいて、
その減量と離脱をどう行うべきか、
ということです。

CDCの提言では、
短い期間の使用であれば、
1週間に10%くらいずつ減量して中止することが、
1年以上の長期使用の場合には、
より慎重に月に10%というペースで、
慎重に減量して中止することが推奨されています。

しかし、一般臨床の外来において、
痛みのコントロールのために使用されているオピオイドを、
慎重に減量して離脱することは、
それほど簡単なことではないように思います。

実際にそうしたオピオイドの減量が、
患者さんの予後にどのような影響を与えるのでしょうか?

今回の研究はアメリカにおいて、
医療保険のデータを後から解析する手法で、
この問題の検証を行っています。

18歳以上でモルヒネ換算で1日50㎎以上のオピオイド
(トラマドールで概ね250㎎以上)
を1年以上に渡り慢性疼痛に対して使用していた、
113604名の患者データを解析したところ、
オピオイドの減量を外来で施行すると、
施行しない場合と比較して、
病院を救急受診するリスクが1.19倍(95%CI:1.16から1.21)、
入院のリスクが1.16倍(95%CI:1.12から1.20)、
それぞれ有意に増加していました。
その一方でオピオイドを処方している医療機関への受診は、
5%(95%CI:0.97から0.99)有意に減少していました。

高血圧や糖尿病で治療をしていた患者では、
その治療薬の服薬も守られないことが多くなり、
それに伴い血圧や血糖のコントロールが悪化する傾向も、
認められました。

オピオイドの減量は正しいことである筈なのに、
何故患者さんの状態は悪化し、
救急受診や入院が増えてしまうのでしょうか?

医師は良いことと思って、
「そろそろ薬を減量して止める準備をしましょう」
と言うのですが、
患者の側では、
良い薬だと思って続けていたのに、
止めないといけないのは何故なのか、
という不信感が募ったり、
逆に、そんなに悪い薬なら、何故すぐに止めてはいけないのか、
という気持ちになったりもします。

こうした疑問についてしっかり説明することなく、
見切り発車的に減量を始めてしまうと、
それが上手くいけば良いのですが、
減量により離脱症状で体調不良になったり、
減量したことにより疼痛が悪化することも、
当然あり得ることなので、
そうした時に、
医師患者関係が崩れていると、
患者は医師に体調不良を相談することなく、
自分なりの対応をしてしまったり、
体調不良が悪化して、
病院を救急受診してしまうことにもなるのです。

また、糖尿病や高血圧など、
身体の基礎疾患で通院している患者でも、
医師患者関係が崩れてしまうことで、
基礎疾患の治療にも支障が生じる結果となってしまうのです。

長期継続しているオピオイドを、
適切に減量して中止することは、
患者さんのために重要なことですが、
しっかりと事前の理解をしてもらい、
患者さんの同意を確認することと、
体調不良に結びつく可能性があることを想定して、
その時の対処を確認しておくことが重要であることを、
今回の結果は示しているように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「ボーンズ アンド オール」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ボーンアンドオール.jpg
イタリア出身の鬼才ルカ・グァダニーノ監督の、
アメリカ・イタリア合作の新作映画で、
1980年代のアメリカを舞台にした青春ホラーとでも言うべき、
かなり特殊なジャンル映画になっています。

共に人間の肉を食べないといられないという、
特殊な嗜好を持った若いの男女の出逢いから、
その数奇な運命が、
ロードムービー的要素を織り交ぜながら、
時に残酷でグロテスクに、
時に詩的に美しく綴られてゆきます。

主人公のアフリカ系女性をテイラー・ラッセルが演じ、
相手の白人青年をティモシー・シャラメが演じます。
そして、演技派のマーク・ライランスが、
得体の知れない高齢の人食いを、
禍々しい雰囲気たっぷりに演じています。
シャラメは勿論抜群に恰好良いですし、
ラッセルの如何にもの身勝手さと直情さも、
なかなかリアルで良い感じを出しています。
そして、ライランスの悪の魅力が、
また抜群で全編を引き締めているのです。
この演技の饗宴だけでも、
充分元は取った気分になります。

