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高齢者が転倒したら必ずCTを撮るべきなのか? [仕事のこと]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
頭部外傷の提言.jpg
2019年の6月に、
日本医療安全調査機構が、
上記のような提言を発表しました。

日本医療安全調査機構というのは、
2015年より開始された医療事故調査制度に基づいて、
医療事故調査のサポートをする組織で、
これまでに多くの事故事例を元にした提言を公表しています。

今回の提言は、
2015年から2018年に医療事故調査・支援センターに寄せられた、
入院中の転倒・転落による死亡事例11例の背景を解析し、
そこから医療現場への教訓を引き出そうとしているものです。

その11例は詳細が開示されていますが、
主に入院中の患者さんがベッドから転倒して頭部などを打撲し、
脳内出血や硬膜外血腫などが生じて死亡されたという事例です。

事例は11例中8例が70歳以上と高齢者に多く、
これまでにも転倒などの既往がある場合が6例と、
これも半数を超えていました。
繰り返し同様の転倒を繰り返して、
結果として死亡に至ったケースが多いということです。
また、抗凝固剤や抗血小板剤の使用されているケースは、
7例と多く、
睡眠薬や抗精神病薬の使用されているケースも、
8例と多く、
認知機能低下やせん妄のあるケースも7例となっていました。

これは比較するべき対象はないので、
敢くまで印象にしか過ぎないものなのですが、
全体像として認知機能のある高齢者で、
睡眠剤や抗精神病薬が使用されていて、
抗血小板剤や抗凝固剤が使用されていると、
転倒による死亡に結び付き易いという、
1つの患者イメージのようなものは見えて来ます。

それでは、どのようにしてこうした事態を回避すれば良いのでしょうか?

幾つかの提言がまとめられていますが、
一読かなり問題があると感じたのがこちらです。
頭部外傷後CT推奨.jpg
転倒直後に特に意識レベルの低下や、
嘔吐や痙攣などの所見はなく、
要するに特に普段と変わらない状態であっても、
ただちに頭部CT撮影が行われることが推奨される、
という提言です。

これは外傷の直後に特に症状がなくても、
脳内に出血などが起こっている可能性はあり、
それが急速に増大して死に至るという危険があるので、
疑いが少しでもあれば全例で撮った方が良い、
という意味合いです。

転倒というのは通常昼より夜に、
深夜や早朝に起こりやすい事態です。

その時に技師さんや当直医を叩き起こしてでも、
直ちにCTを全例で撮るということが可能でしょうか?

現実にはなかなか困難であると言わざるを得ませんし、
結果として問題のないことの方が、圧倒的に多いでしょうから、
その意義や有効性を検証することも、
極めて困難であろうことは推測されます。

これは病院内の事例に限っての提言ですが、
実際には同様のことは高齢者施設などでも問題となります。

病院の患者さんが置かれている状況と、
たとえば老健や特別養護老人ホームの入所者が置かれている状況は、
基本的には変わりはないからです。

それであるならば、同じように転倒して、
同じようにリスクが高いのに、
一方は直ちにCT検査が必要で、
他方は翌朝まで待っても良い、
というようなことはあり得ません。

しかし、それでは特養で転倒後に常に救急車を呼んで、
夜中でも頭部CT検査を症状がなくても依頼する、
というような対応が可能でしょうか?

これは不可能であるとした言いようがありません。

今回この日本医療安全調査機構の提言をまとめて読みましたが、
トータルにはなかなか良い内容が多いと思うのです。
たとえば見逃し易い画像の異常所見の解説や、
中心静脈穿刺の手技の解説などは、
非常に啓蒙的で勉強になる内容です。

ただ、今回の提言はちょっと踏み込み過ぎというか、
その今後に与える影響の大きさというものを、
軽視した軽率な判断であるように思えてなりません。

そもそも少数例の事故事例を元にして、
普遍的な結論を導くことは出来ないのです。
対照群も設定はされていませんし、
報告事例のみですから全体像を推測することは出来ません。

