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リラグルチドの非アルコール性脂肪性肝疾患改善効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
リラグルチドの肝臓脂肪減少効果.jpg
今年のJ Clin Endocrinol Metab 誌に掲載された、
糖尿病治療薬により脂肪肝を改善する試みについての論文です。

肝機能障害が命に関わるのは、
肝硬変や肝臓癌になった場合で、
その原因としてはB型肝炎やC型肝炎による慢性肝炎や、
アルコール性肝障害が知られています。
ただ、最近それ以外で注目されているのが、
アルコールを飲まないのに脂肪肝や脂肪肝炎を発症し、
中には肝硬変に至り肝臓癌を合併する事例もある、
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)です。

この非アルコール性脂肪性肝疾患の治療には、
今の時点で確実と言われる方法が認められていませんが、
最近注目されている治療薬の1つが、
2型糖尿病治療薬であるGLP1アナログの使用です。

GLP1アナログはインクレチン関連薬と呼ばれる注射薬で、
インスリン抵抗性の改善作用もあり、
また体重減少効果のあることで、
肥満症の治療薬としても研究が進められています。

メカニズムは必ずしも明確ではありませんが、
これまで動物実験や少数例の臨床研究において、
GLP1アナログの使用により非アルコール性脂肪肝炎の状態が、
改善したという報告が複数存在しています。
ただ、例数は概ね10例程度と少なく、
糖尿病とそうでない患者さんとが混在しているなど、
その効果を実証するにも充分なものとは言えませんでした。

そこで今回の研究では、
2型糖尿病でメトホルミンなどの治療を行なっていても、
HbA1cが7%を超えている患者さんに対して、
GLP1アナログであるリラグルチド(商品名ビクトーザ)を、
1日1.2mg皮下注で使用し、
半年間の経過観察を行っています。
対象者は68名でこれまでで最も大規模なものです。
問題は脂肪肝の改善をどのように計測するかですが、
これまでの研究では肝生検を行って、
直接細胞の状態を比較しているのですが、
今回は使用前後でMRスペクトロスコピーという検査を行い、
非侵襲的に肝細胞の脂肪含量を測定して、
その比較を行っています。
これは非アルコール性脂肪性肝疾患を確認している訳ではないのですが、
肝障害の指標であるALTは、
対象者では平均で45.9とやや上昇はしています。

その結果、
リラグルチドの治療により、
その前後で体重は減少してHbA1cは低下、
肝障害の指標であるALTも有意に低下して、
それに伴い肝臓の脂肪含量は31%有意に低下していました。
この脂肪含量の低下は、
対象者の年齢、体重減少、
ララグルチド使用前の脂肪含量との相関が認められ、
リラグルチドによる体重減少が認められなかった患者さんでは、
脂肪含量の有意な減少も認められませんでした。

要するに、
2型糖尿病の患者さんにリラグルチドを使用すると、
非アルコール性脂肪性肝疾患のあるケースでも、
肝細胞内の脂肪含量の低下が認められるのですが、
それは主に体重減少に伴うものの可能性が高そうだ、
と言う結果になっています。

GLP1アナログは肥満や脂肪肝の改善にも、
一定の効果があることは間違いがなさそうですが、
その効果はそれほど著明と言えるほどのものではなく、
高価な注射薬であるという点も考えると、
その適応をどうするかは、
慎重な判断が必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。

よろしくお願いします。

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非ビタミンK阻害抗凝固薬の低用量とワルファリンの効果比較 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
低用量新規抗凝固剤の効果比較.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
最近心房細動という不整脈の脳梗塞予防に、
主に使用されている経口抗凝固剤剤を、
低用量で使用した場合の有効性と安全性についての論文です。

心房細動という年齢と共に増加する不整脈があり、
特に慢性に見られる場合には心臓内に血栓が出来て、
それが脳の血管に詰まることにより、
脳塞栓症という脳梗塞を発症します。

これを予防するために、
抗凝固剤と呼ばれる薬が使用されいます。

この目的で古くから使用されているのがワルファリンです。

ワルファリンは非常に優れた薬ですが、
納豆が食べられないなど食事に制限が必要で、
定期的に血液検査を行って、
量の調節を行う必要があります。

こうしたワルファリンの欠点を克服する薬として、
2011年以降に日本でも使用が開始されているのが、
直接トロンビン阻害剤やⅩa因子阻害剤の、
新規抗凝固剤を呼ばれる一連の薬剤です。

直接トロンビン阻害剤のダビガトラン(商品名プラザキサ)、
Ⅹa因子阻害剤のリバーロキサバン(商品名イグザレルト)、
アピキサバン(商品名エリキュース)、
エドキサバン(商品名リクシアナ)などがその代表です。

最近は新規抗凝固剤という名称から、
非ビタミンK阻害抗凝固剤という言い方をするようになっています。

この非ビタミンK阻害抗凝固剤の有効性は、
コントロールされたワルファリンとほぼ同等と考えられています。
ワルファリンと比較した場合の主な利点は、
消化管出血などの出血系の有害事象が少ないことと、
量の調節が基本的には不要である点です。

ただ、そうは言っても腎機能が低下すると、
薬剤が蓄積しやすくなるので、
薬剤毎に設定は微妙に違いますが、
通常より低用量が設定されていて、
ダビガトランについては通常量が1日300mgであるのに対して、
低用量が1日220mg、
リバーロキサバンについては通常量が1日20㎎に対して、
低用量が15㎎、
アピキサバンについては通常量が1日10㎎に対して、
低用量が5㎎ということになっています。

