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甲状腺機能亢進症の生命予後について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺機能亢進症の死亡リスク.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab.誌に掲載された、
甲状腺機能亢進症の生命予後についての論文です。

甲状腺機能が亢進していても低下していても、
いずれも健康に少なからずの影響を与えることは間違いがありません。

ただ、その影響の大きさについては、
研究データによってもかなりの差があり一定はしていません。

甲状腺機能亢進症については、
甲状腺ホルモンは正常で甲状腺刺激ホルモン(TSH)だけが低下している、
所謂潜在性甲状腺機能亢進症においても、
心血管疾患のリスクや死亡リスクを増加させる、
という報告が認められます。

しかし、一方で潜在性機能亢進症ではそうして影響はない、
という報告もあります。
また、甲状腺機能亢進症(主にバセドウ病)を治療した場合と、
治療をしない場合とで、
その予後に差があるのかどうかについても、
あまりはっきりしたデータはありません。

今回の研究はデンマークの医療データを活用したもので、
一度以上TSHの測定を行っている235547名の医療情報を、
中央値で7.3年間観察し、
甲状腺機能と死亡リスクとの関連を、
治療の有無を分けて検証しているものです。

TSHの正常値は0.3から4.0mIU/Lに設定されていて、
TSHが0.3未満で甲状腺ホルモンは正常である場合が、
潜在性甲状腺機能亢進症、
甲状腺ホルモンも上昇している場合が、
顕在性甲状腺機能亢進症です。

235547名のうち2793名がTSH0.3未満で、
甲状腺機能亢進症の可能性があり、
そのうちの59.3%に当たる1656名は、
機能亢進症の治療を受けています。
分類可能な事例としては、
1909名が顕在性甲状腺機能亢進症で、
498名が潜在性甲状腺機能亢進症でした。
残りの事例はTSHのみしか測定されていないので、
分類は不能となっています。

さて、合併する病気や年齢性別などを補正した結果として、
未治療の甲状腺機能亢進症の患者さんは、
甲状腺機能が正常なコントロールと比較して、
観察期間中の死亡リスクが1.24倍(95%CI;1.12から1.37)
有意に増加していました。
(これは本文では1.24倍となっていますが、
アブストラクトでは1.23倍と誤植になっています。
このレベルの雑誌だとそんな感じですね)

しかし、治療されている甲状腺機能亢進症の患者さんについては、
その死亡リスクはコントロールと差がありませんでした。
この甲状腺機能亢進症の死亡リスクの増加は、
TSHの値が低い期間と相関を示していて、
TSHが正常下限より抑制された状態が半年間ある毎に、
未治療の甲状腺機能亢進症では1.11倍(95%CI;1.09から1.13)、
治療中の機能亢進症でも1.13倍(95%CI;1.11から1.15)、
死亡リスクがそれぞれ有意に増加していました。

要するに治療と未治療には関わらず、
甲状腺機能が亢進していると、
それが死亡リスクの増加に繋がる、
と言う結果です。
従って、方法はどうあれ、
TSHが0.3未満となる期間を、
なるべく短くすることが生命予後の改善のためには必要だ、
ということになります。

ただ、そうは言ってもこのリスクの増加は、
トータルに考えると非常に軽微なもので、
おそらくは心疾患があったり、
骨量が減少していたり、
患者さんの背景が大きく影響しているのでは、
と個人的には思います。

要するに、全ての人で甲状腺機能の軽度が異常が、
生命予後に関わるような影響を与えるとは考えにくく、
今後はどのような状態の患者さんが、
その影響を大きく受けるのか、
その検証が最も必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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ベンゾジアゼピン使用の死亡リスク(2017年の新知見) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ベンゾジアゼピンの死亡リスク.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
ベンゾジアゼピンの死亡リスクについての論文です。

端的に言うと、
死亡リスクということに関しては、
これまで言われていたより低そうだ、
という結果になっています。

ベンゾジアゼピンは、
商品名では抗不安薬のセルシン、
デパス、ソラナックス、ワイパックス、レキソタン、
睡眠導入剤の、
ハルシオン、レンドルミン、サイレース、
ユーロジンなどがこれに当たり、
その即効性と確実な効果から、
非常に幅広く使用されている薬剤です。

その効果はGABAという、
鎮静系の神経伝達物質の受容体に似た、
ベンゾジアゼピンの受容体に、
薬剤が結合することによってもたらされ、
不安障害の症状を軽減する作用と、
眠りに入るまでの時間を短縮する作用については、
精度の高い臨床試験により、
その効果が確認されています。

その発売以前に、
同様の目的に使用されていた薬剤と比較すると、
ベンゾジアゼピンは副作用も少なく、
使い易い薬であったため、
またたく間に世界中に広がりました。

特にストレスの強い先進国において、
ベンゾジアゼピンの使用頻度は高まりました。

ところが…

ベンゾジアゼピンの問題点が、
近年クローズアップされるようになりました。

このタイプの薬には常用性と依存性があり、
特に長く使用していると止めることが困難で、
次第にその使用量は増えがちになりますし、
急に薬を中断すると、
強い離脱症状が起こることがあります。

一方でこの薬の持つ鎮静作用は、
高齢者においては、
認知機能や運動機能の低下をもたらし、
認知症のリスクを高めたり、
生命予後を悪化させたり、
特に転倒や骨折のリスクを増加させる、
という複数の疫学データが存在しています。

ただ、ベンゾジアゼピンが成人(特に高齢者)の生命予後を悪化させる、
という知見に関しては、
大体が寄せ集めのデータで、
患者さんの個々の状態が把握されているようなものではありません。
メカニズムも不明です。
確かにベンゾジアゼピンの常用で、
ふらつきや転倒は増えそうですが、
それが本当にその患者さんにとって、
生命予後の悪化に結び付いているかどうかは、
あまり厳密には検証されていませんでした。