従って、こうした提言においては事例は1つの参考であって、
別個の科学的エビデンスによる指針や提言を、
紹介する入り口のようなものに過ぎないと思うのです。
この少数の事例から、
普遍的な何かが導かれる訳がないからです。

それが今回の提言では、
11例中8例や7例に認められたことを、
その結論であるかのように類推して、
そこから提言を導いているように思えます。

本来今回のようなケースの提言として必要なことは、
よりリスクの高い外傷の患者さんを絞り込めるような、
臨床所見や簡単な診察所見のようなものを、
示すことではないかと思うのです。

それであれば大いに意義のあることですが、
それがないからと言って、
全例で設備の必要な検査を推奨するというのは、
本末転倒であるように思えてなりません。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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エナジードリンクの心臓への影響 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医活動などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
エナジードリンクのリスク.jpg
2019年のJournal of the American Heart Association誌に掲載された、
エナジードリンクの心臓への影響を、
ボランティアを使って検証した論文です。

エナジードリンクは日本でも、
「元気を付けるために」と飲む人が多く、
高齢者でも食事が摂れない時や風邪の時などに、
結構飲まれる人が多いようです。

アメリカでは青少年を中心に多飲する人が多く、
それが心臓由来の突然死や不整脈の原因ではないか、
という指摘が多くあります。

ただ、仮にそうしたことがあるとして、
その原因は必ずしも明らかではありません。

通常槍玉に挙がるのはカフェインですが、
通常現行売られているエナジードリンクに含まれているカフェイン量は、
1リットルで300ミリグラム程度ですから、
それで心臓にそれほどの悪影響があるのであれば、
コーヒーやお茶でも同じような影響がある筈です。
通常400ミリグラムくらいまでのカフェインでは、
大きな健康上の問題は起こらないと言う点では多くのデータがあり、
その点に整合性がないのです。

そこで今回の研究では、
アメリカで市販されている2種類のエナジードリンクを、
味を似せた飲み物と比較して、
厳密な方法でその急性の心臓への影響を比較しています。

対象は若いボランティア34名で、
市販の2種類のエナジードリンクと偽の飲み物の3種類の飲み物を、
それと分からないように32オンス(ほぼ900ミリリットル)1時間以内に飲み、
1週間毎に3種類を飲んで、
その後4時間の血圧や脈拍、
重症不整脈の発生に関連する、
心電図のQTc間隔などの測定を行います。
エナジードリンクに含まれるカフェイン量は、
トータルで300ミリグラム程度です。

その結果、
エナジードリンクはいずれも偽の飲み物と比較して、
飲用後1時間で収縮期血圧とQTc間隔を延長させました。

つまり、一定の負荷を心臓に掛けることが、
ほぼ確認されたのです。

この影響はこれまでの報告から見て、
トータルで300ミリリットル程度のカフェインの影響とは考えにくく、
カフェインと他の含有物質との相互作用の可能性を含め、
一体何がエナジードリンクの心臓刺激作用の原因となっているのか、
より詳細な検証が必要であると考えられます。

エナジードリンクの害の問題は、
そう単純なものではなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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白衣高血圧の心血管疾患リスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
白衣高血圧の影響.jpg
2019年のAnnals of Internal Medicine誌に掲載された、
白衣高血圧の心血管疾患リスクと生命予後についての、
これまでの報告をまとめたレビューです。

白衣高血圧というのは、
診察室で医師や看護師が測定すると高血圧である一方で、
家で自己測定をしたり、
自動血圧計などで家庭血圧を測ると、
そちらは常に正常血圧で明確な差がある、
という現象のことです。

白衣高血圧という時には、
基本的に降圧剤を飲んでいない人を対象としていますが、
高血圧で投薬治療中の患者さんが、
家庭血圧では正常であるのに、
診察室では明らかな血圧上昇を示す時には、
白衣効果と呼ぶことが一般的です。

さて、この白衣高血圧は病気でしょうか?