臨床医としては、
重篤な出血系の副作用が起こることが、
一番怖いので、
どうしても少な目の量で使用したい、
というバイアスが働きます。

臨床試験では腎機能低下や高齢の患者さんで、
低用量の使用が行われていて、
その脳塞栓予防効果はやや落ちるものの、
条件が同じワルファリンとは同等の効果とされています。

ただ、実際にはそうした患者さんのデータの数は少なく、
臨床試験ではなく実際の臨床においての、
有効性と安全性についてのデータはあまりありません。

そこで今回の研究では、
国民総背番号制が取られているデンマークにおいて、
非ビタミンK阻害抗凝固薬のうち、
ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバンの、
それぞれ低用量の使用を、
ワルファリンと比較して、
その有効性と安全性とを検証しています。
非弁膜症生心房細動の患者さんへの使用に限っての解析で、
病名は処方の登録を元にした解析なので、
患者さんを登録して調べるような研究ではありません。

トータルで55644名の心房細動の患者さんが対象となり、
そのうちダビガトラン使用者が8875名、
リバーロキサバン使用者が3476名、
アピキサバン使用者が4400名、
そしてワルファリン使用者が38893名となっています。

1年の経過観察において、
脳塞栓及び全身の塞栓症の発症率は、
ワルファリンが3.7%、ダビガトランが3.3%、
リバーロキサバンが3.5%とほぼ同等であったのに対して、
アピキサバンは4.8%と相対的に高い数値となっていました。
3種類の非ビタミンK阻害抗凝固剤をワルファリンと比較すると、
統計的には有意差はありませんでしたが、
矢張り低用量のアピキサバンで、
血栓症のリスクが高い傾向が認められました。

出血系の合併症については、
ワルファリンと比較して3種類の新規抗凝固剤とも、
有意な違いはありませんでした。

つまり、今回の実際の臨床のデータからは、
通常より低用量を使用した場合、
リバーロキサバンとダビガトランは、
ワルファリンと同等であるけれど、
アピキサバンはワルファリンより脳塞栓の予防効果が劣る可能性がある、
という結果になっています。

ただ、今回のデータは個々の患者さんの、
腎機能の測定値が分かっていないので、
正確な効果の比較にはなっていません。
低用量の処方になった背景が、
個々に異なっている可能性があり、
それが大きなバイアスになっているからです。

それでも、
日本ではアピキサバンの日本人での臨床試験のデータから、
低用量のアピキサバンが有効性と安全性のバランスが取れているように、
思われていた部分があり、
一般臨床においてはそうではない可能性がある、
という今回の結果は非常に興味深いものだと思います。

現状非ビタミンK阻害抗凝固剤の有効性と安全性には、
それほど明確な差はないと、
考えておいた方が良いかも知れません。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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「湯を沸かすほどの熱い愛」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。

今日はこちら。
湯を沸かすほどの熱い愛.jpg
昨年から公開中の日本映画「湯を沸かすほどの熱い愛」
を新宿の映画館で観て来ました。

あちらで少しこちらで少し、
という感じで公開されているので、
すっと行きにくい感じです。

宮沢りえさんの難病ものということですし、
死に瀕した女性を主人公とした家族再生の物語と聞くと、
如何にも手垢に塗れた古めかしい感じがします。
題名も泥臭くて何かセンスを感じませんし、
予告編を見ても、
とても面白そうな感じがしません。

そんな訳であまり封切り時には、
積極的に観ようと思わなかったのですが、
その後の評判が非常に良いので、
これは意外に良いのかも知れない、
と思って少し無理をして観て来ました。

鑑賞後の感想としては、
とても魅力的な日本映画で、
かなり感心しましたし、
何度か涙腺も緩みました。

監督は古い日本映画を非常に研究されている方だと思います。
幾つかこれはあれだな、
と思うようなところがあるのですが、
それが嫌味な感じにはなっていません。

宮沢りえさんが末期癌で2から3か月の命と宣告され、
残された命を使ってある決意をする、
というところまでは「生きる」以来、
何を今更の感のあるテーマです。

ただ、主人公の考えることが、
自分中心の身勝手な行動であったり、
住民のために子供の遊べる公園を作る、
というようなものではなく、
自分が人生において責任を持つべきことを、
生きている間に自分の責任で解決する、
という地に足の付いた終活なので、
それがまず物語として新鮮です。

しかもそれだけで終わりかと思うと、
途中からロードムービー風の趣向になり、
奥行のある人間関係が次第に明らかになると、
胸が熱くなるような感動の瞬間が待っています。

更にラストでは今度はアングラチックな趣向があり、
一気に不可思議な領域まで、
観客の心を運んでくれます。

正直ラストの趣向はそれまでとは違和感があり、
受け付けない方もいると思うのですが、
僕自身はそれを含めてこの作品が大好きです。

不満を言えば医療に関わる部分が絵空事に過ぎる点と、
死の間際でも宮沢りえさんがメイクをしているように見えることで、
診断した病院の医者の台詞も不自然ですし、
治療を拒否していながら、
倒れて救急で病院に担ぎ込まれるのは、
医療従事者の視点からは、
随分ひどいなあ、と思います。
更には至れり尽くせりのホスピスにすぐに入所が出来、
それも豪華な個室のようなのですが、
それは設定上成立は到底しないように思います。