そこで今回の研究では、
アメリカの大規模な医療保険のデータベースを活用して、
ベンゾジアゼピンの処方を開始した18歳以上の患者さんのデータを、
同時期に医療機関を受診したベンゾジアゼピン未使用の患者さんと、
300以上の臨床的な項目を一致させて、1対1で比較し、
その生命予後を比較検証しています。
医療機関を受診中の患者さんとそうでない人では、
条件がかなり違ってしまうので、
ベンゾジアゼピンの使用群も非使用群も、
1つ以上の別個の薬も飲んでいる患者さんに限定されています。

ベンゾジアゼピンを開始した患者さんの総数は、
1252988名ですから、
これまでにない大規模な研究と言って良いと思います。

その結果…

使用開始後半年を超える観察期間において、
ベンゾジアゼピン使用群で5061名、
非使用群で4691名の死亡が認められ、
その頻度はベンゾジアゼピン使用群で年間1000人当たり9.3件に対して、
非使用群では9.4件で、
両群に有意な差は認められませんでした。
ただ、観察期間が12か月では4%(95%CI;1から8)、
48か月では9%(95%CI;2から7)の死亡リスクの増加が、
ベンゾジアゼピン使用群では認められました。
また年齢を65歳以上と65歳未満で分けると、
65歳以上ではベンゾジアゼピン使用群で、
むしろ死亡リスクは低下していたのに対して、
65歳未満では9%(95%CI;2から15)のリスク増加を認めていました。
使用したベンゾジアゼピンを、
短期作用型(半減期が24時間未満)と、
長期作用型(半減期が24時間以上)とに分けて比較すると、
短期作用型では死亡リスクが6%(95%CI;2から10)増加したのに対して、
長期作用型ではリスクは40%(45から35)むしろ低下していました。

また、抗うつ剤のSSRIを、
ベンゾジアゼピンの代替薬として比較すると、
ベンゾジアゼピンはSSRIと比較して、
死亡リスクが9%(95%CI;3 から16)有意に増加していました。

つまり、ベンゾジアゼピンを継続的に使用することで、
未使用と比較して死亡リスクはやや増加する可能性はあるのですが、
トータルに見て有意差が出るほどではなく、
これまでの主にメタ解析などによる結果は、
ややそのリスクを過剰に見ていた可能性が高いように思われます。

ただ、不安障害への使用であれば、
SSRIの方が安全性が高いことはほぼ間違いがなく、
また従来から言われていたように、
短期作用型のベンゾジアゼピンより、
長期作用型の方が、
生命予後の面での安全性は高いようです。
年齢に関してはやや意外な結果ですが、
おそらく高齢者でのベンゾジアゼピンの悪影響とされていたものの中には、
多分にそれ以外の要因による高齢者の健康上のリスクが、
関係している可能性が高いのではないかと推測されます。

勿論これをもってベンゾジアゼピンが安全、
というようには言えないのですが、
長期作用型を使用して、
なるべく短期間の使用に留めるのであれば、
生命予後に関しての悪影響については、
それほど高いものではないと、
そう考えても良いようには思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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歌舞伎座七月大歌舞伎(2017年夜の部) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
ただ、無念なことにレセプトがまだ完成していないので、
仕方なく作業に出掛ける予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
7 月大歌舞伎.jpg
海老蔵の親子宙乗りが話題の、
歌舞伎座の今月の夜の部に足を運びました。

歌舞伎については最近は海老蔵以外はあまり観る気になれなくて、
今年は1月の演舞場、3月の歌舞伎座、
そして六本木歌舞伎の「座頭市」、
先月のABKAIと足を運んでいます。

ABKAIは行ったのが奥さんが亡くなった翌日で、
胸が詰まるような感じもありましたが
(遅ればせながらお悔やみ申し上げます)、
作品的にはあまり出来の良い舞台ではなく、
「座頭市」も感心はしませんでした。

今回の夜の部は古典を現代の味付けも加えて復活させた、
かつては先代猿之助が得意とした復活狂言で、
こうしたものは薄味になりがちで、
如何なものかなあ、と思ったのですが、
意外にも今年の海老蔵の芝居の中では、
最も楽しめた作品でした。

外題は「駄右衛門花御所異聞(だえもんはなのごしょいぶん)」で、
白波五人男で有名な日本駄右衛門が、
石川五右衛門を思わせる大悪党として登場し、
お家騒動に絡んで天下を狙う物語を縦筋に、
歌舞伎で定番の遊び人で傾城と逃げる城主の弟であるとか、
3千両という大金を使い込んで浪々の身となった家老の弟などが絡み合います。

かつての先代猿之助歌舞伎と同じように、
そこに有名な歌舞伎作品の趣向を、
これでもかと放り込むのですが、
今回は狐の宙乗りは、
もう歌舞伎もどきショーとして割り切って、
マイクや映像なども使って、
現代的なショーにしてしまい、
それ以外の部分については、
なるべく古典劇の雰囲気を活かして構成されています。

領主の弟役の巳之助と傾城の新悟が道行の舞踊を見せ、
オープニングでは海老蔵が善悪の2人を演じ分けての早変わりの殺陣があり、
その後は時代物の趣向で、
領主の切腹へのカウントダウンに忠臣蔵の四段目的趣向があり、
「新薄雪物語」めいた仮腹(衣装をはだけると実はもう腹を切っている)もあり、
堂々たる日本駄右衛門の見現しがあります。
2幕目は世話物になり、
やや複雑すぎる感じもしますが、
駄右衛門配下のお才役の児太郎の裏切り劇に、
後半は伊勢音頭のような殺し場まで用意されています。
ラストは金閣寺の屋台崩しまであって、
怨霊と化した中車との対決まで繰り広げられます。

なかなかバランスの取れた台本で、
かなり苦労があったと推察します。
笑三郎辺りはちょっと気の毒ですが、
それ以外のキャストはそれぞれ見せ場があって、
充実した競演をまずは楽しむことが出来ます。

