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歩く速さと健康との関係(ニュージーランドの住民研究) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
歩く速さと脳機能.jpg
2019年のJAMA Network Open誌に掲載された、
45歳の時点での歩く速さと脳機能や健康との関連についての論文です。

高齢者において、
歩く速さと体力や脳の機能が関連している、
というような報告は数多くあります。

年齢を重ねるにつれ、
速く歩くことは困難になります。

歩くということは全身を使った複合的な動作なので、
筋肉の力や周辺への注意力、
平衡感覚などが必要となります。
それがスムースに連動して出来なくなることは、
認知機能の低下の1つの指標にもなるのです。

それでは、より若い年齢での歩く速さは、
健康と同じような関連を持っているのでしょうか?
それとも、単純にその人の個性と考えて良いものなのでしょうか?

この点については、
あまり明確なことが分かっていませんでした。

今回の研究はニュージーランドにおいて、
1972年から73年に生まれた住民の健康状態を、
経時的に観察した疫学データを活用したもので、
45歳の時点で歩行速度を測定し、
それまでの生育歴や健康状態、脳機能との関連を検証しています。

歩行速度は904名で測定され、
ベルトの上を歩くような装置を使用して、
通常の歩行速度と、
最高歩行速度が測定されます。

その結果、歩行速度、特に最大歩行速度と、
脳の機能や健康との間には関連があり、
45歳の時点の最大歩行速度が遅いほど、
脳の容量は小さく、皮質の厚みは薄く、
3歳の時点での神経認知機能の低下が、
45歳の時点での歩行速度の低下と関連していることも確認されました。

要するに、
45歳の時点での歩行速度は、
その時点での体力を反映しているばかりでなく、
小児期からの脳の発達と、
その老化の進行を反映している可能性がある、
という結果です。

これは45歳時点のみの測定なので、
まだ分かることは限られているのですが、
今後経時的に歩行速度を測定するような研究が行われることにより、
歩行速度と脳機能との関係は、
より医療や健康にとって重要な指標となるかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「蜜蜂と遠雷」(2019年映画版) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
ミツバチと遠雷.jpg
ピアノコンクールを題材にした、
恩田陸さんの直木賞受賞作のベストセラーを、
「愚行録」の石川慶監督が実写映画化しました。

原作を読んでから映画館に足を運びました。

恩田陸さんは何冊か読んでいますが、
伊坂幸太郎さんと一緒で、
僕はあまり相性が良くありません。

恩田さんに関しては人間の捉え方に関して、
とても性善説に立っているような感じがあって、
それがどうも違和感があって読み進むのがつらくなります。

ただ、今回の「蜜蜂と遠雷」はピアノコンクールという、
通常あまり小説には馴染まないような舞台を選び、
徹底的に音楽を文章化する、
という試みが面白くて、
恩田さんの作品としてはかなり面白く読み終えることが出来ました。
ただ、出て来る人が皆同じようなレベルの「善人」なので、
どうしても平板な感じにはなりますし、
何か如何にも素人めいた感想を、
音楽のプロが思ったり発言するような場面が多くて、
それにもちょっと違和感がありました。

演奏の心理描写も最初は面白いのですが、
予選の1次審査、2次審査、本選と、
同じような描写が延々と続く上に、
結局皆同じようなことを言っているのでダレて来ます。
最後はようやく読み切った、という感じでした。

今回の映画版はほぼ原作通りの内容ですが、
4人の主な登場人物のうち、
松岡茉優さん演じる一度引退した天才少女に物語を絞って、
長大な原作を2時間の尺に収めた台本が素晴らしく、
石川慶監督の映像センスも、
洗面所の鏡越しに女性2人を対話させたり、
ホールのガラスの奥に大雨を見せながら、
その前で静かなやり取りをさせたりと、
随所に技巧的な冴えを見せつつ、
原作にない本選前の指揮者とのトラブルを入れて盛り上げ、
ラストは松岡茉優さんの「顔芸」で、
シンプルな演奏シーンをクライマックスにしてしまったのも見事でした。