余計なお世話ですが、
僕に医療監修を任せてくれれば良いのに、
とちょっと思ってしまいました。

オリジナルの脚本はそれ以外は非常に良く出来ていて、
別にミステリーではないのですが、
前半のちょっとした違和感が、
しっかりと伏線として後半に活きて来る部分や、
意外性のある展開に妙味があります。

演出は特に物に語らせるのが上手く、
何度も登場する風呂屋の煙突が、
最初はまず煙が出ない状態を見せ、
途中でモクモクと上がる煙を見せ、
最後は色の付いた煙が上がるのを見せるのが効果的で、
死の宣告を受けた主人公が、
暗い風呂屋の浴室で蹲っていると、
娘からの電話の着信で、
ほのかな光が闇の中に灯るところなど、
その小さな光が主人公を救う絆を感じさせて、
凡手ではありません。

シネマスコープの画面が上手く生かされていて、
役者のアップや美しい日本の風景、
向かい合う2人を横に長く配したカットなど、
映画館で映画を観る醍醐味を感じさせます。
ラストでは満を持したように、
60年代のカルト映画のようなタイトルバックが、
ドーンと出るのもその狙いが鮮やかでした。

役者は病中も綺麗に撮り過ぎていることを除けば、
主人公の宮沢りえさんが素晴らしく、
ダメ男を憎めない飄々とした感じで演じた、
オダギリジョーさんも非常に良い感じです。

更にいじめられる内向的で屈折した宮沢さんの娘を、
これまでにもこうした少女ばかりを、
何度も演じている杉咲花さんが演じているのですが、
これまでの集大成と言って良い非常に説得力ある、
魅力的な芝居で演じていて、
彼女のこれまでの代表作と言って良い、
充実した芝居になっていました。

この作品は風呂屋の家族を描いたミニマルな世界ですが、
それでいて世界を内包するような大きなテーマを持っています。

人間の社会がいつまで経っても残酷で不幸であるのは何故でしょうか?

この作品で語られていることは、
それは人間が自分の人生の責任を果たさないままで、
過去を忘却したり死んでしまったりすることにある、
という強いメッセージです。

作品に描かれた主人公の最後の生の足掻きから、
自分の人生を見返して観客の1人1人が、
自分が生きている間に果たすべき責任について、
考えるきっかけになれば素晴らしいことだと思いますし、
大仰に社会や政治を叫ぶような作品よりも、
遥かに観客の心の届くものが大きいように思います。

昨年中に観ていれば、
確実に昨年のベストの1つに選んでいた快作で、
如何にも日本映画らしい日本映画として、
迷われている方がいれば是非にとお勧めしたいと思います。

面白く、骨があり、感動的で素敵で、
そして少し変な映画です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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よろしくお願いします。

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庭劇団ペニノ「ダークマスター」 [演劇]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日ですが、
祝日のため診療は休診です。

今日は土曜日なので趣味の話題です。

今日はこちら。
ダークマスター.jpg
精神科医でもあるタニノクロウが主宰の劇団、
庭劇団ペニノの代表作の1つである「ダークマスター」が、
関西版として、大幅に改訂の上、
今アゴラ劇場で上演されています。

この作品は2003年に下北沢駅前劇場で、
2006年にアゴラ劇場で上演されています。
僕はどちらも見逃していて、
2006年版は映像では見ています。
如何にもペニノらしい得体の知れない作品で、
ラストの大仕掛けの屋台崩しが印象的でした。

今回は同じラストにはしない、
というタニノさんの発言があったので、
どのような別個の驚きがラストに待っているのだろうと、
期待は膨らみました。

鑑賞後の感想としては、
ラストには特に仕掛けはなく、
極めて予定調和的な普通の終わりになっていました。

タニノさんの劇作としては、
これまでにないくらい分かりやすい作品で、
原作である漫画をほぼ忠実にドラマ化しています。
異なっているのは、
姿を見せなくなった店の店主の存在自体が揺らぐという、
原作のラストの雰囲気があまりなかったことと、
台頭する中国資本を具現する謎の男が、
登場するということだけです。

ただそうした改変の効果は意外に大きくて、
丁寧に物語が紡がれた前半に対して、
後半の展開はやや唐突で、
ラストも何となく尻すぼみに終わってしまった、
という印象が拭えませんでした。

やや期待が大きすぎたのかも知れません。

以下ネタバレを含む感想です。

非常に細かく作り込まれた洋食屋のセットがあり、
その天井には大きなモニターが仕込まれています。
そして客席には片耳用ですが、
観客全員にイヤホーンが設置されています。

物語はこの店にバックパッカーの無職の若者が訪れるところから始まります。
店主のオヤジは若者に店を任すと急に言い出し、
店の2階に引きこもると、
若者の耳に埋め込んだイヤホーンから指示を出して、
若者を操って料理を作らせます。

観客が客席のイヤホーンを通して、
店主の声を実際に聴き、
舞台上のキッチンでは、
実際に料理が作られ、
その匂いも客席に届きます。

そのうちに姿を見せない店主の声と、
若者の肉体は一体化してゆき、
店主が苦しむと若者が薬を飲んで治し、
若者が酒を飲むと店主も酔い、
デリヘルの女性と若者がセックスをすると、
店主の声も絶頂に達するのです。

