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一般臨床における2型糖尿病に対する血糖自己測定の効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
血糖自己測定の効果.jpg
今月のJAMA Internal Medicine誌にウェブ掲載された、
安定した2型糖尿病の診療における、
患者さんの血糖自己測定の意義についての論文です。

結論は、
意外に思われるか方が多いかも知れませんが、
あまり意義はない、というものです。

患者さんが自宅で指や耳朶などに針を刺し、
その場で数字が出る簡易型の血糖測定器は、
一般に広く使用されています。

健康保険での適応は、
インスリンの自己注射をしている患者さんに限られていますが、
毎日の血糖が心配だからと、
自費で測定器を購入される患者さんも少なくありませんし、
医者には行かないけれど、
血糖自体は心配なので、
自宅で測定だけはしている、
というような人もいます。

血糖の自己管理に熱心な糖尿病の患者さんからは、
何故インスリンを使用していないと、
血糖の自己測定が保険で認められないのか、
それはおかしいのではないか、
というような意見を聞くことがよくあります。

ただ、それは決して理由がないことではありません。

インスリンを使用中の患者さん、
特にインスリンが身体からは殆ど出ていない、
1型糖尿病の患者さんでは、
血糖は変動し低血糖のリスクも高いので、
血糖を自己測定してインスリン量を調節することにより、
より安定したコントロールが期待出来ますし、
重症な低血糖を予防することが可能になります。

一方で飲み薬を主体で治療をされている、
2型糖尿病の患者さんでは、
重症の低血糖を繰り返すような方は少なく、
1型糖尿病に比較するとその必要性は低くなります。

それでも、自己測定を行った方が、
血糖値はより安定して良好となり、
患者さんの予後に良い影響を与えるのであれば、
その意義はあると考えられます。

ところが、
実際には血糖の自己測定の効果を検証したこれまでの臨床試験において、
安定した2型糖尿病の患者さんで、
明確な予後の改善やメリットは、
認められていないのです。

そのために、現状は健康保険では、
そうした行為は保険適応を除外されているのです。

それでも、
測らないより測った方が良いのではないか、
という患者さんの声は、
日本のみならず海外でも小さくはありません。

そこで今回の研究においては、
アメリカ、ノースカロライナの、
15か所のプライマリケアのクリニックにおいて、
30歳以上の2型糖尿病で、
HbA1cが6.5%から9.5%の、
インスリンは使用していない患者さん、
トータル450名を登録し、
くじ引きで3つの群に分けると、
第1群は血糖自己測定を行わず、
外来受診時の検査のみで治療を行ない、
第2群は毎日1回の自己測定を行って、
その結果は外来受診時にチェックして治療を行ない、
第3群は自己測定を行うともに、
それによるアドバイスを自動メッセージで受け取りながら、
治療を継続します。
自己測定をするかしないかは、
勿論患者さんには予め知らされています。

こうした治療を52週(ほぼ1年)に渡って継続し、
自己測定を施行した方が、
血糖コントロールが良好となったかどうかを検証するのです。

その結果…

開始後3か月、6か月、9か月の時点では、
血糖コントロールの指標であるHbA1cは、
自己測定群の方が低値となりましたが、
その差は開始後1年(52週)の時点では消失していました。
自動メッセージを伴う自己測定も、
伴わない自己測定も、
その効果には変わりはなく、
重篤な低血糖などの有害事象も、
3群で違いは見られませんでした。
糖尿病の合併症などの予後にも、
違いは生じていません。
使用薬剤はメトホルミンが80%で、
SU剤が36%で処方されていました。

このように、
数か月という短期間においては、
確かに自己測定を行うと血糖コントロールは改善するのですが、
その差は持続的なものではなく、
半年をピークに減弱し、
1年間の検討では全く差は見られなくなります。

従って、
安定した2型糖尿病の患者さんにおいて、
インスリン以外の薬剤による治療を継続する場合には、
毎日の血糖自己測定が、
長期的な糖尿病のコントロールや予後に影響するという、
明確な根拠はなく、
そうした行為が必要であるとは言えない、
という結論になります。

勿論これは全体を均してみた場合の話で、
治療の導入時や、
血糖が変動を繰り返したり、
低血糖を繰り返すようなケースでは、
一定の有効性が期待はされるところです。
そうした部分までを、
今回の結果は否定するものではありません。

従って、
どのような患者さんには血糖自己測定が有用なのか、
長期予後という観点から考えた時の、
指針が必要であるように思います。

国内外を問わず、
現状はそうした指針がないことが問題なのです。

血糖も血圧もそうですが、
治療に熱心な患者さんほど、
自宅での頻回の測定を希望されることが多いのですが、
そうした患者さんにおいては、
実際にはあまり頻回の検査の必要性はなく、
治療に無関心な患者さんの方が、
実はそうした自己測定の必要性が高い、
という辺りに、
一般の臨床における一筋縄ではいかないところがありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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アルコールの摂取量と認知機能との関連について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
アルコール摂取量と脳の健康.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
アルコールの脳への作用についての論文です。