駄右衛門はゾンビの軍団を配下に従えている、
という趣向なのですが、
この死人の群れというのが意外に歌舞伎的で、
何でも突っ込んだごった煮のような豊穣な奇怪さは、
江戸末期の歌舞伎劇の雰囲気を、
濃厚に感じさせて趣きがありました。

眼目の海老蔵は悪の首領とそれを追い詰める若武者を、
1人で演じるという趣向がとても歌舞伎的で楽しく、
こうしたものを観ると、
六本木歌舞伎やABKAIが、
どうして詰まらなかったのかが分かりました。
どちらも海老蔵はスーパーマンの善玉のみを演じていたので、
当たり前のお芝居にしか感じられず、
歌舞伎味がまるでなかったのです。

矢張り歌舞伎劇の座頭役者は、
善悪両方を演じてこそ、
その魅力が花開くのだと思いました。

今回も高僧に姿を変えた駄右衛門が、
不敵な笑いと共に本性を現し、
睨みと大見えを切るところなどは、
当代随一の千両役者の風格がありました。

すっかり海老蔵組となった感じもある中車ですが、
数年前と比べると、
大分歌舞伎口調も動きも板について来ていました。
まだ物足りない部分は多いのですが、
このくらいやってくれれば及第点ではないでしょうか。
その存在の大きさは血筋を感じます。

そんな訳で意外に楽しめた歌舞伎劇でした。

これからも海老蔵と中車は可能な限り追いかけたいと思います。
後は玉三郎や吉右衛門はもっと良い時に充分に観ましたし、
当代猿之助はもう何をしないのかしたくないのか良く分からないし、
勘九郎や染五郎のナルシスティックな芝居は胃にもたれてつらいので、
今のところは他の歌舞伎はいいかな、
というのが正直なところです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

ゴキブリコンビナート「法悦肉按摩」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が診療を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ゴキブリコンビナート.jpg
日本に現存するおそらく最後のアングラ、
ゴキブリコンビナートの本公演に行って来ました。

今回は東京都小金井市某所の野原に、
密閉型のテント劇場を建設し、
そこでの3日間のみの公演となりました。

場所は秘密で予約をするとメールで届くのですが、
それを見て行っても、
何処にあるのかなかなか分かりません。
当日券の人はもよりの駅で集合し、
トラックの荷台に詰め込まれて、
拉致されるように会場まで運ばれます。
とてもワクワクしますね。

設営はプロなのでさすがのクオリティです。

最初に目隠しや黒い袋を1人ずつ被せられ、
狭い空間に何も見えない状態で詰め込まれます。
何が始まるのかと思うと、
盲目の按摩を勉強中のサクラさんという少女が、
先輩で按摩の名人のヒロシ君を、
探して旅をするという自己紹介のような歌が、
闇の中で流れます。

このDr.エクアドルさん自作の歌が、
シンプルで哀愁を帯びていて、
怪しげでとても良い感じです。
これぞアングラ歌謡という、
知っている人にはたまらなくなるような、
切なく狂おしく怪しい気分になるのです。

サクラさんはヒロシ君を探して、
満員電車に乗るという話が歌で説明され、
要するに視覚を閉じられたサクラさんと同じ立場で、
同じ感触で満員電車の中に、
観客の1人1人が閉じ込められる、
ということになる訳です。

そこに狂暴な痴漢が現れて車内は恐慌状態になり…
という段取りが今回の作品では、
最も強烈で面白く、
悪魔的で得難い体験となりました。

目隠しが取られて視界が復活してからの展開は、
観客が高台と低地に分かれるなど工夫はあるのですが、
観客の1人1人が巻き込まれるという感じには乏しく、
僕はチキンなので遠巻きに観ていたら、
何となく傍観者的な気分で終わってしまいました。

内容的にもドラム缶の作業員の辺りまでは良いのですが、
その後主人公が田舎に戻る展開になると、
「物語を見ている」という感じが強くなって、
オープニングの「異常な世界を体感している」
という感じが乏しいのが物足りなく感じました。

内容的にはもっと短時間のイベントの舞台でも披露している、
アングラ・ミュージカルと言うような性質のもので、
猥雑でお下品でシュールで切なく、
奇怪で愛おしくもなるような物語が展開されます。

それはそれで面白いのですが、
時間がイベントより長い分単調になりますし、
長い割には盛り上がりに欠けるように感じました。
ラストも確かに物語としては完結しているのですが、
野外劇でこれだけ手を掛けたセットを用意しているのですから、
もう少しスケールの大きな屋台崩しのようなものが、
あっても良かったのではないかと思いました。
ただ、ゲリラ的な公演でもあったようなので、
ラストに外を使ったりすることは、
現実的に難しかったのかも知れません。

総じて後半は、
集団で誰かを襲うような光景を、
観客が周辺や上から取り囲んで見ている、
というような雰囲気の場面が多く、
観客がそこに巻き込まれたり、
物語の一部になるような感じはありませんでした。

いつもそうであれば、
そうしたものとして観られたのですが、
前回公演は観客自身が主役として物語が展開されるような、
迷路の密室劇でしたし、
今回も最初は観客が盲目の主人公と一体化する、
という参加型の始まりだったので、
どうしてもその後もそうした世界を期待してしまったのです。

特に宣伝のチラシの裏にも、
「もうこれは視覚表現ではない まるで触れてくるような 皮下に侵入してくるような 脳幹を中の肉をまさぐられるような演劇(原文通り)」
という挑発的なことが書かれているので、
余計にそうした世界を期待してしまったのだと思います。

つまり、オープニングがあまりにアングラ演劇として、
挑発的で完璧なものだったので、
その方向の展開を期待してしまったのです。
しかし、それはこちらの早合点で、
Dr.エクアドルさんの今回の作品は、
そうした方向性のものとは違っていたのだと思います。

