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GLP-1アナログの消化器系有害事象(肥満治療に使用した場合の疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
GLP1アナログの消化器系有害事象.jpg
JAMA誌に2023年10月6日付で掲載されたレターですが、
GLP-1アナログと肥満治療に使用した場合の、
消化器系の有害事象の頻度についての内容です。

GLP-1アナログは、
人間の消化管から分泌されるホルモンである、
GLP-1と同じ作用を持つ薬剤で、
その膵臓を刺激してインスリン分泌を促し、
血糖を降下させる作用から、
糖尿病の治療薬として開発されて使用され、
その臨床データで体重減少効果が認められたことより、
最近では肥満症の治療薬としても注目されている薬剤です。

もともとは注射の製剤しかなかったのですが、
最近になって内服薬も開発され、
その使用のハードルはグッと下がりました。

アメリカでは、
セマグルチドとリラグルチドの2種類のGLP-1アナログが、
肥満症の治療薬として使用されています。
日本ではセマグルチドが2023年に承認されましたが、
その使用が始まる前に、
多くの自費のクリニックなどで、
糖尿病治療薬のGLP-1アナログが、
ダイエットや減量目的で使用されている、
というかなり無秩序な状態が、
生じているような気がします。

しかし、GLP-1アナログには、
主に消化器系の有害事象のリスクがあります。
それは、胆道系疾患、膵炎、腸閉塞、胃不全麻痺、
などの発症増加です。
ただ、このデータは糖尿病の治療に施行した場合のもので、
肥満症の治療に対して使用した場合にも、
同じようなリスク増加があるとは限りません。

そこで今回の研究では、
アメリカの大規模な処方のデータベースを活用して、
セマグルチドとリラグルチドの2種類のGLP-1アナログの、
肥満に対する処方を、
それ以前の肥満症のアメリカの治療薬である、
ブプロピオン・ナルトレキソン併用療法と比較して、
消化器系有害事象のリスクを比較検証しています。

その結果、
GLP-1アナログの使用は、
ブプロピオン・ナルトレキソン併用療法と比較して、
膵炎のリスクを9.09倍(95%ci:1.25から66.0)、
腸閉塞のリスクを4.22倍(95%CI:1.02から17.40)、
胃不全麻痺のリスクを3.67倍(95%CI:1.15から11.90)、
それぞれ有意に増加させていました。
胆道系疾患のリスクについては、
有意な増加はありませんでした。

このように、
肥満症に対する治療においても、
糖尿病の治療と同様に膵炎などのリスク増加は認められていて、
GLP-1アナログの使用時には、
常に消化器系の疾患の発症に、
留意をする必要があるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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「BAD LANDS バッド・ランズ」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
バット・ランズ.jpg
原田眞人監督の新作映画が今公開されています。

これは一応黒川博行さんの「勁草」という作品が原作ですが、
オレオレ詐欺に関わる物語の骨格の一部は、
確かに原作が使われてはいるものの、
キャラ設定などは大幅に変えられていて、
原作のリアルな雰囲気は皆無となり、
それに代わって原田眞人ワールドが、
大々的に展開されています。

一応作者のコメントもあるのですが、
全く別物と言って良い映画版に、
社交辞令ではなく、
実際にどう思ったのかは興味のあるところです。
おそらく、あまり関心などないのかも知れません。

原田さんの最近の作品、
「検察側の罪人」、「ヘルドックス」、
そして今回の「バッド・ランズ」は、
どれも原作があるのですが、
いずれも原作の世界とは全く別の、
「原田眞人ワールド」に改変されていて、
「検察側の罪人」を観た時には、
何でこんな変梃りんな演出をするのだろう、
と理解不能であったのですが、
要するに原作はただのたたき台に過ぎず、
原田さんが独自に作り上げた、
一種の架空の日本という舞台で、
色々なエピソードが展開されるシリーズ物として、
理解するべき作品であると今回理解しました。