健康のために適切な飲酒量はどのくらいか、
というのは未だ解決はされていない問題です。

大量のお酒を飲んでいれば、
肝臓も悪くなりますし、
心臓病や脳卒中、高血圧などにも、
悪影響を及ぼすことは間違いがありません。

ただ、アルコールを少量飲む習慣のある人の方が、
全く飲まない人よりも、
一部の病気のリスクは低くなり、
寿命にも良い影響がある、
というような知見も複数存在しています。

日本では厚労省のe-ヘルスケアネットに、
日本のデータを元にして、
がんと心血管疾患、総死亡において、
純アルコールで平均23グラム未満(日本酒1合未満)の飲酒習慣のある方が、
全く飲まない人よりリスクが低い、
という結果を紹介しています。

その一方で、
2016年のメタ解析の論文によると、
確かに飲酒量が1日アルコール23グラム未満であれば、
機会飲酒の人とその死亡リスクには左程の差はないのですが、
1日1.3グラムを超えるアルコールでは、
矢張り死亡リスクは増加する傾向を示していた、
というようなデータが紹介されています。

今年発表されたイギリスの大規模疫学データでは、
概ね多くの病気において、
全くお酒を飲まない人より、
1日20グラム程度のアルコールを摂取している人の方が、
その発症リスクは低く、
それが適正量を超えるとリスクの増加に繋がる、
というものになっていました。

ただ、喉頭癌、食道癌、乳癌など、
一部の癌はより少ないアルコール量でも、
そのリスクが増加した、
というデータもあります。

これまでのデータを整理すると、
アルコールの摂取量が少なくとも、
ノーリスクとは言えないのですが、
その量が1日換算で20から23グラム未満程度であれば、
大きな健康上の問題は生じない、
と考えて良いように思います。

ただ、アルコールの脳への影響、
と言う点についてはそれほどクリアになっていません。

少量のアルコールは認知症のリスクを低下させた、
という報告がある一方で、
脳画像による同様の検証では、
こうしたアルコールの良い影響は確認されていません。

そこで今回の研究では、
イギリスにおいて、
登録時の平均年齢が43歳の男女550名を、
アルコール摂取量を聞き取りした上で、
30年間の経過観察を行い、
その前後で脳のMRIを撮って、
その所見の比較も行っています。

その結果…

アルツハイマー型認知症の所見として見られる海馬の萎縮(右側)は、
アルコールの摂取量が多いほどその頻度が高く、
1週間のアルコールの摂取量が8グラム未満と比較して、
112から168グラム未満では3.4倍(95%CI; 1.4から8.1)、
168から240グラム未満では3.6倍(95%CI; 1.4から9.6)、
240グラム以上では5.8倍(95%CI; 1.8から18.6)と、
それぞれ有意に増加していました。

認知機能の検査については、
記憶の再生や、
野菜の名前をなるべく沢山言う、
というような意味流暢性の検査では、
アルコール摂取量との関連は認められませんでしたが、
「A」で始まる言葉をなるべく沢山言う、
というような文字流暢性の検査では、
アルコール摂取量が多いほど、
結果が低下しているという相関が認められました。

この研究ではまだ、
認知症の事例が沢山発症する、
という年齢には至っていないので、
実際に認知症の発症リスクが、
アルコールの摂取量で高まるかどうかは確認されていません。

ただ、その初期の兆候と思われる所見の幾つかが、
アルコール摂取量が多いほど増加し、
全体の傾向としては、
少量飲酒していた方が認知機能の低下が少ない、
というような結果にはなっていません。
少量の飲酒でもそうした傾向はあり、
それが1週間のアルコール量112グラム以上で、
明確化する、
という結果になっています。

この週に112グラムというのは、
1日に換算すると16グラムですから、
日本で適正飲酒量とされる1日23グラム以下より、
かなり少ないということが分かります。

元々2016年のイギリスのガイドラインにおける適正飲酒量は、
1週間に112グラム以下で、
意外なことに日本より厳しいのです。
これがアメリカの男性の適正飲酒量は、
1週間に196グラムとなっています。

イギリス人は毎日パブでビールを飲んでいるようなイメージがありますが、
意外に飲酒に関しては厳格であるようです。
(これは以前は週に168グラムと、
日本でほぼ同一となっていたものが、
少量飲酒のリスクを重視して改訂されたのです)

1週間の飲酒量を基準にするのは、
分かりにくいように思いますが、
イギリスの基準は1週間にワイングラスなら5杯分、
ビール中ジョッキが4杯分、
というように図示されていて、
1日1合くらいと言うより、
この方が分かりやすいというようにも感じます。

