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血友病の新しい治療法の効果について [医療のトピック]

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は金曜日なのでクリニックは休診ですが、
老人ホームの診療などには廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日は血友病という遺伝性の血液の難病の、
新しい治療についての臨床試験の結果を、
2つご紹介します。

いずれも先月のthe New England Journal of Medicine誌の同じ紙面に、
特集的に掲載されたものです。

血友病というのは、
遺伝性の出血素因を持つ病気で、
出血が止まりにくい原因は、
血液を固める凝固因子の一部が、
生まれつき非常に少なくしか作られないことによっています。

血液凝固第8因子の障害を血友病Aと言い、
血液凝固第9因子の障害を血友病Bと言います。
いずれもX染色体連鎖性という遺伝形式を取り、
通常X染色体が1つしかない男性に発症し、
女性は保因者となります。
ただ、稀に遺伝子型が女性の患者さんも存在しています。
血友病の80から85%は血友病Aの患者さんです。

血友病の治療は不足している凝固因子を、
注射で補充することです。
これは定期的な静脈注射ですが、
この病気に限っては自宅での本人や家族による注射も認められています。
血液製剤の定期的な使用は高額医療ですが、
難病として日本では公費負担の適応疾患となっています。

凝固因子製剤の定期的な注射により、
血友病の患者さんの予後は格段に改善しましたが、
週に数回の静脈注射を、
継続しなければならない、
というのは患者さんにとって看過出来ない大きな負担です。
また、この凝固因子の補充を継続していると、
血友病A患者の10から15%、
血友病B患者の1から3%に、
投与した凝固因子に対する自己抗体が産生され、
それが凝固因子の活性を低下させてしまう、
という大きな問題があります。
この自己抗体のことを、
インヒビターと呼んでいます。
(New England…の解説記事では、
重症の血友病Aの患者さんのおよそ3割に、
凝固因子に対する自己免疫反応が見られる、
と記載されています)

通常人間の身体が産生するのと同じ凝固因子を、
そのまま注射するのですから、
拒絶反応が起こるとは考えにくいのですが、
凝固に関わる遺伝子の変異が血友病の患者さんにはしばしば認められるので、
それが自己抗体を生じやすくさせているようです。

それでは、インヒビターを生じさせず、
静脈注射を繰り返さなくても良いような、
血友病の治療というのはないのでしょうか?

今日ご紹介するのは、
その2つの試みです。

まず最初のものがこちらです。
血友病の抗体療法.jpg
これはエミシズマブ(emicizumab)という薬剤の、
第3相臨床試験の結果をまとめた論文です。

エミシズマブというのはIgG4に分類される、
人工的に作られた抗体で、
血液凝固第9因子と第10因子の両者に結合し、
その橋渡しをする格好で、
間接的に血友病Aで欠乏している第8因子の効果を、
補完するような働きを持っています。

この抗体を定期的に使用することで、
第8因子自体は補充しなくても、
出血傾向の改善が期待出来るのです。

この抗体は1週間に1回の皮下注射で投与が可能です。

今回の臨床試験では、
インヒビターが陽性の血友病Aの患者さん、
トータル109名をクジ引きで、
エミシズマブの予防投与群と未使用群に分け、
以前にバイパス止血製剤と呼ばれる、
複数の凝固因子を含む製剤の、
予防的使用歴があるかどうかで更に2つの分類して、
最短でも24週間の治療を継続しています。

その結果、
バイパス止血製剤未使用群では87%、
使用群でも79%の出血イベントの抑制が、
エミシズマブにより有意に認められました。
具体的にはバイパス止血製剤未使用群で、
エミシズマブ未使用では63%の22例に出血が認められたのに対して、
使用群では6%に当たる1例しか出血は認められませんでした。

ご覧のように、その効果はかなり画期的なものです。
インヒビター陽性でも効果があり、
しかも週1回の皮下注射で良いという投与経路は、
血友病の患者さんのADLを格段に改善するものです。

ただ、これ自体が抗体製剤なので、
長期の使用により、
この薬剤に対する抗体が出来てしまう、
という可能性は否定は出来ません。
また、第9因子の存在が前提となっているので、
血友病Aのみに有効で、
血友病Bには効果がありません。

もう1つの試みはこちらです。
血友病のRNA干渉療法.jpg
こちらはフィツシラン(fitusiran)という注射薬の臨床試験の結果の報告です。
この薬はRNAの遺伝子製剤で、
最新技術であるRNA干渉という現象を利用して、
特定の遺伝子の活性を低下させることにより、
血液の凝固を阻害するアンチトロンビンの活性を低下させ、
それにより間接的に血液の凝固を促進して、
出血を予防しよう、
というメカニズムです。

RNA干渉というのは、
標的となる遺伝子と同じ塩基配列の二本鎖RNAを、
細胞内に注入すると、
それがその標的部位に結合して、
その部分の遺伝子が発現することを阻止する、
という現象のことで、
この場合アンチトロンビンの遺伝子を不活化して、
出血を予防しようという試みです。

この遺伝子製剤も、
週1回もしくは月1回の皮下注射の製剤です。

エミシズマブと比較すると、
まだ治験段階の成績ですが、
インヒビターのない血友病AもしくはBの患者さんにおいて、
月に1回の皮下注射で、
アンチトロンビン濃度を低下させ、
それによりトロンビン産生が亢進して、
凝固が誘導されることが確認されています。

こちらの薬剤の方が、
まだ実現には時間が掛かりそうですが、
1か月に一度の皮下注射で効果が持続する、
と言う点には魅力があります。
血友病AでもBでも効果があり、
RNAの製剤なので、
それに対する抗体が産生される、
という心配もなさそうです。

このようにまだ治験や臨床試験の段階ではありますが、
凝固因子製剤の補充に代わる、
血友病の治療を抜本的に変革するような治療薬が、
実現に向かっていることは非常に期待の持てる創薬の進歩で、
今後の進捗を待ちたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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