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鵺的「奇想の前提」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。
夜はちょっと出かけますが、
それまでは家で色々と作業の予定です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
鵺的.jpg
これも初物ですが、
鵺的という劇団の江戸川乱歩をモチーフにした、
「奇想の前提」という新作に足を運びました。

これは出演する青山祥子さんの「ほりぶん」での大暴れが良かったのと、
演出の寺十吾(じつなしさとる)さんが、
今では珍しいアングラ演出のプロとして、
個人的には絶大な信頼を寄せているので、
その流れで観ることにしました。

オープニングはアングラ色全開で、
東京グランギニョールみたいな外連味のある展開だったので、
とても期待しました。
台詞も説得力のある朗読のような1人語りの部分が面白く、
最近では一番と言っていいくらい、
集中して台詞を聴きました。
ただ、中段からはあまり派手な展開がないので、
何かモヤモヤした感じになり、
意外な真実と称するものは大したことのないもので、
肝心な部分は暗転で誤魔化すようなところが多く、
ラストシーンについては、
なるほどと思いましたが、
衝撃的というほどの効果はなかったように思います。
最終的にはせっかくここまでやったのになあ、
とちょっと物足りない気分で劇場を後にしました。

江戸川乱歩は大好きで、
作品は殆どを中学生までに読んでいますが、
この作品は「パノラマ島奇談」に「猟奇の果」や「大暗室」、
「少年探偵団」などの複数の小説に登場する事件や人物を、
「実際に起こったこと」として想定された2017年の日本を舞台に、
呪われた血筋を持つ3人の若者が、
過去の犯罪者の影響から脱しようとして苦悩しながら、
そこに否応なく魅せられてゆく、
という物語に構成されています。

これは要するに現代の若者が、
酒鬼薔薇事件の犯人などを崇拝して、
現実の世界の自分達に対する無理解を憎み、
その「悪」を継承しようと、
自分を過去の「天才的犯罪者
(酒鬼薔薇事件の犯人が天才である、という意味では勿論ありません)」
と同一視するような心理を、
描いた作品なのだと思います。

現実の事件の犯人を崇拝するような物語は、
色々な意味で差しさわりがあるので、
乱歩の世界を持って来たのではないかと思うのです。

勿論作品からは乱歩愛も、
それはひしひしと感じられますから、
乱歩を出汁に使っただけの戯曲ではありません。
乱歩という「奇想」の継承という意味合いも、
強く持った作品であるからです。

ただ、強調したいのはノスタルジーの仮面の下に、
現実世界を虚構にしたいという今の若い世代の多くが持っている思いが、
反映された物語になっている、
と言う事実です。
次の世代に私たちが継承するべきものが何か、
ということも、
問いかけているように思いました。

以下ネタバレを含む感想です。
本日観劇予定の方は観劇後にお読みください。

乱歩の「パノラマ島奇談」に登場する、
無人島に犯罪と悪の華を咲かせた犯罪者は、
最後に自らを打ち上げ花火と一緒に打ち上げ、
空中で全身をバラバラに飛散させて壮絶な死を遂げたのですが、
その血を浴びた彼の血筋に連なる旧家の人々は、
その呪いを身体に帯びて生きています。
主人公はその孫の世代の3人の若者で、
福永マリカさん演じる乙女は、
悪の魅惑に取り憑かれ、
青山祥子さん演じる乙女は、
霊的能力を引き継いでいるが故に、
島に近づくことを怖れ、
間に挟まれた江藤修平さん演じる青年は、
藝術を仕事にしようとしながら、
悪への魅惑に揺れ動いています。

15年前に子供であった3人は、
密かに島に渡って遊び、
ただ1人島を管理していた謎の管理人と気脈を通じたのですが、
ある日管理人の男性は謎の失踪を遂げ、
楽園の日々は終わりを告げます。

そして、15年後になって、
廃墟と化したパノラマ島を、
廃墟の遺産として、
観光施設にしょうという計画が持ち上がります。

その計画には所有者の遺族全員の同意が必要なので、
奇しくもバラバラになっていた血族が集まることとなり、
そこで事件が起こるのです。

15年前の真実がパノラマ島で明らかになり、
その瞬間に島を大地震が襲います。
全ては瓦礫の下敷きになり、
今度は15年前の犯罪の犯人が、
人間花火となって天に散り、
その飛び散った血を3人の若者が浴びます。