言ってみれば、
バットマンシリーズのような世界観で、
バットマンではニューヨークのようで、
現実のニューヨークとはちょっと違う、
より暴力的で荒廃したゴッサムシティで、
物語が展開されますが、
最近の原田さんの一連の映画も、
現実の日本とはちょっと違う、
より腐敗してより暴力的になった架空の日本で、
展開される物語なのです。

そこでは「検察側の罪人」に描かれたような、
正義のために殺人を犯す検察官がいて、
「ヘルドックス」に描かれたような犯罪組織が暗躍し、
その底辺では今回の映画に描かれたような、
貧困に喘ぐ悪人の騙し合いの世界があるのです。

今回の映画はより縦横無尽に、
その原田ワールドが展開されていて、
主人公の安藤サクラさんは、
マーベルのダークヒロインのように、
2人の自分を凌辱した男に復讐することで、
次のステージに進むという物語を展開していますし、
家族でも骨肉の争いを展開します。

そのアメコミめいた世界観は、
黒川さんのリアルな犯罪小説の世界とは、
全く別物と言って良いのです。

この映画が好きかどうかは、
原田ワールドを受け入れられるかどうかで、
違ってくるのかな、という気がします。

個人的には、
スタイリッシュでグロテスクな世界観には魅力もあるのですが、
暴力的な企業経営者のSMめいた描写や、
時々正気に戻る宇崎竜童さんの極道など、
あまりに絵空事でリアリティがなく、
ゲンナリしてしまったことも事実でした。
勿論そんな人物は原作には全く登場はしていないのです。

そんな訳で、
最近の原田さんの映画が好きな方には、
今回も濃厚でお勧めの映画ですが、
それ以外の方には、
ガッカリする可能性もあることを、
事前にお伝えしておきたいと思います。

原田ワールド全開です。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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「栗の森のものがたり」 [映画]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
栗の森のものがたり.jpg
あまり観ることのないスロヴェニア映画
(イタリアと合作)で、
1950年代の忘れ去られた国境の村を舞台に、
妻を失った棺桶職人の老人と、
栗を売る若い女性との交流を、
意識の流れ的な構造で描いた作品です。

何かタルコフスキーの「鏡」みたいな雰囲気なのですが、
監督は30代ですし、
今の映画なんですよね。
そう思うと、字幕の出方であるとか、
時間を頻繁に交錯させたり、
急にミュージカル仕立てになったりするのは、
タランティーノの影響かしら、
というような感じもあります。

ただ、短い割にモヤモヤしたしんどい映画で、
イメージフォーラムで観たのですが、
如何にもイメージフォーラムという感じの作品でした。

つまり、
年間で50本くらい映画を観るという感じの人には向かなくて、
そうですね、200本以上観る人になら、
ちょこっとお薦めしても良いかな、
というような感じの映画でした。

とても一般向けの映画とは言えないのですが、
某週刊誌の映画欄では結構褒めている人が多くて、
勿論悪い訳ではないし映像も美しいのですが、
到底普通に面白いという作品ではないので、
もうちょっと考えて批評して欲しいものだな、
というようには感じました。
ちょっと騙されてしまいました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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幻覚剤シロシビンの持続性抗うつ効果 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療や保育園の健診で都内を廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
シロシビンの抗鬱作用.jpg
JAMA誌に2023年8月31日ウェブ掲載された、
幻覚剤の成分であるシロシビンに、
安定して持続した抗うつ作用があるとする報告です。

うつ病の治療薬である抗うつ剤は、
その有効性は確認されている一方で、
長期の継続的な服用が必要となることが多く、
有害事象や副作用も少なからず存在している、
という欠点があります。

そのため薬物を使用しないうつ病の治療についても、
研究が進められていますが、
現時点で抗うつ剤の必要性がなくなるような、
安定した有効性のある代替治療は確認されていません。

マジックマッシュルームと呼ばれる、
特殊な幻覚作用のあるキノコ類があり、
それを乾燥させたものが幻覚剤として使用されることがあります。
麻薬と同じ取り扱いとなり、
違法薬物として規制されています。
この幻覚作用のある成分がシロシビン(Psilocybin)です。