これは常に議論となる問題です。

現行の高血圧のガイドラインにおいては、
診察室の血圧と家庭血圧には、
概ね5mmHgの差が想定され基準値が決められていますから、
ある程度の差は折り込み済みの部分があるのですが、
家での血圧は上が120代なのに、
診察室では180を超えるというような人もいて、
こうなるとこれも1つの病気として、
捉えた方が良いというようにも思われます。
(勿論どちらの測定も正確である場合の話です)

今回のレビューはこれまでの主な臨床研究をまとめたものですが、
27の臨床研究から白衣高血圧もしくは白衣効果の、
25786名の患者さんをまとめて解析したところ、
未治療の白衣高血圧の患者さんは、
正常血圧のコントロール群と比較して、
心血管疾患の発症リスクが1.36倍(95%CI: 1.03から2.00)、
総死亡のリスクが1.33倍(95%CI: 1.07から1.67)、
心血管疾患による死亡のリスクが2.09倍(95%CI: 1.23から4.48)、
それぞれ有意に増加していました。
一方で降圧剤による治療中の白衣効果については、
そうした心血管疾患リスクや生命予後の悪化は、
認められませんでした。

このように未治療の場合の白衣高血圧は、
高血圧に準じて考えた方が良く、
その時点での降圧剤の使用は、
低血圧のリスクが高いので推奨されませんが、
禁煙や塩分制限、生活改善などの介入と、
経過観察は重要であると考えられます。

現状必ずしも明確な定義もなく、
研究によってもその評価は様々な白衣高血圧ですが、
今後はより実証的な検証が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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イボを補修テープで治療する [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
するイボを補修テープで治療.jpg
2002年のArch Pediatr Adolesc Med誌に掲載された、
市販の補修テープを貼るだけで、
尋常性疣贅(ウイルス性イボ)を治療する、
という興味深い試みを検証した論文です。

この方法は一部で流行っているもののようで、
医療関係者のSNSでも紹介されることがあります。
だた、その論拠となるまともな文献は、
これ以外にはあまりないようです。

尋常性疣贅(Verruca Vulgaris)というのは、
ヒトパピローマウイルスによる皮膚の感染症で、
上記文献の記載によれば、
小児の5から10%には発症するというほど多く、
そのピークは12から16歳にあり、
その3分の2は発症後2年以内に自然に治癒するとされています。

こちらをご覧下さい。
イボの画像.jpg
典型的な尋常性疣贅の画像です。
これは日本皮膚科学会のサイトから引用させて頂いたものです。
特別な許可は得ていないので、
問題があるようでしたら削除しますのでご連絡下さい。

このウイルス性イボの治療には、
現状あまり良い方法がありません。

皮膚科などで最も広く行われているのは、
液体窒素によりイボを冷凍に凝固するという方法ですが、
その治療メカニズムは明確ではない上に、
複数回の治療を要し、
治療は痛みや不快感を伴います。

以前から民間療法的な治療として、
イボにテープを貼っておくと良い、
というものがあり、
1998年にウイルス性イボに強い粘着力を持つテープを、
6日間連続して装着することを繰り返したところ、
およそ80%でイボが改善した、
という報告があります。

上記論文においては、
3歳から22歳のウイルス性イボの患者51名を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方は液体窒素による治療を複数回行い、
もう一方は補修テープをイボに貼り付けて、
6日後の夜に剥がし、
翌朝に貼り替えることを2ヶ月間繰り返します。

使用されているのは水道管などの補修テープで、
論文には詳細は書かれていませんが、
最近日本で使われているという報告が多いのはこちらです。
イボのパワーテープの写真.jpg

その結果、
液体窒素の治療により治癒したのは、
25名中60%に当たる15名であったのに対して、
ダクトテープによる治療で治癒したのは、
26名中85%に当たる22名で有意な差が認められました。

何故ここまでダクトテープによる治療は効果があるのでしょうか?

