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食事と2型糖尿病リスクとの関係(2019年のアンブレラレビュー) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
2型糖尿病と食事の関連.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
2型糖尿病を予防する食事についての論文です。

2型糖尿病の発症に、
食事などの環境要因が大きく影響していることは、
間違いのない事実です。

ただ、それではどのような食事を摂れば、
最も糖尿病になりにくいのか、
という点については、
多くの臨床データや疫学データはあるものの、
互いに相反するような結果も多く、
データの信頼度も玉石混交で、
あまりクリアな結論が出ているとは言えません。

そこで今回の研究では、
これまでの臨床データや疫学データを、
まとめて解析したメタ解析の複数の論文を、
更にまとめて解析する、
アンブレラレビューと呼ばれる手法により、
これまでの「集合知」としてこの問題を検証しています。

これまでのデータをまとめて解析した結果として、
精製していない全粒穀物の摂取は、
1日の摂取量を30グラム増やすことで、
2型糖尿病の発症リスクを13%(95%CI: 0.82から0.93)、
穀類(シリアル)由来の食物繊維の摂取は、
1日の摂取量を10グラム増やすことで、
2型糖尿病の発症リスクを25%(95%CI:0.65から0.86)、
それぞれ有意に低下させていました。

つまり、全粒穀物を多く摂ることで、
2型糖尿病のリスクを下げることが出来る、という結果です。

また、1日12から24グラムのアルコールの摂取は、
2型糖尿病の発症リスクを25%(95%CI:0.67から0.83)、
これも有意に低下させていました。

つまり、ちょっと議論を呼ぶところですが、
1日1合程度のアルコールは、
糖尿病の予防になるという結果です。

一方で糖尿病のリスクを増加させる食品としては、
赤身肉を1日100グラム摂取することで17%(95%CI:1.08から1.26)、
加工肉を1日50グラム摂取することで37%(95%CI:1.22から1.54)、
ベーコン2枚で107%(95%CI:1.40から3.05)、
砂糖加糖飲料1本で26%(95%CI:1.11から1.43)、
それぞれ2型糖尿病の発症リスクを有意に増加させていました。

このように、
ベーコンやソーセージなどの加工肉が、
糖尿病のリスクとしてかなり大きい、
ということはほぼ間違いがなさそうで、
現状の予防策としては、
白いパンや白米よりも、
玄米や全粒粉のパンを食べ、
加工肉は極力避け、
赤身肉の摂り過ぎにも気を付ける、
というくらいが、
現状は科学的根拠のある糖尿病予防のための食事、
と言って良いようです。
アルコールは1日1合程度はむしろ悪くない、
というデータが多いのですが、
他の病気のリスクは上げる可能性もありますから、
ケースバイケースで考える必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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頭蓋内圧亢進症の診断法の検討 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
頭蓋内圧亢進の診断法.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
脳の外傷や出血に伴う、頭蓋内圧亢進症という、
重篤な合併症の診断法についての論文です。

脳というのはお豆腐くらいの硬さのふわふわしたもので、
それが脳脊髄液という液体に囲まれて、
頭の骨(頭蓋)で出来たお椀の中に浮かんでいる、
というのが脳の実際です。

この脳脊髄液の圧力のことを、
頭蓋内圧と呼んでいます。

頭蓋内圧は、
脳脊髄液が一定量ずつ出入りしながら、
一定の範囲に保たれていて、
ふにゃふにゃの脳を守る働きをしています。
実際には脳自体とその周辺の血管、そして脳脊髄液が、
バランスを取って頭蓋内圧を作っているのです。

しかし、脳が強く揺さぶられて外傷を起こし、
炎症を起こして腫れ上がると、
脳自体の圧力が上昇し、
脳脊髄液の流れも妨害されるので、
頭蓋内圧は上昇します。
すると、バランスが崩れることにより、
脳の血管の圧力は低下して、
脳を流れる血液が減少します。

要するに、
頭蓋内圧が上昇すると、
それだけで脳は虚血になるのです。

脳内出血やクモ膜下出血でも同様のことが起こります。
頭蓋内圧亢進が高度になると、
その圧力により、脳の一部が、
脳脊髄液の出入りする穴を通して、
押し出されるような現象が起こります。
これが脳ヘルニアで、
押し出される脳の部位によっては、
死に直結する事態となります。

このように脳の深刻な影響を与える頭蓋内圧亢進症ですが、
その診断はそう簡単なものではありません。

確定診断に最も有効な方法は、
頭蓋骨に小さな穴をあけて、
そこからセンサーを挿入して、
直接頭蓋内圧を測定する、という方法です。

しかし、通常熟練した脳外科医以外にそうした処置は出来ませんし、
センサーの挿入により新たな出血や梗塞が起こるというリスクもあります。

そこで患者さんにあまり負担が掛からない方法で、
頭蓋内圧の亢進を推測出来るような方法が、
これまでに多く考えられて来ました。

症状としては、
意識レベルの低下や収縮期血圧の上昇と徐脈、
診察所見としては、
眼底のうっ血乳頭、
画像診断としてはCTやMRIにおける、
脳槽の圧迫や正中線偏位の所見などがあり、
やや特殊な検査としては、
瞼に超音波を当てて測定する、
視神経鞘の拡大の計測などが使用されています。