少量の飲酒に大きな健康上の害はない、
という常識に現状は大きな変化は起こっていないのですが、
より少量の飲酒でも、
一部の癌や認知機能の低下には、
若干の関連がある可能性があります。

従って、
飲酒の楽しみを否定するつもりはありませんが、
健康のためには、
1週間単位でなるべくたしなむ程度にしておくのが、
まずは上策ではないかという気がします。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

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気管支拡張症に対するスタチンの予後改善効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
緑膿菌感染に対するスタチンの効果.jpg
今年のChest誌に掲載された、
緑膿菌という抗生物質抵抗性の細菌の感染を伴う、
気管支拡張症の患者さんに対する、
スタチンの予後改善効果についての論文です。

気管支拡張症というのは、
伸展性のある肺の気管支が、
その機能を失い、
部分的もしくは全体的に拡張する病気です。

その原因は大きく分けると、
先天性のものと後天性のものがあり、
先天性のものは、
気管支の感染防御機能が、
何らかの原因で障害されていることにより、
若い年齢から気道の感染を繰り返しながら、
気管支拡張症が進行します。

嚢胞線維症はその代表的な病気ですが、
明確な人種差があって、
白人に多くアジアには少ないとされています。

後天性の気管支拡張症は、
肺炎などの肺の感染症により、
持続的な気道の炎症が起こり、
発症することが多く、
小児期のアデノウイルス感染症やマイコプラズマ肺炎、
結核や細菌性肺炎が、
その原因として知られています。

肺炎は勿論後遺症を残さず、
完全に治癒することもありますが、
炎症が持続する結果として、
気道を障害し、
通常部分的な、
気管支の拡張症を来たすことも多いのです。

それ以外に、
自己免疫疾患などでは、
気道の非感染性の炎症が起こり、
それにより気管支拡張症を来たすこともあります。

後天性の気管支拡張症は、
疫学的には中年の女性に多く、
これは自己免疫機序との関わりを、
示すものだと思われます。

気管支拡張症の本態は、
気道の慢性の炎症にあります。

拡張した気管支は、
その正常な機能を失っているので、
その部位で細菌が増殖し易く、
一旦増殖すると完全には除菌されません。

そこで風邪など身体の抵抗力が低下した時に、
拡張した気道で細菌の増殖が起こり、
気管支炎や肺炎などの、
強い炎症を起こすのです。

これを、
気管支拡張症の急性増悪と呼んでいます。

急性増悪を繰り返せば、
障害される気道が増え、
肺の機能は低下します。
これを繰り返すことにより、
気管支拡張症は進行してゆくのです。

気管支拡張症は決して稀な病気ではないと考えられていますが、
日本のみならず海外においても、
あまり明確なその発症頻度は、
報告されていません。

気管支拡張症の診断は、
進行したものであれば、
レントゲンで可能ですが、
正確にはCTが必要です。

従って、
CT検査が増えればその頻度は増加するので、
正確な頻度のデータが取り難い、
という問題があります。
これは甲状腺癌の頻度などと、
同じ問題点です。

また、古い結核の病巣などには、
高率に気管支拡張症を合併しますが、
そうしたものを気管支拡張症にカウントするかどうか、
というような点も明確ではありません。

ただ、たとえば慢性気管支炎などと、
言われるような病態の多くは、
気管支拡張症を伴っている可能性が高いのです。

さて、
このように進行性の病気である気管支拡張症ですが、
現時点で確実に有効な治療は存在していません。

ただ、
そのメカニズムからして、
気道の細菌性の炎症をコントロールすることが、
重要なことは明らかです。

特に緑膿菌という細菌が慢性の炎症を来しているような事例では、
病状は悪化し易く、
治療も困難であることが知られています。

この炎症のコントロールに、
抗生物質を使用する臨床試験が多く行われていますが、
一定の効果が見られたという報告はあるものの、
その効果は限定的で、
かつ耐性菌の誘導など有害な影響も無視出来ません。

そこで1つの選択肢として注目されているのが、
スタチンの使用です。

スタチンはコレステロール合成酵素の阻害剤ですが、
コレステロールの降下作用以外に、
炎症の抑制や免疫の調整作用のあることが知られていて、
これまでに気管支拡張症の急性増悪に、
一定の予防効果が示唆されたという報告もあります。

ただ、概ね慢性の炎症にスタチンを使用した臨床試験の結果は、
基礎実験や動物実験のデータと比較すると、
それほどクリアなものではありません。

今回の検証は緑膿菌の感染が確認をされている、
気管支拡張症の患者さんに限って、
高用量のスタチンを使用してその有効性を見たものです。

対象となっているのは緑膿菌の感染を伴った気管支拡張症の患者さん、
トータル32名で、
患者さんにも主治医にも分からないように、
クジ引きで16名ずつの2つの群に分けると、
一方はスタチンのアトルバスタチンを、
1日80ミリグラムという高用量で使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
3か月の治療による症状などの変化を比較検証しています。

