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デング熱ワクチンの有効性とそのリスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ロタウイルスとデング熱ウイルス.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
ワクチンに関しての解説記事です。

現状伝染性の多くの感染症の予防において、
最も有効性が確認されている方法はワクチン接種です。

ただ、ワクチンは身体の免疫を人工的に賦活する方法なので、
その効果は100%ではなく、
免疫系の予期せぬ過剰な反応などによる、
有害事象もゼロにすることは出来ません。

従って、新しいワクチンが使用開始された際には、
緻密な接種者の調査を行なって、
その有効性と有事事象の解析を行う必要があるのです。

今回ご紹介する記事においては、
2つの最近導入われたワクチン事例2つを比較することで、
その点の検証を行なっています。

その第一は今日本でも任意接種として導入されている、
ロタウイルスのワクチンです。

最初に使用されたロタウイルスのワクチンは、
ロタシールドという4価のワクチンで、
アメリカで1998年に接種が開始されました。

ロタウイルスはアメリカにおいて、
毎年5万人の5歳未満のお子さんの入院の原因となり、
そのうち20から60人が死亡しています。

それがワクチンの導入により、
ロタウイルスの重症感染の70から100%が予防され、
ロタウイルス性腸炎の48から68%が予防されました。

かなり画期的な予防効果と言って間違いありません。

しかし、このワクチンの10054名接種当たり5名という頻度で、
腸重積という有害事象の発生が報告されました。
未接種のコントロールでは腸重積の頻度は4633名に1名で、
この差は有意ではないものの高い傾向がありました。
そして、接種開始後1年以内の期間で、
15例の腸重積の報告が集積した時点で、
有効性は充分に確認されながらこのワクチンの接種は中止されたのです。

その後、
今使用されているロタテックとロタリックスという、
それぞれ少しずつ製法の違う2種類のワクチンが新たに開発され、
未接種と比較して腸重積の発症率には差がない、
という臨床データの発表を経て、
その接種が開始されました。

そして、腸重積発症の報告自体はあるものの、
そのリスクを大きく上回る有効性が確認されたため、
その接種は継続されているのです。

一方でもう1つ、やや対照的な事例と言えるのが、
デング熱ワクチンのケースです。

デング熱は熱帯に多い蚊を媒介とする感染症で
デング熱は、
蚊が媒介する熱帯から亜熱帯の出血熱の一種ですが、
日本脳炎などと比較すればその病状は軽く、
重症化も比較的稀な感染症です。
日本でも数年前からその流行が確認されています。

特別な治療はなく、
一旦流行するとその媒介する蚊の根絶は、
現実的には困難であるので、
その予防と感染のコントロールのためには、
ワクチンの開発が通常想定される方法になります。

しかし、
デング熱のワクチンは、
これまで長く実用化がされませんでした。

その大きな理由は、
デング熱の特性にあり、
この病気には4種類の異なる血清型が存在するのですが、
そのうちの1種類に感染した患者さんが、
その後に別の種類の血清型のデング熱に感染すると、
初回より重症化してデング出血熱という、
重症型になり易いのです。

そのメカニズムは、
完全には解明されていませんが、
1種類の血清型に感染すると、
不十分な免疫が他の3種類に対しても産生され、
それが別個の感染時に、
過剰な免疫反応を誘発する、
という機序が想定されています。

これを抗体依存性感染増強現象と呼んでいます。

従って、この病気のワクチンは、
4種類の血清型の全てに対して、
均等に免疫を付与するような性質のものでないと、
ワクチン接種で不充分な免疫が誘導されることにより、
却って重症化を誘発するようなリスクがあるのです。

このハードルの高さから、
デング熱のワクチンはなかなか実用化がされませんでした。

2019年にアメリカのFDAは、
初めてのデング熱ワクチンを承認しました。

これは4種類の血清型の抗原を全て含む、
4価の弱毒生ワクチンで、
それを半年の間隔を空けて3回接種します。

その南アメリカなどで行われた臨床試験の結果では、
ワクチンによりウイルスが同定された症候性デング熱が、
9歳から16歳の年齢層で、
ワクチン接種開始の時点でデング熱に対する抗体が陽性の場合には、
およそ76%予防されました。
しかし、ワクチン接種開始の時点で抗体が陰性であると、
その有効率は38%に留まっていました。

