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漢方薬の甘草とそのリスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甘草とそのリスク.jpg
今年のJournal of Human Hypertension誌に掲載された、
漢方薬などに含まれる、
甘草(licorice)という生薬の使用による、
低カリウム血症と高血圧(偽アルドステロン症)についての論文です。

甘草は植物の根の抽出物で、
日本の甘草と西洋のリコリス(licorice)は、
少し性質は違う植物由来のものですが、
その主成分は同じです。

甘草という生薬の薬効の主成分はグリチルリチンで、
抗アレルギー作用や肝細胞の安定化作用を持つことから、
主にその注射薬が慢性肝炎やアレルギー疾患の治療薬として、
保険適応されています。

また、甘草には疼痛を改善する作用や、
独特の甘さがあって、
そのため甘味料や痛み止め、
胃潰瘍や便秘の治療薬としても伝統的に使用されています。
甘草ドロップのような飴が海外ではポピュラーですし、
仁丹の独特の甘みは甘草によるものです。

日本では漢方薬の成分としての使用がポピュラーで、
この場合は通常複数の生薬が組み合わせて使用されています。
健康保険で使用されるエキス剤としての漢方薬では、
甘草湯が甘草単剤の薬剤で、
1日量8グラムと最も多いのですが、
使用されることはかなり稀です。(ほぼない)
使用頻度の多いものは、芍薬甘草湯で、
1日量で6グラムが含まれています。

甘草はこのように昔から、
甘味料や治療薬として広く使用されている成分です。

基本的には安全性の高い成分と考えられていますが、
唯一問題となっているのが、
その有害事象としての偽アルドステロン症です。

偽アルドステロン症というのは、
低カリウム血症と高血圧症という、
原発性アルドステロン症に非常に似通った症状が、
アルドステロン以外の原因で起こる状態のことです。
その現象が甘草を含む食品や薬品で起こることが、
1968年に初めて論文として報告されました。

軽症の事例が多い一方で、
重篤な事例の報告もあります。
こちらをご覧ください。
甘草による心停止の事例.jpg
2009年のCanadian Journal of Cardiology誌に掲載された、
症例報告ですが、
71歳の高血圧や心疾患の既往があり、
ACE阻害剤と利尿剤を使用していた女性が、
下剤として甘草を連用したところ、
1.6mEq/Lという高度の低カリウム血症を来し、
頻回の心室細動という重症な不整脈を起こして、
心停止を繰り返したという事例です。

それでは、
何故甘草により低カリウム血症や高血圧が起こるのでしょうか?

僕が大学の医局にいた頃の理解では、
甘草にアルドステロン様の作用があると思っていました。
そのような説明が当時は一般的であったように思います。

しかし、実はそのメカニズムはもう少し複雑です。

こちらをご覧下さい。
甘草の低カリウム血症のメカニズム.png
これが1987年のLancet誌に掲載された論文で、
この問題のトピックとなったものです。

甘草による偽アルドステロン症は、
副腎不全でコルチゾールが低下しているような患者さんでは、
起こらないことが分かっています。
実は甘草に含まれるグリチルリチンは、
それ自体がアルドステロン様作用を持っているのではありません。
糖質コルチコイドであるコルチゾールは、
アルドステロンの受容体にも結合する性質を持っているのですが、
実際にあまりそうした作用に関係をしていないのは、
腎臓の尿細管においては、
コルチゾールを分解してコルチゾンにする酵素が発現していて、
コルチゾールのアルドステロン様作用をブロックしているのです。
ところがグリチルリチンはその酵素の活性を阻害する作用があるので、
尿細管のアルドステロンの受容体に、
コルチゾールが過剰に結合して、
それでアルドステロン様作用が増強するのです。

つまり、アルドステロン様作用の主体は、
身体にあるコルチゾールで、
その分解を抑えることが、
甘草由来の偽アルドステロン症のメカニズムであったのです。

ですから裏技的には、
副腎不全の患者さんでコートリルの補充のみで、
電解質バランスや血圧が改善しない時には、
甘草を少し使用すると、
調整が付くという可能性がある訳です。

一般の方にとってもどうでも良いことかも知れませんが、
ホルモンオタクにとっては、
とても画期的な大発見です。

さて、それでは一体どのくらいの甘草を摂取すると、
偽アルドステロン症になるのでしょうか?

西洋のリコリスには0.2%、
つまり1グラムに2ミリグラムのグリチルリチンが含まれています。
日本の漢方薬については、
甘草の2.5グラムに100ミリグラムのグリチルリチンが含まれています。

重症の偽アルドステロン症は、
1日500ミリグラムを超えるグリチルリチンの服用継続で、
生じる事例が多いと考えられていますが、
最近では1日100ミリグラムやそれ以下の量でも、
そうした報告が散見されています。

上記のメタ解析の文献においても、
症状を来した甘草の使用量にはかなりのばらつきがあり、
血圧値以外では甘草の使用量と症状やデータとの間に、
明確な相関は見られていません。

強力ネオミノファーゲンなど、
他にグリチルリチンを含む薬やサプリメントなどを、
一緒に使用している場合や、
利尿剤や降圧剤などカリウムの低下作用を持つ薬を、
併用している場合などは、
より注意が必要であることは間違いがありませんが、
事例を見ているとそれだけでは説明が付かないようにも思います。

漢方薬で報告の頻度が多いのは小柴胡湯で、
甘草の含有量は1日量で2グラム、
グリチルリチンで80ミリグラムですから、
甘草を含む漢方薬としては少ない方です。

ただ、一時C型肝炎に対して、
インターフェロンとの併用が行われて、
間質性肺炎の副作用で併用が中止された経緯があり、
有害事象に留意して、
血液検査などが行われることが多い、
というバイアスもあるように思います。

従って、現状は甘草を少しでも含む漢方薬の、
継続的な使用(通常2週間以上)においては、
筋脱力や不整脈などの症状の聞き取りは継続的に行ない、
必要に応じて血液検査を行うことが、
やや過剰ではあっても、
必要な対応ではあるように思います。
甘草を多く含む処方である芍薬甘草湯や桔梗湯は、
頓用を原則として1日量を使用することは避け、
短期間の使用にとどめることが原則です。

矢張り心疾患があったり、
利尿剤を使用していたり、
甘草の使用量が1日3グラムを超えるようなケースでは、
より注意が必要ではないかと思われますが、
その根拠はそれほど明確なものではないことも、
また知っておく必要があるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

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