今回の検証はこれまでの臨床データをまとめて解析する方法で、
こうした臨床所見や検査所見と、
実際の脳内センサーで測定した頭蓋内圧との関連を比較検証しています。

その結果、
臨床所見と検査所見に関わらず、
単独の所見で頭蓋内圧亢進症の鑑別診断を行うことは、
信頼度や正確性には欠けて困難であることが明らかになりました。

このため上記論文の結論としては、
単独の検査所見や臨床所見に左右されることなく、
頭蓋内圧亢進症が疑われた場合には、
速やかに侵襲的な頭蓋内圧測定が、
可能な施設に搬送することが望ましい、
というものになっています。

今後は複数の所見などを組み合わせることにより、
より精度の高い非侵襲的な診断への道も、
検証されることを期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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脳梗塞急性期の血糖コントロールについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
脳梗塞時の血糖コントロール.jpg
2019年のJAMA誌に掲載された、
脳梗塞の急性期における血糖コントロールについての論文です。

糖尿病が脳梗塞のリスクを高め、
その予後にも悪い影響を与えることは、
多くの臨床研究において確認された事実です。

ただ、急性の脳梗塞を起こして数日のような急性期に、
血糖コントロールを改善することにより、
その梗塞の予後が改善するかどうかについては、
あまり明確なことが分かっていません。

インスリンを使用して強制的に血糖を低下させるような臨床研究が、
過去に何度か行われていますが、
明確な改善効果は確認されていません。
低血糖は間違いなく脳梗塞の予後を悪化させるので、
それを起こすことなくコントロールを良好に保つことは、
実際には困難で、
結果としてあまり目標まで血糖を下げられていない上に、
糖尿病の患者さんを主体とした試験もあまりないのが実際です。

現行のアメリカのガイドラインでは、
脳梗塞の急性期の血糖値は、
140から180mg/dLに維持することが推奨されていますが、
その根拠はあまり確実なものではありません。
日本のガイドラインに至っては、
ただ、アメリカの推奨値が紹介されているだけで、
独自の指針を示してはいません。

そこで今回の研究では、
アメリカの63か所の専門施設において、
急性の虚血性梗塞を起こして12時間以内であり、
糖尿病があって血糖値が110mg/dLを超えているか、
糖尿病がなくて血糖値が150mg/dL以上である患者、
トータル1151名をクジ引きで2つの群に分けると、
一方はインスリンの持続注入を施行して、
血糖値が80mg/dLから130mg/dLを目標とした厳格なコントロールを行い、
もう一方はインスリンの皮下注射を施行して、
血糖値が80mg/dLから179mg/dLというややラフなコントロールを行って、
その治療を72時間まで持続し、
その後90日間の予後を比較検証しています。

両群ともほぼ8割が糖尿病の患者さんです。

その結果、
後遺症や生命予後などの指標で評価した、
患者さんの予後には両群で有意な差はなく、
重篤な低血糖の発症は、
厳格コントロール群のみで認められました。

このように、
今回のこれまでより厳密な検証においても、
脳梗塞急性期の厳格な血糖コントロールが、
患者さんの短期間の予後を改善するという根拠はなく、
現状のコントロールの指標はアメリカのガイドラインにある、
180mg/dLを超えない程度に維持するという方針が、
概ね妥当であるように思われます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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赤堀雅秋「美しく青く」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
美しく青く.jpg
最近劇作に円熟味を増し、
多方面で活躍している赤堀雅秋さんの新作が、
向井理さんや田中麗奈さんなどの人気者を配したキャストで、
今上演されています。

赤堀さんの劇作は最近は岩松了さんに近い感じで、
淡々とした日常の積み重ねの中に、
潜在下の感情のうねりが見え隠れしつつ、
時に暴力的な衝突などを交えて、
ある種の感情の葛藤とその帰結を、
繊細に描出しているものが多くなっています。

ただ、岩松さんの意地悪さと比較すると、
遥かにお客さんには親切で、
ぼんやり見ていても何とか内容を捕捉出来るようになっています。

同時期に岩松さんの「二番目の夏」という作品を観ましたが、
平明な語り口でありながら、
容易に全貌は明らかにならず、
「意味ありげに役者が下手を見るのは何なの?」
と思っていると、そのまま説明なく終わってしまいました。
相変わらずとても意地悪です。

それと比べるとこの作品は遥かに分かりやすく作られていますが、
それでも主人公達の行動の裏にあるものは、
明確に説明されないままに物語は進んでゆき、
注意していないと物語の本筋が、
スルリと逃げてゆくような捉えきれなさがあります。