2016年にこのシロシビンに、
うつ病に対する持続的な有効性があるとする研究結果が発表され、
話題を集めました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27210031/
シロシビンはセロトニン受容体を刺激するような作用があり、
その意味ではうつ病に有効であってもおかしくはないのですが、
他のうつ病治療薬に見られるような副作用がなく、
一度の服用で1か月を超える長期間、
その効力が持続するという効果は、
それだけでは説明が出来ないものです。

ただ、これまでのシロシビンの臨床的な有効性の報告は、
症例報告やせいぜい数十人の少数例の検証が殆どでした。

今回の研究ではシロシビンの臨床使用に向けた、
第2相の臨床試験として、
アメリカの11か所の専門施設において、
年齢が21から65歳で60日以上持続するうつ病症状があり、
投薬治療をしていないか、
していても減量中止が可能な104名のうつ病患者を、
くじ引きで2つの群に分けると、
一方はシロシビンを1回25㎎で単回使用し、
もう一方はビタミン剤のナイアシンを100㎎偽薬として単回使用して、
その後6週間の経過を観察しています。

その結果、
シロシビン使用群ではナイアシン使用群と比較して、
臨床的なうつ病尺度が有意に改善を示し、
その有効性は6週間持続していました。
シロシビン内服群では幻視などの幻覚症状が、
44%に認められましたが、
一時的なものでその後の治療経過には、
大きな影響を与えていませんでした。

シロシビンは幻覚剤で一定の常習性があり、
他のより健康に害のある薬剤依存のリスクも、
高める可能性があります。

従って、そのうつ病に対する使用には、
通常の薬剤以上に慎重である必要がありますが、
この薬の長期持続する有効性と、
一時的幻覚以外に目立った有害事象の見られない安全性は、
これまでの抗うつ剤にはない性質のもので、
今後の慎重な検証の結果に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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ウェスト/ヒップ比の有効性(2023年再評価データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ウェストヒップ比と健康.jpg
JAMA Network Open誌に、
2023年9月5日付で掲載された、
肥満の指標を生命予後で比較した論文です。

肥満の指標として、
世界的に最も広く使用されているのは、
BMIという数値です。

これはキログラム単位の体重を、
メートル単位の身長で2回割り算した数値で、
WHOはこの数値が18.5から24.5であることを、
基準値として設定していて、
この数値が25.0以上を過体重、
30.0以上が肥満と定義しています。
日本においては、基準値の設定はほぼ同じですが、
25.0以上を肥満として設定しています。

ただ、このBMIを肥満の指標とする考え方については、
色々な議論があります。

肥満の基準値を設定しているのは、
それを超えれば健康面でのリスクが高まり、
生命予後にも悪影響を与えることが分かっているからです。

端的に言えば、
肥満は健康寿命を縮めるからです。

しかし、BMIによる肥満の判定は、
常に正しいとは言えない側面があります。
特に指摘されるのは人種などの影響で、
以前ご紹介した論文では、
人種によりかなりの差があると報告されています。
https://rokushin.blog.ss-blog.jp/2021-05-20

更には同じBMIであっても、
健康リスクを高める内臓脂肪の量にはかなりの差があって、
その健康リスクにも差があるという指摘もあります。

それでは、BMIより肥満の指標として、
有用な測定値はないのでしょうか?

これまでに同様に使用されていた内臓脂肪の指標として、
体脂肪指数(Body Fat Index)があり、
これはインピーダンス法(市販の体重計などで用いられている技術)
で測定されたキログラム単位の体脂肪量を、
メートル単位の身長で割り算したものです。
また、お尻よりお腹の周りが大きい場合に、
より腹部の内臓脂肪が増加していて健康リスクが高い、
という考え方があり、
それを分類する指標がウエスト/ヒップ比(WHR)で、
単純にウエスト径をヒップ径で割り算した数値です。
この数値を元にして、
リンゴ型肥満と洋ナシ形肥満という、
分類が行われることがあります。