特に優れていたのは監督の手による台本で、
原作は最初の4人のコンクール前のエピソードが良いので、
どうしてもそこから始めたくなるところ、
それをバッサリカットして、
一次予選のしかも最後の演奏者である松岡さんが、
演奏に向かうところから始め、
演奏者のピアノの音色すら、
二次予選の場面まで聞かせない、
というオープニングがとても鮮やかで、
それ以降も台詞は最小限度で語らせて、
しかも映像と言葉に常に別の情報を表現させ、
コンパクトかつ重層的にまとめ上げた手腕が見事でした。
松岡さんの復帰をクライマックスにして、
原作にない幾つかの挿話を入れつつ、
そこに向けて盛り上げる作劇も冴えていました。

原作の恩田さんが感心した、
というのは決して嘘ではないと思います。
極めて完成度の高い台本です。

ただ、松岡さんをメインにした結果として、
タイトルの蜜蜂や遠雷の意味が、
ほとんど分からなくなってしまったのは、
原作でもタイトルの意味はやや不明なので、
仕方のないことなのですが、
少し誤算ではあったと思います。
また、本選の演奏中に、
審査員達が言葉を交わすというのも、
エチケット違反でとてもとてもあり得ない場面でした。
これは映画文法的には、
大事な台詞を大事な演奏と重ねているので、
正しい技法なのですが、
やってはいけないことだと思います。

キャストでは松岡さんが何と言っても抜群で、
とても上手く化けた、という感じです。
ピアノの天才少女のようにしか見えません。
唯一手があまりお綺麗ではないので、
とてもピアニストの手には見えず、
吹き替えとの違和感がありまくり、
という点のみが残念でした。
松岡さんは当代若手の演技派筆頭の1人ですが、
今回の演技はこれまででも、
最高と言って過言ではないと思います。

凄いですよ。

他のキャストも皆過不足のない熱演で、
特に出番はあまり多くないものの、
松坂桃李さんはいぶし銀の芝居でした。

今回の映画はただ、
肝心の音楽があまり良くなかったと感じました。

せっかく演奏のピアノの音色を、
かなり後まで聞かせていないのに、
効果音としては最初から結構ピアノの音を使っています。
これはよくないですよ。
ピアノの音色が1つの主役なのですから、
理想的にはそれ以外の音効は、
入れない方が良かったのではないでしょうか。
またプロのピアニストの演奏も、
ほとんどが叩きつけるような強い音ばかりで、
4人のキャストの音色の違いも感じられず、
ピアノの繊細さが感じられなかったのが残念でした。
オーケストラも吹き替えでリアリティがなかったですよね。
あれはせっかくだから、
本物のオケに現場で演奏してもらって、
本物の演奏家の顔を撮って欲しかったですね。
まあ予算の問題なのかも知れません。

監督は音楽はあまり得意分野ではないのかしら、
というようにちょっと感じました。

いずれにしても、
石川慶監督の手腕がいかんなく発揮された作品で、
キャストの演技も良く、
音楽など不満はあるものの、
今年公開された邦画では屈指の力作であることは間違いないと思います。

映画館はいびきの合唱も響いていましたから、
全ての方に楽しめる映画ではないかも知れませんが、
むしろすれた映画ファンにこそ見て欲しい力作です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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ドーフマン「死と乙女」(2019年小川絵梨子演出版) [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
死と乙女.jpg
1991年にチリの劇作家アリエル・ドーフマンが執筆し、
ポランスキー監督による映画化もされ、
世界的に上演が盛んに行われている「死と乙女」が、
先日まで東京のシアタートラムで上演されました。
本日は大阪公演の予定です。
その東京の舞台に先日足を運びました。

この作品はこれまでにも何度か国内で上演されていますが、
実際に観るのは初めてです。
映画版は観ていますが、
意外に地味で動きのない物語で、
ラストもよく意味が分からず、
ポランスキー監督は大好きで、
ポランスキー監督は何かやってくれるだろう、
というような勝手な期待で鑑賞したので、
「えっ!もうこれで終わりなの?」と、
かなり失望して映画館を後にしたことを覚えています。

今回は宮沢りえ、段田安則、堤真一という、
当代これ以上はあり得ないというような豪華キャストで、
演出は翻訳劇の名手である小川絵梨子さんですから、
かなり期待を持っての観劇になりました。