そこからがちょっときわどくて、
店の味を盗もうとする中国人の男と喧嘩をして、
逆に散々に暴行を受けます。
ラストはオープニングと同じように、
若者が演じる店主の元を、
別のバックパッカーの男が訪れて終わります。

非常に良く出来た話でディテールの作り込みも見事です。
ただ、矢張りラストは前回の屋台崩しを、
どうしても期待してしまうので、
物足りない感じは否めませんでした。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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ビタミンCの心房細動予防効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
ビタミンCの心房細動予防効果.jpg
今年のBMC Cardiovascular Disorders誌に掲載された、
ビタミンCの心房細動予防効果についての論文です。

心房細動は年齢と共に増加する不整脈で、
発作性であっても脳塞栓症という、
脳卒中のリスクになることで知られています。

心房細動は種々のストレスを誘因として、
発症することが知られていて、
たとえば心臓のバイパス手術の後では、
およそ30%の患者さんが心房細動を発症するというデータが、
上記文献には引用されています。

このストレスによる心房細動発症のメカニズムは、
正確には分かっていませんが、
動物実験では酸化ストレスがその原因の1つであると想定されています。

ビタミンCは抗酸化物質として知られています。
それでは、心臓手術後などの心房細動高リスクの患者さんに対して、
ビタミンCの補充を行うことにより、
心房細動は予防出来るのでしょうか?

今回の研究では、
これまでの臨床データをまとめて解析する方法で、
この問題の検証を行っています。

これまでの15の臨床試験における、
心房細動の発症リスクが高い、
2050 名の患者さんのデータが対象となっています。

そのうちの14の臨床研究では、
心臓手術後の心房細動の発症リスクが検証されていて、
もう1つの臨床研究は、
心房細動を電気ショックで治療した後の再発リスクを検証しています。
いずれもそうした時期の前後でビタミンCを使用して、
心房細動のリスクが抑制されるかどうかを検証しているのです。

臨床研究のうち5つはアメリカのもので、
5つはイラン、3つはギリシャ、
そして残りの1つはロシアの、
もう1つはスロベニアの研究でした。

ビタミンCの心房細動予防効果は、
かなり明確な地域差が認められました。

アメリカで施行された心臓手術後の5つの臨床研究では、
ビタミンCによる心房細動予防効果は
認められませんでした。
アメリカ以外で施行された9つの心臓手術後の臨床試験を、
まとめて解析した結果では、
ビタミンCの使用により心房細動の発症リスクは、
44%有意に抑制されていました。
(95%CI:0.47から0.67)

ギリシャで行われた、
唯一の電気ショック後の研究では、
ビタミンCの使用により心房細動の再発リスクは、
87%有意に抑制されていました。
(95%CI:0.02から0.92)

ギリシャの研究はかなりばらつきの大きなデータですし、
アメリカとそれ以外のデータが異なる理由も、
何とも言えません。
シンプルに考えれば、
ビタミンCでそれほど心房細動の発症リスクが下がるとは、
考えにくいのですが、
使用することで身体に有害とも考えにくく、
他にストレス後の心房細動を予防する決め手がない現状では、
1つの選択肢にはなりうるように思います。

今後のデータの蓄積を注視したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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妊娠中の潜在性甲状腺機能低下症ホルモン補充療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
甲状腺機能低下症と妊娠.jpg
今年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
潜在性甲状腺機能低下症に対して、
妊娠中に甲状腺ホルモン製剤を使用した場合の、
予後を検証した論文です。

これは現状の治療方針に疑問符を投げかけるもので、
臨床医としては悩ましいところですが、
肝心の橋本病自己抗体の有無が検証されていないので、
現時点では不十分なデータだと思います。

甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常より高めであるものの10を超えず、
甲状腺ホルモンの数値が正常範囲の場合を、
潜在性甲状腺機能低下症と呼んでいます。

原因として最も多いのは、
自己免疫により慢性の甲状腺の炎症が起こる、
橋本病(慢性甲状腺炎)です。

通常症状のない潜在性甲状腺機能低下症は、
薬物治療の対象にはなりません。
しかし、1つ例外となっているのは妊娠中です。

妊娠の特に初期においては、
甲状腺が胎盤からのhCGに刺激されて、
軽度の甲状腺機能亢進状態となり、
それが胎児の発育にも影響を与えていると想定されるのですが、
橋本病ではその反応が弱く、
相対的に甲状腺ホルモンの欠乏状態が生じる可能性があります。

橋本病の患者さんは流早産が多く、
それが甲状腺ホルモン製剤の使用により予防された、
という臨床試験の結果から、
妊娠中ではTSHを2.5以下に維持することが望ましい、
という方針が決められました。
これは日米のガイドラインにも記載されています。
(より正確には初期は2.5以下で、
妊娠中期以降は3以下)

通常明確に高いと判断されるTSHの数値は4ですから、
それより妊娠中は抑制することが望ましいという考え方です。

ただ、注意が必要であるのはこれは全ての妊娠についてではなく、
橋本病の抗体が陽性の場合に限った方針だ、
ということです。
抗体が陰性の場合でも、
流早産の既往がある場合には同じ対応が検討されますが、
それ以外のケースでは、
10を超えないTSHは、
基本的には問題はないと考えられています。