役者さんは今回は女優陣がとても良くて、
浣腸痴漢に襲われて狂った少女が、
狂おしく身体をくねらせる感じなど、
舞踏の原風景のようなものを感じさせて味わいがありますし、
はたゆきさんやホリー・ポッターさんの声がまた、
特に闇の中で哀愁を帯びて心に沁みるのです。
地下アイドルとして鍛えられているからかも知れません。
Dr.エクアドルさんは、
歌わない方が良いと思いました。
(失礼を申し訳ありません)
男優陣で1人くらい、
歌の上手い人がいると良いと思いました。
アングラ歌謡の不気味にハモるデュエットなど、
エクアドルさん作曲の歌で、
是非聴きたいと思います。

ちょっと批判的な論調になってしまい大変申し訳ありません。
ゴキコンを愛するが故とご理解下さい。
どんな作品でもついてゆく気持ちではあるのですが、
敢えて好みを言えば、
物語と観客との境界線が、
闇や夢の中で溶けてしまうような世界を期待したいのです。
それが出来るのは今ゴキコンしかいないと思うからです。

今回は期待が大き過ぎただけに、
少し物足りない感じはあったのですが、
小劇場演劇においては至宝と言って良い存在であることは間違いなく、
これからも是非観客を楽しませ、狂わせ、
戸惑わせ、呆然とさせた上で、
覚醒させ続けて欲しいと思います。

頑張って下さい。
陰ながら応援しています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

アジスロマイシンの気管支喘息予後改善効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アジスロマイシンの喘息への効果.jpg
今月のLancet誌にウェブ掲載された、
抗生物質を長期継続使用することによる、
気管支喘息の予後改善効果を検証した論文です。

気管支喘息の予後に大きな影響を与えるのは、
急性増悪と呼ばれる、
気道の感染などをきっかけとした、
呼吸状態の急激な悪化です。

気管支喘息の治療の第一選択は吸入ステロイドで、
充分量の吸入ステロイドで気道のアレルギー性の炎症を抑えても、
発作のコントロールが不安定である場合には、
長時間作用型の気管支拡張剤が併用されます。

しかし、そうした治療を継続していても、
急性増悪や重症の発作を繰り返すような患者さんが、
実際には少なからず存在しています。

つまり、そうしたコントロールに問題のある患者さんに対しては、
吸入ステロイドや気管支拡張債による治療だけでは、
不充分であるのです。

それではどうすれば良いのでしょうか?

急性増悪の引き金となっているのは、
細菌やウイルスなどによる気道の感染である、
という考え方があります。

とすると、
感染のコントロールに有効な薬剤を、
上乗せで使用することで、
急性増悪が予防される可能性が示唆されます。

慢性の気道感染のコントロールにおいて、
マクロライド系と呼ばれる種類の抗生物質の有効性が、
以前から研究対象となっています。

これはそもそも、
日本において一般の臨床医が、
びまん性汎細気管支炎という気道の慢性の感染が持続する病気に対して、
エリスロマイシンというマクロライド系の抗生物質を、
少量で長期継続することにより、
病状をコントロールすることが可能となった、
という知見が元になっています。

その後日本においては、
慢性の鼻炎や副鼻腔炎に対して、
マクロライドの少量長期使用が流行し、
その一方で欧米においては、
気管支喘息やCOPDの急性増悪の予防のために、
マクロライドの長期使用(必ずしも少量ではない)が、
流行するようになりました。

こうしたマクロライドの長期使用は、
抗菌作用を期待するものではなく、
その免疫調整作用や抗炎症作用、
抗ウイルス作用などが相まって、
その効果を現すのだと考えられています。

それでは気管支喘息の急性増悪に対する、
通常治療へのマクロライドの上乗せ効果は、
どの程度のものなのでしょうか?
また、抗生物質を長期使用することで、
何か健康上の問題は起こらないのでしょうか?

その点について最近幾つかのメタ解析や、
システマティック・レビューという、
これまでの臨床データをまとめて評価するような試みが行われていて、
その結論としては、
喘息の症状をマクロライドが改善する効果は認められたものの、
急性増悪の予防効果などについては、
明確な結果が得られませんでした。

これは効果がないという意味ではなく、
これまでの臨床データは、
そうした点に白黒を付けるほど充分なものではない、
とうことを意味しています。

そこで今回の臨床試験においては、
オーストラリアの複数の専門施設において、
18歳以上の気管支喘息の患者さんで、
充分量の吸入ステロイドと長期作用型の気管支拡張剤を使用していても、
喘息症状が不安定で急性増悪の既往のある、
トータル420名の患者さんを、
本人にも主治医にも分からないようにクジ引きで2つの群に分け、
一方はマクロライド系の抗生物質で、
長期作用型のアジスロマイシン(商品名ジスロマックなど)を、
週に3回500mg使用することを48週間継続し、
もう一方は偽薬を使用して、
その間の急性増悪の有無などを比較検証しています。

副作用のリスクに配慮して、
心電図にQT延長という所見のある人や、
張力低下のある人は除外されています。

その結果…

喘息の急性増悪は、
アジスロマイシン群では年間1.07件であったのに対して、
偽薬群では年間1.86件で、
アジスロマイシンは喘息の急性増悪のリスクを、
41%有意に抑制していました。
(95%CI; 0.47から0.74)

観察期間中に1回でも急性増悪を起こした患者さんの比率は、
アジスロマイシン群で44%であったのに対して、
偽薬群では61%で、
これも明確にアジスロマイシン群で少ない、
という結果になっていて、
喘息に関する生活への影響をトータルに見ても、
明らかにアジスロマイシン群が良いという結果になっていました。

アジスロマイシンの有害事象では、
下痢が34%と最も多く認められました。
抗生物質の長期使用で危惧されるのは耐性菌の増加ですが、
この点については、
耐性菌自体は増えているものの、
それが臨床的な感染の増加などには繋がっていませんでした。