この作品は1時間35分ほどの短い芝居で、
その殆どは狭い家の中の一夜の出来事です。
ある架空の南米の国で、独裁政権が倒れて民主化するのですが、
新しい政権で重要なポストを得た、
堤真一演じる男性の妻(宮沢りえ)は、
かつて反政府運動に関わっていて、
性的な拷問を受け、そのことを夫にも話せずにいます。
ある夜に偶然に段田安則演じる医師が、
その家を訪れるのですが、
その声を聴いた妻は、
それがかつて自分を拷問した男のものであったと確信します。
そして、家で寝入った男を縛り上げると、
かつての罪を告白させようとします。
そこで3人の男女の関係は緊張の極を迎えることになるのです。

大変現代的で巧みに構成された物語だと思います。

環境の変化によって善悪が逆転し、
決して悪人でも善人でもない多くの人達が、
その変化により翻弄されるというのは、
どんな世界でもあり得る話ですし、
性的に陵辱された女性が、
そのトラウマをどのようにして克服するべきかというのも、
極めて現代的なテーマです。
ヒロインの女性は、
かつての敵と夫という2人の男を相手にして、
その悪と対峙するのですが、
夫も男であることには違いがなく、
決してそこにも明確な敵味方の区別はないのです。
そして、表面的な物語の裏には、
ある種倒錯的な性と暴力と快楽の問題が潜んでいます。

この複雑で現代的な物語を、
3人のみのキャストの1時間半ほどのドラマに、
結晶体のように凝集させたという点に、
この作品の見事さがあります。
その点ではさすがの名作ですし、
世界中の演出家がこぞって上演し、
映画化もされたのも分かります。

ただ、上演した作品が面白いかと言うと、
それはまた別の話です。

映画も詰まらなかったですし、
今回の上演も正直あまり面白くはありませんでした。

台詞自体は結構過激で緊迫感もあるのですが、
舞台としてはあまり動きがありません。
ラストはヒロインが医師を殺す寸前で暗転し、
原作の記載ではそこで鏡が下りて来て、
舞台上に観客の姿が映し出される、
という趣向になっていて、
その後に場面は数ヶ月後に跳ぶのですが、
そこでも医師が死んだかどうかは、
明らかにはされません。
モヤモヤしたまま終わってしまいます。

宮沢りえさんは頑張っていたと思うのです。
ただ、この芝居はもっと肉感的で、
暴力的な感じ、裏に潜む性的な感じが、
観客に生々しく感じられないといけないと思うのです。
かつてヒロインは壮絶な拷問を受けた訳で、
それが妄想として再現されるというのが、
この作品の肝ですから、
観客に戦慄を感じさせるような必要性があるのです。

そういう芝居というのは、
今の日本の商業演劇では無理ですよね。
それは堤さん段田さんの男優陣も同じであったように思います。

小川さんの演出はいつも通りにセンスのあるものでしたが、
この肉感的な芝居に対しては、
ちょっと力不足という感じがありました。
ラストに宮沢りえと段田安則が目を合わせるところに、
心の深淵を感じさせるような狙いがあったと思うのですが、
それが説得力を持つには、
それまでの嵐の夜の2人の対峙の中に、
もっと強烈で性的なニュアンスが、
必要であったように思いました。
ラストの鏡はやっていませんでしたが、
これはやらなくて正解と感じました。

そんな訳で一観客としては、
あまり面白い芝居ではありませんでしたが、
この作品が名作であることは、
改めて認識させてくれる上演ではありました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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橋本病からバセドウ病への移行事例と粘液水腫画像 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
バセドウ病の粘液水腫.jpg
2019年のLancet誌に掲載された、
甲状腺疾患での特徴的な皮膚病変についての症例報告です。

こうした画像はあまりありませんし、
事例にも興味深い点があるのでご紹介をさせて頂きます。

オランダの専門医療機関からの報告です。

橋本病に伴う甲状腺機能低下症で、
初診時にTSHが83mIU/Lと増加していた患者に、
甲状腺ホルモン製剤が開始されました。
その患者が今度は57歳時に、
目の痛みと不安感、手の震えを訴えて受診。
今度はTSHが0.02と低下しており、
バセドウ病の自己抗体も陽性で、
今度はバセドウ病と診断されました。
それでチラーヂンSを75μgの投与に加えて、
メルカゾール30mgを併用する併用療法が開始されました。

