甲状腺の自己免疫と乳頭癌の予後との関連について [医療のトピック]
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などに都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJ Clin Endocrinol Metab.誌に掲載された、
甲状腺の自己免疫と癌の予後との関連についての論文です。
甲状腺乳頭癌は甲状腺癌の大多数を占める癌種で、
その予後は周辺のリンパ節に転移することは多いのですが、
生命予後は非常に良く、
10年生存率は90%を超えています。
しかし、その一方で頻度的には非常に少ないのですが、
遠隔転移を起こすなどして予後不良の癌も混ざっています。
常に問題となるのは、
どのような性質の乳頭癌が、
遠隔転移をするなどして予後不良なのか、
ということです。
もし何等かのマーカーや所見などで、
悪性度の高い乳頭癌をそうでない癌と見分けることが出来れば、
悪性度の高い癌のみに積極的な治療をして、
それ以外の癌については最小限度の治療や経過観察でも、
大きな問題はない、ということになるからです。
しかし、現時点でそうしたマーカーや所見は、
見つかっていません。
甲状腺乳頭癌の30%近くでは、
慢性甲状腺(橋本病)という自己免疫の甲状腺炎を、
合併していることが知られています。
そして、橋本病を合併している甲状腺乳頭癌は、
そうでない場合より予後が良好である、
というような知見も報告されています。
橋本病は甲状腺のサイログロブリンやペルオキシダーゼに対する自己抗体が、
その主因であると考えられていますが、
甲状腺乳頭癌では、
橋本病を合併していなくても、
腫瘍組織に対する自己抗体によるリンパ球の浸潤が、
しばしば認められることも報告されています。
この自己免疫による甲状腺の炎症は、
それ自体が身体の癌に対する防御反応である、
という推測が可能です。
同様の事例はメラノーマ(悪性黒色腫)にあります。
メラノーマは白斑という皮膚の一部が白く抜ける、
皮膚の自己免疫疾患をしばしば合併していて、
合併している患者さんは、
合併していない患者さんと比較して、
その予後が良いことが分かっています。
つまり、この場合の自己免疫の炎症は、
癌細胞を攻撃していて身体を守るような働きをしていると、
想定されているのです。
それでは、甲状腺乳頭癌の場合はどうなのでしょうか?
今回の研究では、
150名の甲状腺乳頭癌の患者さんと、
40名の橋本病の患者さん、そして21名の病気のないコントロール群とで、
自己免疫の状態を反映している遺伝子のHLA(組織適合抗原)の分析と、
特定の抗原に対するリンパ球の活性化などを比較検証しています。
その結果…
橋本病に見られる、
甲状腺のサイログロブリンやペルオキシダーゼに対する、
特異的なリンパ球の発現は、
コントロールより甲状腺乳頭癌の組織で高く、
そのレベルは橋本病の患者さんと同等でした。
HLAの分析を行うと、
HLA‐DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんは、
陰性の患者さんより遠隔転移のリスクが低く、
HLA-DRB1*03とHLA-DQB1*02が陽性の患者さんは、
陰性の患者さんより遠隔転移のリスクが高くなっていました。
HLA-DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんでは、
腫瘍細胞に特異的なリンパ球が発現していて、
そのリンパ球は局所のリンパ節転移の組織にも認められました。
要するにHLA-DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんでは、
自己免疫の炎症が癌細胞を対象として起こっていて、
それが癌の遠隔転移を抑制して、
癌の良好な予後に結び付いているのではないか、
という推定が可能となったのです。
まだこの知見がどの程度一般化出来るものかは分かりませんが、
自己免疫の炎症が癌の抑制作用を持っているという結果は興味深く、
今後のより広範囲の検証を期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などに都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。
今年のJ Clin Endocrinol Metab.誌に掲載された、
甲状腺の自己免疫と癌の予後との関連についての論文です。
甲状腺乳頭癌は甲状腺癌の大多数を占める癌種で、
その予後は周辺のリンパ節に転移することは多いのですが、
生命予後は非常に良く、
10年生存率は90%を超えています。
しかし、その一方で頻度的には非常に少ないのですが、
遠隔転移を起こすなどして予後不良の癌も混ざっています。
常に問題となるのは、
どのような性質の乳頭癌が、
遠隔転移をするなどして予後不良なのか、
ということです。
もし何等かのマーカーや所見などで、
悪性度の高い乳頭癌をそうでない癌と見分けることが出来れば、
悪性度の高い癌のみに積極的な治療をして、
それ以外の癌については最小限度の治療や経過観察でも、
大きな問題はない、ということになるからです。
しかし、現時点でそうしたマーカーや所見は、
見つかっていません。
甲状腺乳頭癌の30%近くでは、
慢性甲状腺(橋本病)という自己免疫の甲状腺炎を、
合併していることが知られています。
そして、橋本病を合併している甲状腺乳頭癌は、
そうでない場合より予後が良好である、
というような知見も報告されています。
橋本病は甲状腺のサイログロブリンやペルオキシダーゼに対する自己抗体が、
その主因であると考えられていますが、
甲状腺乳頭癌では、
橋本病を合併していなくても、
腫瘍組織に対する自己抗体によるリンパ球の浸潤が、
しばしば認められることも報告されています。
この自己免疫による甲状腺の炎症は、
それ自体が身体の癌に対する防御反応である、
という推測が可能です。
同様の事例はメラノーマ(悪性黒色腫)にあります。
メラノーマは白斑という皮膚の一部が白く抜ける、
皮膚の自己免疫疾患をしばしば合併していて、
合併している患者さんは、
合併していない患者さんと比較して、
その予後が良いことが分かっています。
つまり、この場合の自己免疫の炎症は、
癌細胞を攻撃していて身体を守るような働きをしていると、
想定されているのです。
それでは、甲状腺乳頭癌の場合はどうなのでしょうか?
今回の研究では、
150名の甲状腺乳頭癌の患者さんと、
40名の橋本病の患者さん、そして21名の病気のないコントロール群とで、
自己免疫の状態を反映している遺伝子のHLA(組織適合抗原)の分析と、
特定の抗原に対するリンパ球の活性化などを比較検証しています。
その結果…
橋本病に見られる、
甲状腺のサイログロブリンやペルオキシダーゼに対する、
特異的なリンパ球の発現は、
コントロールより甲状腺乳頭癌の組織で高く、
そのレベルは橋本病の患者さんと同等でした。
HLAの分析を行うと、
HLA‐DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんは、
陰性の患者さんより遠隔転移のリスクが低く、
HLA-DRB1*03とHLA-DQB1*02が陽性の患者さんは、
陰性の患者さんより遠隔転移のリスクが高くなっていました。
HLA-DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんでは、
腫瘍細胞に特異的なリンパ球が発現していて、
そのリンパ球は局所のリンパ節転移の組織にも認められました。
要するにHLA-DQB1*03が陽性の乳頭癌の患者さんでは、
自己免疫の炎症が癌細胞を対象として起こっていて、
それが癌の遠隔転移を抑制して、
癌の良好な予後に結び付いているのではないか、
という推定が可能となったのです。
まだこの知見がどの程度一般化出来るものかは分かりませんが、
自己免疫の炎症が癌の抑制作用を持っているという結果は興味深く、
今後のより広範囲の検証を期待したいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。
誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ
- 作者: 石原藤樹
- 出版社/メーカー: 総合医学社
- 発売日: 2016/10/28
- メディア: 単行本