今回の研究では、
UKバイオバンクという、
遺伝情報を含む大規模な医療データを活用して、
BMI、体脂肪指数、ウエスト/ヒップ比の3つの指標と、
生命予後との関連を検証しています。

その結果意外なことに、
BMIや体脂肪指数よりも、
ウエスト/ヒップ比の増加と総死亡リスクとが、
より強く直線的に関連していました。
更にその関連はBMIとは独立に認められました。

つまり、今回の信頼のおける医療データの解析では、
生命予後に限ったものですが、
BMIや体脂肪指数の増加よりも、
ウエスト/ヒップ比の増加の方が、
より強く健康リスクの悪化と関連していたのです。

今後死亡リスクのみではなく、
糖尿病などの個々の疾患のリスクとの関連も、
検証される必要がありますが、
肥満のリスクをBMIのみで評価するという考え方は、
再検討をする必要がありそうです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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多発性脳内出血の血液を介した感染リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は午前午後ともいつも通りの診療になります。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
輸血により伝播される脳出血リスク因子.jpg
JAMA誌に2023年9月12日付で掲載された、
輸血を介して脳出血のリスク因子が伝播されるのではないか、
という興味深い内容の短報です。
本格的な論文ではなく、
興味深い知見なので、
まだ科学的にしっかり検証されていないものの、
今の時点で公表する、という意味合いのものです。

脳の中を栄養する血管が破綻して起こる、
「脳内出血」は、
一度発症してしまうと完治は難しい、
治療の困難な病気の1つです。

その原因として最も頻度が高いのは、
高血圧を原因として起こる高血圧性脳内出血ですが、
それ以外に特に高齢者において、
血圧とはあまり関連なく、
小さな脳出血が多発する病態のあることが知られています。
中にはMRIを撮影して初めて分かるというものもあり、
微小脳内出血のような言われ方をすることもあります。

近年の研究によりこの微小脳内出血は、
アルツハイマー型認知症の病因の1つとして想定されている、
変異したアミロイドβ蛋白の脳の血管への沈着が、
その原因であると考えられるようになっています。
これをアミロイドアンギオパチーと呼んでいます。

この変異したアミロイドβ蛋白の沈着が、
脳組織や血液を介して感染するのではないか、
という考え方があります。

以前狂牛病騒動で話題となった異常蛋白質のプリオンは、
脳組織などを介して、
ただの蛋白質でありながら感染する性質のあることが知られています。

アミロイドβ蛋白もプリオンと同じように、
生物から生物、人間から人間へと、
感染するのではないか、という推測があり、
その可能性を示唆する事例や研究結果が報告もされています。

認知症や脳内出血が感染するとしたら、
非常に恐ろしいことであるのは間違いがありません。

今回の研究は輸血によって多発性脳内出血の病因が、
伝播するのではないか、
という仮説のもとに、
疫学データからその可能性を検証しているものです。

スウェーデンとデンマークにおいて、
多発性脳内出血を発症した患者からの輸血と、
その後の受血者の出血リスクとの関連を調査しています。

対象はデンマークで赤血球輸血を受けた329512名と、
スウェーデンで輸血を受けた759858名で、
それぞれ中間値で6.1年と5.8年の経過観察が施行されています。

その結果、
経過中に多発性の脳内出血を発症した患者からの輸血は、
発症していない人からの輸血と比較して、
多発性脳内出血の発症リスクを、
スウェーデンのデータで2.73倍(95%CI:1.72から4.35)、
デンマークのデータで2.32倍(95%CI:1.04から5.19)、
それぞれ有意に増加させていました。

この結果は、
脳内出血を来した患者の血液に含まれる何等かの因子が、
輸血を介して受血者に伝わり、
脳内出血を誘発したという可能性を示唆するものです。

ただ、今回の対象は多発性の脳内出血患者全員で、
その全てがアミロイドアンギオパチーの患者ではなく、
高血圧性の脳内出血の患者も含まれています。
また、そうした出血誘発因子があるとしても、
その実体は現時点では不明です。