その1年後にその患者さんが、
今度は両下肢の皮膚の腫れを主訴に皮膚科を受診しました。

その時の画像がこちらです。
バセドウ病の粘液水腫の画像.jpg
特に痛みはなくロウのような触感の、
やや固い不整形の隆起性の病変があります。

皮膚の生検を行ったところ、
ムコ多糖の沈着が病変の主体で、
甲状腺機能異常による粘液水腫と診断されました。
甲状腺機能自体はバセドウ病による機能亢進が継続していました。

バセドウ病と橋本病の合併はそれほど珍しいことではありませんが、
通常はバセドウ病による機能亢進状態から、
橋本病による機能低下に移行することが多く、
今回のように橋本病からバセドウ病に移行するというケースは稀です。
ただ、実際にはそうしたケースもあることは、
心に留めておく必要があると思います。

そして、通常は甲状腺機能低下症の症状とされることが多い、
皮膚病変の粘液水腫ですが、
こちらもバセドウ病の合併症として、
生じることがあるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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心臓バイパス手術後の抗凝固療法(2019年メタ解析) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
CABGと抗凝固療法.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
心臓のバイパス手術後の投薬についての論文です。

心筋梗塞や狭心症の治療としては、
ステントという金属性の管などを使用した、
カテーテル治療が広く行われています。

多くの病変はこのカテーテル治療で対応が可能ですが、
3枝病変と言って、
主要な3本の心臓の栄養する動脈の全てに、
危険性の高い病変が存在するような場合には、
心臓バイパス手術(CABG)が選択されます。

心臓バイパス手術というのはその名の通り、
詰まったり狭くなった血管をバイパスして、
新しい血液の通り道を人工的に作る、
という方法です。

このバイパスとしては、
大伏在静脈という足の静脈が、
伝統的に最も広く使用されていました。
ただ、静脈は弱い血管なので、
血栓などで塞がってしまうリスクが高いのが欠点で、
上記文献の記載では、
術後1年以内に30から40%が、
10年では70%が閉塞してしまう、
と報告されています。

それに代わって最近使用されることが多いのが、
内胸動脈や橈骨動脈などの動脈のバイパスで、
こちらは閉塞が少ないことが特徴とされています。
現行の日本のバイパス手術の多くでは動脈のバイパスが使用されています。

しかし、実際にはまた大伏在静脈のバイパスは、
特に海外においては広く使用されていて、
その閉塞が大きな臨床上の問題になっているようです。

現状静脈の閉塞の予防のために、
最も広く行われているのが少量のアスピリンの使用です。

ただ、その予防効果は充分なものとは言えません。

そこで2種類の抗血小板剤を併用することが、
しばしば行われていますが、
その効果と安全性についてはまだ確立されていないのが実際です。

今回の研究は、
これまでの主だった20の介入試験の結果をまとめた、
システマティックレビューとメタ解析ですが、
ネットワークメタ解析という手法を用いることによって、
抗血小板剤同士の比較を行なっています。

その結果、
アスピリンの単独治療と比較して、
アスピリンとチカグレロル(ブリリンタ)という、
2種類の抗血小板剤の併用は、
グラフトの閉塞を50%(95%CI: 0.31から0.79)、
アスピリンとクロピドグレル(プラビックス)の併用は、
グラフトの閉塞を40%(95%CI: 0.42から0.86)、
それぞれ有意に低下させていました。
重篤な出血系合併症や心筋梗塞再発のリスクについては、
アスピリン単独と併用療法との間で、
有意な差は認められませんでした。

このように、今回のメタ解析においては、
グラフトに大伏在静脈を用いたバイパス手術の術後には、
その後にアスピリンともう一種類の抗血小板剤を併用した方が、
アスピリン単独と比較して、
その予後の改善にメリットが大きいようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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非アルコール性脂肪性肝疾患と心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
NAFLDと心血管疾患リスク.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
飲酒と関連のない肝臓病と心血管疾患との関連についての論文です。

肝機能障害が命に関わるのは、
肝硬変や肝臓癌になった場合で、
その原因としてはB型肝炎やC型肝炎による慢性肝炎や、
アルコール性肝障害が知られています。
ただ、最近それ以外で注目されているのが、
アルコールを飲まないのに脂肪肝や脂肪肝炎を発症し、
中には肝硬変に至り肝臓癌を合併する事例もある、
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)です。