ただ、実際の妊娠において、
多数例を検討した研究データは、
あまり多くは存在していません。

今回の研究はアメリカにおいて、
潜在性甲状腺機能低下症で妊娠をされている女性、
トータル5405例のデータを検証し、
妊娠中の甲状腺ホルモン製剤の使用と、
妊娠の経過との関連性を検証しています。
後からデータを解析したもので、
あらかじめ対象者を登録して経過を見るような手法ではありません。
この場合の潜在性甲状腺機能低下症というのは、
TSHが2.5から10mIU/Lであるものを示しています。
通常より広い捉え方です。

その結果…

そのうちの843名が甲状腺ホルモン製剤による治療を受けていて、
治療前のTSH値は平均で4.8で、
残りの4562名の未治療の女性の、
TSH値は平均で3.3となっていました。

治療中の女性は未治療と比較して、
流産のリスクが38%有意に低下していました。
(95%CI:0.48から0.82)
一方で早産のリスクは60%(95%CI:1.14から2.24)、
妊娠糖尿病のリスクは37%(95%CI:1.05から1.79)、
子癇前症のリスクは61%(95%CI:1.10から2.37)、
それぞれ有意に増加していました。

それ以外の妊娠合併症には、
両群で有意な違いは認められませんでした。

そして、治療による流産の予防効果は、
TSHが4.1から10では55%のリスク低下と大きく
(95%CI:0.30から0.65)、
2.5から4.0では有意ではなくなりました。
(95%CI:0.65から1.23)

つまり、甲状腺ホルモン剤による流産の予防効果は、
確かに認められるものの、
その有効性はTSHが4を超える事例が主体で、
2.5という線引きは疑問である上に、
治療による早産の増加などのリスクも否定は出来ない、
という結果になっています。

これは事実であれば従来の考えを翻すものですが、
問題なのは橋本病の抗体の有無がチェックされていないことで、
潜在性甲状腺機能低下症に対する治療ガイドラインは、
そもそも橋本病の存在が前提になっているので、
これでは何も言ったことにはならない、
というのが正直なところです。

今後の検証が是非必要だと思いますが、
どんな患者さんでも、
TSHが2.5を超えていれば妊娠中に闇雲に治療を行なう、
という方針は誤りで、
橋本病の有無を含めて慎重かつきめ細かい対応が、
必要であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

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石原がお送りしました。

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第17回健康教室のお知らせ [告知]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に都内を廻る予定です。

今日は告知です。

それがこちら。
第17回健康教室.jpg
次回の健康教室は、
2月18日(土)の午前10時から11時まで(時間は目安)、
いつも通りにクリニック2階の健康スクエアにて開催します。

テーマは今回は「がんと生活習慣」です。

がん予防については様々なことが言われています。
疫学データとしても多くの研究が発表されていて、
日本の多目的コホート研究でも、
多くの結果が論文化されていますが、
単純にアンケート調査の結果を解析しただけのようなものが殆どで、
アメリカでも医療従事者を対象とした同様の研究があるものの、
その結果は必ずしも一致はしていません。

癌になる前の発症予防と、
癌の治療や経過観察中の患者さんにおける、
進行や再発の予防とが、
混同されているようなケースもあります。

ほぼ動物実験のデータしか存在していないのに、
大々的に「癌を予防する」というような宣伝で販売されている、
サプリメントや食品も多数存在しています。

これまでの情報をまとめ、
私なりに正しいと思えることを、
お話したいと思います。

ご参加は無料です。

参加希望の方は、
1月16日(木)18時までに、
メールか電話でお申し込み下さい。
ただ、電話は通常の診療時間のみの対応とさせて頂きます。

皆さんのご参加をお待ちしています。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


インフルエンザ呼気センサーの話 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
インフルエンザ呼気センサー.jpg
今年のSensoorsという専門誌に掲載された、
インフルエンザの呼気センサーについての論文です。

インフルエンザの診断と言うと、
鼻の奥に綿棒を突っ込んで、
鼻粘膜や分泌物を採取し、
ウイルス抗原と試薬を反応させて簡易診断する検査が、
一般に広く使用されています。

この検査の普及によりインフルエンザが、
迅速に診断され治療されるようになった意義は、
臨床的には非常に大きいと思います。

ただ、問題もあります。

この検査は発熱などのインフルエンザの症状が出現してから、
一定時間が経たないと陽性にはならないという欠点があります。
抗原量の影響を受けるのだと思いますが、
小さなお子さんでは、
症状出現から1から2時間でも陽性になる事例がある一方、
高齢者では発症後24時間くらいしてようやく陽性になる、
というケースもしばしば経験します。

検体採取は鼻の奥で咽頭後壁の上方くらいから、
採取しないとその感度はかなり低下しますから、
術者の手技によっても検出感度はかなりの違いが生じます。
そして、奥まで綿棒を差し入れるとかなり痛いですから、
患者さんにもあまり評判が良くはありません。

それでは、理想的なインフルエンザ診断の検査は、
どのようなものでしょうか?

術者の手技によらず感度が安定していて、
感染後どのくらいの時間が経てば陽性になるかが明確で、
それが症状出現と同時に陽性となり、
患者さんが痛みや不快感を感じることなく出来る検査があれば、
理想的であることは間違いがありません。

そんな検査がありうるでしょうか?