従って、今回のデータは、
「興味深い結果」という範疇を出ないものですが、
認知症や脳内出血の病因が血液を介して感染する可能性がある、
という知見は非常に興味深くかつ深刻なもので、
今後のより精度の高い検証に期待をしたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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藤崎翔「逆転美人」 [ミステリー]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は祝日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
逆転美人.jpg
藤崎翔さんによる技巧的なミステリーで、
「世界でいちばん透き通った物語」を読んだ時に、
似た傾向の作品として紹介されていたので、
どんなものだろう、
と思って読んでみたものです。

帯にも、
「ミステリー史上初の伝説級トリックを見破れますか?」
と仰々しいことが書かれていますし、
予備知識があると良くないのではないかしらと思ったのですが、
格別そうしたことはなく読むことが出来ました。

ただ、ネットで「逆転美人」と検索すると、
ネタバレのキーワードが出て来るので、
これは本当に嫌な時代になったな、
というように感じました。

ご興味のある方には一読の価値はあるので、
是非お読み頂きたいのですが、
くれぐれも題名のキーワード検索などはしないようにして下さい。
ガッカリします。

それからちょっと読むのに忍耐が必要で、
前半が湊かなえさんや桐野夏生さんの、
イヤミスの模倣みたいになっているんですね。
これは意図的にそうしたスタイルにしているのですが、
湊さんや桐野さんほど上手くはないので、
それを延々読まされるとうんざりしてしまうのですが、
ここはすいません、忍耐で乗り切って下さい。
勿論それだけの小説ではなく、本質は後半にあるからです。

これはもうミステリー好きのための小説なので、
普通小説のお好きな方にはあまりお勧めは出来ません。

現実の事件をモチーフにした、
かなり深い考察があり、
ルッキズムについての考察もあって、
単純に技巧的なミステリーを書きたいという訳ではなくて、
かなり現代と格闘したいという思いがあって、
書かれた労作だと思うのですが、
普通の小説の好きな方には、
「それならもっとストレートに書いた方がいいのに」
という感想を持ってしまうと思うからです。

たとえば、佐藤正午さんの「身の上話」という小説があるでしょ。
内容的にはかなり似ている部分があるんですね。
人生の有為転変の不思議さであるとか、
「悪」の描き方みたいなものですね。
でも、「身の上話」は普通の小説好きに、
興奮と感銘を与える小説だと思いますが、
この「逆転美人」はそうではないですよね。

そこがこうした小説の弱点ではあるんですね。
本来は技巧に徹した方が良いのですが、
作者としては技巧だけの小説にはしたくない、
という思いも当然あるので、
テーマ的な部分をより膨らませたくなり、
それが全体のバランスを欠く結果になってしまうような気がします。

でも、そこが微笑ましくも感じられ、
僕自身は嫌いではありません。

この小説はスタイルは古典的で、
最初に手記があるという、
ニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」のパターンですね。
あの小説は高校生の時に読んで、
結構興奮したことを覚えています。
傑作ですが、何度読んでも、
少し辻褄が合わないような感じがあるんですね。
そこに他の幾つかのミステリーの要素を取り込んで、
メタフィクション的に1つの本の形に全体を落とし込んでいます。

相当苦労して書かれたことの分かる作品で、
少し詰め込み過ぎかなという感じはしますが、
ミステリー好きには一度は読んで損はない力作だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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糖質の種類と体重変化 [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
終日レセプト作業などの予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
糖質の種類と太り易さ.jpg
British Medical Journal誌に、
2023年9月27日付で掲載された、
摂取する糖質の種類と量が、
体重の増減に与える影響についての論文です。

ご飯やパンなどの主食を沢山食べると太り易い、
というのは、
一般にも良く知られている知見ですし、
科学的にもほぼ実証されている事実です。

ただ、研究データの多くは、1つの食事療法を、
数か月からせいぜい1年くらい観察したものですから、
長期の経過は分かりませんし、
個別の糖質の違いが経過に与える影響も不明です。

糖質は身体の基本的なエネルギー源ですから、
必要な栄養素であることは間違いがありません。
ただ、昔と比べて糖質をエネルギーとして活用するような活動を、
人間はあまりしなくなってきているので、
糖質の必要量も少なくなってきていることもまた事実です。

そこでどのように糖質を減らすのかが問題となるのですが、
糖質と一口に言ってもその種類は様々です。
たとえばでんぷんは植物由来の糖質で、
芋類などに多く含まれていますが、
芋類は食物繊維も豊富なので、
体重増加は起こしにくいという意見もあります。

実際にはどうなのでしょうか?