監督は「サスペリア」のリメイクもしていますし、
70年代から80年代くらいのホラーが好きなんですね。
今回の作品も舞台は1980年代で、
フィルムで切り取られた風景の質感は、
見事に当時の映画の肌触りを再現しています。
吸血鬼映画のバリエーションなのですが、
超自然的な能力などを一切排して、
単純に逃れられない欲望の問題として処理しているのが特徴で、
やや陳腐にも感じる設定ではあるのですが、
「匂い」が同族であることを知らしめるという趣向が、
スパイスの如く利いていて、
その世界観を意外に切実に感じ、
作品世界に没入することが出来ました。

映画そのものの質感も、
1970年代の「処女の生血」や「マーティン」などの、
切なく悲しい吸血鬼物語に似通っています。
ただ、恋愛ドラマとしての純度は遥かに過去作を凌駕していて、
主人公が母親と対面した時の衝撃や、
悲壮なラストの没入感は見事で、
ラストの余韻も利いていたと思います。

個人的にはこれまでの監督の映画の中で最も愛着を感じた1本で、
かなりどぎつい部分もあるので、
全ての方にお勧め出来る映画ではありませんが、
「青春残酷物語」的ジャンル映画のお好きな方には、
かなり期待をして鑑賞しても、
その期待を裏切らない力作だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
エブエブ.jpg
今年のアカデミー賞の作品賞など7部門を受賞したヒット作ですが、
並行宇宙を目まぐるしく行き来しながら、
中国からアメリカに移民した一家の、
家族の危機とそこからの再生が描かれます。

これはかなり好みの分かれる映画で、
個人的には全く駄目でした。

四畳半から宇宙規模の冒険が始まるというのは、
松本零士さんが開拓した世界だと思いますが、
この映画は基本的にはそのパターンで、
ミニマルな世界が宇宙規模のロマンに拡大するのが魅力の筈ですが、
ビジュアルに殆ど膨らみがなくて、
何か最初から最後まで貧相なんですよね。
如何にもアメリカ的な、
しょうもないギャグとパロディが山盛りで、
「ケンタッキー・フライド・ムービー」や「フレッシュゴードン」と、
ほぼ変わらないようなセンスです。
まあ、ほぼコントなのですが、
とても恥ずかしいことや無意味なことをすると、
他の世界にジャンプ出来るとか、
手の指がソーセージになっている世界があるとか、
勿論意図的にチープにしているのは分かるのですが、
面白さを微塵も感じないのが絶望的です。

映像センスは徹底して貧相なのですが、
内容はその割にちょっと哲学的なんですね。
ストーリーラインは家族崩壊の危機があって、
個々の対立やトラウマが幻想世界を利用して描かれて、
最終的には家族が再生してめでたしめでたしになります。
これ、ベルイマンの「野いちご」と一緒ですよね。
でも、出鱈目をやっている筈なのに、
こんなにお話が予定調和でいいのかしら?
これはもう個人的な趣味の問題ですが、
あまり良いとは思えませんでした。

ただ、アカデミー賞を取ったのは、
そうした穏当で哲学的なスパイスのある物語のせいだと思いますし、
かつてハリウッドで活躍したアジア系の俳優を集結させて、
それを1つの家族として主人公にするのですから、
これも今何が評価されるのかのツボを、
しっかり押さえているのだと思います。

そういう計算されたあざとさのようなものにも、
何かモヤモヤする物を感じてしまいました。

一番はビジュアルに、
もっと映画ならではの美しさや、
スケールの大きさが欲しいんですよね。
それが全くないというのは、
個人的には映画の魅力がないというのと、
僕にとっては同義なのです。

そんな訳で延々と続く同じような場面を、
ぼんやりと観ている間に終わってしまったような映画ですが、
こうした映画に新しさや魅力を感じる方も、
勿論沢山いると思いますので、
これは敢くまで個人の趣味の問題なのだと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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間欠的絶食の骨代謝への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
絶食の骨代謝への影響.jpg
British Journal of Nutrition誌に2023年3月掲載された、
間欠的絶食の骨代謝への影響を検証した論文です。

