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骨折を減らす降圧剤は?(高齢者高血圧診療ガイドライン2017を考える) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
降圧剤の骨折リスク.jpg
2011年のJournal of Bone and Mineral Research誌の論文です。
これはアメリカの医療保険のデータを活用して、
どの単独の降圧剤の処方が、
新規の骨折のリスクを減少させていたのかを検証しているものです。

何故この少し古い論文を取り上げたかと言うと、
先日「高齢者高血圧診療ガイドライン2017」がウェブで先行版として公開され、
そこで高齢者の降圧剤の選択において、
骨折リスクが高いような高齢者では、
サイアザイド系利尿薬を第一選択に考えることが1つの選択肢として示され、
そこで引用されていたのが、
この論文ともう1編の論文であったからです。

このガイドラインの感想を含めて、
今日はこの骨折リスクを軽減する降圧剤について、
これまでの知見をまとめたいと思います。

現在世界のガイドラインのどのガイドラインにおいても、
降圧剤の第一選択薬が、
サイアザイド系利尿剤、カルシウム拮抗薬、
ACE阻害剤、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、
であることはほぼ一致しています。

このうちサイアザイド系利尿剤は、
この4種の薬剤のうちでは最も古くから使用されていた薬で、
元が利尿剤ですから脱水になったり、
血液の尿酸値が上昇する、
カルシウムが上昇するなど副作用が多く、
そのためカルシウム拮抗薬などの血管拡張剤が使用されるようになると、
一時期はあまり使用されなくなりました。

その流れが大きく変わったのは、
2002年のことです。

ALLHAT 試験と呼ばれる、
4万人以上を対象とした大規模な臨床試験が、
アメリカを中心に行なわれ、
その結果として、
サイアザイド系の利尿剤は、
他のより高価で新しい降圧剤と同等の、
心筋梗塞予防効果が得られたのです。
部分的な解析では、
他剤より更に優れた効果が得られたケースもありました。

この知見によりサイアザイド系利尿薬は、
降圧剤の第一選択薬の1つに復権することになったのです。

それでは、高齢者の降圧治療において、
サイアザイド系利尿薬をどのように位置付ければ良いのでしょうか?

高齢者は脱水になりやすく、
また脱水による起立性の低血圧も起こりやすいので、
利尿剤はあまり高齢者には適していないように、
通常は思えます。
これまでの知見では血液のカルシウム濃度が、
上昇することもあることが知られていて、
その一部は副甲状腺ホルモンの増加によると、
そう推測した論文もありますから、
骨粗鬆症を悪化させて、
却って骨折のリスクを増やすようにも考えられます。

ところが…

意外なことに上記文献では、
正反対に近い結果が得られています。

アメリカの健康保険のデータを活用して、
65歳以上で新規に1種類の降圧剤治療を開始した、
トータル376061名を対象として、
中央値で70日間の観察期間中に、
新規の骨折リスクを薬剤毎に比較しています。
平均年齢は80歳くらいです。

その結果、
関連する因子などを補正した上で、
カルシウム拮抗薬との比較において、
ARBは骨折リスクを24%(95%CI;0.68から0.86)、
サイアザイド系利尿薬は15%(95%CI;0.76から0.97)、
それぞれ有意に低下させていました。

一方でループ利尿剤、β遮断剤、ACE阻害剤については、
カルシウム拮抗薬と骨折リスクに関して差はありませんでした。

この知見ではARBとサイアザイド利尿剤が同等という結果なので、
即サイアザイド系利尿剤が骨折リスクの高い高齢者に有効、
ということにはならないと思います。

ガイドラインではもう一遍の論文が引用されています。
それがこちらです。
降圧剤と骨折リスクの介入試験.jpg
これは2010年のAge and Aging誌の論文です。
高齢者を対象にした降圧治療の臨床試験として有名な、
HYVETという大規模臨床試験のサブ解析で、
元々は脳卒中の予防効果を検証したものですが、
新規の骨折リスクとの関連に絞って、
再解析を行っているものです。

対象者は年齢が80歳以上で、
収縮期血圧が未治療で160mmHg以上の患者さんで、
トータルの例数は3845名です。
本人にも主治医にも分からないようにクジ引きで2つの群に分けると、
一方はまずサイアザイド系の利尿剤であるインダパミドを、
1日1.5ミリの持続剤で使用し、
血圧は150/80mmHg未満を目標として降圧を図り、
不充分であればACE阻害剤のペリンドプリルを、
1日量2から4ミリで上乗せします。
そして、もう一方は偽薬を同様に使用して、
平均で2.1年間の経過観察を行うのです。

使用されているインダパミドは、
ナトリックスなどの商品名で日本でも使用されていますが、
SR錠という持続型の製剤は日本での販売はないようです。
ペリンドプリルはコバシルなどの商品名で、
使用がされています。

その結果降圧剤使用群は偽薬使用群と比較して、
観察期間中の新規の骨折のリスクを、
48%(95%CI;0.33から1.00)有意ではないものの、
抑制する傾向を示していました。

この結果もそれほどクリアなものではありませんし、
サイアザイド系利尿剤単独のものでもありません。

この2編の論文を根拠として、
どうしてサイアザイドが骨折リスクの高い高齢者の降圧治療に、
適しているという結論が得られるのか、
あまり納得がいきません。

実は2016年11月のBritish Medical Journal誌に、
そもそもサイアザイド系利尿剤再評価のきっかけとなった、
ALLHAT試験のサブ解析の結果が論文になっていて、
それは同年11月28日のブログ記事にしています。

この論文ではクロスタリドンというサイアザイドの利用により、
股関節と骨盤の新規骨折のリスクが、
21%有意に低下した、
という結果が報告されています。

本来はこの論文をガイドラインに引用すれば良かったのではないか、
というように思われますが、
クロスタリドンも長時間作用型のサイアザイドで、
製薬会社の都合によりジェネリックも含めて、
日本での発売は終了してしまっているので、
引用することがしづらかったのではないか、
というように推察されます。

このように現状サイアザイド系利尿剤とARB、ACE阻害剤については、
高齢者への使用時に、
それが適正な範囲の使用であれば、
骨折のリスクを上昇はさせず、
むしろ低下させるという可能性も示唆はされます。

ただ、サイアザイド系利尿剤で重要なことは、
その有効性や安全性が確実なのは、
半減期が長いクロスタリドンやインダパミドのSR錠のみで、
それ以外の半減期の短い薬剤については、
同等の安全性や効果があるとは限らないと言う点にあり、
そうした薬剤の全てが、
現在日本では使用出来ないということこそが、
最大の問題ではないかと個人的には思います。

今日は高齢者高血圧診療ガイドラインにある記載と、
その根拠について考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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