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大島真寿美「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」 [小説]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で、
午前午後とも中村医師が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
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第161回直木賞を受賞した、
大島真寿美さんの「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」を先日読了しました。

人形浄瑠璃の全盛期から少し遅れて登場して、
極めてマニアックで技巧的で複雑怪奇で魅力的な作品を多く残した、
希代の天才戯作者、近松半二の人生を、
連作短編的な形式で、
語り物的な上方訛りの軽快な文体で活写した作品です。

どんなものかなあ、と思いながら、
恐る恐る読み始めたのですが、
その文体のリズムに魅せられつつ、あら不思議、
2日掛からずにほぼ一気に読んでしまいました。

とても面白い小説であることは間違いがありません。

どちらかと言えば、
歌舞伎や文楽について一定の知識はあった方が、
楽しめる作品であることは確かです。

題名にもあるように、
近松半二の代表作の1つである「妹背山婦女庭訓」が、
完成するまでのいきさつが、
全編のクライマックスといって良いので、
それが実際にどのような作品であるのかを知っていた方が、
より作品の勘所が、
深く鑑賞出来ることは事実です。

近松半二は人形浄瑠璃の戯作者ですが、
「妹背山婦女庭訓」の後半部分は歌舞伎味が強く、
それがこの小説では、
後半の完成に歌舞伎の戯作者が加わるという設定を作って、
マニアがなるほどと思うような物語にしています。
さすがと感じました。

ただ、一読後に振り返ってみると、
少し疑問に思うようなところもあります。

近松半二の代表作の1つが、
「妹背山婦女庭訓」であることは間違いがありませんが、
その成立の2年前には、
「一ノ谷嫩軍記」をより複雑化して、
万華鏡のような唯一無二の壮絶な自己犠牲の連鎖を完成させた、
「近江源氏先陣館」と、
翌年にはその後編に当たる「鎌倉三代記」があり、
その3年前にはミステリー的構成に耽美趣味を絡めた、
「本朝廿四孝」という名作があります。
つまり、この間の8年余りは半二の全盛期で、
どれが代表作と言っても過言ではありません。

それを「妹背山婦女庭訓」1作に、
集約してしまったところに、
この小説の作為のようなものがあるのです。

この作品は演劇の戯作者というより、
小説家の苦悩と孤独を掘り下げたものだと言って良いと思います。

孤独な創作の現場という点では、
とても説得力を持ち、
人生と創作との葛藤のようなものに、
そのしみじみとした哀感に、
心が揺さぶられるのですが、
人形浄瑠璃の集団創作の現場として見ると、
いささか現実離れをしているようにも思えます。

これはあくまで作家の想像力の範疇の物語で、
集団創作の実際とは異なる世界なのです。

そうした不満は少しあるのですが、
人形浄瑠璃という語りの世界を、
現代的な語り物の技巧の中で再現した、
一気読み必死のリーダビリティに溢れた1作で、
小説ファンと文楽・歌舞伎ファンのいずれにも、
自信を持ってお薦め出来る逸品です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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