ダイエット法には多くの種類がありますが、
最近国内外を問わず注目されているダイエット法の1つが、
間欠的断食法(intermittent fasting)です。

これは一定のサイクルで完全な絶食、
もしくは超低カロリー食を繰り返すことです。

一定時間の絶食をすることにより、
身体は飢餓状態となり、
代謝に一種の転換が起こるのです。
それが体重を減少させるのみならず、
身体のストレス耐性を高め、
炎症を抑制し、身体の酸化を抑えるなど、
多くの健康への良い影響をもたらすというのが、
間欠的断食の優れているとされる点で、
これまでに多くの臨床試験も施行され、
一定の有効性を示唆させる結果が得られています。

ただ、間欠的断食と一口に言っても、
その方法は様々で、どういう方法が最も優れているのか、
という点についての明確な指針は存在していません。

また、間欠的絶食が概ね身体の代謝には良い影響を与え、
体重減少にも有用であることはほぼ確認されていますが、
骨代謝に与える影響については、
あまり知られていません。

低栄養は骨代謝に悪影響を与え、
骨減少症や骨粗鬆症のリスクになると考えられています。

それでは、間欠的絶食は骨代謝にどのような影響を与えるのでしょうか?

今回の研究はこれまでの主だった臨床データを解析することで、
この問題の検証を行っています。

その結果、精度の高い介入研究の解析では、
最長6か月の間欠的絶食は骨代謝に悪影響を与えず、
むしろ骨量の減少を予防する効果を、
示唆するデータも存在していました。

ただ、こうした特殊なダイエットの骨代謝への影響を、
厳密に検証した臨床データはあまり多くはなく、
その信頼性も限られています。

間欠的絶食がこれだけ人気を集めている現在、
骨代謝に対する影響についても、
今後より厳密な検証が行われることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ラメルテオンのせん妄への有効性(2023年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ラメルテオンのせん妄への効果.jpg
Journal of Pineal Research誌に、
2023年2月1日掲載された、
通常睡眠補助的に使用されるメラトニン系の薬剤の、
せん妄への有効性についての論文です。

せん妄というのは急性に生じる意識障害で、
集中治療室に入った患者さんが、
急に興奮して暴れたり、
重症の認知症を思わせるような症状が、
急に出現したりするのが、
その典型的な事例です。

環境の変化や病気などによるストレスが、
その要因となっていることが多く、
そのため病状が安定すれば、
速やかにその症状も消失します。

しかし、実際には病院の集中治療室や急性期病棟などで、
その対応に苦慮することも多く、
肝心の元の病気の治療にも、
影響を与えることが稀ではありません。

特に高齢者においてその発症頻度が高いことが知られていて、
その予防としての薬物療法の必要性が高い割には、
現時点で明確に有効性のある治療は存在していません。

高齢者のせん妄は、
認知症の急性増悪と考えることも可能なので、
明確な認知症症状がなくても、
予めアリセプトのような、
コリン作動性の認知症治療薬を、
予防的に使用することでせん妄が予防出来るのでは、
という考え方があり、
そうした臨床試験も幾つか行われましたが、
いずれも失敗に終わっています。

強い鎮静作用を持つ抗精神病薬が、
一定の有効性があるとする報告がありますが、
実際にせん妄のリスクの高い高齢の患者さんは、
抗精神病薬の副作用が出易く、
全身状態も不安定な方なので、
そうした患者さんに予防のために抗精神病薬を使用する、
というのは、
矢張り問題が大きい考え方ではないかと思います。

睡眠のリズムを調整する作用のあるメラトニンの誘導体で、
不眠の治療薬であるラメルテオン(商品名ロゼレム)は、
高齢者にも副作用の生じ難い薬剤である、
と考えられていますが、
このラメルテオンの使用により、
入院時のせん妄が予防出来るのでは、
ということを示唆するデータがあり、
複数の臨床データが報告されています。

今回の研究では、
これまでに報告された 主だった臨床試験データを、
まとめて解析するメタ解析の手法で、
その有効性の再検討を行っています。

これまで施行された偽薬を使用した精度の高い8つの介入試験に含まれる、
587の事例をまとめて解析したところ、
ラメルテオンの使用によりせん妄の発症は、
50%(95%CI:0.29から0.86)有意に抑制されていました。

サブ解析では、
65歳以上の高齢者では有効性が認められた一方で、
65歳未満では有意なせん妄の抑制は認められず、
有効性は継続的な使用でのみ認められていました。

このように、急性入院などせん妄の発症リスクが高いと想定される場合、
高齢患者にラメルテオンを使用することは、
その発症の予防に一定の有効性があると、
今回のメタ解析の結果からは考えられます。