そして、ワクチン接種の時点で抗体が陰性で、
ワクチン接種を行うと、
むしろ重症のデング熱感染に、
その後罹り易くなることが分かりました。

9歳から16歳の年齢層において、
ワクチン接種開始の時点で抗体が陰性であると、
ワクチン未接種と比較して、
ワクチン接種群では、
その後のデング熱により入院するリスクが、
1.41倍有意ではないものの増加する傾向を示しました。

現行WHOはこのワクチンに対して、
接種前に抗体価を測定し、
それが陽性である時に限ってワクチン接種を推奨し、
抗体測定が困難である地域では、
その地域の抗体陽性率が、
9歳までに80%を超えている時に、
ワクチン接種を推奨しています。

このデング熱ワクチンにおいても、
その有効性自体は有害事象のリスクを大きく上回っているのですが、
抗体が陽性であるか陰性であるかで、
そのリスクや有効性が大きく変わるという特殊性があり、
それがワクチン接種の広がりを大きく阻害しているのです。

ワクチンの有効性と有害事象とのバランスやその適応の考え方は、
そのワクチンによっても大きく異なり、
一筋縄ではいかないものであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ストレス関連疾患とその後の重症感染症発症リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ストレスと重症感染症.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
ストレス関連疾患と感染症との関連についての論文です。

現代はストレス社会とも言われるように、
多くの精神的ダメージに結び付くストレスが蔓延しています。

ストレス関連疾患というのは、
こうしたストレスに伴った病気のことで、
心的外傷後ストレス障害(PTSD)や急性ストレス障害、
適応障害などが含まれています。

PTSDの後には、
免疫系の異常が起こるという報告があります。
また、PTSDの後には、
重症の感染症を来しやすい、
という報告もあります。

ただ、ストレス関連疾患と感染症との関係については、
これまであまりまとまった臨床データがありませんでした。

今回の研究は国民総背番号制を敷いているスウェーデンのもので、
144919名のストレス関連疾患の患者さんと、
その患者さんの兄弟184612名、
そしてストレス関連疾患のない、
一般住民1449190名のコントロールを対象として、
平均観察期間8年間で、
その間の重症感染症の発症リスクと基礎疾患との関連を検証しています。

その結果、
敗血症などの命に関わる感染症の発症率は、
ストレス関連疾患の患者さんでは、
年間1000人当たり2.9件であったのに対して、
その病気を診断されていない兄弟では1.7件、
コントロール群では1.3件でした。

病気のないその兄弟と比較して、
ストレス関連疾患の患者さんでは、
重症感染症の発症リスクが1.47倍(95%CI: 1.37から1.58)、
PTSDの患者さんに限ると1.92倍(95%CI: 1.66から2.28)
有意に増加していました。
このストレス関連疾患による重症感染症のリスクは、
一般住民のコントロールとの比較でも、
ほぼ同等に算出されました。

このストレス関連疾患に伴う重症感染症リスクの増加は、
患者さんの年齢が若いほど大きく、
その診断から1年以内に抗うつ剤のSSRIが使用されていると、
そのリスクは軽減する傾向が認められました。

このように、
ストレス関連疾患の受傷後には、
かなり長期に渡って重症感染症のリスクの増加が見られていて、
この現象がストレスによる免疫系の異常などによるものなのか、
ストレスに伴う喫煙や生活習慣の乱れなどによるものなのか、
それとも別個のメカニズムが隠れているのか、
といった詳細は不明ですが、
今後の研究の進捗を待つと共に、
現時点ではストレス関連疾患の患者さんにおいては、
感染症の重症化のリスクは高いと想定して、
対応する必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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タバコの種類と肺癌リスクとの関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
タバコの種類と肺がんリスク.jpg
2019年のJAMA Internal Medicine誌のレターですが、
時々診療の時にも聞かれることのある、
フィルターや低タールのタバコと、
通常のタバコの肺癌リスクの差についての研究結果です。