その点はほとんど明確なことは分かっていないようです。

メカニズムが不明であることと、
精度の高い臨床データがあまりないことは難点ですが、
殆どリスクなく安全に簡便に行えることは大きな利点で、
今後そのメカニズムを含めた、
研究の進捗を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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モダンスイマーズ「ビューティフルワールド」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
モダンスイマーズ.jpg
劇団モダンスイマーズの20周年記念公演として、
蓬莱竜太さんの作・演出による、
新作の「ビューティフルワールド」が今、
池袋のシアターイーストで上演されています。

蓬莱竜太さんの作品は、
最近何本か観る機会があったのですが、
それほどコアなファンではありません。

今回の作品もちょっと迷いながら足を運んだのですが、
とてもとても面白くて、
その円熟した語り口の妙に魅せられましたし、
2幕構成なのですが、
1幕が終わる頃には、
「これは傑作だ」という確信を持っていました。
後半はちょっとムードが変わって、
ややドタバタ的に展開されたので、
「ああ、そういう風にはしない方がいいのに」
という気持ちに少しなったのですが、
最後の主人公2人の別れの部分は、
滑稽なムードを最初は引き摺りながら、
非常に自然かつ巧みに叙情的水分が浮上して、
ラストもささやかにかつ繊細に締め括られて、
とても爽やかな余韻と共に観劇を終えることが出来ました。

今年観た演劇の中では、
間違いなく最も感銘を受けた1本で、
まごうことなく現在であり現実を描いた作品でありながら、
普遍的な魂のドラマにもなっていました。

小劇場というのは、
こういう体験が出来るので止められません。

傑作です。

以下作品の内容に少し踏み込みます。

鑑賞予定の方は、
観劇後にお読み下さい。

よろしいでしょうか?

津村知与支さん演じる40代の引きこもり男が語り手で、
引きこもっていた実家が火事になったために、
銚子にある親戚の家に引き取られる、
というところから物語は始まります。
そこでは菅原大吉さんと吉岡あきこさん演じる初老の夫婦が、
代々続く和菓子屋を不祥事で潰してしまい、
同じ場所でカフェをやっていて、
その夫婦と20代の1人娘、和菓子屋時代からの従業員という、
小さな共同体の中で、
母親であり妻である吉岡さんが、
疎外され馬鹿にされ孤立した存在となっています。

引きこもりの主人公と吉岡さん演じる初老の女性は、
社会から疎外された同じような境遇の中で、
次第に惹かれ合い、
やや近親相姦的な深い関係に次第に落ちて行くのです。

誰がどう考えてもまともに続く筈がない、
この倒錯的で微妙な関係は、
しかし奇妙に崇高で美しく、
結局は絶望的に別れるしかない2人なのですが、
主人公の心の中にある世界を、
少しだけ愛すべきものに変えて終わります。

作者の蓬莱さんは、
人間の心理の綾と人間関係の力学を描くことが、
本当に上手くて、
この作品でも個々の人物の背景と、
そこから惹起される感情とを、
幾何学方程式のような鋭利さで、
完璧に描出して間然とするところがありません。

語り手的な人物をおいて物語を展開させるのも得意技ですが、
今回の作品では引きこもり男を語り手にしているので、
もともと当事者感覚の乏しい、
何もかも他人事という性格が語り手という役割と合致して、
語り手でありながら主人公で当事者でもある、
という役柄が説得力を持ったという点が、
この作品を成功させた大きな部分であるように思います。

演出はマームとジプシーを思わせるような、
木と金属の枠などを組み合わせた無機的なセットに、
役者や自転車の移動という動きを組み合わせたシンプルなもので、
役者の演技を邪魔しない、
節度のある音効や照明、映像の効果と相俟って、
観客の想像力を適度に刺激して、
叙情的な場面では観客の没入も邪魔しない、
センスを感じるものでした。

最初にも書きましたが、
後半に主人公以外のほぼ全員の、
ドロドロの人間関係の秘密が露になり、
その罵り合いが大いに盛り上がります。
ただ、これはこれでとても面白いのですが、
それまでの繊細な雰囲気がやや壊れた感じがあり、
トータルなバランスという点で考えると、
もう少し抑制的な描写に留めた方が、
良かったように感じました。