以下少しネタバレを含む感想です。
鑑賞予定の方は鑑賞後にお読みください。

赤堀さんとしては水準作かな、というように思いますが、
役者さんも良かったですし、
岩松了さんスタイルのお芝居に、
抵抗のない方にはお勧めです。

震災から8年後の東北の海沿いの町が舞台で、
津波予防の巨大な防波堤の工事は、
一部の住民の反対もあって進まず、
管理の行き届いていない山林では、
野生の猿が増加して農作物を荒らすなど、
その被害が問題となっています。

主人公は向井理さん演じる、
村の青年団のリーダー格で、
震災に関わるある出来事をきっかけに、
母親は認知症となり、田中麗奈さん演じる妻とは、
セックスレスの状態となっています。
鬱屈した思いを猿退治の活動に向けているのですが、
猿より人間が悪いと嘯く平田満さん演じる老人や、
村を離れたいと思う友達などとの軋轢があり。
物事は思うようには進んでゆきません。

親友であった大東駿介さんとの決別などを経て、
主人公は自分の心の底にあるものを見つめ直し、
ラストは夫婦関係が修復して、
おそらく新しい命の誕生が示唆されるところで終わります。

主人公達の発する言葉以外のところにドラマがあり、
それが言葉ではなく唐突な暴力などの行動としてしか、
観客には明示されない、という点は、
岩松了さんや平田オリザさんの作品で、
お馴染みの趣向です。

ただ、今回の作品は岩松さんや平田さんの作品に比べると、
起承転結がもう少し明確で、
役者の個人的な見せ場も、
しっかり用意されているところが、
観客に対しても役者に対しても親切です。
過去の事件なども比較的はっきり台詞で説明されるので、
観ているストレスは少ないですし、
ラストもハッピーエンドに近いホッコリした感じなので、
後味も悪くないのです。

設定はかなり現代を射程にしたもので、
工事途中の防波堤が、
道半ばの復興を感じさせるとともに、
その大きさで舞台を引き締めるという、
舞台面を意識した構成が巧みです。
登場する「猿」は、
勿論単なる猿ではなく裏の意味合いがある訳ですが、
それを「野生の猿」にした辺りに、
センスの良さが光っていると思います。

キャストは主役の向井理さんが、
役柄に合った屈折した感じが良く、
ことなかれの役所の職員を演じた大倉孝二さんは、
最近では出色の演技であり存在感であったと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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プッチーニ「トゥーランドット」(オペラ夏の祭典2019ー20) [オペラ]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも中村医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
トゥーランドット.jpg
2020年に向けたプロジェクトの一環として、
新国立劇場と東京文化会館、
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールと札幌文化芸術劇場がタッグを組み、
大野和士さんが取りまとめに当たった、
「オペラ夏の祭典2019-20」の第一回公演として、
プッチーニの「トゥーランドット」が、
東京文化会館と新国立劇場で上演されました。
提携する地方公演も行われます。

大野和士さんの指揮で、
演出はバルセロナ・オリンピックの開会式を手掛けた、
スペインのアレックス・オリエ、
オケは大野さんが音楽監督を務めているバルセロナ交響楽団、
合唱には新国立劇場合唱団に加えて、
藤原歌劇団やびわ湖ホールアンサンブルも加わるという、
大規模な「混成」チームです。

上演される「トゥーランドット」は、
プッチーニの最後のオペラで、
そのラストは未完のままでプッチーニは亡くなり、
ラストの部分のみ他の作曲家による補作で完成した、
という特殊な作品です。

台本自体はもう出来上がっていたので、
基本的には内容には変わりはない筈なのですが、
音楽は補作の部分は明らかにタッチが違うので違和感があり、
内容的にもカラフを愛するリューが、
自らカラフを守るために命を絶っているのに、
そのすぐ後にはリューを死に追い込んだトゥーランドットと、
カラフが結婚してめでたしということになるので、
おとぎ話とは言えあまりに「愛」をないがしろにしたような展開に、
「そりゃないだろう」という気分になるのです。

もともと騙しあいの末に王女と結婚して終わり、
というようなお話はおとぎ話の定番ではあるので、
それをどうこう言っても仕方がないのですが、
この物語ではカラフを慕う奴隷の女性が、
彼を守るために命を絶つ、
という部分に哀切な盛り上がりがあるので、
単純に家来が高貴な主人のために身を犠牲にする、
という枠組みからはみ出してしまい、
三角関係のメロドラマ的要素が入ってしまうので、
ややこしいことになってしまっているのです。

その意味では現代の価値観とはそぐわない作品です。

それでもこの未完成の上、
現代の価値観とは相いれない作品が、
今でも盛んに上演されているのは、
音楽の完成度がともかく素晴らしいからです。
プッチーニの全作品の中で最もスケールが大きく、
何処を切り取っても傑作と言える素晴らしい音楽です。
特に2つのアリアを歌って絶命するリューの最後の部分は、
これまでに書かれたあらゆる音楽の中で、
最も感情を哀切に強く揺さぶるものの1つと言って、
過言ではありません。