その1つの候補として研究されているのが、
今日ご紹介するインフルエンザ呼気センサーです。

感染症が呼気に影響を与えるという知見は以前からあります。
ウイルス感染などに伴い、
炎症性サイトカインが産生されると、
気道の粘膜細胞や肺胞細胞、白血球などから、
揮発性有機物質や窒素酸化物が産生され、
呼気に検出されることが確認されています。

インフルエンザに感染して寒気や関節痛などが生じるのは、
サイトカインの産生が主な要因ですから、
呼気の反応は症状出現後早期に出現する筈です。
更にはその反応はサイトカインの増加と相関し、
サイトカインの過剰な反応は、
インフルエンザの重症化と関係がありますから、
その予後の判断にも使用することが可能となります。

今回ご紹介する論文はその呼気センサーのメカニズムを、
細かく解説したものです。
呼気のイソプレン(炭化水素)とアンモニア、
そして一酸化窒素を測定し、
その上昇パターンでインフルエンザ感染かどうかを判定する、
という仕組みになっています。

ただ、問題は他のウイルス感染でも、
同じような反応が出るのではないか、ということで、
その検証は文献を読んだ範囲では、
実際的にはあまりされていないようでした。
実際のインフルエンザ感染による反応も測定はされておらず、
弱毒生ワクチンであるフルミストを使用して、
同じような反応が出ることが確認をされているだけです。

小さなお子さんでは呼気テストは難しいと思いますし、
インフルエンザのみで特有の反応が出るという根拠は乏しいと思います。

このセンサー自体は2011年頃から実用化の話がありながら、
あまりそうした動きがないのは、
その辺りに理由がありそうです。

ただ、確かにインフルエンザの重症化の予測には、
一定の有効性はありそうで、
自宅で呼気センサーによる検査を行い、
その数値によってすぐに医療機関の受診が必要かどうか判断する、
というような指標にはなりそうですが、
そうした目的でコストが見合うかどうかと考えると、
実用化のハードルは現状では高いもののように思います。

当面はまだ、
現行の迅速診断が優先して活用されることは、
間違いがなさそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

下記書籍発売中です。
よろしくお願いします。

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

  • 作者: 石原藤樹
  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


23価肺炎球菌ワクチンの肺炎予防効果(2017年日本の報告) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
23価肺炎球菌ワクチンの肺炎予防効果.jpg
2017年1月のLancet Infectious Dieases誌にウェブ掲載された、
日本で高齢者に主に使用されている、
23価肺炎球菌ワクチン(ニューモバックス)の効果を検証した日本の論文です。

65歳以上の高齢者に対して、
「肺炎予防ワクチン」という名目で、
1人1回のワクチン接種が公費で行われています。

皆さんも西田敏行さんなどを起用したCMで、
お馴染みかと思います。

ここで65歳以上に公費が適応されているのは、
ニューモバックスという商品名の23価肺炎球菌ワクチンのみです。

ただ、65歳以上の肺炎球菌性肺炎の予防ワクチンはもう1種類あって、
それがプレベナー13です。
このプレベナー13は2か月齢からのお子さんに対して、
肺炎球菌による髄膜炎などの予防のために、
4回接種されているものと同一です。

この2種類のワクチンにはどのような違いがあるのでしょうか?

ニューモバックスは、
その原型は1911年には既に存在していた、
非常に古い製法によるワクチンで、
23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン
と呼ばれています。
略してPPV23 です。

肺炎球菌は莢のような構造に包まれており、
その莢の成分により、
90種類以上の莢膜型に分類されています。

その型によってどのような病気になり易いかが概ね決まります。
また、大人に病気を起こし易い型もあり、
逆に大人には病気を起こし難く、
子供に病気を起こし易い型もあります。
更には日本で流行している型と、
海外で流行している型では、
若干の違いがあることも知られています。

ニューモバックスは、
そのうち肺炎や髄膜炎などの原因になり易い、
23の型を選んで、
その莢膜の成分をワクチンとしたものです。

その型を順番に並べると、
1、2、3、4、5、6B、7F、8、9N、9V、10A、11A、12F、14、15B、17F、18C、19A、19F、20、22F、23F、33F
ということになります。
基本的にはこの23種の型に対して、
ニューモバックスを一本打てば、
ある程度の予防が可能だ、
ということになります。

このワクチンの適応は、
原則2歳以上とされています。

現状の対象者は主に高齢者です。

それは何故でしょうか?

このワクチンは蛋白質を抗原としていません。
そのために、
T細胞というリンパ球による免疫は誘導せず、
IgM抗体という種類の抗体を、
上昇させる効果しか持ちません。

これはどういう意味かと言うと、
まずこのワクチンはブースター効果を持ちません。
つまり、ワクチンの効果が薄れた時点で、
肺炎球菌による感染が起こっても、
過去の感染を記憶していて、
より強い免疫反応が起こる、
というようなことはないのです。

従って、抗体が減少した時点で、
その効果は全くなくなりますし、
たとえば1ヶ月毎に接種を2回しても、
副反応が強くなることはあっても、
免疫の持続がそれにより長くなることはありません。

つまり、インフルエンザのワクチンのようなものとは、
基本的に性質が違うのです。

ワクチンというよりも、
免疫グロブリンを打つような治療に、
どちらかと言えばその効果は似ているかも知れません。

ただ、その代わり、打った場所の腫れ以外には、
重症の副反応は殆どありません。
ワクチン接種後に亡くなった、というような報告も、
このワクチンに関しては、
現時点で一切ありません。

