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デング熱ワクチンの有効性とそのリスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ロタウイルスとデング熱ウイルス.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
ワクチンに関しての解説記事です。

現状伝染性の多くの感染症の予防において、
最も有効性が確認されている方法はワクチン接種です。

ただ、ワクチンは身体の免疫を人工的に賦活する方法なので、
その効果は100%ではなく、
免疫系の予期せぬ過剰な反応などによる、
有害事象もゼロにすることは出来ません。

従って、新しいワクチンが使用開始された際には、
緻密な接種者の調査を行なって、
その有効性と有事事象の解析を行う必要があるのです。

今回ご紹介する記事においては、
2つの最近導入われたワクチン事例2つを比較することで、
その点の検証を行なっています。

その第一は今日本でも任意接種として導入されている、
ロタウイルスのワクチンです。

最初に使用されたロタウイルスのワクチンは、
ロタシールドという4価のワクチンで、
アメリカで1998年に接種が開始されました。

ロタウイルスはアメリカにおいて、
毎年5万人の5歳未満のお子さんの入院の原因となり、
そのうち20から60人が死亡しています。

それがワクチンの導入により、
ロタウイルスの重症感染の70から100%が予防され、
ロタウイルス性腸炎の48から68%が予防されました。

かなり画期的な予防効果と言って間違いありません。

しかし、このワクチンの10054名接種当たり5名という頻度で、
腸重積という有害事象の発生が報告されました。
未接種のコントロールでは腸重積の頻度は4633名に1名で、
この差は有意ではないものの高い傾向がありました。
そして、接種開始後1年以内の期間で、
15例の腸重積の報告が集積した時点で、
有効性は充分に確認されながらこのワクチンの接種は中止されたのです。

その後、
今使用されているロタテックとロタリックスという、
それぞれ少しずつ製法の違う2種類のワクチンが新たに開発され、
未接種と比較して腸重積の発症率には差がない、
という臨床データの発表を経て、
その接種が開始されました。

そして、腸重積発症の報告自体はあるものの、
そのリスクを大きく上回る有効性が確認されたため、
その接種は継続されているのです。

一方でもう1つ、やや対照的な事例と言えるのが、
デング熱ワクチンのケースです。

デング熱は熱帯に多い蚊を媒介とする感染症で
デング熱は、
蚊が媒介する熱帯から亜熱帯の出血熱の一種ですが、
日本脳炎などと比較すればその病状は軽く、
重症化も比較的稀な感染症です。
日本でも数年前からその流行が確認されています。

特別な治療はなく、
一旦流行するとその媒介する蚊の根絶は、
現実的には困難であるので、
その予防と感染のコントロールのためには、
ワクチンの開発が通常想定される方法になります。

しかし、
デング熱のワクチンは、
これまで長く実用化がされませんでした。

その大きな理由は、
デング熱の特性にあり、
この病気には4種類の異なる血清型が存在するのですが、
そのうちの1種類に感染した患者さんが、
その後に別の種類の血清型のデング熱に感染すると、
初回より重症化してデング出血熱という、
重症型になり易いのです。

そのメカニズムは、
完全には解明されていませんが、
1種類の血清型に感染すると、
不十分な免疫が他の3種類に対しても産生され、
それが別個の感染時に、
過剰な免疫反応を誘発する、
という機序が想定されています。

これを抗体依存性感染増強現象と呼んでいます。

従って、この病気のワクチンは、
4種類の血清型の全てに対して、
均等に免疫を付与するような性質のものでないと、
ワクチン接種で不充分な免疫が誘導されることにより、
却って重症化を誘発するようなリスクがあるのです。

このハードルの高さから、
デング熱のワクチンはなかなか実用化がされませんでした。

2019年にアメリカのFDAは、
初めてのデング熱ワクチンを承認しました。

これは4種類の血清型の抗原を全て含む、
4価の弱毒生ワクチンで、
それを半年の間隔を空けて3回接種します。

その南アメリカなどで行われた臨床試験の結果では、
ワクチンによりウイルスが同定された症候性デング熱が、
9歳から16歳の年齢層で、
ワクチン接種開始の時点でデング熱に対する抗体が陽性の場合には、
およそ76%予防されました。
しかし、ワクチン接種開始の時点で抗体が陰性であると、
その有効率は38%に留まっていました。

そして、ワクチン接種の時点で抗体が陰性で、
ワクチン接種を行うと、
むしろ重症のデング熱感染に、
その後罹り易くなることが分かりました。

9歳から16歳の年齢層において、
ワクチン接種開始の時点で抗体が陰性であると、
ワクチン未接種と比較して、
ワクチン接種群では、
その後のデング熱により入院するリスクが、
1.41倍有意ではないものの増加する傾向を示しました。

現行WHOはこのワクチンに対して、
接種前に抗体価を測定し、
それが陽性である時に限ってワクチン接種を推奨し、
抗体測定が困難である地域では、
その地域の抗体陽性率が、
9歳までに80%を超えている時に、
ワクチン接種を推奨しています。

このデング熱ワクチンにおいても、
その有効性自体は有害事象のリスクを大きく上回っているのですが、
抗体が陽性であるか陰性であるかで、
そのリスクや有効性が大きく変わるという特殊性があり、
それがワクチン接種の広がりを大きく阻害しているのです。

ワクチンの有効性と有害事象とのバランスやその適応の考え方は、
そのワクチンによっても大きく異なり、
一筋縄ではいかないものであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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