その後のあらゆる映画音楽やミュージカルで、
この作品の影響を受けていないものは1つもありません。

そんな訳で素晴らしい「トゥーランドット」なのですが、
現代に上演する場合には、
矛盾するラストをどう処理するか、
という大問題が常にあるのです。

今回の演出は、
今の価値観で作品を読み直す、という、
個人的にはあまり好きではない種類のもので、
「リューが目の前で死んだのに、トゥーランドットが結婚出来る訳がないだろう」
という考えから、
音楽はそのままにして、
ラストいきなりトゥーランドットが、
リューが自死した懐剣で、
自分も喉笛を搔き切って終わります。

駄目だよね、こんなことしちゃ。

この演出家は黒い壁がそそり立つ、
近未来みたいなセットを組んで、
絢爛豪華で色彩豊かな筈の物語を、
単色に染め上げてしまっています。
日本の観客のためにアニメのビジュアルも取り入れた、
とパンフレットには書かれていて、
攻殻機動隊的なトゥーランドットになっているのですが、
このおとぎ話は本来、
オペラ世界旅行的な性質のものなので、
もっと色彩感にあふれた古代の中国が、
再現されるのがやはり必要ではないかと思います。

比較的前方の席で観ると、
人物の動きや感情表現も、
まずまず工夫されていることが分かるのですが、
少し遠くの席から観ると、
誰が何処で歌っているのやら、
皆同じような暗い衣装なのでまるで分かりません。

これでは大劇場の演出としては落第ではないでしょうか?

音楽はなかなか迫力があり、
大野さんも緩急織り交ぜこの巨大な作品を、
壮麗にまとめていました。
歌手陣は理想的なトゥーランドットのテオリンが素晴らしく、
カラフのイリンカイも美声ですし、
リューの中村恵理さんも良かったと思います。

大野さんはいつもそうですが、
中村恵理さんクラスの歌手の方に、
細かく演出するのが得意ですよね。
あのアリアの感じというのは、
大野さんの美学であり完成度であると感じました。
その一方で大野さんは大物歌手のあしらいはそう上手くないというか、
ギクシャクすることが多いような印象があります。
今回はでも、皆気持ち良さそうに歌っていて、
アンサンブルもなかなかでした。

そんな訳で音楽的には満足の出来る「トゥーランドット」でしたが、
演出や作品のとらえ方には疑問が残りました。

ただ、大野さんとしては、
著明な演出家のオリエさんに、
日本で演出してもらう、ということ自体に、
意義を感じているようで、
戦略的にはおそらくそれで正しいのだろうな、
というようには感じました。

個人的には、
この「トゥーランドット」のラストの矛盾を解消するには、
群衆の心理の劇として見ることが、
唯一の解決策のように思います。

この作品は合唱が大きなパートを占めていて、
プッチーニの合唱というのは、
概ね情景描写としてあるのみ、
ということが多いのですが、
この作品の民衆の合唱は、
「殺せ!殺せ!」みたいに他人の死をもてあそんだり、
逆に気の毒がったり、権威を妄信したり、
恐れたり糾弾したりと、
1つの感情を持つ主体のように表現されています。

そして、このドラマを一言で表現するなら、
「無知で残酷な民衆が無償の愛の尊さに目覚める物語」
とまとめることが出来ます。

こう考えれば、トゥーランドットもカラフも、
ただの民衆の背景であるに過ぎないので、
2人が結婚することの感情的な辻褄合わせは、
特に必要はないのです。
民衆の残酷な心を作ったのは権力装置や環境の過酷さであっても、
ドラマの本質は権力装置の感情にはないので、
高らかに愛を歌い上げる大団円と、
何ら矛盾はしないものなのです。

今後民衆の心の動きに主眼をおいた、
新たな「トゥーランドット」の誕生にも期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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睡眠不足が社会的に悪いイメージを与えるのは何故か? [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療や産業医活動には廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
寝不足と外見.jpg
2017年のRoyal Society Open Science誌に掲載された、
短期の不眠が、他人に与える自分の印象に、
大きな影響を及ぼすという現象を分析した論文です。

寝不足は疲労や集中力不足の原因となり、
外見的にも顔色は悪くなり、むくんで、
周囲に与える印象も悪いものとなります。

多くの人が睡眠不足の人とは、
距離を置きたいと思う心理が働くということは、
これまでの研究によっても明らかになっています。

ただ、その原因は必ずしも明確ではありません。

睡眠不足から生じる不健康な外見や態度は、
その人が病気を持っている、
という可能性を相手に与えます。

そのために、
「病気の人に近づくのは危険だ」という、
半ば無意識の危険回避の本能が、
働いてしまうのではないか、
という仮説があります。

また、睡眠不足の人は、
魅力が乏しく、疲れていて、信頼性に欠けるという印象があり、
それが恋愛にしろ仕事にしろ遊びにしろ、
その人と関係を持つことを避けるという行動と、
結び付いているのではないか、
という仮説もあります。