3か月の治療後、
6週間は未治療の期間をおいて、
今度は両群を入れ替えて、
再び3か月の治療を行なっています。

その結果、
32名中27名が解析の最終的な対象となり、
本来の指標であった咳症状の改善においては、
両群で有意な差は認められませんでした。

ただ、呼吸状態の指標では、
スタチンによる一定の改善効果が確認され、
炎症性サイトカインの一部も、
スタチンの使用により低下が認められました。

今回の研究では、
短期間の高用量のスタチンの使用により、
一定の症状の改善が認められていますが、
必ずしも著効とまでは言えないもので、
かつ例数も少ないので、
これをもって緑膿菌感染を伴う気管支拡張症に対して、
スタチンの処方が推奨される、
とまでは言えないと思います。

ただ、抗生物質治療以外の、
1つの選択肢としては、
考慮には値するように思いました。

この分野では臨床研究は小規模なものは多いのですが、
いずれもモヤモヤする結果に終わっていて、
今後それほど画期的な結果が、
出て来るようにも思えないのですが、
今後も情報収集には努めたいと思っています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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シベリア少女鉄道「たとえば君がそれを愛と呼べば、僕はまたひとつ罪を犯す」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
シベリア少女鉄道.jpg
天井桟敷亡き後、
忽然と現れた最後の演劇実験室、
「シベリア少女鉄道」の新作に足を運びました。

ネタが勝負で役者さんは時に記号のように扱われる、
という特異な舞台なので、
感想はいつも公演終了後に書くようにしています。

上演中のネタバレは、
これはもう犯罪の域だからです。

今回の作品は現時点でのオールスターキャストで、
篠崎茜さんの王道ヒロイン復活に、
相手役をおとぼけ王子(おじさん)の加藤雅人さんが勤め、
昔のシベ少を体現する、
状況劇場なら大久保鷹さんに相当する吉田友則さんが、
いつもの医者役で我が道を行き、
浅見絋至さんと川田智美さんの強力コンビが、
冷徹な鬼畜芝居を演じます。
最近やや影の薄い小関えりかさんも踏ん張りを見せ、
ゲストアイドル枠の葉月さんも、
しなやかに脇を固めます。
ほぼ鉄壁の布陣です。

ただ、今回はキャストを立てて、
自由度を広く取ったのでしょうか?

話自体はいつものお芝居の約束事の1つを、
過剰に反復するという、
正直工夫のあまりないもので、
ラストには、
「1つの指輪を男が女に渡す」というだけの行為を、
世界を構成する歯車の全てが軌道して、
運命機械として成立させる、
という力業があって、
少し盛り上がりますが、
これも以前にもっと大掛かりな構想のものが、
沢山あったので、
何を今更、という感じは矢張り抜けませんでした。

土屋亮一さんも多分以前より役者さんに優しくなったのか、
非人間的にキャストを扱う部分が少なくて、
それだけ普通のお芝居に近くなってしまったような感じがありました。

お話はいつもの通りで、
前半は普通に進行しているお芝居を、
後半は徹底的に崩してゆくのですが、
今回は「きっかけがあると同じ段取りを続けてしまう」
というだけのことなので、
もうひとひねりは欲しいところですし、
舞台自体の仕掛けも欲しいところです。

ただ、以前の芝居では、
後半崩れてくると、
もう主筋を追うことが出来なくなってしまったのですが、
今回は崩しながらも主筋は分かる形で継続し、
ラストまでキチンと理解可能になっている点は、
技術的には以前よりレベルが向上していると感じました。

また以前のシベ少の舞台はほぼ全てソフト化不可能でしたが、
今回の作品などは別にDVDにしても問題はなさそうで、
今後はそうした方向も視野に入れているのかしら、
というように思わなくもありません。

エビ中やテレビなどのお仕事も見ると、
色々な意味で普通のお芝居にシフトしつつあるのかな、
というようにも感じます。
ただ、矢張りシベ少の本公演に関しては、
演劇実験室たる孤高を歩んで頂きたいと思いますし、
これはこれで良いとして、
また新たなる地平を目指した前衛的な芝居を、
是非お願いしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

「ゴールド 金塊の行方」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ゴールド.jpg
主演のマシュー・マコノヒーの肉体改造も話題の、
スティーブン・ギャガン監督の「ゴールド 金塊の行方」
を観て来ました。

これは白井佳夫さんが褒めていて、
白井さんは相当屈折した方なので、
まともなヒット作は決して褒めませんし、
僕と大分嗜好は異なっているので、
何度も騙されてとても詰まらない映画を、
観てしまったこともあります。