タバコを吸うことが、
肺癌などの癌や慢性閉塞性肺疾患、
心血管疾患などのリスク増加につながり、
生命予後にも大きな悪影響を与えることは、
皆さんも良くご存じの事実です。

従って、
健康のためには禁煙以外の方法はありません。

ただ、どうしてもタバコを止められない、
という方もいて、
フィルターを付けて吸ったり、
ニコチンやタールの少ないタバコを使用して、
少しでもタバコの害を軽減しよう、
という工夫がしばしば行われています。

しかし、フィルターや低タール、低ニコチンのタバコには、
どの程度の健康リスク低減効果があるのでしょうか?

今回の研究はアメリカで行われた、
肺癌スクリーニングの大規模疫学データを活用したもので、
タバコをレギュラーとライト、そしてウルトラライト、
フィルター付きとフィルターなし、
レギュラーとメンソールとに分けて、
それぞれの肺癌リスクを比較しています。

対象は現在の喫煙者か喫煙歴のある14123名です。

その結果、
明確に差があったのは、
フィルターありとなしのタバコで、
フィルターありと比べてフィルターなしでは、
肺癌になるリスクが1.37倍(95%CI:1.10から1.71)、
肺癌による死亡リスクが1.96倍(95%CI: 1.46から2.64)、
総死亡リスクが1.28倍(95%CI: 1.09から1.50)、
それぞれ有意に増加していました。

ただ、
非喫煙者では人口10万人当り、
肺癌による死亡は34件であったのに対して、
フィルター付きのタバコの使用者は、
1600件という疫学データがありますから、
勿論フィルター付きのタバコであれば肺癌にならない、
ということではありません。

そして、
レギュラーとメンソール、
レギュラーとライト、ウルトラライトとの比較では、
肺癌になるリスク、肺癌で死亡するリスク、
総死亡リスクのいずれにおいても、
有意な差は認められませんでした。

このように、
フィルター付きのタバコは、
フィルターなしと比較すると、
一定の肺癌リスク低減効果が認められますが、
ニコチンやタールを軽減している、
メンソールやライト、ウルトラライトの銘柄については、
明らかな差は認められませんでした。

ただ、勿論フィルター付きのタバコであっても、
前述のように非喫煙者と比較すれば、
明らかなリスクは認められますから、
健康のためには禁煙することが、
必要にして不可欠であることは間違いのないことなのです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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降圧剤を朝から眠前にずらすことの効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
寝る前の降圧剤の効果.jpg
2019年のEuropean Heart Journal誌に掲載された、
降圧剤の飲む時間とその効果についての論文です。

現在多くの高血圧の薬は1日1回の飲み薬です。

添付文書でも1日1回と書かれているだけで、
朝でも昼でも夜でも、
基本的には問題はないということになっています。

製薬会社の説明では、
その半減期は長く効果は安定しているので、
1日のうちどの時間に飲んでも、
同じ時間に継続して服用すれば、
血圧コントロールは安定するとされています。

しかし…

その一方で夜間の血圧をコントロールすることが、
昼間の血圧より重要であるという意見も根強くあります。
そして、そうした意見の専門家は、
1日1回のタイプの降圧剤は、
朝飲むより夜に飲んだ方が、
夜の血圧を低下させるので有効性が高い、
という言い方をされています。

実際にそれを示唆するデータも存在しています。
血圧を上昇される大きな要因の1つである、
レニン・アンジオテンシン系という一連のホルモン系は、
昼より夜寝ている時間帯に、
より活性化しているというデータがあります。
また、一部の降圧剤において、
朝より夜に飲んだ方が、
心血管疾患のリスク低下に結びついた、
というようなデータもあります。