ただ、どういう要素がどの程度関連しているのか、
というような詳細については、
これまであまり明らかではありませんでした。

今回の研究では、
18から47歳の25名の被験者を、
8時間の睡眠を2日続けた状態と、
4時間の寝不足状態を2日続けた状態とで、
顔写真を撮影し、
それを先入観なく別の18から65歳の122名に見せて、
その人物と付き合いたいかどうかを、
一定の尺度で比較検証しています。

この研究は1日4時間2日という、
実際にも可能性の高い寝不足の条件を設定している点と、
顔写真のみの判定なので、
曖昧な印象や雰囲気などの情報が、
混入しにくいのが特徴です。

その結果、
睡眠不足の顔写真は、
見た人にこの人とは付き合いたくないと思わせていて、
個別の指標としては、
睡眠不足の顔は魅力がなく、不健康で眠そうと感じさせました。
ただ、その人が信頼出来るかという信頼度の指標には、
通常睡眠の写真と差はあまりませんでした。

これまでの研究では、
睡眠不足はその人の健康度と魅力の点で、
ネガティブな印象を相手に与え、
それがその人と付き合いたくない理由になっている、
と想定されていました。

ただ、今回の検証では、
健康度、魅力、そして眠そうな様子を併せても、
その人と付き合いたくない要因の、
3分の1程度しか説明は困難で、
そうした通常想定されるような要因以外にも、
睡眠不足がその人の顔に与える印象の中には、
「この人と接触することは良くない」と判断させる要素が、
潜んでいるようです。

不眠症のような病気の場合は別として、
習慣的な睡眠不足や、
仕事などの負担で強いられるような睡眠不足は、
本人が思っている以上に人間関係にネガティブな影響を与えるものなので、
円滑な人間関係の維持のためには、
充分な睡眠を取ることも、
1つのエチケットと考えておいた方が良いようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ビタミンB12の補充療法と過剰投与のリスク [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ビタミンB12の過剰使用.jpg
2019年のJAMA Internal Medicine誌に掲載されたレターですが、
カナダで不必要なビタミンB12の注射が行われている、
という報告です。

ビタミンB12は、中にコバルトという金属原子を含む、
巨大で複雑な構造の化合物です。
これを作れるのは、一部の微生物だけです。
微生物が合成したビタミンB12は、
動物の組織に取り込まれます。

従ってビタミンB12は、
原則として動物性食品(肉、魚、貝と乳製品)、
にしか含まれていません。
普通ビタミンというと、
何となく野菜に入っているようなイメージがありますね。
でも、このB12に関しては、
野菜や果物には一切入ってはいないのです。
菜食主義者がビタミンB12の不足で、
貧血や神経障害になることがあるのは、
このためですね。

ビタミンB12は高齢者で不足し易い、
と言われています。
それは、ビタミンB12が腸から吸収される仕組みに、
その原因があります。
ビタミンB12は、主に肉に含まれています。
肉の中にがっちり結び付いたビタミンは、
胃酸の働きによって、分離されます。
そして、胃から出る「内因子」と言われる蛋白質に、
代わりにくっついて、
腸から吸収されるのです。
高齢者では、胃酸の出る量は一般に少なくなっています。
胃の粘膜も萎縮して薄くなっています。
すると、肉がうまく分解されなくて、
B12が出てこなかったり、
出てきても、内因子が少なくてうまく吸収されないことが、
起こり易いのです。
「内因子」が足りなくて、
ビタミンが吸収されないタイプの貧血を、
特別に「悪性貧血」と呼んでいますね。

ここまで、よろしいでしょうか。

さて、1日に必要なビタミンB12の量はどのくらいでしょうか。

おおよそ2~3μgと言われています。

これはね、本当にちょっぴりの量なんです。
かなり食の細い方でも、
肉や魚や乳製品を一切摂らない、というのでない限り、
不足することは、吸収に問題がなければ、
まず考えられません。

人間の身体の中で、
ビタミンB12は何処にどれだけあるのでしょうか。

これはちょっと、資料によって、
記載がかなり違います。
血液の中にあるB12は全体の中では少数で、
大部分は肝臓の中に備蓄されています。
ある日本の文献では、1000μgから5000μgとされていますが、
その出典は明らかでありません。
「ハリソン内科学」の記載は、
2000μgですが、それと同じ量が他の組織に分布している、
とあります。
「メルクマニュアル」には、
3000μgから10000μgが肝臓に備蓄されている、
と書かれています。
これだけ備蓄量に差があるのは、
元々の根拠となるデータが、
あまり正確なものではないことを示している、
と僕は思います。
要するに、あまりよく分かってはいないのです。

このあやふやな備蓄量を改善するために、
ビタミンB12欠乏による貧血の治療では、
8000μgから12000μgものビタミンB12を、
注射し続けるように、
との治療方針が決められているのです。