NAFLDのうち、
肝臓の組織に通常の脂肪肝とは別個の所見を持ち、
進行性で肝硬変などのリスクの高い脂肪肝炎の状態を、
特にNASH(非アルコール性脂肪肝炎)と呼んでいます。

通常NAFLDは肝細胞への脂肪の沈着で始まり、
長い月日を掛けて、
肝臓の炎症と線維化とが進行して、
その一部がNASHの状態に至ると考えられています。

そのメカニズムは内臓脂肪の増加と関連していますから、
当然肥満や糖尿病とも関連の深い病態です。

従って、NAFLDのある人は、
心筋梗塞や脳卒中の発症リスクも高くなっています。

それでは、NAFLDは単純にメタボの1つの現れとして、
心血管疾患と関連があるのでしょうか?

それとも、NAFLD自体が、
インスリン抵抗性や肥満などとは独立した、
心血管疾患のリスクであると捉えるべきなのでしょうか?

これまでに何度かメタ解析の論文が発表されていますが、
NAFLDが独立して心血管疾患のリスクであるかどうかは、
論文によっても相違があり、
明確な結論が得られていませんでした。

そこで今回の研究では、
イタリア、オランダ、スペイン、イギリスの、
トータルで1700万人という巨大なプライマリケアのデータベースを活用して、
120795名のNAFLDもしくはNASHの診断事例を、
年齢などでマッチングさせたコントロールと比較して、
果たしてNAFLDが独立した心血管疾患のリスクであるかどうかを検証しています。

その結果、
年齢や喫煙歴のみを考慮して解析すると、
確かに心筋梗塞のリスクも脳卒中のリスクも、
NAFLD(NASHを含む)の患者さんで高いのですが、
そこに糖尿病や高血圧、
コレステロールなどの因子を補正して解析すると、
NAFLDによる有意なリスクの増加はなくなってしまいました。

要するに、
NAFLDはそれ自体が心筋梗塞や脳卒中の、
独立したリスクではない、
という結果です。

今回の検証はヨーロッパのみのものなので、
他の人種や地域では、
また別個の結果が得られる可能性がありますが、
単独で大規模な疫学データからの結論は、
これまでのメタ解析より信頼性が高いことは間違いがなく、
現時点ではNAFLDは独立した心血管疾患のリスクではない可能性が高いと、
そう理解しておいて良いように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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高用量ビタミンCの敗血症とARDSに対する有効性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ビタミンCとARDS.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
ビタミンCを大量に静脈内投与することの、
敗血症と急性呼吸窮迫症候群に対する有効性を検証した論文です。

ビタミンCを大量に注射や点滴で使用することが、
癌や重症感染症など、
命に直結するような病気に有効である、
という考え方は根強くあります。

ビタミンCには強力な抗酸化作用があり、
ステロイドに似た、抗炎症作用も持っています。

そうした作用を考えると、
確かに大量のビタミンCを使用すれば、
多くの病気の予後の改善に効果がありそうです。

ただ、実際には動物実験や小規模の臨床試験においては、
癌や重症感染症に対するビタミンC大量療法が、
病気の予後を改善したというデータはあるのですが、
症例数も多く、偽薬を使用するような厳密な臨床試験において、
その有効性や予後改善効果が確認されたことはありません。

今回の研究は、
肺炎などの重症感染症で、
敗血症という血液中で病原体が増殖する状態に至り、
炎症性物質の増加から、
急激に呼吸状態が悪化する、
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)という病態を併発した患者さんに対して、
偽薬を使用した厳密な臨床試験を行なったものです。

アメリカの7か所の集中治療室に入室した、
敗血症とARDSを合併した患者さん、
トータル167名を、
患者さんにも主治医にも分からないように、
発症24時間以内にくじ引きで2つの群に分けると、
一方は体重1キロ当たり50ミリグラムのビタミンCを、
6時間毎に96時間まで静脈内に投与し、
もう一方はただの水を投与して、
96時間の時点での内臓障害の程度と炎症と血管障害のマーカー値を、
比較検証しています。

その結果、
今回の厳密な検証においては、
投与後96時間の時点での内臓障害や炎症と血管障害のマーカーには、
ビタミンCの使用による有意な改善は、
認められませんでした。
二次的な解析においては、
投与後28時間の時点での死亡リスクが、
ビタミンC群で有意に45%の低下を認めていましたが、
その差は96時間の時点では消失していました。