免疫グロブリンの注射の効果は数ヶ月で消失しますが、
このワクチンにより誘導される抗体は、
4~5年はその有効性が確認されています。

このワクチンは更には粘膜の免疫は誘導しません。

肺炎球菌が定着するのは、
人間では主に鼻や口の粘膜です。

しかし、それを排除する力はこのワクチンにはなく、
従って、中耳炎や咽頭炎、副鼻腔炎などの予防効果はないのです。
このワクチンが効果を現わすのは、
あくまで肺炎球菌が大量に身体で増殖し、
貪食細胞が出動するような場合のみです。

2歳未満の子供では、
免疫系が未成熟のため、
このワクチンの誘導するような抗体を、
充分に産生出来ないことが分かっています。

従って、このワクチンは2歳未満の予防効果はないのです。

それでは、
高齢者に対してこのワクチンはどの程度の効果があるのでしょうか?

理屈から言えば、
有効性があるのは23種類のタイプの、
肺炎球菌の感染による肺炎のみです、
更には「菌血症性肺炎」と言って、
血液中に細菌が増殖し検出されるような、
特殊な重症のタイプの肺炎が、
その主なターゲットと考えられます。

これまでの観察研究のデータをまとめて解析した文献によると、
ニューモバックスは高齢者の菌血症を伴うような重症化した肺炎に対しては、
50%の予防効果を示しています。
その一方で全ての肺炎に対する予防効果や、
全ての肺炎球菌性の肺炎に対する予防効果は、
統計的に有意なものとは確認されていません。

ニューモバックスは肺炎の重症化予防に有効、
というのは、
主にこうした結果を元にした言説です。

それに対して、
2000年にアメリカで認可され使用が始まったのが、
プレベナーというワクチンです。

これは肺炎球菌多糖体蛋白結合型ワクチン
と呼ばれています。
最初に開発されたのは7価のもので、
PCV7と呼ばれています。

このワクチンは莢膜のポリサッカライドに、
人工的に無毒性変異ジフテリア毒素を、
くっつけて製造されています。
つまり、人工的に蛋白質をくっ付けているのです。
このため、このワクチンは、
T細胞にも認識され、
通常のワクチンと同じように、
ブースター効果も持つことが推定されます。
更には粘膜の免疫を、
誘導する作用も確認されています。

このワクチンを打つと、
その有効な型の肺炎球菌は、
鼻や咽喉の粘膜に、
定着することが出来ません。
つまり、ニューモバックスとは異なり、
感染自体を予防する効果があるのです。

7価というのは7種類の型のことで、
4、6B、9V、14、18C、19F、23Fの7種類です。
基本的にはニューモバックスに含まれている型のうち、
7つをセレクトした、
という格好になっています。

ただ、このワクチン特有の問題も存在します。

その最大のものは、
このワクチンを使用すると、
そこに含まれる7つの型の肺炎球菌は、
人間の粘膜に定着出来なくなるので、
それ以外の菌の感染が却って増える結果になる、
ということです。

実際にこのワクチンの使用後、
含まれていない19A という型の感染が、
増加しているとの複数の報告が存在します。

そうした指摘を受けて、
2010年からアメリカで導入され、
日本でも今使用されているのが、
プレベナー13という、
プレベナーと同様の効果を持つ、
13価のワクチンです。

これはプレベナーの7つの型に加えて、
1、3、5、6A、7F、19Aの6つの型の抗原を、
追加したタイプのワクチンです。

ポイントは問題になった19Aが追加された点と、
ニューモバックスにも含まれていない、
6Aが追加されていることです。

ただ、6Aは6Bと交差免疫が確認されていて、
不要視する意見もあります。

ここまでの経緯を見ると、
65歳以上の高齢者に対しても、
ニューモバックスよりプレベナー13の方が、
有効性が高いように思われます。

実際にオランダで施行されたCAPITA試験と呼ばれる臨床試験では、
65歳以上において、
プレベナー13に含まれる抗原型の肺炎球菌による肺炎と、
重症化した肺炎球菌性肺炎による予防効果が、
有意に認められています。

現状アメリカにおいても日本においても、
ニューモバックスとプレベナー13が、
共に65歳以上の年齢層における肺炎球菌性肺炎予防として、
その使用が認められていますが、
上記のような経過を踏まえて、
高齢者の肺炎予防にもニューモバックスではなくプレベナーを使用するべきだ、
という見解を主張される専門家もいます。

ただ、実際にはその両者を直接比較したような臨床試験は、
まだ行われていませんし、
特定の抗原型の肺炎球菌による肺炎に限定した場合の予防効果は、
ニューモバックスにおいてはあまり検証されていません。

そこで今回の研究においては、
日本の複数施設において、
2621名の65歳以上の肺炎の患者さんを登録し、
喀痰の培養や遺伝子検査によって、
抗原型を含めて肺炎球菌の検出を施行。
ニューモバックスの使用と肺炎の罹患との関連を検証しています。

登録された2621名中、
585名は喀痰の検体の採取が出来なかったため除外されています。
残りの2036名中、21%に当たる419名において、
肺炎球菌が検出されました。
また26%に当たる522名では、
ニューバックスの接種が確認されました。