実際には高度の欠乏症以外は、
注射によるビタミンB12の補充は必要がありません。

殆どの場合経口のビタミン剤(メコバラミンなど)で充分ですし、
それでも使用中の血液のビタミンB12濃度は、
基準値を大きく上回ることが多いのです。

にも関わらずビタミンB12の筋肉注射は、
高齢者の手足のしびれなどの漠然とした症状に対して、
国内外を問わず、やや安易に使用されているのが実際です。

今回の検討はカナダのオンタリオのもので、
医療データベースの情報を活用して、
146850人へのビタミンB12の筋肉注射の事例を解析したところ、
そのうちの63.7%は、血液濃度が基準値内であったり、
血液濃度自体が測定されていないなど、
不適切な使用であると判定されました。

このように、
現状多くのビタミンB12の筋肉注射はあまり根拠のないもので、
今後その適応については、
より科学的なものに再検討される必要があると思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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日本人における脂肪肝とインスリン抵抗性との関連 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は別件の仕事で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
脂肪肝とインスリン抵抗性.jpg
2019年のJournal of the Endocrine Society誌に掲載された、
脂肪肝とインスリン抵抗性との関連についての論文です。
順天堂医院の研究グループによる研究です。

欧米の2型糖尿病は肥満による内臓脂肪の蓄積が、
その主な原因とされていて、
殆どの患者さんは高度の肥満ですが、
日本を含むアジアにおいては、
やせ形でインスリン抵抗性を主体とする2型糖尿病が、
欧米より大きな比率を占めている、
という特徴があります。

ただ、その原因は未だ不明です。

そこで1つの仮説としては、
アジア人では食事から得た過剰なエネルギーを、
皮下脂肪に溜める力が弱く、
そのため肥満に至る前にあふれ出した脂肪が、
内臓脂肪や肝臓、筋肉への脂肪の蓄積に結び付いて、
それがインスリン抵抗性に繋がっているのでは、
という考え方があります。

しかし、肝臓への過剰な脂肪の蓄積である脂肪肝と、
胃や腸の周りに蓄積する内臓脂肪の、
どちらがより強くインスリン抵抗性と関連しているのかについては、
あまり明確なことが分かっていません。

そこで今回の研究では、
肥満がなく(BMIが25未満)、糖尿病のない、
日本男性87名に、
人工膵臓を用いたインスリン抵抗性の厳密な検査を行い、
同時にMRIとMRスペクトロスコピーという手法を用いて、
内臓脂肪の蓄積と脂肪肝の有無を診断。
両者の関連を検証しています。

その結果、
内臓脂肪の蓄積はなくても、
脂肪肝があるとインスリン抵抗性が認められたのに対して、
内臓脂肪の蓄積はあっても、
脂肪肝のない場合には、
インスリン感受性は良好であることが確認されました。

つまり、日本人の肥満のない男性に限った場合の話ですが、
内臓脂肪の蓄積とその目安の1つである腹囲の増大より、
脂肪肝の方がより強くインスリン抵抗性と関連していた、
という結果です。

現状は世界的に見ても、
腹囲を基準としてメタボを判定することが主流ですが、
特定の人種や集団においては、
むしろ脂肪肝の方がより病気のリスクの、
指標であるのかも知れません。

今後の更なる検証を期待したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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気管支拡張症に対する吸入ステロイドと抗菌剤持続治療の比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
気管支拡張症の治療比較.png
2019年のEuropean Respiratory Journal誌に掲載された、
気管支拡張症の治療の有効性を比較した論文です。

気管支拡張症というのは、
伸展性のある肺の気管支が、
その機能を失い、
部分的もしくは全体的に拡張する病気です。

その原因は大きく分けると、
先天性のものと後天性のものがあり、
先天性のものは、
気管支の感染防御機能が、
何らかの原因で障害されていることにより、
若い年齢から気道の感染を繰り返しながら、
気管支拡張症が進行します。

嚢胞線維症はその代表的な病気ですが、
明確な人種差があって、
白人に多くアジアには少ないとされています。

後天性の気管支拡張症は、
肺炎などの肺の感染症により、
持続的な気道の炎症が起こり、
発症することが多く、
小児期のアデノウイルス感染症やマイコプラズマ肺炎、
結核や細菌性肺炎が、
その原因として知られています。

肺炎は勿論後遺症を残さず、
完全に治癒することもありますが、
炎症が持続する結果として、
気道を障害し、
通常部分的な、
気管支の拡張症を来たすことも多いのです。