ただ、この点については、
今回のデータのみでは、
確実に問題がないとは言えないと記載されています。

このように、
今回の偽薬を使用した厳密な検証において、
アジスロマイシンの長期使用が、
気管支喘息の急性増悪を予防する効果が確認されました。

現状こうした処方は日本では認められていませんが、
今後マクロライドの喘息やCOPDの患者さんに対する長期使用は、
日本でも議論になるように思います。
これは勿論無害な治療ではないので、
どのような条件の患者さんに対して、
治療の適応を検討するのかを、
今後より詰める必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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高齢者のアスピリン使用における出血リスクとその予防 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アスピリンの高齢者使用の出血リスク.jpg
先月のLancet誌にウェブ掲載された、
高齢者の抗血小板剤(アスピリンが主)使用の出血リスクについての論文です。

低用量のアスピリンなどの抗血小板剤は、
一般には「血液をサラサラにする薬」などと呼ばれていて、
脳卒中や心筋梗塞などの予防のために、
広く使用をされている薬剤です。
血管などについた小さな傷などを治すための、
糊のような働きをする血小板の働きを弱めることにより、
小さな血栓に伴う血管の閉塞を予防するのが、
その主な作用です。

こうした薬剤は小さな傷の出血を長引かせる訳ですから、
当然有害事象として出血のリスクは増加します。

その場合に大きな問題となるのは、
胃潰瘍などの消化管出血と脳出血です。

従って、脳梗塞や心筋梗塞の予防のためにアスピリンを使用する時、
その適応は病気の予防効果と、
起こりうる出血系の合併症の危険性とを、
天秤に掛けて判断する必要がある、
ということになります。

出血系の合併症のうち、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍からの出血については、
プロトンポンプ阻害剤という胃酸の強力な抑制剤を使用することにより、
70から90%少なくすることが可能だ、
ということがこれまでの検討から明らかになっています。

そうと分かれば、
アスピリンなどの抗血小板剤を使用している患者さんでは、
もれなくプロトンポンプ阻害剤を使用すれば、
問題は解決すると思われるのですが、
実際にはそう簡単ではありません。

プロトンポンプ阻害剤は、
その強力に胃酸を抑えるという性質から、
特に長期連用した場合には、
胃腸の感染症の増加や急性の腎障害など、
多くの有害事象のある薬でもあるからです。

そのため現行の欧米のガイドラインにおいては、
抗血小板剤を使用する場合に、
全ての事例でプロトンポンプ阻害剤を併用することは、
推奨をされていません。

アスピリンの出血リスクにおいても、
併用するプロトンポンプ阻害剤の感染症などのリスクにおいても、
それが高くより問題となるのは高齢者です。

特に脳卒中や心筋梗塞を、
1回起こした患者さんの再発予防(二次予防)の場合は、
再発のリスクが高いため、
原則生涯アスピリンなどの抗血小板剤を、
継続的に使用することが推奨されていますが、
実際にはその元になっているのは、
主に75歳未満の患者さんのデータです。

それでは、
実際に高齢者と若年者では、
抗血小板剤による出血のリスクはどの程度異なり、
プロトンポンプ阻害剤による予防効果も、
どの程度異なっているのでしょうか?

そうした疑問を検証する目的で、
今回の研究においては、
一過性脳虚血発作や虚血性脳梗塞、心筋梗塞に罹り、
その再発予防目的で抗血小板剤(95%以上はアスピリン)
を使用している患者さんトータル3166名を登録し、
10年間の経過観察を行っています。
原則としてプロトンポンプ阻害剤の併用はされておらず、
そのうちの半数が75歳以上の高齢者です。

その結果…

10年間で405件の新規の出血系合併症が認められ、
218件は消化管出血で、
45件は脳内出血でした。
平均の年間出血リスクは3.36%でした。

軽症の出血の事例は年齢に関わりなく発症していましたが、
重症の事例は75歳以上がそれ未満と比較して、
3.10倍(95%CI; 2.27から4.24)有意に増加していました。
特に死亡に至るような出血については、
5.53倍(95%CI; 2.65から11.54)とより高くなり、
そのリスクは観察期間を通じて変わりはありませんでした。

75歳以上の患者さんでは、
後遺症や死亡に結び付くような上部消化管出血が多く、
その頻度(絶対リスク)は1000人当たり年間9.15件に達していました。

ここでこれまでのデータを元にして、
プロトンポンプ阻害剤を併用した場合の、
上部消化管出血の予防効果を試算すると、
65歳未満の患者さんで後遺症や死亡に結び付くような出血を、
1件予防するために338の処方が必要とされるのに対して、
85歳以上の患者さんでは、
25件の処方で1件の重篤な出血が予防される、
という結果になっていました。

つまり、年齢が高くなるに従って、
プロトンポンプ阻害剤を併用することの、
上部消化管出血の予防効果は高い、
ということが分かりました。
ただ、これは試算に過ぎないもので、
実際にそうした効果が確認された訳ではないので、
その解釈には注意が必要です。

いずれにしても、
二次予防であっても、
年齢と共に出血系の合併症のリスクは増加し、
その重症度も上がるので、
そのリスクは従来より重いものと考える必要があり、
75歳以上でのこうした薬剤の適応は、
今後適応条件を絞るなど、
再検討が必要であると考えられます。

上部消化管出血に限れば、
プロトンポンプ阻害剤を使用することにより、
そのリスクはかなり軽減されることは間違いがないのですが、
実際に使用すれば有害事象がより問題となる可能性もあり、
今後実臨床のデータが必須と思います。
日本ではより多いと思われる脳出血については、
現状は有効な予防法はありません。

現状の僕のこの問題に対する考え方は、
自著にも書いたのですが、
75歳以上においては、
たとえ二次予防であっても、
抗血小板剤や抗凝固剤の継続使用は、
その時点での再評価が必要で、
リスクとメリットを天秤に掛けた上での、
個別の判断が重要であるというものです。
要するに「やめるタイミング」を常に考える必要があります。