キャストは抜群で、
主人公2人のリアルな造形も素晴らしいですし、
脇キャラも細部まで練り上げられていました。

そんな訳で作品・演出・キャストと三拍子揃った傑作で、
演劇は生ものですし、
仮に再演がされるとしても、
今回と同じクオリティとは限りませんから、
ご興味のある方は、
是非に劇場に足を運んで頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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KAKUTA「らぶゆ」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
らぶゆ.jpg
現在最も脂の乗った劇作家の1人である、
桑原裕子さんの新作が、
彼女の率いるKAKUTAの本公演として、
先日まで本多劇場で上演されました。

桑原さんの劇作は、
ある事件などをきっかけにしてあぶりだされる、
共同体のひずみのような人間関係の綾を、
鋭利かつ繊細に描く人間ドラマがその特徴で、
外連味のない骨太で真摯な作風が魅力です。

これまでに何本か観ていますが、
特に2017年に上演された「荒れ野」は、
極め付きの名作として印象に残っています。
今年11月に再演されるとのことですので、
これはもう必見です。

今回の作品は様々な事情で罪を犯し、
刑務所で知り合った個性的な男たちが、
出所後にユートピア的な共同生活を試み、
それが無残に潰えるまでの物語です。

10分の休憩を挟み2時間40分という長尺ですが、
非常に丁寧に描き分けられた人物を、
小須田康人さん、みのすけさん、中村中さんといった手練れが、
魅力たっぷりに演じるので長さを感じません。
演技と物語のみの力で、
自然と引き込まれ見入ってしまうのはさすがです。

これぞ芝居の醍醐味と言って良いと思います。

ただ、今回は福島を舞台にしていて、
後半で舞台が2011年の春であることが示され、
震災の当日が描かれます。

前半で福島という名称が出て来た時点で、
そんなことかも知れないな、というようには思うのですが、
震災がそれほどこの戯曲の中で、
大きな位置を占めているとは思えず、
その扱いも中途半端な感じがして、
正直あまり納得がゆきませんでした。

共同体が崩壊するのは別に震災のためではなく、
個々の人間同士のひずみが引き起こしているものです。
その意味ではこの物語において、
特に震災が登場することは不可欠ではなく、
たとえば「荒れ野」では、
ただの火事で同じような効果を挙げているのですから、
今回ももっと小さな事件で充分であったし、
この物語において、
震災を持ち出すことはあまりに重すぎて、
作品のバランスを崩しているように僕には思われました。

ただの火事で良かったですよね。

本気で震災を扱うのであれば、
もっとその必然性があるべきだと思いますし、
舞台面にももっと動きがあるべきだと思います。
舞台は殆ど動きがなく、
書割が倒れるのも暗転の中で、
それもごく一部のみです。
暗転と音だけで誤魔化すというのは、
あまりに杜撰だという気がしますし、
このくらいのことしか出来ないのであれば、
やるべきではなかったと思います。

そんな訳で不満はあったのですが、
桑原さんが当代随一の劇作家であることには間違いがなく、
これからもその劇作には、
最大限の期待を持っています。

次も本当に楽しみです。
頑張って下さい!

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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軽症脳卒中の再発予防へのチカグレロル使用の有用性 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
軽症脳卒中への抗血小板剤2種併用療法の効果.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
軽症の脳卒中の再発予防における、
薬剤の選択についての論文です。

一時的に言葉が出なくなる、手に力が入らなくなる、
などの症状が出現して改善する、
一過性脳虚血発作と、
虚血性脳卒中と診断されるも軽症で、
退院の時点では全く後遺症はないか、
あっても軽微で日常生活には制限は生じない
(modified Rankin Scaleという指標で0か1)
軽症虚血性脳卒中においては、
後遺症はないか軽微であっても、
その後より重篤な脳卒中に進行したり、
再発して予後の悪化するリスクが、
高いことが知られています。