ただ、実際に飲むタイミングと長期の患者さんの予後を、
比較検証したような臨床試験は、
これまでにはあまりなかったのが実際でした。

今回の研究はスペインの複数施設で行われたもので、
18歳以上で高血圧の治療を行っている、
トータル19084名をクジ引きで2つの群に分けると、
一方は全ての薬を昼間に内服し、
もう一方は1種類以上の薬を全て寝る前に内服して、
中間値で6.3年の経過観察を行っています。

血圧の評価は24時間血圧計で行い、
患者さんには試験の目的は知らされていませんが、
薬を飲む時間については知らされています。
つまり、偽薬を使用したような試験ではありません。

薬は自由に選べて、
外来の血圧値により治療がなされているので、
両群の血圧コントロールを比較することはあまり意味がありません。

この試験は敢くまで、
心血管疾患のリスクを比較しているものなのです。

年齢や血圧値などを補正した結果として、
心血管疾患による死亡と心筋梗塞、心不全、カテーテル治療、脳卒中を合わせたリスクは、
昼間の降圧剤の使用と比較して寝る前の服用では、
45%(95%CI: 0.50から0.61)有意に低下していました。

個別に見ても、
心血管疾患による死亡のリスクが56%(95%CI: 0.34から0.56)、
心筋梗塞のリスクが34%(95%CI: 0.52から0.84)、
カテーテル治療のリスクが40%(95%CI:0.52から0.84)、
心不全のリスクが42%(95%CI: 0.49から0.70)、
脳卒中のリスクが49%(95%CI: 0.41から0.63)と、
いずれも眠前内服群で有意に低下していました。

両群で特に有害事象や副作用に違いはありませんでした。

今回の実臨床のデータでは、
かなり劇的な差が、
薬を飲む時間だけで示されています。

これが事実であるとすれば、
降圧剤は寝る前に飲むのが、
もう必須と言って良いことになりますが、
お酒を飲まれるような患者さんでは、
果たしてアルコールと同時に近いような服用に、
問題がないのか、ということもありますし、
利尿剤を眠前に飲むことで、
夜間の頻尿などの問題は起こらないのか、
製薬会社の出している、
服用時間で血圧には差はないとするデータとの、
整合性はどう考えるのか、など、
疑問点は多くあることも事実です。

今後この問題はより詳細な検証が必要と思いますが、
当面安全に使用可能な範囲において、
どちらかを選ぶ際には、
降圧剤は寝る前の服用を選ぶのが妥当であるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「スペシャルアクターズ」(上田慎一郎監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
スペシャルアクターズ.jpg
2018年の邦画一番の話題となった、
「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督が、
オリジナル長編劇映画の第二作を発表しました。

そのロードショーに足を運びました。

「カメラを止めるな!」は、
映像的には如何にもチープなアマチュア映画でありながら、
その斬新な構成と意外に緻密な仕掛けで、
多くの映画ファンを驚かせました。

元ネタは小劇場では比較的お馴染みの趣向で、
ヒット後にパクリ疑惑も世間を賑わしました。
その真偽は分かりませんが、
この映画の本質が、
小劇場演劇を巧みに映像化したものであることは、
間違いがありません。

それでは2作目は一体何をやってくれるのか…
ということになるのですが、
今回はミステリーでお馴染みのコンゲームの世界で、
俳優の集団がその演技を武器にして、
怪しげな新興宗教の組織と対決する、
というようなお話になっています。

これは元ネタはミステリー小説ですが、
映画にもなりやすいテーマなので、
昔から映画の作例も多くあります。
従って、それほど目新しいという感じはありません。
ラストにはちょっとしたひねりが用意されていますが、
これも定番なのでさほどビックリするようなものではありません。