上部消化管出血に関しては、
定期的に胃カメラ検査が可能であれば、
その粘膜所見を判断の指標にするべきで、
全ての事例でプロトンポンプ阻害剤を併用するべきではないと考えます。
ただ、高齢者で胃カメラの施行も困難な場合には、
抗血小板剤や抗凝固剤の使用の必要性が高ければ、
併用継続もやむなしではないかと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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皮膚膿瘍に対する抗生物質の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後はレセプト作業の予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
皮膚膿瘍に対する抗生物質の効果.jpg
先月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
皮膚の感染症に対する抗生物質の効果を、
偽薬との比較で検証した論文です。

皮膚に細菌の感染症を起こして、
患部が赤く腫れて痛みを伴う皮膚膿瘍は、
非常に頻度の高い細菌感染症の1つです。

皆さんも一度はご経験があるのではないかと思います。

通常ある程度大きな皮膚膿瘍であれば、
患部を切開して排膿し、
抗生物質を数日間使用することが、
一般的な治療だと思います。

ただ、皮膚膿瘍の原因菌は、
皮膚の常在菌である黄色ブドウ球菌で、
最近ではペニシリンなどに耐性を持つ、
MRSAと呼ばれる耐性菌であることが多くなっています。

その場合比較的値段が安くて、
MRSAに有効性の高い抗生物質である、
クリンダマイシンやST合剤が使用されることが多いのですが、
その使用にはどのくらいの有用性があるのでしょうか?

偽薬を使用して比較するような精度の高い臨床試験で、
その有効性が評価されたことはこれまでにありませんでした。

そこで今回の研究では、
複数施設で大きさが5センチ以下の比較的小さな皮膚膿瘍の患者さんを登録し、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで3つの群に分けると、
いずれも患部を切開して排膿した上で、
第1群ではST合剤を第2群ではクリンダマイシンを、
そして第3群では偽薬を、
いずれも10日間継続して使用し、
開始後7から10日後の治癒率を比較検証しています。

登録されたのはトータル786名の患者さんで、
64.2%に当たる505名は成人で、
残りの35.8%に当たる281名は小児です。
細菌培養でそのうちの67.0%に当たる527名では黄色ブドウ球菌が検出され、
49.4%に当たる388名はMRSAでした。

10日の治療終了時点で、
偽薬群の治癒率は257名中177名で、
68.9%であったのに対して、
クリンダマイシン群は266名中221名の83.1%、
ST合剤群は263名中215名の81.7%で、
抗生物質使用群はいずれも偽薬と比較して、
有意に治癒率は増加していて、
抗生物質の2群には差はありませんでした。
(intention-to-treat analysis)

この抗生物質使用による有効性は、
黄色ブドウ球菌が検出された事例のみで認められました。
治癒後1か月での新たな感染の出現率には、
3群で差はありませんでした。
つまり、抗生物質の使用により、
感染が再発しやすくなった、
というようなことはありません。

治療の有害事象は、
クリンダマイシン群が有意に高く、
その主なものは下痢と吐気で、
後遺症を残すことなく改善していました。
ST合剤群で1例のみアレルギー症状が認められました。

このように、
黄色ブドウ球菌が原因となった、
比較的軽症の皮膚膿瘍の治療においては、
患部の切開と排膿に加えて、
10日間の抗生物質の使用に、
一定の有効性が認められました。
従って、その有害事象には留意しながら、
こうしたケースで抗生物質を使用することは、
有効な治療であることが確認された、
という結果になっています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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アッヘンバッハ症候群と症状に名前が付くことの重要性について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アッヘンバッハ症候群.jpg
今月のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
症例報告の画像ですが、
自治医科大学の先生がご提供をされたもののようです。

見てお分かりのように右の中指の一部が紫色に変色して、
少し腫れています。

画像の説明によれば66歳の女性で、
特に前兆なく指の痛みがあって、
見るともう腫れて変色していたようです。
症状は数日で改善しています。
聞き取りをすると3週間前にも、
同様の症状が見られていたようです。

この紫の部分は紫斑で、
皮膚の下の浅い部分に出血が起こったことを示しています。

こうした場合に考えることは、
まず外傷、つまりぶつけたりしていないか、
ということと、
アスピリンのような抗血小板剤や抗凝固剤など、
出血が止まりにくくなるような薬を患者さんが飲んでいないか、
ということです。

しかし、この患者さんにはどちらも心当たりがありません。
また、寒い日に手足の先の血行障害が起こる、
レイノー症状もありませんでした。
血液検査を行いましたが、
血小板の減少や凝固系の異常も認められませんでした。

それではこの患者さんの診断は一体何なのでしょうか?

それがアッヘンバッハ症候群(Achenbach's Syndrome)です。

アッヘンバッハ症候群は、
1955年にドイツのアッヘンバッハによって最初に報告された症候群で、
その後日本を含む世界各地で報告されています。

特徴は上記の事例のように、
外傷や血液凝固異常、膠原病などの基礎疾患なく、
突然に生じる痛みやしびれを伴う小さな血種で、
周辺に広がって紫斑となり、
数日から数週間のうちに吸収されて治癒します。
好発部位は手の人差し指や中指で、
中年以降の女性に多いとされています。
治療の必要はなく自然に治癒しますが、
繰り返すことが多く、
その原因は不明です。

僕もクリニックの診療では、
しばしば高齢の女性の患者さんで、
同じ症状を経験しています。

患者さんは急に強い痛みと共に出血が生じるので、
結構強い印象を持つことが多く、
ほぼこの病気だなとは思っても、
血液検査などはその時点で行うことが多いのです。
何か悪い病気の前兆ではないかと、
不安に思うことが多いからです。