ラメルテオンによるせん妄予防の臨床データは、
現状日本のものが多く、
今後国外でのデータの蓄積にも期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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徐脈性不整脈の罹患率と予後(埋め込み式レコーダーによる検証) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は研修会で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
徐脈性不整脈の予後.jpg
JAMA Cardiology誌に、
2023年2月15日ウェブ掲載された、
徐脈性不整脈の予後を解析した論文です。

正常な心拍のリズムが乱れる不整脈には、
脈拍数が増加して動悸などの症状が出現する、
頻脈性の不整脈と、
逆に脈拍数が低下して、
眩暈や失神などの症状が出現する、
徐脈性の不整脈があります。

1分間に50から80くらいが安静時の正常な脈拍数で、
運動などをしていないのに100を超えるのは頻脈、
50を切るのは徐脈とされています。

ただ、たとえば激しい持続的な運動をしている人では、
安静時の脈拍数が30から40代と低い場合もあり、
それは決して異常ではありません。

一般に30を切るような高度の徐脈や、
脈拍の間隔が3.5秒を超える場合、
高度の房室ブロックという所見を伴う時には、
治療を要する徐脈性不整脈と診断されます。
その場合の治療は通常心臓ペースメーカーの埋め込みです。

コンパクトな機械を皮膚の下に埋め込み、
電極で心臓を刺激することにより、
生命に危険が及ぶような徐脈を予防するのです。

これまで徐脈性不整脈の診断は、
眩暈や失神などの症状が見られた時に、
1日心電図などを施行することが殆どでしたが、
近年簡単に1日の脈拍数を計測することが、
ウェアラブル端末などでも可能となったので、
今後そうした情報から、
無症状の徐脈性不整脈が、
診断されるケースが増えることが想定されます。

しかし、無症状で見つかる徐脈性不整脈には、
どの程度の危険性があるのでしょうか?

今回の研究はデンマークにおいて、
発作性心房細動の検出目的で、
皮下に埋め込み型の、
脈拍を持続的に検出するレコーダーを使用した、
臨床試験の被験者データを二次活用することにより、
一般の高齢者における徐脈性不整脈の頻度と、
その予後との関連を検証しています。

対象は高血圧や糖尿病など不整脈のリスクのある、
70歳以上の6004名で、
そのうちの4503名がコントロール群、
1501名がレコーダー埋め込み群です。
観察期間の中間値は65か月という長期間の臨床研究です。

その結果、
徐脈性不整脈はコントロール群では3.8%に当たる172名で診断されたのに対して、
レコーダー埋め込み群では20.8%に当たる312名で診断されました。
このうち無症状であったのは、
コントロール群の23.8%、レコーダー埋め込み群の79.8%でした。

心臓ペースメーカーは、
コントロール群の132名と、
レコーダー埋め込み群の67名に施行されました。
レコーダーの埋め込みにより、
心臓ペースメーカー治療施行のリスクは、
1.53倍(95%CI:1.14から2.06)高くなったと計算されます。

そして、観察期間中の心臓突然死は
コントロール群の1.1%、レコーダー埋め込み群の1.2%に認められ、
そのリスクには両群で差はありませんでした。

このように、
生活習慣病などを持つ70歳以上の年齢層では、
およそ2割で徐脈性不整脈が発症しています。
ただ、その多くは無症状で、
心臓突然死などに結び付く事例はそのうちの極少数です。
仮に毎日全ての脈拍をモニターして、
不整脈を検出して治療を行っても、
心臓突然死を予防することは困難です。
現状施行されている心臓ペースメーカーの埋め込みは、
結果的には不必要に行われている可能性があり、
今後の検証が必要と考えられます。

脈拍を持続的にモニターして診断と治療を行えば、
不整脈による死亡はなくなるように、
イメージとしては思いますが、
現実はそれほど簡単なものではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ベラパミルの1型糖尿病進行予防効果(2023年介入試験結果) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ベラパミルの糖尿病進行予防効果.jpg
2023年2月24日ウェブ掲載された、
1型糖尿病の進行予防に、
抗不整脈剤として使用されるカルシウム拮抗薬が、
有効なのではないかという、
臨床試験の結果をまとめた論文です。