従って、
「カメラを止めるな!」を再び、
ということで期待をすると、
ガッカリ、という感じは否めません。

ただ、上田監督としては何とか土俵際で踏みとどまった、
と言うか、かなり頑張った作品であることは伝わって来ます。

編集や絵作りなど技術的には、
前作とはくらべものにならないくらい高度になっていますが、
それでいて自主製作映画のような感じを、
随所に漂わせて、意図的にチープに演出しています。
素人すれすれくらいの役者さんしか出演させず、
その存在自体の「あやうさ」のようなものが、
映画全体のトーンとなって、
それがラストになってみると、
映画のテーマそのものでもある、
というのはなかなか考え抜かれた趣向です。

前作はあまり考えずに勢いで切り抜けた、
という感じがありましたが、
今回は確実に計算した上で、
こうした結果を出しています。

ただ、素材がどうしても平凡で古めかしいので、
前作のような新鮮な驚きを、
観客に与えるには至っておらず、
今回は「ちょっとした拾い物」というレベルを、
超えてはいなかったように感じました。

多分主役の、緊張すると失神する青年役の役者さんが、
もう少し化けてくれるとより良かったと思いますが、
プロには決してない雰囲気はあるものの、
この役者さん自体がある枠組みを超える個性を発揮できなかった、
という辺りに、今回の作品の物足りなさはありそうです。

そんな訳で、
ややガッカリではありましたが、
期待を大きく持たなければまずまず面白く、
上田監督の次回作にも、
期待を持たせるような水準には達していたと思います。

自主映画に抵抗のない映画ファンであれば、
観て悪くない作品だと思います。
プロの映画を期待するとガッカリします。
また、「カメラを止めるな!」の再来を期待しても、
その期待は叶えられることはありません。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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別役実「この道はいつか来た道」(2019年鵜山仁演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも中村医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
この道はいつか来た道.jpg
舞台芸術学院創立70周年記念公演として、
1995年に木山事務所で初演された別役実さんの旧作、
「この道はいつか来た道」が、
金内喜久夫さんと平岩紙さんというキャストで上演されました。

僕は平岩紙さんの舞台での演技が大好きで、
別役実さんの舞台もとてもとても好きなので、
これはもう絶対見逃せないと思って出掛けました。

この作品は僕は初見ですが、
何度か別キャストでの上演が行われています。

作品が書かれた1995年には、
別役さんの劇作はもう1つの完成をみていて、
どちらかと言えば力を抜いた、
少人数で時間も短い、
人生スケッチ風のお芝居が多かった時期です。

この「この道はいつか来た道」も、
夫婦と思われる高齢の男女のみの2人芝居で、
舞台には電信柱とポリバケツだけがあり、
上演時間は50分ほどの短さで、
ラストは静かに雪が降って来て終わります。

内容自体も命の短い男と女が、
何度も人工的な出会いと別れを繰り返すというもので、
作品の仕掛けも結構明瞭に説明されますし、
別役さんの作品としては、
かなり平明で分かり易く、
意地悪さがあまりありません。
それがこの作品の魅力でもあり、
別役さんの作品群の中では、
物足りなさを感じるところでもあります。

今回の上演は、
何度かこの作品を演じている重鎮の金内喜久夫さんと、
年齢的には金内さんの半分以下の平岩紙さんのコンビで、
年齢差にはちょっと違和感があるのですが、
2人とも抜群の芸達者なので、
観ているうちにはそうした不自然さは、
あまり感じなくなります。

演出もこれ以上はないくらいのシンプルなもので、
まずは十全に別役作品の世界に、
浸り込むことの出来る舞台でした。

金内喜久夫さんが良かったですね。
ご高齢ですし、台詞が大丈夫なのかしら、
などと余計な心配もしていたのですが、
それは全くの杞憂でした。
金内さんはかつての「薮原検校」の語り手の芝居が、
名演として心に焼き付いていますが、
今回もなかなかの出来映えでした。

一方の平岩紙さんは、
個人的には当代の演技派舞台女優の代表の1人と思っていて、
彼女が出演しているだけで、
舞台に足を運ぼうという気分になる数少ない1人です。

今回もラストの前の艶然とした表情など、
彼女ならではの演技を見せてくれました。

ただ、別役さんの台詞はまだ平岩さんの中で、
こなれているとは言い切れず、
やや生硬いという感じはありました。
また、この芝居はあまり役の振幅が大きくないので、
平岩さんの力量が、
十全に発揮されているというようには思えませんでした。