これまで白井さんを信じて「大当たり」だったのは、
「ルパン三世カリオストロの城」と、
永島敏行と森下愛子のデビュー作の「サード」くらいで、
後は到底その評価に納得のいかない作品を沢山観ています。
(ルパン三世は封切り当時は、
たかがアニメ映画、という扱いで、
一般には大した評価はありませんでした。)

ただ、この「ゴールド」は久々の「大当たり」で、
寝不足での鑑賞だったので、
最初はばんやりと観ていたのですが、
途中からあまりに面白いので完全に覚醒し、
後半は本当にのめり込むようにして観てしまいました。

ネットの批評などで貶している方もいるので、
全ての方が面白いと感じる映画ではないようです。
ラストのオチなども、
素晴らしいと思うのですが、
詰まらないし読めてしまう、
というように悪口を言われる方もいます。

あんなに素晴らしいのにどうしたことかしら、
と思うのですが、
多分商売や人間関係で苦労したり汗を流したことがないと、
ニュアンスとして感じにくいところがあるのではないか、
というようにも思います。

万人向けの娯楽作品のようでいて、
結構滋味に溢れた大人の映画なのです。

主人公のマコノヒーは、
インドネシアで金塊を掘り当て、
一夜にした大金持ちの有名人となる、
粗野で愚かでそれでいて憎めない俗物を演じるのですが、
その入魂の演技は本当に素晴らしくて、
単純に面白い人物を演じていながら、
人間そのものの業のような愚かさと、
愚かしいからこその愛らしさを演じて、
間然とするところがありません。

彼の演技を観るだけで、
充分元は取れたという気分になる映画です。

またストーリーが抜群に面白く技巧的に出来ていて、
勿論「金塊の行方」は誰でも想像は付くのですが、
こういう話は定番で問題はないので、
そこに繋がる段取りの巧みさと、
伏線の張り方の巧みさ、
そして人間そのものが物語の「仕掛け」になるという、
クレヴァーな台本に感心します。

こうした「良く出来た話」は、
それだけで終わりがちなのですが、
この作品はそうではなく、
主人公、その恋人とビジネスパートナーでもある親友の、
3人のキャラクターが非常に繊細かつ奥行を持って描かれていて、
人間ドラマとしても一級品です。

ややごちゃごちゃして、
荒っぽい編集であり演出ではあるのですが、
語り口は古典的で滑らかなので、
スムーズに作品世界に入り込むことが出来ます。

今年観た新作映画の中では、
「はじまりへの旅」と共に、
今のところ最も気に入っている1本で、
是非にとお薦めしたいと思います。

一応実話を元にしているのですが、
概略が似ているというだけで、
事件の年代や設定も異なっています。
従って、あまり元ネタを検索したりはせずに、
予備知識なく鑑賞された方が、
面白いと思います。

破天荒な主人公を狂言廻しにして、
現代の社会のからくりのようなものと、
それに踊らされる人間という種の、
変えようのない本質的な愚かしさを、
愛情豊かに綴った傑作だと思います。

単館公開に近い寂しいロードショーですが、
皆さんも気に入って頂けたらとても嬉しいです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

妊娠後期の母乳搾乳の安全性と効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日はクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
妊娠後期の母乳搾乳の効果.jpg
今年のLancet誌に掲載された、
妊娠の後期に母乳を搾乳して保存するという、
ちょっと特殊な方法の効果と安全性とを検証した論文です。

糖尿病の女性が妊娠をした場合や、
妊娠中に母体の血糖値が上昇したような場合には、
胎児のインスリンが過剰に分泌されるため、
出生後に赤ちゃんが一時的な低血糖を起こす、
というリスクがあることが知られています。

こうした場合にも、
お母さんから離されて集中治療室に入った赤ちゃんが、
母乳による栄養を受けられるように、
妊娠の後期に母乳を搾乳して、
それを冷凍保存しておくことが、
欧米では1つの習慣として、
行なわれているようです。

授乳は妊娠糖尿病の糖尿病への進展を、
予防する効果のあることが知られています。
乳汁分泌ホルモンにインスリン抵抗性を改善する効果があることが、
その1つの要因と考えられています。
従って、早期に搾乳を行うことは、
胎児と母体にとってのメリットがあると、
そう考える意見があるのです。

その一方で、
妊娠中に搾乳することにより、
それをきっかけに陣痛が促進して出産が早まり、
胎児の低体重など、
予後に悪影響を与える可能性も否定は出来ません。

2014年のコクランレビューにおいては、
これまでのデータを収集しても、
この問題に解決を与えるような、
精度の高いデータは存在していない、
という結果になっていました。

そこで今回の検証ではオーストラリアの複数の病院において、
糖尿病があって妊娠をしたか、
妊娠糖尿病が診断された、
妊娠34から37週の女性635名を登録し、
クジ引きで2つの群に分けると、
一方は妊娠36週以降で1日2回お乳を搾って搾乳を行い、
もう一方は搾乳はしないで、
出産後の胎児の経過を比較検証しています。