そのため予後の改善目的で抗血小板剤による治療が行われます。

こうした場合に最も多く使用されているのは、
低用量のアスピリンで、
それ以外にクロピドグレルやシロスタゾールも使用されています。

一方でこうした場合の予後改善には、
単剤の抗血小板剤では不充分で、
2種類の抗血小板剤を併用する必要があるのではないか、
という意見があり、
アメリカの専門家のガイドラインの1つでは、
弱い推奨として、
アスピリンとクロピドグレルを発作後24時間以内に開始し、
それを21日間継続する、
という治療法が記載されています。

これまでに3つの精度の高い臨床試験が、
アスピリン単独と併用療法を比較しています。
アメリカのみで行われた比較的小規模な試験と、
アメリカとヨーロッパ、オーストラリアなどで行われた大規模臨床試験、
そして中国で行われた大規模臨床試験です。

その3つの臨床試験を併せて解析したメタ解析では、
トータルで10447名の臨床データをまとめて解析した結果として、
一過性脳虚血発作と軽症虚血性脳卒中発症後24時間以内に、
クロピドグレルとアスピリンを併用すると、
アスピリンの単独使用と比較して、
総死亡のリスクには有意な影響を与えずに、
非致死性脳卒中再発のリスクが、
30%(95%CI: 0.61から0.80)有意に低下していました。
ただ、中等度もしくは重度の頭蓋内以外の出血のリスクは、
1.71倍(95%CI: 0.92 から3.20)
と有意ではないものの増加する傾向を示しました。
併用療法とアスピリン単独との差は、
開始後10日から明確になり、
21日間を超える使用では有用でないと推測されました。

要するに、
一過性脳虚血発作もしくは軽症虚血性脳卒中発症後、
24時間以内にアスピリンとクロピドグレルの投与を開始すると、
アスピリン単独の場合と比較して、
患者さん1000人当り20人の脳卒中の再発を予防可能です。
その一方で同じ1000人当り2人には、
中等度以上の出血系の合併症がそのために発症します。
この効果を得るためには10日以上の使用が必要である一方、
21日以上の併用には意味がないと考えられます。

さて、このクロピドグレルという薬の問題点は、
肝臓の薬剤代謝酵素であるCYP2C19で代謝され、
代謝物が効果を発揮するという薬であるため、
その酵素の活性が弱い変異があると、
同じ量でも効果が得られない可能性がある、
ということです。

ただ、臨床試験によってもこの遺伝子変異により、
効果の差があったとする報告がある一方、
あまり関連がなかったという報告もあって一致した結論が得られていません。

最近同種の目的で使用されるようになった、
チカグレロル(ブリリンタ)という抗血小板剤は
(日本では虚血性心疾患のみの適応)、
そのメカニズムが異なると共に、
代謝酵素がCYP3A4で、
クロピドグレルのような問題が生じにくいと想定されます。

そこで今回の第2相臨床試験においては、
中国の複数施設において、
軽症脳卒中もしくは一過性脳虚血発作を来した、
675名の患者さんをくじ引きで2つの群に分けると、
症状出現後24時間以内に、
一方はアスピリン100mgにクロピドグレル75mg(初回のみ300mg)
を併用し、
もう一方はアスピリン100mgにチカグレロル90mg(初回のみ180mg)
を併用して、
その90日間の予後と血小板機能を比較検証しています。

その結果、90日の時点での血小板機能は、
クロピドグレルと比較してチカグレロル群が、
有意に抑制されていました。
その違いは特にCYP2C19の変異がある群で大きくなっていました。
一方で脳卒中の再発については、
トータルでは両群に有意な差はなく、
脳の主要な結果の動脈硬化の強い群に限定すると、
チカログレロル群の方が55%有意に再発を予防していました。
両群の出血系の合併症には、
有意な差は認められませんでした。

このように、
血小板機能の抑制については、
クロピドグレルよりチカグレロルの方が安定していることは、
ほぼ間違いがありません。

ただ、臨床効果においては、
実際にはそれほどの差は見られておらず、
今度どのような患者さんにおいて、
よりチカログレルの有効性が高いのか、
個別の検証が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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プロトンポンプ阻害剤は命を縮める薬なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
PPIの寿命短縮効果.png
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
プロトンポンプ阻害剤という胃薬の、
高齢者使用と生命予後についての、
かなりショッキングな論文です。