そんな訳で少し不満もあったのですが、
久しぶりの別役芝居を、
最高のキャストで観ることが出来たのは幸せでした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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双極性障害とパーキンソン病リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
双極性障害とパーキンソン病論文.jpg
2019年のJAMA Neurology誌に掲載された、
双極性障害とパーキンソン病との関連についての論文です。

双極性障害は気分障害の1つで、
うつ状態と躁状態を様々な期間と程度で繰り返します。
その発症年齢の中間値は20代で、
通常症状は長期の経過を取ります。

一方でパーキンソン病はより高齢で発症する、
ドーパミン神経の機能低下による神経難病で、
手の震えや筋強直、小刻み歩行などの歩行障害などが出現し、
進行すると身体を自由に動かすことは困難になります。

以前より、
双極性障害とパーキンソン病が合併しやすい、
という疫学データが複数存在しています。

双極性障害においては、
それが長期の経過を取った場合に、
ドーパミン神経の異常に結び付き易いという知見があります。
躁状態ではドーパミン神経が刺激され、
うつ状態ではドーパミン神経が抑制され、
それが繰り返されることにより、
ドーパミン神経の機能異常が起こり、
それがパーキンソン病の発症に結び付く、
という仮説があるのです。

ただ、その一方で、
主に躁状態の時に使用される抗精神病薬には、
ドーパミン神経を抑制するような働きがあり、
医原性のパーキンソン症候群に結び付く可能性もあります。

従来双極性障害の患者さんに、
後になってから生じるパーキンソン病の症状は、
パーキンソン病の合併より、
薬の副作用による薬剤性パーキンソン症候群なのだと、
判断されることが多く、
本物もパーキンソン病が見落とされることもあると指摘されています。

今回のデータはこれまでの臨床データに含まれる、
トータルで4374211名の患者さんの事例を、
まとめて解析するシステマティックレビューとメタ解析の手法で、
双極性障害とパーキンソン病の関連を検証しています。

その結果、
多くのバイアスを調整した結果として、
双極性障害の患者さんはそうでないコントロールと比較して、
その後に発症する特発性パーキンソン病の発症リスクが、
3.21倍(95%CI: 1.89から5.45)有意に増加していました。

この中には薬剤性のパーキンソン症候群が混在している、
という可能性は否定出来ませんが、
大部分が特発性であることはほぼ間違いがなく、
双極性障害の患者さんでその経過中にパーキンソン症状が見られた時には、
常に薬剤性と特発性の両者を疑って、
慎重な診断を行う必要があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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多価不飽和脂肪酸と腸内細菌叢との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
多価不飽和脂肪酸と腸内細菌の関連.jpg
2019年のNature Communications誌に掲載された、
多価不飽和脂肪酸と腸内細菌叢との関連についての論文です。
東京農工大学の研究者らによる日本の研究です。

多価不飽和脂肪酸も腸内細菌叢も、
最近の医療や栄養学のトレンドで、
それを組み合わせたという知見です。

以前は脂肪全体の摂取量を減らす、
ということが食事指導の常識でしたが、
最近ではむしろ悪者は糖質に変わっていて、
脂質はむしろ増やすことが健康長寿のためには良い、
という考え方が主流となっています。

そこで問題になるのは脂質の中身です。
身体の脂質の大部分は脂肪酸とその化合物です。
脂肪酸は大きくは飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とに分かれ、
不飽和脂肪酸は更に単価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分かれます。
そして、その多価不飽和脂肪酸は、
ω3系とω6系の2系統に分類されます。

動脈硬化の進行予防のためには、
このうち飽和脂肪酸を減らして不飽和脂肪酸を増やし、
多価不飽和脂肪酸の中では、
ω3系脂肪酸の比率を増やし、
ω6系脂肪酸の比率を減らすことに、
健康上のメリットが大きい、
ということもほぼ分かっています。

ただ、実際には飽和脂肪酸や総脂肪量は最近減少しているものの、
多価不飽和脂肪酸の比率としては、
ω3系が減少してω6系が増加しており、
それが内臓脂肪の増加や肥満に繋がっている、
という状況が問題となっています。

同じような量のω6系多価不飽和脂肪酸を摂取していても、
太る人もいれば太らない人もいます。

その違いはどこになるのでしょうか?