1型糖尿病というのは、
主に小児期に発症して、
早期にインスリン分泌が高度に低下し、
インスリンの注射が、
治療にはほぼ必須となるタイプの糖尿病ですが、
その原因は膵臓の細胞に起こる自己免疫的機序による炎症が、
強く関与していると考えられています。

これまでにインスリン以外の多くの薬剤が、
1型糖尿病の進行予防のために使用されていますが、
現状満足のゆく進行予防効果が得られた薬剤はありません。

ところが、2012年にアメリカの研究グループが、
カルシウム拮抗薬のベラパミル(商品名ワソランなど)に、
動物実験のレベルで1型糖尿病による膵臓のβ細胞の壊死を、
予防する作用があることを発表しました。

ベラパミルというのは狭心症や頻脈性不整脈の治療薬で、
今では主に脈拍のコントロールに使用されている薬です。

研究によれば、
ベラパミルには細胞壊死を誘導する蛋白質である、
チオレドキシン相互作用蛋白質(TXNIP)の阻害作用があり、
これにより膵臓のβ細胞の壊死を、
食い止めているのではないかと推測されました。

その後2018年のNature Medicine誌に、
1型糖尿病の早期の患者さんに対して、
ベラパミルを使用した1年間の臨床試験結果が発表されました。

対象者は25名と少ないのですが、
偽薬を使用した厳密な方法による試験で、
一定の有効性が確認されたとする内容でした。

今回の臨床試験はアメリカにおいて、
7歳から17歳の年齢で新規に診断された1型糖尿病の患者、
トータル88名をくじ引きで2つの群に分けると、
一方は通常の糖尿病の治療に加えてベラパミルを上乗せし、
もう一方は偽薬を使用して、
その経過を52週(1年)に渡り観察しています。

その結果、
食事負荷で計測した、
内因性インスリン分泌の指標であるCペプチドの分泌量は、
偽薬群と比較してベラパミル群で30%の増加が認められました。
また1年の経過において、
偽薬群のCペプチドの分泌量は低下していましたが、
ベラパミル群では低下は認められませんでした。

このように、
2018年発表のデータと同様の結果が、
今回のより例数の多い試験においても得られていて、
ベラパミルの使用に一定の1型糖尿病進行予防効果のあることは、
より確実性のある知見になったと言えそうです。

ベラパミルは安全性の確立した薬なので、
今後その1型糖尿病への使用は、
本格的に検討されることになりそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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前立腺癌の治療法毎の長期予後 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
前立腺癌の長期予後.jpg
the New England Journal of Medicine誌に、
2023年3月11日ウェブ掲載された、
前立腺癌の長期予後についての論文です。

前立腺癌は高齢男性に多く、
予後の良い癌として知られています。

PSAという血液検査でスクリーニングすることにより、
初期の前立腺癌が発見される機会が増加しましたが、
その一方で局所に留まる前立腺癌は、
その生命予後は非常に良く、
特に高齢者に多い癌と言うこともあって、
前立腺癌が存在したとしても、
結果としてそのために死亡する人は、
極少数に留まるということが次第に分かって来ました。

そのため、PSA検査で前立腺癌が疑われる数値であっても、
すぐに積極的な生検などの検査は行わず、
定期的に健康観察とPSAチェックを施行して、
経過をみるという選択肢も合理性を持つようになりました。

イギリスにおいて、1999年から2009年に掛けて、
50から69歳の男性82429名にPSAを測定し、
その後の経過を観察するという、
大規模な前立腺癌についての臨床試験が施行されました。

当時の一般的な方針として、
基準値を上回ったほぼ全例に、
肛門から針をさせて組織を採取する、
前立腺生検が施行され、
その結果3.2%に当たる2664名に病変が前立腺組織内に留まる、
局所の前立腺癌が見つかりました。

臨床試験においては、
そこで患者さんをくじ引きで3つの群に分けます。
最初の群はすぐに治療は施行せず、
PSAを最初の1年は3か月毎、それ以降は半年から1年毎に測定して、
その数値が50%以上増加するか、
それ以外の臨床所見から癌の進行が疑われる時のみ、
治療を検討するという、
積極的監視療法(active monitoring)で、
2番目の群は前立腺を摘出手術する手術治療群、
この場合癌の周辺への浸潤が否定出来ないケースでは、
放射線療法が併用されています。
最後の群は放射線治療を行う放射線治療群で、
3から6か月の男性ホルモンを低下させるホルモン療法が併用されています。