プロトンポンプ阻害剤は、
強力な胃酸分泌の抑制剤で、
従来その目的に使用されていた、
H2ブロッカ-というタイプの薬よりも、
胃酸を抑える力はより強力でかつ安定している、
という特徴があります。

このタイプの薬は、
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療のために短期使用されると共に、
一部の機能性胃腸症や、
難治性の逆流性食道炎、
抗血小板剤や抗凝固剤を使用している患者さんの、
消化管出血の予防などに対しては、
長期の継続的な処方も広く行われています。

商品名ではオメプラゾンやタケプロン、
パリエットやタケキャブなどがそれに当たります。

このプロトンポンプ阻害剤は、
H2ブロッカーと比較しても、
副作用や有害事象の少ない薬と考えられて来ました。

ただ、その使用開始の当初から、
強力に胃酸を抑えるという性質上、
胃の低酸状態から消化管の感染症を増加させたり、
ミネラルなどの吸収を阻害したりする健康上の影響を、
危惧するような意見もありました。

そして、概ね2010年以降のデータの蓄積により、
幾つかの有害事象がプロトンポンプ阻害剤の使用により生じることが、
明らかになって来ました。

現時点でその関連が明確であるものとしては、
プロトンポンプ阻害剤の長期使用により、
急性と慢性を含めた腎機能障害と、
低マグネシウム血症、
クロストリジウム・デフィシル菌による腸炎、
そして骨粗鬆症のリスクの増加が確認されています。

その一方でそのリスクは否定は出来ないものの、
確実とも言い切れない有害事象もあり、
肺炎や一部の癌、認知症リスクの増加などが報告されています。

それでは、こうした多くの有害事象は、
トータルに見て使用する患者さんの生命予後に、
影響を与えているのでしょうか?

砕いた言い方を敢えてすれば、
プロトンポンプ阻害剤を常用していることで、
命が縮むようなことはないのでしょうか?

今回の研究はその点を明らかにしようとしたもので、
アメリカの退役軍人の大規模な疫学データを活用して、
新規にプロトンポンプ阻害剤を開始した157625名を、
H2ブロッカーを使用している56842名を比較して、
その生命予後を死因毎に検証しています。

中間値で10年の観察期間において、
H2ブロッカーと比較したところ、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
患者1000人当たり45.20人の過剰死亡が、
認められると計算されました。
この過剰死亡のうち38.65%は循環器疾患により、
28.63%は癌により、13.83%は泌尿生殖器疾患により、
9.29%は感染症及び寄生虫疾患による死亡でした。

死因毎の解析によると、
プロトンポンプ阻害剤の使用は、
心血管疾患や慢性腎臓病による過剰死亡と関連が認められました。

このように、かなりショッキングなデータですが、
プロトンポンプ阻害剤の使用により、
明確に生命予後の悪化が認められたことは、
控え目に言っても重く受け止めるべきで、
特に高齢者への半年を超えるような長期の使用については、
その有効性が確実と判断される事例に限って、
必要最小限の期間において使用するべきものなのだと思います。

ただ、念のため補足しますが、
現在プロトンポンプ阻害剤を継続的に使用されている方は、
主治医に無断で服薬を中断されるようなことはされないで下さい。

今回のデータにおいても、
実際には生命予後のリスク増加の程度はそれほど大きなものではなく、
プロトンポンプ阻害剤は多くの疾患において、
消化管出血などの予防効果は確立した薬でもあるからです。

要は不要な投薬が高齢者において、
漫然と長期行われることが問題である訳で、
その点はどうか誤解のないようにして頂きたいと思いますし、
不安に思われた方はまずは主治医にその点をご相談して頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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睡眠中の照明と肥満との関係について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日で診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談などで都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
睡眠中の人工照明の肥満リスク.jpg
2019年のJAMA Internal Medicine誌に掲載された、
寝ている時の人工照明と、
肥満リスクとの関連についての論文です。

睡眠時間が短いと太りやすいというのは、
これまでの複数の疫学データにおいて、
ほぼ実証されている事実です。

睡眠が不安定であるということは、
夜間に抑制されていないといけない食欲が、
抑えられないということでもありますし、
日内リズムの乱れ自体が、
エネルギー消費や脂肪代謝に関わる、
多くのホルモンや生体物質に影響を与えます。

それでは、
テレビを点けたままで寝ていたり、
部屋の照明を点けたままで、
眠っていることと、
暗い部屋で眠ることとは、
身体に与える影響に何か差があるのでしょうか?