それ以外に、
自己免疫疾患などでは、
気道の非感染性の炎症が起こり、
それにより気管支拡張症を来たすこともあります。

後天性の気管支拡張症は、
疫学的には中年の女性に多く、
これは自己免疫機序との関わりを、
示すものだと思われます。

気管支拡張症の本態は、
気道の慢性の炎症にあります。

拡張した気管支は、
その正常な機能を失っているので、
その部位で細菌が増殖し易く、
一旦増殖すると完全には除菌されません。

そこで風邪など身体の抵抗力が低下した時に、
拡張した気道で細菌の増殖が起こり、
気管支炎や肺炎などの、
強い炎症を起こすのです。

これを、
気管支拡張症の急性増悪と呼んでいます。

急性増悪を繰り返せば、
障害される気道が増え、
肺の機能は低下します。
これを繰り返すことにより、
気管支拡張症は進行してゆくのです。

気管支拡張症は決して稀な病気ではないと考えられていますが、
日本のみならず海外においても、
あまり明確なその発症頻度は、
報告されていません。

気管支拡張症の診断は、
進行したものであれば、
レントゲンで可能ですが、
正確にはCTが必要です。

従って、
CT検査が増えればその頻度は増加するので、
正確な頻度のデータが取り難い、
という問題があります。
これは甲状腺癌の頻度などと、
同じ問題点です。

また、古い結核の病巣などには、
高率に気管支拡張症を合併しますが、
そうしたものを気管支拡張症にカウントするかどうか、
というような点も明確ではありません。

ただ、たとえば慢性気管支炎などと、
言われるような病態の多くは、
気管支拡張症を伴っている可能性が高いのです。

さて、
このように進行性の病気である気管支拡張症ですが、
現時点で確実に有効な治療は存在していません。

ただ、
そのメカニズムからして、
気道の細菌性の炎症をコントロールすることが、
重要なことは明らかです。

特に緑膿菌という細菌が慢性の炎症を来しているような事例では、
病状は悪化し易く、
治療も困難であることが知られています。

この炎症のコントロールに、
抗生物質を使用する臨床試験が多く行われていますが、
一定の効果が見られたという報告はあるものの、
その効果は限定的で、
かつ耐性菌の誘導など有害な影響も無視出来ません。

また、気道の炎症を抑え呼吸機能を維持する目的で、
吸入ステロイドの使用も行われていますが、
その一定の有効性が報告されている反面、
細菌感染の悪化のリスクを、
高めるという可能性も否定出来ません。

そこで今回の研究では、
先天性の囊胞性線維症を除外した気管支拡張症の患者さんに対して、
吸入ステロイドを使用した場合と、
マクロライドと呼ばれる抗菌剤を持続的に使用した場合とで、
どちらが予後に良い影響を与えるのかを比較検証しています。

アメリカの健康保険のデータより、
年齢が65歳以上の囊胞性線維症を除外した気管支拡張症の患者さんで、
新たに28日以上の吸入ステロイドの治療が開始された83589名と、
新たに28日以上のマクロライド系抗菌薬の治療が開始された6500名を、
年齢などをマッチングさせて抽出し、
その予後の比較を行っています。
例数は多いのですが、
後からデータを解析したもので、
事例を登録して経過を追ったような試験ではありません。

その結果、
吸入ステロイド使用群では、
年間100人当り12.6件の気道感染症による入院があったのに対して、
マクロライド使用群では、
年間100人当り10.3件の入院があり、
マクロライド使用群と比較して吸入ステロイド使用群では、
気道感染による入院のリスクを、
1.39倍(95%CI:1.23から1.57)有意に増加していました。
また気管支拡張症の急性増悪のリスクも、
吸入ステロイド使用群で1.56倍(95%CI:1.49から1.64)
有意に増加していました。
死亡リスクについては有意な差は認められませんでした。

このように、
COPDにおいては一定の有効性が確認されている、
吸入ステロイドの治療ですが、
気管支拡張症の急性増悪の予防という観点からは、
抗菌剤治療と比較して予後の悪化に結び付く可能性が高く、
気管支拡張症に対する吸入ステロイドの使用は、
今後より慎重に考える必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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カルシウムの摂取量が骨量に与える影響について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
カルシウムの摂取量と骨粗鬆症.jpg
2019年のJ Clin Endocrinol Metab誌に掲載された、
骨密度とカルシウム摂取量との関連についての論文です。

カルシウムは骨を構成する主要なミネラルで、
その高度の欠乏が骨量減少の要因となることは間違いがありません。

しかし、その必要量がどのくらいであるかについては、
あまり明確なことが分かっていません。

日本では1日600mg以上、
イギリスでは1日700mg以上が推奨されていますが、
アメリカやオーストラリアでは1300mg以上が推奨されるなど、
その対応は国や地域によって大きな幅があります。

一方でサプリメントとしてカルシウムを摂ることが、
世界中で広く行われていて、
その理由は骨粗鬆症や骨折の予防と、
高血圧症の予防が2つの柱です。

ただ、最近になり特にサプリメントとしてカルシウムを摂ることが、
心筋梗塞などの心血管疾患のリスクを高め、
生命予後にも悪影響を与えるのではないか、
という疑念が多く寄せられるようになりました。

以前何度かご紹介したことがあるのは、
2013年のBritish Medical Journal誌に掲載されたスウェーデンの疫学データで、
6万人以上の中高年の女性の統計として、
1日のカルシウムの摂取量が1400㎎以上のグループは、
少ないグループと比較して、
心筋梗塞などの心臓病のリスクが2倍以上増加していました。

