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甲状腺機能低下症の治療と予後との関係(2019年イギリス疫学データ) [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日でクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
甲状腺機能と生命予後.jpg
2019年のBritish Medical Journal誌に掲載された、
甲状腺機能低下症の患者さんの治療経過とその長期予後についての論文です。

この分野においては、
とてもとても重要なデータであると思います。

甲状腺機能低下症の多くは橋本病で、
TSH(甲状腺刺激ホルモン)の数値が10mIU/Lを超えるような場合に、
甲状腺ホルモン剤(通常T4製剤)による補充療法が推奨されます。

高度の甲状腺機能低下症は心臓病のリスクになり、
生命予後にも悪影響を与えることが、
これまでの疫学データから推測されているからです。

この場合治療の目標は、
甲状腺機能を正常範囲に保つことです。

具体的にはTSHを0.4から4.0mIU/Lに維持することが、
国際的な甲状腺のガイドラインにおいて推奨されています。

ただ、これはかなり幅のある数値です。

この範囲にあれば、
本当に患者さんの予後には差がないのでしょうか?

こうした疑問が生じるのは、
TSHが基準値内であってもやや高めであったり、
やや低めであることが、
生命予後や心臓病の予後に、
影響を与えることを示唆する疫学データが存在しているからです。

ただ、これまでのそうしたデータは、
甲状腺ホルモン剤による治療の事例は除外していたり、
含まれていても明確に区別をされていないものが殆どで、
逆に治療中のデータに関しては、
特定の甲状腺専門病院の単独施設のデータが多く、
それを一般化することは難しいのが実際でした。

今回の研究はイギリスのプライマリケアの電子データを活用したもので、
甲状腺機能低下症で治療をされている、
トータル162369名の患者さんの、
のべ863072回のTSH測定データが対象となっています。

TSHが2から2.5mIU/mLを基準にすると、
TSHが10mIU/mLを超える状態では、
心血管疾患の発症リスクは18%(95%CI: 1.02から1.38)、
心不全の発症リスクは42%(95%CI: 1.21から1.67)、
それぞれ有意に増加していました。

TSHが抑制されていると、
心不全のリスクは低下するという関係が見られ、
TSHが0.1から0.4では24%(95%CI: 0.62から0.92)、
TSHが0.1未満では21%(95%CI: 0.64から0.99)、
それぞれ有意に低下が認められました。

総死亡のリスクについては、
TSHが基準値以上でも以下でもリスクの増加が見られ、
TSHが0.1未満では1.18倍(95%CI: 1.08から1.28)、
TSHが4から10では1.29倍(95%CI: 1.22から1.36)、
TSHが10を超えていると2.21倍(95%CI: 2.07から2.36)、
それぞれ有意な増加が認められました。

骨折リスクについては、
TSHが10を超える時のみ、
15%(95%CI: 1.01から1.31)と増加が認められました。

このように、
TSHの基準値を2から2.5と設定すると、
現状の目標値である0.4から4の間であっても、
場合によっては有意な心疾患などのリスクの増加が認められました。

従来はTSHの抑制が良くないとする知見が多かったのですが、
今回の検証においては、
軽度の抑制はむしろ心不全には予防的に働いていて、
生命予後により大きな影響を与えていたのは、
TSHが0.1未満よりも4以上という軽微な上昇の方でした。

つまり、トータルに考えて、
TSHは4を超えないようにコントロールし、
0.1から0.4程度のTSHの抑制は、
患者さんの予後に大きな影響を与えない、
とそう考えて良いようです。

この結果はこれまでのガイドラインなどの記載とは、
少し乖離のあるものですが、
個人的にはこの結果は臨床的な経験からもしっくり来るもので、
甲状腺機能低下症の患者さんにおける甲状腺機能は、
軽微な機能亢進より、
軽微な機能低下をより病的状態と認識する、
という考え方が適切であるように思いました。

あまり言えませんが、
矢張り甲状腺専門施設の単独データは、
国内外を問わずあまり信頼のおけるものではないな、
というのが個人的な見解です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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