その結果、
両群で出生時が集中治療室(NICU)に入室するリスクには、
有意な差はなく、
出生時の体重やその健康状態にも、
有意な差は認められませんでした。
そして、搾乳を保存することにより、
出生後24時間以内の母乳栄養の割合は、
搾乳群で有意に高くなっていました。

つまり、
当初想定されたような、
搾乳により陣痛が早まることによる不利益は、
今回の研究では明らかには認められず、
妊娠後期の母乳搾乳の、
一定の安全性が確認をされています。

現状日本では推奨をされていない行為でもあり、
この結果が即日本で適応される、
というようには考えられませんが、
興味深い結果であり習慣であることは間違いがなく、
今後のデータの蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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ミノサイクリンによる多発性硬化症進行予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
多発性硬化症に対するミノサイクリンの効果.jpg
今年のthe New England Journal of Medicine誌に掲載された、
多発性硬化症という難病の進行抑制に、
古くからあるミノサイクリンという抗生物質を使用する試みを、
臨床的に検証した論文です。

多発性硬化症というのは、
神経の難病の1つで、
神経を覆う絶縁体の鞘のような部分である、
髄鞘が破壊される脱髄という現象が起こることから、
脱髄疾患と呼ばれています。

この病気の特徴として、
まず単一の神経の部位に、
CIS(Clinically isolated syndrome)と呼ばれる、
1つの症状が起こり、
それに続いてまた別の部位に症状が起こって、
そうした脱髄症状を繰り返しながら、
病状が進行するという経過を取ります。

自己免疫がこの脱髄には影響をしていると考えられているので、
通常脱髄によると思われる単一症状が出現した場合には、
まずステロイドのパルス療法を行って、
症状を抑え込み、
それから再発予防として、
インターフェロンβの注射薬や、
フィンゴリモドなどの免疫抑制剤が、
継続的に使用されるのが一般的です。

この治療には一定の効果が認められていますが、
再発予防薬はどれも非常に高価な薬剤で、
その患者さんへの負担や医療費増大という問題が、
世界的に議論となっています。

そこで、もっと安価な治療薬で、
同様の予防効果が得られないか、
という検討が行われ、
その候補の1つと考えられているのが、
抗生物質のミノサイクリン(商品名ミノマイシンなど)です。

ミノサイクリンは抗生物質としての抗菌作用以外に、
免疫の調整作用や炎症性サイトカインの抑制作用などが、
存在することが確認をされている薬剤です。

これまでに、
通常の再発予防薬であるインターフェロンβに、
上乗せでミノサイクリンを使用した臨床試験が行われていて、
その結果は上乗せ効果は認められない、
というものでした。

しかし、より早期の病変において、
単独で使用した場合の効果については、
まだ精度の高い臨床試験による検証はされていませんでした。

そこで今回の臨床研究では、
カナダの複数の専門施設において、
多発性硬化症に進展する可能性の高い、
初発の脱髄症状と診断された患者さん、
トータル142名をクジ引きで2つの群に分け、
初発症状から180日以内に、
一方はミノサイクリンを100ミリグラム使用し、
もう一方は偽薬を使用して、
開始後6か月の時点と、
24か月の時点で、
多発性硬化症への進展の有無を比較検証しています。

その結果、
治療開始後6か月の時点では、
ミノサイクリンは多発性硬化症への進展を、
有意に抑制していましたが、
24か月の時点では、
その差は認められませんでした。

つまり、短期的にはミノサイクリンには、
多発性硬化症の進展予防効果が認められたのですが、
その効果はより長期的には減弱する性質のもののように、
今回の結果からは思われます。

この短期的な効果は、
それだけで見ると、
現在使用されているインターフェロンβの効果に、
ほぼ匹敵するものなので、
今後補助的な治療として、
まずミノサイクリンを再発予防に使用し、
有効性が低下するタイミングで、
インターフェロンなどの治療に、
スイッチするような方法も、
検討に値すると思います。

いずれにしても、
まだ現段階で治療の選択肢として、
ミノサイクリンを使用することは、
時期尚早と考えられますが、
免疫抑制剤のような強い副作用はなく、
薬も安価であるという点は大きな長所で、
今後の知見の積み重ねに期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


第21回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は終日事務作業の予定です。

今日は告知です。
それがこちら。
第21回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
6月17日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

テーマは今回は「腸内細菌と健康」です。

腸内細菌のバランスが、
お腹の調子のみならず、
多くの病気の原因ともなっている、
という話は、
最近よく聞く話です。

有名なうんち博士と称されるような先生もいて、
腸内細菌の分析なども、
その先生の監修のもとに商品として販売されています。
つまり、健康関連のビジネスとしても、
非常に有望な分野となっていて、
多くの企業が舌なめずりをして、
皆さんの財布を狙っている分野でもあります。