このように、
今回もビタミンC大量投与の効果は、
厳密な臨床試験において明確には確認されませんでした。

28時間の時点で生命予後にかなり大きな差がついている、
という現象をどう考えるのかは難しいところで、
ビタミンCには矢張り何らかの急性効果はあるものの、
それが通常の治療として、
明確に患者さんにメリットがあるとは言い難い、
という辺りが妥当な判断ではないかと思います。

今回もビタミンCの大量投与の有効性については、
疑問符が残る結果になったようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「見えない目撃者」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
見えない目撃者.jpg
吉岡里帆さん主演のスリラー映画を、
ネットなどの評判も悪くなかったので観て来ました。

これは「ブラインド」という韓国映画が元になっているのですが、
製作にオリジナルの韓国のスタッフも関わっていて、
リメイクというより日韓合作の別ヴァージョン、
という方が近い感じの作品です。

交通事故で失明した警察官の女性が、
事件の「目撃者」となったことから、
猟奇殺人犯に狙われる、というプロットは同じですが、
その事件自体の内容も、
他の設定も原作とは異なっています。

ちょっと期待をしたのですが、
実際にはテレビの2時間ドラマと同レベルのクオリティで、
あまり映画として評価出来るような作品ではありませんでした。
見えない視野をCGで表現したりとか、
安っぽくてガッカリしました。

猟奇的な描写が、
テレビと比べれば過激にはなっていますが、
それも想定内の感じで、
別にビックリするようなものではありません。

人物描写も平板ですし、
犯人の設定などはオリジナルと異なっているのですが、
あまり意図のはっきりしない中途半端なものになっていました。

面白かったのは、
スマホを目の代わりに利用して、
犯人と追いかけっこをする場面ですが、
これは原作にある趣向なので、
褒めるべきは原作です。

主人公が盲目のサスペンスというと、
「暗くなるまで待って」が有名で、
元はアイリッシュの短編ですが、
その古典的な趣向を、
スマホを使ってリニューアルしているのが、
今風で斬新な趣向です。

吉岡里帆さんが演技派であることは、
この作品の芝居でも明確で、
視覚障害もとてもリアルに表現しています。
ラストのみ目が見えているとしか思えない表情をするのですが、
あれは何か狙いなのでしょうか?
よく分かりませんでした。
彼女はあまり映画には恵まれていなくて、
映画での代表作があまりないことが悔やまれます。
誰かもっと演技派の彼女に良い舞台を用意させてくれないでしょうか?

初舞台がアマチュアの時の唐先生の「吸血姫」のさと子なんでしょ。
見たかったですよね、吉岡さんのさと子。
「狂える引っ越し看護婦」
最高ですよね。
ラストの台詞、どんな顔をして言ったのかな?
絶対良かったと思います。

脇では田口トモロヲさんが、
円熟した芝居を見せていました。
素敵です。

そんな訳でついつい騙されて観てしまいました。

これならテレビのサスペンスでいいな。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごしください。

石原がお送りしました。
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「メランコリック」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
メランコリック.jpg
低予算のインディーズ映画で、
2018年の東京国際映画祭で監督賞(日本映画スプラッシュ部門)を獲得し、
昨年の「カメラを止めるな!」の再来と注目された、
「メランコリック」をアップリンク渋谷で鑑賞しました。

これはまあ如何にも低予算という感じの映画ですが、
絵作り自体はなかなか堂々としていて、
シネスコの横長画面の使い方も上手いと思います。
つまり、低予算ですが劇場公開用映画として、
一定の水準に達しています。

役者さんは如何にもアマチュアという感じの方のみで、
主役級の2人は作り手も兼ねているので、
インディーズホラーの傑作「死霊のはらわた」を、
彷彿とさせるようなところがあります。
ただ、あの作品のように、
稚拙ではあっても従来の同ジャンルの映画を、
吹き飛ばすようなインパクトがあるかと言うと、
そこまでのレベルではないように感じました。

「カメラを止めるな!」も役者さんのレベルや演出に関しては、
正直アマチュアレベルだったのですが、
観客の予想の遥かに上を行くような、
作り込みの鮮やかさで度肝を抜きました。