1つその原因として指摘されているのが、
腸内細菌の違いです。

多価不飽和脂肪酸は腸内で細菌による代謝を受け、
身体に吸収される前に、
その一部は中間代謝物に変化します。
その中間代謝物に抗炎症作用や抗肥満作用などがあるとする、
基礎実験の報告がこれまでに複数認められています。

そこで今回の研究では、
通常の食事で飼育したネズミと高脂肪食で飼育したネズミを用意し、
その腸内細菌叢を分析するとともに、
腸内細菌による脂肪酸の中間代謝物を測定しています。

その結果、
高脂肪食で飼育すると肥満は進行し、
腸内細菌叢では乳酸菌が低下しますが、
ω6系多価不飽和脂肪酸の1つであるリノール酸の、
中間代謝産物であるHYA(10-hydroxy-cis-octadecenoic acid)も低下しており、
このHYAを補充すると、
高脂肪食を摂っていても、
身体の炎症や肥満は抑制されていました。

つまり、腸内細菌叢にリノール酸を分解する働きが強いと、
増加したHYAによりω6系多価不飽和脂肪酸の悪影響は、
かなり相殺されて肥満が予防される、
という結果です。

それを図示したものがこちらになります。
多価不飽和脂肪酸と腸内細菌の関連の画像.png
今回の結果はリノール酸の代謝物に焦点が当てられていますが、
リノール酸関連のこれまでの知見から考えて、
それのみが重要というのは考えにくく、
今後こうした研究の結果が積み重ねられることにより、
将来的には脂肪の摂取と腸内細菌叢との関連が、
より明確になることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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羽毛ふとん肺の小児事例 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で外来は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
羽毛ふとん肺の事例.jpg
2015年のBMJ Case Rep.誌に掲載された、
小児の羽毛ふとん肺事例を紹介した論文です。

今日は日本でも報告の多いこの病気について、
まとめておきたいと思います。

まず事例を紹介します。
イギリスの事例です。

患者さんは12歳の男性で、
ゆっくり進行する食思不振と体重減少、
呼吸困難と空咳、胸部痛などの症状を訴えて受診しました。
病歴を聴取すると3年前にも同様の症状があり、
数ヶ月で自然に改善していました。
呼吸機能は低下しており、
軽度の運動で呼吸困難が生じる状態でした。

そのレントゲン写真がこちらです。
羽毛ふとん肺のレントゲン.jpg
微妙な変化ですが、
両肺の下方で血管の影が不明瞭となっており、
これをすりガラス状陰影と呼んでいます。
CT検査ではその部位で、
微小な粒状の陰影が認められました。

そこで気管支鏡検査など精査が行われました。

気管支鏡による肺生検の結果では、
過敏性肺炎の所見を認めました。

過敏性肺炎というのは、
アレルギー性の肺炎の一種で、
原因となる抗原を繰り返し吸入することにより、
Ⅲ型とⅣ型というタイプのアレルギー反応が起こり、
それが気管支から肺の組織に炎症を起こすという病気です。

原因としては家屋のカビや細菌、
キノコの胞子、ペットの鳥の排泄物、
牧草の細菌や塗料の成分などが原因抗原として知られています。

そして今回その原因抗原であったのが羽毛ふとんの羽毛です。

患者さんの環境の聞き取りをしたところ、
症状の出現した2010t年と2013年の両時期において、
患者の母親が羽毛布団を購入していました。

そこで羽毛関連の血液のIgG抗体を測定したところ、
上昇が認められました。

入院中には徐々に症状は改善し、
羽毛布団を廃棄するよう指示したところ、
退院後も状態は安定していました。

これが鳥関連過敏性肺炎、
そのうち羽毛布団が原因になっているものを、
特に羽毛ふとん肺と呼んでいます。

実はこの羽毛ふとん肺は日本で報告が多い病気なのです。

過敏性肺炎の初めての全国調査が1991年に行われ、
その結果では全体の7割が、
トリコプポロンという日本家屋に多いカビの一種を抗原とする、
夏型過敏性肺炎でした。

