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「怪物」(是枝裕和監督新作 ネタバレ注意) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
怪物.jpg
坂元裕二さんが脚本を執筆した、
是枝裕和監督の新作が、
今ロードショー公開されています。

これはかなり良かったですよ。

如何にも坂元さんという捻った台本に、
是枝さんはいつもよりやや個人技を抑えた演出で、
寄り添うように1本の作品を仕上げています。
特に前半から中段の迫力と緊張感には痺れました。
いつもながら子役の演技が抜群で、
安藤サクラさん、田中裕子さん、永山瑛太の演技も秀逸です。
ただ、トータルには後半がちょっとくどいな、と感じて、
ラストもいつもの是枝さんの、
時空をなで斬りにして終わるような感じではなかったので、
やや物足りなく感じる部分もありました。

それでも是枝監督のミステリータッチの作品としては、
最も優れた1本だと思うので、
どうか予備知識なく鑑賞されるのが吉と思います。

以下内容に少し触れた感想となりますので、
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読み下さい。

よろしいでしょうか?

それでは続けます。

この作品は2人の小学5年生の男子に起こった出来事を、
1人の子供の母親、担任の教師、2人の少年(必ずしも単一視点ではない)の、
3つの視点から描いた作品です。
こう書くと、
すぐ「羅生門」がイメージされますし、
是枝監督自身そうした言い方もしていますが、
「羅生門」のように多視点で、
事実と思っていたものが変容する、
というような作劇ではなく、
事実は3つのパートにおいて、
それぞれ変わりなく描写されるのですが、
その視点によって見えない部分があって、
そのために別々の解釈を事実に加えてしまう、
という趣向になっています。

解釈するのは各パートの主人公であると同時に、
映画を観ている観客でもある訳で、
観客が「誰が怪物なのか?」という命題の解釈を、
何度も試されるという作品になっています。

時系列は非常に複雑で、
各パートにはクレジットも出ないのですが、
各パートの初めが全て舞台の町の駅前で起こった、
同じビルの火災に設定されているので、
火事が映ることによって時間が巻き戻されたことが分かる、
という技巧が非常にクレヴァーです。

最初のパートは安藤サクラさんがメインで、
シングルマザーの彼女が、
1人息子の異変に気付き、
それが瑛太さん演じる担任教師のいじめによるものだと考え、
学校を追求するという話になっていて、
2番目のパートになると、
今度は教師の瑛太さんの視点から、
同じ2人の少年に起こったことが語られます。

この辺りの反転の仕方は、
さすが坂元マジックと言って良い巧みさで、
もっと仰々しく善悪を反転したくなるところを、
そうはしていないのですね。
母親もちょっと自分勝手で直情的な人物ですし、
教師も本の誤植を見つけて投稿することが趣味という、
風変りで非社交的で、
あまり教師には向いていなそうな人物なんですね。
キャラクターの魅力が善悪を規定していないので、
価値観の反転がより深みをもって、
よりリアルに感じられるのです。
同じ場面をそのままに再現しながら、
違うものとして見せてゆく、
是枝監督の演出技巧がまた鮮やかです。

そして、3番目のパートで事実が明らかになるのですが、
そこに仲介役のように登場するのが、
田中裕子さん演じる校長先生で、
彼女の存在の粘着的な不気味さは、
この映画の白眉であるように思います。
坂元さんが偏執狂的に描いた、この複雑な人物を、
リアルに寄せ過ぎずに、
それでいて絵空事ではなく演じた、
田中さんの演技も秀逸でした。

ただ、事実が明らかになった後で、
結構長い尺を使って、
2人の少年の交流が描かれるのですね。
もう「スタンド・バイ・ミー」みたいに描かれるのですね。
そこが正直少しくどく感じてしまいました。

2人の少年の交流と、
それが周囲の大人に理解されず、
2人での逃避行に至る、というお話ですから、
これはもうそのまま1本のドラマですよね。
それはそれで良いと思うのですが、
この映画はその前に多視点のミステリーが乗っかっているので、
それでまたドラマ1本分同じことをするというのは、
ちょっとやり過ぎじゃないか、という気がするのですね。
このしつこさは、
坂元ドラマの1つの特質でもあると思いますが、
是枝演出をもってしても、
そのバランスの悪さは払拭できなかった、
という気がします。

総じて意欲作ですし、
是枝監督も随所に今までにないような絵を入れるなど、
演出も意欲的で見ごたえがありました。
坂元さんとのコラボにより、
是枝作品の新しい魅力が垣間見えたことも新鮮でした。
ただ、他の是枝作品と比較して、
ややまとまりを欠いていた点は否めませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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