そのうちの2人の乙女は、
名探偵と怪人として闇に紛れて闘争し、
藝術家を目指していた青年が、
自分の目指す理想郷を思い目を閉じた瞬間、
エログロの極致のような妄想が、
一瞬の夢として舞台に広がり、
暗転して物語は終わります。

なかなか壮大なストーリーで、
この通りに視覚化され演じられたのであれば、
大傑作と言って間違いはないと思います。

ただ、実際に上演された舞台は、
良いところも沢山ありましたが、
不満や失望や物足りなさも多いものでした。

オープニングはこけおどしの極致のような大音響とともに、
幾つかの謎めいたおどろおどろしい場面が、
一瞬舞台に現れ、また闇の中に消えます。
謎の怪人めいた人物の後ろ姿や赤い血みどろの渦巻きなどが、
現れては消える様は、
天井桟敷の盲人書簡辺りの暗黒演劇を彷彿とさせます。
ただ、完全暗転ではなく、
ぼんやりゴソゴソ準備しているのが見える感じで、
暗転時間も長いので、
ちょっと物足りなくは感じます。
この辺はかつての天井桟敷の手際は抜群だったので、
「違うんだよ、それじゃダメなんだよ」
と教えてあげたい誘惑に駆られます。

それから青山祥子さんの1人語りになりますが、
これがまた素敵な感じで、
ロマンチックな音効と証明の効果も相俟って、
耽美的な雰囲気にはうっとりとします。

こんな素晴らしい和装の美女を演じられるような女優さんが、
何処に隠れていたの、と驚くような、
木下祐子さんの艶姿も良く、
霊媒で何十年も外に出たことのない老女を、
夕沈さんが演じるというのも、
極めて嬉しいキャスティングです。

語り口はとても巧みで、
前半は非常に引き込まれました。

ただ、始まって1時間くらいしても、
同じようなまったりしたテンポで、
人物紹介から話はあまり進まず、
猟奇的事件が巷では起きているらしい、
というくらいの内容で、
その犯人もほぼ分かってしまうので、
あまり盛り上がる感じにはなりません。

集まった家族がパノラマ島に上陸するのが、
一応山場になるのですが、
パノラマ島も他の場所も全く同じセットで、
照明の方向が変わる程度なので、
かなりガッカリ感があります。
抽象的なセットであれば、
こうしたものかな、とも思うところですが、
割合に廃墟を思わせるようなセットを、
ガッチリと造っているので、
それで何も舞台に動きがない、
というのが失望するのです。

「謎の機械」と称するものは登場するのですが、
ただのオブジェで何の動きもないので、
あまり意味のあるセットではありませんでした。

島で起こることも、
結局は過去の暴露に過ぎないもので、
言われなくても分かる、というくらいの謎ですし、
カタストロフが人間を梃子にして起こるのではなく、
大地震という天災というのも、
如何なものかと思いました。

寺十吾さんの演出も、
前半はアングラ色全開で冴えていたと思いますが、
後半はかなり苦しい感じで、
地震によるパノラマ島の最後も、
ただの暗転で処理したのにはガッカリしました。

犯人が人間花火として散るのを、
気球から眺めるという場面は、
どうにか情景として成立したかな、
というくらいにはなっていましたが、
矢張りパノラマ島の景色というものが、
何等かの形で登場して欲しかったと思いますし、
現実に血の雨がバンバン降るくらいのことは、
やって欲しかったと思いました。

ラストには奇想が現実化した情景が、
逆行の中に浮かび上がるのですが、
もっとグロテスクでエロチックな奇怪さが欲しかったと思いますし、
そこで暗転して、
奇想のパノラマを構成していた面々が、
そのままの立ち位置で頭を下げるのは、
まずかったように思いました。

総じて、本当に意欲作であったと思いますし、
こうした作品を小劇場で待ち望む人も、
多いのではないかと思うのですが、
それだけに期待も大きく、
それをクリアするような作品を成立させるのは、
なかなか一筋縄ではいかない、
ということを実感させた公演となりました。

ただ、これで終わっては欲しくありません。
今後この集団がどのような方向性を取るにせよ、
今回の心意気は忘れて欲しくないと思いますし、
より深化した決定版を、
是非今後上演して欲しいと思います。

大変期待をしています。

また必ず観に行きます。

頑張って下さい。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。