その結果をもって、
「過敏性肺炎の7割は夏型過敏性肺炎で、その原因はトリコスポロンというカビです」
という記載が専門家によってもしばしば行われています。

しかし…

過敏性肺炎には急性と慢性に分けられ、
1999年には多くの過敏性肺炎が慢性化することが示されています。
そして、慢性過敏性肺炎に限った2度目の全国調査が、
今度は2013年に発表されています。
これは2000年から2009年に報告された222例が対象となっていますが、
その結果は全体の6割を占める134例が、
羽毛ふとん肺を含む鳥関連過敏性肺炎で、
夏型過敏性肺炎はぐっと少ない33例、
という1991年の調査とはかなり異なる内容になっています。

これを見ると、
むしろ羽毛ふとん肺の方が、
過敏性肺炎の原因としてはずっと多い可能性があるのです。

羽毛ふとん肺は、
上記の事例のように、
家族の使用している羽毛布団からの発症事例もあり、
自分が使っていない布団であっても、
家の中に羽毛布団があれば否定は出来ません。

羽毛布団を購入してから生じるような咳や呼吸困難は、
羽毛ふとん肺の可能性を、
考えて検査を行う必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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唐十郎「ビニールの城」(唐組第64回公演) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ビニールの城.jpg
唐組の第64回公演として、
第七病棟が1985年に上演し、
アングラ演劇の最高傑作とまで言われた「ビニールの城」が、
紅テントでは初めて上演されました。

初演の1985年は僕は大学生で、
状況劇場の「ジャガーの眼」の初演と、
秋の新人公演「少女都市からの呼び声」は観たのですが、
「ビニールの城」はどうした訳が観に行きませんでした。
後の大評判を聴いて、本当に何故観なかったのかと、
とてもとても後悔しました。
生涯最大の後悔の1つと言っても過言ではありません。

コクーンで最近上演されたものは見ましたが、
これは見るのが辛くなるような、
落胆しか感じないというお芝居でした。

今回の唐組版は、
とてもとても素晴らしい上演でした。

唐組で久保井研さんと唐先生の共同演出になってから、
その演出の緻密な素晴らしさにおいては、
最高傑作と言って過言ではありません。

以前と比べると全体に全てが小振りで、
スケール感がないことはやや物足りないのですが、
その分細かい部分まで非常に緻密に出来ていて、
仕掛けを含めた舞台セットに音効、照明、
台詞の繊細なニュアンスから、
主人公2人の切ない叙情の表現、
脇役の異形の造形の楽しさまで、
全てが高いレベルで完成されています。

役者も久しぶりに唐組の舞台に戻って来た稲荷卓央さんが、
かつて以上にエネルギッシュで情熱的な芝居を見せ、
ヒロインの藤井由紀さんは、
少しビジュアルを緑魔子さんに寄せた、
これまでとは少し違う役作りで、
その叙情性が胸を撃ちました。

脇も人形役の久保井研さんの凄みや、
岡田悟一さんと全原徳和さんのコンビの異様さなど、
唐先生の怪物的脇役の魅力を、
心ゆくまで楽しむことが出来ました。

ラストもはっとするような美しさで、
もう少し周辺の特殊効果も欲しいな、
というようには思うのですが、
これまでの唐組のラストとは、
一線を画するような美学を感じました。

総じてこの作品が名作であることを、
改めて感得した気分になる素晴らしい上演で、
唐組のリバイバル上演の頂点と言って良い、
素晴らしい舞台でした。

必見です!

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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