今回の研究はアメリカにおいて、
医療従事者を対象として大規模に施行された、
有名な疫学研究のデータを活用して、
4年毎に測定している体重が、
摂取している糖質の種類や量で、
どのような影響を受けるのかを、
24年という長期の経過観察において検証しているものです。

対象は登録の時点で65歳以下で糖尿病などの持病のない、
136432名の医療従事者です。

その結果、
対象者の体重増加は4年毎に平均で1.5キロ認められ、
24年では平均8.8キロ増加していました。

ここで血糖を上昇させるような糖質の摂取増加は、
体重の増加と相関していました。
たとえば、でんぷんの摂取が1日当たり100グラム増加すると、
4年で1.5キロの体重増加に結び付き、
砂糖などの甘味料が1日当たり100グラム増加すると、
4年で0.9キロの体重増加と結びついていました。
一方で食物繊維の摂取量が1日当たり10グラム増加すると、
4年で0.8キロの体重減少と結びついていました。

個別の食品との関連でみると、
白いパンなどの精製穀物が1日当たり100グラム増加すると、
4年で0.8キロの体重増加に結び付き、
芋類などのでんぷん質の野菜が1日当たり100グラム増加すると、
4年で2.6キロの体重増加に結び付いていました。

一方で全粒穀物や果物、非でんぷん質の野菜は、
その摂取増加が体重の減少に結び付いていて、
精製穀物やでんぷん質の野菜、砂糖を含む飲み物などを、
全粒穀物や果物、非でんぷん質の野菜に置き換えることによって、
体重減少に有効であることも確認されました。

このように今回の長期の大規模な疫学データの解析において、
糖質の中でも白いパンやご飯などの精製穀物と、
ジュースなどの甘味料を含む飲み物やお菓子、
でんぷんを多く含むサツマイモなどの芋類の摂り過ぎが、
体重増加に結び付き、
それを緑黄色野菜や果物、
玄米や胚芽パンなどに置き換えることにより、
体重減少効果のあることが確認されました。

芋類の体重増加効果が高いのが少し意外ですが、
それ以外はこれまでの常識に合致した知見です。

糖質は極端に制限するのではなく、
その組成を健康に良いものに変えてゆくことが、
ダイエットを含む食事の改善において重要なことであるようです。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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体温の正常値とそれに影響を与える因子について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は訪問診療などの予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
体温の基準値は?.jpg
JAMA Internal Medicine誌に、
2023年9月5日付で掲載された、
体温の個人差についての論文です。

体温というのは非常に一般的な健康指標で、
特に感染症の診断や治療においては、
今でもその数値が重要な指標として活用されています。

最近では新型コロナウイルス感染症において、
感染の疑いがあるかを振り分けるトリアージの指標として、
体温37.5℃以上という数値が使用されています。

体温測定には多くの方法があり、
日本で主に使用されているのは脇の下などで測る表面温ですが、
これは汗を沢山かいていたりすれば、
熱があっても簡単に低い数値が出てしまうなどの欠点があります。
39℃の高熱が続いています、と連絡を受け、
外来を受診してもらった患者さんが、
体温を改めて測ると正常、
ということもしばしばあります。

より安定した体温測定として、
欧米では主に使用されていて、
日本でも基礎体温のチェックなどには使用されているのが、
口の中に温度計を入れて測る口腔温です。

口腔温の正常値は37.0℃とされていますが、
これは1851年にドイツで行われた研究データを元にして確立された、
非常に古い知見で、
その後しっかりと再検証されていないのが実際です。