こうした病気に対して、
患者さんに「これはアヘンバッハ症候群です」のように告げることは、
あまり意味のないことのように思われるかも知れません。

治療もなければ原因も不明で、
ただ名前が付いている、
というだけだからです。

ただ、意外にそうではないのです。

原因不明だけれども心配ない、
というような説明では納得も安心もしない人でも、
アッヘンバッハ症候群という名前が付いていると説明すると、
そうか、それなら大丈夫、
というようにある種の権威を感じて、
安心することが多いからです。

同様のことで印象に残っているのは、
変形性関節症(ヘバーデン結節)です。

この病気も原因不明の関節炎で、
加齢に伴う何等かの変化と考えられています。
ただ、指の関節が痛みを伴って腫れて変形するので、
患者さんは不安になり、
関節リウマチではないか、などと検査を希望されて、
来院をされることが多いのです。

以前クリニックで高血圧などで診療をしていた患者さんは、
この症状のために何か所もの整形外科のクリニックを受診しました。
何処でも心配はありません、リウマチではありません、
というような話があり、
もう来なくてもいいですよ、
というように言われるのですが、
それでは納得をすることが出来ませんでした。
最終的にある大学病院の整形外科を受診すると、
これはヘバーデン結節ですよ、
という話があり、
その説明が書かれた小冊子が手渡されました。
すると、そこに書いてあることは、
それまでの整形外科のクリニックで言われたことと、
基本的には同一であったのにも関わらず、
患者さんは「初めてどんな病気か納得のいく説明を受けた」と言って、
それまでの不安が解消されたのです。

病気に明確な名前が付く、
というただそれだけのことが、
これほど大きな意味を持つのか、
と強い印象を受けた経験でした。

そんな訳で原因不明の病気であっても、
予後の良い病気については、
その診断名が明確に患者さんに説明されることには、
大きな効果のある場合があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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寝汗の原因について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
寝汗の原因.jpg
これは2012年のJ Am Board Fam Medという雑誌に掲載された、
寝汗(Night Sweats)の原因やメカニズムについてのレビューです。

寝汗は夜間の発汗過多による症状で、
実際に体験された方はとても不快だ、
というように話されます。
一方で寝汗が唯一の症状で、
実は深刻な全身の病気であった、
というような情報も、
ネットなどではまことしやかに流れています。

僕も寝汗で日本語の検索を掛けてみたのですが、
大体同じような記事にしか当たりません。
学術的なものはほぼ皆無で、
引用文献などもありません。
内容も如何なものかなあ、
という感じのするものです。

それでPudMedで検索をしてみて、
比較的まとまっていて、
過去の文献も幅広く引用されているのが、
上記のレビューでした。
今日の記事はそれ以外に、
2003年の診断のレビューなどを参考にしています。

さて、不快な寝汗はどうして起こるのでしょうか?

発汗の主な生理的な目的は、
汗の形で水分を体外に出すことにより、
体温を下げて身体の定常性を保つことです。
その指令の中枢は視床下部にあります。
発汗の刺激の主体は交感神経なので、
視床下部から熱を下げろという発汗指令が発せられなくても、
交感神経が強く緊張すると、
それだけでも汗をかきます。
これが冷や汗ですね。

人間は誰でも睡眠中に汗をかきます。
これは睡眠中は体温を少し下げる必要があるからで、
その主な反応は睡眠の前半の時期に起こります。

従って、正常な睡眠時の発汗は、
主に寝てからそれほど時間が経たない時点での現象です。
その一方で病的な睡眠中の発汗、すなわち寝汗は、
睡眠の全時期を通して起こるか、
睡眠が浅くなったり中断されたりする時間帯に起こります。

それでは寝汗の原因にはどのようなものがあるでしょうか?

まず病気で熱があれば、
それを下げるために発汗が高まりますから、
寝汗の原因にもなります。

つまり、発熱する疾患は寝汗の原因の第一です。

ここで良く寝汗の原因として指摘される病気が、
結核です。

寝汗があったら結核を疑えというのは、
かなり昔から言われて来たことです。

ただ、上記文献の記載によると、
過去の論文を集めてみても、
多数例での検証として、
他の病気と比較して結核で寝汗が多い、
という根拠となるような論文は、
殆ど存在していないようです。

理屈から考えても、結核のみが寝汗の原因とは考えにくく、
微熱や消耗感、軽い咳など以外に、
症状がなく経過することが結核ではよくあり、
そうしたケースでは寝汗の存在が、
結核を疑うきっかけになり得る、
ということではないかと思います。

たとえば、
EBウイルスによる感染症は、
慢性ではなくても数か月と長引くケースがあり、
その場合にも寝汗は特徴的な症状であると報告されています。

従って、特に結核に限るのではなく、
有熱性の感染症で亜急性から慢性の経過を取る病気では、
熱は微熱程度のこともあり、
寝汗が症状としては唯一の兆候となるケースも、
少なくないという認識を持つ必要があります。

それから、交感神経の緊張があると、
それが寝汗に結び付くメカニズムが想定されます。

交感神経の緊張を伴う病気としては、
甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)がその代表です。

ただ、バセドウ病であれば寝汗もかきますが、
昼間の発汗も多いですし、
手の震えやイライラや体重減少や動悸など、
他の症状もありますから、
寝汗だけをターゲットにする、
という必要はなさそうです。

僕もバセドウ病の診療で、
寝汗の有無を聞くことはあまりありません。

それから寝汗の大きな原因の1つは不眠です。

睡眠が妨害されて覚醒するような状態では、
交感神経が緊張しているので寝汗の原因となります。
よく悪夢を見てベットリと嫌な汗をかいて目覚めた、
というような表現がありますが、
これはレム睡眠の前後で交感神経が緊張し、
発汗が生じたことを示しています。
またうつ病では睡眠時の体温が上昇している、
という知見もあり、
うつ状態があれば、
それだけで寝汗が生じてもおかしくはありません。