動物実験においては、
明るい中で睡眠を取ることは、
体内時計を狂わせ、睡眠時間を短縮させて、
肥満などの代謝異常の要因となると考えられています。

しかし、人間においても同様のことが成り立つかどうかは、
まだ明らかではありません。

そこで今回の研究では、
アメリカとプエルトリコにおいて、
登録時に35歳から74歳の43722名を、
平均で5.7年観察し、
登録時及び経過中に発症した肥満や内臓脂肪の過剰と、
睡眠時の人工照明やテレビの有無との関連を検証しています。

その結果、
暗い中や室内灯での睡眠と比較して、
照明を点けたままやテレビを点けたままで睡眠を取ると、
肥満のリスクは有意に増加していて、
観察期間中の肥満発症リスクは、
19%(95%CI: 1.06から1.34)有意に増加していました。

この人工照明時の肥満リスクの増加は、
睡眠時間や睡眠の質などの因子を補正しても残っていて、
単純に部屋が明るいと睡眠時間が短くなる、
ということではなく、
もっと本質的な要因があることが示唆されました。

今回初めて大規模な臨床データにより、
睡眠中の人工照明と肥満との関係が示された意義は大きく、
今後そのメカニズムを含めて、
より詳細な検証に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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1日何歩歩くのが健康的か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
歩数と健康との関係.jpg
2019年のJAMA Internal Medicine誌に掲載された、
歩く歩数と健康との関係を検証した論文です。

健康のためにはよく歩くのが良い、
というのは健康の専門家かそうでないかに関わらず、
多くの人が言っていることです。

最近ではスマホやアップルウォッチなどの、
所謂ウェアラブル端末が普及して、
簡単に毎日の歩数が計れるようになり、
よりその健康効果が一般に広まりを見せています。

そこで問題となるのは目標とするべき歩数です。

馴染みのあるのが1日1万歩歩きましょう、という基準で、
皆さんも何度もお聞きになったことがあると思います。

上記文献の記載によると、
アメリカにおいても同様の基準がポピュラーで、
意外にもその元になっているのは、
日本の万歩計の会社の宣伝にあるようです。

ただ、実際にはその根拠は、
あまり精度の高い研究に裏付けられたものではありません。

そこで今回の研究では、
アメリカで低用量アスピリンとビタミンEの、
成人女性における心血管疾患予防効果を検証した、
疫学研究のデータを活用して、
1日の歩数と生命予後との関連を検証しています。

平均年齢72歳の16741名を4.3年観察した結果として、
1日の歩数を4群に分けて検証したところ、
最も少ない群(中間値で2718歩)と比較して、
最も多い群(中間値で8442歩)は、
総死亡のリスクが42%(95%CI: 0.38から0.88)、
有意に低下していました。
これは歩く速度などは補正した結果です。

この歩数による総死亡リスクの低下は、
7500歩程度までは歩数が増えるほど大きくなりますが、
それを超えると頭打ちになっていました。
また、歩く速度との関連をみたところ、
歩数の方が生命予後への影響は大きく、
歩行速度との関連はあまり明確ではありませんでした。

日本で最近報告された、
中之条研究という疫学データでは、
1日8000歩で20分程度の早歩きを混ぜるのが、
心血管疾患の予防には一番有効であった、
という結果になっていました。

今回のデータと中之条研究には一致する点が多く、
高齢女性の生命予後の改善のためには、
どうやら1日7000から8000歩程度が、
平均すると最も有用性は高いと言っていいようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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