同様の報告は他にもあります。

こちらをご覧ください。
カルシウムサプリメントと心血管疾患.jpg
これは同じ2013年のJAMA Intern Med.誌に掲載されたものですが、
アメリカで39万人弱の、
50歳から71歳の男女を平均で12年間観察した結果として、
男性で1日1000mgを超えるカルシウムを摂取している男性では、
サプリメントを摂取していない男性と比較して、
心血管疾患のリスクが1.20倍(95%CI;1.05から1.36)、
心臓病による死亡のリスクが1.19倍(95%CI;1.03から1.37)、
とそれぞれ有意に増加していました。
心血管疾患による死亡には有意な増加はなく、
女性での同様の検討では有意なリスクの増加は認めませんでした。
更に食事からのカルシウムの摂取量が多くても、
このような心血管疾患リスクの増加は認められませんでした。

この報告ではBritish Medical Journalのものとは異なり、
女性ではなく男性でリスクが増加している、
という結果になっています。

より直近の2016年にも次のような論文が発表されています。
カルシウムサプリメントと心血管リスク(2016).jpg
これは2016年のAm J Clin Nutr誌に掲載された論文ですが、
アメリカの癌予防の疫学データを元にした解析です。
13万人余りの男女を平均で17.5年という長期に渡り観察した結果、
1日1000mg以上のカルシウムをサプリメントで摂取している男性は、
サプリメントを使用していない男性と比較して、
総死亡のリスクが1.17倍(95%CI; 1.03から1.33)有意に増加していました。
しかし、女性では総死亡のリスクはサプリメント群で有意に低下していました。
食事由来のカルシウムの摂取量と、
総死亡のリスクとの間には関連は認められませんでした。

つまり、どうもサプリメントでカルシウムを、
1000mgを超えて摂取することは、
心臓病のリスクの増加に、
結び付く可能性が高そうです。
その影響はどうやら男性に強そうなのですが、
スウェーデンの検証では女性にも認められています。

しかし、明確な差とまでは言えない上に、
そのメカニズムも明確ではありません。

最近注目すべき研究としては、
冠動脈へのカルシウムの沈着と、
サプリメントとの関連を見た次のような論文があります。
カルシウムサプリメントと冠動脈石灰化.jpg
これは2016年のJ Am Heart Assoc.誌に掲載されたものですが、
5448名を10年間観察した、
動脈硬化に関しての疫学データの解析で、
動脈硬化の指標として、
心臓CTによる冠動脈の石灰化を利用しています。

カルシウムの摂取量をトータルで見ると、
多いほど10年後の冠動脈の石灰化病変の出現は低いのですが、
カルシウム量を補正した上でサプリメントの使用の有無で解析すると、
サプリメントの使用により新規の石灰化病変出現のリスクは、
1.22倍(95%CI;1.07から1.39)有意に増加していました。
このリスクの増加は、
元のカルシウムの摂取量が不足していると、
より大きなものになっていました。

つまり、どうやらサプリメントのカルシウムと、
食品からのカルシウムの摂取とは別個に考えるべきで、
食事からのカルシウムは多いほど健康に良いですが、
サプリメントのカルシウムは、
逆に心血管疾患のリスクを増加させる可能性があるのでは、
ということを示唆する結果です。

ただ、現時点で明確ではないことは、
閉経後で骨粗鬆症のリスクが高いような女性に対しの、
カルシウムのサプリメントの有効性です。

そこで今回の研究では、
これまでの骨減少症に対する臨床データを解析することにより、
カルシウムの摂取量(サプリメント未使用)と骨量との関連を検証しています。

骨量がTスコアで-1.0から-2.5という、
骨減少症の状態にある65歳を超える女性で、
骨粗鬆症の治療やカルシウムのサプリメントを使用していない、
1994名の骨量と食事のカルシウム摂取量を比較検証しています。
また、臨床試験で偽薬を使用されていて、
骨量などの経過をみていた698名も併せて解析しています。

その結果、
カルシウム摂取量の中間値は886ミリグラムで、
登録時のカルシウム摂取量と、
その時点での骨塩量との間には、
明確な関連は認められませんでした。
また、偽薬で経過をみた検討では、
骨塩量の減少とカルシウム摂取量との間にも、
明確な関連は認められませんでした。

つまり、かなりカルシウムの摂取量は充分な集団である、
という前提の上ですが、
それを上回る量のカルシウムを摂っても摂らなくても、
骨量や骨粗鬆症の予防には、
何ら違いがなかったという結果です。

これはサプリメントの試験ではありませんが、
間接的なサプリメント否定でもあるのです。

骨の健康のためには、
確かにカルシウムを不足なく摂取することが重要ですが、
サプリメントでカルシウムのみを摂取しても、
どうやら骨粗鬆症予防においても、
あまりその有効性は明らかではないようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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