治療群への振り分けは1643名が対象となり、
545名が積極的監視群、553名が手術群、545名が放射線治療群です。

今回のデータはその治療後15年という、
長期予後を検証したものです。

対象患者のうち98%に当たる1610名が最終的に解析されています。
患者の21.7%が15年の間に死亡していますが、
前立腺癌による死亡は2.7%でした。
群毎の前立腺癌による死亡率は、
積極的監視群で3.1%、手術群で2.2%、放射線治療群で2.9%でした。
病変の進行が認められたのは、
積極的監視群で25.9%、手術群で10.5%、放射線治療群で11.0%でした。

このように、
局所の前立腺が診断されても、
適切な経過観察や治療を行えば、
その癌によって亡くなる人は15年で3%未満です。
治療を行った方が確かに癌の進行は抑えられますが、
治療をせず観察のみを行っても、
適切に医療介入が可能な環境を維持すれば、
3分の2の患者さんは何もなく天寿を全うする可能性が高いのです。

この試験が施行された時点と比較すると、
MRI検査などによるリスクの高い事例の絞り込みにより、
不要な生検は減少していると想定されます。
イギリスでは現状PSA検診は事例を絞って施行し、
疑い事例においてはMRI検査による絞り込みが、
積極的に行われているようです。

日本では検査を希望される人が多いという環境もあって、
PSA検査を施行する対象の絞り込みや、
適切なリスクについての説明、
二次検査におけるMRI検査の施行などは、
まだ乖離があるように思いますし、
ガイドラインには記載はされていても、
二次検査については専門医の判断に委ねられている部分が大きく、
医療機関によっても対応には差があるようです。

今後より科学的データを元にしてガイドラインが整備され、
適切に検査や治療、観察が施行されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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岡田利規「掃除機」(KAATプロデュース 本谷有希子演出) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
掃除機 ちらし.jpg
チェルフィッシュの岡田利規さんがドイツで上演した戯曲を、
本谷有希子さんが演出して日本語版として上演しています。
そのKAATの公演に足を運びました。

80代の男性の父親と、
50代の引きこもりの娘と40代の無職の息子の3人が、
互いに干渉することなく同居する家を舞台に、
擬人化された掃除機が語り手を務め、
音響を担当するラッパーの環ROY(たまきろい)さんが、
もう1人の狂言回しを演じるという作品で、
今の日本のある種典型的な状況を、
複雑な演劇的仕掛けで描いています。

舞台は3方に大きく上方に盛り上がった床面で構成され、
同じ家の中のそれぞれ別の部屋が、
抽象的に表現されています。
床面が強調されているのは、
語り手が掃除機で、
常に床に視点を持っているからなのです。
80代の男性は3人の役者の3人1役で表現されていて、
細胞分裂のようなコミカルな不気味さがありますし、
音響担当の環さんは、
途中で40代の息子の友達として舞台に介入し、
その圧倒的存在感で舞台を支配すると、
最後にはその家を乗っ取ってしまいます。

非常に刺激的な舞台で、
岡田さんの作品としては、
比較的分かり易く、観易い部類ではあると思います。

環ROYさんが身体を揺らしながらリズミカルに独白する辺りは、
チェルフィッシュのスタイルなのですが、
他のキャストはもう少し「重い」芝居をしていて、
至近距離で絶叫したりするのは本谷さんのスタイルだと思います。

その辺りはちょっと微妙なバランスで、
バラバラな芝居をしていること自体が、
作品の内容と合致しているところもあるので、
意図的ではあるのだろうなあ、と思う一方で、
台詞劇として観ていると、
やや居心地の悪さを感じるところもあります。

印象的だったのは、
個々の「痛み」だけが、
分断された個人を結び付けているという指摘で、
それが今の家族内の犯罪に繋がっている可能性を考えると、
暗澹たる思いもあるのですが、
心に刺さる指摘ではありました。

正直岡田さんのお芝居には、
馴染めない部分が多いのですが、
現代を代表する劇作家の1人であることは確かで、
食わず嫌いはせずに、
時々は舞台に足を運ぼうと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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