今回の研究はアメリカの単独施設の外来患者において、
618306件の診療データの分析を行い、
測定された口腔温の基準値と、
それに影響を与える因子を検証しています。

その結果病気などによる体温異常を除外して解析した平均体温は、
36.64℃と算出されました。
体温は年齢が高いほど低くなり、また身長が高いほど低く、
体重は重いほど高くなっていました。
こうした因子を勘案した正常体温の基準値は、
全体の95%が35.96℃から37.32℃に分布していました。
全体の1%の高い温度と低い温度を切り捨てると、
最高体温は身長が低く太った20代の女性が、
午後2時に測定した場合で37.88℃、
最低体温は高身長で痩せた80代の男性が、
午前8時に測定した場合で36.81℃でした。

このように古いドイツのデータと比較して、
口腔温はやや低めに分布していて、
実際にはかなりのばらつきが認められました。
今後は身長や測定時間などの因子を補正した、
より正確な体温測定が、
臨床でも簡便に使用されることが求められるように思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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杉井光「世界でいちばん透きとおった物語」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診ですが、
終日クリニックでレセプト作業の予定です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
世界でいちばん透き通った物語.jpg
今年文庫本形態で発売された杉井光さんの新作小説で、
非常に技巧的な内容で今話題になっているものです。

これは本好きの方なら一読の価値は絶対にあるので、
是非是非何の予備知識なくお読みください。
くれぐれもブログの感想などに目を通してはいけません。

以下ネタバレはありませんが、
何となく匂わせはあるので、
作品をお読みになった後で目を通して頂ければ幸いです。

よろしいでしょうか?

それでは続けます。

有名ミステリー作家の隠し子が主人公で、
癌で亡くなった、一度も会ったことはない父親が、
最後に残したミステリー小説の謎を追う、
という少年の両親探しの古典的な物語に、
ラストはこれまでにほぼ前例のない、
技巧的な真相が隠されています。

これはなかなか凄い小説で、
個人的には乾くるみさんの「イニシエーションラブ」
以来の感銘を受けました。

ともかく物凄い手間と執念とで成立している怪作です。

あとがきによると、
作者はある過去作にインスパイアされてこの作品を書いた、
と書かれていて、
その過去作も勿論読んでいるのですが、
間違いなくこちらの方が、
小説としての労力は格段に掛かっています。

ただ、あまりすっきりはしていなくて、
かなりそのアイデアを成立させている仕掛けが、
強引で無理矢理感があるので、
凄いな、とは思うのですが、
シンプルなどんでん返しにやられた、
というようなスカッとした感じはなくて、
伏線の1つ1つを含めて、
よくぞここまで粘ったな、というような、
その労力に感心する、という感じの作品です。

なので、
「イニシエーションラブ」も、
ちっとも感心などしない人が、
それなりの比率ではいるように、
この作品も、
「なんか無理矢理だな。何処が面白いの?」
というような人が、
一定数はいると思います。

技巧的なミステリーやマジック好きには、
これはもう絶対のお薦めですが、
「人工的なお話は好まない」という人や、
あまり読書が好きではない人には、
向いていないという気がします。

それから、こういう小説は、
必ず「途中で真相が分かった」というような人がいるのですね。
勿論そうした「不幸な人」が、
一定数世の中にいるのは事実だと思います。
ただ、マジックの種が「分かった」という人の多くが、
実際には正確に分かってはいないように、
「途中で分かった」という人の多くも、
大抵は何となく分かった気がしているだけなのです。
こういう仕掛けのある小説は、
100人読んで全員見抜けなかったら失敗なんですね。
誰も分からない真相というのは、
唐突で納得のいかない真相であるからです。
何となくわかる感じでちゃんとは分からない、というくらいが、
こうした作品の成功の肝で、
その点でもこの作品は、
なかなかいい線をいっていると思いました。

いずれにしても、
作者が拘り抜いた、
とんでもない力作で、
是非是非読んでびっくりして頂きたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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