長く腸内細菌製剤というのは、
乳酸菌製剤とほぼ同一でしたが、
最近ではこれまで日和見菌という、
あまり外聞の良くない名前が付けられていた、
バクテロイデスのような細菌が、
むしろ大人では肥満の予防など、
健康面で重要な役割を担っていることが、
明らかになってきました。

潰瘍性大腸炎やクローン病などの、
炎症性腸疾患や過敏性腸症候群のような、
腸疾患のみならず、
免疫系の正常な発達や維持、
栄養素の正常な吸収や代謝、
肥満や糖尿病の予防、
薬や身体にとって有害な病原体からの防御など、
腸内細菌の正常な発達と維持なしで、
人間の健康は語れません。

ただ、未だ分かっていないことも多く、
最近でも膣の細菌を胎児に塗り付けた方が良いという話など、
玉石混交様々な情報が乱れて飛んでいるのも現状です。

今回もいつものように、
分かっていることと分かっていないこととを、
なるべく最新の知見を元に、
整理してお話したいと思っています。

ご参加は無料です。

参加希望の方は、
6月15日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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お子さんのフルーツジュースについての考え方(アメリカ小児科学会の指針) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
フルーツ.jpg
今年のPediatrics誌に掲載された、
お子さんの果物ジュースの使用についての提言です。

果物ジュース、特に果汁100%以外の、
砂糖などの添加されたジュースは、
基本的には子供に適した飲み物であるとか考えられていません。

その一方で、
上記文献の記載によると、
2から18歳のアメリカの子供は、
その果物の摂取の半分をジュースから得ている、
という調査もあるようです。

生後6か月の時点から、
果物のすりおろしや加熱したものを、
少量ずつ摂ることは推奨されています。
ただ、これはジュースで代用出来るものではない、
というのが基本的な考え方です。

それでは、果物ジュースの何が問題なのでしょうか?

果物ジュースの多くは、
果物そのものをすりおろすよりも多くの糖分を含み、
その一方で食物繊維や蛋白質はあまり含まれていません。

そのために、
生の果物のすりおろしなどの代わりに、
果物ジュースを使用すると、
お子さんはその甘さに慣れて、
果物自体よりもジュースを好むようになり、
糖質の過剰摂取に繋がりやすいと共に、
虫歯などのリスクも増加する、
というように考えられています。

反面果物ジュースには、
ミネラルやビタミンなどを、
手軽に摂取しやすいという利点もあります。
薄めての使用が原則ですが、
感染性腸炎などの時の経口補液としての有用性も、
指摘をされています。

それでは現状は小児への果物ジュースの使用を、
どの程度に考えるのが妥当でしょうか?

以下は上記文献にあるアメリカの指針です。

まず1歳未満の乳児においては、
基本的に果物ジュースの使用は推奨はされません。
以前半分に薄めたリンゴジュースが、
脱水時に有用との論文がありましたが、
今回の指針においては、
その効能も否定されています。
乳児期におけるジュースの使用は、
糖質過多から栄養バランスを乱し、
栄養失調や下痢などの原因となります。
この欠点は、基本的には1歳以上の年齢でも同一です。
その点から、
1歳から3歳までは果物ジュースは1日1オンス(28.35グラム)まで、
4歳から6歳では1日6オンスまで、
7歳から18歳では1日8オンス(226.8グラム)まで、
というように制限することが妥当で、
その代わりに生の果物を摂取するべきだ、
という内容になっています。
ジュースを使用する場合には、
100%ジュースを活用することが望ましいとされています。

この見解が(特に分量など)そのまま日本で適応可能とは、
勿論言い切れないのですが、
お子さんに対する果物ジュースの使用は、
その後の食生活への影響を考えると、
大人が一考する必要はあるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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造影MRI後の脳組織へのガドリニウムの沈着について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
小児脳へのガドリニウムの沈着.jpg
先月のJAMA Pediatrics誌に掲載されたレターですが、
小児の患者さんにおける、
造影MRI検査のリスクについて検証した内容です。

MRI検査は磁気を利用して体内の構造を可視化する検査で、
CTと共にその有用性から、
臨床に幅広く使用されています。

CT検査は放射線を使用するので、
そのリスクが問題となりますし、
造影剤として使用するヨードには、
重度のアレルギーのリスクがあることが知られています。

それと比較すると、
MRI検査には被ばくのリスクはありませんし、
造影剤として主に使用されるガドリニウムでは、
ヨードのようなアレルギーを生じることは稀です。

ガドリニウムはレアアースの1つで、
磁性体としての性質からMRIの造影剤として使用されています。
このガドリニウムそのものには強い毒性があるので、
ガドリニウムをキレート化して使用し、
そのまま腎臓から排泄されるように改良したのです。