それを比較対象として考えると、
この映画にも意外な展開や他にないようなこだわり、
インディーズならではの破天荒さはあるのですが、
それが観客の想像を大きく超えていたり、
度肝を抜くというレベルには達していなかった、
というように思います。

「カメラを止めるな!」は小劇場演劇の趣向を、
映画に撮り込んだところに新しさがあったのですが、
この映画は敢くまで、
「映画好きが作ったマニアックな映画」
という枠を超えていない点に限界があったように感じました。

内容的には東大は出たけれど、
定職にも付かないでブラブラしている、
昔の高等遊民といった感じの無気力な若者が、
たまたま銭湯のバイトに入ったところから、
本来無縁な筈のバイオレンスでノワール的な世界に、
足を踏み入れることになります。
その銭湯は暴力団の殺しの後始末に使われていたのです。

深夜の銭湯が全く別の場所に変貌する、
という趣向はなかなか面白く、
実際の銭湯を使ったリアルな感じもグットです。
ただ、役者さんは皆素人レベルなので、
闇の世界の恐ろしさのようなものは、
あまり伝わって来ないのが弱いところです。
また、営業時間の銭湯の平和的な情景も、
もっと描かれないと面白くないと思うのですが、
この映画は低予算なのでエキストラが使えず、
撮影も銭湯が営業していない時間のみで行われているので、
そうした賑やかな感じに乏しいのも、
作品を単調にしていたように思いました。

ラストは通常の発想だと、
夢オチにしてしまいがちなところですが、
現実でありながら強引にハッピーエンド(それも束の間の)
にしているのは、
これは矢張り今の映画だな、
という気分は感じました。

総じてマニア向けの作品で、
一般の観客にお勧め出来るような水準ではありませんでした。

宝探し的なご興味の方にのみお薦めです。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「真実」(是枝裕和監督) [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

台風直撃ということですので、
今のところ予定通りの診療は行う予定ですが、
荒天での無理なご受診はされないように、
ご注意をお願いします。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
真実.jpg
是枝裕和監督がフランス・日本合作の映画を作りました。
舞台はフランスで、言語はフランス語と英語、
キャストも全員が海外キャストです。

これまでにもフランスで評価の高かった、
大島渚監督や黒沢清監督などは、
同様のフランス映画を作りましたが、
いずれも頑張ってはいるものの、
何処か居心地の悪そうな、
何処かギクシャクしているような作品でした。

その点今回の是枝作品は、
かなり立派にフランス映画として成立していて、
それでいて是枝監督のカラーも、
しっかり出ている家族映画にもなっていました。

これはなかなか出来ることではありません。

この映画の主人公は、
大女優役のカトリーヌ・ドヌーブで、
アメリカ在住の脚本家の娘がジュリエット・ビノシュ、
その夫でテレビ俳優にイーサン・ホークと、
全体にやや疲れた感じはするものの、
かなり豪華版の世界的なキャストです。

ほぼほぼカトリーヌ・ドヌーブのための映画、
という趣きで、
ドヌーブは彼女自身を重ね併せたような大女優を演じ、
彼女が自分に都合の良いような自伝を出版したことから、
それが娘との葛藤を生み、
彼女が出演中のSFテイストの映画の撮影風景とも、
重ね合わされて行きます。

是枝監督の作品としては「海よりも深く」に似ています。

死者を含めた家族の心理劇で、
是枝作品としては内容はとても分かり易く、
ラストも「万引き家族」のような「なで切り型」ではなく、
庭を歩く復活した家族像を、
俯瞰で捉えたカットで極めて穏当に終わります。

カトリーヌ・ドヌーブは、
演技を見ていても、
自由気ままにやっているのだろうな、
という気分屋さんの素顔が透けて見えるような感じで、
多分現場では是枝監督も、
相当苦労されたのではないでしょうか?
無雑作な芝居もあるのですが、
それでもその存在感や随所に見せる深い味わいはさすがで、
これだけの芝居を引き出した、
是枝監督の手腕には素直に感心させられます。

立派な作品ではあるものの、
やや「借りて来た猫」という印象は拭えない映画で、
是枝監督の本領発揮とは言えないのですが、
他流試合でここまでの作品をものしたことはさすがで、
今後の作品にはより期待が持てそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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