そこでニューモバックスの有効性は、
肺炎球菌全体としては27.4%(95%CI:3.2から45.6)で、
ニューモバックスに含まれる23の抗原型による肺炎に限定すると、
33.5%(95%CI:5.6から53.1)になっていました。
その一方でニューモバックスに含まれない抗原型に対しては、
明確に無効と確認されました。

統計的な有意差はありませんでしたが、
そのワクチンによる予防効果は、
75歳未満で女性で、大葉性肺炎や施設や病院での感染事例で、
より高いという傾向が認められました。

ここでプレベナー13に含まれる13の抗原型による肺炎に限定すると、
ニューモバックスの今回の研究における予防効果は、
40.1%(95%CI:9.9から60.2)と算出されています。
その一方でプレベナー13の効果をみた臨床試験の結果では、
その予防効果は45.0%(95.2%CI:14.2から65.3)となっていました。

こうしてみると、
そこに含まれる抗原型に限れば、
ニューモバックスもプレベナー13も、
それほどの大きな差はない、
ということが分かります。

ニューモバックスの効果は5年後には消滅するので、
5年毎の接種が必要となります。
一方でプレベナーはもっと長期の効果が期待出来ます。
ただ、高齢者での長期の予防効果のデータは、
まだほとんどありませんから、
それはまだ仮定の話に過ぎません。

先日のNHKの番組では、
プレベナーの効果は生涯有効という表が示されていましたが、
それは実証された事実ではないと思います。

このように、
高齢者の肺炎球菌性肺炎の予防に、
ニューモバックスとプレベナーのどちらが優れているのか、
と言う点はまだ未解決の問題で、
今後より高いレベルの検証が必要な事項であるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方: ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ

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  • 出版社/メーカー: 総合医学社
  • 発売日: 2016/10/28
  • メディア: 単行本


「エリザのために」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

日曜日は趣味の話題です。

今日はこちら。
エリザのために.jpg
珍しいルーマニア映画で、
カンヌでパルムドールを受賞したこともある、
クリスティアン・ムンジウ監督の新作が、
今ロードショー公開されています。
この作品も2016年のカンヌ国際映画祭の監督賞を受賞しています。

地味な単館上映の作品ですが、
ミヒャエル・ハネケのミステリーに似ている、
というような批評があったので、
それは意外に面白いのじゃないかしら、
と思って足を運びました。

映画館は高齢の方が多く、
この人たちがこの映画を観て、
一体何を考えるのだろうか、
と少し考え込んでしまいました。

悪い映画ではないのですが、
ヨーロッパ映画にありがちな、
余白が多いタイプの作品で、
謎は殆ど明らかにはなりませんし、
画面の凝集度も高くはなく、
ラストは大甘のハッピーエンドになるのも、
何かもやもやしてしまいました。

ごめんなさい。
あまりお勧めの感じではありません。

主人公は外科医で、
妻とはあまりうまくいっておらず、
1人娘を溺愛しているのですが、
大学受験の娘がケンブリッジに入学が決まりかけていて、
最終試験の前日に暴漢に強姦をされかかる、
という事件が起こります。

毎日学校まで主人公は車で娘を送ってゆくのですが、
たまたまその日は本人が少し前で下してと言うので、
校門までは送らなかったのです。
主人公は娘の高校の女教師と不倫をしていて、
事件の一報を不倫現場で聞いたりもするので、
主人公はその事件に責任を強く感じます。

エリザは平常心で試験を受けられるような状態ではなく、
父親は知人の警察署長からそそのかされて、
政治家を介してエリザの試験の点数を、
不正に水増ししようと画策します。
しかし、当のエリザは父親には拒絶的で、
謎の行動を繰り返し、
強姦犯人の捜査にも何故か非協力的です。
政治家は点数かさ上げの見返りに、
自分の肝臓移植の順番の繰り上げを要求するので、
主人公は二重の不正に手を染める羽目になるのです。

果たして主人公の綱渡り的な不正は、
どのような顛末を迎えるのでしょうか?
単純に見える強姦事件の裏に、
何が隠れているのでしょうか?

人物関係は複雑に絡み合い、
登場人物のそれぞれが秘密を抱えていて、
それぞれに行動を起こして物語が展開するので、
日本のテレビドラマに近いようなストーリーラインです。

もちろん、もう少し雰囲気重視で、
距離感のある展開ではあるのですが、
それほど内容に深みがあるという訳ではなく、
あまり掘り下げもないままに物語は終わってしまいます。

やたらと2人の人物が会話をする場面が多く、
そうした場面は殆どが長回しのワンカットで撮影されています。
なので、しばらく2人とも後ろを向いて話していて、
それから少し移動して横向きになる、
というような流れが多いのです。
悪くはないのですが、
それほど構図にこだわった完成度の高い長回しという訳でもなく、
同じような場面が多いので、
作品が単調になったきらいがありました。

ハネケに似ているというのは、
結局ミステリーめいたドラマが、
解決されないままに終わってしまう、という点だけで、
ハネケのような残酷さや凄みは、
この作品からは感じられませんでした。

アメリカ映画と日本映画だけでも詰まらないので、
ヨーロッパや中近東の映画にも手を伸ばそうと思うのですが、
数は沢山あるものの、
公開はすぐに終わってしまいますし、
以前よりあまりフィルターを通さずに公開されている印象なので、
好みの作品を探すのは、
なかなか難しいなと思いました。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。