ほぼ100%そのまま腎臓から排泄されるので、
毒性の問題はクリアされたと考えられていましたが、
腎機能の低下があって排泄が大幅に遅延すると、
血液中に蓄積したガドリニウムが遊離し、
一種の重金属中毒を来す可能性が指摘され、
腎機能低下のあるケースでのリスクが指摘されています。
また、ガドリニウム造影剤の使用後に、
皮膚が強皮症という病気のように、
線維化して硬化する、
腎性全身性線維症という、
特殊な病気が複数報告されて問題となったこともあります。

ここまでは主に腎機能が低下した場合の、
ガドリニウム造影剤のリスクについての話です。

最近になって、
腎機能が正常であっても、
ガドリニウム造影剤を使用することにより、
脳組織にガドリニウム(それ自体もしくは造影剤の成分)が、
沈着するのではないか、
という知見が相次いで報告されるようになりました。

2013年にその先駆的な研究結果を報告されたのが、
日本の神田知紀先生です。

こちらをご覧ください。
脳へのガドリニウムの沈着.jpg
こちらの画像は、
神田先生らが書かれた、
2016年の「画像診断」(Vol.36 No5 2016 441-447)
からの引用です。
(正式な引用の許可は取っていませんので、
ご指摘があれば削除します)

繰り返し行われた、
ガドリニウム造影剤によるMRI検査により、
小脳歯状核と大脳の淡蒼球という部分に、
T1強調画像での高信号化という異常所見が生じています。

元の論文は2013年のRadiology誌に掲載され、
世界的に注目されました。

その後国外でも追試が行われ、
そうした現象が存在することは間違いのないことだと確認されました。

次に行われたのは、
病気で亡くなった患者さんの解剖で、
ガドリニウム造影剤を使用した場合の脳組織の変化を、
直接観察することで、
これも複数の論文が発表され、
例数は数例から10数例程度と少ないのですが、
ガドリニウム造影剤を使用した患者さんにおいて、
MRI検査で指摘された部位に、
ガドリニウムの沈着があり、
使用していない患者さんではそうした所見のないことが、
実際に確認されたのです。

ここまでは全て大人での検討でした。

今回のレターは、
少数例ですが主に脳腫瘍で亡くなった小児の、
脳の解剖所見から同様の検討を行ったものです。

3例の4回以上検査でガドリニウム造影剤使用の小児(8歳、6歳、13歳)
の脳を解剖した結果、
全ての事例で大人と同様の部位に、
ガドリニウムの異常な沈着を認めました。

一方でコントロールとしてガドリニウムの検査をしていない3人の小児では、
同様の所見は認められませんでした。

前述神田先生の見解では、
ガドリニウム造影剤で、
キレートとの結合が弱く、
イオンとしてガドリニウムが遊離しやすいと、
そうした現象が起こりやすく、
構造的に安定な造影剤では、
殆どそうした現象は生じていない、
と言われています。

現状はこの正常腎機能の患者さんにおける、
ガドリニウムの脳への沈着が、
健康上の問題を生じたという報告はありません。

従って、日本においては、
その使用に特に制限などは行われていないことが実状です。
画像診断の専門医療機関においても、
使用されている造影剤が明記されているようなところでは、
主にガドリニウムが遊離しにくいとされる造影剤が、
使用されているようですが、
明記されていないような医療機関もあり、
また使い勝手もあるのでしょうが、
ガドリニウムの沈着が生じやすいタイプの造影剤も、
まだ使用はされているようです。
(これは違反ではありませんし、
現時点でもトータルに健康への悪影響が、
そうした造影剤で多いという確証はありません)

それではまとめです。

ガドリニウム造影剤を使用したMRI検査では、
特に積算で4回以上検査を行った場合に、
脳の特定部位へのガドリニウムの沈着が起こります。
これは成人でも小児でも起こり、
腎機能が正常でも生じる現象です。
ただ、その病的な意味はまだ明らかではなく、
何らかの病気の原因となった、
と言う報告は現時点ではありません。

一部の研究によると、
線状型と呼ばれる構造の造影剤(マグネビスト、オムニスキャンなど)では、
こうした現象は起こりやすく、
環状型と呼ばれる構造の造影剤(マグネスコープ、プロハンスなど)では、
こうした現象は起こりにくい、
とされていますが、
まだ確定的なものではありません。

従って、
腎機能が正常な患者さんでの必要な検査は、
その通りに行って問題はないのですが、
4回を超えるような検査においては、
脳などへのガドリニウムの蓄積の可能性を念頭に、
よりリスクが少ないと想定される造影剤を使用するなど、
慎重な対応を取ることが望ましいと考えられます。

日本においての一番の問題は、
患者さんが複数の医療機関で、
同じような検査を行うことが可能なので、
ガドリニウム造影剤の種類や使用量を、
一元的に管理することが不可能であることで、
全ての医療情報が一元化されなくても、
こうした検査の情報については、
個人ごとに一元的に管理出来るような体制が、
是非必要であるように考えます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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