睡眠時無呼吸症候群では寝汗が多いとされていて、
これも呼吸状態が悪化するために、
交感神経が夜間緊張することがその原因と想定されます。

つまり、睡眠が不安定であれば、
寝汗が生じておかしくはないのです。

癌も寝汗の原因となるとされていますが、
これも実際にはそれほど科学的な検証がされている知見ではないようです。
癌の多くでは身体は消耗しますし、
炎症があるので微熱になることが多く、
睡眠も不安定になりますから、
寝汗の原因となるものは揃っています。
ただ、寝汗で癌を疑う、
というのは少し言い過ぎのように思います。

寝汗の多い悪性腫瘍として知られているのはホジキンリンパ腫で、
寝汗のみが症状として認められたこの病気の事例が、
複数報告されています。
ただ、これも統計的なデータなどはないようです。
原因もそれほどはっきりしている訳ではありません。
リンパ腫は早期発見が難しい病気ですから、
そのことが1つの要因となっているようには思います。

それから、必ず一般の読み物などに書かれているのが、
逆流性食道炎(胃食道逆流症)で寝汗が多い、という知見です。
これは1989年くらいに最初の報告があるようで、
その後数例の症例報告といったレベルのものが幾つか発表されています。
原文に当たろうと思ったのですが、
大体がマイナーな雑誌で、
簡単にダウンロードなどは出来なかったので、
原文は確認をしていません。
胃食道逆流性の診療ガイドラインを読んでも、
症状としての寝汗の記載はありません。
メカニズムははっきりしないのですが、
胃食道逆流症が不眠の原因の1つとなるという知見はあり、
それがおそらくは寝汗の原因と思われます。
(原文を読まれた方で異なるメカニズムが記載されているようでしたら、
ご教授頂ければ幸いです)

病気ではなく寝汗をかく状態の代表は、
女性の更年期症状です。
これはやはり交感神経の刺激症状ですが、
発汗の中枢である視床下部自体が、
発汗過多の原因となっています。
女性ホルモンの低下に伴って、
視床下部から下垂体はある種の興奮状態になっているからです。

男性では通常はこうした症状はありませんが、
急激に男性ホルモンが低下するようなことが起こると、
同様の症状が出現することがあります。
典型的であるのは、
前立腺癌の治療で男性ホルモンを強力に抑制したようなケースです。

薬も寝汗の原因となることがあります。
解熱剤や痛み止めは、
熱を下げる作用があり、
それに伴って発汗が生じます。
抗うつ剤や降圧剤なども、
副作用として寝汗を生じるという報告があります。
ただ、こうした報告は数例のものが殆どなので、
どの程度実際に寝汗の原因となっているかは分かりません。

低血糖は交感神経の緊張を高めるので、
その症状の1つとして発汗過多になります。
所謂「冷や汗」という感じの不快な汗です。
糖尿病で治療を受けている患者さんの場合、
睡眠中に低血糖になると、
それが寝汗として自覚されることがあります。
従って、糖尿病で治療中の患者さんでは、
寝汗は低血糖のサインの可能性があるので、
軽視するべきではありません。

このように単純に見える寝汗という症状にも、
多くの原因が隠れている可能性があります。
一方で多くの寝汗はほぼ生理現象で、
室温や湿度、寝具や寝間着などの環境に要因があるので、
寝汗を病気と考えるのも考え過ぎという面があります。

その人がどのような薬を飲んでいるのか、
甲状腺機能亢進症なら動悸や頻脈、
結核であれば微熱や全身倦怠感や咳痰など、
併存する症状に注意しつつ、
適切な検査を必要に応じて行うことが、
現時点では適切な対応であるように思います。

今日は寝汗の総説でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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カムカムミニキーナ「狼狽~不透明な群像劇~」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日2本目の記事は演劇の話題です。
それがこちら。
カムカムミニキーナ.jpg
よくここまで続いたものだと、
感心するカムカムミニキーナの新作公演、
「狼狽~不透明な群像劇~」を観て来ました。

この劇団は1990年の創立時から松村武さんの劇作で、
八嶋智人さんが看板役者という体制で、
25年以上継続されているという点が凄くて、
劇団鳥獣戯画など、
他にも息の長い小劇場はない訳ではありませんが、
同じような規模とスタンスで、
公演を打ち続けているという点はとても感心します。

昔はモロに野田秀樹さんのコピー劇団、
と言う感じが強かったのですが、
そのうちに本家の野田さんの劇作は、
あまり以前のような目まぐるしさや跳躍感がなくなり、
松村さんの劇作も、
昔の遊眠社的なテイストは残しながらも、
もっと土臭い感じや日本神話的民俗学的テーマに移って行ったので、
今回の作品などには、
もうあまり遊眠社という感じはありませんでした。

今回の作品は文盲のベストセラー作家の謎を解くために、
フリーライターの女性が土着の信仰の残る作家の出身地の村に潜入、
そこで奇怪な出来事に巻き込まれるという話ですが、
如何にも松尾スズキさん的設定ではありながら、
かなり目まぐるしく様式的な演出なので、
そうした感じにはならず、
途中から神話的世界が暴走する感じになって、
最後は何が何やら分からないままに、
村自体が水没して滅んで終わりになります。

もう少し丁寧な語り口で、
話を拡散させない方が良かったのではないかしら、
というようにも思うのですが、
この荒くれめいた感じは、
良くも悪くもカムカムミニキーナの特徴なので、
開き直って楽しく身をゆだねるのが正解なのかも知れません。

役者は皆小さな役まで非常に魅力的で、
八嶋さんは今回は役が小さめでややガッカリですが、
いつもの技量は矢張り楽しく、
怪物女優の藤田記子さんとナイロンの新谷真弓さんが、
同じ人物の両面を同じ衣装で演じたり、
文盲作家の松村さんの雰囲気や、
鞭を振るう長谷部洋子さんの艶っぽさに、
犬と化す吉田晋一さんなどとても楽しく、
昔の大人計画を観るような感じで、
怪優大行進を心踊りながら鑑賞しました。

これからも頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。